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2019年07月08日(Mon)
「新日英同盟」を積極外交の柱に
(産経新聞「正論」2019年7月4日付朝刊掲載)

日本財団会長 笹川 陽平

seiron.png日英両国が争ったインパール作戦の地に日本財団の支援で「平和資料館」が完成し、先月22日、開館式に出席。75年後の平和な姿を前に、近年、新たな動きを見せている“新日英同盟”について思いを新たにした。

平和は兵士の犠牲の上に成立

日英両国はユーラシア大陸の両端に位置する海洋国家であり、ともに米国と同盟関係にある。米国の影響力に陰りが見られ、中国、ロシアの攻勢が目立つ中、日英関係がより強化されれば、日米英3国の同盟関係だけでなく、世界平和に対する日本のプレゼンスも高まりアジアの安定にも寄与すると考えるからだ。

平和資料館はインド北東部のマニプール州インパール市の近郊に完成し、開館式には地元や日英両国の関係者が出席。「現在ある平和」が戦場に散った兵士ら多くの犠牲の上に成り立っていることを互いに確認し、在インド英国高等弁務官のドミニク・アスクイス氏は「今や英日両国は国家レベルでも個人レベルでもパートナーとして協力し合う関係になった」とあいさつした。

インパール作戦は1944年3月に日本軍が開始、4カ月後に中止した。3万人の日本兵が戦死、4万人が戦病死したとされ、勝利した英国も大戦後の独立運動の盛り上がりでインド、ビルマ(現ミャンマー)など植民地を失った。英国の歴史家アーノルド・トインビーは一連の戦争を「日本が200年の長きにわたってアジア、アフリカを支配してきた白人の帝国主義、植民地主義に終止符を打った」と位置付けている。

日英同盟は1902年、ロシア帝国の極東進出に対抗して締結された。以後、日本外交の柱となり、世界の海を支配した大英帝国と対等の同盟を結んだことで日本の国際的地位も高まった。しかし、両国関係の悪化で23年に失効した。維持されていれば、第二次大戦に至るその後の歴史は違った、との指摘もある。

明治・大正期の日本外交の基軸


第一次世界対戦中の17年3月には、同盟に基づく英国の要請を受け、旧日本海軍が地中海の海上交通の要衝マルタに巡洋艦1隻、駆逐艦8隻を派遣し、ドイツの潜水艦Uボートによる攻撃から連合国軍の輸送船団を守った。魚雷攻撃で沈没した英国輸送船の乗員ら3000人を救助するなど、「地中海の守り神」とも言われた。

その中で駆逐艦「榊」がUボートの攻撃で大破し艦長以下59人が戦死。首都バレッタの英国軍墓地の一角には戦病死した12人と合わせ計71人の慰霊碑がある。近くの海事博物館には「マルタにおける日本帝国海軍」のコーナーもあり、市内の広場に並ぶ日本海軍兵士の写真などが飾られ、2017年5月、「日マルタ首脳会談」に出席した安倍晋三首相も慰霊に訪れている。

世界の覇権が米国に移る中、英国は1968年、スエズ以東からの撤退を表明した。しかし、EU(欧州連合)からの離脱が決まって以降、インド太平洋地域の安定に積極的に関与していく方針に転換。2017年8月にはテリーザ・メイ首相が訪日、安倍首相と「安全保障協力に関する日英共同宣言」を発表し、日英両国の関係をパートナーの段階から同盟関係に発展させる方針を打ち出した。以後、陸上自衛隊東富士演習場での英国陸軍部隊と陸上自衛隊の共同演習など活発な防衛交流を進めている。

世界の歴史はしばしば、米国や日英両国など海洋国家(シーパワー)とロシアや中国など内陸国家(ランドパワー)の対立の視点で論じられてきた。本格的な分析は専門家の研究に委ねるが、明治から大正にかけた日本外交の基軸は英国であった。新日英同盟ともいえる両国の関係強化は、変化が激しい国際情勢に対応するための選択肢を増やし、日本にとっても英国にとっても利益となる。

安倍首相は大阪で開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議のため来日した中国の習近平国家主席との会談で「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と今後の改善の加速に意欲を示し、習国家主席も「新しい時代にふさわしい中日関係を構築したい」と語った。

英国で高まる日本の再評価

新しい日英関係は、スエズ以東に当たるインド洋、太平洋など幅広い地域で安全保障だけでなく、地球温暖化や海洋安全、災害対策など幅広い分野での両国の協力に道を開く。結果的に米国の影響力を強化し、日中、日ロ外交に有効に機能するだけでなく日本がシーパワーとランドパワーの調整役を担う可能性も出てこよう。

英国では近年、「日本は第一次大戦で重要な役割を果たした」といった日本再評価の高まりが見られるという。インパール作戦は日本で長く、「史上最悪の作戦」と語り継がれてきた。その後のインドの独立や今回の新日英同盟の動きを前にすると、「(歴史の)禍福は糾える縄の如し」の思いを強くする。世界の平和、ひいてはアジアの安定のためにも日英の関係強化を通じ、より積極的な外交が展開されるよう望む。








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