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2017年10月05日(Thu)
鈴木慶子さんにベルズ原宿の寄付について聞く
「社会福祉に役立ててほしい」
両親から引き継いだ意思実現


障害のあるスタッフが中心となって働くフラワーショップ「ローランズ原宿」が誕生して約5カ月。立地に恵まれた東京・原宿エリアに障害者就労支援のためのお花屋さんを開設できた背景には、店舗が入居した5階建てビルを、社会貢献に資するために日本財団に寄付した女性の心あたたまるエピソードがあった。「土地・建物を社会福祉のために役立ててほしい」と言い残して亡くなった両親の意思を実現させた鈴木慶子さんに話を聞いた。

ベルズ原宿を寄付した鈴木慶子さん(右)と日本財団の笹川陽平会長(5月、ローランズ原宿前で)

ベルズ原宿を寄付した鈴木慶子さん(右)と日本財団の笹川陽平会長(5月、ローランズ原宿前で)


寄付された「ベルズ原宿」(東京都渋谷区千駄ケ谷3-54-15)は築27年。JR山手線原宿駅から一歩入ったところにある。駅周辺は若者ファッションの発信地として名高く、駅を少し離れると高級住宅地の集まる場所としても知られている。日本財団は2013年、ここに住む鈴木さんから相談を受け、16年に寄付を受けた。評価額は土地・建物計2億7200万円。

日本財団はベルズ原宿の1階フロアーを活用して今年5月、障害者の日常生活や社会生活を支援している「ローランズグループ」(福寿満希・代表)と、就労継続支援A型の多機能型生花店&カフェ「ローランズ原宿」を開設した。これによりベルズ原宿は、障害のある人の、働く夢をかなえる場所になった。

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ベルズ原宿の全景


鈴木さんとの一問一答は次の通り。

− 社会貢献の目的でベルズを活用してほしいというご両親の思いを話してほしい。

父の四(たかし)は1907(明治40)年、福井県で生まれ、95年に88歳で亡くなった。15歳の時に大阪・船場に出て繊維業の仕事を始め、その後、繊維問屋として独立し、東京・阿佐ケ谷に。60年前に知人の薦めでこのベルズの土地を購入。紆余曲折を経て阿佐ケ谷からここに引っ越した。80歳代前半にこの建物を建設した。

遺書は残していなかったが「ここが残っていくと、いいな」というようなことを母の久子がいろいろ聞いていて、母がそれを受け継ぎ、ここを相続した私がまたその意思を引き継いだ。母は2012(平成24)年に97歳で亡くなったが「お父さんのことを考えて、ここが社会に役に立ち、残っていく方法があれば考えてほしい」という話をいつもしていた。

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鈴木さんから寄贈されたことを記す記念の石碑。ベルズ原宿の1階外に置かれている


− そういうお父さん、お母さんの思いを実現できたということですね。

いろいろ難しい問題はあったが、ちゃんとやりましたよ、預かったベルズに道をつけましたよ、と両親に報告することができ、ほっとしている。1階に素敵なお花屋さんができてうれしい。皆さん、障害があるとは感じさせず、とても生き生きと働いている。ローランズさんのお花屋さん事業がうまくいくことを願っている。

− 鈴木さんの社会貢献に対する将来への思いは。

社会のお役に立ちながら、この地が残っていくことを願っている。両親の財産を次の世代に、特にサポートを必要としている人に、つないでいくことに意義を感じている。このビルから何がしの収入があれば「ベルズ基金」の志でプールしてもらい、さまざまな社会福祉に役立てていってほしい。







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