ミャンマーとの長〜い縁のはじまり [2014年10月08日(Wed)]
在日ミャンマー人主催の水掛祭りで運命の出会い??
あれは、1994年の春、巣鴨にあるどこかの学校の運動場を借りたミャンマー人主催の水掛祭り。水掛祭りといえばミャンマー最大のお祭りで、毎年4月に新年を迎えるために行われます。水をかけるのは、1年のけがれを流すため。当時、番組制作をしていた友人が日本におけるミャンマー人難民認定第一号だった方に会いに行くというので、ついて行ったんです。
→ヤンゴンの水掛祭り
午後遅く会場に着くとしんとしていました。事情を聞くとあまりにもバンドがうるさいということで、近隣から苦情が出て、ステージが中止になってしまったとのこと。ともあれ私たちは目的の方とあいさつを交わし、せっかくなので、ナマズのダシで食べるミャンマーの国民食・モヒンガーをいただくことにしました。ところがもう売り切れ。しょんぼりしていると、その店の椅子に座っていた、たわしが伸びたような髪型をした男性が、ニコニコこちらに笑いかけてきました。誰に笑いかけているのか私は後ろをふり返ったほどです(笑)
結局、「モヒンガーをごちそうできなかったから、ミャンマー料理をごちそうしたい」とお店の人が祭りの後にミャンマー料理の店に連れて行ってくれました。
そこでミャンマーの人たちと食卓を囲んだときのビックリ度はマックスでした。とにかくおおらか。声が大きくてよく笑う。気前がいい人たち。この時からミャンマーにゾッコンとなりました。その数日後、あのたわし頭の彼から電話がかかってきて、会うことになり、しばらくしてうちの両親に合わせたところ、とにかく彼の人のよさを気に入ってしまい、あれよあれよという間に結婚の話が進み、翌年3月に、ミャンマーで式を挙げたのでした。
ミャンマー支援の活動で私にできること
1995年の結婚当初、ヤンゴンのコゾの家では、小さな理容院を営む両親、そして2人の妹さんと暮らしていました。両親は残念ながら亡くなってしまいましたが、いつも大切にしてもらい私は幸せなミャンマーの想い出を重ねてきました。
ところがこの夏、ミャンマーを“いい想い出”とくくれない出会いがありました。高田馬場で、無償でミャンマーの方たちの健康診断をしていた医師の名知さんやMFCGの活動に触れたのがきっかけです。MFCGが支援するのは水道も電気も整っていなくて食事もままならないという、この時代にあっては信じられない状況の人々。かつてミャンマーに住んでいたのにそんな状況を目にもせず暮らしていたことにはずかしく思いました。
だったら、医師でもない私ができることは? と考えたとき、代表の名知さんから「ブログをやってみない?」というご提案をいただきました。ミャンマーのことを一人でも多くの方に知ってもらえば支援の輪を広げることができるかも。とそういう訳で、こうしてブログを書かせていただくことになりました。
長くなって失礼しました<(_ _)> これからどうぞよろしくお願いいたします!
Posted by
伊藤
at 11:30


