CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

前の記事 «  トップページ  » 次の記事
2018年12月05日(Wed)
フジモリ元大統領を見舞う「ケイコ氏」拘束の行方は?
(リベラルタイム2019年1月号掲載)
日本財団理事長 尾形 武寿


Liberal.png2018年10月中旬、ペルーの首都リマ市内にある日本人ペルー移住百周年記念病院の集中治療室に入院中のアルベルト・フジモリ元大統領(80)を見舞った。日本財団が16年前から中南米の日系人社会の若者を対象に実施する奨学金制度の応募者面接のため例年、秋から年末にかけペルー、ブラジルを訪問しており、この機会を利用してフジモリ氏にも毎年お会いしている。

一昨年まではリマ郊外の国家警察特別施設、恩赦を受け釈放された昨年12月はリマ市内の知人宅が面会場所だった。ほぼ1年後の今回、フジモリ氏は体力の衰えは隠せないものの、目つきは鋭く最後まで多弁だった。

フジモリ氏は5月の選挙で3選を果たした2000年の11月、日本訪問中に大統領職を辞任、日本で亡命生活に入った。大統領就任以前から日本財団と親交があり、亡命生活中も折に触れ相談を受けた。しかし大統領在任中に起きた軍による民間人殺害事件などに絡みペルー当局が殺人罪などで起訴、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際手配する中、05年11月、突如、メキシコ経由で帰国を試み、チリに到着したところで拘束された。

07年、チリ最高裁がペルー政府の身柄引き渡し請求を認め、身柄をペルーに移送。国家警察特別施設に収監され、10年、禁固25年の刑が確定した。昨年12月、高齢や健康面などを踏まえ恩赦が決定、釈放されたが、今年10月、ペルー最高裁が恩赦の取り消しを決定。その後、75歳以上で服役が三分の一以上を経過した男性の自宅軟禁を認める法案が可決され、現在、マルティン・ビスカラ大統領が署名するか注目されている。署名が見送られれば法案は未成立に終わり再収監の可能性も出てくる。

恩赦の決定は、フジモリ氏の二男の国会議員ケンジ氏(38)が尽力したとされるが、ここに来て長女で最大野党「人民勢力党」の党首ケイコ氏(43)が拘束され、事態を余計、複雑にしている。容疑は11年の大統領選に出馬した際、ブラジルの建設大手から受け取った献金を個人寄付などに偽装した資金洗浄の疑い。10月31日、検察側が求めた3年間の拘束をペルーの裁判所が認め、直ちに拘束された。

ケイコ氏は過去2回の大統領選でいずれも大接戦の末、敗れたが、21年の次期大統領選の有力候補と目されてきた。「政治的迫害」として容疑を否認しているが支持率も落ち、出馬が危ぶむ声も多いようだ。フジモリ氏は「ケイコは献金を党の資金として処理したのであって個人使用ではない。拘束は明らかな不当逮捕」と強い調子で語っている。

背後で噂されているのがケンジ氏とケイコ氏の不仲説。両者には恩赦をめぐり深刻な確執があったとされ、反対勢力がその間隙を利用してケイコ氏の追い落としを図った、というのだ。フジモリ氏はその可能性を認めた上で、「私自身、幼少期も大統領に就任した時も “貧しい移民の子”と蔑視された」、「特定の既得権益を持つ集団が『フジモリ』を政界から追放しようとしている」と非難する。

ペルーは南米で初めて日本人移民を受け入れ、現在約10万人の日系人が暮らす。「勤勉、誠実」と評価も高い。一方で全体の人口構成は先住民45%、白人・先住民の混血37%、欧州系15%、その他3%となっており、多民族が共存する社会の生き残り競争は厳しく、政治情勢も複雑。フジモリ氏は「ペルーの将来のためにもフジモリ党を維持しなくてはならない」と語る。日系人社会は移民開始から120年を迎え3世、4世が増加、価値観も多様化している。フジモリ父子が現在の窮地をどう克服するか、平和国家で暮らす日本人が、その厳しさを知るためにも事態の推移を見守る必要がある。
タグ:ペルー フジモリ
カテゴリ:世界







 “革命の聖地”延安の大学にも  « トップページ  »  異才発掘プロジェクト5期生に32人