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2013年10月24日(Thu)
究極の名器
(朝雲 2013年10月24日掲載)

日本財団会長 
笹川 陽平 

 世の中、大抵のものは時代とともに進化するが、そうでない世界もあるらしい。バイオリンの世界もそのひとつであるようだ。17、18世紀にイタリア・クレモナで活躍した名工アントニオ・ストラディバリとグルネリ・デル・ジェスの作品を頂点に、以後、これを上回る作品はできないのだという。

 姉妹財団の日本音楽財団は1994年から将来性豊かな世界の若き演奏家に無償貸与するため楽器収集に乗り出し、チェロを含め2人の作品21挺を保有、「世界の文化遺産」と言われるまでになった。
 貸与している演奏家に聞くと「とにかく音が違うのだ」という。その秘密をめぐり、さまざまな研究が続けられているが、有力視されていたニス説について独仏両国の専門家チームが最近、否定する研究結果を公表するなど科学的な論争も続いている。

 専門家によると、楽器製作者の間には「2人の作品は究極の名器、改良すべき点が見つからない」、「その後300年間、真のバイオリンといえる作品は作れていない」といった声まであるそうだ。

 ストラディバリは生涯に約1100挺の弦楽器を製作し、うち700挺が現存するといわれるが、市場に出るのは珍しく、演奏家にとっても収集家にとっても垂涎の的。億単位で取引されている。

 東日本大震災の後、音楽財団が震災復興支援に向け、極め付きの一挺であるレディ・ブラントをロンドンのオークションに出し、過去最高の875万ポンド(約11億5千万円)で落札された。

 英国が生んだ偉大な詩人バイロンの孫娘で「遍歴のアラビアーベドウィン揺籃の地を訪ねて」などの著作もあるレディ・アン・ブラントが、1864年から約30年間所有したことから、この名で呼ばれる。

 売却代金は全額、日本財団に寄付され「地域伝統芸能復興基金」として、大津波で流失した山車や太鼓、神輿や獅子頭などの補修に充てられている。仮設住宅や故郷を離れて暮らす被災者が、復活した祭会場で再会、笑顔で絆を確かめ合う姿を見ると、名器がもつ不思議な力さえ感じる。

 レディ・ブラントはストラディバリ晩年の作で、製作後、既に290年経つ。ほとんど未使用で原形を忠実にとどめ、バイオリン製作の貴重な教材、究極の名器として今後も歴史の中で生き続ける。100年、200年後の名声を想像するだけで楽しい思いがする。



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