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チーム『ながぐつ』プロジェクト 大学生ボランティア派遣
※募集を開始いたしました。お申し込みはホームページをご覧ください ⇒ Gakuvo


Gakuvo


日本財団 広報グループ発行 ボランティア奮闘記―若い力が未来を変える

[問い合わせ先]
日本財団学生ボランティアセンター
TEL:03-6206-1529(火〜土 10:00-20:00)
gakuvo.shien@gmail.com

≪企画≫  日本財団学生ボランティアセンターⓔ傘
チームながぐつプロジェクト第111陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年03月25日(Wed)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第111陣】
期間:2015年3月13日〜3月16日
場所:福島県いわき市
活動内容:
1日目: 有賀さんのご本家にて武家茶道体験。
夕飯(五楽) 〜 銭湯(仲ノ湯) 〜 夜、振り返り。
2日目: 薄磯にて、薄磯復興協議委員会の室谷さんと共にゴミ拾い。
     「中之作プロジェクト」にて昼食〜豊田さんより古民家再生のお話〜古民家の清掃作業。
     銭湯(仲ノ湯) 〜 大熊町復興支援員の梅村さんを囲んで夕飯(ご本家) 〜 夜、振り返り。
3日目: オリーブプロジェクトにて作業補助。
     夕飯(鳳翔) 〜 銭湯(仲ノ湯) 〜 夜、振り返り。
4日目: 午前中、富岡町の視察 〜 久ノ浜・浜風商店街にて昼食・視察。
     社員寮に戻り掃除 〜 4日間の振り返りとアンケート記入 〜 東京駅にて解散

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高速バスの東京駅のバス前にて

3月13日(1日目)

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到着後、ご本家にて、茶道(武家の茶道)を体験。ほとんどの学生が茶道は初体験で、緊張気味でしたが、和やかな雰囲気の中、武藤 真一先生のご指導の中、お茶菓子の頂き方、お抹茶の楽しみ方などの所作を1時間半に渡って体験しました。学生からは「茶道に興味を持ちました」「今後、茶道を学びたいなと思いました」など感想がでました。

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その後、五楽にて夕飯をとり、(有賀さんが少しだけ顔を出して、ご挨拶をして下さいました)銭湯の後、寮にて振り返りをしました。

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初日の振り返りでは、学生たちに進行をまかせ「この4日間をどんな姿勢で取り組むべきなのか」を話し合い、明日からの活動に対する気持ちを共有しました。23:15頃終了

3月14日(2日目)

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6時半から朝食を頂き、バスにて薄磯地区へ。9時半より、薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻と共に、約1時間半に渡って、灯台近くの道路脇のゴミ拾いをしました。先週も、同じ場所でのゴミ拾いをガクボが行っていたので、もうゴミはほとんどないだろうと思っていたのですが、新たにゴミ(ペットボトル・コンビニ袋に入ったゴミなど)が捨てられており、更に、土の中に埋まっていた金属類・オムツ・雑誌等が出てきて、最終的に集めたゴミは、燃えないゴミが37袋、燃えるゴミが70袋、粗大ごみが軽トラック1台分にもなりました。この場所での清掃活動は今回で終了となり、ミッション終了を、皆で喜びました。

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その後、薄磯PRルームに移動後、薄磯復興協議委員会の活動の様子などの説明をうけると共に、学生達からは「ゴミ拾いを通して、薄磯に関わりをもてて良かった」「不法投棄を防ぐにはどうしたらいいのか考えたい」などの声も上がりました。

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灯台入口から川岸までバスで移動し「中之作プロジェクト」の古民家「清航館」へ。

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到着後すぐに昼食。この日のメニューは、かまどで炊いたご飯と、関係者さんが準備して下さったポテトマヨネーズや、コロッケ、そして有賀さんが届けて下さった手作りのお惣菜でした。この日の竈ごはんは、豊田さん曰く、「今までの中で一番、美味しく炊けた」と言うだけあって、とても美味しく、炊いていた16合のごはんを完食してしました。学生のほとんどが、ご飯のお替りをしました(なんと最高は、おかわり4杯)
昼食の後、豊田さんより、「清航館」の紹介と共に、古民家再生の想いや、これまでの作業工程を伺いました。豊田さんの「ガクボの皆さんをはじめ、多くの方がこの清航館に関わることで、この建物はこれからも生きてゆく」という言葉に感銘をうけたようでした。学生達からは「古民家を再生することの意義を感じた」「昔作られたものから、物事を学ぶことができて良かった」などの意見もあがりました。

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その後、女子は雑巾片手に、室内の清掃、男子は不要となった木材の解体の手伝いをしました。作業終了後、甘酒やコーヒー、お茶菓子を頂きながら豊田さんと交流をして、清航館を後にしました。

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銭湯からご本家に戻り、20時半から、熊町復興支援員の梅村武之さんを囲んで夕飯。有賀さん特製のみそ鍋」を食べながら、梅村さんとボランティアについて1時間半に渡って話し合いました。
寮に戻り、本日の振り返りを短く行い23:30終了。

3月15日(3日目)

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朝から一日「オリーブプロジェクト」の活動。前日に、オリーブ畑で剪定されたオリーブの枝から、舟生さんの指導の下、食材(オリーブ麺)に使用するオリーブの葉を、枝から一枚ずつハサミで摘み取る、葉摘み作業に取り組みました。

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お昼、スカイストアさんの美味しいお弁当を頂いた後も、和やかな会話をしながら黙々と作業を行い、今回の葉っぱの収穫量は記録を更新して9.5kgとなり、皆で笑顔になりました。
作業終了後、舟入さんより「私一人では、できる作業量に限界があります。そんな中、ガクボさんをはじめ、多くの方々が手伝って下さるお蔭で、ここまできました。ここ、いわきに、皆さんが関わってくれたオリーブが育っていることを覚えていて下さい」と、温かいメッセージを頂くと共に、オリーブハウス内で栽培している野菜(大根・たい菜)を頂きました。(余談ですが、前日の鍋の〆で食べたオリーブ麺が好評で、学生と私含めて、22袋を購入させて頂きました)

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鳳翔にて夕飯をとり、銭湯後、20時半〜寮にて振り返りの時間に。(今回、有賀さんとのお食事会がとれず残念だったのですが、その分、振り返りの時間に充てました)

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学生たち主導で、約2時間半に渡って、今日思った事や感じたことを話し合いました「薄磯の室谷さん、中ノ作プロジェクトの豊田さん・オリーブプロジェクトの舟生さん、それぞれが使命感を持って活動している姿に胸をうたれた」「自分の仕事に誇りをもってオリーブと共に生きている、舟生さんのオリーブ麺を購入できて良かった」「私達はこれから何をするべきなのか、何ができるのかを考えたい」などの意見がでました。23時頃終了

3月16日(4日目)
御本家にて朝食後、JRで竜田駅へ向かい、ジャンボタクシー2台にて、約1時間かけて富岡町を視察しました。視察ルートは、

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@天神岬公園(降車し約10分見学) A波倉地区(40世帯が被害を受け、8名がなくなった地区)

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B福島第二原発近くの海岸(降車し約5分見学)

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C富岡駅(降車し約15分見学)
Dパトカーの碑跡(車内から黙祷) 、4年経過した今の現状を、しっかり見ておきたいという学生達の真剣な姿が見られました。

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富岡町視察後、久ノ浜の「浜風商店街」に向かいました。最初に、からす屋食堂さんで昼食をとり、(有賀さんが、事前にお店に餃子を手配して、ご馳走をして下さいました)電気屋さんで震災時のビデオをみせて頂き、記念撮影をし、いわき市内へ戻りました。

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13:30 社員寮に戻り約30分かけて掃除の後、

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学生の進行で、「楽しかった事」「記憶の風化をどう防ぐか」「次の災害に、どう備えるか」「エネルギー問題について」「一番印象に残った事は?」など、ワールドカフェ方式でそれぞれの意見を出して、4日間の活動を振り返りました。

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その後、アンケート記入をし、ご本家で有賀さんにご挨拶をして、17時のバスで東京に戻り、解散式をしました。

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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

ボランティアだからこそみえないものもあるのではないだろうか。被災地とは。今回印象に残った事は薄磯の中学校が取り壊されることに関してである。薄磯で唯一津波から残った中学校の校舎は震災に関するモニュメントとして残す意見もあったが、見ているとつらいという意見が多かったため、取り壊されることになった。これは「被災者の多様性」を象徴しているように思われた。お話を伺えた方は、モニュメントとして残したいと思っていたが反対が多かったとのお話を伺った。この方のようにボランティア前に出て下さる方は、震災と向き合い、乗り越え、語り継ごうとしている。しかし、中学校を取り壊そうとする人たちは、震災と向き合うことさえできていないのではないだろうか。そして中学校の取り壊しが決定したという事は、向き合うことが辛い方の方が多数派であるという事だ。この多数派の人々はボランティアの前に出てきてくださることは少ない。つまりボランティアによって、自分の目で見た事も、一面的な情報でしかなく、被災地を最弁することはできなという事である。風化を防ぐためには、ボランティア人口を増やす、それを発信することが挙げられるが、これでは中学校を取り壊したかった多数の人々の声は届くことはない。被災地には声をあげることすらできない人がいる。その声を私たちはいかにして聴けは良いのだろうか。そのこと会えを今回のボランティアで見つけることはできなかった。被災地に触れた私は何を発信すればいいのか、私が感じたものは発信すべきものなのか、ボランティアが見る被災地は本当の被災地なのか、そして何より「被災地とは何か」がまだわからない。まずgは、私ができることは考え続ける事である。

津波の被害や原発の問題は、決して福島だけの問題ではなく、日本全体、世界全体の問題です。今回のボランティアを通して、本当に私たちの問題でもあることを感じました。だからこそ、このことを一人でも多くの人に伝えたいと思いました。私たちは、次の社会を作っていく存在だということを心に留め、何が被災地の方々のため、私たちのため、社会のためになるか考え、行動していきたいです。

未来を担て行くのは、私たちなんだと強く意識させられるボランティアでした。地震大国のこの日本で、このような重大な津波が起きたのは、まぎれもない事実であり、信じられないようなことが起こる世の中です。一人一人が意識すれば何かが変わるのではないかと思わせてくれた、今回お会いした方々を見習っていきたいと強く感じ、自分は何をなすべきかを帰ってからも考えたいと思いました。

私がこのボランティアに参加して、一番印象に残っていることは、行った先々で「来てくれてありがとう」と言ってもらえたことです。実際に自分の足で現地を訪れるだけでも地元の人の助け、力になれるということを知りました。出会った多くの人が、私たち学生に未来を託してくれていることが分かりました。そして、私たちより後の世代の人の事も、すごく真剣に考えてくれていて、将来や未来の日本について私たち自身がもっと真剣に考える必要があるのだと思い知らせました。

オリーブプロジェクトで「親や友人よりも、未来をつくる子どもを助けることが大切である」という彼の言葉は、すごく重く、彼は福島に生き、本当に愛しておられるんだと思い半端な気持ちで支援をしたり、声をかけるのではなくもっと真剣に関わりたいと思った。

沢山の方々と出会って、頑張っている姿を見て、私もこういう人々のようになれるよう努力をしていきたいし、そういった人々がいることは、本当に東北の誇りだと思います。今回の活動をもう一度深く考え、身の周りの人々に伝え発信していきたいです。

今回の活動で学ぶことができた事が2点あります。“つながり”と“東北の方々の温かさ”です。今回の活動では、数多くの人々によって、自分たち学生がボランティアをすることができました。今回の活動に携わった人々に共通するのは、“東北を良くしたい”という思いでした。今後の学生生活において、被災地に関連する情報を収集しつつ、いつかは被災地の役に立てるような社会人になりたいと思います。

私にっとって、このボランティアは、人のためになんらかの役に立ったというより、自分をさらに成長させてくれた4日間だった。「何が最も大切なのか」自分なりに価値観をあらためて再確認できた。また、目先の利益のみにとらわれず、長期的な視野を持ち考えていくことの重要性に気づかされた。

今まで自分の使い道がわからず、自分がとても嫌でした。でも今回参加して、ああこれが自分の使い道なのかなと感じることができました。自分の意見だけでなく、同性代の意見を聞く事ができたのも、貴重な経験となりました。今まで自分の周りに、このような話を聞いてくれる人も、言える人もいなかったため、自分の中で完結していました。しかし、ミテーティングなどを通して、いろいろな意見、価値観を共有することで、自分の中に新たな価値観が生まれたり、価値観が変化しました。また、とても印象に残ったのは、現地の方の“強さ”です。自分たちは決してわかる事の出来ない苦しみ悲しみがあるはずにも関わらず、明るく強く生きている現地の人たちを見て“強さ”を感じました。

視点を変えてボランティアとしてだけでなく、観光という形でも訪れていきたいと思いました。自分自身、震災が起こる事によって、被害を受けたことだけでなく、今回訪れたオリーブ畑や中之作プロジェクトのように、震災が起こった事に負けず栽培や挑戦をしていることも伝えていった方がより良くなっていくと思うし、マイナス面だけでなくプラス面を出していく事で精神的にも楽になると思いました。

福島で出会った方々は皆、将来を担て行くのは学生だから、学生が来てくれるのは、嬉しいとおっしゃっていました。また、被災地の現状や福島で見てきたことを周りの人に伝えて欲しいとおっしゃっていました。大学の授業では、そこから復興への道へアプローチできないのかと考えながら受講したいです。東北に住み復興に直接的に携わっていく仕儀とにつきたいと強く思うようになりました。

111陣の皆さん お疲れ様でした。

福島の皆さん、ありがとうございました。
チームながぐつプロジェクト第110陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年03月25日(Wed)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第110陣】
期間:2015年3月6日〜3月9日
場所:福島県いわき市
活動内容:
3月6日 日本財団にてオリエンテーション。長源寺で坐禅体験。
3月7日 薄磯地区で桜の木の植樹。中之作プロジェクト清航館にて柱磨き。
3月8日 オリーブプロジェクト。キャンドルナイト追悼記帳。
3月9日 視察。掃除。

3月6日
日本財団にてオリエンテーション後出発。
東京駅からバスでいわき駅へ。
16:45有賀さん宅到着。

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17:15長源寺にて座禅体験。
はじめに1時間ほど震災当時のお話を聞き座禅をしました。8人中3人警策を受けました。

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19:30五楽で有賀さんと食事。
有賀さんとの話が弾み食事終了が21:30過ぎたためこの日は銭湯にいかず寮に移動。
到着後振り返り・翌日の確認をしました。

3月7日

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午前中 薄磯地区にて桜の植樹のお手伝い。到着後災害公営住宅の集会所で鈴木さんから1時間ほど震災当時のお話やこれからの事など伺いました。また自治会長の大河内さんから薄磯の震災前、震災後の写真を見せていただきながらお話を伺うことができました。

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豊間・薄磯・沼の内3地区合同の桜の記念植樹ということでした。ガクボは薄磯の災害公営住宅周辺の植樹を自治会長さんの指導のもと住民のかたと一緒に行いました。植樹後集会所にて小学生の勉強をみてあげたり遊んだりしました。

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午後 中之作プロジェクトの豊田さんを訪ね清航館へ。到着後昼食。ご飯と味噌汁、お漬物を用意して頂きました。朝、有賀さんからもちりめん納豆・梅干し・お漬物を用意して頂き、それをおかずに釜炊きのご飯をみんなでおいしくいただきました。片付け後家を案内していただきながら古民家再生やコミュニティ再生のお話を伺いました。その後清航館の柱を磨く作業。それぞれが決めた柱を雑巾で1時間ほど磨きました。

いわき駅着後有賀さんと食事。ラトブ3Fの安曇野でお蕎麦をごちそうになりました。
食事後お風呂へ。尼子湯へ行きましたがしばらくお休みしますという貼り紙があり別の銭湯へ。駅から近いところに仲の湯という銭湯がありました。

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寮に戻り振り返り・翌日の確認。

3月8日

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上平窪横山オリーブプロジェクト研究圃場にて。

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脚立に乗り掛矢(大型ハンマー)を使い2mの柱を3分の1打ち込む作業をしました。
北風の影響でオリーブの木が倒れてしまわないよう4人一組で打ち込む位置を確認しながら慎重に作業しました。
ハンマーでの打ち込みもはじめは感覚がつかめず苦労していましたが最後には全員コツをつかみうまく打てるようになっていました。
お昼はスカイストアさんのお弁当をいただきました。
雨の中での作業で泥だらけになりましたが安全に活動を終える事ができました。
約40本打ち込みました。

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終了後平中央公園で行われていた追悼復興祈念行事のキャンドルナイトへ行き、メッセージカップへの記入と追悼記帳をさせていただきました。
尼子湯さんに電話しましたが繋がらなかったため仲の湯に行きました。
夕飯は有賀さん宅で。
朝の残りと買ってきたお惣菜をおかずにご飯を炊いて頂きました。

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寮に戻り振り返り、翌日の確認。

3月9日

視察。
11:10有賀さんと浜風商店街で待ち合わせし一緒に昼食。餃子をご馳走になりました。
昼食後電気屋さんに伺う予定でしたが、来客中でしたのでお土産はからすや食堂さんに渡し、その後津波の被害のあった場所まで歩いて行き、かさ上げ工事中の場所を視察。
寮に戻り振り返り、アンケート記入。

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帰りにご本家により有賀さんに挨拶をし、17:00のバスに乗り東京へ。

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21:00解散。

参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

先が見えない状況で、大きな不安を抱え、いろいろな立場や意見の板挟みになりながらも、懸命に人々の「居場所」づくりのために尽力されている方々の姿がとても印象的でした。

たくさんの方々から話を聞き、悲しい経験というのは、人を優しくさせるのだと思いました。いつでも誰にでも、どんな時でも、優しい人間になれればと思います。

これまでのGakuvoながぐつボランティアに参加した多くの学生及び今は社会人になり、活躍している初期の派遣隊の方々が様々な形で社会に対して貢献していることも素晴らしい事だと思います。Gakuvoで共に活動した仲間とも何れ、共に協力し、何処で活動し合える時が来ることを期待しています。

あらゆる地域で状況が変化している中で、復興とは何か、まだ自分には分かりませんが、これからもボランティアに参加する中で学んで行きたいと思います。

今回出会った方々から“人”とのつながりや“絆”を強く感じて、被災された人は、それぞれ、あの日から大変な思いをして今まで来られた中で、とても仲間や周りの人の事を大切に家族のように考えて接しているように感じ、そのような部分は、自分はボランティアで来たけれど、現地の人々に大切なものは何か教えて頂いたように感じました。

出発前のミーティングで、ボランティアをする側とされる側は対等な関係を気づくことが大切だというお話がありました。その意味をあまりよく理解しないまま、今回の活動が始まりました。初日の長源寺の栗山さんからのお話でもあったように、ボランティアは日本語にすると「奉仕」になるので、する側が与えるというニュアンスが含まれると思います。しかし、それは全く逆でした。本当に痛感したのは、2日目に桜の植樹を手伝わせてもらった鈴木さん、室谷さんのお話です。何をやっても、地道にしか進まず、全力でやっているのに、褒められることよりも文句を言われることの方が多い。そんな中でも、震災が与えたプラスの影響に感謝をして、とても強くてかっこいいと思いました。中之作の豊田さん、オリーブプロジェクトの舟生さん、富岡町の光景、このボランティアを通していろいろなものを見て感じました。

ボランティアの定義、意義、自分が何ができるか、どんないい影響が与えられるか。チームワークはどうやってうまく作っていくか。現場の大切さなど。まだまだ整理できていない。一つ一つやっていこうと思います。

今回のボランティアでは、いろいろな方からのお話や視察により、多くの事を気気付かされた。お互いに参加するメンバーと話し合うことで気付くこともあった。ボランティアとは名ばかりで、地元の人々にしていただいたことが大きすぎて何をしに来たのだろうかと情けなく思う。与えて頂いたことを自分の周りの人に伝えるという方法で、3.11の震災が世の中から忘れられないように風化してしまわないように、地元の人に還元していきたい。そして、人間的に成長して、またいわきを訪れたいと思います。

福島の皆さん、ありがとうございました。
学生の皆さん、お疲れ様でした。
チームながぐつプロジェクト第109陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年03月17日(Tue)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第109陣】
期間:2015年2月27日〜3月2日
場所:福島県いわき市

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出陣式の様子です。

1日目: 長源寺で座禅と栗山住職より震災時の話を伺う。
     夕飯(鳳翔) 〜 尼子湯 〜 夜、振り返り。
2日目: 薄磯にて、薄磯復興協議委員会の室谷さんと共にゴミ拾い。
     スカイストアにて昼食後、オリーブプロジェクト
     尼子湯 〜 大熊町復興支援員 梅村さんを囲んで夕飯(五楽) 〜 夜、振り返り。
3日目: オリーブプロジェクトにて作業補助。
     尼子湯 〜 ご本家で夕飯後、有賀様からお話を伺う 〜 夜、振り返り。
4日目: 午前中、富岡町の視察をし、久ノ浜・浜風商店街にて、有賀様と共に昼食。
     ご本家で、お雛様の飾りを出すお手伝い 〜 社員寮に戻り掃除 〜 
4日間の振り返りとアンケート記入 〜 東京駅にて解散

2月27日(1日目)
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到着後、すぐに長源寺に向かい、17:30〜約1時間にわたり、栗山住職より震災時の話を伺い、震災直後、避難場所で過ごした被災者の苦痛を、座禅という形で体感しました。6名が警策を積極的に希望し、栗山住職が、今までのガクボの陣の中で、一番警策を希望した陣だとおっしゃっていました。初めての座禅体験は有意義な時間となりました。

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その後、夕飯を鳳翔でとり、

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銭湯(尼子湯のおじさんの写真です)に行き社員寮に移動後、初日の振り返りをしました。

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夜の振り返りでは、「この4日間をどんな姿勢で取り組むべきなのか」を話し合い、明日からの活動に対する気持ちを共有しました。23:30頃終了

2月28日(2日目)
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午前中、バスにて薄磯地区へ行き、9時より、薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻と共に、約1時間半に渡って、灯台近くの道路脇のゴミ拾いをしました。缶・ビン・ペットボトルだけでなく、食べ物のゴミ・オムツ・雑誌・金属類など、集めたゴミは、燃えないゴミが46袋、燃えるゴミが136袋、粗大ごみが4トラック1台分にもなりました。黙々と、ゴミを拾う学生の姿が輝いてみえました。

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その後、薄磯PRルームに移動後、薄磯復興協議委員会の活動の様子などの説明をうけました。
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いわき駅に戻り、「スカイストア」で昼食後、タクシーでオリーブプロジェクトへ。

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佐藤さん宅前にある畑で、オリーブ畑の水路確保のための素掘り側溝をしました。休憩時間に佐藤さんの奥様が、コーヒーとお餅を差し入れして下さいました。

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午前中のゴミ拾いの後だったのですが、疲れを見せずに、テキパキと作業に携わる姿が印象的でした。

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尼子湯の後、有賀さんの計らいで、大熊町復興支援員の梅村武之さんを囲んで、五楽で夕食。梅村さんより、現在携わっている活動のお話を聞いた後、ボランティアについて話し合いました。梅村さんからは、「震災から4年がたった今、自分が大切に思うことは何か」「今回ガクボを通していわきに来たけれど、一年後、どんな関わりを持っていたいか」この二つについて、ぜひ今後、考えてみてほしいとの意見も頂きました。

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寮に戻った後、学生に司会・進行を任せ振り返りの時間をとりました。今日思った事をそれぞれ発表し、その中で「普段の生活で、街を歩いている時にゴミを拾うことなどなかったのに、今日のゴミ拾いの中で、異臭を放つゴミも沢山あったけれど、自分がしなければ誰がするのだという気持ちで、ひたすら拾う自分がいたことが意外だった」「作業をするまでは、なぜゴミ拾いをするのか疑問に思っていたけれど、一人で、週に3回も清掃活動をしているという室谷さんとゴミを拾っている時に、散歩で通りかかった女性が掛けて下さった、有難うという言葉に、ゴミ拾いをして良かった。いい体験になった」という意見も出ました。23:15終了

3月1日(3日目)
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朝から雨が降る中、夕方まで「オリーブプロジェクト」の活動。ビニールハウス内で、舟生さんの指導の下、食材(オリーブ麺)に使用するオリーブの葉を、切断した枝から一枚ずつハサミで摘み取る、葉摘み作業に取り組みました。

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お昼に、オリーブプロジェクトの松崎理事長様がご挨拶にきて下さり、オリーブプロジェクトの歴史や、今後の課題などを約30分かけてお話をして下さいました。スカイストアさんの美味しいお弁当+地元の和菓子の差し入れも頂きました。

お喋りをしながらの作業でしたが、葉っぱの収穫量は、8.5kg!! 過去の陣の中で一番の重量に、舟入さんと笑顔になりました。作業終了後、舟入さんより「今日の活動を通して、ここ、いわきにオリーブプロジェクトというものがある、オリーブが育っていることを覚えていて下さい。そしてまた、再会できるのを、ここで待っていますね」と、言葉と想いを受け取りました。

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帰りにオリーブハウス内で栽培している野菜(大根・わさび菜等)を頂き、夕飯の鍋の材料にする事に。

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オリーブ作業終了後、銭湯へ向かい、ご本家で夕飯。有賀さんが鍋を準備して下さっていて、頂いた野菜を入れて食べました。締めの麺がスカイストアさんの「オリーブ麺」で、昼間、自分たちが作業したものが、最終的にこのオリーブ麺になる事を知り、美味しそうに食べていました。

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夕飯の片付けが終わった20時半頃、有賀さんがご本家に足を運んで下さり、1時間ほどお話を伺いました。学生からも積極的に質問をし、短い時間でしたが有賀さんの人柄や想いにふれる事ができました。

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22:00〜 社員寮にて、振り返りを学生たちに委ね、今日思った事や感じたことを発表し、気持ちを共有しました。23:15頃終了

3月2日(4日目)
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御本家にて朝食後、JRで竜田駅へ向かい、ジャンボタクシー2台にて、約1時間かけて富岡町を視察しました。視察ルートは、@波倉地区(40世帯が被害を受け、8名がなくなった地区) A福島第二原発近くの海岸(降車し約5分見学)  B富岡駅(降車し約10分見学)※駅のホームは解体されていました Cパトカーの碑(降車し約3分見学)※パトカーは移設準備の為ありませんでした D現在閉鎖中の富岡町役場庁舎・保健センター・文化交流センター(複合施設)でした。復興は進んでいるものの、4年前の爪痕が残る富岡町に衝撃を受けたようでした。富岡駅の側にある碑や、2名の警察官が亡くなったパトカーの碑で、手を合わせる学生の姿がありました。
Dの複合施設に関して、東電の補助金によって潤い建てられた豪華な建物が、今は、東電の原発の影響で閉鎖となった場所もみて、学生なりに感じた事があったようです。

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富岡町視察後、久ノ浜の「浜風商店街」に向かいました。最初に、電気屋さんで震災時のビデオをみせて頂き、駆けつけて下さった有賀さんと一緒に昼食をとりました(餃子をご馳走して下さいました)


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 毎回、温かく迎えてくださる商店街のお母様達からお話を伺い、記念撮影の後、いわき市内へ戻りました。

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久ノ浜からいわき市内に戻った足で、ご本家に立ち寄り、有賀さまのお母様が集めていた東北各地のお雛様を茶室に飾るお手伝いを1時間ほどさせて頂きました。
色紙をお渡しさせていただきました。

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14:30 社員寮に戻り掃除の後、振り返りを行い、それぞれが一番心に残ったことを発表した後、アンケート記入の時間をとりました。

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17時のバスで東京に戻り、東京駅で解散式をしました。

(心温まるエピソード)
名古屋から参加した学生(女の子)が、今夜都内のカプセルホテルに泊まり、明日の夜のバスで戻ると知ったメンバーが彼女の事を想い、解散式の後、一緒にお食事に向かったようです。4日間の活動を通して深まった仲間への想いに嬉しくなりました。

参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■報告書からの抜粋
今回のプロジェクトを通じて、自分の目を信じる事、自分で確かめる事は、こんなにも大きな力があるのかと思いました。

オリーブプロジェクト自体に意味があるというより、震災後、風評被害によって産業が成り立たなくなり、新しい産業を開発する必要性があるということをボランティアの継続によって代々継承していくことに意味があると感じた。

最初はなぜ、自分たちがこのオリーブプロジェクトを手伝う必要があるのか疑問に思いました。しかし、実際に活動をしてみて、運営している方のお話を聞いた事で、今、いわきで必要とされていることは、物資などの直接的な支援ではなく、これからのいわきの復興に向けた手伝いなのだと実感しました。

「ゴミ拾い」という行為以上に「ゴミ拾いをしている」という事実が重要なんだという事に自分が心が動かされたように思います。彼は行動で示そうとしているのだと思いました。

このボランティアに参加する前は、ボランティア=自分の身体を動かして、何か被災地の人のためにできることをすることだけだと思っていました。しかし参加してみて、地域の人々のために、またきれいな町にするために週3回一人でゴミ拾いをしている方がいるということを「知る」、また現在被災地がそのようになっているか自分の目で「見る」ということもボランティアの一環であることを強く感じました。

オリーブプロジェクトに参加し、水路を作ったり、苗を植える地面を掘りおこしたり、葉をはさみで切って集めたりしました。作業をしていて、これってボランティアなんだろうかと思いましたが、ガクボの他にも、いろいろな人が、このプロジェクトに関わっていて、それが福島の復興にも繋がっていると知り、これも重要なボランティアなんだと感じました。

薄磯のゴミ拾いでは、自分の想像以上のゴミが捨てられていて、いざ作業が終わってみるとゴミ袋が100個以上もあったので、ボランティアをして良かったという気持ちになりました。何だか、この時ボランティア精神とは何なのか、うまく言葉には表せない何かが活動後、うまれたような気がしました。

福島の皆さん
大変お世話になりありがとうございました。

109陣の皆さんお疲れ様でした。
チームながぐつプロジェクト第108陣(早稲田大学アメフト部) 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年03月06日(Fri)]

2015年2月25日から27日にかけて、福島県いわき市でチームながぐつプロジェクト108陣として
早稲田大学米式蹴球部員91名が参加してくださいました!

〜1日目〜
前回7月の派遣時に行ったフラッグフットボール教室を今回も江名小学校にて行いました。
前回は希望者のみの参加でしたが、今回は全校生徒112名の子どもたちが参加してくれました。

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午前中はなんとか天気がもち、校庭いっぱいに広がりグループ毎に分かれて
ボール慣れなどの練習を行いました。
お昼前にはミニゲームも行い、子どもたちも学生も元気に走り回っていました。

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午後は雨が降りだしたため、体育館にてミニゲームを行いました。
すっかり大学生のお兄さん、お姉さんと仲良しになった子どもたちは
一緒にプレイの作戦を確認したり、甘えたりとても微笑ましい場面にあふれていました。

学生たちが学校を後にするときは、「さようならー!!!」と大きな声で
見送ってくれました。
江名小学校のみなさん、ありがとうございました!

写真はないのですが、夕方には幹部学生らがいわき市市長に表敬訪問を行いました。
また毎回受け入れていただいているいわき湯本温泉「新つた」さんにて、日中の活動の疲れを癒やしました。

夜は地元いわきの方々と懇親会を飯野八幡宮の会館をお借りして行いました。
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貴重なお話を聴かせていただく、学生たちにとって学び多き時間となったと思います。

〜2日目〜
今回、宿坊として学生たちを受入ていただいた長源寺の栗山副住職様より
震災当時のお話を伺う時間を設けていただきました。
原発がもたらす影響や当時の状況について学生たちは真剣に耳を傾けていました。

朝食後、こちらも毎回受け入れていただいているNPOいわきオリーブプロジェクトのお手伝いに伺いました。
今回で4度目の活動になり、今後も継続した活動が行われるようオリーブ畑に看板を建てました。
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その後、ビニールハウスに移動し
オリーブの苗木の世話をお手伝いしました。
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ご指導いただいた、舟生さん、木田さんありがとうございました。
オリーブ畑を後にし、最後に学生たちがいつも楽しみにしている
浜風商店街にお邪魔しました!
おいしいメンチカツと味噌田楽を差し入れていただき、学生たちも大喜びでした。
商店街のみなさんと楽しそうに過ごす姿がとても印象的でした。

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今回お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。
そして早稲田大学米式蹴球部のみなさん、お疲れ様でした**
チームながぐつプロジェクト第107陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年03月06日(Fri)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第107陣】
期間:2015年2月13日〜2月16日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
2月13日 日本財団にてオリエンテーション。炊き出し体験
2月14日 高台移転のためのお手伝い。
2月15日 高台移転のためのお手伝い。
2月16日 視察。掃除。

2月13日
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日本財団でオリエンテーション後新幹線で仙台へ。
仙台よりバスで石巻。16時45分石巻駅着。

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現地スタッフの矢野さんから拠点の使い方など説明していただきました。
その後炊き出し体験ということで、みんなでうどんを作り食べました。
食事後黒澤さんより石巻の被害状況、明日以降の活動内容の説明を受けました。

2月14日
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雄勝町にて高台移転されるかたのお手伝い。
もみの木の枝を急斜面の上まで運ぶ作業。

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バケツリレー方式で10人で声を掛け合い助けあいながら運びました。
午後は大きなもみの木の伐採の補助を行いました。ワイヤー、滑車、スリング、チルホール等普段の生活では使う事のない道具を使用しての作業となりました。危険の伴う作業でしたが無事終える事ができました。

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作業中や昼食時、高台移転されるかたから震災時の体験などのお話を伺いました。

2月15日
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前日同様枝を運ぶ作業。

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杉の木の伐採。

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昼食後雄勝町オーリンクハウス会議室で行われていた写真展「いしのまきのあさ」に連れていっていただきました。

2月16日
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拠点掃除。3階のマットはがし、倉庫の荷物仕分け等行いました。
その後市内視察。
11:30のバスに乗り仙台駅。
14:44の新幹線で東京へ。
ボランティア参加証授与
17:00解散。
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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。

■報告書からの抜粋
*2012年にGakuvoで行った時に出会った家族が今どうしているか聞いてみた。お仕事が軌道にのっているおとや赤ちゃんが生まれて家族が増えている事を聞いた。悲しい事だけでなく、小さな幸せもたくさん4年あkんであったことがわかって嬉しかった。

*大切な人を亡くされたことを「“つらい”という訳ではないけれど、“やるせない”」と言っていたのが印象的だった。深い深い悲しみに落ち込むことは乗り越えたのかもしれないけれど、そのやるせなさはずっと続いていくのかもしれないという気がした。

*消灯時間になって電気が消えても、大川小学校の事が頭から離れず、ずーと考えていました。きっとそれぞれに夢もあっただろうに、こんなことにあうなんて思ってもいなかっただろうし、まだ幼い命が多く奪われてしまったことがとてもショックで仕方がありませんでした。

*見たもの聞いたものが多すぎて、この事を自分の中に落とし込むのに、少し時間がかかると思います。発信していく事はもちろんですが、この“震災”を4年もたった今、まずは私が現実を“うけとめる”というのはおかしいですが、見つめ、自分の中で向き合っていくことが第一だと思います。このまま終わりではなく震災を見つめて向き合った中で自分にできること、再びこの地を訪れる事をしたいと思いました。

*大川小学校を訪れ、生徒が逃げていれば助かったであろう山や校舎を見た事によって、強く印象に残りました。それと同時に災害時における一瞬の判断によって、こうも簡単に生きるか死ぬかが左右されるのかと思いました。マニュアルに従うことを第一として迅速に対応できないことや、正しい知識がないことによって脱げる方向を間違えることは非常に恐ろしいことだと感じました。

*震災から4年経った今も現地では「目に見える復興」以外に、「目に見えない復興」に向かって頑張っています。そうした方々を支援するのに、ボランティア活動というものは、たとえ小さな力だとしても、いつかは、その積み重ねで被災者の方々を元気づけることができると私は信じています。

*他のメンバーが震災やボランティアについて、ここまで深く考えているのかと思い、驚きました。同じ学生として、いい刺激を受けることができました。

*4日間という短い活動期間でしたが、色々な人との会話、街の風景、雰囲気、そういったおのを自分の肌、目、耳で感じることができ、ネットなそで調べても感じ取れないものを現地で体感することができました。

*復興という言葉は、迅速だけが求められがちになり、被災者自身の心の復興というものは忘れがちです。これは確実に復興していく事は不可能ですが、人と触れ合い少しでも気持ちを考えていくことを想像し行動していくことで和らげていくことは可能であると思いました。

*実際に自分で訪れて、自分の肌で感じなければ分からないこともあるのだと、改めて思いました。

このボランティアは、これからであり、こうして考えさせていただいた機会をもとに、自分の中でどうおとしこむのか、得た知識や知った世界を視野に入れて何をしていくのか。ここで終わらせることなく、今回の経験を元に、これから自分がどう震災に関わっていくのかをしっかりと考えようと思います。

石巻の皆さん、ありがとうございました。
107陣の皆さんお疲れ様でした。
チームながぐつプロジェクト第106陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年02月18日(Wed)]

期間:2015年2月6日〜2月9日
場所:福島県いわき市
活動内容:
2月6日 日本財団にてオリエンテーション。長源寺で坐禅体験。
2月7日 薄磯地区でゴミ拾い。オリーブプロジェクト
2月8日 いわきサンシャインマラソンボランティア。
2月9日 視察。掃除。


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2月6日
日本財団にてオリエンテーション後いわきへ。
有賀さんご本家に荷物を置き長源寺座禅体験を行いました。
座禅後中華料理店で大熊町復興支援員の梅村武之さんと食事をしました。
食事後銭湯に行き寮へ移動。
寮でミーティングをして就寝。
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活動1日目:日本財団にてオリエンテーション後、「それぞれが想うボランティア」や今回にかける想いを共有。バスでいわきに向かい、到着後長源寺にて座禅指導を栗山副住職様より約2時間行っていただきました。震災当時の避難生活で人々が味わった「動けない苦痛」を座禅を通し学生たちは体感していました。また副住職様の子を持つ親だからこそのお話も伺い、学生たちの心に残ったようでした。
夕食は四川という中華料理屋さんにて大熊町復興支援員である梅村さんのお話を伺いながら。その後尼子湯に行き、宿舎に戻り一日の振り返りと明日からの活動に対する想いの共有を行い就寝。
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2月7日
寮からご本家にて朝食。
いわき駅よりバスで薄磯へ。
薄磯復興協議委員会鈴木さんと合流し、お話を伺いながら活動場所まで歩いて行きました。
同じく薄磯復興協議委員会室谷さんの指示のもと
塩谷崎灯台下周辺道路脇のゴミ拾いを行いました。
ゴミ袋140袋分、粗大ゴミ4トン分拾いました。
ごみ拾い後は場所を移動し薄磯のお話を伺い、駅前でタクシーに乗り活動場所へ移動。オリーブプロジェクトのお手伝い。オリーブ麺や饅頭に使用するためオリーブの葉を切る作業を行いました。
17:00まで作業。
銭湯に入り有賀さんご本家に移動。
青年会議所グルメ会の行事に参加させていただき、青年会議所のかた、青年会議所OBの片と一緒に食事をしました。
食事中いろいろなかたから震災当時のお話をたくさん伺う事ができました。
寮に戻り振り返り後就寝。
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活動2日目:お世話になっている有賀さんのご本家にて朝食。有賀さん手作りのおいしい朝ごはんに学生みんな感激していた様子。その後バスで薄磯地区に向かい、薄磯復興協議委員会の鈴木さんに合流。鈴木さんの震災直後の体験を聴きながら薄磯地区を視察。津波によって様々なものが失われた土地や鈴木さんのお話を聴いて涙する学生もいました。その後薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻と合流し、ゴミ拾いの作業へ。約100ものゴミ袋と洗濯機、電子レンジなどの家電のゴミを回収。その量に学生たちは驚き、どうしてこんなにものゴミが捨てられるのかということを考えていました。ゴミ拾い後は鈴木様より薄磯のまちづくりについてのお話を伺いました。「同意を得ることが一番むずかしい」というお話や薄磯地区の方々の想いをひしひしと感じる時間となりました。バスにていわき駅に戻り、スカイストアさん(スーパー)にてお弁当をいただきました。スカイストアの社長さんであり、オリーブプロジェクトの代表でもある松崎さんよりオリーブプロジェクトに関してのお話をしていただき、実際の作業場へ移動。舟生さんより指導を受けながら、また舟生さんの素敵な人柄に触れながらの作業を学生たちは楽しんでいるようでした。作業としてはスカイストアにて販売しているオリーブ麺の材料となるオリーブの葉の摘み取り作業を行いました。途中、別のボランティアの方々が合流され、お話をしながら一緒に作業を行いました。尼子湯にてお風呂に入った後、有賀さん宅にて青年会議所のOBOGの方々と交流会をさせていただきました。学生たちそれぞれが色々質問をさせていただいたり、お話を聴かせていただく貴重な時間となりました。宿舎に戻り、2つのグループに分かれて振り返りを行い、就寝。

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2月8日 
寮からご本家に移動して朝食。
いわき駅からシャトルバスに乗り活動場所であるアクアマリンパークへ移動。
いわきサンシャインマラソンのボランティア。
ランナーの荷物返却を行いました。
人手の少ない所に数人ずつ散らばり雨の中の活動となりました。
15:30終了。
銭湯に入り寮へ移動し食事。
3時間ほど振り返り、ミーティングをして就寝。

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活動3日目:朝ごはんを有賀さんのご本家にていただき、いわきサンシャインマラソンのお手伝いのため小名浜港アクアマリンパークに向かいました。作業が開始されるまで一緒に作業を行う他のボランティアメンバーの方々とお話をさせていただいたり各々時間を過ごしました。作業はフルマラソン参加者の方々の荷物返却。大型トラックで運ばれてくる荷物をボランティアみんなでバケツリレーの様に運び、整列させ、ゴールした方に返却作業を行いました。合間合間にランナーの方やボランティアメンバーの方とお話をした様で、雨の中の大変な作業でしたが学生たちはこれまでの二日間とはまた違った活動を行えたようでした。そのまま尼子湯に直行し、お風呂。(学生たちはいつも明るく迎えてくれる尼子湯のご主人の大ファンになった様子)
夕食後、前日に学生からの要望があり振り返り、お互いの想いの共有の時間を多めに取りました。これまでの活動で感じたことや、今後自分たちは学んだことをどう活かしていけば良いのかなどそれぞれが持つ想いや葛藤を共有しあいました。また参加した学生に東北出身であり被災経験をした学生がいたので、自身の経験をみんなに話してくれ、みんなにとってまた学びの時となりました。(話してくれてありがとう)

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2月9日 
起床後、ご本家の掃除。
本家で朝食。
いわき駅から滝田駅に電車で移動。
滝田駅から楢葉タクシーで視察。
久ノ浜浜風商店街で昼食後電車でいわき駅へ。
寮に戻り振り返り後アンケート記入。
17:00の東京駅行きバスに乗り20:30着後解散。
以上。

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活動4日目:宿舎とお世話になった有賀さんご本家の掃除を行い、朝食をいただいて富岡町視察へ向かいました。人がいない町、あの日のまま時が止まっている町を学生たちはまっすぐと見つめていました。また除染作業が行われている様子や放射線廃棄物が袋に入れられ、積み重ねられている様子に衝撃を受けたようでした。その後浜風商店街のからすや食堂にて昼食。明るい女将さんとおいしいごはんに学生たちも温かな気持ちになったようでした。宿舎に戻り、この4日間の振り返りを行いました。たくさん想いを共有したことが学生一人ひとりにとってより多くの学びをもたらし、つながり合うことで自分たちにできることを考え続けたいとの声が聞こえました。アンケート記入作業後、バスにて東京へ戻りました。

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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


*「新しいことを始めたい」ではなく「新しいことを始めなくてはいけない」という言葉に、農家の方々の苦しみや焦りを感じた。

*3日目はサンシャインマラソンのお手伝いをしました。ランナーの方に預かった荷物を返すという短時間の触れ合いの中で、震災後のいわきについてお話を頂く様な場面があり、その方々にとって震災が今でも鮮明な記憶であり、決して薄れていないことを感じました。

*今回帰ったら周囲の人に何を一番伝えて欲しいですかといわきの住民の人に聞いたところ、「みんな楽しそうだよ」と伝えて欲しい。遊びに来てほしい。と言っていたことが印象的でした。私は現地の今の状態を伝えることが震災の風化のために良いと思っていましたが、良い意味で風化するのも大事なんだと学びました。

*いわき市の復興に対する思いと使命感に福島の人々は、たくさんのものを背負い、それでも前に進んでいるのだと感じ、何とも言えない気持ちになりました。その後のグルメ会でも、一人一人がたくさんの思いの中で感情や思いを必死に伝える姿にとても感動しました。

*「だれも悪くないんだ。これが俺たちの運命だったんだ」とぼそっと言っている姿を見たときに衝撃を受けました。それまで、いつでも前向きでいる姿を見ていたため、誰も責めることができない、やるせない思いは、運命だったと思って区切りをつけるしか前に進めない、少しのあきらめに見えたからです。私たちが話を聞くときには、その時の相手の姿しか見ることができません。震災から立ち直った明るい人のように見えてしまうけれど、そこに至るまでには、きっと多くの事を乗り越えてきたんだろうし、何度もこらえてきた思いがあると思います。だからそういった他の人に見せない姿にも気付いて、弱い所や強がりなところも受け入れられる人になりたいと思いました。

*地元の人の愛をおおいに感じ、この愛がある限り福島は進み続けられる思いました。さらに他県からも東北を応援しようと思っている人がこんなにもたくさんいることに驚きました。

*被災地以外から復興支援として物資が送られてくることについての中で、印象に残った話がありました。震災後に薬が大量に送られてきたことがあったけど、そこは病院でもなく、ただの市民が中心となって活動している団体であったため、その薬をどうすればいいのか、わからなかったそうです。支援物資が送られた、ニュースで報道されると、助かる人がいるだろうななどプラスにしか考えていませんでした。ただ送るだけではいけないのだ、支援物資がどのように使われて、誰が助かったのか、そこまでが重要なのだと感じました。薄磯でも桜の木が送られてくるが、誰がそれを育てていくのか、という問題があると聞いて継続して行くことの大切さや必要性を多く感じました。

*いわきでは現地の人々と触れ合う時間が多く、その時間の中で、いわきの人たちが、私にしてくれた無償の優しさが何よりも印象的であった。温かく優しく、なんで初対面の私にここまで優しくしてくれるのか疑問で仕方なかったが、その優しさに触れて、私はもっと人に優しく楽しくいたいと思うことができた。本当に驚くくらい温かくて幸せだった。感謝しかないです。

*薄磯で語ってくださった、3時ごろ津波がきて、逃げ惑う人々の声がたくさん聞こえ、聞こえなくなったのは6時頃だったという話が特に印象に残っています。その3時間の間、何もできずにいた人々の気持ちを考えると悲しかったし、今、自分が立っているこの地で実際に起こった事なのだと思うと、今まで何となくつかめなかった震災のイメージがとても鮮明なもの変わり、恐怖を覚えました。

*皆が自分の活かせる能力や職業におけるつながりを活かして地域の復興のために全力を尽くしている姿は、とても胸に響き、自分も周りの人が3・11を忘れないように努めていきたいと思った。

*地域によってかかえている問題は異なり、一概には、3.11をとらえることができないと思った。しかし、共通点のようなものがあると思った。それは対立するものの存在である。それぞれ行政と民間、地元民と避難民、自分の気持ちと他者の気持ち、自分の事と地域社会の事など対立するものがあり、その狭間で活動している人がいる。どっちが正しいという正解がある問題ではなく、正解がない問題に直面している現状を目にした。その難しさを思い知った。

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福島の皆さん ありがとうございました。
106陣の皆さん お疲れ様でした(^○^)
【参加者募集!】Gakuvo インドネシアプロジェクト [2015年02月10日(Tue)]

※定員になりましたので、募集を終了いたします。

日本財団学生ボランティアセンター(Gakuvo)は、
「20年後の日本社会を支える人を、ボランティア活動を通じて育てる」ことを理念として設立されたNPOです。主な活動は、学生のボランティア活動に関する情報や機会を提供しています。
今回は、インドネシア ジャワ島の中部に位置するジョグジャカルタで、
小学生に向けた異文化理解のワークショップを開催します。外国人、特に日本人や日本の文化に直接触れた経験がほとんどない子どもたちです。彼らと一緒に過ごし、子どもたちの視野を広げる機会を作ってほしいという現地の要望から、今回のプロジェクトを実施します。現地の大学生と共にプロジェクトを作り上げます。
彼らと一緒に過ごし、外国の文化に興味をもてる機会を提供してほしいという現地の要望から、今回のプロジェクトを実施します。
現地の大学生と共に、プログラムを作り上げます。
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■説明会:応募前の説明会を実施いたします。
2015年2月14日(土)17:00〜18:00
2015年2月17日(火)14:00〜15:00
2015年2月19日(木)14:00〜15:00応募多数により、〆切とします
場所:日本財団学生ボランティアセンターの事務局(東京都港区虎ノ門1-11-2日本財団第2ビル)
申込:toyonaga.gakuvo@gmail.com に、希望日時・お名前・所属大学・連絡先のお電話番号をお送りください。

■募集要綱(詳細)
1. 日時
2015年3月11日(水)〜23日(月)
[集合時間]3月11日(水)8:00(時間厳守)
[解散時間]3月23日(月)10:00 ※飛行機のスケジュールによって、多少前後する場合があります
[集合・解散場所]羽田空港
※集合・解散日時は、飛行機の便によって変わってきます。
※詳細は、参加決定者の方にお知らせいたします

2. 募集人数
10名(他に、インドネシアの参加者が5名参加します)
日本財団学生ボランティアセンターの豊永が引率、現地では受入団体Alternative Projectの徳住がアテンドをします。

3. 活動場所
インドネシア ジョグジャカルタ
ジャワ島中部に位置し、王宮文化が色濃く残る古都ジョグジャカルタ。
伝統文化と現代アートが融合し、独特の芸術文化を生み出している文化的な町です。
世界遺産であるボロブドゥール遺跡へのアクセスポイントにもなっており、町の中心には王宮が、周辺には世界遺産プランバナン遺跡があります。

4. 宿泊場所
ジョグジャカルタ市内のゲストハウス

内容
●ジョグジャカルタの低所得層の家庭の子どもが放課後に集まる寺子屋で、日本の文化を体験するワークショップを企画&実施。子どもたちは日本人と接した経験がほとんどありません。ワークショップの内容は日本人&インドネシア人参加者で一から作り上げます。
●インドネシアの中でも芸術の街として有名なジョグジャカルタのアートを感じます。名門国立ガジャマダ大学の伝統舞踊と音楽のクラブ活動に混ざり、踊りや伝統楽器を習います。
●インドネシア人の生活に根付く宗教(イスラム教、キリスト教、仏教、ジャワ土着の信仰)を理解するワークショップをインドネシア人参加者が企画、日本人が参加します。
●世界最大の仏教寺院で世界遺産のボロブドゥール寺院の観光と周辺の村で伝統的な暮らしを体験し、民家にホームステイし、インドネシアの田舎生活を体験します。
●毎日日本人とインドネシア人参加者が一つ屋根の下で共同生活します。共通語は英語。
●フリーデー(参加者で計画を立て、自由に過ごします)

目的
上記の活動を通して、
●日本人、インドネシア人学生が共同生活しながらプロジェクトを進める過程で、互いの違いや共通点を発見し、新しい価値観、多様な生き方を知ること
●英語でアイデアを出し合い、一から企画を作り上げるなかで、英語はもちろん、主体性、積極性を磨くこと
●日本ではなかなか感じられない多民族、多宗教の世界を体験し、それを尊重すること
●環境問題や貧困問題といった世界規模の社会問題を目の当たりにすることによって、身近な問題として関心を高めること
●近い将来に備えて、海外で働くこと、文化・価値観の違う人と一緒に働くことのイメージをつかむこと
●世界に一生の友人をつくること
を目的としています。

6. 参加費
25,000円(Gakuvo会員15,000万円)
※参加に必要な経費は1人約20万円ですが、差額は日本財団の助成によりGakuvoが負担します。

参加費に含まれるもの:羽田空港からジョグジャカルタまでの飛行機代、ジョグジャカルタ滞在のための宿泊費、活動のためにかかる現地の交通費、活動中の食費(フリーデーの昼、夜除く)、初日と最終日のジョグジャカルタの空港送迎、世界遺産ボロブドール入園料、ビザの費用、出国税
参加費に含まれないもの:フリーデーの際の食事(ローカル食堂200〜300円くらい、ショッピングモールでは400〜1,000円くらい)、その他フリーデーの自由行動のための費用、海外旅行保険代金

【Gakuvo会員登録について】
Gakuvo会員の方は参加費25,000円が15,000円となります。
非会員の方で入会希望の方は、集合時にGakuvo会員の登録手続き(年会費2,000円納入)を行っていただくことができます。なお納入済みの参加費の差額については、出発日の受付時にGakuvo会員登録手続き終了後、差額分(8,000円)を返金いたします。

7. 海外旅行保険
出発前に、必ず海外旅行保険に加入をしてください。クレジットカードに保険が付帯されている場合でも、別途「海外旅行保険」への加入が必要です。
出発日に、証書とコピーを必ずご持参ください。

8. 応募資格・条件
●心身ともに健康な18歳以上の大学生または大学院生(申込時に満20歳未満の未成年者は、親権者による承諾書の提出が必須となります)
●引率の指示に従い、活動に積極的に参加をし、共同生活が営める人
●文化・習慣の違いなどをみとめ、現地の文化・習慣を尊重できる人
●共通言語である英語で積極的にコミュニケーションをとる意欲がある人
●シンプルな環境を楽しむことができる人
●体調管理を自分の責任で行うことができる人
●ワークショップの準備などを、日本からしっかり行うことができる人
事前のオリエンテーション(3月4日(水)15:00〜18:00(予定) 場所:Gakuvo事務局(東京都港区))に参加できる人
 (首都圏以外からの参加の方は、ご相談ください。Skypeなどで参加をしていただきます)
参加後のふりかえり会に参加できる人

終了後、800字程度の報告書を提出していただきます

9. 持ち物
□パスポート(残存有効期限が6か月以上のもの)
※日本国以外の国籍をお持ちの方は、自国の国籍に基づき、インドネシアに渡航できる条件を満たしてください
□各自で加入した海外旅行保険の証書とコピー
※コピーは出発日に受付にて回収いたします
※出発当日に海外旅行保険に加入していない人は、空港で加入していただいての参加となります
□現金
※持参する額は各自で判断してください(現地の食費は、ローカル食堂200〜300円くらい、ショッピングモールでは400〜1,000円くらい)
□(未成年での参加者のみ)親権者による承諾書(集合時に忘れた場合、参加不可)
□虫除けスプレー
□かゆみ止め
□日焼け止め、帽子、サングラスなど、強い日差しに耐えられるもの
□洗面用具(歯ブラシ・シャンプー・石鹸・タオルなど)
□着替え(動きやすく、涼しいもの)
□羽織るもの(日差しが強い時や、雨などで気温が下がった時に使えるもの)
□活動用に使う小さなナップサックやウェストポーチなど
□常備薬(各自で必要と思うものをご持参ください)
□筆記用具
ワークショップで使う、日本文化紹介のためのもの
□貴重品は、各自で管理をしてください。Gakuvoは盗難・紛失の責任は負いかねます
その他、必要だと思うものをご持参ください。

10. 予防接種について
厚生労働省検疫所の情報で確認してください。
厚生労働省検疫所では、A型肝炎、B型肝炎、破傷風等の予防接種を推奨しています。予防接種については、各自で判断をしたうえで行ってください。

11. 申込方法
≪お申込みはこちらをクリック≫※定員になりましたので、募集を終了いたします。

申し込み後のキャンセルはないようにしてください。締切は2月21日(土)です。
締切日までに、以下の口座に参加費の25,000円(Gakuvo会員は15,000円)をお振込みください。締切日までにお振込みがない場合、申し込みが取り消される可能性があります。
万一、最少催行人数に満たなかった場合は、中止となる可能性もあります。

【お申込み口座】
金融機関:みずほ銀行 虎ノ門支店
口座番号:普通口座 4134905
口座名義:特定非営利活動法人日本学生ボランティアセンター
トクヒ)ニッポンガクセイボランティアセンター

<キャンセルポリシー>
航空券は、お申込みをいただき、受入業務が完了次第に発券手続きをいたします。それ以降のキャンセルについては、お振込みいただいた参加費は返金されませんのでご注意ください。また、お振込みがされていなくても、キャンセル料としての支払い義務が発生します。
<注意事項>
お申込み後、Gakuvoより確認のメールをお送りしますが、お申込み後3営業日以内にGakuvoからメールが届かない場合は、下記連絡先までご連絡ください。
お申込時の志望動機をもって選考をし、定員(10名)になり次第、〆切とさせていただきます。

ご不明点やご質問は、以下の担当者までお問い合わせください。
日本財団学生ボランティアセンター 担当:豊永、佐藤
電話:03-6206-1529
メール:toyonaga.gakuvo@gmail.com
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チームながぐつプロジェクト第105陣 宮城県石巻市行き 活動報告 [2015年02月06日(Fri)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第105陣】
期間:2015年1月16日〜1月19日
場所:宮城県石巻市
活動内容:
1月16日 オリエンテーション 移動 炊き出し体験
1月17日 林道整備 パネル運び ビニールハウス部品運び 薪割り
1月18日 梁製作補助 炊き出し体験
1月19日 どんと祭りお焚きあげの後片付け 視察

1月16日 
到着後 ボランティアに参加した理由と自己紹介を行いました。夜は炊き出し体験ということでうどんを作り食べました。
次の碑は阪神淡路大震災から20年ということで、阪神淡路大震災から東日本大震災、そして今日までのいろいろなお話を伺いました。
食事後石巻の現状や明日以降の活動の説明を受けました。

1月17日 
個人で高台移転支援。
翌日木材を運び出すために通る林道に砕石を敷き整備しました。
ビニールハウス設営のスペースを確保するためパネルを移動。
ビニールハウスの部品運び 薪割りをしました。
土地の持ち主の方から震災当時のお話、現在のお話を伺いました。
夜は振り返り・ミーティング。

1月18日 
前日にひき続き個人で高台移転をされる方のお手伝い。
荒れた森を整備するための簡易製材所作り。
梁を作るため材料を人力で運びそれをつなぎ合わせ、重機を使い3mの柱の上に乗せました。
女子は昼食の炊き出し準備、柱を固定するためのボルト締め等を行いました。
夜は前日同様、振り返り・ミーティング、アンケート記入。

1月19日 
拠点清掃後、継続して支援をさせていただいている神社の
どんと祭りお焚きあげの後片付けをしました。
その後視察。日和山公園へ連れて行っていただきました。
12時石巻発。東京17:00解散。

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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち

東北の地域に対して、正直他人事の様にテレビを見ていた。

現地の人と話したり、現地の様子を見ないと本当はどうなのか分からないので、東北ボランティアに行きたいと思いました。東北の地震は世界的にみても大きな災害の一つと思っていて、そこで活動することが他の災害にも繋がると思っていました。

ボランティアに参加する前は、「自分」が現地の現状を見たい!「自分」が達成感(?)充実感というものを得たい!「自分」が他の考えや意見を聞きたい!とにかく自分の欲求を満たすためだったように感じます。

いわき市に10月にボランティアで訪れたのだが、学ぶことばかりで何の役にも立てなかった。震災について自分の意見をもてるような立場ではない。自信がなかった。

■活動後の気持ち

今回参加した事で「東北の地域でどうしていかなければならないのか?」という事を今まで以上に考えさせられ、今までみたいに他人事ではない気分になった。

実際に参加してみて、生の大川小学校やさら地のを見て、また写真で、そのさら地の震災前の写真と比べて、改めて震災の恐ろしさ津波の恐ろしさを知りました。高橋さんと話してみると震災の影響を受けたにもかかわらず、まえを向いて、これからも続けてほしいと思いました。

高橋さんという1人の被災者の方と話して、その人が抱える不満や悩み、欲求について深く聞いていくうちに、自分では考えもしないような、今後の課題や現状の問題点が挙がってきて本当の意味で人の立場に立つことの重大さに気づきました。

作業はしたけれども、何の役にも立てなかったという思いはある。余計自信がなくなった。

■今後のボランティアに必要なことは

プラスαの活動の様に感じた。今必要とされている問題は、行政の方針に大きく関わる事が多い。行政と市民を繋ぎ合わせる事の出来るイベントをすることは重要だと思う。

Gakuvoの震災支援のやり方は、すごく良いと思っています。ブログも見やすくて、お金の部分でも気にしなくて良くて学生が参加しやすいです。人も良かったです。また参加したくなるような団体です。

ボランティアに参加する学生に、今やっている作業の目的、何のためにやって、その先に何があるのかを伝えていくことを徹底すると参加者にもっと当事者意識が生まれると思いました。

一人の人がずーと頑張るのではなく、色んな人がずーと見守り続けて、いざとなったら誰かが(誰でも)手を差しのべられる状況になることがいいんだろうなと思いました。う〜〜ん。

■感想
ただ学生をボランティアの派遣として「労働力」としてだけ見るのではなく、「学生に学んで欲しい」という姿勢に多いに感銘を受けた。ボランティアに来ているのに、送迎や食事提供など、親切にして頂きありがとうございました。

これからも引き続き、宮城、福島も含めたさまざまな地域の活動をしてほしいです。

貴重な体験でした。本当にありがとうございました。体験させて頂いたことは、周囲に伝えていきたいし、つたえなければならないと心底思いました。

自分で知りに行くという姿勢がなければいけないのはわかるけれども、あまり説明がなく、求められているものがわからなかった。

■報告書からの抜粋

今回感じた事
私は大学で環境学を専門にしており、エネルギー関連など被災地での行政の取り組みについての自分の意見を持ちたいと考えていた。
その事について考えていく上で、現場及び現場の声をこの目で見て聞いて把握することを今回のボランティアかつどうでの目的としていた。
今回被災地の現場を見て、現場の人の声を聞く事で感じることが2つあった。

一つ目は、【被災地の想像以上の被害の大きさである】テレビでは地域ごとの断片的な映像が流れるが、実際に車に乗って連続的に町を眺める事で、その被害の大きさ広さを感じた。
またマスコミでは得られなかった仮設住宅などの様々な問題についてお話を聞く事もできた。現場の根深い問題、実態を知る事ができ、マスコミの表面的な情報に流されずに実際に現地に足を運ぶことの重要さを学ぶことができた。

2つ目は【住民と行政の折衝の難しさである】実際に被災で生活をしている方の声と行政の方針を聞き、どちらも満足のいく解決方法を見つけ出す事は難しいと感じた。どちらかの主張を完全に押し付けると片方は満足しなくなってしまう。
住民は自分の生活に及ぼす問題をもとに声を上げるが、行政は個人の意見より、街全体が良くなることを考える。どちらの主張も正しい。その上で私は頑固に話を聞かないのではなく、お互い聞く耳を持つ事で歩み寄っていく事が大事だと思った。
具体的には行政は現場に足を運ぶことで、住民の人の主張、現場の状況を積極的に知るべきであると思う。そうすることで、おたがいの主張を少しずつ受け入れることができ、いずれ一つの折衝点を見つけることができるようになると考える。
しかし、これは第3者からの机上の空論であるとも思う。
今回のボランティアに参加して、今まで以上に現場の声には、もう少し現場の事情及び行政の事情を知り、勉強する必要があると思った。
今夏のボランティアで様々な発見、気付きをすることができた。
ここに、日本財団のスタッフの方々、石巻市に常駐している黒澤さん、レノンさん、高橋さんに感謝を意を示す。

今回、東北地方石巻市のボランティア活動に参加させてもらい、様々な経験ができました。

1つはしんさいの現場に行くことによって、震災を経験した人たち、震災に関わった様々な人たちから話を聞く事ができたことです。
雄勝地方で活動している高橋さんから様々な話を聞く事ができました。高橋さんが行政と関わるなかで、お互いの思いが違い難しい問題が多くあることが知る事ができました。高橋さんは雄勝地方で住むことに誇りに思っていて、仮設住宅に住むことは好んでいませんでした。
もちろん、私も自分の地元では生活がしやすく、家族や友人が好きです。
もし、震災があって町が流されたら、仮設住宅でも良いと思ってしまいます。
しかし、高橋さんはそれでも雄勝地方が好きなんだと思いました。
その他にも黒澤さんや板倉さん、レノンさんの話を聞いた中には、例えば震災当初は死体が転がっていたり、バスが建物の上にのっていたいたという話しを聞いて震災の怖さ、津波の怖さを改めて感じました

ボランティア活動をしているとそのような話が終わりなく出てきました。
例えば、死体の薬指についている指輪を盗むために水分を含んだ死体の指を切断した話や、災害現場に慣れ過ぎて道を歩いていても死体を物のように感じるという事でした。

もう一つは震災現場を見ることが出来ました。
例えば、大川小学校では、津波の力が強くて柱が折れていたり、逃げれば良かったと言われている山が思っているより近かったです。
小学校の中のハートのライトは。この出来事に対する様々な人の思いがつまっているのかなと思いました。

今回で3回目の参加となる東北ボランティア活動ですが、毎回違うことを感じさせられているような気がします。
もちろん活動内容が変わるから当たり前なのかもしれませんが、被災された方たちの気持ちだったり、行政の動向、学生のメンバーが変わることによって、価値観の違いから影響されて自分自身の考え方が変わるということもあるにおかなと思いました。

105陣はメンバーが少ないという事もあり、すぐに打ち解け、個々に震災について、おのように受け止めているのか聞いてみたりして共感できる部分や、ちょっとちがうなと思う部分など様々でしたが、それをしたことで、視野が広くもてたり別の視点から考えるきっかけになりました。

実際にボランティアに参加しないと何の声は聴けないし、メディアで報じられているものだけでは、被災された方の雰囲気や表情、心の深い繊細な所までは感じ取れないと思います。

また黒澤さん、レノンさん、初めてお会いした板倉さんは、私よりも経験はもちろん多いに、それだけ広い視野をもってらっしゃると実感しました。
ある1部分だけをみても被災地の問題点は解決できるわけでもないし、本当に多すぎなくらいの課題を知ることはできないと思いました。
なのでコーディネーターの御三方との交渉は私にとって非常に刺激となりました。
学生だからできることって何なのかなと考えたりもしました。
若いエネルギーだったり、お話を聞く事で、高橋さんを少しの間でも明るい気持ちへ向かせられたり、微力であっても、何かしらできることはあるし、参加するとしないでは、震災への意識が違ってくると思います

経験させて頂いた事を無駄にしないように私自身考えていかなければならないと感じました。

第100陣のいわき市のボランティアに参加した際に、もっとも強く感じた事は、自分の知識の浅さに対するうしろめたさでした。
今回は前回のことを踏まえ、予備知識を蓄えて臨んだものでした。
その中で感じたことが3つあります。
1つめは、高橋さんの信念の強さに驚かされたということです。
私はその場の雰囲気や、うまい話に流されてしましがちなので、そういう生き方を貫くことができる人もいるのかと感銘を受けました。
そしてそれが、地元への愛情からくる反骨心のようなものからきているというか、自分の慣れ親しんだ母なる大地への思いと、それを失くしたり、ないがしろにされたりする気持ちはどれだけ辛いのだろうかと想像させられました。

2つめは前回とのメンバーの違いによってカラーがこんなにも違うものかという事です。

いわき市の時は2人だけだったこともあるとは思いますが、引率の方も合せて本当に話し合いというか、お互いの腹の内を包み隠さず語り合ったような感じだったのですが、今回はあまり深い話に発展することがなく、皆が何を考えているのかわからなかったです。
このままだと本当にこのままだというか、課題とか、これから自分たちが将来求められてくることとか、本当にわかってるのかな?私はわからないあ!皆、105陣つづいているボランティアの1つで、しかも4年間のうち実質2日で目に見えて役だったかもわからないのに、話聞くだけ聞いて、それで満足なのかな?と思ってしまいました。
自分も含めて、なのですが。どうすればよかったのかと思っています。

3つめは「ボランティア」というもの自体について考えさせられました。
西尾さんが書かれた冊子のようなものを読んだのですが、ボランティアという概念は本当にむずかしくって、未だによくわかりません。
移住してまで、ずっと関わり続けている人もいれば、興味もない人もいて、何かわかるかと思ってボタンティアに参加しても、私のようにもっとわからなくなることもあって。
困っている人がいるから助けるっていうだけなはずなのに。むずかしいです。
チームながぐつプロジェクト第104陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年02月05日(Thu)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第104陣】
期間:2015年1月9日〜1月12日
場所:福島県いわき市

1日目:長源寺で年間特別行事のお手伝い
夕食を食べ、銭湯のあと、振り返り。
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2日目:薄磯でゴミ拾い。その後、被災状況を視察し、復興協議委員会の鈴木さんから話しを伺う。
スカイストアで昼食後、オリーブ・プロジェクトへ。
長源寺で坐禅と栗山副住職の震災時の話しを伺う。
有賀様と夕食、銭湯、その後、振り返り。
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3日目:オリープ・プロジェクトのお手伝い。
銭湯、御本家で夕食、その後、振り返り
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4日目:富岡町と久ノ浜・浜風商店街を視察。
本家の掃除、振り返りとアンケート記入。午後3時半のバスで帰京。
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【活動1日目】
 到着後、有賀御本家に荷物を置き、長源寺へ。5時半から7時まで年に一度の特別行事のお手伝いをした。椅子並べ、掃除、お経、仏具などを並べ、檀家さんを迎える準備を手伝った。かなり重い物もあり、今回は男性が多かったので助かった。その後、五楽ではなく鳳翔で食事をとりながら振り返りを行い、銭湯へ。尼子湯の営業時間が10時までになっており、3分過ぎていたが、マスターは歓迎してくれた。23時20分頃、社員寮に戻り就寝。

【活動2日目】
 朝6時半に起床し、社員寮の掃除。本家で朝食を頂く。
 いわき駅から薄磯へバスで向かい、到着後、薄磯復興協議委員会の室谷さんと鈴木さん指導のもと、近くの県道沿いのゴミ拾いを行った。一見しただけではゴミの多さが分からないが、小一時間程で30袋のゴミが集められ、学生も驚いたようだった。そして、薄磯復興協議委員会の事務所に行き、薄磯の街を鈴木さんから説明を受けながら視察した。昨年から比べると至る所で工事が進み、進入禁止区域なども代わっていた。事務所に戻ってからは、鈴木さんから薄磯の現状と課題について説明頂き、その後、どのように薄磯を発展させるかについて学生と意見交換を行った。
 昼食をスカイストアで頂いたあと、午後は、オリーブ・プロジェクトへ向かった。作業時間は2時間と少なかったが、舟生さん指導のもと、オリーブの葉っぱを一枚ずつ摘む作業を行った。葉っぱを混ぜたオリーブ・パスタが人気の模様で、少しでも多くとりたいとのことだった。
 夕方は、長源寺に向かい、坐禅指導をして頂いた。作業後で疲れていたせいか、眠気に襲われた学生もいて、栗山住職も苦笑していた。坐禅指導を受けながら震災時の話しも伺った。
 夕食は有賀さんの招待で、Kinyaという居酒屋となった。有賀さんが2名のゲストを招待し、全部で8名の夕食となった。ゲストの1人は2011年の震災後から震災支援に関わっている京都出身の梅村武之さん。現在は、大熊町復興支援員をしている。有賀さんと震災支援を通じて知り合い、学生ボランティアの刺激になると考えたようだった。もう1人は、日本酒の又兵衛を生産している酒造の店主である四家さんであった。梅村さんは30歳と若いこともあり、結局、翌日の朝食と夕食も一緒にし、学生たちに自分の経験を話して頂いた。
 その後、銭湯に行き、本家で振り返りを行った。今日の感想と残り2日間で学びたいことなどについて話合った。23時30分に社員寮に戻り就寝。

【活動3日目】
 朝6時30に起床、社員寮を掃除し、本家で朝食。それから「オリープ・プロジェクト」に向かった。昨日の続きで2名がオリーブの葉っぱ摘みを行ったが、もう2人はオリーブ畑で杭打をした。2mくらいのオリーブが強風によって斜めに倒されていたので、杭を打ち込んでまっすぐに支える必要があった。大きなハンマーを使うので、なかなか骨の折れる作業となった。1時間かけて、結局、3本くらいしか打てなかった。昼はスカイストアのお弁当を頂き、午後は、再び葉っぱ摘みを行い、その後、苗木の清掃を行った。虫のついた苗木を綺麗に洗う為にコンプレッサー付きのホースを使い水圧で汚れを落とした。これがなかなか面白く、順番に作業を行った。途中、舟生さんからオリーブ・プロジェクトのこと、震災時のことなど話しを伺いながらの作業となった。3時には、有賀さんから特大シュークリームの差し入れがあった。
 その後、そのまま銭湯へ行き、本家で有賀さん手作りの夕食を頂いた。この時、梅村さんも合流した。
 夜の振り返りでは、これまで一番印象に残ったことや学んだことを共有し、また反省点の共有も行った。そして梅村さんのこれまでの活動を、写真を見ながら振り返り、震災や復興支援について考える時間をもった。24時に社員寮に戻り就寝。

【活動4日目】
 朝6時30に起床、社員寮を掃除し、本家で朝食。いわき駅から竜田駅に向かい、午前中に富岡町と浜風商店街を視察した。富岡町の惨状は、今回も学生に大きなショックを与えたようで、しばし街中で佇んでいた。今回は、竜田駅からタクシーに乗り、天神岬、福島第二原発付近の集積所、仮設焼却施設、富岡駅、富岡町役場を回ってもらった。
 その後、久ノ浜駅近くの浜風商店街にお邪魔し、昼食を食べ、商店街のおばさまたちとお話し。被災時の様子を撮影した写真とビデオを拝見した。
 いわき駅に戻り、御本家でまずは掃除。台所なども綺麗にし、それから振り返りとアンケートの記入。大阪の学生のバスが午後10時発だったこともあり、また3連休の最後で渋滞の心配もあったので、午後5時発のバスではなく、3時半のバスで帰京しました。


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参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。



■活動初日の気持ち
初めてのボランティアという事でワクワクドキドキしており、東北復興についても、ほとんど無知でした。ちゃんとやっていけるかの不安も少しありました。

募集の時に800字の提出の際、自分の元気やパワーを与えることを心がけてました。
4年経ったのである程度復興が進んでいると思っていました。

1年ぶりの参加で3度目のいわきだったので変化を見たくて参加した。就活前で、これから参加が難しくなるかもしれないので今月を選んだが、ここで社会に出る前の気持ちの整理にも繋がれば良いと思っていた。

震災に対して「怖い」という気持ちがありました。十分な知識もなくイメージで判断していました。しかし何かしたいよいう気持ちが自分の目でしっかりと確かめたいという気持ちがあり、緊張と楽しみがありました。

■活動後の気持ち

思ったよりも少人数で、大人数で行くよりも現地の人たちの話など、頭に入って来やすかったはずだろうと思います。現地の人々もとても温かく歓迎して下さり、こちら側の方が元気をもらったんではないかと思います。もう3回生も終わりなので次回また参加すことが困難だと思います。それが残念なのでもっと早くに参加していたらよかった!と思えるような充実した3泊4日でした。

自分の元気やパワーを与えるだけでなくはなしなどを聞いて、自分に逆にパワーをもらえたりすることができました。
実際には本当はまだまだ時間がかかるものでした。

1年間という時間のもたらす変化は、僕の想像を超えていた。見て回った所は薄磯もオリーブも久ノ浜も変化していて驚いたし、色々考えさせられた。しかし変わっていない所もあったし、冨岡は震災当時のような風景が感じられる所も多かった。変わること、変わらないこと、それに伴う問題点の変化など、違いを実感できてとても良かった。

福島の方々の温かさや明るさを感じ、心から参加して良かった感じています。意識の変化として、違う県のことだから住んでいないから関係ないというものから、日本全体の問題として、これから日本を支えていく私たちが向き合っていかなければいけないという意識が持てました。

■今後のボランティアに必要なことは

やはり薄磯など、政府の手がしっかり回っていない地域の事を自分たちの口で世に広め、ボランティアなどで少しでも手助けをする必要があると思います。この3泊4日で得たことを周りにひろめていくこともまたボランティア活動の一環であると思います。

必要なことはボランティアに参加して、それを周りのひとに伝えていくべきだとお思います。経験して、そこで終わりではなく、その“事”を忘れることがないような活動を自分自身でしていくべきだと思います。

より多くの人に事実を知ってもらうこと。地元の人でも(変化が速すぎて気持ちが追いつかない」と言っていた。それほど速く状況は変わっている。

作業をただ単にこなすのではなく、そこに関わる人の気持ちを汲み取りながら想像して心を込めて行うことだと思います。また正しい情報を広めていくことが必要だと感じました。

■感想

今回は貴重な体験をさせて頂きありがとうございました。不満な点は特にないのですが、参加者の意見や希望などを事前に聞き入れ反映していただければより良いものになると思います(例えば今回参加者の中に現地の消防隊の話を聞きたいと熱望している者がいました)

普段生活をしていて、このようキッカケをつくっていただいて本当に感謝しています。ボランティアに参加したいと思っていてもなかなか時間が作れませんでしたが、ヤッと参加できるようになった時、大規模でなく小規模なチームで活動するのがとても良かったです。ありがとうございました。

いわきでは本当人たくさんの人に会えました。それがこのボランティアの良い点のひとつだと思うので、もっともっと人とのご縁を大切にしていってほしいと思いました(別に問題があったわけではありません感想です)

たくさんの方々と会い話を聞く機会が持てたので、良い経験となりました。ありがとうございます。意見として少し気になったのですが、どこへ行っても「一人いないね」と言われました。人数が活動に関係しなくても直前の欠席の方の連絡はすべきだと思います。

■報告書からの抜粋

初めてのボランティア活動で、不安と期待が渦巻く中、参加させて頂きました。
参加者の人数は時期によりバラバラだそうですが今回は4人という小人数制の中で参加させて頂き普通のボランティア活動により現地の人々の声や教わったことが入ってきやすかったんじゃないかと思います。
来る前まで東北についてあまり知識がありませんでしたが、今回で事細かに学べてとても満足できました。
その中でも、自分の中で一番心に残っているのが復興というのは建造物が修復すれば以前のように人が戻ってきて自然としていくものだと安易に考えていましたが実際は全く違うとうことでした。真の復興とは建造物の修復やインフラの整備はもちろんのこと、その地域から避難したり転居した人々をどう取り戻すかということであり、その地域の人々の“笑顔”を取り戻すことです。フラッシュバックや新転地でのいえの購入をした人などを元の地域に呼び戻すことは大変難しいです。
ですがそれを必死に頑張っている薄磯の人たちとの出会い、感化され自分にできる事は何か少しでもないか一生懸命考えてみたものの何も思いつきませんでした。
今考えてみると正直自分にはボランティアくらいしか直接復興を手助けできることはないでしょう。
しかし直接ではなくても帰って周りの人々に今回のことを語りつぐことで復興の手助けは出来ると思います。
これから先、長い人生がまだまだ待っていますが東北での経験を忘れずに今ある幸せな生活に感謝して生きていきます。また機会があれば成長した姿でまたボランティアにきます!

僕自身ボランティアの経験は初めてでした。この4日を振り返ると、1日1日の出来事や作業の1つ1つがとても新鮮ですごく貴重な経験になりました。
思ったことは、いわき市の中でも復興のできているところと、なかなか津波の被害も含めて復興出来ていない所(まだまだ時間のかかる所)があって差を感じました。現代の人々の話をきいていると、話の中に、その時の苦しみや悲しみを感じ、やはり現地の人の話はストレートですごく心に響きましたし、イメージすると、もしそうなった場合、自分ならどうするか考えた時、すごく恐ろしいものだったし、実際それを被災地に足を運んだ時、みなさん必ず「きてくれてありがとう」と言ってくださたのがとても嬉しくて、先ほども書いたようにボランティアだけでなく、“精神的な面でのボランティア”が出来たのはとても良かったです。
それと同時に逆に話などを聞いていて元気をもらいましたし、これからの励みにもなり、お会いした皆さん方本当にいい方達ばかりでした。

最後に行った富岡町はとても衝撃を受けました。車がひっくり返っていたり、家が壊れていたり土地が更地になっていたり、なんか別の世界に来たようでした。
富岡町を先に見るか後に見るかだったんですが、僕的には、どちらでも良く,見れたことが本当によかったです。
阪神淡路大震災の時、放射能の問題がなかったので、復興に時間があまりかかりませんでしたが、放射の問題があるため、なかなか完全復興にはいたらず時間がとてもかかりますが、大事なのはやはりこのようなボランティアを通じて、いろんな人に伝えること、そしてより多くの人に震災を知ってもらうことだと思います。
人と人との協力はとてもこのような時、大きく大事です。このボランティアに行って終わりではなく広めること。これが僕たちの“使命”であり、やっていくべきことだと思います。

今回は1年ぶりのいわきの陣だったので、変化を見たいというモチベーションで参加した。
とくに薄磯地域では集合住宅が完成し、100戸300人が戻ってきていた。さらに工事も延びハードの復興はゴールが見えてきている。
しかしそれに伴なって住んでいた人がなかなか戻らず町として形が保てるのか、という問題が地域にでてきていた。今日会った人たちは、コミュニティ作りのため問題解決の手段を探って東北大の学生と共に会議を重ねていると話していた。
去年参加知っときは「なかなか工事がすすまない。もっと頑張ってほしい」ということを話していたので、今回工事が進んんでいるのを見て単純に嬉しく感じていたが、なかなか難しい問題が出てきていて、ただ家が建てばいいというわけではないということが感じられた。
それと同時に家やインフラの工事をまっていた去年から、自分たちの力でコミュニティ作りという形で自分帯にと町を作りなおすとう活動をしている彼らはとてもイキイキしていて元気だったので、問題の重さを感じつつも復興に向けた力強さを感じることができ明るい気持ちになれた。
このことはオリーブプロジェクトでも同じで去年はオリーブの利用先を試行錯誤していた段階だったのが、オリーブ麺が出来上がり、しかも人気になっていると聞いて、一歩ずつでも前に向かっていることがわかってよかった。

最終日に行った富岡町では、当時のまま片付けの進んでいない家が残っているのを見て、人が戻らない町という所が少しだけ想像できたし、戻らない事を選ぶ人の気持ちも感じられた。
人が離れた駅や学校は草が伸び放題になっていて寂しさを感じた。
とくに学校の方が個人的に悲しかった。だれも使わず、くちていく校舎や校庭は見たくないと思った。
ボランティアとは直接関係ないが、今日は有賀さんが大熊町の復興支援をしている梅村さんという方を紹介してくれた。
彼は2011年からずっと岩手→宮城→福島と復興に関り働いている人で、就活を控えた僕にとってとても参考になる話を聞く事が出来た。
東北の現状のみでなく、社会への関わり方を考える良い機会ができてとても助かりました。

今日は今までいじょうに予定がつまっていてけっこうハードに思いながらの活動だったけれど、その分内容はとても充実していて4日間まったくムダにならず、楽しむこと、学ぶことができました。家に帰って、ゆっくり休んでから、あらためて振り返りしたいと思います。

4日間の活動を通して学んだことを三点挙げる。
一点目は復興は目に見えるものだけではないということである。私はこれまで建物が再建し、インフラが復旧すれば復興したもとになると捉えていた。
しかし町おこしをしていらっしゃる方の話を聞き、それらだけでなく災害前のように人々が戻り、安心、安全、明るい暮らしができ、そこに笑顔が無ければ、それはハード面だけの修復にすぎないということを感じた。
これからは何においても目に見えるものだけではなく人の気持ちがどうなっているのか、またどうあるおとが望ましいのかということまで深く考えるようにしていきたい。

二点目は防災意識の大切さである。
4月から小学校教諭になるのあたり、子どもたちが「自分の身は自分で守る」ということを学年関係なく全員が意識するおとが重要であると感じた。
現代はいつどこで何が起こるか分からない。何かが起こった時に全てに最適な対応をすることはできなくても、前もって準備できると考える。今後教員として、防災について積極的に行動をとっていきたい。

三点目は、人任せではなく、自分がまず動く事の影響の大きさがある。薄磯での活動で「ゴミを捨てるな」と言うのではなく、拾っている姿を見せ、捨てない意識を持ってもらうということや、国や行政が何もしてくれないと言うのではなく、勉強しみんなで協力してアイデアを出し合い、どうすればいいか考え、できることをするということをされている方々を目にし大変感動した。
この姿を見習い、態度で示し自分から行動するということを大切に行動していこうと思う。

津波の被害を受けた地域の様子を実際に見た感想としては、自然の威力のすさまじさを感じ大変驚いた。
このことから自然との共存の意識を持つことが必要であり、自然に関する知識が大切であると感じた。忘れがちではあるが自然の中に生活があるということを常に心においておきたい。
この4年間で色々なことを感じ、多くの学びがあった。この貴重な経験を支えてくださった方々への感謝の気持ちを忘れずに、周りの人やこれから関わるこどもたちに広めていき少しでも復興に貢献していきたい。
チームながぐつプロジェクト第103陣 福島県いわき市行き 活動報告 [2015年02月05日(Thu)]

「大学生ボランティア隊」派遣【第103陣】
期間:2014年12月19日〜12月22日
場所:福島県いわき市
活動内容:
1日目: 長源寺で座禅と栗山住職より震災時の話を伺う。
夕飯(五楽) → 銭湯 → 夜、振り返り。  
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2日目: 薄磯にてゴミ拾いをした後、薄磯復興協議委員会の皆様より話を伺い意見交換。
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薄磯〜豊間までを説明を受けながら視察→プレオープンした「とよマルシェ」を見学。
大國魂神社にて、イベントで使用する竹の竹伐作業。
銭湯の後、夜から有賀様とご友人を囲んでお食事。夜、簡単な振り返り。
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3日目: オリーブプロジェクトにて作業補助。
     銭湯 → ご本家で夕飯 → 夜、社員寮にて振り返り。
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4日目: 午前中、富岡町の視察をし、久ノ浜・浜風商店街にて、有賀様と共に昼食。
     社員寮に戻り、4日間の振り返りとアンケート記入
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12月19日(1日目)
到着後、長源寺に向かい、17:40〜約2時間、栗山住職より震災時の話を伺い、座禅を体験させて頂きました。震災直後、避難場所で過ごした被災者の苦痛を、座禅という形で体感し、また、栗山住職より、震災時の話を伺い、有意義な時間となりました。
その後、夕飯を五楽でとり、銭湯に行き、23時前に社員寮に移動後、初日の振り返りをしました。
夜の振り返りでは、2つのグループに分かれ、「ボランティアとは何か」「ボランティアをする事で、得られるものがあるとしたら何か」を話し合い、その上で「この4日間をどんな姿勢で取り組むべきなのか」を発表し、「自発的に行動し、ボランティアをしてあげるという姿勢ではなく、学ばせて頂くという気持ちで活動に向き合おう」と、明日からの活動に対する気持ちを共有しました。23:30頃終了

12月20日(2日目)
午前中、バスにて薄磯地区へ行き、薄磯復興協議委員会の室谷ご夫妻の誘導の中、約1時間に渡って、県道15号線につながる道路脇のゴミ拾いをしました。缶・ビン・ペットボトルのゴミが多く、集めたゴミは、燃えないゴミ(缶・ビンなど)が11袋、燃えるゴミが13袋にもなりました。
10時から、薄磯復興協議委員会の事務所内で、委員長の鈴木様より、薄磯の現状と問題点を1時間に渡って伺い、委員会のメンバーで、高校の国語教師の瀬谷(せや)さまより、津波で破壊された豊間中学校のピアノが、市内の調律師によって修復された「豊間の奇跡のピアノ」の話」と共に、修復の際に交換されたピアノの部品を希望者に贈呈して下さいました。
室谷さんが、事務所近くに工場がある、丸又蒲鉾のカタログを持って来て下さいました。
薄磯復興協議委員会の事務所を後にして、室谷ご夫妻の案内の下、薄磯〜豊間の震災時の状況説明を受けながら、この日プレオープンした「とよマルシェ」まで(約40分)歩きました。
プレオープンした、4店舗からなる復興商店「とよマルシェ」では、まぐろの解体ショーや、民謡ショーのイベントも開催され賑わっており、学生も一緒にプレオープンの雰囲気を楽しみました。
途中、今年の春から豊間区長になられた、遠藤 守利(えんどう もりとし)様より、震災時の豊間の話を(約30分間)伺う機会を頂き「震災の翌日の風景は、この世のものとは思えない光景だった。避難生活の中で、プライバシーのない空間に大勢でいる事が、一番のストレスだった」という言葉が、学生の胸に響いたようでした。
14:30 大國魂神社に到着後、来年開催される予定の復興イベント「デスティネーションキャンペーン」で使う、絵のぼり(いわきでは端午の節句に、こいのぼりのかわりに、絵のぼりを飾る風習があるそうです)を立てる際に使う竹竿の下準備で、竹林に入り竹伐りをしました。約1時間半かけて、大國魂神社の裏山にある竹林から、20本の竹を選び、長さを約7mに揃えて切り、約20本の竹をいわき駅近くの保管場所まで移動させました。終始、積極的に動く学生の姿がありました。
(この日、切り出した竹は、冬を越す中で、竹の強度が増すそうです)
19:00〜 ラトブの3階にある「すし田村」にて有賀様のご招待で、共に竹伐作業をした、有賀様のご友人で宮大工の、岩崎英明さまと、地酒「又兵衛」の酒造元の四家久央さま、3名を囲んでの夕食会となりました。約2時間に渡って、3名の方々がお話して下さった震災当時の話や、3年たった今だから言えることなど、様々なお話を伺うと共に、学生からも積極的に質問をし有意義な夕食会になりました。21:45〜 社員寮にて今日の活動を通して思った事・考えたことを共有しました。22:40頃終了。

12月21日(3日目)
天気の良い3日目、朝から夕方まで「オリーブプロジェクト」の活動。ビニールハウス内で、舟生さんの指導の下、食材(オリーブ麺)に使用するオリーブの葉を、切断した枝から一枚ずつハサミで摘み取る、葉摘み作業に取り組みました。お喋りをしながらの作業を通して、舟入さんの人柄に魅かれると共に、仲間意識が深まったようでした。
お昼に、オリーブプロジェクトの松崎理事長様がご挨拶にきて下さり、オリーブプロジェクトの歴史や、今後の課題などを約30分かけてお話をして下さいました。スカイストアさんの美味しいお弁当+手作りのお味噌汁+差し入れのジュースも頂きました。
 作業終了後、舟入さんより「今日の活動を通して、ここ、いわきにオリーブプロジェクトというものがある、オリーブが育っていることを覚えていて下さいね」と、言葉と想いを受け取りました。
オリーブ作業終了後、銭湯へ向かい、ご本家で夕飯をとりました。この日は体が温まる鍋を準備して下さっていて、締めの麺は、昼間購入したスカイストアさんの「オリーブ麺」だったこともあり、テンションが上がり、初めて食べるオリーブ麺に盛り上がりました。
21:00〜 社員寮にて、板倉さんの提案で、振り返りを学生たちに委ね、男子学生の宮道さんを中心に「ワールドカフェ方式」で、話し合いたいテーマを、それぞれメモ紙に書き出し、15案ほど出た中から、「Gakuvoだからできる事とは何か」にテーマを絞り、熱い討論を重ねました。23時頃終了

〜ほっとするエピソード〜
今回も尼子湯さんのオーナーが、お風呂上がりに学生にジュースをご馳走して下さり、板倉さんが、この日購入した、オリーブ麺をオーナーに渡すと、とても喜んでいたそうです。活動中に、学生さんから、「毎回尼子湯さんにお世話になっているのだから、尼子湯の休業日になっている月曜日に伺って、お風呂掃除のボランティアとかができたらいいですね」との声もあがりました。

12月22日(4日目)
朝食前に、有賀様のご依頼があった、玄関周辺の落ち葉拾いをして、JRに乗り、竜田駅へ向かい、ジャンボタクシーにて、約1時間半かけて富岡町を視察しました。視察ルートは、@波倉地区(40世帯が被害を受け、8名がなくなった地区) A福島第二原発近くの海岸(降車し約10分見学) B汚染処理工場 仮設焼却施設(降車し約10分間見学) Cパトカーの碑(降車し約10分見学) D打ち上げられた舟 E 富岡駅(降車し約20分見学)  F天神岬(降車し約10分見学) 
想像以上の光景に、学生達は言葉が出ない様子で、2名の警察官が亡くなったパトカーの碑、富岡駅の側にある碑で、手を合わせる学生の姿がありました。
富岡町視察後、そのまま、久ノ浜の「浜風商店街」に向かいました。有賀様も駆けつけて下さり、一緒に昼食をとり(餃子をご馳走して下さいました) 記念撮影の後、お礼の色紙を渡しました。
電気屋さんで震災時のビデオをみせて頂き、お話も伺い、また、資料や写真をみせて頂くと共に、商店街の皆さんと交流をしました。からすや食堂が混んでいて、時間がかかってしまい、帰りのJRを1本後にずらしましたが、その時間を有効に使って、震災時のビデオで見た、久ノ浜の海岸まで歩き、高台にある神社から、現在の街の風景を、それぞれ心に刻みました。
14:30 社員寮に戻り掃除の後、振り返りを行い、それぞれが一番心に残ったことを発表した後、アンケート記入の時間をとりました。17時のバスで東京に戻り、東京駅での開催式の後、再会を誓う学生の姿に、4日間の活動を通して結ばれた強い絆があるのだと感じました。

引率者2
12月19日
日本財団にてオリエンテーション後、高速バスでいわきへ。
いわき到着後有賀さん本家に荷物を置き長源寺へ。副住職から震災当時の言お話を伺い座禅体験をしました。体験後五楽で食事をし、銭湯へ。その後本家に仮置きさせてもらった荷物を持ち、寮へ移動。ミーティングではボランティアとは。ボランティアを行うことで何が学べるか.等を話し合いました。

12月20日
寮から移動し、本家にて朝食。いわき駅よりバスで薄磯へ。室谷さんに合流し地域のゴミを拾いました。その後薄磯復興協議委員会の鈴木さんから薄磯の現状、問題等のお話を伺いました。終了後室谷さんの案内で歩いて薄磯から豊間の復興商店街「とよマルシェ」まで行き、昼食。
昼食後タクシーで大國魂神社へ、地域イベントで使う竹伐りを行いました。一度寮に戻り銭湯へ。夕食は有賀さんからお寿司をごちそうしていただきました。食事では一緒に竹伐りをした有賀さんの友人の方お二人もおられ、震災時の様々なお話、今のいわきの問題等を伺うことができました。食事後寮に戻り振り返りをしました。振り返りでは今日の活動で感じたこと、反省等を一人ずつ発表しました。

12月21日 
寮から移動し、本家にて朝食。タクシーでオリーブプロジェクトの現場に向かいました。
ビニールハウスの中でオリーブ麺に使用するための葉を集める作業をしました。途中舟生さんに畑に連れて行っていただきオリーブについていろいろなお話を伺いました。お昼はスカイストアさんのお弁当をいただきました。午後ももくもくと葉を集めノルマをこなすことができました。終了後は銭湯へ。その後本家に戻り有賀さんが用意してくださった食事をいただき寮へ。この日の振り返りは学生にお任せ。宮内君によるワールドカフェ方式で振り返りを進めてもらいました。一人ひとりみんなに聞きたいこと、話したいことをポストイットに書き込んでいき、ジャンル分けしてテーマを絞り、それについてみんなで話し合いました。

12月22日 
寮から移動し、本家に。朝食前に玄関前の落ち葉ひろい、本家のお掃除をして朝食。いわき駅から電車で滝田駅へ。そこから楢葉タクシーで福島第二原発近く、富岡町等をまわっていただき久ノ浜商店街で昼食。有賀さんから餃子をごちそうしていただきました。商店街の電気屋さんで震災当時の映像を見せていただき貴重なお話を伺うことができました。電車の時間がぎりぎりだったため1本送らせ、商店街のお母さんからもう少しお話を伺い、その後動画が取られたであろう場所までみんなで歩いていきました。久ノ浜からいわきへ。寮に戻り掃除をしてから振り返り。この活動で感じたことを一人ずつ発表してから東京駅へ。解散式を行い帰路につきました。

参加者に日程終了時に書いて頂いている報告書の中から抜粋したものをご紹介します。
※掲載した文章は全文でないため、ご本人の意図と若干異なる場合がございます。ご了承ください。


■活動初日の気持ち

ボランティア活動で、福島の事をもっと知る事ができれば良いと考えていた。またGakuvoに募集する際、本当に3年半以上経過した福島においてボランティアを必要としているのか、少し疑問もあった。その疑いの真相を確かめることができたら良いと思い、このボランティア活動に取り組もうと考えた。

活動前は、ただ漠然と被災地の方のため、に何か自分ができることをしたいと思っていました。震災から4年が経とうとしている今の福島を自分の目で見たいという思いもありました。また、原発事故の印象が強かったので、福島に住む人々の気持ちを知りたいと思っていました。

大槌町にボランティアで継続して訪れていたので、「被災地」と呼ばれる土地に興味があった。知りたかった。特に福島は「津波」だけでなく「原発」の被害も受けているので現状を知りたかった。
福島に来るのは初めてだったfが、どうしても「原発」のイメーイが強かったです。前回、石巻に活動に行った際、自分が残したメモに「石巻と福島など他の地域の被災者をひとまとめにしてはいけない」と残してあったのだが、その時どうして、そう感じたのかまで書き残していなかったので、その点についても、少し考えながら活動したいと思っていました。また、震災から3年が経った今求められていることも知りたいと思っていました。

最初は海外のボランティア参加したいと思い、ボランティアのサイトを来て、カンボジアに行きたいと思っていました。ですが、まだ体験したことのない国内でできるボランティアをしてみようと思い、このプロジェクトに参加しました。また、内定も決まり、社会人になるにあたって東日本大震災で被害に遭った人や地域に行き自分の目で見て感じたことを多くの人たちに伝えたいと思っていました。

東北に行ったことがなく、ぜひ一度は行って被災地の「今」を見てみようと思いました。震災から3〜4年が経過しているので復興が進んでいるのではないか、もしかしたら私たちができることは少ないのではないかと軽い気持ちでした。とりあえず、3.11と騒がれて深い傷跡を残した現場に行って「生」の声を聞いて見たいと考えました。

どんなボランティアなのか、どんな人たちが来ているのか分からなくて不安でした。震災に関しても考えているようで、考えておらず、ただ与えられた情報を受け取る事しかしていませんでした。
ボランティアがどのような意思で行うものなのかについても、考えた事がありませんでした。

震災地に実際にでむくことで、現在の被災地の状況や震災当時のことに関して、現地の方々の生の声を聴くと同時に、自らの目で見て、体感することで、様々なことを学びたいと考えていた。又ボランティア活動をするにあたって常に公平な姿勢を保ち、活動受け入れ先の人々のことを想いやる気持ちや態度を忘れることなく、自分でできることに尽力をつくしたいと思っていた。

福島という現場が見たい。

以前からボランティア活動に興味、関心がありましたが、参加するのは初めてで、参加すること自体に不安を感じていました。
また、東日本大震災に関する知識も一般常識もしくはそれ以下のものしかなく、そのほとんどがメディアからによる限定的な情報ばかりで、今、被災地で何が起こっていて、何が求められていて、今自分に何ができるのか、といったことが一切分からない状況でした。

■活動後の気持ち

同じ「被災地」でも地域によっておかれた状況立場は大きく異なる。であるからこそ復興する上での優先順位やビジョンも異なる。

「原発」が地域に与える功罪、事故前と後での人々の「原発」に対する態度の変化を目の当たりにした。原発は将来的に無くすべきだという考えは変わらないが、想像以上に複雑な要因を含んでおり、地域の人にとっては簡単に結論を出せるものではない。

「ありがとう」と言ってもらえる期待はしてはいけない。「言ってもらえれば良いな」くらいの気持ちでいないと続かない。(ボランティアとして)

一人では何もできない。信頼できる仲間を増やすことが復興やボランティアにおいては重要。

見たこと感じたこと、自分の中に丁寧におしこんでいきたい。そして自ら発信していくことを恐がらずにしていきたい

実際に津波があった場所に行って、3.11の時の映像が頭の内に浮かんできてとても胸が締めつけられるような気持ちになりました。

前記の気持ちが大きく崩れた実労働させていただきつつ、今回協力活動の提供としてくださった方々との交流を通じて思考、そしてまた現地に行っていない人々への伝聞をきちんとせねばという使命感が芽生えた。
正直、4日間各主要地域を周らせて頂いて消化できていないが、ただ力仕事に重点をおくだけでなく、次世代の若者として、また、大学で学ばせてもらっている身として、思慮していくべきと改めて気付かさせれた同じ日本人として被災地には行くべきです。

参加して良かった思う。活動自体だけでなく、Gakuvo内でのミーティング等を通して色々と考える必要性を再認識することができた。

■今後のボランティアに必要なことは

派遣前のミーティング(参加メンバー間で目的意識を共有するため)
・余裕をもったスケジュール設定

必要な事
臨機応変さ。信頼関係(ボランティア団体と受けいれてくださる方々との間)

どうしていくべき
被災地をひとくくりにせず、目の前にある問題と向き合っていく心配り

被災地に必要なコトモノは現地の人が十分に分かっているのだから、ボランティアの方々は相手のニーズをしっかりと聞き、把握した上で行動することが重要だと思う。

どの範囲までが“震災ボランティア”なのか、地域興しのための“大学生ボランティア”隊なのか、考える機会を設けることが必要だと思う

■感想

宮崎さん、板倉さんには大変お世話になりました。感謝しています。

4日間、大変お世話になり本当に本当にありがとうございました。正直スケジュールは比較的ハードでしたが、短時間で最低限知っておくべき被災地の状況を見て回ることが出来たので非常に有意義なじかんでした。
引率してくださった宮崎さん板倉さん、この運営に携わっている方々のお力添えの上で若者はこのような現場を知る事ができました。また自分なりに落としこめていませんが大学で学問をする身として整理して次につなげます。ありがとうございました。

何のためにその活動をするのか、なぜGakuvoがその活動をするのか、学生はどんなことを意識しながら、活動する必要があるのか、事前に確認したい。Gakuvoのプロジェクトがその活動に関与するに至った経緯も知りたい。

■報告書からの抜粋

私は今回、被災地の現状を自分の目で見たいという思いから、ながぐつプリジェクトに参加した。結論から言うと、十分すぎる程多様な現実を見聞きした。その中で特に印象に残ったことが2つある。
1つは有賀さんとその仲間についてで、もう一つが最終日の視察についてだ。前者は自もの方の理解と協力の必要性、地域におけるキーパーソンの重要性の点で、学ぶべきことがあった。
Gakuvoはこれまで度々、有賀さんにお世話になってきた。
そもそものきっかけは、元職員の佐藤さんとの会話だったそうだ。それ以来、宿泊や食事の面でサポートしていただいている。
これはGakuvoが築いてきた信頼関係、そして有賀さんの人柄に依るところが大きいと感じた。
4日間を通して、何度か有賀さんから「ボランティアの受け入れは道楽だ」「好きでやっているから苦ではない」という言葉があった。
想像していなかった言葉だったので意外だったが、数日有賀さんと共の過ごして、それは本音なのではないかと思うようになった。
そして、2日目の夜、四家さんと岩崎さんと交えてお食事をした時、地元の方同士の会話から、震災直後のことや、復興の難しさ、家族との関係性の変化について、リアルなお気持ちを窺い知ることができた。
通常のボランティアではまず聞く事のできない内容だと思い、貴重な経験となった。
後者は、今回のボランティアの中で最も強烈に印象に残った。変わり果てた街並み、一変した生活、人間不信とコミュニティの崩壊といった、きれいごとでない側面をまざまざと見せられた。廃棄物の焼却施設の建設現場や、放射能廃棄物の袋の数々を見た時、復興の道のりが長く険しいものだと悟った。
正直、元に戻るかという疑問も持った。政策面での改善は必要だが、具体的にそんなアプローチが可能なのか、今は分からないが、これから先見えてくるであろうか。問い続けたいものである。それでも、浜風商店街の方々のお話を聞き、笑顔に触れて一歩ずつではあるが前に進みつつあるんだとも実感した。感じたことを整理し、周囲にシェアする。そしてまた音連れる。これからも私はいわきと関わり続ける。

今日、私は初めての被災地訪問でした。もうすぐで4年ほど経ちますが忘れかけていた気がします。

今回の活動を通して得たことは多くあるのですが、ここでは自分の中で大きく考えが変わったことを2つピックアップして報告をしたいと思います。
一つ目は、自分の中にあった被災地の抱えている問題のイメージがいかに曖昧であったのかということです。
世界的に有名になってしまった「FUKUSHIMA」の中であったとしても、被災した個人それぞれが抱えている問題は異なるもので、解決策は一つではないという難しさを実感しました。
答えが一つしかなくて、みんながそれに向かっていけるのであれば、多くの人が抱えているモヤモヤとした気持ちは幾分か軽くなるのかもしれません。
しかし現実は、例えばひとつ、食事の例をとったとしても、今食べたいものは個人で異なるように、これから暮らしていきたいと思える町づくりを考えるのは苦難の道になるのは間違いありません。
実際に、毎日もがきながら過ごしている人々のお話は、立場も、見えている世界もそれぞれに違うもので、正直、どうすればいいのか、全く分からなくなりました。
ですが一つ、これからやっていかなければならない事があると思いました。それは、互いの話を聞いて、その人たちの立場を想像し、理解しようとする努力です。
これは、被災地内で行われるのももちろん大事だと思いますが、被災地に訪れてくる人々や、行くことができなくても何かしらのアクションを起こしたいと思っている人、そして、もう震災について忘れかけている人、そういった多くの人達の中での対話が行われ続けなければ、納得のいく次のステージはないのではないかと思います。
理解できない、不快な意見を切り捨てず、自分の中で「保留BOX」を作り、時間をかけて消化していこうとすること、その姿勢が大事だと思っています。
強い信念を持つことの大事さと、他人の信念を受け入れて時には柔軟に信念を変化させていく大事さ、この2つをバランスよく自分の中に同居させていかなくてはいけないのかもしれません。二つ目は、ボランティアに対する印象です。
以前、東日本大震災から半年後に父親につれられてボランティアに参加したとき、感じた気持ちは、達成感、充実感といった、やりきったぞという気持ちでした。ボランティアは、時間やお金に余裕のある人が、誰かのために何かをしたという気持ちを味わいたい、新しい出会いがほしい、といった欲求を満たすために行っているもので、「実際に役にも立ってるし、まあいいんじゃない?」といった程度にしか意識していませんでした。
ですが、今回、このながぐつプロジェクトに参加した後、感じたのは”圧倒的なモヤモヤ感”でした。口語にすると、「うわーどうしよう、他人事じゃなくなってしまった…」という感じです。ボランティアと被災地・者の間には「距離」があるから上手くいく部分があるというのは事実ですが、人と人との出会いがあった時、そこから他人ではない関係がスタートしていきます。
お互いに気遣いがあるからこそ、ボランティアする側、される側のバランスがうまくいっているので、深く、深く関わっていくというのは、今回の活動で何度か話題に上がった、ボランティアの引き際に大きく影響してくる問題なのかもしれないなと思いました。
知ることに伴う責任の重さを、ボランティア側が感じて、それが次の活動へ駆り立てるものとなって、いつしか、それだけの思いではなくなっていく。
名前の付けられない関係性になっている人達も、もしかしたらたくさんいるのかもしれません。
これもまた、答えが一つである問題ではないのかもしれないなと思いました。
今後、私も考え続けることが、ボランティアのこれからを少しでも良いものにしていく小さな前進になることを祈っています。
今回の活動報告は、以上をもって終わらせていただきます。
引率してくださった、宮崎さん、板倉さん、一緒に活動した、さきさん、じゅんじゅん、さき、さおり、本当にありがとうございました。出会いに感謝します。

東日本大震災から早3年半、ようやく、福島県いわき市を中心とした被災地に行くことが出来ました。まず、もっと早くに行けばよかったです。
今回、3年経ってから行ったことに意味を見出せたから良かったものの、もっと前に行けば少しでも友人や知人に伝聞して一人でも多くのボランティアを生み出すことが出来たのではと、思います。
友人からの話やGakuvoのブログに感化されて行くことにしましたが、いくら新聞やテレビでの報道で情報収集をしているといっても、実際見聞きして感じ取ったものに勝るものはないので、時間のある人にはぜひ行ってもらいたいです。
さて今回、4日間(主な活動は3日間)という短い期間の中で、薄磯や豊間地区、いわき市の中心、富岡町を始めとする帰宅困難区域にて視察や活動をさせて頂きました。
まずこれらの地区で現地の方々の話を聞き、震災がきっかけで長年問題になっていた地方の問題(地方地区の少子高齢化、施設の老朽化等)が表面化されたことを強く意識することとなりました。
そのような意識の中で特に印象的だったのが原発地域訪問です。他の地域も当然、地震や津波で犠牲者や家財一式津波に流される等大きな被害を被り、瓦礫撤去がまだ終わっていない所など被害痕が垣間見える地域もありました。
それらの地域も大変なのは話を伺い重々承知していますが、行政や国、地域に関係する人々との多大なる紆余曲折はあるものの実際に復興に向けての準備が始動しています。
しかし、帰宅困難区域は他地域同様、地震、津波による被害があったものの、原発問題が生じたことで立ち入りさえままならない状態が続いています。
その結果、震災の道路整備はされている所はあるものの、軽トラックが入ったままの店内、ディスプレイのガラスが割れ地面に散乱したままの自販機等、まるで数年前、地震の数か月後にタイムスリップしたかのような光景が広がっていました。
また、その富岡駅付近の町の目の前には、綺麗な海との間に、長い防波堤と勘違いするかのような、汚染廃棄物の入った黒い袋の山々が長い列を作り、大型トラックが頻繁に出入りをし、多くの従業員の方々が作業をしている、地域の復興どころではないことを印象づけるかのような光景が目に焼きつきました。
海沿いの地域は“地震”“津波”という要因に、“原発問題”という一つの要因が加わることで復興の進行に大差が生じてしまう、想像しただけでもわかりますが、実際に見聞きしたことによって実感する復興への長い道筋。首都圏では震災に関する報道が日常的に報道されることは少なくなりましたが、福島いわきの方では常習的に報道されるのが日常だそうです。
一個人に出来ることはかなり小さいと実感した4日間でしたが、微塵ながらでもタスキリレーの襷をつないで、震災を風化させないようにしていくことが、一個人としてできる一つの使命なのだと痛感しました。
最後に、今回復興ボランティアに参加するのは初めてでしたが、同じ学生から刺激をえることも非常に多かったので、一回も参加したことない人も、案ずるより産むがやすしのごとく、ぜひ参加してほしいなと思います。ありがとうございました。

今回の活動参加は私にとって、6度目の震災ボランティアであったにも関わらず、新たに得たことが多々あった。
感じたこと全てはここでは書き表せないが、特に強烈に印象的だったことを以下3点挙げておきたいと思う。
まず1点目は、復旧と復興の境界線について熟慮する機会になったということである。
震災から4年近く経過した現在、私たちにできることは何なのかを模索したい、という動機を持って今回の活動に参加したが、結果として、答えはわからないままであった。
どこまで地震・津波の被害が元の状態に戻れば、震災ボランティアは不必要になるのか、そもそも、元の状態に戻ることが可能か否か。
また、福島県特有の問題として、原発事故の被害をどう緩和することができるのか。
これらの疑問は未だ個人的にも、政治的にも解決されないままであるが、もう1度考え直す必要があるのだ、ということをひしひしと感じた。
これは私にとっては、これからの被災地との関わり方を考える上での分岐点になったと思う。
2点目は、「被災地」はひとくくりに考えられるものではないということを、身を持って理解できたことであった。
特にいわきに行ったことで、市街地で地震の被害を受けた人々、沿岸部で津波の被害を受けた人々、そして、原発事故で自宅から離れて暮らすことを余儀なくされた人々、異なる立場からのお話を伺う機会を頂けた。
それぞれの暮らし、政治との関わり方、ボランティアに対する思い、すべては当然のことながら大きく異なっていた。
頭では十人十色であるということを理解したつもりでいながらも、やはりどこか「被災地」をひとくくりにして考えていた節があったのだと思う。
しかしそのような考え方に基づいた支援は、現状にそぐわないものになる可能性が大いにあるし、事実、的確性の欠ける復興計画に対する不満の声もあった。公共的な復興計画においてのみならず、個人ひとりひとりの中でも、「被災地」をひとかたまりのものとして見るのではなく、人の数と同じ「被害」がそこにはあるのだということを意識する必要があるのだということを感じる契機になったと思う。
3点目は、東日本大震災はまだ終わっていない、ということを痛感したことである。
震災から4年近く経過した現在、東京では、ニュースの中でも日常生活の中でも、震災のことを思い出す機会は少ない。
実際友人の中には、ボランティアで東北に行く私に対して「まだ震災ボランティアやっているの」という意見を持つ者も少なくない。
しかし、今回の活動で富岡町を視察した際、私は「自分が恥ずかしい」という気持ちでいっぱいになった。
それは視覚的に衝撃を受けるような風景に、涙が止まらなかったことだけが要因ではない。震災直後には、生々しく感じていた恐怖、悲しみ、怒り、やるせなさなどが、自分の中で風化するままに放置していたことに対する恥と、被害を受けた人々にとっては永遠に終わることのない震災を、時間が過ぎれば終わるものとして捉えていたことに対する恥であった。
本当に残念なことに、私たちは自分が体感できるもの以外は、頭で理解していたとしても心では感じられないものなのだと思う。
だからこそ被災地に行って、自分の眼で見て、体で感じる、という機会を持つ必要があるし、震災を風化させないためには、どのような形であれ何かしらの活動に直接的に参与しなければならない。
私にとっては、今回の活動に参加したことで得られた一番の意義は、この「恥ずかしい」という気持ちを再び実感する機会を持てたことだと思う。この感情こそが、現状を変えるために自分が何かをしなければならないというモチベーションになるからである。
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