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2018年04月24日(Tue)
分身ロボ「オリヒメ」が教育現場をつなぐ(下)
開発者の吉藤健太朗・オリィ研究所代表
「孤独の解消に人生を賭けようと思った」


赤や黄色に塗られたオリヒメ、毛糸で編んだ帽子をかぶったオリヒメ・・・様々な分身ロボットが置かれた事務所で、パソコンに向かう社員たち。分身ロボ「オリヒメ」を開発したオリィ研究所の吉藤健太朗代表(30)は、東京都三鷹市の閑静な住宅街の一室で働いていた。吉藤代表へのインタビューを通じて、ロボット開発への思いや今後の計画を聞いた。

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ロボット開発への熱い思いを語る吉藤オリィ研究所代表


吉藤代表のロボット開発の原点は、小学5年から中学2年くらいまで続いた不登校にあった。病気で1週間ほど入院したところ、退院しても学校へ戻りづらくなった。元々学校が好きではなく、同級生とも意見が合わなかったので、行かないと余計に行きたくなくなるという悪循環に陥った。しばらくは家でマンガを読んだりゲームをしたりしてすごしていたが、ずっと家にいると時間をつぶす方法がなくなった。その時、吉藤少年は「何で体がひとつしかないのか。体が2つあれば、片方を家とか学校に置いといて、自分は好きなところに居られるのではないかと思った」と当時を振り返った。
そのころは、まだケータイもスマホもなく、ロボットという考えもなかった。「ただ体が複数あればいい」と、漠然と思っていた。当時は福祉機器に興味を持っていて、不登校から復帰後、地元・奈良県の工業高校に入学すると、ひたすら車いすを作っていた。さらに、ロボット開発で有名な先生に色々教わり、17歳の時、「孤独の解消を自分のテーマにして、それに人生を賭けようと思った」と吉藤代表は語る。

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オリヒメが置かれた事務所で仕事をする吉藤オリィ研究所代表(右端)



最初、自分のテーマを人工知能(AI)でやろうと思い、高校卒業後、国立香川高等専門学校に入学した。そして、AIを研究したが、孤独をAIで解消するのには違和感があり、本当に人を癒やすのは人間しかできないと思った。そこで高専を中退し、早稲田大学創造理工学部へ入学、癒しロボットの開発に専念した。3年生の時、同大に入りたい研究室がないと分かり、自分で起業してオリィ研究所を立ち上げた。
「オリィ」は、折り紙が得意だった吉藤代表のあだ名からとった。当時はハンカチ王子ならぬ「折り紙王子」とも呼ばれていたという。
最初に二足歩行できる、高さ約40センチのロボットを製作し、その後、色々改良した。「ある程度の存在感があり、しかも邪魔にならないもの」というので高さ約20センチのものに決めた。一番苦労したのは、ロボットの顔だった。ロボット本人のデザインと機能のバランスをとりながら、誰が使っても違和感がないほうがいいと考え、出した結論は能面だったという。名前は、七夕伝説の織姫と彦星から取った。

オリヒメが完成したのは2015年の夏。吉藤代表は不登校の体験を踏まえ、まず学校で使ってもらおうと、院内学級や特別支援学校へ営業活動に出かけた。最初は学校側から「授業に使うなら画面さえあればいい」と言われ、反応が悪かった。だが、吉藤代表は「人と人が一緒に何かをすることが大事だ。後で動画を見せられても、子どもにとっては過去の出来事になってしまう。授業を一緒にするだけでなく、仲間と雑談したり、一緒に遊んだりするのが肝心だ」と説いて回り、徐々に受け入れられるようになったという。

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機材などで手狭になった事務所で働くオリィ研究所社員



オリヒメはレンタルで貸し出していて、料金は1台月3万円。これまでに約260台貸し出しているが、最近は学校より育児中のママや介護のための利用が増えている。その他、結婚式やスポーツ観戦に使うなど、用途が広がっている。社員は現在10人だが、仕事量が増えており、人員増や広い事務所への引越しを検討している。
吉藤代表は今後のロボット開発について「障害者の就労用やお年寄りの介護用のロボットを開発していきたい。オリヒメより大きなものになるが、孤独の解消という基本方針には変わりない」と意欲を燃やしている。



● 難病児支援(日本財団公式ウェブサイト)






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