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2014年05月29日(Thu)
伊勢神宮のグルメな神様たち/鳥羽・海の博物館で特別展
 三重県・志摩半島の静かな入り江を見下ろす高台にある「海の博物館」(鳥羽市)。銀色の屋根瓦と黒い外装の建物群が木々の間から現れ、訪れた人を和ませる。伊勢神宮で20年に1度の「神宮式年遷宮」が昨年執り行われたのを記念して、同博物館で「伊勢神宮と海〜グルメな神さまたちの理想郷」の特別展が日本財団の支援で3月末まで開催された。伊勢神宮の創始期に関わる伝説や史実、神前に供される魚介類など海で生きる人々との連綿と続くつながりを紹介している。

高台にある海の博物館
高台にある海の博物館
 海の博物館は1万8000平方メートルの敷地に、2棟の展示棟と3棟の収蔵庫で構成されている。建築家の内藤廣氏が設計した同館は、木の美しさを引き立てた建築物として日本建築学会賞などを受賞した。収集、展示しているのは志摩半島から熊野灘沿岸の漁村を中心に海と船、海女に関する5万点に上る資料。この中には漁網などの漁労用具6879点が国の重要有形文化財に指定されており、2棟の収蔵庫に保管されている。各地から集められた80隻の木造船が保存されているのは体育館のような壮大な収蔵庫。床はたたき土間で、湿気の高い時期には水分を吸収し、乾燥時には湿気を出すように工夫されている。

全国から集められた木造船
全国から集められた木造船

国の重要有形文化財に指定されている漁労用具
国の重要有形文化財に指定されている漁労用具

 特別展のテーマに「グルメな神さま」とうたってあるように、神様の食卓は海の幸であふれている。最も豪華なのが神田で採れた新米を初めて供える内宮の神嘗祭の食事。約30種類が供されるが、そのうち半数の15種類を海産物が占めている。サザエやタイ、伊勢エビ、アユなど高級食材がずらりと並ぶが、最も目を引くのが熨斗(のし)アワビ。アワビをりんごの皮むきのように3bぐらいの長さに薄くむき、数日間べっこう色になるまで干す。さらに伸ばして一定の大きさで切り、藁で結んで完成させる。学芸員の縣拓也さんの説明によると、お供え物は置き方も決まっているという。柿はヘタを下に、梨は逆に上に、魚は腹を神様に向ける・・・。

伊勢神宮内宮の神嘗祭に供される食事
伊勢神宮内宮の神嘗祭に供される食事

 神前にお供えする食材はかっては産地が特定されていた。伊勢神宮には全国に約1000か所の所領があり、そこから運ばれていた。しかし明治に入り所領が廃止され、現在まで特定の産地が残っているのは、神宮内の米、水を除いてはアワビ、タイ、塩の3種類だけとなっている。不老長寿の妙薬ともされたアワビは、神宮の儀式では米や水、塩に次ぐ重要なものでほとんどの祭式で使用されるが、これを収めるのは鳥羽市国崎のただ一か所だけ。地元の海女が獲り、年間5千から6千個のアワビが収められるという。干タイの産地は愛知県南知多町の篠島。近年は陸路で輸送されていたが、1998年から大漁旗を飾った船団で運ばれるようになった。塩は現在でも五十鈴川の河口付近で潮の満ち引きを利用して作られている。

熨斗アワビをつくる道具も展示
熨斗アワビをつくる道具も展示

 国崎の海女は古くは日本書紀にも伊勢神宮にアワビを献上したことが記されており、神宮と海女は遠い昔から深くつながっている。同博物館には「鳥羽・島の海女」が常設展示されている。海は恵みを与えるが、同時に死と隣り合わせの危険な作業なので、海女さんは信仰を大事にしており、それが魔除けのまじないだ。五合星の印(セーマン)と格子状の印(ドーマン)を磯手ぬぐいに縫い付けている。セーマンは平安時代の陰陽師の阿倍晴明、ドーマンは弟子の芦屋道満の名前に由来するといわれている。

海女の魔除けのまじない
海女の魔除けのまじない

 NHKの朝の連続ドラマで一躍有名になった海女だが、全国的に数は減少している。海の博物館の調査によると、2010年時点で全国18県2100人の海女のうち志摩半島で約1000人と半分を占めているが、同半島でも最盛期の6分の1にまで減った。資源の枯渇や海女の高齢化、後継者不足が大きい。元気な海女が再び漁村を活性化する原動力になるとして、同館の石原義剛館長が中心となって、海女をユネスコの世界無形文化遺産に登録する運動を続けている。石川県など国内だけでなく、5000人の海女がいる韓国・済州島などとも連携して海女サミットやシンポジウムを展開、取り組みを強めている。

海女の常設展示コーナー
海女の常設展示コーナー

 「開いたら腹わたを取ってください」。自習室ではアジの干物作り教室が開かれていた。参加したのは近隣の市から来た女性5人。講師の手ほどきを受けながら、1人当たり10匹のアジを捌き水洗いする。半分は塩干し、半分はみりん干しに。隣の伊勢市から参加した中川あつ子さん(66)は海に縁がない地域で生まれ育ったので、ほとんど魚をさばけなかった。御主人は魚釣りが趣味で魚を調理したいと思ったという。「買った干物は塩分が濃いので健康のためにも手作りしたい。刺身をおろしたら義母が喜んでくれた」。アジをさばきながら嬉しそうに話す。海の博物館は海の文化の学術的な展示のほか、魚食文化の普及にも力を入れている。

職員が指導してアジの干物作り教室
職員が指導してアジの干物作り教室

 同館には関西方面などから年間3000人の小学生が団体旅行で訪れ、館内での見学に加え、近くの磯で生き物を観察したり漂着物を探したりして海辺の体験学習も受けている。海と人とのかかわりを過去、現在、そして未来へと引き継ぐ重要な役割を同館は果たしている。(花田攻)
カテゴリ:海洋





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