• もっと見る

前の記事 «  トップページ  » 次の記事
2018年06月01日(Fri)
北朝鮮の非核化問題「蚊帳の外」では済まない
(リベラルタイム2018年7月号掲載)
日本財団理事長 尾形 武寿


Liberal.png北朝鮮の非核化をめぐる各国の動きが慌ただしさ増す中、「日本は乗り遅れた」、「蚊帳の外」といった声が目に付く。

確かに6月12日にシンガポールで行われる初の米朝首脳会談に至る一連の経過を見ると、北朝鮮の核問題を協議する6カ国のうち日本とロシアの影は薄い。

もともと問題の本質は、核武装を進める北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長体制をアメリカがどこまで認めるかにある。4月27日の南北首脳会談、さらに板門店宣言を主導した韓国も、朝鮮戦争をともに戦い血盟関係をうたう中国も、その意味では脇役に過ぎない。

韓国と北朝鮮の首脳会談は金大中、廬武鉉両政権時代にも行われているが、今回は北朝鮮の金委員長が自ら表舞台に乗り出してきた点に特徴がある。経済制裁に伴う国内の疲弊だけでなく、何が飛び出すか分からないトランプ米大統領の意外性に対する警戒感が作用した可能性が強い。

金委員長は非核化に向けミサイル実験の中止と核実験場の廃棄を表明。「人質」となっていたアメリカ人三人を早々と解放し、トランプ大統領も「大きな好機に臨んでいる」と歓迎のコメントを発表している。

しかし、トランプ米大統領や日本が目指す「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」となると簡単ではない。非核化と言っても、アメリカは北朝鮮、北朝鮮は半島の完全非核化を主張しており根本的に違う。国力がはるかに違うアメリカとの交渉も、核やミサイル技術の蓄積があってこそ可能になり、段階的に削減しながら体制の保証と経済支援を引き出し、「経済建設に集中する新路線」への転換を図るのが金委員長の狙いとみていい。

しかし、経済支援を韓国や米国、中国が単独で行うのは難しく、仮に非核化が合意されれば核兵器の破棄にも巨額の資金が必要となる。中韓両国が我国に、国交正常化に向けた日朝首脳会談の開催を促す背景にも、日本の経済協力に対する期待がある。

5月4日に行われた習近平・中国国家主席との電話会談で安倍晋三首相は「日朝平壌宣言に基づき拉致、核、ミサイルを包括的に解決し、国交正常化を目指す考えに変わりはない」と伝えている。

日朝平壌宣言は2002年9月、北朝鮮を初訪問した小泉純一郎首相(当時)と金正日国防委員長(同)との間で交わされた。過去の植民地支配に対する請求権を互いに放棄し、国交正常化後、無償資金を始めとする幅広い経済協力を実施する旨、約束している。

しかし国交正常化には、もう一つ避けて通れぬテーマ、「拉致問題」がある。関係国には非核化に比べ軽く見る向きもあり、北朝鮮は「既に解決された問題」と日本を牽制しているが、拉致問題に何らの前進もなく日本が前に進むことは国内世論からも難しい。

この他、トランプ大統領が新たな核やアメリカにも届く長距離ミサイル開発の凍結だけでOKするような事態があれば、我国をカバーする中距離ミサイルは温存され、日本の安全保障にも大きな影響が出る。

秋の中間選挙に向けトランプ大統領がどう動くか、北朝鮮の“後ろ盾”を自認する中国や南北統合を夢見る文在寅・韓国大統領が打ち出している融和路線との兼ね合いがどうなるか、米朝首脳会談までぎりぎりの駆け引きが続く。

いずれにしても日本は蚊帳の外どころか、早晩、前に出ざるを得ない立場に直面する。表層的な動きに一喜一憂することなく、冷静に事態を分析し、わが国の立場を躊躇なく主張すべきである。







 増え続ける医療保護入院を考える  « トップページ  »  新たなシンボルマーク登場