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2018年05月17日(Thu)
音楽活動の軌跡、一堂に
国立ハンセン病資料館が春季企画展
全国の療養所から資料100点


日本財団が管理運営を受託している国立ハンセン病資料館(東京都東村山市青葉町)の2018年度春季企画展「この場所を照らすメロディ−ハンセン病療養所の音楽活動−」が4 月28日(土)から、同館2階企画展示室で開かれている。7月31日(火)まで。

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国立ハンセン病資料館春季企画展入り口。立つのは大俊一郎・学芸員




日本には現在、ハンセン病療養所が国立13、私立1の計14施設ある。今回の企画展はハンセン病問題の啓発活動の一環として、実際に使った楽器や写真、パネル、映像など、音楽活動の軌跡を示す、貴重な資料約100点を展示している。同資料館が各地の施設や入所者自治会、記念館や資料館、同好会や個人など多方面の協力を得て、一堂に集めた。

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入所者作成の演奏会ポスター(写真の一部を拡大、左)と青い鳥楽団の演奏写真



企画の狙いについて大俊一郎・学芸員は「戦後に文化活動が活発になるつれ、楽団活動も大きく盛り上がっていった。音楽を足掛かりにして、ハンセン病に関心を持ってほしい、多くの人に訴えたい、というのが一つ」「もう一つは、入所者が病気、障害、隔離という過酷な状況の中でも音楽に生きがいを見出し、それに懸命に取り組んだ、その輝ける姿をぜひ見てほしい」「さらに、入所者は音楽をきっかけとして外の社会とつながっていった。つまり音楽には、困難を抱える人びとに生きる力や慰めを与えるとともに、差別を乗り越えていく力がある、ということも同時に感じていただきたい」と話している。

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音楽活動は入所者の大きな楽しみでした



「ハーモニカは私の人生を素晴らしいものにしてくれました」

国立療養所長島愛生園(岡山県瀬戸内市)のハーモニカバンド「青い鳥楽団」のバンドマスターだった近藤宏一さんの言葉が企画展で紹介されている。1926年生まれの近藤さんは、38年長島愛生園に入所した。戦後間もなく失明し、53年に同園の思いを同じくする盲人らと青い鳥楽団を結成。ハンセン病による困難と向き合い克服した人などに贈られるウエルズリー・ベイリー賞を2007年に受賞し、09年に亡くなった。

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「青い鳥行進曲」数字の楽譜



大さんによると、目が見えず手に障害がある状態で楽器が演奏できるか、というと、それは相当難しい。楽譜を覚えることも困難だ。近藤さんは舌先で点字を読む「舌読」をマスターし、目が見えない楽団員のために、普通の楽譜を点字の楽譜に置き換えることもされた。それはものすごく大変な作業で、一枚の楽譜が何枚にも膨れ上がったようだ。先舌で点字を読んだ、ということも簡単なことではなくて、誰でもできたわけではない。舌から血を出しながら懸命な練習を積んで、ようやくそれができる。

ベイリー賞の授与式に臨んだときの近藤さんのスピーチが展示室入口に紹介されている。近藤さんは演奏活動を始めた当初、点字の楽譜を読むことから始めたが、指先の感覚はまひしているため、点字は舌先で読んだ。一生懸命ハーモニカの勉強をし、それぞれに障害を持った楽団員と少しずつ壁を乗り越え、乗り越えるたびに大きな喜びを得ていった、ことが書かれている。

大さんは「近藤さんのこのスピーチは、企画展の趣旨を入所者自らの言葉で語っているものだ。ハンセン病にかかり隔離された上に失明などの重い障害を負った人が、音楽に生きがいを見出して懸命に取り組んできたことで、晩年に自分の人生は素晴らしいものだと胸を張る。これは奇跡のような言葉だと思う」と語る。

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各地の施設で活躍した楽器を集めて展示



開館時間は午前9時30分〜午後4時30分(入館は午後4時まで)。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は開館)、国民の祝日の翌日(祝日の場合は開館)、それに館内整理日。入館は無料。問い合わせはハンセン病資料館、電話042(396)2909。

日本財団は、ハンセン病と差別をなくすため、医療面での制圧活動とともに、社会的差別の問題を人権問題として重要視し、患者・回復者とその家族の尊厳の回復を目指す活動に長年取り組んでいる。国立ハンセン病資料館、重監房資料館(群馬県草津町)の管理運営も16(平成28)年度から、厚生労働省から受託した。







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