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2018年11月05日(Mon)
「中国政府友誼賞」民間交流が持つ新たな可能性
(リベラルタイム2018年12月号掲載)
日本財団理事長 尾形 武寿


Liberal.png私事になるが、9月、中国政府から「中国政府友誼賞」を授与され、授与式に出席した。改革開放政策を掲げる中国は、世界から広く専門家を招聘し、社会・経済の発展を期してきた。賞は中国の発展、近代化に寄与した外国人専門家に贈られる最高の栄誉とされ、当初は中国国内で活躍する外国人専門家を対象としたが、経済発展に伴い、近年は国外の専門家にも対象が広げられている。

平年は50人、節目の年は百人前後が受賞者に選ばれ、1991年の創設以来の受賞者は世界70カ国で約1,500人に上り、今年は17カ国から計41人が授与式に出席した。大中華思想の伝統か、中国では授与式に出席して直接、賞を受け取った人だけを受賞者と認め、欠席者は授賞を拒否したと看做されるのだそうだ。日本財団の笹川陽平会長もかつて受賞者にノミネートされたが、授賞式に出席できなかったため受賞者に数えられていない。

今回の受賞者の国籍は米国14人、英国、ドイツ各4人、ロシア3人などで、日本は筆者を含め2人。9月29日午後、人民大会堂で授与式が行われ、劉鶴副首相が受賞者一人一人に勲章と記念の盾を手渡した。翌日は再び人民大会堂で李克強首相主催の懇談会、さらに人民大会堂で開催された国慶節の大祝賀会にも招待された。

筆者は他の受賞者と違い、何らかの学問の専門家ではない。83年に初めて北京を訪れて以来、35年間に250回以上、中国を訪れ、笹川日中友好基金の設立や日中笹川医学協力プロジェクトの設立・運営を通じて、「民」の立場から日中両国の相互理解の促進に努めてきた。中国衛生健康委員会の馬暁偉主任(大臣)が筆者に対する授賞の推薦者となっており、医学協力プロジェクトが主な授賞理由と思う。

プロジェクトは86年、中国の医学生が医療や看護、公衆衛生など基礎的な知識を身に付けるため日本に留学する奨学金制度としてスタートし、30年余を経た現在は中国の医学研究者が日本の大学での博士号取得を目指す学位取得コースと日中双方による共同研究コースを柱にした質の高い内容に一変している。2,300人に上る奨学生OBの「笹川医学奨学進修生同学会」(趙群理事長)も質の高さを誇り、200万人を超すと言われる中国医学界の中で中枢に位置する存在となっている。

医学協力はこれまで日本の先端医療技術を中国側に伝える形で進んできた。対応によっては、近年、激しさを増す米中摩擦で見られる知的財産権問題が出てくる可能性もあったと思うが、中国側の熱意に日本の大学、医療機関の専門家が応える形で順調に発展してきた。

懇談会で李首相は「知的財産権をより厳しく守っていく」と述べるとともに、「外国の人材と知恵は中国のイノベーションシステムを構成する重要部分である」と一連の交流成果を高く評価、「中国と外国の人材が手を携え世界の技術革新と文明が健全に発展していくことを望んでいる」と今後に対する期待を述べた。

文明や文化はどの時代も国や政治の壁を越え、民の交流を通じて広がる。2000年に及ぶ日中の歴史も然りである。医学交流プロジェクトはそうした民間交流の良き成功例と自負する。交流を通じて信頼関係と、より深い絆が生まれ、両国が直面する高齢者医療分野などで新たな可能性が生まれつつある。

授与式に先立ち受賞者全員が宿泊したホテルで、それぞれが専門の立場から意見を述べる「助言発表会」も開かれた。筆者は様々な可能性に思いを託し「政府、政治関係がどう変わろうと、民間交流が大切であることを認識してほしい」と強調した。
タグ:中国
カテゴリ:世界







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