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2019年02月18日

2019 年始の「ゆと・りろ」ランチ王

2019 年始の「ゆと・りろ」ランチ王

2019年1月4日(金)が「ゆと・りろ」年始初日です。

「ランチ王」ではスタッフ提案の“かっぱえびせん”を使ったパスタと白菜と人参の浅漬けを作りました。

かっぱえびせんパスタA.JPG

かっぱえびせんパスタB.JPG

パスタの具材の材料は写真の通り、かっぱえびせん、冷凍エビ、ホイップクリーム、トマト缶、柚子胡椒を使いました。

かっぱえびせんパスタ@.JPG

とてもクリーミーでおいしかったです。

「ゆと・りろ」ランチ王は初日スタートから“かっぱえびせん”を使ったパスタという新しいメニューを作りました〜。

かっぱえびせんパスタC.JPG


そして午後は「ぼちぼちはうす」の皆さんと初詣に行きました。

良い天気で椿も鮮やかに咲き誇っていました〜。

かっぱえびせんパスタ@.JPG

「ゆと・りろ」の年末

「ゆと・りろ」の年末

2018年12月最終週は「ゆと・りろ」では「ゆと・りろ」のお部屋をみんなで大掃除するweekでした。

窓ふき、食器や調理道具を全部出しての拭き掃除、全カーテン洗いを済ませたら、12/28(金)には野菜、海老の掻き揚げを揚げて、年越しそばを作って食べました。

年越しそばC.JPG

12/29(土)は忘年会を「ゆと・りろ」で開催し、鍋をみんなで食べました。

忘年会@.JPG


バッド(下向き矢印)鍋の〆は麺でしたわーい(嬉しい顔)

忘年会A.JPG

昨年もこうして「ゆと・りろ」は幕を閉じ、次の年へ向けての準備をしました。

2019年01月28日

white X’mas

WHITE X’MASるんるん

「ゆと・りろ」のX’MASクリスマス、テーマは「WHITE」です。

ロマンチックな雪射手座、とかを連想させますね。

そしたら、さらにテーマを付け加えます。

それは

「X’MASなんて関係ねぇ!」

「和」かわいい いい気分(温泉)

です。

そう、作ったのは、チーズ、かいわれ大根、冷凍海老、マッシュゆで卵を具材に酢飯にからめた、洋風ちらし寿司です。

ホワイトクリスマスB.JPG

このちらし寿司はこの年のひな祭りにも作って好評でした。揺れるハート



午後も白玉&生クリーム&小豆というまるで、X’MASリボンのプレゼントプレゼントのようなヘルシー志向の「ゆと・りろ」ではめったに食べない甘〜〜いデザートバースデーを作って食べました。

ホワイトクリスマスC.JPG

「美味しかったね。良いX’MASを・・・」黒ハート

とスタッフが締めくくりました。



美味しくて幸せなひとときを過ごせました。ぴかぴか(新しい)

2019年01月10日

3.たすけあいからのネットワーキングの現在地 多久寛子さん−重度障害者等包括支援事業と重度知的障害者の一人暮らし支援

3.多久寛子さん−重度障害者等包括支援事業と重度知的障害者の一人暮らし支援

(通例 こういった文章などでは個人名をださずにイニシャルで紹介することが圧倒的ですがここではあえて、ご本人のお名前を出しています。本文中にも触れていますが、それは当会が彼女をはじめ漠然としただれかを支援させていただいているのではなく、固有名詞「多久寛子」さんとの関係性の中で支援を構築しているからです。そのスタンスで、これまでも、TVの取材やその他でもすべて彼女は実名で出演、登場しています。)

 寝屋川市民たすけあいの会の40年を語るときに、多久寛子さんのことは外すことはできません。

 現在、私たちが運営をしている「社会参加活動センター ぼちぼちはうす(制度上は地域活動支援センターU型)」を作ることになったのも、彼女が市内の通過型施設を修了する際にその後の通所先を母が当会に相談に来られたことからはじまっています。障害者自立支援法が始まるときに、その自分たちがつくって制度化した「ぼちぼちはうす」が廃止/存続の危機になったときにも率先し活動を、また、毎日放送のドキュメンタリー映像06「ぼちぼちはうす〜障害者自立支援法の波紋〜」の取材のときにもご協力をいただきました。何より彼女自身がとても重い知的障害がありながら、地域の学校に行き、学童保育を利用し、地域のお祭りには必ずと言っていいほど母子で出席、出店し、自宅を開放し、「文庫活動」をされておられたご家庭でした。

 そもそも、ボランティア活動のみを行っていた寝屋川市民たすけあいの会がなぜ、事業を行うようになったのか?10周年記念誌「たすけあいからのネットワーキング」の中にも、「ボランティア・ビューロー、ボランティア活動だけではなく障害者の作業所などつくっていくべきではないかという議論があるが、それはやらない」と整理をされています。p142
 振り返ってみると外在的な要因と内在的な要因があったように思います。外在的な要因は、「はじめに」に書いた1998年のNPO法、2000年の介護保険があります(2003年の支援費は当会が事業をやりはじめてからはじまりました)。外在的な要因としてもう一つ注文すべき点は、1995年の阪神淡路大震災とそのときの「ボランティア」元年と言われるボランティア文化の転換があるようにも思います。その大部分はNPO法創設につながっていくと一般には言われていますが、実はその前からの「ボランティア活動」が市民権を得始めていた1990年代前半、福祉制度の変更、「環境(エコ)」に対する市民の関心の高まりなど、ボランティアを取り巻く社会事情が変わっていたことが、当会を取り巻く外在的な要因の変化にもつながっていると思います。
 内在的な要因として、その時期は、会発足10周年以降、運営の中心だったメンバーが抜け、運営状況も変わりつつある中、また会発足の契機を担い、その後も職員の派遣などを行っていただいていた大阪ボランティア協会との関係性もかわり、大きく会の運営の「自立」が必要になってきていた時期でもありました。
 また、そういった運営の自立の議論の中から、「ボランティア・ビューロー」という看板はあっても、日本で「ボランティア・コーディネート」を生み出したと言われる活動の一つだったと言われても、実際の活動をするボランティアたちは「コーディネート(調整型)」よりも「課題解決型」の志向が強かったということもあると思います。例えば、コーディネートから生み出された「在宅療養者交流会」(たすけあいからのネットワーキングP43)もこの頃から、在宅ボランティア活動の活動先の「支援を必要とされる人」どおしをつなぐという役割よりも、もっとプログラム化され、「外出のプログラム」という取り組みのアナウンスから新しい人につながっていく、口づてに広がるという流れが強くなってきます。
 自分たちが培ってきた「ボランティア文化」ではないものが広がり、また地域の福祉を課題解決として行っていくべきであるという社会制度の変化、そして、会の「自立」のプロセスの中で出てきた(強まってきた)課題解決志向。そういった90年代後半の内・外の動きや事情の中で、多久寛子さんの母の「たすけあいの会で(障害者)作業所をやってほしい」という話から、「ぼちぼちはうす」を作る動きが本格化していきます。「在宅療養者交流会」などで広がってきたつながりから在宅の重度の障害のある方と出会い、保健所などの新しい事業の支援依頼から中途障害の方との出会い。また、市内で開催される環境啓発イベント「エコフェスタ」の300ブースのフリーマーケットのとりまとめを依頼されて、その事務局を担うというような、確かにこれまでの活動の延長戦上にはありますが、そもそもの規模のかなり大きな「ネットワークを広げる活動」(4)も大きく関連しています。直接的・間接的なネットワーク活動が大きく拡がった中で事業活動をはじめることになったと言えると思います。もちろん、前項で触れたこどもたちのプログラムを発足当初から中断しながらも行ってきていて、そこで出会ったこどもたちが成人になり、通所先がないとか、支援(サービス)を受けることが十分にできないという現状の声をきく中から、再度出会っていく「プロセス」であったと思います。10年、15年たって再び出会い、その人たちと一緒につくったものが、「ぼちぼちはうす」であり、「ヘルパーステーション『ほっと』」でした。
 
 「ぼちぼちはうす」は約2年間の制度外の運営を経て、2003年の支援費制度施行と同時に「(基準該当)身体障害者デイサービス」になります。(5)2000年の介護保険施行時に「(基準該当)での訪問介護をはじめ、2002年の精神障害者居宅介護事業の補助、2003年に身体、知的障害者の居宅介護の補助(支援費制度の指定)。(6)これらは当会が行政からの補助がないままに、ボランティア(ボランタリー)に行っていた活動を市が追認して、制度化していく流れでした。そうして本格的にボランティア活動とは別に制度内事業を行っていくようになっていきます。
 ただ、社会の流れは「サービスニーズがあるからサービスを創設していく」という市場化の流れでしたが、それに抗うように私たちは、「つながりから創っていく」支援、そして、それを市民の意識として事業化も行っているようにできるだけ市と協議して、市の追認を得ながら行っていくというスタイルをとっています。
 2006年に障害者自立支援法が施行されるときに、「ぼちぼちはうす」は元になる制度である「身体障害者デイサービス」がなくなるということで、廃止の危機に陥りました。そのときにも安易に単なる存続という思考ではなく、専門家でない人でもかかわることができるように新しく創設された重度障害者等包括支援(7)の指定をとりました。また、市との協議の結果、地域活動支援センターの委託も受け、ることができましたし、その際に、自主事業ではじめていた「スリーコイン ランチ王」・精神障害者を対象にしたランチサロンの事業を対象にして、福祉分野での精神障害者デイサービスを地域活動支援センターU型としてはじめました。「地域活動支援センターU型+重度障害者等包括支援事業の日中部分」というのが制度でいえば、現在の「ぼちぼちはうす」の位置づけになります。現在では、利用対象者は、重度肢体不自由者、重度知的障害者に精神障害、加えて、現在は高次脳機能障害(8)、発達障害者も入ってきています。

 多久寛子さん(9)
 そんな当会の事業の中心を担ってきた多久さんですが、2011年の夏にお母さんが急に入院され、その約1ヶ月後には意識がない状態になり、入院して2ヶ月半後には亡くなられてしまいます。母子2人暮らしで、身寄りのない多久さん。
母のずっと実践してこられたこの地域で暮らし続けたい、多久さん自身のここで暮らしたいという思いに応えていくために、私たちは体制づくりを行い、短期入所を組み合わせながらも、ヘルパーの支援を入れながら、一人暮らしをしていただいています。重度知的障害でかつ行動障害のある方の一人暮らしという生活の形態は全国的にみてもかなり少数です(10)。 「ふわりんクルージョン2017」2017.1.29 日本地域共生協議会主催のシンポジスととして発表させていただいたときにも述べましたが、私たちは「重度知的障害があり行動障害者」の一人暮らしを支援しているわけでもなく、「重度知的障害があり行動障害のある多久寛子さん」を支援しているわけでもなく、「多久寛子さん」とともに寝屋川という地域で生活をしていくために支援をし、支援を組み立てています(11)。
 もちろん、唯一の身寄りであり、親族後見人であった母が急に亡くなられたわけですし、彼女自身が何らかの明確なことばによる意思疎通ができるわけではありませんから、ここまで安定した生活を組み立て、かつ、保ちつつづけていくには大きな課題をいくつも乗り越えています。少なくとも、重度の知的障害者が一人暮らしをするには全く制度は追いついていません。隙間だらけです。その「隙間」はともに歩んでいるからこそ埋めていくことができているのです。

多久寛子さんの生活 「ふわりんクルージョン2017」2017.1.29 発表資料
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(5)昔、障害福祉の分野で言わていた「在宅」。行き場(通所先、所属先)のない重度重複障害者ばかりが集まって始まる。
(6) 2003年支援費制度がはじまるまで、寝屋川市の障害者ガイドヘルプ事業は、寝屋川市が直営で行っていた。利用者もヘルパーも市に登録をする形だった。実際は市の調整力は低く、重度者にはほとんど派遣ができていない状況だった。
(7)重度障害者等包括支援事業は居宅介護の事業の一つでありながら、従事者に資格を有しないものも従事ができる。障害者自立支援法(現在は障害者総合支援法)の制度であるが全国的に利用は低調で大阪府内で実際に利用者がいるのは当事業所のみ。事業所の利用者数でいえば、全国で2番目に多い事業所である(2018年10月現在 7名)
(8)字数の都合上、高次脳機能障害者の支援について詳細を書くことができないがここ数年当会には多くの中重度の高次脳機能障害者支援の依頼がある。4年前から地域活動支援センターの一セクションとして、リハビリ要素を付加して活動をしている。
(9)多久寛子さんのひとりぐらしの様子は https://youtu.be/qSDiek2vFMQ
(10)「統計は見当たらないが、30年前から知的障害者の自立を支援している市民団体「たこの木クラブ」代表の岩橋誠治さんによると、一人暮らしをしている重度知的障害者は全国で100人もいないとみられている。」『げんちゃん、みんなを変えた 知的障害者が一人暮らしすること』岩永直子  https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/genchan?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharetwitter&utm_term=.vfKJGWa1e
(11)以下の動画で多久寛子さんの生活を紹介している https://youtu.be/MFOlMwBsEZ4

2019年01月01日

「ゆと・りろ」年始挨拶

「ゆと・りろ」年始挨拶


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明けましておめでとうございます。


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今年はどんな年になるでしょうか?

どんな年にしたいですか?

「一年の計は元旦にあり」ということわざもあります。

またどんな初夢を見ましたか?

そんなことを「ゆと・りろ」でも話しながら楽しく実りのある一年をみんなで歩んで行きたいと思います!!!

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「ゆと・りろ」は1月4日からSTARTです!!!


2018年12月31日

「ゆと・りろ」年末挨拶

「ゆと・りろ」年末挨拶かわいい

今年の「ゆと・りろ」は災害で活動場所を「すだち」に移動しました。足

そんな中でも「今年作った新メニューはなんだろう?」と年末も近づいて「ゆと・りろ」メンバーで話し合っていました。

バッド(下向き矢印)新しい炊飯器を使った手作りメロンパン、

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バッド(下向き矢印)悪魔のおにぎり、

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バッド(下向き矢印)まぐろのカマ、

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バッド(下向き矢印)「ゆと・りろ」メンバーが分かれて作った合いがけカレー

合いがけカレー@.JPG

など、今年もいろいろ作って食べました〜。

今年の冬は暖冬ですが、気温の変化も激しいので皆様体調管理もしっかりしながら、良いお年をお迎え下さい!!!猫

2019年の「ゆと・りろ」は1月4日(金)からSTARTします!ぴかぴか(新しい)

2018年12月17日

11月ボランティアさんBIRTHDAY会

11月ボランティアさんBIRTHDAY会バースデー

ボランティアさんbirthdaypartyを「ゆと・りろ」でしたいといってくれてありがとうございました。揺れるハート

ボランティアさんBD会楽しかったですね。わーい(嬉しい顔)

思い出します・・・ボランティアさんの初回「ゆと・りろ」体験は春巻きランチで、今回はそうめんとパクチーと蒸し鶏のフォー、生春巻きでしたね。バッド(下向き矢印)

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でも、ボランティアさんのリクエストを聞いてみると「考えてません」で、「ゆと・りろ」メンバーみんなとても驚きました。目耳

そして「ゆと・りろ」メンバーも一緒にメニューを考えましたね。

インスタに書き忘れたこと・・・今ボランティアさんは受験シーズン突入ということで、春巻き、生春巻きも「ゆと・りろ」で食べたし、きっと“春”来るよ。かわいい

と今追記しておきます。ペン

バッド(下向き矢印)午後は薩摩芋と小豆わらび餅の“チェー”も美味しかったですね。揺れるハート

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制作作業もありがとうございました。るんるん

2018年12月07日

たすけあいからのネットワーキング 3−2 

「たすけあいからのネットワーキング」の現在地

(4)高次脳機能障害者支援について

 これまでもふれてきましたように、寝屋川市民たすけあいの会の活動の歴史は、制度やサービスの「すきま」に陥りがちな方についてのかかわりが多くありました。当然、そのことは、その時代、時代の制度やサービス、地域の現状によって変わっています。
 その中で、近年、少しずつ社会的にも焦点が当てられてきているのが「高次脳機能障害」者(児)です。しかし、現在の制度、サービスでは難病者とともに「すきま」の障害とも言われています。当会では、現在、日中活動の地域活動支援センターU型(ぼちぼちはうす)の中に、高次脳機能障害ユニットをもうけてリハビリ・プログラムの提供をしています。
 90年代の後半に2つの出会いがありました。一つは高齢者サービスが徐々に増えていく中で、市内にも単独型のデイサービスセンターができはじめました。また、当時は保健所を中心にして(現在で言う脳血管障害の方を対象に)病院から退院するときの支援と地域リハビリテーションを保健事業ではじめられていて、その二つからボランティアの依頼が入り、活動をはじめていきました。もちろん、それまでにも中途障害者との出会いはありました(難病の方が多い)が、制度が動きはじめたときに、特に40代の中途障害者の生活問題や社会復帰に向けての課題、そして、その中でも、失語症の方の課題が突出してでてきていました。当時は、まだ、言語聴覚士が国家資格化もしていなかった時代です。
 もう一つの出会いは脳外傷の方との出会いです。交通事故や転落事故で脳に損傷を負われ、後遺障害に悩まれている方たちとの出会いがこの頃に始まります。
 前者の方たちとの出会いは、その後、当会のサロンや交流会への参加から、ずっとおつきあいが続いていくことになり、現在にいたりますし、失語症の方とのかかわりは、「寝屋川さくらんぼの会」発足にいたる経緯の中で、1997年に東京から故・遠藤尚志さんをお呼びし、実行委員会の一員として参画し、寝屋川市で「失語症ライブ」を開催したことに端を発します。失語症サポーター養成講座を失語症ボランティア講座として数年間開催もしてきました。寝屋川さくらんぼの会は、一緒に活動をさせていただいてた寝屋川市内の単独型デイサービスを会場にはじまり、その後、寝屋川市立保健福祉センターに場所を移し、いまでも月に1回開催しています。
 そういったプログラム化によって出会った方たちとは別に、2000年頃から主に相談支援のチャンネルで、いわゆる高次脳機能障害の方たちとの出会いが増えてきます。この当時でもまだ、高次脳機能障害ということばはなく、若年の脳外傷者、脳血管障害の後遺症者になります。介護保険がはじまり、それでも40歳以上の脳血管障害者への支援は、それ以前に比べると格段に増えました。が、支援者の意識はあたりまえですが追いつきません。明確なニーズがあれば(たとえば、入浴)別ですが、70代、80代の方が中心のデイサービス(通所介護、通所リハ)に、40代の方が利用されても、なかなかなじめず、もっと違うところがないのか?という希望がでたり、医療制度の改革の中で病院でのリハビリ期間がどんどんと短くなっていくにしたがって、「リハビリ難民」が増えていく現状だったり、リハビリ施設から、地域に戻ってくる支援だったりがどんどんと入ってくるようになってきます。そして、付け加えるならば、「支援が難しい」と言われる行動上の障害がある高次脳機能障害者の相談と生活支援が増えていきます。そんな中で、日中活動の場であるぼちぼちはうすも高次脳機能障害の方の受け入れも少しずつ行うようになります。その文脈はこれまでにも述べてきたように「他に参加する場所がない」という背景に収斂するわけなのですが。
 3,4年前から特に医療制度のリハビリテーションの改革が行われる時期相まって、高次脳機能障害の方へのスタッフに理学療法士が加わったこともあり、プログラムを編成するようになりました。そのときに、参考にさせていただいたのが発達障害者支援で行われていたアプローチです。特に水野敦之氏の「フレームワークを活用した自閉症支援」を中心にした「構造化」、「視覚化」、それに基づく「ワークシステム」づくりに、記憶障害へのアプローチとしてよく使われる「メモリーノート」、認知行動療法で使われる教材と理学療法を組み合わせて、独自のプログラムを行っています。
 プログラム支援のなかでは、特に多職種連携を重視して、「理学療法士」「精神保健福祉士」「社会福祉士」に相談支援専門員が加わり、支援を行っています。
 こうした日中活動の中での取り組みだけではなく、生活支援でもやはりまだまだニーズは多くあります。精神障害者や難病者の医療と福祉の連携の課題はよくいわれるところですが、実際のところ、高次脳機能障害者についても医療と福祉の連携を強く感じるところです。
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2018年12月03日

ヨガロマでは

かわいいヨガロマではかわいい

ヨガロマでも「ハート・アート展、今年は何だそうか〜?」と話し合っていました。目 喫茶店

「ヨガロマらしい作品?」

「何か研究する〜?」

「ダイエット!」

「でもそれ個人情報〜!」

と議論が飛び交い、決定したこと・・・。ぴかぴか(新しい)

ヨガロマは来年3/24(日)〜3/26(火)の「第5回寝屋川ハートアート展」には出展しません!

でも取り組むことに決めました。

何を?

それは、英単語帳をみんなで買いに行くところから始まり、その英単語帳にヨガロマメンバーそれぞれで日々の嬉しい変化、例えば体重が減った。

こんなことを思ったということも、とにかく「嬉しい」わーい(嬉しい顔)揺れるハート気持ちをキーワードに記入しよう!

書けたらヨガロマ内で発表し合おう!

そして、来年3月の「ハート・アート展」アートには「嬉しい」結果いっぱいで集う!足 位置情報

という新企画を始めました。演劇

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楽しく、進めていきたいです♪グッド(上向き矢印)

〜第5回寝屋川ハートアート展へ〜

かわいい〜第5回寝屋川ハートアート展へ〜かわいい

来年2019年の3/24(日)(※初日イベント有り)〜3/26(火)に、いよいよ開催される「第5回寝屋川ハートアート展」。演劇 イベント ぴかぴか(新しい)

そこへ向けて、皆様もいろいろ準備&制作中だと思いますが、「ゆと・りろ」メンバーも作品づくりに取り組んでいます。揺れるハート

まずは! 目

10/30締め切りのポストカード&チラシ掲載に向けて、メンバー個々での作品制作しました。手(グー)

無事3名がエントリーシートに写真も付けて提出できました。手(チョキ)

「第5回寝屋川ハートアート展」の開催に今からワクワクです♪晴れ 遊園地 かわいい