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志は満たすべからず 楽しみは極るべからず

満たせないほどの大志があり、
楽しみを極めないだけの慎み深さをもつのは
なかなか、大変なことだ…と、思いますね…。
わし


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このサイトや関連サイトで使われている絵はすべて「さんちん」「茄子爺」の作品であり著作権があります。無断で「商用」の一部に「使われているのを発見しました。固くお断りいたします。
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レポート完読[2010年01月31日(日)]


 本日最終…であることを願うばかりだが、課題として提出されたレポートをすべて読み終えた。明らかに期限遅れなどもある。ま、そんなのは珍しくない。未だに昨年11月締め切りのレポートは出ていないものもあるのであるわけで…。

 英語で書かれたテキストを読んでレポートを書くのだが、9分9厘が「直訳」文章をただただ並べるだけのレポートになっている。しかも誤訳・誤解だらけで、さらに日本語が成立していないモノがあまりに多い。ひどいものはネットの翻訳サービスの文章を貼り付けて、少し直しただけというのも珍しくない。よって、読んでいて…かなりつらい。

 紙のムダと処理時間を短縮するためにすべて電子メールでの提出であるため、のべ150人分を画面で読みおえた。おおよそ4日間ですべて読み終えたが体力的にもとてもつらい。あまりの疲労に座ったまま一回天井がまわったような気がした瞬間があった。とほほである。
目がつらい。しかもだいたいが上記のような状態であるため似たり寄ったりで、どう判定するべきか困ったモノである。

 
 翻訳としては悪くないモノもいくつかあったが、レポートはそういうモノではないという主義でやってきた自分との、認識のずれが明白になった。1年生だけならまだしもこれまで何度も伝えてきたはずの2年生も大差ないと言うことは、やはり自分の解説が悪かったのだろうとおもう。

 これまで試行錯誤しながらやってきたが、自分の空回りを感じるばかりである。レポートは、テキストのコピーではないのだということをうまく伝えてこれなかったという現実に直面し、恥じ入るばかりである。
 成績をつけなければならないが、毎年心が痛むこの時期である。

Posted by さんちん at 23:24 | 講義日誌 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

路傍の…[2010年01月24日(日)]


 初めて…一つ(の半分)に区切りがついたけれど…
やはり、己の力のなさに思い知らされる。

 己を慰めるつもりはないけれど、
千里の道も一歩から…
駄馬は駿馬の早さはないけれど…
前に進めばどこかにはたどり着けるのではないかと思う。

 学期の終わり、年度の終わり…新たな一歩を踏み出すために
はいずり回ってみようかと思う。

Posted by さんちん at 17:08 | ワシの庵で… | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)

謹賀新年[2010年01月04日(月)]


今年もよろしくお願いします

Posted by さんちん at 00:15 | ワシの庵で… | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)

嵐山〜その2〜[2009年11月30日(月)]

季節限定抹茶の飲み物も


 嵐山散策で、友人はしっかり自分のみたいモノ欲しいモノ食べたいものをチェックしていた。さすがである。自分はどちらかというと…いつも行き当たりばったりで(笑)

 三条の「よーじやカフェ」には以前に別の友人が来京したときにでかけて楽しんだが、嵐山のお店は始めていった。遅いお昼をいただいたのだが、オムライスもパスタもなかなかのお味だった。寒かったので、少し濃いめの味も、温かい料理にはありがたい。

 で、見慣れたあの「よーじや」の彼女の顔が描かれたカプチーノだっけか?をいただいた。そして、チョコレートのブランドとのコラボのモンブランのケーキを二人でシェア。


コラボレーションのチョコもなかなかおいしいのでおすすめである


 そうしてその後、ようやく修復のすんだ落柿舎を外からのぞいて、二尊院前をとおり、時間がなかったので一気に清涼寺まででかけた。


落柿舎を垣根の隙間からチラ見


 清涼寺の境内のあぶり餅をいただいて、これで600円てどうよ?と思いながら、今宮さんとなにが違うのやら?とも思いつつ、紅葉を愛でつつ…

 帰りに豆腐屋さんで友人は納豆やら豆腐やらがんもどきやらを購入…。
チェックしているなぁ…すごいねぇ…とおもいながら…。

 あ、そうそう。鶴屋寿さんの「さ久ら餅」をおみやげに買って戻ったのだが、鞄に入れて歩いたので、箱の中で片方によってしまい、お使いモノにならず…自分で完食した。季節外れとはいえ、おいしかった…。賞味の期間が短いため、大学に持って行って皆で…というのはできなかったので、やむなく…やむなく一人でいただいた。
 大変おいしゅういただき申した。

Posted by さんちん at 18:49 | あんなモノ・こんなモノ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

秋の嵐山[2009年11月29日(日)]

大悲閣からの展望


 大阪に住む友人と二人で秋の嵐山を散策に出かけた。
翌日は雨の予報だったので、この日に行こうということに。
最近体調が悪く、かかりつけの医師からも気晴らしをしなさいと言われ
少し熱はあったが思い切って出かけてみる。

 嵐山は予想通り「人・人・ヒト…」の大混雑だった。
とはいえ、一昨年前に出かけてきたときは身動きできないほどで、
紅葉を見るよりも人の頭だけを見てきただけで終わったことがある。
毎年、何人かの友人や来訪者があり嵐山は多いときは3回以上訪れることがある。
今年は紅葉を見物するには最終チャンスぐらいといわれていたので
果たして混雑は想像通りだったが、どうも少しだけ少ない気もした。

 桂川の南側、天竜寺側から反対側になる川沿いには一本道があり、
そこはどの季節も訪れるにはいい散策道である。
 その先に行くと河原に出るが、甘酒屋さんが出ていて毛氈を敷いた
いすが置いてあるが座ると有料といわれる(笑)
 知っていたから友人も自分も座らなかった。

 その先をさらに昇ってゆけば大悲閣にたどり着く。
山の上にあるお寺だがちょっと雑然としており、少し落ち着かないのがもったいない。
すっきりと山の庵のようにすればより風情が楽しめるのではないかとおもった。
そこからの眺めはすばらしい。
 双ケ岡が手前に見え、そして一番奥に比叡山があり、東山の連山が
ずっと見ることができる。真正面は亀山公園で、渓谷が展望できる
広場とちょうど同じぐらいの高さになっている。

 

十三参りの法輪寺の門


 ありきたりなことしかかけないが、どの色も一つとして同じものはなく
石段を上がっていくと曇り空から漏れる光で光る葉も色が深まる葉もある。
法輪寺の景色は市内を一望できる場所もあり、ここもまた景色を愛でるための
格好の場所であった。


桂川、秋の景色


 櫂の音が響く中での静寂は、渡月橋の混雑を一時忘れさせてくれる。
この場所がこのまま残っていって欲しいなと思いつつ、次はどの季節に
ここを訪れようかと少し思った。



 あいにくの曇りの中でも、少し湿度の高くなってきた空気で
色の深さは増していたように思われる。
もっと日が射していたらこの浮き紅葉ももっときれいだったかなぁ…


緑と赤と黄色と…。

 久しぶりの散策が少し疲れを癒してくれた、そんな気がした。
身体の疲れは、気持ちの疲れを癒してくれたようである。

Posted by さんちん at 14:02 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

街で見かけた…[2009年11月28日(土)]
 本日大学は学園祭でお休みである。
で、手遅れになる前に、コンタクトレンズを注文しに出かけた。
なにせ…「ど」のつく近眼で、コンタクトレンズも店頭には置いていない。
なので、ちゃんと検査をしてもらい、注文してもらい、宅配してもらわなければならない。

 で…出かけていったのだが…どうも最近ずっと体調が悪い。
とはいえ、運動不足にもなるので、全行程歩いて出かけた。

 河原町通りで歩道の工事中。何となく…歩道が狭くなる工事ではないかと思ったが…
そんな所にいた、ちょいと変わった工事人がいた。

 なんじゃこりゃ…とおもいつつ、なかなかやるのぅ…とも思った。


    


二種類もいるとは…

ある種の外国人労働者か?

ついでに…なんでカエルなのだ?

Posted by さんちん at 00:26 | あんなモノ・こんなモノ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

3度目でしたが[2009年11月23日(月)]


 結果は不合格。

 4年目、3度目の挑戦をした。
昨年はケガからの復帰挑戦でぼろぼろなりにやる気をもって。
で、不合格。
 今年は8月からずっと準備をして、体力作りも、筋肉増強も、
課題をもっての稽古もずっとしてきた。

 悪いところを探せばいくらでもあるのだけれど、
見ていてくださった皆さんが「良かった」とおっしゃってくださった。
自分ではなにかしらしっくりこない立ち会いだったが
これまでの中で最高のできで、これ以上今の自分に望めないのでは…
という所までやったと思う。

 結果はともかく、周りの皆さんが、良かったとおっしゃってくださったのは
本当に、本当にありがたい気持ちで一杯だ。
 一度はもうあきらめようと思った剣道だったが、
ここまで戻ってこられたのは、周りの皆さんのおかげだ。
最近はずっと体調がすぐれず、入院一歩手前までいったが、
なんとかやってこられたのも、自分一人ではないから。

 ちょっと本業の方に集中しないといけないから、
気が向いたら、次、また挑戦するかも。

 もちろん稽古はいける範囲で続けるけどね…。

 

Posted by さんちん at 13:28 | 稽古など… | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)

日本は17位…だから?[2009年10月24日(土)]
 10月20日に世界の「言論の自由」ランキングというのが発表された。その記事をウェブで見つけたので、一番下に掲載しておく。それを見ると日本はなんと世界で最初に憲法に「言論の自由・表現の自由」を現代的な意味で記したアメリカよりも上なのだ!すごいではないか!!…と安易に思ってしまえれば幸せである。確かに日本では報道に携わる人々が政治的な圧力によって投獄されたり、殺害されたりすることは非常に稀に思えるが…。あまりに漠然とした、あいまいな何かふわふわしたモノの上に乗っかっている様な17位に感じられる。

 疑問1:報道の自由とは何か?

 この答えを得ようとするためにこれまで多くの研究者やメディア産業のぶんやで活動する人々の間で議論されてきているが、ある程度その時代やその社会に応じての概念や最善の解釈といったモノが出されることはあるが普遍のなにか、パラダイムというと少し大げさかもしれないが、そういった何かが出せるモノではないのではないかと考える。それは、まず「自由」のあり方についてどこまでを自由というのかというそのあり方についての答えが、それぞれの社会、文化・宗教などにより解釈が異なるからである。

 疑問2:何が基準となるのか?

 さらに、報道の果たす役割が社会によって異なるということも考えなくてはいけない。宗教が社会の基盤になっている地域では、その「自由」も「報道」も宗教にもとづく法律などに規定される内側でのことになる。たとえば今回の調査で174位になった北朝鮮:朝鮮民主主義人民共和国では、国家の最大政党がすべてを決める場合、何が許されて何が許されないのかはその都度変わってしまう可能性が常にある。戦時中の日本もその例外ではない。発展途上中の国の場合は特に国家の発展をより円滑に進めるに当たり「自由すぎる言論活動」は厳しく制限されることがある。つまり、資本主義社会にあるメディアの活動として考えられる報道のあり方とは大きく異なり、一律に考えることができない。

 ではなぜこのようなランク付けができるのだろうか。その基準を先進国およびそれに準ずる社会における報道の自由、表現の自由の概念に基づいて考えるからである。しかしよく見てみると、ランクの上位は北欧・バルト沿岸諸国という結果が出ており、我々が普段思う先進国は皆無である。日本のテレビなどで使われる多くの映像は提携している海外のテレビ局のモノを使っているが、アメリカが圧倒的に多い。このランキングでいけば、日本は自国よりも下位の国の報道の映像を圧倒的に多く使っていることになる。なのになぜ日本が上位といえるのだろうか?使い方の問題だろうか?報道とジャーナリズムを別に考えるから?ということなどあれこれ疑問がわき上がる。

 疑問3:誰が行った調査か?

 次に考えられることは「誰がこのランク付けを行ったか?」そして「どのような調査で行ったのか?」という点を明らかにしなくてはいけない。「Reporters Sans Frontieres」というのが正式名称で、 日本では「国境なき記者団」と呼ばれ、2002年からこうした「報道の自由ランキング」を発表している。ウェブサイトで確認したその団体の活動はジャーナリストやメディアで活動している人々が投獄されたり起訴された場合の保護と支援、そしてその不当な扱いを公にすること、検閲や報道の自由を不当に抑圧する法律に対して戦うこと、裁判費用や医療支援、機材のための経済的支援を100人程のジャーナリスト、および投獄されているジャーナリストの家族対して行うこと、特に戦場での活動をしているジャーナリストの安全の向上にむけて働きかけること等を行っているとある。実際に拘束されたジャーナリストの支援と救済活動に乗り出していることが報告されている。ただし、この団体がここ最近で最も注目を集めたのは北京オリンピックの際の聖火リレーの妨害であることにも注目する必要がある。
 ちょっとこの団体のサイトにつっこみを入れるとすれば、日本でのことを報告している部分では右上に出る地図の日本の国土範囲が樺太あたりまで日本の国土として認めてくれている。ところが沖縄はない(笑)

 疑問4:どんな調査だったのか?

 どのようにしてこの調査報告ができあがったのかについて書かれた部分には、まず2008年9月1地にから2009年9月1日までの間の「報道の自由」の世界情勢を調査したモノであるとしてある。ここには一般的な意味での人権問題は含まれないと書かれている。40の質問によって各国の状態を判断することにし、ジャーナリストに対して直接的・物理的に行われた侵害行為や、検閲や押収、嫌がらせなど、さらにジャーナリスト自身が自ら行う自主的な検閲行為(検閲の対象となる事柄についてはその対象となる前に取り上げないことなど)や調査・批判の自由度、経済的な圧力等が含まれている。いくつかの国は信頼性の問題があるため含まれていないこととこの調査は「報道の質」の指標を示すモノではないとされている点で、あくまで「報道の自由」を対象としているとしている。
 40問いは、(1)物理的な攻撃・投獄・直接的な脅迫、(2)間接的な脅迫・圧力・及び情報へのアクセス、(3)検閲および自己検閲、(4)公共メディアの国家の独占・国家管理、(5)経済的・法的・行政的圧力、(6)インターネットやニュー・メディアに対する国家的独占・フィルタリング・取り締まり、(7)国家によるジャーナリストの殺害・拘束・肉体的な攻撃・脅迫、(8)独立系・対立的メディアの数、の8つの区分で分けられている。ほとんどがクローズエンド(Yes/No・選択肢・指数)の質問項目でありこれらを157の国々の15の団体、130人の通信員・特派員、およびジャーナリスト、研究者、法学者・人権活動家を対象に行われた。細かい質問事項は省くが、回答に基づいて結果が出されたということになる。8区分から見ればおそらく日本ではそうした圧力や困難が社会的に明らかとはいえない。問題はどれだけの人が認識しているのかという点でやはりあいまいさが目立つ。そして、たとえばコンタクトの難しい国々については「誰がこたえたのか」というのも重要になってくるが、おそらく回答者の安全を考慮して公表されることはないだろうが…。

 最近世論調査も含めて何でもかんでも「データ」というやつで話を進める傾向が強い。もちろん証拠として使いやすいし、話も進めやすいし、信憑性という面でも書く側、話す側が安心であるからという意味もある。そうした数字に頼り、数字で理解するという傾向があらゆる面で非常に多くなってきた。必ずしも数字が良い・悪いということをいうわけではないが、思考を巡らせて事の本質を突いている研究や議論、思想や思考・志向が感じられない世の中になってきたような気がする。
 人が2人以上いれば社会が生まれ、役割分担が行われ、そこで文化が生まれそして社会の変化と共に文化も変化する。しかしその核にあるのは「人」である。余りに多くの人がいるために個々を見ることはできないが、多くの社会問題は数字や傾向だけで解決できるモノではない。本質の理解というのが最も重要ではないかと考える。
 一般に社会的人間として「言論の自由」とはどこまでを「自由」と解釈するべきなのか、社会が変化するのと同様に、この問題についても常に議論を続けていかねばならないということだろうと思う。そして多様性と普遍性の共存があり得るのかという点で議論することを続けていかなければならないのではないだろうか。

 

「報道の自由」最悪はエリトリア 日本17位、米国20位に上昇  2009年10月21日

 (CNN) 言論や報道の自由を守る国際ジャーナリスト団体、国境なき記者団(RSF)は20日、毎年恒例の「報道の自由」ランキングを発表、最悪の175位はアフリカ東部エリトリアだった。
 RSFは2008年9月1日から09年8月31日にかけ、40項目の設問を世界175カ国・地域のジャーナリストに答えてもらい、集計した。
 その結果、最も報道の自由度が高かったのはデンマークとフィンランド、アイルランド、ノルウェー、スウェーデンが同ポイントの首位で、次点がエストニアと、上位6カ国のうち5カ国をバルト海沿岸諸国が占めた。
 日本は昨年の29位から上昇して17位に。米国も、オバマ大統領の就任でブッシュ前政権よりメディアに対する姿勢が改善したとして、昨年の40位から20位に急上昇した。
 一方、フランスが昨年の35位から43位に、イタリアが同44位から49位に、それぞれ評価が落ちており、RSFはこれまで規範となってきた欧州に置ける報道の自由度が無くなりつつあると指摘している。
 また、パレスチナ自治区ガザ攻撃時、記者が逮捕されたイスラエルは昨年の46位から47ランク下げ、93位となった。
 また、最下位のエリトリアに次いで報道の自由がないのは、174位の北朝鮮、173位トルクメニスタン、172位イラン、171位ミャンマー(ビルマ)、170位キューバとなっている。

Posted by さんちん at 23:35 | メディアとか… | この記事のURL | コメント(2) | トラックバック(0)

金色ですか(笑)[2009年10月16日(金)]
先週末、久しぶりに自宅に帰った。
8月末の選挙の時に帰ったきりで、それからだいぶたった。

帰ってきてすぐには全く気がつかなかったのだが、「金色(こんじき)ののぶ様みた?」と聞かれて何ですか?って思ったのだが、最近地元で少し話題になったのはゆるキャラブームの「のぶさま」だった。それが駅広場のなんかのイベント会場にいたような気もしたが、金色ですか?なんですか?ってなもんだった。

「信長像が駅前に建ったんだと。きんきらきんらしい。」と父も。
気がつかなかったなぁ…

そこで、帰りに駅で確認してみると…
そいつは空に輝くばかりのえげつない光を放ってそびえ立っていた!


まず、とんでもなく…高いところにいる。
そしてとんでもなくでかい。鉄人28号とかほどではないが…
なによりきんぴかである。



こんなにでかい。そして本当にえげつない輝きである。

おまけにもう一つ。



青空とのコントラストも…びみょ〜に美しい。

もっとも上司にしたい戦国武将のトップ、織田信長公だが
金ぴかが好きだったのは部下の方だったのではないかと
若干謎もあったりする。

日本最大級だったアーケード街、美川憲一さんの歌にもなった
「柳ヶ瀬」はシャッター街になっているところもある。
ゆかりちゃんもせーこちゃんもちっとも地元に何かしてくれた様子もないし、
どうか、黄金の信長さまが我がふるさとに再び恵みをもたらして
くれることをただ祈るばかりである。

Posted by さんちん at 21:08 | つれづれなるままに… | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)

胡蝶にもならで秋降る[2009年10月08日(木)]
台風一過、青空が広がっている京都である。

すっかり秋の風が吹き始め、だんだんとまた紅葉の季節がやってくる。

実りの秋とも言うが、

一昨日の朝、まだ暗いうちに窓を開けるとなんとまぁ…
まだがんばっていた。

だいぶ小振りになって、少しかたちもいびつになっているが
神無月の朝顔とは珍しいと…



そしてその上には、今年の最後の実りに精を出している
風船蔓が大小の風船だらけで、栄養の取り合いをしていた。



台風のおかげで急遽休みになったとはいえ、
朝からあれこれあって、くたくたになっている。
今回の風邪っぴきの影響は意外と強いようだ。

ちなみにタイトルの「胡蝶にも…」というのは
松尾芭蕉の俳句からの拝借した。
「胡蝶にも ならで秋降る 菜虫かな」
というのが全文である。
ちょっとここでの意味とは違うが、何となく風情を拝借。

Posted by さんちん at 14:31 | ワシの庵で… | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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