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2014年01月17日(Fri)
【正論】「積極的平和主義」に海の再生を
(産経新聞【正論】2014年1月17日掲載)

日本財団会長 
笹川 陽平 

seiron.png 海が危機に瀕している。国連食糧農業機関(FAO)などによると、乱獲の結果、世界の漁業資源の4分の3が危機的状況にある。地球温暖化による海水温度の上昇や海水の酸性化に加え、今世紀半ばには世界の人口が90億人を超え、漁業資源に対する需要も一層高まる。
「海を使い切ってはならぬ」
 生命の源である海を、わずか1〜2世紀で使い切ることは許されない。子孫に持続可能な海を引き継ぐためにも、世界は今こそ国を超えて協力しなければならない。海洋国家であり、漁業資源の大量消費国でもある日本が果たすべき責任は大きい。

 17世紀のオランダの国際法学者、グロティウスは「自由海論」で海洋の自由な利用を提唱した。背景には、「海の資源や浄化能力は無限」との考えがあった。しかし、世界の人口約5億人の当時と70億人を突破した現在では、海に対する人類の負荷はまるで違う。にもかかわらず、当時と同じ野放図な海の利用が現在も続いている点に海の危機がある。

 日本財団が昨秋、米国の民間助成財団ピュー・チャリタブル・トラスツとともに世界の専門家を集め開催したシンポジウム「次世代に海を引き継ぐために」で、米国海洋大気局(NOAA)前局長のジェーン・ルプシェンコ博士は「海は広大で豊か、無尽蔵であり何をしても大丈夫だろうという誤解が続いている」としたうえで、「海を使うのはいいが、使い切ってはならない」と警告した。

 FAOによると、1950年当時の世界の漁獲量は1900万トン。シーフード需要が漁船の大型化や漁具、魚群探知技術を向上させ、漁獲量は以来40年間で約9000万トンまで増えた。その後横ばい状態にあるが、現在、世界の漁業資源の52%が持続可能な限度まで漁獲され、17%は既に過剰漁獲、7%は枯渇状態だ。この半世紀でマグロなど大型捕食魚の90%が姿を消したとの報告もある。

世界で総合的な漁業管理を
 一方で地球温暖化に歯止めが掛からないまま、海面温度の上昇や酸性化など海の環境悪化も進んでいる。シンポジウムで、水産資源管理学の権威、ダニエル・ポーリー氏(カナダ・ブリティッシュコロンビア大教授)は(1)海水温度の上昇により魚の分布が変わり、熱帯域の漁獲量が大幅に減少しつつある(2)海洋の酸性化が進むとプランクトンや甲殻類は殻を作れなくなる、と指摘した。

 海洋の酸性化は石炭や石油の燃焼で発生する二酸化炭素(CO2)の一部を海が吸収することで発生する。世界の海の表層水の酸性度は産業革命が始まった18世紀後半に比べ30%も上昇したとされ、このまま進むとサンゴの生育が難しくなるという。

 事態の深刻さに比べ、人類の取り組みは弱い。2010年、名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では20年までに世界の海域の10%を海洋保護区にする数値目標が示されたが、いまだに海洋保護区の定義さえはっきりせず実効性を欠く。

 国連海洋法条約が「参入自由」を保障している公海は領海や排他的経済水域(EEZ)に比べ、さらに深刻。多くの国の大型船が漁業資源の争奪を繰り広げ、海の劣化を早める結果になっている。

 日本など一部が減少に転じているが、世界の人口は今後も増加を続け、健康志向の高まりもあって主要なタンパク源を漁業資源に頼る傾向は確実に強まる。

 米国では連邦管轄下にある漁業について、06年から漁業管理計画を策定、年ごとの漁獲高の上限を設け、オーバーした場合は、その分を翌年マイナスにすることで乱獲に歯止めを掛け、崩壊寸前だった漁業の再構築にも道が開けつつあるという。

 海を再生させるには、こうした漁業管理を世界で総合的に進める必要がある。1982年に採択された国連海洋法条約も公海における生物資源の保存・管理について各国が他国と協議し協力する義務を定めている。

 漁獲量の削減が必要な事態もあろう。世界が海の危機を共通に認識し、ガバナンスを強化、限られた資源を奪い合う構図に終止符を打てた時、初めて次世代に健全な海を引き継ぐことが可能になる。

 残された時間は少ない。漁業資源以外にも、地下資源開発や北極海の平和的利用など海の安全保障を確立するうえで喫緊の課題はいくらでもある。専門家の育成や国際社会が一致して海洋問題に取り組むプラットフォームの建設が急務となる。

今こそ世界の先頭に立つ時
 人類は漁業資源や海底資源、安定した気候など海の恵みがあって初めて健全に発展できる。国連加盟国は現在193カ国に上るが、海はひとつである。

 豊富な海洋に知恵と経験を持つ日本は、今こそ世界の先頭に立つべきである。それが安倍首相の言う積極的平和主義にもつながる。われわれも長年、海に取り組んできた経験を踏まえ、ささやかでも貢献したいと考える。
タグ:正論 海洋
カテゴリ:正論




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