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2018年12月07日

たすけあいからのネットワーキング 3−2 

「たすけあいからのネットワーキング」の現在地

(4)高次脳機能障害者支援について

 これまでもふれてきましたように、寝屋川市民たすけあいの会の活動の歴史は、制度やサービスの「すきま」に陥りがちな方についてのかかわりが多くありました。当然、そのことは、その時代、時代の制度やサービス、地域の現状によって変わっています。
 その中で、近年、少しずつ社会的にも焦点が当てられてきているのが「高次脳機能障害」者(児)です。しかし、現在の制度、サービスでは難病者とともに「すきま」の障害とも言われています。当会では、現在、日中活動の地域活動支援センターU型(ぼちぼちはうす)の中に、高次脳機能障害ユニットをもうけてリハビリ・プログラムの提供をしています。
 90年代の後半に2つの出会いがありました。一つは高齢者サービスが徐々に増えていく中で、市内にも単独型のデイサービスセンターができはじめました。また、当時は保健所を中心にして(現在で言う脳血管障害の方を対象に)病院から退院するときの支援と地域リハビリテーションを保健事業ではじめられていて、その二つからボランティアの依頼が入り、活動をはじめていきました。もちろん、それまでにも中途障害者との出会いはありました(難病の方が多い)が、制度が動きはじめたときに、特に40代の中途障害者の生活問題や社会復帰に向けての課題、そして、その中でも、失語症の方の課題が突出してでてきていました。当時は、まだ、言語聴覚士が国家資格化もしていなかった時代です。
 もう一つの出会いは脳外傷の方との出会いです。交通事故や転落事故で脳に損傷を負われ、後遺障害に悩まれている方たちとの出会いがこの頃に始まります。
 前者の方たちとの出会いは、その後、当会のサロンや交流会への参加から、ずっとおつきあいが続いていくことになり、現在にいたりますし、失語症の方とのかかわりは、「寝屋川さくらんぼの会」発足にいたる経緯の中で、1997年に東京から故・遠藤尚志さんをお呼びし、実行委員会の一員として参画し、寝屋川市で「失語症ライブ」を開催したことに端を発します。失語症サポーター養成講座を失語症ボランティア講座として数年間開催もしてきました。寝屋川さくらんぼの会は、一緒に活動をさせていただいてた寝屋川市内の単独型デイサービスを会場にはじまり、その後、寝屋川市立保健福祉センターに場所を移し、いまでも月に1回開催しています。
 そういったプログラム化によって出会った方たちとは別に、2000年頃から主に相談支援のチャンネルで、いわゆる高次脳機能障害の方たちとの出会いが増えてきます。この当時でもまだ、高次脳機能障害ということばはなく、若年の脳外傷者、脳血管障害の後遺症者になります。介護保険がはじまり、それでも40歳以上の脳血管障害者への支援は、それ以前に比べると格段に増えました。が、支援者の意識はあたりまえですが追いつきません。明確なニーズがあれば(たとえば、入浴)別ですが、70代、80代の方が中心のデイサービス(通所介護、通所リハ)に、40代の方が利用されても、なかなかなじめず、もっと違うところがないのか?という希望がでたり、医療制度の改革の中で病院でのリハビリ期間がどんどんと短くなっていくにしたがって、「リハビリ難民」が増えていく現状だったり、リハビリ施設から、地域に戻ってくる支援だったりがどんどんと入ってくるようになってきます。そして、付け加えるならば、「支援が難しい」と言われる行動上の障害がある高次脳機能障害者の相談と生活支援が増えていきます。そんな中で、日中活動の場であるぼちぼちはうすも高次脳機能障害の方の受け入れも少しずつ行うようになります。その文脈はこれまでにも述べてきたように「他に参加する場所がない」という背景に収斂するわけなのですが。
 3,4年前から特に医療制度のリハビリテーションの改革が行われる時期相まって、高次脳機能障害の方へのスタッフに理学療法士が加わったこともあり、プログラムを編成するようになりました。そのときに、参考にさせていただいたのが発達障害者支援で行われていたアプローチです。特に水野敦之氏の「フレームワークを活用した自閉症支援」を中心にした「構造化」、「視覚化」、それに基づく「ワークシステム」づくりに、記憶障害へのアプローチとしてよく使われる「メモリーノート」、認知行動療法で使われる教材と理学療法を組み合わせて、独自のプログラムを行っています。
 プログラム支援のなかでは、特に多職種連携を重視して、「理学療法士」「精神保健福祉士」「社会福祉士」に相談支援専門員が加わり、支援を行っています。
 こうした日中活動の中での取り組みだけではなく、生活支援でもやはりまだまだニーズは多くあります。精神障害者や難病者の医療と福祉の連携の課題はよくいわれるところですが、実際のところ、高次脳機能障害者についても医療と福祉の連携を強く感じるところです。
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2018年12月03日

ヨガロマでは

かわいいヨガロマではかわいい

ヨガロマでも「ハート・アート展、今年は何だそうか〜?」と話し合っていました。目 喫茶店

「ヨガロマらしい作品?」

「何か研究する〜?」

「ダイエット!」

「でもそれ個人情報〜!」

と議論が飛び交い、決定したこと・・・。ぴかぴか(新しい)

ヨガロマは来年3/24(日)〜3/26(火)の「第5回寝屋川ハートアート展」には出展しません!

でも取り組むことに決めました。

何を?

それは、英単語帳をみんなで買いに行くところから始まり、その英単語帳にヨガロマメンバーそれぞれで日々の嬉しい変化、例えば体重が減った。

こんなことを思ったということも、とにかく「嬉しい」わーい(嬉しい顔)揺れるハート気持ちをキーワードに記入しよう!

書けたらヨガロマ内で発表し合おう!

そして、来年3月の「ハート・アート展」アートには「嬉しい」結果いっぱいで集う!足 位置情報

という新企画を始めました。演劇

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楽しく、進めていきたいです♪グッド(上向き矢印)

〜第5回寝屋川ハートアート展へ〜

かわいい〜第5回寝屋川ハートアート展へ〜かわいい

来年2019年の3/24(日)(※初日イベント有り)〜3/26(火)に、いよいよ開催される「第5回寝屋川ハートアート展」。演劇 イベント ぴかぴか(新しい)

そこへ向けて、皆様もいろいろ準備&制作中だと思いますが、「ゆと・りろ」メンバーも作品づくりに取り組んでいます。揺れるハート

まずは! 目

10/30締め切りのポストカード&チラシ掲載に向けて、メンバー個々での作品制作しました。手(グー)

無事3名がエントリーシートに写真も付けて提出できました。手(チョキ)

「第5回寝屋川ハートアート展」の開催に今からワクワクです♪晴れ 遊園地 かわいい

2018年11月05日

10月の祝日ランチ王

10月の祝日ランチ王位置情報

10/8(月・祝)は、モータースポーツ焼き鳥大会モータースポーツかわいい水切りヨーグルトを使ったベイクドチーズケーキ作りかわいいをしました。

焼き鳥は、ねぎま、ずり、鶏団子、タマネギ&豚角の4種類を作りました。揺れるハート

鶏団子のだしでお味噌汁も作りました。リボン

お肉屋さんで買うお肉の種類が多くて、お肉屋さんの店員さんにお肉を注文すると「今日は(種類)多いね」と言われたので、すかさず「焼き鳥を作るんです!」とアピールできました。プレゼント

この日は体育の日です。晴れ

「ゆと・りろも料理という名のスポーツを始めましょう!」バスケットボール スキー サッカー テニス 野球 バッド(下向き矢印)

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のスタッフの名言通りの一生懸命作った焼き鳥をみんなでおいしくほおばりました。わーい(嬉しい顔)ハートたち(複数ハート)


バッド(下向き矢印)この日の「ゆと・りろ」全メニューです。家


バッド(下向き矢印)焼き鳥一人前です。

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バッド(下向き矢印)ご飯です。

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バッド(下向き矢印)鶏団子の鶏汁を使った味噌汁です。

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午後は水切りヨーグルトを使ったベイクドチーズケーキ作りです。

水切りヨーグルトは1日寝かせるらしいですが、「ゆと・りろ」では、朝来た段階で水切りヨーグルトの水切りを始め、午後2時まで、約4時間水切りをしました。時計

水切りヨーグルトはチーズの役目をします。

ほんのりサワーな味のベイクドチーズケーキでした。霧

バッド(下向き矢印)ケーキにナイフ投入です。るんるん

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バッド(下向き矢印)甘くてふんわり食感ぴかぴか(新しい)

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さらに一手間、完成後は温かいので冷蔵庫で冷ますのがおすすめらしいです。


本来なら時間のかかるお菓子ですね。

2018年10月29日

9月の祝日ランチ王A

9月の祝日ランチ王A

9/24(月・祝)は、かわいいトマト丸ごと炊飯ライスかわいいかわいい豆腐ドーナツかわいいを作りました。

1週間前のメロンパン作りよりは簡単で気が楽でした。わーい(嬉しい顔)揺れるハート

バッド(下向き矢印)まず、お米を研いで、トマトを湯むきして炊飯器のお米の中央に置きます。

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バッド(下向き矢印)刻んだハムやタマネギを炊飯器に投入します。

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バッド(下向き矢印)炊飯器が炊きあがったら、チーズをさいて炊飯器に並べます。

炊飯ライスB.JPG

バッド(下向き矢印)一気に混ぜます。

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トマトとチーズが絡まった味わいがすごく美味しかったです。ぴかぴか(新しい)

またやりたいです。黒ハート 遊園地

かわいい るんるん


午後は豆腐ドーナツ作りです。晴れ

砂糖などの材料を計量し、ボウルに生地を作っていきます。爆弾

バッド(下向き矢印)そうして、できた生地を丸めて、全部丸め終わったら、それを油で揚げます。

豆腐ドーナツA.JPG


豆腐ドーナツ@.JPG

完成です。るんるん

バッド(下向き矢印)味は・・・ごまをミックスして作ったのが、豆腐ドーナツの風味を良くしていました。

豆腐ドーナツB.JPG


@ 終わり。拝読、ありがとうございました。家

2018年10月25日

たすけあいからのネットワーキングの現在地(4) 重層的なネットワーキング 民間非営利団体ネットワーキング1


 この項では、寝屋川市民たすけあいの会が寝屋川市内で構築している協働のネットワークのうち、寝屋川市の精神障害者支援について紹介する。
現在は、医療法人、社会福祉法人、株式会社、NPO法人という法人の形態も成り立ちも事業も違う団体がそれぞれの歴史と文化と特色を活かして取り組みを行ってきています。今後さらに、協働活動を深めていこうと昨年度、協働で新たに一般社団法人(一般社団法人 MUGEN)を立ち上げています。

一般社団法人MUGEN「わたしたちは、ともに大阪府寝屋川市内で障がいのある人やマイノリティの人たちの地域生活をサポートする団体として発足、活動してきました。
単身世帯の増加・社会的孤立・多問題家庭・貧困など、多くのまちで生じている課題は、ここ寝屋川市でも課題となっています。
 こうした課題に対して、一つの団体だけでなく、複数の団体が連携し、当事者も支える人たちも地域の人たちとも手を取り合いながら、尊厳ある暮らしと住みよいまちづくりにコミットしていく。そのためにMUGENは生まれました。」
 MUGENを構成する四団体は、
1978年 NPO法人寝屋川市民たすけあいの会
  1981年 医療法人 三家クリニック
1984年 社会福祉法人 みつわ会
2015年 (株)toitoitoi の四団体です。

 寝屋川市民たすけあいの会は、四団体の中でもっとも早く発足し、活動をしているだけではなく、精神障害者支援に特化して活動をしている団体ではありません。1978年に発足した「寝屋川市民たすけあいの会」は2000年に介護保険制度が発足するまでは、すべてを「ボランティア」で文字通り「たすけあい」を旗印に、年齢、障害のあるなしにかかわらず活動を行ってきた団体です。
「その時々に出会った方とのかかわりから、心の病のある人とのかかわりもみられる。たすけあいの会と心の病のある人たちとのかかわり方は、@個別にボランティアが訪問し援助する場合、A心の病のある人がボランティア活動をする中でかかわる場合、B精神障害者関係の団体と組織的なかかわりをもっている場合がある。(『精神保健福祉ボランティア』石川到覚編 中央法規 2001年 P106より)

 たすけあいの会が発足した当時は福祉サービスや在宅医療もほとんどなく、まだ「ボランティア」ということばも市民権のなかった時代でした。その当時に、産声をあげた時代に、たすけあいの会によせられた相談の多くは地域をかけずり回っていた保健師等から相談が舞い込んだそうです。
 当時のボランティア活動のエピソードからは、こどもを乳児院に預け改めて一人で暮らしはじめようとしていた精神疾患をもつ母が、部屋だけ確保したあとに支援依頼をたすけあいの会が受け、家財道具一式を会員からかき集め、家事の援助を全面的に行ったエピソードがよく語られます。このエピソードは、代表の森川がビデオ教材「ひらく かける つなぐ 精神保健ボランティア」ジエムコ出版でも語っている。

 そういった精神障害者を地域で支える取り組みは、たすけあいの会が発足した三年後、地域医療を目指して三家クリニックhttps://www.mitsuya-clinic.jpが開院。そして、また三年後、三家クリニックの院内の取り組みからはじまった社会福祉法人みつわ会https://www.mitsuwakai.comの前身の三和共同作業所の開所へとつながり、寝屋川市でも本格的な精神障害者の地域支援の取り組みへとひろがっていきます。
 寝屋川市民たすけあいの会の在宅ボランティア活動の中での取り組みは制度のスキマということで、制度化の遅れた精神障害者の方への支援が少なくありませんでした。ただ、その多くは保健所から紹介されたものだったようです。

【緩やかな連携とフォーマルな連携による地域でのネットワーク】
 その後、1990年代に入り、精神障害者支援にかかる法律・制度の改正があり、公的な団体も含めた地域のネットワークづくりが拡がっていきます。三団体は「医療」と「福祉」と「ボランティア」というそれぞれの切り口で、公的な地域のネットワークへの参画とともに、90年代の後半からは、インフォーマルなネットワークでもつながりを強めていくことになります。公的なネットワークは、大阪府寝屋川保健所が主催で行っていた精神医療保健福祉関係の会議(精神障害者合同委員会→自立支援促進会議→退院促進会議)に、ボランティア団体である当会も参加。その会議への参加がきっかけで、精神保健福祉ボランティア講座の共同開催やみつわ会の新たな作業所づくりへの協力などの協働活動につながっていきます。
 また、そういった協働活動の中でも、現在も行っている精神障害者地域交流事業「Club E&T」http://neyagawatasukeai.org/katsudo/tsudou/tsudou_20170505_4.htmlは、その当時のインフォーマルなネットワークをひきついで、現在も行われている事業(事務局は寝屋川市民たすけあいの会)であり、毎年、好評を得ている「寝屋川ハートアート展」https://neyagawaheart-art.jimdo.com
「寝屋川ハートアート展」「精神保健医療福祉白書」2018/2019中央法規 P111
は、90年代のボランティアの参画とともに、当事者の参画を強く意識した取り組みに端を発しています。
 
【多様な拡がり、支援対象の拡大と地域の課題の深まり】
 2000年代に入り、社会福祉の制度の大きな改正、医療制度の大きな改正の中で、さまざまな地域支援が拡がってきました。みつわ会も社会福祉法人格を取得し、寝屋川市民たすけあいの会もNPO法人を取得しボランティア活動だけではなく、障害者自立支援法(障害者総合支援法)の事業を行っています。三家クリニックは、デイケア、訪問看護ステーションの経営だけでなく、「ひきこもり外来」を開設。いろいろな展開の中から、(株)toitoitoiを設立。その後も精神疾患をもつ親のこどもの支援、NEFNEの開店などをおこなっています。
 それぞれの多様な展開と同時に事業上の協働だけでなく、さらに大きく深い展開を取り組もうと(一社)MUGENを設立してきています。
 昨年度、その一環のモデル事業として、MUGENハウス(平成29年度社会福祉振興助成事業「クライシスハウスの可能性を考える事業」申請団体:寝屋川市民たすけあいの会)を行っています。ゆるやかな協働、個別のケースのつながりから、実際の共同運営事業やそれぞれの特性を活かした形での協働(同)事業などかなり多角的に現在は取り組んでいます。それは、狭い意味での精神障害者支援だけではなく、(2)でふれた子どもに対しての取り組みにもつながっています。
 これまで、福祉の分野でいわれてきたネットワークは、二次元でかつ「サークル」型
のネットワークが言われることが多かったように思いますが、多様化する地域社会/地域課題において、さまざまな要素での「ネットワーク」が必要になってきています。ネットワークの結節点をどのように作っていくのかという課題などはありますが、多様なネットワークが必要であると感じています。

2018年10月22日

9月の祝日ランチ王@

9月の祝日ランチ王@

9/17(月・祝)この日の祝日ゆと・りろメニューは、私の念願の“象印の炊飯器で作るメロンパン”をしました♪

炊飯器はメロンパンが1日中使う状態になり、さらにメロンパンは高カロリーなこともふまえて、ランチ王ではヘルシーきのこ&海鮮パスタ作りに決定です。

メロンパンは私が作るのを担当しましたよ。

初めての挑戦で不安でした。

メロンパン作りとパスタと二手に分かれてしました。

メロンパン作りはバッド(下向き矢印)計量し、こね、炊飯器にinです。

メロンパン@.JPG

メロンパンの皮はしばらく冷蔵庫に入れました。


私は、不安からか、あせった気持ちで作っていたのは、メンバーさんなどに気付かれていたでしょうか?

そのせいか、粉ふるいを忘れていたことに気付いたのは、少し後の事でした。

バッド(下向き矢印)何とか形になっていくメロンパンをみながら、私は心の平静を取り戻していきました。

メロンパンB.JPG


バッド(下向き矢印)海鮮パスタは二手に分かれたパスタ班のメンバーさんが作ってくれました。

海鮮パスタ@.jpg

バッド(下向き矢印)人参の浅漬け付きも嬉しかったです。

海鮮パスタB.JPG


バッド(下向き矢印)海鮮のだしのきいた美味しいパスタでした。

海鮮パスタC.JPG

かわいい かわいい
かわいい

メロンパンL.JPG


グッド(上向き矢印)メロンパンも無事に出来上がり、バッド(下向き矢印)切り分けて食べました。

メロンパンO.JPG

ずっしりとしていました。

甘さも控えめでした。

「いかに市販のメロンパンは砂糖と化学調味料をつかってるかだね〜」

「小麦粉がこのずっしり感を出してて、小麦粉量で高級感を出してる」

という感想でした。

見た目以上にずっしり&甘さ控えめでした。

この感想をみんなに伝える場合は、どうしても残念そうに「実は・・・」で話すしかなさそうですね。

調理時間は約4時間でした。

頑張りました。


@ 終わり。A に続く。→

2018年10月14日

「たすけあいからのネットワーキング」の現在地(2) −こどもさんたちとの出会いから地域の現状を知ることができる こども(たち)とのかかわり−

「たすけあいからのネットワーキング」の現在地(2)
−こどもさんたちとの出会いから地域の現状を知ることができる こども(たち)とのかかわり−

 現在の寝屋川市民たすけあいの会の事業活動のことをよくご存知の方は、「寝屋川市民たすけあいの会」は、障害者の支援を中心に事業活動をやっているとともに昔ボランティアをやっていた団体だと思っておられる方が多いかもしれません。
しかしながら、もともと寝屋川市民たすけあいの会の活動は、会の歴史を語るときに紹介しているように障害のある子どもたちの親のサポートから始まっています。また、活動が始まった当初から、障害がある/ない子どもたちのあそびのプログラムとして「びっくりおもちゃ箱」という名前のプログラムがありました。
 「びっくりおもちゃ箱」については「たすけあいからのネットワーキング」p48からに活動の紹介がありますので、詳細はふれませんが、障害のあるこどもさんと障害のないこどもさんの出会える場を作りたいという声からスタートしています。
 学生のボランティアを中心に障害児と健常児の交流活動が始められ、何度か中断しつつもプログラムは続けられました(1990年代はじめで休止)。
 2000年代に入ってから学生のボランティアや若いスタッフが入ってきはじめたときに障害児の遊びのプログラムを再開させることになり、「びっくりおもちゃ箱」を何度か開催し、その後、2006年から内容を再編して、毎月第1日曜日に開催する「そるどみ(Sol De Domingo」が始まっている。
 「びっくりおもちゃ箱」の時代は障害のあるこどもたちのための支援のプログラムは、公的な療育センター、保育、教育しかなくあとはボランティアで行っているプログラムくらいしかどの地域でもなかった。寝屋川市でも「びっくりおもちゃ箱」はボランティアプログラムの一つで、当時から障害の重いこどもたちの月に1度の社会参加の場だったようです。まさか、その「びっくりおもちゃ箱」に通ってきていたOBたちが日中活動の場「ぼちぼちはうす」やヘルパーステーション「ほっと」をつくるきっかけになっていくとは思っていなかったでしょう。これについては後述します。
 「障害の重い」といわれるこどもたちはその「障害の重い」が故に、さらに社会参加の場を奪われることになります。このスパイラルはいまもかわっていませんし、そのスピリットは当会がボランティア活動ではなく事業を行っていくときにも痛感している方向性でもあります。
 「そるどみ」から見えてきている風景
 2006年からはじめた「そるどみ」は、ちょうど、障害者自立支援法ができ、3年前の支援費制度がはじまってようやく制度にのった日中活動の場「ぼちぼちはうす」が存続の危機になったときと時期を同じくしてはじまっています。実はこれには理由があります。障害者福祉施策にとって障害者自立支援法の施行は大きなパラダイム転換でした。いまでは当たり前になっている「サービス」という考え方が入り、それまで障害者支援の世界で当たり前だったことがあたり前でなくなることを意味しました。そして、その制度下の事業を行うということは、当会にとっても組織運営そのものを変えていかざるを得ないことを意味しました。だからこそ、制度内の事業ではなく、それも、従前のボランティア活動の延長ではない新しい活動をいくつか打ち出したのがこの時期です。その一つが「そるどみ」でした。
 その数年前からびっくりおもちゃ箱を年に2度ほどの活動を積み重ねてきている中で、以前のびっくりおもちゃ箱と同様やはり障害の重いこどもさんたちとの出会いがそこでも主でした。以前と違っていたのは、制度内の相談支援事業をはじめていたことがあり、関係機関や教育関係からのご紹介で利用がはじまったこどもさんも少なからずおられたことでしょうか。こういった関係機関からの紹介の流れはこの時期から後の「放課後デイサービス」が広がったときの雰囲気が、すでにはじまっていたことを示していると思います。
 そういった放課後デイサービスで見えてくる風景は、その後の「そるどみ」がいわゆる障害の重いこどもさんではなく、いわゆる発達障害のあるこどもさんにも対象が利用対象が広がっていくことにも重なります。障害のあるこどもさんとないこどもさんという線引きそのものに難しさを感じていくことになります。そして、現在はその傾向はもっと進み、複雑な家庭環境をもつこどもさん、不登校のこどもさんが参加するという形になっています(これはあとでふれる精神障害者支援を行っている機関とのネットワークとも絡んでいます)。

 ここ数年、「こどもの貧困」ということがことさらに言われるようになりました。当会の活動の中で、その「こどもの貧困」に関して、感じること関わることは実は少なくはありません。個別のケースでいえば、精神保健ジャーナル「ゆうゆう」31号 萌文社の紹介記事&精神保健福祉ボランティア 石川到覚編 中央法規 2001 第3章「暮らしを支える」P107で紹介されている事例などはその一例です。筆者が当会にかかわりはじめた当時から数年間、「在宅ボランティア活動」のケース依頼の中で、年に1、2ケース「沐浴」のボランティアという種別のボランティアの依頼がありました。「沐浴ボランティア」とは、生まれたばかりの赤ん坊をお風呂に入れる活動のことです。当会のベテランのボランティアさんたちは特に気にする風もなく保健所の保健婦(師)からの依頼を受けていました。活動の性格上、数日間のボランティア活動で終わるわけですが、いまから振り返ると母に精神疾患や知的障害があり養育に課題が見られ、保健師が自分が訪問するだけでは、産後すぐの時期を乗り切ることが難しいと感じての依頼だったのでしょう。当時は、核家族化で頼れる周りの人がいないという切り口での依頼趣旨でしたが。
 2000年前後くらいには寝屋川市ではこども虐待(死)やこどもが絡む事件(例えば、寝屋川市中央小学校事件 2005年など)が頻繁におこるようになり、地域の中でこどものことに日常的に関心が向けられるようになりました。同時期にいろいろなチャンネルから地域では「30代後半のおばあちゃん」が珍しくないことにも気づかされるようになります。「30代後半のおばあちゃん」とは、10代出産のこどもが10代で出産し、30代後半にして祖母になるということです。若年出産が悪いという意味ではありませんが他地域ではあまり聞かない話があたりまえに聞こえてくると「なぜ」と考えざるを得ません。また、同時期に市内のある小学校の保護世帯率が3割を超える(2000年代初頭)ということをきいたときにも先んじて、地域の貧困化と「貧困の世代間連鎖」が地域の課題になってきていることを実感しました。
 ともすれば、虐待とも密接にかかわるこどもの支援の話は公的な施策が先行していきますので、わたしたちのような民間の、それも特に、こども支援をメインの看板に出していない団体にはそれほどの出番がないようにも思えます。しかしあたりまえですが、こどものことは家族のことともかかわります。無関係ではあり得ません。アプローチの仕方が多層的でないと課題解決どころか、課題にすらたどりつきません。
 数年間のある研修会でこんなことをききました。妊産婦救急を受けている病院のケースワーカーさんでした。年末の休暇をすごし年始に出勤したときに10数ケース「飛び込み出産」のこどもがいた。そのうちの7割以上が当市と隣市の住所だったそうです。生まれたあとのこどものことだけを考えていてはダメだ痛感した話でした。狭い意味の「障害」に着目していてはいけないと強く感じ、その後のライフステージの節で漏れない相談機関のネットワークづくりを指向するきっかけになります。
 

2018年10月01日

びわの葉茶

びわかわいい

「ゆと・りろ」での新しい試みです。

敷地内のびわの木、今年はびわは不作でしたが、スタッフの提案で「びわ」を使った、「びわ」を作りました〜♪


びわ」とは、びわで煎じて飲むの事です。

健康の中では、飲み口がさっぱりしていて飲みやすいのが特徴です。

には、「びわの成分を知ってか知らずか!」と「ばらい(しょばらい)」に飲まれ、「枇杷びわよう)」という、に近い飲み物として、庶民に親しまれていたそうです。


最近、テレビひらめきなどで「びわ」が話題目になっているそうですが、みなさん、飲んだことはありますか?


びわのいろいろな使い方】

びわには、タンニンやが含まれており、健康や、乾燥させたを利用し、を直接に貼る等、様々な形で活用されているようです。


さて、「ゆと・りろ」メンバーで「びわ」作りです。

まず敷地内のびわを数枚切ります。手(チョキ)



びわの裏を見る目と毛が沢山付いています。ドコモポイント

まずはそれをアルミたわしなどでこすり落とす作業です。

と毛ドコモ提供がよく落ちましたよ。

そうしたら全部洗って何週間か干します。


バッド(下向き矢印)乾いたびわをトレーの上で四角く小さくはさみ手(チョキ)で刻みます。

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かわいい  揺れるハート  るんるん


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グッド(上向き矢印)こうしてジップロックで保存します。


バッド(下向き矢印)刻んだ袋に入れ、やかんのを作りました。


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とても飲みやすい味でしたよ〜。霧 かわいい


演劇出涸らしはネットに入れて、お風呂に入れると、スベスベになりますよ〜。ぴかぴか(新しい)

賞味期限は1日exclamationだけです。


2018年09月22日

「たすけあいからのネットワーキング」の現在地(1)

現在、当会は来春に発行予定の『関西社会福祉研究』への投稿論文の執筆依頼をお受けしている。この文章 「たすけあいからのネットワーキング」の現在地 は、その草稿にあたるものである。
 「たすけあいからのネットワーキング」は、以下にもあるように10周年の記念誌のタイトルである。10年から40年というのは飛躍しているようにも思われるかもしれないが、20年が1998年。特定非営利活動促進法施行年。かつ、社会福祉制度が措置制度から契約制度にかわりはじめた年。30年は2008年。障害者自立支援法がはじまり、制度が本格的に動き始めていた時期。今回、被災した日中活動の場を現在のような内装に映像06「ぼちぼちはうす〜障害者自立支援法の波紋〜」の寄付金、損保ジャパンの助成金、年賀状助成金で改装していった時期です。
 そして、今年が40年。会は大きな岐路に立っています。


「たすけあいからのネットワーキング」の現在地

 寝屋川市民たすけあいの会は、1978年5月に発足なので、今年2018年5月で40周年を迎えることになりました。「たすけあいからのネットワーキング」は寝屋川市民たすけあいの会が10周年を記念して出版した書籍のタイトルになります。その「はじめに」にこんな一文があります
 現在、医療。保健・福祉のネットワークとかインフォーマル・サポート・アプローチであるとかが専門職の間で議論されている。
 「参加する福祉」「創造する福祉」など、言葉だけが一人歩きをし、なかなか実態が伴わない。「たすけあいの会」が産み出している活動は、その土壌づくりの活動であるとも言える。素人の、市民のエネルギーが、重層的なネットワーキングによって、ボランタリーに発揮されたとき、どれだけの創造的な取り組みが出来るのかの実験的・開拓的事業でもある。また、会の実践は一つのロマンでもある。(『たすけあいからのネットワーキング』1989年 松籟社
 1990年代までの萌芽的な活動の取り組みは、多くの発信とともに問題提起を行ったように思っています。地域福祉の教科書的な書籍に「草の根の」とか「民家改修型福祉の先駆け」と紹介されたこともあります。昔から活動を続けている会員さんや当会の代表は自虐的に発足当時の故柴田善守氏・当時 大阪ボランティア協会理事長が当会の発足総会の場をして、「『20世紀の社会福祉は倉庫からはじまった(ハルハウス)』といわれたけどいまだに倉庫や」、と言います。
 1990年代に「ボランティア元年」と言われたボランティアブームが来、ボランティアという言葉が市民権を得ます。また、社会福祉基礎構造改革の中で社会福祉のあり様が大きく変革しはじめていきます。活動の隆盛はどの団体でもあることですが、10周年を機にいったんしぼんだ活動は、90年代後半に時代の流れに相応しく再び盛り上がりを見せてきます。
 00年代になり、NPOの時代・特定非営利活動促進法ができ、NPOが市民権を得ていきます 。そして、社会福祉は福祉サービスになり、介護保険法の施行、障害者の支援費制度→障害者自立支援法施行と進んでいきます。「参加する」は共助ということばでくくられ、「創造する」は起業ということばでくくられる、はっきりその傾向が見て取れるようになるのは、10年代になりますが、その傾向はすでに00年代に見て取れます。
 当会は、2001年に特定非営利活動法人を会を一部分離する形で設立。2010年には一体化をします。時代の流れにアンテナを高くしつつ、地域の事情そして会を組織づくってきた会員さんたちの動きの中で、当会は「活動」「事業」そして「組織」のあり様を変えてきました。「福祉が専門職化して市民はその下請けとなっている」と現状を嘆くわけでもなく、「素人こそ住民、市民こそがその主役である」と声高に唱えるわけでもなく、いろいろな人のかかわりがエネルギーを生み出し、『「矛盾」×「矛盾」×「矛盾」=【なんとかなる】』の計算式の「矛盾」という要素がドンドンと増えていきながら、創造的取り組みをいかに続けてできるのか、というスタンスがこの40年の取り組みに貫通しているように感じています。
 しかし、10年代に入っての「制度化」の波はどんどん大きくなっています。また、当会が発足当時からお借りしていた土地が道路拡幅により、当会自体の存続が危うい事態になっています。その時期であるからこそ、今回、40周年を機会として、活動の取り組みを書き残すことの意義を感じています。
 この小稿では、すでにさまざまな形でまとめられてきているものはそちらに委ね、「たすけあいからのネットワーキング現在地」として、「一人」のかかわりから生まれてきた当会の実践をいくつかと、「ネットワーキング」と称される活動の実践のいくつかを触れていきたい、そして、その中で組織運営の困難さと重要さについてふれていきたいと思います。