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2019年07月31日(Wed)
《徒然に…》ミャンマーの未来にかかわる
日本財団 アドバイザー 佐野 慎輔

徒然に…ロゴミャンマーが「アジア最後のフロンティア」と呼ばれて久しい。欧米や日本を含むアジア諸国からの投資が進み、中心都市ヤンゴンの発展は目覚ましい。一方、昨今はロヒンギャ問題ばかりがクローズアップされて、一時に比べると、経済面の発展などがメディアで取り上げられる機会は減ってきている。

そのためか、ミャンマーへの投資が減速しているかのような印象がある。しかし、関係者によれば「経済は順調に伸びており、魅力的な土地であることに変わりはない」という。
ミャンマーはいま、どうなっているのか?

日本財団は日本貿易振興機構(JETRO=ジェトロ)と共同で『動き出したミャンマービジネスとカイン州の台頭』と題するビジネス・セミナーを開催、ミャンマー南東部のカイン州(旧カレン州)の実情を紹介した。

セミナー冒頭、日本財団の尾形武寿理事長は約200人の参加者を前に「カイン州は最初に和平がなった土地。政情が落ち着いたらどんな未来が待っているのか、その答えがカイン州にある」と述べ、「ミャンマーは投資の対象としてポテンシャルは高い。ぜひ工場の進出を検討していただきたい」と呼びかけた。

日本財団とミャンマーとの関係は深い。1976年、ハンセン病制圧活動をきっかけに保健衛生分野への支援を開始し、以後、小学校建設など人材育成や学校教育に支援の場を広げ、障がい者支援、農業支援など幅広く活動を続けている。2013年には活動拠点としてヤンゴンに駐在員事務所も開設した。

その間、2012年には笹川陽平会長がミャンマー国民和解日本政府代表に就任、ミャンマー政府と武装勢力との和平実現に東奔西走している。18ある武装勢力のうち、15年には8勢力、さらに18年には2勢力との間で停戦合意を取り付け、政情の安定をもたらしたことは広く知られる。その和平第1号こそ、タイと国境を接したカイン州である。


豊かな資源を持続可能な手法で生かす

日本財団は2016年、この地に『カレン州薬草資源センター』を開設。ノニ、ムクナ、ウコンなど薬草を栽培するとともに、州内の農家から薬草原料を買い取り、一次加工して薬品会社に出荷する取り組みを始めた。

プロジェクトを推進する日本財団特定事業推進チームのリーダー、神谷圭市氏によれば、「カイン州は豊富な薬草資源があり、これを効果的に活用することによって住民の7割を占める零細農家の所得を向上させることが狙いだ」という。

適切な管理を施すことによって豊富な資源を守り、薬草の品質向上をはかって付加価値のある製品を市場で販売する。すでにミャンマー政府からは生産工程管理が評価されて、カイン州では初めてミャンマーGAP(Good Agricultural Practice)を取得、東京農業大学と協定を結んで人材育成・技術協力の支援も取り付けた。さらに高知の牧野植物園の協力も加わり、官民一体の支援体制が整いつつある。

まさに、優先的に支援が必要な場所を決め、そのなかでも特に必要な対象を定めて事業を企画、運営する「日本財団の方法」によって持続可能なプロジェクトが進行中である。

同センターは日本財団からの年間100万米ドルに及ぶ助成を基に、ミャンマー政府から提供された40エーカーの敷地に26人の従業員と約6000人の日雇い労働者が働く。神谷さんは「今後は市場調査を進めて2次、3次加工のための工場建設や法人化もめざしたい」と話す。日本企業の進出、協力があれば薬草栽培・販売の産業化、輸出をもにらんだ発展が見込まれる。


カイン州は魅力がいっぱい

カイン州は日本の関東地方に匹敵する広さの土地に約158万人が暮らす。ミャンマーからタイ、ラオス、ベトナムを結ぶ東西経済回廊の要衝にあたり、経済区のあるミャワディからタイ国境まで約10キロと近く、ベトナムのダナンまで約1600キロの距離である。国境沿いの河川には、近くタイ・ミャンマー第2友好橋がかけられ移動がより便利になるほか、早ければ9月にも越境交通規定(CBTA)によってタイとの間で1日最大100台までトラックの相互乗り入れが可能となる。輸送時間の短縮は、ますます経済発展の可能性が高めることだろう。

さらにミャンマーでは投資法によって、恩典として3年、5年、7年の法人税免除期間が設けられている。カイン州のナンキン・トゥエ・ミン州首相によれば「カイン州は7年間の免除」を有しており、投資対象としての魅力は高い。同州首相は「カイン州の人たちは親日的で日本の製品、日本からの投資は質が良いと考えている人が多い」と日本企業進出への期待を語る。

東京都中央区に本社を置く、呉服・和装関連の企画・製造・販売会社である大松は、2014年にミャンマーに進出。カイン州の協力を得てミャンマー産座繰生糸による高級絹織物「スーチーシルク」を開発、州都パアンで生糸を生産している。いうまでもなく「スーチーシルク」とはミャンマーの民主化運動の指導者で現・国家顧問兼外相のアウンサン・スー・チー氏にちなむ。命名はスー・チー氏との出会いと理解によるものだという。同社の藤井由貴氏は「カイン州は日本企業を温かく迎えてくれる。最大の魅力は人」と魅力を語った。


可能性を秘めた最後のフロンティア

ミャンマーはまだ長く続いた紛争の影響で発展に時間がかかっている。それでも、政権移行時の混乱から次第に落ち着きを取り戻し、法整備も進んできた。7月にはヤンゴン証券取引所(YSX)での株式売買を外国人投資家に開放することが発表された。

まだまだインフラ整備、とくに雨季の道路事情の悪さや停電も起こりがちな電力事情など課題も山積するが、逆に言えば未開発の魅力も少なくない。

ミャンマーは古くから日本と親密な関係を保ってきた。その国の発展を支えることは大きな意義がある。親日国として単に経済的な影響下に置くという直截的な成果ではなく、国際社会への貢献という崇高な思いである。「アジア最後のフロンティア」といわれる可能性を秘めた土地の未来にかかわることは日本の責務といっていい。






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