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南国の陽気な風:支援センターかふぇらて

南国宮崎から精神障がい当事者が地域で自分の持っている特性を活かすことを、お互いサポートしたり、支え合うことを、日々実践する居場所としての支援センター「かふぇらて」から発信するブログ


中国映画「山の郵便配達」を見る! [2016年03月04日(Fri)]
正月も2日目になり、宮崎神宮に初詣にいく予定で昼から出かけたのですが、
雨が降り出し、傘はないし、途中で引き返すことになってしまい、
妻がTSUTAYAによって韓流時代劇のビデオが借りたいということで
神宮店に寄り、
私は先日ビデオ録画していた中国映画「山の郵便配達」を見ることにしました。

「山の郵便配達」という映画は、1999年制作で内容は山岳地帯を歩いて
2泊3日で郵便物を配達する配達人の物語で、父親の後を引き継いで
最初の独り立ちする時に父親が付き添って最初で最後の親子の配達を
人間の機微にそって丹念に映像化した作品でした。

中国の山岳地帯の自然をふんだんに撮影しながら、山道を延々と歩くという
ロードムービーさながらの映画なのですが、ヴィム・ベンダースや
ジム・ジャームッシュの欧米のロードムービーの持つ現代人特有の
孤立した寂寥感がにじんでいるのとは対照的に自然と人間の温かさを
醸し出しているエモーショナルな映画でした。

人間が本来持っていたであろう原初の温かみのある牧歌的な世界を
映像化した映画を中国人の映画監督が作るとこに現代中国の今を捉えた
映画であり、私たち日本人が捨て去った機微を蘇らせる映画だと
感じながら見てしまいました。
障害者の音楽祭とピア活動! [2015年06月22日(Mon)]
昨日は、仙台市の「とっておきの音楽祭」
=障害のある人もない人も一緒に音楽を楽しみながら心のバリアフリーを目指す
ことを趣旨に開催される無料の街角コンサートの記録映画を見て、
街ぐるみであれだけの規模と毎年実施されているとこに感激しました。

今日の午前中は、宮崎の広汎性発達障害のピアニスト・野田あすかさんの
ミニコンサートに行って、彼女が楽しく話しかけたり演奏したり歌ったり
手話を使って歌詞を伝える姿を見て、彼女の成長を見ました。

特に、自分の障害を通して感じたことを高齢者の方も同じく感じている、
という捉え方で語るとこなど、障害を客観的に見ている視点に
感銘しました。

音楽を昨日と今日と聞く機会があり、宮崎という地域でも
「とっておきの音楽祭」を街中でやれるといいなと
妄想してしまいました。

ただ、思うことは、障害を持った方達が、街中でやりたいという気持ちが
あるかということが一番大事なことなので一人でもそのような方がいれば、
一緒に行動して実現する支援者になりたいとは思っています。

午後は、「ピアサポート宮崎」の集まりに参加してきました。

当事者が自分自身や同じ仲間を支えあうことで、
一人で悩みを抱え込まずいつでも悩みの相談ができる仲間づくりを
積極的に県内でやっていくことを目指した活動をどのように実施していくか、
話合っているとこです。

今日は、都城から、しのはらさんが参加してくれたので体験を
話してもらいました。
彼女特有の個性のある体験を聞いていて、精神障害者の方はそれぞれ独特な
体験をしているので語らせると、非常に面白い語りであり気づかされることも
多いことを実感することになりました。

このような当事者の語りを事業的に成立つような仕組みとして作ることが、
ピア活動の事業として持続可能な活動として成立つ重要な要素であり、
当事者の語りが現実の生き辛さを感じている方々に
希望と気づきを与える機会を提供することによって、
体験を語る精神障害者にスポットがあたる日が
近々訪れると思っている支援者です。
「プロ写真家コレクション展」訪問記! [2015年06月22日(Mon)]
今日は、ギャラリー ArtSpace色空で開催中の
『プロ写真家コレクション展 by 永友啓一郎』展にいって来ました。
見にいく動機として、一応、写真家を自任しているのと、
コレクターの永友氏を知っているということが、
大きな要因でしょうか。
永友氏が今まで縁のあった写真家の写真を何の脈略もなく
気に入ったという理由で購入した写真を、
今回展示したということだそうです。
個人的に思うことは、写真展として開催するのであれば、
それぞれの写真家の写真が織りなす重低音を上手くコラージュ的に構成して、
今という時代を駆け抜けている写真家を中心に、
今日性をテーマに写真という表現を通じて浮き彫りにする写真展であって
欲しかったと思っているとこです。
あくまでも永友氏のコレクターとして収集した写真を展示したということで、
それ以上でも以下でもない写真展です。

写真について語るとすれば、一点主義やストーリー的な写真の在り方から
写真はいつも逸脱するために色々な試みがなされ、
他のアートとは違った独自の表現として創りだされて来た
歴史なのではないかという視点で写真史を見ている一人です。

当然、自分の写真の在り方にも関わることなので、
被写体にしても展示にしても予定調和という一般的な常識や秩序などから
いつも逸脱する試みをチャレンジしてきたということでしょうか。

何でもない日常の風景に取り憑かれて淡々と写し、
身近であるが故にあまり見つめない世界にこそ、
今日性があると写してもの申し、
おもろい展示に興味を引かれアトランダムに写真を並べて
自分の感性を広げることを可能にしてくれることを感じながら
やってきたというとこでしょう。

しいて展示してある写真で特に興味のある写真家としては、
個人的に森山大道氏で、1992年に写真展「1967-1975」を
自主ギャラリーにて開催したことがあり、
森山氏が汽車を乗り継いで宮崎まで来てくれたので、
思い入れのある写真家ではあります。
中心地でのアートイベント訪問記! [2015年06月22日(Mon)]
午前中に宮崎もやいの会の総会があり型通りの各議案を審議して承認してもらって
無事終了してからは、
無礼講の雑談時間を設けて恊働事業から派生したピアサポート宮崎の展開、
行政に提案型の事業売込みなど忌憚のない意見を言い合う楽しい時間を
過ごすことが出来ました。

フリーの時間を作って話合っている時に面白い発想のアイデアの事業プランが
湧いてきたりするので、色々な集まりでフリーに話合う時間と場が
大事だと思っているとこです。

総会終了後、若草通りでアートイベント「アートのふる街」が
開催されていて、去川の廃校でのアートフェスタに出展していただいた方も
参加していたのでなおのこと行ってみることにしました。

アートイベントを中心地の若草通りというストリートでやることには大賛成で、
アートを鑑賞するには決まりきったギャラリーだけでなく、
空間さえあればギャラリーに変化させられるという意識が
アーティストには大事な感性だと思っています。

また、ストリートでの展示は、アートを意識して見に行ったり高尚なものとして
見に行くより、アートに縁のない人が通りすがりにでもよいから
身近なものとしてアートにふれたりすることで、
アートというものが自分の生活の身近なものとして感じる
ことが出来る場としてストリートを活かした形の
アートイベントだと思っています。

新しいムーブメントとしてのアートの在り方を投げかけた、
と思っています。

ただ、アートイベントとしての既成の在り方、
制作者と鑑賞者という「見る」という視点だけの固定化した
一方的な位置付けを揺さぶることによって、
今日的なテーマであるアートの既成を破壊する在り方を
提示することになると思っているので、
それをドラスティックにやることで、新たなアートのムーブメントが
生まれる可能性があると思っています。

個人的には、アート体験を通じてアートの面白さを実感してもらう
という意味でも参加型の企画があってもよかったし、
アートに縁のない通行人を巻き込んだ参加型アートも
あってよかったのではないかと思っています。

どのような世界でもマンネリ化を避けるために
新しい人を如何に巻き込んでいくかが大事なことだし、
制作者と鑑賞者という固定した一方的な関係でなく
インタラクティブな双方向の関係を、
お互い深化させていく関係を構築することが、
既成概念を打ち砕くことになると思っています。
写真ワークショップの取り組み! [2015年02月21日(Sat)]
支援センターや病院デイケアや保健所のプログラムに組み込んでもらって実施している写真ワークショップの実施機関の取り組みの変化や写真WSの参加者の写真展に関する記事をFBに掲載したのを再録します。

昨日は、日南市の谷口病院のデイケアで写真ワークショップを実施してきました。
これから病院周辺だけでなく日南市のチョット遠くても特徴のある場所にワゴン車を出してもらって行くことになり、今回は堀川運河のとこにある夢見橋という名の橋を渡って新しくできた公園や運河沿いを散策しながら写真を撮ってきました。
随分と運河の周りが整備されて広い公園になっているのを行って知りました。

今回からこのように遠いとこにも車で行けるようになったのも、担当のスタッフが、1年半ほど写真WSを実施してきたことでこれからの実施計画で上司に車を出してもらう交渉をしてもらったことが認めてもらうという結果につながったことは、講師のみならず利用者さんが写真を撮るのに色々なとこに行くことになったことを、とても喜んでおられたことを拝見できてスタッフの努力に感謝している次第です。

精神障がい者の日中支援として実施している写真ワークショップの年間計画の写真展を3月1日〜8日(2日・3日休み)の期間、旧去川小学校で開催します。

平成25年の8月の暑い時に市民プラザ4階のギャラリーで開催して、今年は寒い3月に開催することになりました。
支援センターや病院のデイケアや保健所主催のプログラムに組み込んで参加してもらうという方法で2008年から実施してきており今年で8年目を迎えています。
参加されて撮った写真の中から1枚だけ当人に選んでもらい、その写真は必ずブログに掲載することにしています。

自分だけで楽しむということだけではなく、同じ参加者の方と撮影後は鑑賞会の中で色々と話す機会を作ってみんなで楽しむことにしています。
他者の写真を見ることや話を聞くことで、気づきがあったりすることが自分を刺激してくれるので、いいのではないかと思っているとこです。

前回もそうでしたが、写真展をする時には必ず写真ワークショップを実施することにしています。
今回は、3月1日の13時に旧去川小学校のカフェに集合して去川の地域を散策しながら山間の自然などを気ままに自分の感性を発揮しなが1時間ぐらい散策しながらの撮影です。
撮影後、自分の撮った写真を参加者と見ながらその中から1枚選んでいただきます。
その選んだ写真を、3月21・22日の去川ReアートフェスタVol.7に展示します。

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尾仲浩二写真展「またたび」 [2014年12月19日(Fri)]
今までFBに気ままに記載していたアートや障害や地域に関するコメントが埋もれないようにするために個人のブログを開設しました。
当分はFBのコメントを再録することになりますが、いずれブログが先攻するように記載していく予定です。

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昨日は、市民プラザで開催の「県ふれあい文化のつどい」に、「障がい者写真集団・えん」として写真WS参加者の写真を展示しているなか、県立美術館県民ギャラリーで尾仲浩二写真展「またたび」が初日であったので時間を作って見に行ってきました。
会場に丁度、尾仲氏がいたのをドキュメントフォトの事務局長の永友氏に紹介されて、久しぶりの再会に近況など話し、写真を拝見する。

 尾仲氏とは、1992年に自主ギャラリーで開催した「森山大道写真展」の開催前日に森山さんの写真展が開催されることもあって宮崎に来たということで森山さんと一緒に飲んだ記憶が有り有りと思い出されるのと、彼が高松通りのラーメン屋「宝来」に行ったと話したのに驚き、よくあのような場所のラーメン屋を探したものだと宮崎人として感心したものである。

 今回の写真展にも1992年に来た時の記憶を元に改めて宮崎で撮影した写真が展示されていますが、特に「宝来」の1枚を見ながら、森山さんと尾仲さんを思い出させてくれる1枚になっているのである。
 今回、展示してあるカラーの写真「My Favorite21」を観ながら、どこにでもある、何でもない風景を彼独特の距離感と広角の映像にアンダー気味のカラーの色が加わって生み出される写真世界は、初期のモノクロの写真集「背高あわだち草」のモチーフである何でもない雑然とした風景を切取るなかから表出してくる彼独特の写真世界を、今回の「My Favorite21」の写真にも相通ずるものを感じながら拝見する。
 また、個人的な見方ですがアメリカのニューカラーが創りだしている感性を日本的な風景の中で成立たせているとこに彼の感性のニュートラルなものを感じた写真展でもある。
私自身、アメリカを撮ったロードムビーの写真集から受ける荒涼とした風景の感覚がどこか共感するものがあり自分の生活しているフイルドで、その感覚を写真として創りだしたいと思い写真を撮ってきたのである。

 改めて、今回の尾仲氏の写真から、何でもない風景やどこにでもある風景を撮影対象にする撮影スタンスの根拠は、自分自身の深層心理に何がしらかの欠如感や寂寞感があり、それが現実の風景に向かった時に止むに止まれぬ衝動に駆られてシャッターを切ってしまうという意識を感じながら、尾仲氏の写真を拝見したのである。
行為がイメージを生成! [2014年12月18日(Thu)]
今までFBに気ままに記載していたアートや障害や地域に関するコメントが埋もれないようにするために個人のブログを開設しました。
当分はFBのコメントを再録することになりますが、いずれブログが先攻するように記載していく予定です。

今日は、久しぶりに街中の綺麗なアートセンターに行ってワンダーアートスペースの出展作家の作品を拝見することができた。
奇遇ですが、今回の出展作家のなかに知合いの玉田一陽さん(現代美術・詩人)の息子さんの玉田圭詮さんが作品を展示しているのを知って、玉田さんに近頃会っていなかったので久しぶりに展示会場で会えるか電話したら大丈夫ということで、今日二人に対面することができたのである。
玉田さんとゆっくり近況など話したかったのであるが、圭詮さんと作品の話をしていたら予定があるので、ということで改めて会って話すことを約束して別れることになる。そのかわり圭詮さんと作品に関して色々と話すことができていい時間を過ごさせてもらうことになる。
これからの世代なので、形に囚われず、思うがままに油彩と点描で描いていく行為のなかから作品が形作られて昇華していくというプロセスを刻みながら制作しているという話を聞き、伝えるとか、イメージするとか、計算された像、ということの前に純粋に描くことをモチーフにしているとこに、自分の無意識や潜在意識のカオスがあぶり出されて表出することによる作品の変化によって驚きと手応えを感じながら描くというスタイルであることを知る。
作品のタイトルも「初発への邂逅」初めて発することによる、偶然の出会いという意味ですが、初発や初源や初心という真白い紙に一本線を引いた時の新鮮さを忘れることなく、いられるかということを問うているようなタイトルである。
アートを続けるにはこのスタンスが一番必要と思われる。
アートの作品を見る側からすれば予想や想像から外れるほど新鮮で衝撃を受けるので、出会い頭の偶然の出会いが一番衝撃を受けるということでもある。
だから、わかるアートもあっていいが、わからないアートはより不思議の世界へ導いてくれるのでアリスが彷徨うように私達も彷徨ってみるのもいいのではないか。
そのような場を提供するのもアーティストの特権だとも思っている。
最後に、玉田圭詮さんの自画像と実物とのギャップには、「初発への邂逅」を感じて驚いてしまった!

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ピーマンがアートに! [2014年12月18日(Thu)]
今までFBに気ままに記載していたアートや障害や地域に関するコメントが埋もれないようにするために個人のブログを開設しました。
「南国の陽気な風」というタイトルのブログです。
FBのメリットである情報の発信は活用しながらコメントなど残したいものはブログに記載するのがベストと思いこのような在り方になりました。
当分はFBのコメントを再録することになりますが、いずれブログが先攻するように記載していく予定です。
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今日は、西都市の「まちなかギャラリー夢たまご」の加藤直樹個展「ナオキショウ」in西都市に行ってきました。
ギャラリーに行ったら丁度、彫刻家の鬼塚良昭さんも来ていて、鬼塚さんの帰り際に久しぶりに2人で話をする機会が出来たので長話をすることになる。
アートのこと、廃校のこと、地域のこと、障がい者のこと、県の中山間地域支援での県美術館主催のアーティストレジデンスの依頼を受けて関わっている話などをネタに現状をどのようにイノベーションしていくかというおもろい話をする。
鬼塚氏と別れた後、今日のメインである加藤直樹氏の陶芸によるオブジェ作品鑑賞と作家と話すことであったので作品を見て写真を撮らせてもらってピーマンとの出会いや陶芸でのオブジェ作品に取り組む経緯などを聞いたりしながらゆったりとした時間を共有させてもらう。
私の少ない見識の中で陶芸家としての八木一夫氏に興味があり(オブジェ作品を最初に作った作家)八木氏に関することなどを聞きながら加藤氏の陶芸に関するコンセプトを聞くことになる。
人が率先してやらない(食えないから)ことに情熱を注ぐことの必然性は、その人の生き方、食うために陶芸をやっているのではなく、どうしても生きるために作らざるを得ないという根源的なスタンスが彼には感じられるとこに工芸家ではなくアーティスト性を持ち合わせた存在であるのを確信する。
生きるうえでどれほどピーマンが彼の生きる意欲として影響したか、考えればこだわる必然が見えてくるのである。
このような作家に出会うことが、私自身写真を撮るということを考えさせてくれるし、撮る意欲を喚起させてくれるのである。
実際、彼の作品を見ていてユーモアやウイットに飛んだ作品は撮る意欲を喚起するし、もっと違う場所に置いて撮りたいという気持ちにさせるイメージを、作品が持っているということでもある。