日本に核兵器はないのか。あります。米軍基地にあるんです。これは先日の沖縄基地返還密約事件の当時の外務省員の証言にもあったが、平和三原則の中の「核兵器を持ち込ませない」を内緒でOKしてしまっている。だからこうした被爆の日にもっと働きかける必要があるのではないかと思う。
今日、BSドキュメンタリーで劣化ウラン弾の報告があった。これはNHK広島の作成だった。劣化ウラン弾は国際法で禁止されているにもかかわらず、ユーゴ紛争にもイラク戦争にも多く使われている。そして、多くの人が放射線による様々な健康被害で苦しんでいる。しかしアメリカ政府・軍は健康被害は劣化ウラン弾によるモノであることを否定しているのだから笑止千万である。以前にアフガニスタンで人質としてとらわれの身になった今井青年もこの調査を行っていた。これは明らかに放射能をまき散らす許されない爆弾である。アメリカが作っちゃった放射性廃棄物の処理も兼ねているというから許されない。日本はこうしたことをもっとしっかり抗議できる、主権国家として、唯一の被爆国家として、そして日本人の誇りとして、きちんとした態度を示す必要があるのではないだろうか?
もっと、もっと平和への活動ができないかと本当に思う。ある時、あるところで「人を助けるには富まなければならない」と書かれているのを見て正直落胆した。申し訳ないが自分と富とは縁がない。でも、この富を銭じゃなくて人だったら、もしかしたら何かできるのかなとちょっとだけ自信過剰な考えももったりする。あまり人付き合いが得意ではないが、それでも本当に人に恵まれてきたのだと思うことが多い。色々な人に助けられてきている。だから、それを生かしたい。
こうして元々あまり読み手は少ないブログながらも情報発信ができるのだから、提言だけ、声だけでも先ずあげるぞ。日本の豊かさは他の多くの人の生命と財産を犠牲にした上で成り立っているのであり、大量の自然破壊の上に成り立っているのだから、教育で、メディアで、家族で、友達同士で、近所で、ちょっとしたことから始められる平和活動ができないだろうか。砂上の楼閣の豊かさなど、小さなきっかけ一つで失われるのである。ぎりぎりの生命力しかない地球を守るのも破壊するのも人間次第である。武器を作るお金を植林や省エネ開発に使えないだろうか…。
個人的な意見としてだが、あれは「戦争をやめさせるための爆撃」なんぞではない。国家予算をとんでもなく使ってしまったので消費しなくてはいかんから使った…としか思われないのだ。というかそういうデータも確かあった。戦争を好んでする国がまだ地球上にあるのだから、せめてこの国の人は、過去の侵略者として、そして現在にまで続く唯一の被爆国としてもっと真摯な姿勢で色々なことを考えていく必要があると思った。
でも、どうだろう。最近ホントに平和ボケしていないだろうか?ワカモノよ。自分自身も戦後生まれではあるが、メリケンにいた頃に間接的だが戦争を目の当たりにした。湾岸戦争で寮の仲間が何人もいなくなった。帰ってこなくなったまま私は大学を変わった。だから彼等がその後どうなったのかわからない。その事実は心に何か殺伐とした空気をもたらしたモノである。彼等は教育が受けたくて軍に入った。そして戻ってきたら大学での勉強を続けたいという気持をキャンパスに残して戦地に向かっていったのである。
ちょっとした強盗事件に巻き込まれたことがある。こめかみに銃口が向いているあの冷ややかな感触を味わうと、命の大切さ、家族の有り難さ、あたたかさ、そして共生社会の重要さを感じる。
だからといって、徴兵制度があればいいというのではない。日本には軍隊などいらない。日米安全保障条約を破棄することができないなら最大限使わせていただけばいい。日本がもっと力を入れなくてはいけないのは国家的な組織としての災害救助部隊である。そして復旧・復興支援のプロ集団である。こっそりクラスター爆弾を買っている場合ではないのだ。国連ででかいこといいたいなら、軍隊なんぞいらないから平和活動のプロ集団を作ったらいい。そこに税金が投入されても国民は理解してくれるのではないだろうか?
話が広島からそれたね…。いつものことさ(笑)
Posted by さんちん at 23:20 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(11) | トラックバック(0)


















