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志は満たすべからず 楽しみは極るべからず

満たせないほどの大志があり、
楽しみを極めないだけの慎み深さをもつのは
なかなか、大変なことだ…と、思いますね…。

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わし

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今月のしょぼい更新
今年もよろしくお願いします。[2012年01月08日(Sun)]


ずっとご無沙汰しています。
今年はもっと書こうと思います。
今年もよろしくお願いします。

Posted by さんちん at 13:01 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(1) | トラックバック(0)

花の香を 風のたよりにたぐへてぞ[2011年03月08日(Tue)]

京都は城陽の青梅 梅まつり へ。



月曜の午後に出かけたため大変静かな状態で、
のどかな景色と梅の香りが大変良かった。

おそらく梅の実をとるための「果樹園」を解放しているため、
梅園というよりは梅畑で、庭園にある梅を期待しない方がいいような…



地域全体に梅園があるため、会場から少し横道にそれても
たくさんの異なった梅を見ることもできた。



まつりとしては少々物足りなさはあるが、
季節を楽しむ散歩としてはとても素晴らしい景色。
時々収穫したおネギやら青物の香りもするが、
駅から少し歩くだけで梅が香る、空の広い午後になった。

Posted by さんちん at 12:08 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

今年もご登場[2011年02月18日(Fri)]


 今年もお出ましである。本当に毎年毎年ちゃんと飾る。
前稿にも記したが、姉がこうしたことには本当にきちんと気を配ってくれる。

 すでに○十年もので、あちこち古びてきているが、それでも当時の気品は
まだまだ健在である。

 最近のおひな様とは顔立ちがずいぶんと違うなぁと思う次第。

Posted by さんちん at 10:38 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

気がつけば…[2011年02月17日(Thu)]


 先週は連休で姉が遊びに来た。
そのまま一緒に自宅に戻り、最後の期末試験をして
そのまま自宅で採点をしてきた。

 雪がまた降った。

 玄関にわきに、前からあったはずなのに
今日初めて気がついた。

 姉は、本当にいろいろとうちのことをちゃんとやっているなぁ…
すごいと思う。

 母亡き後、我が家は本当に姉によって保たれているのだなぁとつくづく思う。

Posted by さんちん at 23:32 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ひとときの癒し[2010年11月30日(Tue)]


一瞬風が凪いだので丸く枝がしなる。



長岡市の光明寺に友人のお誘いに応じていってきた。



ひさびさのひととき、昔からの仲間との集いも
疲れを癒すここちよい晩秋の風だった。

Posted by さんちん at 16:15 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

あれから7年が過ぎた[2010年05月26日(Wed)]
 今日は母が他界してから丁度7年目である。最近体調をひどく崩して自分のことで必死だったのだが、出席簿に日付を入れてはたと気づいた。同時に姉の誕生日でもあるのだが、そちらはメールしておくことができるので早速。しばらくして返事も帰ってきた。



 もう返事が返ってくることのない母との対話は断続的に自分の中でおこなわれている。母ならどうするであろう。母なら何というだろう。その時々で自分に都合良く考えることもあるが、実際に母なら妥協はないだろうなと思うことの方が絶対的に多い。なぜあんなにがんばれたのだろうと今でも思う。それほど母は自分にとって偉大な存在である。一番最後に生まれて、そして8年もの間海外で過ごして、そしてその後京都に移り住んで、母と過ごした時間は家族の中で誰よりも短い。家族はどんなことを思っているのだろうなんぞと、聞いてみることもしないが、それぞれに思うことがあるのだろうと思う。



 特に父はそうだろう。自分にとって父も偉大な存在である。すでに高齢者の域に達して、今は少しでも自分にできることがあれば…と思うようになってもなお、自分を常に支援してくれる人である。先々のことなど、一番相談する相手でもある。老いてきたとはいえ、やはり海千山千の研究者である。何を聞いてもいつも学ぶことが多い。

 母を亡くしてから、父の背中が小さくなってきている。父がいて母がいたから我が家は常に暖かい場所だったのだと常々思う。今は姉が守ってくれているから、今でも帰る場所としての家がある。やはり家族は大切だとつくづく思う。



 これまでも何度も記してきたが、母の葬儀の時には本当にたくさんの方が来てくださった。職場の方々、かつての教え子が初代から最後の世代まで、中には親子で教え子という人たちも本当にたくさん来てくださった。その光景はいまでも忘れられるものではない。あのときは生涯の仲間である大学院時代からの仲間と、今はアメリカに行ったきりどうなっちまったのか音信不通?の弟のような後輩とがそろってきてくれた。止まらない涙でまともに顔も見られなかったが今でも心から感謝している。今でもいつまでもいい仲までいて欲しい。
 場所は違えど両親と同じように教育の現場にいる今、たとえフリーターな講師であったとしても、母の姿は追いかけるべき姿であり、父の姿は目標とすべきものだとふと思った。

 ちょっと疲れているなぁと思いつつ、少々感傷にひたりながら母の命日に思う。へたれている場合ではなさそうだ。

Posted by さんちん at 21:37 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

いにしへの奈良の都の…[2010年04月01日(Thu)]
 南国旅行に行くつもりだったのに、チャラになった。
ものすごーく残念だったのだが、なにもしないのもつまらないので、
秋に台風でお流れになった室生寺・長谷寺ツアーに姉と出かけた。

 なぜだろうか、だいたい晴れにあたる二人なのだが室生寺・長谷寺を
計画するとどうしても天候が崩れるようである。
この日も晴れの予報で天気は悪い。しかも寒い。とはいえ、決行した。
室生寺に行く前に少し平城京跡などを見に行ったが、なんとまぁ…
博物館からなにからみんなお休みだった。今年のガイドブックにもなにも書いてない。
急ピッチの工事がすすんでいて、昨年秋の訪問よりも進んでいた。
大極殿も覆いがとれてお姿拝見。なかなかすばらしい。

 で、室生寺に向かったが途中で雪が…。
気温もどんどん下がってきたがどんどん深くなる山のなかへと。
すばらしい…、しかしなんでこんなに深い山の中にお寺を建てる必要があったのか…
いつもながら驚くのだが、到着して初めて知った。
室生寺とは「女高野山」だったのだ…。なんとなんと。
 昔密教のお寺には女人禁制だったのだが、女性の修行もできるようにと作られたと
どっかでいいたことがある。祖母は嫁入り前に「女比叡」で修行?させたもらったらしい。



 こちらはまだ桜もわずかに咲いている程度だった。奥の院まで行こうかと思ったが
あまりの寒さで気力が足りず断念した。もうちょっとぬくいときに行きたい…。

 その後、長谷寺に向かった。駐車場で見上げると山の斜面に迫り立つように
お寺が見えてなんとまぁちょっと感動した。
平安時代の人が「長谷寺参り」を何日もかけて出かけたのは
今ほど便利ではなかったとしても、何となく肌でわかるような気がした。
正面に到着してびっくり。桜満開であった。



お寺の人も、参道の売店の人も、なんでこんな山の中なのに…と
地元の人すら驚かされた桜の咲き方だそうで、いいものを見せていただいた。





 境内全体の桜が見事に咲いていて何とも「名のみの風の寒さ」のなか、
春を感じることのできるすばらしいひとときになった。

 売店?で、購入…



 ちょっと見にくいが、金色のカエルが水晶の玉をもっている。
我が家にはカエルコレクターもいるので3人分のお守りを購入。

Posted by さんちん at 18:42 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

自宅の梅[2010年02月25日(Thu)]
 正月以来帰宅していなかったので、久しぶりに自宅に帰ってみた。
自宅の庭は父が戦後直後に建てた平屋から建て直した時にずいぶんと力を入れて作ったもの。高校時代の恩師の一人で今何やっていらっしゃるのかは存じ上げないが、教員ではない方が何かの降りにふらりとやってきて庭に立っていたことがあった。で、自分が出てきてびっくり、「え?ここおまえんち?」という状態で、そんなに広くはないがいわゆる日本庭園式に作ってある。その方は「将来は自分の家の庭もいじりたくてあちこちのぞいて歩いているんだ」とかなんとかおっしゃったことがある。

 まだデジカメがそんなに主流じゃなかった頃、新しい物好きの父が買ってきたデジカメで庭の梅が満開の時に写真を撮ったことがある。母がたいそう花好きなヒトで、父が母用にと用意したPCの画面にいれてあげたらとても喜んでいた。
 
 その梅が今年もまた咲き始めている。2月といえば、旧暦では正月になる。正月の花が梅であるのは平安時代に貴族の間で中国から梅の花を輸入するのが流行ったかららしいとかいうのを聞いたことがある。元々中国や朝鮮半島の文物を好んできた日本の文化だが花を愛でることに対する共通且つそれぞれの独自の価値観を大切にしていけたらいいなぁと思う。



 鉢植えは、父が日向に移動することが多いので早くも花を開いて芳香を漂わせていた。



 近頃自宅南側には15階以上のマンションが林立し始め日当たりが悪くなってしまったため、門から入ってすぐの白梅はまだまだ白に黄緑色のつぼみがほとんどだった。かろうじて日の当たるてっぺん辺りは1輪か2輪咲いていたように見えた。

 


 紅梅はだいぶ花も開いてきていた。元々この種は咲くのが早いのだろうか?日頃気にしている割には知らないことが多いなと感じる。



 八重はもうすぐ「ぷりっ」と花が飛び出してきそうなほど蕾もそこまで来ている。

 なんだか今年度は本当に身体にキビシイ一年だった。どうやら冬もそろそろ終わりに近づいてきたようだし、ちゃんと体力も気力も回復して、春を味わいたいなぁと思っている。

Posted by さんちん at 14:44 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)

御所の梅[2010年02月16日(Tue)]
 年度末になり、あれこれ提出しなくてはいけない書類がある。成績などもそうなのだが、最近はウェブで登録できるのでありがたい。ところが、そのウェブでの入力に、通常のパスワード以外のものが必要であることをすっかり失念しており、しかも春学期に使ったものはどこへ行ったのか不明だった。

 仕方がないので再発行をお願いしたが、実は今日16日が締め切りの第1回目になり送ってもらうには時間がなさ過ぎる。そこで、まぁ、たいした距離でもないのでということで受け取りに出かけた。友人とシェアして読んでいた本もあったので返却もかねて。

 なにぶんにも年度末は財布も相当厳しいため、往路は荷物が多かったため地下鉄で出かけた。復路は延々今出川から四条まで徒歩で帰ってきた。御所の横を通とほのかに何か芳しい香りが…。たぶん普通は気がつかないぐらいのかすかな香りで、偶然の風向きだろうと思う。思わず「あ…梅」と声に出してしまったが、道行くご婦人方がその声に気がついて振り返った。蛤御門から入ると南側に「桃林」があり、さらにその南に「梅林」がある。



 まだ早いかな…と思った。実際まだ早かったが、香りは少し濃くなってきていた。



 桃の方はさっぱり。まだだいぶかかりそうである。来月下旬かなぁ…というぐらいだったが、梅はだんだんと樹が白っぽくなっていたり赤っぽくなっていたり。



 今年は正月以来まだ自宅の方に戻っていないので百梅園に行っていないが、今年もきっと見事な花が咲くのだろうなと思う。だんだんと暖かくなるのだろうとおもうと、季節は巡るなぁと改めて思う。
 しかし…今出川から四条まで歩いたら結構な距離だった。しかも途中で植物の苗を買ってしまってさらにグロサリーの買い物もしたため、足が…A^ω^; 痛いっす(笑)

Posted by さんちん at 18:14 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

秋の嵐山[2009年11月29日(Sun)]

大悲閣からの展望


 大阪に住む友人と二人で秋の嵐山を散策に出かけた。
翌日は雨の予報だったので、この日に行こうということに。
最近体調が悪く、かかりつけの医師からも気晴らしをしなさいと言われ
少し熱はあったが思い切って出かけてみる。

 嵐山は予想通り「人・人・ヒト…」の大混雑だった。
とはいえ、一昨年前に出かけてきたときは身動きできないほどで、
紅葉を見るよりも人の頭だけを見てきただけで終わったことがある。
毎年、何人かの友人や来訪者があり嵐山は多いときは3回以上訪れることがある。
今年は紅葉を見物するには最終チャンスぐらいといわれていたので
果たして混雑は想像通りだったが、どうも少しだけ少ない気もした。

 桂川の南側、天竜寺側から反対側になる川沿いには一本道があり、
そこはどの季節も訪れるにはいい散策道である。
 その先に行くと河原に出るが、甘酒屋さんが出ていて毛氈を敷いた
いすが置いてあるが座ると有料といわれる(笑)
 知っていたから友人も自分も座らなかった。

 その先をさらに昇ってゆけば大悲閣にたどり着く。
山の上にあるお寺だがちょっと雑然としており、少し落ち着かないのがもったいない。
すっきりと山の庵のようにすればより風情が楽しめるのではないかとおもった。
そこからの眺めはすばらしい。
 双ケ岡が手前に見え、そして一番奥に比叡山があり、東山の連山が
ずっと見ることができる。真正面は亀山公園で、渓谷が展望できる
広場とちょうど同じぐらいの高さになっている。

 

十三参りの法輪寺の門


 ありきたりなことしかかけないが、どの色も一つとして同じものはなく
石段を上がっていくと曇り空から漏れる光で光る葉も色が深まる葉もある。
法輪寺の景色は市内を一望できる場所もあり、ここもまた景色を愛でるための
格好の場所であった。


桂川、秋の景色


 櫂の音が響く中での静寂は、渡月橋の混雑を一時忘れさせてくれる。
この場所がこのまま残っていって欲しいなと思いつつ、次はどの季節に
ここを訪れようかと少し思った。



 あいにくの曇りの中でも、少し湿度の高くなってきた空気で
色の深さは増していたように思われる。
もっと日が射していたらこの浮き紅葉ももっときれいだったかなぁ…


緑と赤と黄色と…。

 久しぶりの散策が少し疲れを癒してくれた、そんな気がした。
身体の疲れは、気持ちの疲れを癒してくれたようである。

Posted by さんちん at 14:02 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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