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もう少し、おおらかに、なれないものか[2019年10月08日(Tue)]
むかし、中学生のころ、運動会の練習で、フォークダンスをするとき、あこがれの異性と踊る順番が近づいてくると、胸の音が高まった。憧れの異性と手をつないで踊っている間、顔はほてり、胸はドキドキした。

高校生になって、好きな異性が、放課後、一緒に帰ろうと言ってくれて、一緒に歩いて帰る道々、そっと手を握ろうとしても、うまく握れず、家に帰ってからため息をついた。

家に電話をかけて、その子のお母さんに「○○さん、いますか」が言えず、電話を切ったり

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さて、盗撮、痴漢、下着泥棒、挙句に、女の子の連れ去り・・・、自分好みの女の子にしてみたかった・・・

現代の日本の若者は、片思いの恋愛経験さえしたことがない人が半数を占めると言う。
自分であることに忙しすぎるのか、他人への関心が生まれないまま老成しているのか。

性的なことは、公序良俗に反するからと言って、禁欲的なご時世ということもあり、性的なことを本当に「ワイセツ」と感じ、セックスを悪だと思っているのかもしれない。

しかし、人間も自然の一部である。創造主が創ったわけではない。だから、性欲から逃れることはできない。そんなことをすれば、子孫は繁栄しないだろう。実験室で、人工的に子孫を作るわけにはいかないだろう。

かと言って、恋愛経験の乏しい、胸がワクワクしたことをほとんど知らない現代の若者は、どうやって、異性と接していいのか、わからないらしい。へたすると、後日、セクハラ行為を受けました、と訴えられたら元も子もないから、、恋愛そのものを避けるのかもしれない。

しかし避けても、悲しいから、本能には逆らえない。

本物のバーチャルではないリアルな異性の手さえ握ったこともなく、どうやって、リアルな異性と付き合っていいのかわからないから、勢い、いきなり、お尻をさわったり、胸をさわったり・・・、AVビデオのようなセックスをして、相手の顰蹙をかったり。
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ダビデ像にパンツをはかせなさい、と抗議した保護者たちがいた。
しかし、そういうなんというか禁欲的な、アダムとイブを楽園から追放した神のマネをするのではなく、伊邪那岐が「なりなりて、あまれるところあり」と言うと伊邪那美が「なりなりて、欠けているところあり」と答え、「では、われの余れるところで、おまえのかけているところをふさいで子作りしましょう」で始まった日本である。

もうすこし、おおらかになれないものだろうか?
Posted by tsukuyomi at 19:19 | 風姿花伝 | この記事のURL
楽天ブログの表現の自由の侵害に抗議する[2019年10月07日(Mon)]
古事記にこういう件があります。

アマテラスが天の岩屋戸をあけて、中に隠れて以来、この世は闇に包まれ、ずっと夜が続き、あらゆる災いが続き、八百万の神々は、集まり、ケンケンガクガク騒ぐ声は夏のハエのようでした。

そこで、アメノウズメは天の香具山の日影カズラをタスキにかけ、眞折(まさき)のカズラをカズラとして、天の香久山の小竹(ささ)の葉を束ねて手に持ち、アマテラスのお隠れになった岩戸の前に桶をふせて踏み鳴らし神憑り(かみがかり)して胸を露わにし裳の紐を陰(ほと)に垂らしましたら、天の世界が鳴り響き、たくさんの神々が、わっ、と笑いました。

なにが、どうして、そんなにおかしいの?、と不思議に思い、天の岩屋戸のなかから、どうしてアメノウズメが舞い踊り、多くの神々が笑っているのか」とアマテラスが言うと、アメノウズメが「あなた様以上の尊い神様がおいでになりましたので、舞い遊んでおります」と答えました。

また、古事記とは別に、日本の昔話で、物語の題名は思い出せないのですが、鬼たちに追われた女性が、着物をめくって、自分の尻をみせ、陰(ほと)を見せると、鬼たちは恐れおののいて逃げていった、という話もあります。

これらの物語は、ワイセツでしょうか?

陰(ほと)とは女性器のことです。
古代の日本では、陰(ほと)には神が宿っていたと信じていました。
陰(ほと)は神聖なところで、決してワイセツな部分ではなかったのです。
ちなみにワイセツとは、一般の人たちの性欲を刺激したり興奮させて正常な羞恥心を害することです。
陰、女性器という言葉を見て、ムラムラしますか?

神社の境内は女性の身体そのものと言われます。
神社はそこを訪れる人たちの性欲を刺激するところですか?

神社の鳥居の多くは朱色です。それは鳥居は神社を表し、神社の神聖さを象徴するものだから朱ではなく、鳥居は陰(ほと)つまり女性器を表すのです。そして社を覆う森は陰毛、参道=産道、御宮は子宮なのです。
巫女さんのはいている朱の袴を見て性欲を駆り立てられますか?
さて、AIは言われたとおりに、ワイセツな言葉、表現は削除しなさい、と指示します。AIに指示を出すのは人間です。その人間がこの言葉はワイセツ、この表現は性的、などと妄想してリストしてAIに指示をだしたら、AIは融通が利きませんから、言われたとおり、そういう言葉や表現は削除していきます。表現の自由が侵されることにもなります。

、日本最古の書物「古事記」や「万葉集」、日本の昔話には人の性器や恋愛を表す表現がたくさんあります。すると、そこからの引用はすべてオミットになるというという可能性もあります。おかしな話です。

これはワイセツ、あれもワイセツ、青少年に見せるな、というのは、ユダヤ・キリスト教文化圏の禁欲主義からきています。日本、とくに古代日本には性に関するタブーは存在していません。

しかし、西洋人の眼から見れば、神社はワイセツな施設かもしれませんね
男根をご神体として、あるいは子宝に恵まれるようにと堂々と境内においている神社もありますから。

多様性が尊重される社会は、表現の自由や性表現の自由も尊重されないと成り立ちません。
よその文化圏の猿真似ではなく、自分の国の文化や歴史をよく学び、自分たちの足元をきちんと見るべきです。

人の眼を気にして、世間の眼を気にして自分のほうから自己規制するのは愚かなことです。

Posted by tsukuyomi at 16:42 | ちひろの活動日誌 | この記事のURL
猿真似したところで滑稽なだけ[2019年10月06日(Sun)]
LGBTという言葉を聞いたことがありますよね。
意味は分かりますか?わかっているつもりになってませんか?
じゃあ、この言葉を広めたマスコミや広告代理店の人たちはどこまでわかっているのでしょう?
ほんとうのところは、なにもわかっていないはずです。
だって、よその国の概念なんですから。
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LGBTとはLesbiaa,Gay,Bisexual,Transgenderの頭文字をとったものです。アメリカ合衆国
のことをUSAと言ったりしますね。USAとはUnited States of Amerikaの頭文字をとった略語ですね。直訳すると、アメリカ大陸の連合国家。それではわからないから、明治の日本人の誰かがアメリカ合衆国と翻訳したのでしょう。

では、LGBTは?
マスコミなどは、LGBTとはゲイ、ゲイとは男性同性愛者、レズ、レズとは女性同性愛者、バイセクシュアル、両性愛者、そしてこころと身体の性が一致しない性同一性障害の人たちの総称で、性的少数者、性的マイノリティーのことです、と解説しています。行政もそれに右に倣えです。

たとえば、なぜ、ゲイが男性同性愛者なんでしょう?そもそもゲイとは陽気なという意味です。しかしゲイの反対をストレートと業界人は言います。ストレートはまっすぐですね。まっすぐは正常、つまり異性愛者ということなのです(業界では)。いっぽう、ゲイには形が崩れた、という意味もあり、そこから、まっすぐでない、正常ではない、だから異常、つまり同性愛者となります。昔は女性同性愛者もゲイと呼んでいたのです。

その同性愛が発見されたのは18世紀末のことです。発見というのはおかしな話ですが、ヨーロッパでは発見なのです。同性愛が発見されたから、そこで、ついでに異性愛も発見された、ということね。
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18世紀の末まで、ヨーロッパ世界には、同性愛という言葉も異性愛という言葉もなかったということ。言葉がなくても、王様や貴族たちは暇で暇でしょうがないし、今みたいにいろんな時間つぶしのツールがないので、結局、男も女も性的な行為にふけるしかない。男同士でセックスしたり、女同士で抱き合ったり、・・・。一般の民衆はそういうわけにはいきません。食べていくのが精いっぱい。昼間っから性行為なんかできません。同性愛者に対する偏見と嫌悪は、聖書に書いてあるんじゃなくて、要するに、国王や貴族たちに対する反感からなのです。

18世紀ごろになると、 ヨーロッパの貴族たちに余裕ができてきます。そういうなかで
精神医学も発達し、そして、男同士の性行為に対してどういう言葉をつけたらいいのか、ということで、最初はウルニングという言葉がつけられたのです。

また、少数者(マイノリティー)というのは多数者(マジョリティー)の反対で、少数者とは決定権がないものたちということで数が多い少ないではないのです。だから、昔は女性を性的少数者、性的マイノリティーと言っていました。

この少数者、多数者という概念も西洋の概念です。
我が国にはモノゴトを二項対立で考える習慣はありません。
我が国はyes-noの思考ではありません。

性同一性障害という疾患名も輸入された言葉です。Gender identity disorderを翻訳した言葉です。一般の人たちに対して、頭文字をとってGidと言ってもなかなか分かってもらないのですが、それで、心の性と身体の性が一致しない性同一性障害という言えば、そうですか、とわかっていもらえる場合がありますが、

わたしたち日本人は日本語でモノを考え、モノを書き、日本で会話します。英語でモノを考え、英語でモノを書き、英語で日常会話などしません。

ところ変われば品変わるのです。国が違えば言葉も違う、文化も違う、宗教も神話も違うのです。英語を日本語に翻訳しても翻訳に過ぎません、100%翻訳できません。

LGBTにしても、性同一性障害にしても、それらは欧米、特に北米西ヨーロッパ文化圏でのお話しです。北米西ヨーロッパはキリスト教文化圏です。日本は非キリスト教文化圏です。

よその国や文化圏のことを、あたかもわがごとのように取り上げても、結局は猿真似にすぎないので、限られた仲間うちでは通用しても、なかなか一般の人々のこころには届きません。
つまり、共感してもらえません。損害賠償ビジネスになったら、それこそ反感を買います。

わたしたちの先祖がどのような道を歩んできたのか、わたしたちの国の歴史や文化をきちんと見直していくことで、この国らしい性の在り方が発見できるのです。

よその文化圏のモノごとや言葉などを、猿真似したところで、滑稽なだけです。

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Posted by tsukuyomi at 23:52 | 性同一性障害あれこれ | この記事のURL
妄想分別することなかれ〜ありのままの、その姿で、出家し、成仏することこそ釈迦の教え〜[2019年10月06日(Sun)]
心には性はありません。身体にも性はありません。もちろん性もありません。なぜなら、こころも身体も性も言葉だからです。言葉はあたまのなかにあるものです。
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たとえば、ほんとう、いろいろな息苦しさがあったり、あるいは自分は戸籍の上では男という記号をもらっているけど、自分は女性として暮らしたいんだ、さまざまな思いがあって、人になかなか相談できなくて、そういうなかで、性同一性障害という言葉で出会うと、その言葉にじぶんを当てはめようとします。

自分の望みの性で生きるには、病院に行って、性同一性障害という診断書を書いてもらって、治療をうけ、外科的な手術をして、外性器を付け替えればいいんだ、ということを知ります。

病院探しも大変です。

そして、いろいろな人たちの体験談を聞いたり、読んだりしても、自分にはなかなか当てはまらないなぁ、と心配になって、悩むことになります。

わたしもそうでしたが、手当たり次第に、その系統の本や当事者のブログ(あとで、ほとんどがデタラメであったり、海外の本から引用したシナリオをそのまま引用したものでした)を調べたり読んだりして、その性同一性障害という現象にどのように自分を当てはめるか、必死で考え、必死で探すのですが、深い霧の中を手探りで歩いているようで、しまいには憂鬱になってしまいます。性同一性障害の人の多くが憂鬱になって、鬱症状を抱えてしまうのは、言葉に自分をなんとか当てはめよう、性同一性障害の定義を満たすようにしようとするから苦しいのであって、周りの人たちがどうのこうのではないのです。

で、要するに、心の性、身体の性、性同一性障害などという言葉にとらわれてしまい、執着してしまって物事の本質が見えなくなってしまうからなのです。

しかし、じつは、さっきも述べたように、心も、身体も、もちろん性もあるものでもなく、ないものでもなく、そういうものにしがみついて、これはわたしのモノなんだと言って、しがみつけるものでもありません。

まして、あるがままの自分でいたいから、と言って性別適合手術までして、身体の一部を改造したりする人もしますが、身体の一部分を作り変えることが、ありのままの自分になるのはありません。

仮に身体の一部を作り変えて女性あるいは男性になって生きることがありのままの自分であるとすると、それは歪んだ考えです。妄想です。

苦しくて切ないだけです。

わたしもあるとき、悩み苦しみましたが、しかし、若いころから比叡山などで修行などをしていたこともあり、わたしの心と身体の性が一致していないことや性同一性障害であることが実は妄想で、その言葉に囚われて執着していたんだということに気がつきました。

たとえば、戸籍上は男なのに、女性として暮らす、あるいは戸籍上は女なのに男性として暮らすことのどこが病気、障害、精神疾患なのでしょう?そのように決めつけることこそが妄想であって、傾倒なのです。あやまった考えです。

じゃあ、トイレや公衆浴場はどうするか、と言ってくる人もいますが、それは別の問題です。
この件については別の機会にお話しします

さて、ものごとにとらわれない、ものごとにとらわれないからこそ心が自由になるのです。心が自由だから行動も自由になるのです。べつに性別適合手術をしたところで、自由になれるわけではありませんし、悩みから解放されることもありません。

最後に、性別適合手術までしてお坊さんになられた方がいらっしゃいますが、このお坊さん、相談受けたら、そんなに悩んでいるのなら、手術をして性別(あくまでも戸籍上の記号)を変えなさい、と相談者を諭すのでしょうか?

ありのままの、その姿で、そのままの姿で出家し、成仏することが本来の仏教の教えだと思います。姿、形を変えなさい、ということをお釈迦さまは言われたことがありません。成仏とは死んでから仏になるのではなく、真実の自分、自分と言う存在の素晴らしさに目覚めるということです。だから、お釈迦様、ブッダを「目覚めた人」と言うのです。

そのためには、いらないものは手放すことなのです。だけど、身体を作り変えなさい、ということではありません。

Posted by tsukuyomi at 11:58 | 性同一性障害あれこれ | この記事のURL
性同一性障害事始め[2019年10月05日(Sat)]
心の性と身体の性が一致しない現象を性同一性障害(性別不合)といい、我が国では精神疾患に位置づけられています。知ってましたか?精神科医など2名以上の意思の診断結果が一致していないといけない、ということも知ってましたか?

この精神疾患名は英語のgender identity disorderの翻訳語なんですね。もとから我が国にあったものではないのです。
196〜70年代にかけて、アメリカのジョンズホプキンス大学病院などで、性別違和を訴える思春期の子どもたちや成人に対して、その治療として外科的な治療をして、実際に効果を上げているというでたらめな情報がアメリカのゴシップ新聞などから我が国にもたらされました。

そして、そのでたらめ情報に加えて、性転換手術を受けるために我が国の若者たちが海外に出かけていることを耳にした我が国の頭のいい精神科医たちが、そういうおいしくてよだれが出そうな話を我が国でもやらなければならないと躍起になって、アメリカでの実態をよく調べることなく、性同一性障害という疾患名を仕立て上げたのです。

しかし、当時の我が国の精神科医たちには、ジェンダーについての知識はほとんどなく、旗振り役の有名なある精神科医は「大学でジェンダーなんか習ったこともなかった。そしてアメリカという国に心と身体の性が一致しない疾患があることを聞いておどろいた」と1997年に我が国で初めて公に性転換手術が行われた後「性同一性障害に学ぶ」という演題の講演で話されています。試行錯誤のまったくわからない状況のなかで、性転換手術まで実施したんですね。後のことは知らないよ、って感じで。じつは、その通りなんですけど。

ところで、ユダヤ・キリスト教文化圏では、異性装や同性愛に対するまなざしは厳しんです。神のご意思に反するものとして、死刑立法にも挙げられているほど。

正常か異常か、男か女か、のように○×式でモノごとを考えるアメリカなのどのユダヤ・キリスト教文化圏の、人たちにとっては、心と身体の性が一致しない人たちは正常ではないから、彼らの思考では異常者ということになります。フランスのジャンヌ・ダルクは戦場で髪を短くして男の人の格好で戦ったという理由でのちに宗教裁判にかけられ処刑されています。

ところが、我が国は、昔から、○×式で、ものゴトは考えることはありませんでした。
聖徳太子は十七条の憲法のなかで、「いろんな人たちがいて、いろいろな思いや考えがあるので、身分の上下や性別、出身地にこだわることなく、みんなでよく話し合って」と言っていますし、いまのアメリカ合衆国が建国されるはるか昔、南北アメリカ大陸にはベルダーシュと呼ばれていた人たちがいました。ベルダーシュとは、男の身体のなかに、男性と女性両方の魂をもっている人たちのことです。いまふうに言えば、トランスジェンダー。主に占いとか祭祀をつかさどっていました。

我が国では、ふたなりと呼ばれる人たちがいて、月の15日を男、残りの15日を女として暮らしている人たちのこととされ、、芸能とか占い、宗教的な仕事をしていたのです。
父イザナギから王権を渡されたアマテラスは女性でした。しかし、父から王権を神授されて、女帝となりました。父から王権を神授されてアマテラスは女性と男性両方の魂、精神を持つ完全体となったのです。

古代、東アジアでは、男の身体あるいは女の身体に、女性あるいは男性の魂両方あることは陰と陽が一体になっている、完全体であるとして信仰の対象とされたのです。

ある文化圏で異常とみなされることが、べつの文化圏ではそうではなく信仰の対象とされる。ところ変われば品変わるということです。だけど、アメリカで流行っていることなら、なんでも確かめずに輸入する我が国の頭のいい精神科医の方々は、そのある文化圏での特殊な事例をわがごとのようによく確かめずもせずに、性同一性障害と翻訳して精神疾患にしてしまったのです。そして、新しい収入源を作ったということ。

だけど、わたしは生まれつき心の性は女性で、身体の性は男性です。わたしは障害なんです、と言わなければまともに暮らせない社会にした問題があります。

実際、ほとんどの人たちは心の性と身体の性が一致しないことを障害だと思っていません。
しかし、あえて障害とするのは、自分勝手にいろんなことを、ありもしないことを妄想するまわりの人たちがうるさいからなのです。

この国は、アメリカなどのユダヤ・キリスト教文化圏の国々とは違って多様な生き方に寛容だったはずなのに、あえて、国会で、首相が多様な人たちに寛容である社会にしようといわなければならないほど、我が国は○×式の一神教的な国になってしまった、ということですね。
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Posted by tsukuyomi at 22:40 | ちひろの活動日誌 | この記事のURL
イベント告知[2019年10月05日(Sat)]
なぜ、活動の停止をしたのか?とよく聞かれる。

はっきりいうと、島根県の行政機関、行政関係者、議会、
そして、島根県民のいい加減さと無理解と偏見に失望したからである。

平成18年には県知事への要望を出し、県下8市の議会には、
性同一性障害の人たちへの配慮をお願いした。

人が変われば、そのようなことは、なかったことにする
というのは行政の慣行なのか?

そういう思い、いらだち、無力感から、一時はやめようと思った。

しかし、維摩経を読んでいて、ハッとした。
天女がシャーリプトラになぜ女人の姿をしているのか、と問われ
それに対して「わたしには誓願によって女人の姿になったのです。女人となって
女人を救済するためです」と答えた。

わたしは自分のまわりに仲間がいる必要はないと思っている。
訪ねてくれば、会って、話をし、
悩むことはないよ、くよくよしなくてもいいよ、と言って、
あとの約束はしない。

わたしの後姿を追って、わたしの歩いた足跡をたどってくれたら
それでいいのだ。

もう一度、活動しようと思ったのは、そういう思いからだ。
<イベント告知>

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Posted by tsukuyomi at 11:38 | ちひろの活動日誌 | この記事のURL
男色事始めにて候(1)[2019年10月04日(Fri)]
古代の日本での、男性の同性愛の発生とか形態、慣行に関する歴史的な記録は、ほとんど残されていません。
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日本は4世紀のなかごろ、統一国家となりますが、
日本のもっとも古い文献である「古事記」は712年に完成していますが、
男性の同性愛に関する記述はほとんどありません。
男性の同性愛に関する記述は10世紀後半まで待たないといけないのです。

中国では、男性同性愛に関する文献は紀元前6世紀にまでさかのぼることができます。
さて、
6〜7世紀にかけて、遣隋使や遣唐使が盛んに派遣されました。
隋・唐といった中華帝国に派遣された遣隋使・遣唐使たちから
隣の大陸の高い文明の数々がもたらされ、、中国の男性同性愛の慣行ももたらされたと考えられます。

日本人は、隋・唐といった古代の中華帝国から「男色」を学んだのです。

中国語の「男色」は北斉朝時代(550〜577)ごろから、男性間のセックスを表す婉曲語として使われるようになりました。
アメリカからもたらされたものではありません。
(6〜7世紀には、LGBTムーブメントの発祥地アメリカという国は影も形もありませんからね)

(「男色(なんしょく)」は“だんしょく”といいません。(古代に日本は漢字を漢音ではなく、呉音で読んでいる。男は漢音では“だん”だが、呉音では“なん”である。)呉音で「男色」はナンセーと発音します。しかし“なんしょく”も“ナンセー”も同じ意味。)

そして、
日本人の多くは男性の同性愛慣行をすこしも脅威だとは考えず、
日本の高い文化のモデルになってきた隣国(中華帝国)と男色を関連付けたのです。
これが文明社会の慣行なのだ、と言って

日本の中国に対する敬意は時代の変化によって異なりますが、
その歴史的遺産の大きさは疑う余地はないでしょう。

この歴史的遺産の一つである男色は、のちに日本では衆道という洗練されたものになっていくのです。

Posted by tsukuyomi at 07:31 | 風姿花伝 | この記事のURL
寺と小作人の共存共栄の崩壊〜GHQの農地改革〜[2019年10月03日(Thu)]
京都府京都市左京区新高倉通にある日蓮本宗総本山の要法寺は、日尊上人によって開かれた寺である。日尊は1308年、諸国を、とくに京都以西を遍歴し、山陰地方などで多くの寺を建て、信者を増やし、民衆を救った。その後、京都山城で現在の要法寺の前身となる法華堂を建立した。
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昭和25年に日蓮本宗を脱退した島根県内の末寺50か寺のほとんどはこの日尊上人が建立した寺である。日蓮本宗を脱退した寺のなかのひとつは私の曽祖父が再興した妙興寺も含まれる。あまり知られていないが、野村克也氏の恩師であり、わたしの祖父の清水義一も戦前妙興寺の副住職をしていた。島根県内の多くの人たちは、そのことをほとんど知らない。
まあ、実際のところ、一般家庭と化した寺の由来など、一般に人たちにはさして興味はないであろう。

さて、日本を占領統治していくなかで、日本をフィリピンのようなキリスト教国にしたかったマッカーサーは、日本の仏教を神道とともに日本人の精神性の象徴として「偶像崇拝の宗教」と蔑み、農地改革によって徹底的に破壊しようとしたと言われている。

こんな話をわたしは父から聞いたことがある、

戦後、農地改革が行われるまで、寺と小作人は共存共栄の関係にあったのだ。寺には寺社領というものがあった。寺社領とは寺院自ら開墾した土地や寄進をうけた土地のことで、奈良時代に定められた墾田永年私財法が戦前まで生きていたのだ。墾田永年私財法のおかげで寺院や神社は自給自足の生活ができていたのだ。妙興寺もたくさんの借家、田畑を持ち、多くの小作人を抱えていたという。

小作人たちは家と田畑を寺から借り受け、採れた農作物の一部や魚を寺に提供した。寺が保持する寺社領のおかげで、僧侶たちは最低限食べることができて、僧侶たちは純粋な精神生活を送ることができたのだ。

戦前まで、僧侶は非生産的な生活をしながらも、托鉢の代わりに寺社領があることで生活基盤が守られて、志の高い僧侶たちが一生懸命修行するシステムがあり、行き場のない人たちのいわゆる救済機関でもあった。

しかし、その基盤は戦後の農地改革によっていっぺんに失われてしまったのだという。

寺社領は、国によって安く買い上げられたというよりも、没収され、小作人に払い下げられ、高い精神性を育てる基盤の喪失と寺社と小作人の共存共栄のシステムが破壊され、救済機関としての機能や檀家制度も衰退していったのだ。

一連の農地改革によって、本山が末寺の面倒見ることが難しくなったこともあり、島根県内の要法寺の末寺50寺は、脱退し、独立した。(その後、島根県内の要法寺末寺50寺は、今度は日蓮宗に加入していくのだが)

さて、食べていくことを考えないといけなくなった僧侶は、なんらかのビジネスをしていかなければいけない。僧侶が俗世間のなかに入り、欲望や煩悩にまみえざるを得なくなった。

志を高く持って、悟りをひらき、衆生を救うどころか、僧侶自身が欲望や煩悩に苦しみ、手放す生き方、無執着の生き方が困難となった。

GHQの農地改革は70年たった今、日本の仏教を破壊し、堕落させてしまったのである。

************************************

信教の自由、それは日本をキリスト教国にするためであり、アメリカのプロテスタントなどの各派キリスト教や新興宗教の日本での布教を無制限にできるようにということなのだ。実際、日本国内でのキリスト教徒は、カトリック、プロテスタントを合わせても3%に満たないが、キリスト教徒もどきの日本人が実に多い。クリスマスやバレンタインデーの時期になると、わけもわからず、私利私欲でキリシタン大名になったものたちのように、にわか信者があちこちから姿を現すのである。その延長線上にLGBTがある。

Posted by tsukuyomi at 23:01 | 風姿花伝 | この記事のURL
男色、女色のへだてはなきものにて候[2019年10月02日(Wed)]

マサチューセッツ州のタフツ大学で日本史の教授を務めるアメリカ人研究者のゲイリー・P・リューヴが書いた「男色の日本史」(原題Male Colors:The construction of Homosexuality in Tokugawa Japan 2002、訳者:藤田真利子)によると、徳川時代のほとんどの男性の性意識は、両性愛だったという。
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リューヴによると、徳川時代の世の中では、男性間同性愛がありふれた標準的な営みであり、両性指向がふつうであったという。男性の同性愛は異性愛と相互に補完しあい、両立する関係であったという。そもそも賢明な日本人は両性愛が当たり前だと心得ていたのである。

井原西鶴は『好色五人女』で、徳川時代の世相を「男色、女色のへだてはなきもの」といい、劇作家近松門左衛門は「男色女色の両道、女若ふたつの恋草」と揶揄した。

徳川時代において、男性はたいがい男女両方を愛するのが当然とされていたのであり、男性同士が、一つ屋根の下で夫婦のように暮らすということまではなかった。

幕末までの日本は、精神分析のフロイトのいう「人間固有のバイセクシュアㇽ(両性愛)」をのびのびと発展させた稀有な社会だったのである。

女郎好き若衆をいやがり、若衆女郎をそしる
平賀源内

Posted by tsukuyomi at 22:42 | この記事のURL
しらす国のこと[2019年10月01日(Tue)]

一人ひとりの人権を大切にしようね、
人権とは大事なものだよ、とよく言われる。
わたしもよく使う。

だけど、そもそも、人権って、なんですか?と聞かれて答えに窮する

さて、そもそも「人権って、なんですか」

天賦人権説ということを聞いたことがありますか?
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すべての人は生まれながらに自由かつ平等で、幸福を追求する権利をもっているという「自然権」思想からきているのです。ジャン=ジャック・ルソーなどの18世紀の啓蒙思想家たちにより主張されました。もともと、啓蒙思想とは、聖書や神学といった中世のキリスト教の権威を離れ、理性による知によって世界を把握しようとするヨーロッパにおける思想運動です。

その啓蒙思想は、のちにアメリカ独立宣言やフランス人権宣言で具体化されるのです。

日本には、永久に犯すことができないとする自然権の思想から、自由と平等が強調され、明治初期に欧米から輸入されました。
乱暴な言い方をすると、人権=天賦人権説というのは、18世紀にヨーロッパで起こった啓蒙思想を明治維新のときに無理やり、強引にキリスト教徒の少ない日本に持ち込まれた西洋の概念なのです。

日本語と英語。同じではありません。
a thought in whichthe all peoples should have the a right to liberty and equality.訳すと、「すべての人が当然持つべき自由と平等の権利=天賦人権説。Riberty(リバティー)はfreedomとは異なり様々な闘いや運動を通じて手に入れた自由、つまり人工的な自由という意味です。日本語の自由とは概念が異なります。昔からある自由は仏教の言葉で、「何事にもとらわれない」という意味で使われていました。Freedomは自然発生的な自由ということです。

Equalityとは平等、対等の意味で、たとえばracial equality(人種平等)とかthe equality of the sexes(男女の平等)。Equalityとは神の下の平等という概念ですが、いっぽう、平等はもともと仏教の言葉で、法の下の平等のことです。法は法律のことではなく、あるがままの真理ということです。あるがままの真理とは、すべての人に平等に生老病死があって、生きることは苦である、諸行無常である、ということです。
日本語と英語のもともとの概念が異なります。
だから、多くの日本人に、わかるわけがありません。

そもそも、ヨーロッパの民衆が、何に対して闘って勝ち得た自由なのかというと絶対的な権限を持つ王、国家権力から勝ち得た自由であり、平等・対等なのです。人権とは対国家権力なのです。

18世紀の絶対王政化の政治体制下のヨーロッパにおける国家権力と民衆の闘争の末、勝ち取った自由と平等が、libertyとequalityなのです。

日本では、民衆が国に対して一斉に自由と平等を求めて、ヨーロッパのように蜂起していません。

古事記によると、アマテラスは国譲りの際、オオクニヌシに「汝ウシハクこの国はシラス国だ」と告げています。

「うしはく」とは戦うことによって国を作ればその国は個人の所有物になるという、つまり独裁の国。出雲の国は独裁国家だったのです。しらすとは天皇が国を知るという意味です。古代の日本では知るとは一体化するということだったのです。

つまり、しらす国とは情報を公開し、みんなで話し合いモノゴトを決めましょう、ということ。人はそれぞれ価値観が違う。だから、ひとりでモノゴトを決めてはいけない。そして、みんなで決めたことを後で天皇が詔というかたちで発表したのです。

天皇が国と一体化した国、それによって国民全員が「おおみたから」とされた国、おおみたからとは「百姓あるいは人民」と書きます。百とは「多様な」という意味です。民衆が宝である国、これを古い言葉で「知らす国」というのです。

18世紀にヨーロッパで啓蒙思想が広まり、生まれながらに持っている自然権という天賦人権説が確立し、それが、アメリカの独立、フランス革命で具体化されるよりもずっと前、古事記の時代から、しらす国日本では、多様な人たちが、多様な考えや生き方をし、欧米感覚でいう人権があったのかもしれませんね、

それは
多様な人たちが暮らす島国だからこそ、どうしたら、いろいろな人たちが、たのしく、仲良く暮らせるか、みんなで知恵を磨いたのでしょう。

余計なことは言わない、
相手の嫌がることはしない、

これなんでしょうね、

Posted by tsukuyomi at 23:53 | この記事のURL
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