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四季折々の雑記

 05年夏まで在籍したマスコミの世界は極力、主観を排した客観報道を原則とした。しかし真の意味で「客観」を実現するのは報道の現場に限らず難しい。ブログと言うには程遠いが、忘れない程度に自分の想い、時に意見をささやかに書いていくつもりです。


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冷え込む日中関係の中で [2014年11月28日(Fri)]
冷静で多様な意見こそ将来の財産
冷え込む日中関係の陰で


 中国・北京のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で実現した安倍晋三首相と習近平国家主席の初の首脳会談で習国家主席が見せた不愛想な表情がひとしきり話題となった。日本国民は不快感を覚え、国際社会も慣行を無視した会議主催国の態度に「?」を付けた。

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団体戦で優勝した洛陽外国語学院チーム

 二人の相性が悪かった可能性もあるが、安倍首相を「危険な軍国主義者」などと批判して会談を拒否してきた習国家主席としては、「気が進まないが会談」であることを最大限、国民向けに演出する必要があったのだろう。

各種調査で「嫌中」、「反日」ばかりが目立ち極限まで冷え込んだ日中関係も、尽きるところは、こうした政治の現実が集積した結果であろう。しかし言論NPOが9月に公表した日中共同世論調査結果で日本人の8割、中国人の7割は現状を「望ましくない」、「改善が必要」と指摘した。政治とは別に冷静な意見が存在するのも間違いのない現実である。

▼盛り上がる高倉健さん追悼
 
11月下旬、北京を訪れ、俳優・高倉健さんの訃報に対する異例とも言える追悼報道や22、23の両日、北京大学で開催された日本知識クイズ大会での日本に対する中国の若者の強い関心を見るにつけ、あらためてそんな思いを強くした。
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2日間にわたって予選、決勝を行った

 高倉さんの訃報は11月18日、国営テレビが速報し、テレビが追悼番組を組んだほか、10ページ近い大特集を組んだ新聞もあり、中国版ツイッターには「友情を持って中国に接した」、「神様のような男性だった」などの書き込みが溢れ、中国外交部の報道官も記者会見で「日中の文化交流に重要な貢献をした」と死を悼んだ。

 1970年代に大ヒットした高倉さん主演の「君よ憤怒の河を渡れ」は文化大革命後、中国で初めて公開された外国映画。高倉さんは改革開放初期世代のアイドル的存在となり、当時、この映画を見た人は「女性にとっても男性にとっても理想の人物像だった」と語り、APやAFPの北京電もこうした中国の反応を驚きを持って伝えた。

▼日本知識大会に89大学参加

 一方、クイズ大会は1999年から中国の大学への日本図書寄贈プロジャクトに取り組んでいる「日本科学協会」(大島美恵子会長)が中国青年報社などの協賛を得て各大学と共催しており正式名称は笹川杯全国大学日本知識大会。10回目に当たる今回は、これまで最多の89大学が参加、日本の歴史や地理、文化、芸能など幅広い分野の知識を争った。

 日本の森林率や皇族の選挙権など難問が多く、図書寄贈プロジェクトで最多の36万冊の寄贈を受け、5000人が日本語を学ぶ旧満州・遼寧省の大連外国語大学では、学内にクイズ大会に備えた研究会もある。学生にとって日本知識を身に付けることは、大連に進出している日本企業に就職する近道でもあるようだ。

 大会を見学した韓国・延世大学の金基正、金世振両教授も「韓国でこうした大会を実施するのは難しい」としながらも、“知日家”を育てるには「Good Ideaだ」と企画に関心を示した。会場の学生からも「政治とは別に若い世代で民間交流を進めたい」、「小さい時からアニメを通じて日本に親しみを持っている」、「友好こそ互いの国の利益になる」など前向きの声が多く聞かれた。

 中国には全体で約2300を超す4年制以上の本科大学と3年制以下の専科大学があり、506大学に日本語学科が設けられており、24万人が日本語を専攻する。専門学校や課外活動も含めると日本語を学ぶ若者は世界でも断トツの約68万人に上る。

 現在の大学生は1990年代に強化された反日愛国教育の影響を色濃く受ける。国と国の関係が政治・外交の大きな影響を受けるのは、どの時代も同じで、グローバル化がその動きを加速している。

そうした中で両国関係を冷静に見つめる多様な意見、もちろん日本にもそうした目線を持った若者は多数いる。こうした“財産”をじっくり育てていく以外、両国の友好に道を拓く方法はないのではないかー。北京を訪れ、そんな思いを強くした。(了)
産経前支局長に起訴を想う [2014年10月15日(Wed)]
「日本だから起訴は許される」?
理解に苦しむソウル前支局長在宅起訴


 産経新聞の前ソウル支局長が同社のウェブサイトに掲載したコラムで朴槿恵・韓国大統領の名誉を毀損したとして10月8日、情報通信網法違反の罪でソウル中央地検から在宅起訴された。「報道の自由の侵害」とする国際社会の反発など、どう見ても失う部分が大きく、大統領や大統領府、さらには韓国の検察当局にどのような判断があったのか、理解に苦しむ。問題点は多岐にわたるが、この一点に絞り感想を述べたい。

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ススキの彼方に初冠雪した富士山がかすんで見えた(於:中央高速・双葉SA)

情報通信網法の内容を把握していないが、名誉棄損罪の扱いは日韓でかなり違うようだ。日本の場合は親告罪であり、本人の告訴がなければ公訴を提起できない。本人の意思と無関係に訴追した場合、本人の名誉が一層、傷つく事態が起こり得るのと、告訴の有無にかかわらず起訴可能となれば名誉棄損罪そのものが恣意的に運用される危険性が出てくるーなどを考慮した結果と思われる。

これに対し韓国では第3者の告発でも捜査・起訴は可能で、今回も市民団体の告発を受ける形で捜査が始まった。もちろん本人の意に反した起訴は難しく、朴大統領が「処罰を望まない」と意思表示すれば起訴はなかったと思われるが、結果を見れば、そうした事実はなかったことになる。

名誉棄損でまず問題となるのは記事の公益性。コラムは前支局長が、セウォル号転覆事故当日(4月16日)の朴槿恵大統領の“空白の7時間”について、朝鮮日報に掲載されたコラムを引用する形で日本の読者向けに日本語で書いた。

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安曇野の道の駅では見事な菊の鉢植えが店頭に並んでいた

大統領は国民投票で選ばれた公人であり、国のリーダーとして大きな権限を持つ。その判断・言動はその国の明日を左右し、その分、プライバシーも制約される。日本の新聞が、首相の動静を分刻みで掲載するのも、こうした判断だ。まして今回は大事故の当日、どのような経過で大統領に報告が上がり、それによって事態がどう動いたのか、大惨事を解明する焦点の一つであり、記事には当然、公益性がある。

加えて国際社会は近年、名誉棄損の処罰規定を規制・廃止する方向にある。起訴に踏み切れば内外から強い反発・批判が出ることは、大統領府や検察当局も十分、想定していたはずだ。しかし結果を見ると、この点をどう判断したのか、現在もはっきりしない。

「政治的案件であり、起訴するかどうかの判断は検察の手を離れた」、「韓国の検察当局が大統領のメンツを立てる政治的判断をした」といった一連の報道を見ると、起訴は大統領本人あるいは大統領府の強い意向と見るのが自然のようでもある。

この場合、日本新聞協会や日本ペンクラブ、日本政府、さらには国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)、韓国に取材拠点を多く「ソウル外信記者クラブ」の批判は当然、想定内として、国連や米国政府が「報道の自由を尊重する側に立つ」として韓国政府に批判的立場をとるのも冷静に考えれば予想できたはずだ。

表現・報道の自由は民主主義社会の基本的価値であり、もともと大統領の個人的名誉と同列に論ずる性格のものではないからだ。当の韓国国内からも「名誉棄損を免責する流れに逆行する」、「時代的錯誤による世論統制の試み」、「国際的恥辱」といった厳しい反応が出ている。これも、ある意味、予想の範囲内だったと思う。

韓国には「大統領に対する冒涜」を「大統領を選んだ国民に対する冒涜」と捉える意見があると聞く。確かに自国のリーダーが外国から悪く言われるのは気分がいいものではない。しかし、そうした考えは結局、政権に対する国内批判の封じ込めを正当化する危険性を持つ。

日韓関係は冷え込む中、前支局長起訴の背後に「相手が日本だから許される」といった読みがあったとすれば、日韓双方にとってこれ以上の “不幸”はない。そろそろ冷静に話し合う時ではないかー。あらためて、そんな思いを強くする。(了)
揺れる朝日 誤報の取り消しと撤回 [2014年09月15日(Mon)]
やはり重い朝日の責任

訂正の遅れ―世論の分裂と右傾化招く


8月5、6日の慰安婦報道検証記事の掲載以降、激しい批判にさらされていた朝日新聞社が9月11日、新たに福島原発事故に関連して政府事故調査・検証委員会が故吉田昌郎・第一原発所長に対し行った聴取結果書(吉田調書)に関する記事も撤回し、木村伊量社長が謝罪した。メディアは普段、社会の問題点を指摘し、私人、公人、法人を問わず厳しく批判する。しかし逆に受け身になった場合は、極めて弱い。それは筆者が在籍した共同通信をはじめマスコミ各社に間違いなく共通する。それにしても今回の“朝日の混乱”は度を越しているのではないかー。

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20数年振りのソウルの街並みは大きく変わっていた

双方の記事の問題点はともかく、一連の流れを見て際立つのは、一貫性のなさというか、振幅の大きさだ。慰安婦報道の検証では「慰安婦を強制連行した」とする故吉田清治氏の証言(以下、吉田証言)を取り消したが、この証言が韓国による日本攻撃を加速させ、日本が世界の批判を招くきっかけとなったのは間違いない。20年以上放置し、「虚偽」であったとして関係記事16本を取り消すとしながら、具体的にどの記事か明らかにせず、謝罪も釈明もしないのでは通らない。

強い批判が当然、予想され、事前にあらゆる事態を想定し、可能な限り備えるのがリスクマネージメントのイロハであり、朝日の関係者は当然そんなことは知っている。そうでなくとも過去の報道を取り消すのは、自らに“死を宣言”するに等しく、関係者内部で激しい議論が戦わされたはずである。しかし、検証記事を掲載した8月5、6両日から、しばらくの対応を見ていると、そうした気配は不思議なほど感じられない。

検証作業は事の性格上、「少数のトップグループ」により進められたと想像され、遅すぎたとはいえ、検証実施・公表を決めた木村社長の決断は評価されていい。しかし週刊誌の広告掲載拒否、批判記事を載せた他紙や雑誌への抗議、池上彰氏の連載コラム「新聞ななめ読み」の掲載見送りなど当初の強気の対応と、一転して抗議取り下げ、謝罪、コラム掲載と続いたその後の対応は、あまりに振幅が大きすぎる。内部に大きな意見割れがあったことをうかがわせる。

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いつの間にかベランダには秋の花が

世論の反発を過小に評価していた可能性もある。撤回された吉田調書に関する「誤報」も、かつて英紙タイムズが「フクシマの50人」としてメルトダウンに立ち向かう勇気と責任感が讃えた原発所員が、「9割が命令に違反して撤退した」との誤報されたことで一転して「恥ずべき物語」(英紙タイムズ)、「日本版セウォル号」(ソウル新聞)と非難される結果となった。「朝日は日本を貶めた」とする批判と怒りが噴出したのは自然の成り行きと言っていい。

個人的な感想を言えば、一連の誤報の背景には、朝日の恣意というより、民主国家の報道原則である「客観報道」、「権力を監視・チェックするのがメディアの役割」といった気負い、さらには先の大戦の反省から、戦争や軍隊だけでなく、ともすれば「国益」といった言葉や「戦前」をすべて否定的にとらえる戦後マスコミの風潮もあるようにも思う。

客観報道を例にとれば、読者に客観的事実を提供し、その是非、さらには何が真実なのか、最終的な判断を読者に委ねるのを原則とする。しかし事件や事故、政局、外交にしろ、今回のような報告書にしろ、膨大な事実・データのうち、どの部分を中心に伝えるか、その選択は記者の判断で行われる。客観報道というものの現実には主観が記事を大きく左右する。

撤回された吉田調書の報道では、記者に反原発の意識が多分にあり、これが調書の読み取りを狂わせた可能性もあるが、記事に盛り込む事実を選択する過程で、記者には記事をより面白く、見出しを少しでも大きくしたい、という意識が働く。それが“優秀な記者”の尺度にもなっている。

乱暴に言えば同じ事案について結論・イメージが正反対の記事を作るのも可能で、仮に「記事に問題あり」とされた場合も、数字や固有名詞など明らかな事実に反する場合は別として、メディアが容易に訂正に応じないのも、こうした点にある。訂正は当然、「真実の報道」を看板に掲げるメディアの信用低下にもつながる。まして今回のような記事の取り消し、撤回は“自らの死”を招く恐れすらある。この辺りにも朝日の対応が遅れた一因があり、半面、朝日のような事態に落ち込む危険性は、どの社にも内在している。

最後に記事内容に関し、ひと言。慰安婦問題に関し朝日は吉田証言取り消し後も「慰安婦問題は消すことのできない歴史的事実」としている。個人的にその点は異存がない。しかし、朝日が吉田証言を取り上げ、長期間、放置したことで、本来どの戦争でも存在したであろう慰安婦問題が、こと日本に関する限り、国の関与という際立った悪質性を帯びることになり、慰安婦像が建設される結果にもなっている。

筆者はもともと慰安婦問題が戦争に伴う「女性の悲劇」、「女性の人権に対する侵害」である以上、それを防ぐためには戦争を防止するしかなく、先の大戦を起こし、平和憲法を持つ日本には、その先頭に立つ責任と資格がある、と考えてきた。しかし朝日の慰安婦報道により議論が「国の関与」の有無に特化され、これを巡る対立がともすれば世論の分裂、右傾化を引き起こし、本来あるべき議論が片隅に追いやられる結果になったのは残念でならない。その意味でも吉田証言の取り消しを長く怠った朝日の責任はやはり重いと言わざるを得ない。(了)
日本の現状を憂う [2014年08月16日(Sat)]
すべき反論を為さない危険性
不要なナショナリズムを高揚させる


 69回目の終戦記念日を迎えた。世界は今、イスラム世界での紛争多発、ウクライナ領クリミアの編入に伴うロシアと欧米の対立など緊張が高まり、日本を取り巻く情勢も中国、韓国による歴史認識批判・攻撃が激しさを増している。

 
 世界に国境があり、民族、宗教、文化の違いがある限り、争いはなくならない。国が国としての求心力、まとまりを維持するためには緊張が欠かせず、それ故に政治家は平和よりも対立を演出することで自らの存在感を維持しようとするのかもしれない。

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赤坂から見た東京の夕暮れ ビルの左横にかすかに富士山が見えた

 中国、韓国の日本攻撃を見ていると、そんな気もする。安倍政権の集団的自衛権を「軍国主義の復活」、「右傾化の象徴」と批判するが、平和慣れしたこの国の国民、若者には安倍首相がどう笛を吹こうと、軍国主義を歓迎するような覚悟、気力はなく、そんなことは両国とも知っている。日本批判は多分に国内向けなのだ。

もちろん国際社会は非武装中立を唱えれば、「平和」が保たれるほど甘くはない。集団的自衛権など一連の動きも、安全保障に関し、せめて普通の国並みの“体裁”を整えたい、といった希望の現われと見た方が理解しやすく、現実にもそれ以上の意味は持たない。

それにしても、この国の戦後の“引きこもり現象”は戦前に対する反省なのか、それとも自信喪失なのかー。敗戦国として当然“けじめ”を付けるべき一連の戦後処理の不徹底も、一方的で根拠のない日本批判に対し為すべき反論をなし得ないのも、ともに自信のなさからくる不作為ではないのかー。

そんな思いで毎日フォーラム8月号の「視点」欄に「残された戦後処理を徹底し、国の尊厳と発言力を守れ」の一文を投稿した。国家の尊厳は、為すべき責任を果たし、すべき反論を毅然と行うことで初めて確立される。そうでなければ中国や韓国の日本攻撃はいたずらに加速し、結果、不要なナショナリズムが高揚するばかりか、周辺国との未来志向の関係も築けない、といった内容。以下が全文、一読いただけると幸いだ。

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比残留二世の国籍取得

残された戦後処理を徹底し国の尊厳と発言力を守れ


歴史問題に対する中国、韓国の対日攻撃が激しさを増し、「南京事件で30万人が虐殺された」、「20万人が従軍慰安婦として強制連行された」など“歴史的根拠が希薄な事実”が一人歩きしている。共闘体制を加速させる中韓両国に対する反発と、有効な反論をなし得ていない日本政府に対する不満が、国民のナショナリズムを高揚させる結果にもなっている。

なぜ、このような事態になったのか。中国、韓国の日本批判にくみするつもりは毛頭ないが、戦後70年近く経った現在も徹底を欠くこの国の戦後処理に一因があるような気がしてならない。8月5日、父親の手掛かりを求め7人が来日したフィリッピン残留二世の国籍問題を中心に現状を振り返る。

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戦後処理に関し、ここ二十数年間で目を引く動きが二つあった。一つは台湾人元日本兵に対する補償問題。政府は1987年、「台湾住民である戦没者遺族等に関する法律」を制定し、日本の軍人・軍属として戦没、あるいは戦傷病者となった台湾住民、遺族に対し1人200万円の弔慰金を支払った。もう一つは旧ソ連軍によるシベリア強制抑留問題。戦後65年も経た10年、「戦後強制抑留者に係る問題に関する特別措置法」(シベリア特措法)がまとまり抑留された元日本兵らに対する補償にようやく手が付けられた。

いずれも元日本兵らが損害賠償などを求めた訴訟の判決で、東京高裁や京都地裁が請求を退ける一方で国に然るべき対応を促したのを受け、法律が制定され補償の道が開かれた。行政の対応には、根拠となる法律の存在が欠かせない。比残留二世と同様、戦争の混乱で肉親と離れ離れになった中国残留孤児も、家庭裁判所の許可を得て新たに戸籍を作る就籍手続きで日本国籍の取得を進めているが、法の有無が双方の現状に大きな差を生じさせる一因となっている。

中国残留孤児の場合は74年、日中国交回復の高まりを受け、日中両国政府が早期解決に向け口上書を交わし、円滑な帰国の促進や永住帰国後の自立支援などを内容とする「中国残留邦人支援法」など三つの法律を整備した。これを受け家庭裁判所も中国政府作成の名簿に登載された孤児の就籍に前向きに取り組み、既に約1300人が日本国籍を取得している。

対する比残留二世。日本政府が初めて実態調査に乗り出したのは終戦からほぼ半世紀経った93年。フィリピン日系人会などの協力で調査を進めた結果、全体で約3000人、うち900人は父親の身元が分からず日本国籍を取得できないまま無国籍状態にあり、500人近くが既に故人となっていた。

長らく“忘れられた存在”であり、就籍による国籍取得も04年のスタートと大幅に遅れた。数年 前、国籍取得を支援する日本財団やフィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)の関係者と現地を訪れ、日系人会の幹部と話すうち「われわれは半世紀以上も棄民だった。何故だ」と問われ絶句した思い出がある。

フィリピン日系移民は1903年、道路建設に従事する契約労働者として3000人近い日本人が移住したのが始まり。第二次世界大戦直前には約3万人がフィリピンに住み、ミンダナオ島の港町ダバオには東洋最大、2万人の日本人町も形成され、多くが現地の女性と結婚し地域社会にも溶け込んでいた。

しかし41年の大戦勃発とともに軍人、軍属として応召され、戦死、あるいは捕虜として収容―強制送還され、二世は母とともに現地に取り残された。日本の敗戦が濃厚となる中、「敵国人の子」としてゲリラの襲撃対象となり、逃避行の中で父とのつながりを示す写真や出生証明書、両親の結婚証明書を自ら捨てた。教育を受ける機会もなく、今も多くの二世が極貧生活を余儀なくされている。

これまでに計209人が東京家裁に就籍の申し立てを行い、121人が認められた。現在、31人が係争中。PNLSCによると未把握の残留二世も含め、今後さらに300人近くが申し立てを行う見通しという。

就籍を促進するには、中国残留孤児と同様、法を整備し、司法が前向きに取り組める環境をつくるのが最も現実的だ。新法の整備や中国残留邦人支援法など関連法を一部改正して残留二世を新たな対象に加えるよう求める声が強く出されているが、実現していない。

満蒙開拓団など国策によって中国に渡り両親とも日本人である中国残留孤児と、個人の意思で移民した日本人男性の子である比残留2世は違う、といった指摘もある。しかし当時の国籍法は日本、フィリピンとも父系主義を採っており、日本人を父に持つ残留二世は当然、日本国籍を取得する権利を持ち、理のない指摘である。

日本―フィリピンの国交が56年に正常化しているのを受け「残留2世は自己意思で現地に残った」といった声もある。逃亡生活など過酷な環境を生き抜いてきた残留二世の厳しい現実を知らない無責任な見解と言うしかない。

同様の「自己意思残留」は、終戦直後、共産軍との内戦を前に国民党軍閥の働き掛けで約2500人が現地に残された山西省残留日本兵の恩給訴訟でも見られた。国は、既に戦争が終わっていたことを理由に「現地に残ったのは自己意思」と主張し、最終的に請求棄却の判決が確定したが、旧日本軍の鉄の規律からも国民党軍への参加が上官の“命令”であったのは容易に推察できる。時に“逃亡兵”の汚名さえ着せられた元日本兵の無念は察するに余りある。

日本の戦後処理対策は一義的に厚生省(現厚生労働省)の援護局に行った。かつて司法、厚生省記者クラブで戦後補償関連の訴訟や援護行政を取材した体験を踏まえれば、戦後処理という重大なテーマを前に、国は少なくとも「省」単位の大きな組織を立ち上げ、明確な対処方針を決めた上で総合的、体系的に取り組む姿勢が必要ではなかったかと思う。

台湾人元日本兵の補償ひとつ取っても、52年の日華平和条約で元日本兵は日本国籍を喪失しており、「受け身」の姿勢で処理するのは難しい。大局に立った国の判断こそ不可欠であった。軍人、軍属ら240万人が戦地に散り、半数弱の113万人分が未収用状態にある遺骨収集について最近、あらためて新法をつくり、「国の責務」で10年間かけ、集中的な取り組みを目指す動きが出ている。戦後処理は今もなお、途上にある。

比残留2世に関してもフィリピン政府が近年、父親が日本人と確認された2世に対する認証証書の発行に踏み切っている。日本政府もこうした動きを受け、前向きに対応するべきである。そうすれば就籍の審判にも弾みがつき、「日本人の証」を手にすることなく故人となった残留2世の名誉回復にもつながる。

 
今回来日した残留2世は男性5人、女性2人。この春、鹿児島出身の父の身元が判明し就籍が認められた男性1人を除く6人は父親の手掛かりを求める一方、東京家裁での調査官面接に臨む。年齢は平均73・3歳。日本国籍の取得は、時間との戦いでもある。

国の名によって行われた戦争の被害は国の名で救済されなければならない。それが国の求心力、尊厳を守り、国際社会に対し必要な主張を毅然行う姿勢にもつながる。(了)
文楽の保存に思う [2014年07月27日(Sun)]

古き芸能」と見るのは“食べず嫌い”か
 迫力満点の人形浄瑠璃文楽


過日、大阪の国立文楽劇場で文楽を見た。佐渡の人形芝居や淡路人形浄瑠璃を観た記憶はあるが、人形浄瑠璃文楽を直に観るのはこれが初めてのような気がする。演目は近松門左衛門作の世話物「女殺油地獄」。太夫と三味線、人形が一体となった“迫力”に圧倒され、“古き伝統芸能”と軽く考えてきたのは「食べず嫌い」だったかもしれないと考えさせられる思いがした。

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大阪城天守閣

劇場で舞い求めたハンドブックなどによると、文楽は太夫の語りと三味線、人形遣いの3業が心を合わせてひとつの舞台をつくる総合芸術で、江戸時代に大阪で生まれた。世界各国に伝わる人形劇の中でも極めて高い芸術性を持ち、2009年にはユネスコの世界無形文化遺産にも登録された。しかし近年、観客数が伸び悩み、橋下徹・大阪市長が公益財団法人文楽協会に対する補助金の見直しを打ち出すなど厳しい経営環境に直面しているーなどと解説されている。

訪れた日は国立文楽劇場開場30周年を記念した特別公演中で、午前は親子劇場、午後は名作劇場と銘打って西遊記や平家女護島などが上演され、女殺油地獄は午後6時開演のサマーレイトショーに組まれていた。全4段、途中15分の休憩を挟み2時間を超えた。

まず意外だったのは舞台の大きさ。昔見たテレビ中継の影響か、舞台も人形ももっと小型なイメージを持っていたが、ともに大きく、例えば三人遣いの人形が5体、登場すれば計15人が舞台で同時に演じることになるが、手狭な感じは全くなかった。200席程度でないと後方の観客には舞台がよく見えない、といった思いもあったが、753席ある国立文楽劇場の最後尾でも特段の支障はないようだった。

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堀も立派

次に義太夫。太くて低い三味線の音色と一体となった太夫の語りはテンポも速く迫力がある。開演に先立ち劇場1階の資料展示室で見た床本は江戸時代の言葉が毛筆で記され、義太夫を聞いても、どこまで意味が分かるか、疑問を感じたが、公演では舞台上段に字幕が表示されていたほかイヤホンガイドサービスもあり、これらを利用すれば中学生にも十分理解できると感じられた。

次いで人形。劇場でもらった冊子の座談会で桐竹勘十郎氏は「人間に出来て人形に出来ない動きはありません」と言い切っているが、人形の首(かしら)と右手を動かす主遣い、左手を担当する左遣い、足を動かす足遣いが一体となった動きは驚くほど滑らかで絶妙。演目の女殺油地獄の「豊島屋油店の段」では、河内屋の「与兵衛」が借金の申し入れを断った油屋のおかみ「お吉」を脇差で殺害するクライマックスシーンでは、二つの人形が血と油の中で激しく争う姿が迫力満点に演じられ目を見張った。

娯楽の多様化が能や狂言、文楽が苦境に立つ一因といわれるが、文楽の面白さは現代も十分通用する、とうのが率直な感想だ。古典芸能といった思い込みが強すぎ、観客が遠のいた結果、文楽そのものが”奥の院”に入り込み、観客がさらに減る悪循環に陥っているのではないか。後継者育成のための研修制度が実効を上げつつあるほか、驚いたことに漫才などと同様、新作も盛んに作られており、「古典」というより、現在もなお”大衆芸能”と位置付けた方が文楽の将来に発展性があるような気がする。

今回は、アドバイザーをしている日本財団が、ささやかでも何か支援できないか具体策を検討するということで、担当者に同行し劇場を訪れた。文楽は300年間、民に支えられ、庶民の娯楽として生き抜いてきた。今後も民の力で後世に伝えていく必要がある。誰もが気さくに楽しんだ本来の姿を確認できるような場の設営など、アイデアはいろいろあるような気がする(了)
中国の今 [2014年06月26日(Thu)]
習国家主席はどこまで権力を掌握しているのか?
疑問ばかりが膨らむ中国情勢


 最近、仕事の関係もあって、中国関係の記事を読んだり中国を訪問する機会が増えた。結果、この国がますます分からなくなってきている。

 ひとつはこの国の権力構造。議会制民主主義、議院内閣制の日本では、国会の多数を制した勢力の代表が内閣を組織し首相となる。選挙に伴う勢力の変化、世論の支持率の低下で政権基盤は流動し、ここ数代では最も安定している安倍晋三首相にしても、長期政権が担保されているわけではない。

 これに対し中国は国名に「人民共和国」の名を冠しているものの共産党の独裁国家である。中国共産党中央委員会総書記、国家主席、中央軍事委員会主席を兼務する習近平氏は党、国家、軍のトップにあり、5年間の任期が保障されている。近代国家のリーダーというより、歴代王朝の皇帝をイメージした方が分かりやすい。

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国宝彦根城の堀

 それでは習国家主席は中国政府の政策をどこまで自分で決めているのか。そのあたりは分からない。例えば外交政策。中国は尖閣諸島に限らず南シナ海のスカボロー礁(黄岩島)、パラセル諸島(西砂)でも領有権をめぐりフィリピン、ベトナムと激しく争っており、パラセル諸島では中国の国有企業が5月、石油の掘削作業を開始、抗議するベトナム船に中国船が体当たりや放水を繰り返すなど衝突が続いている。

 カンボジアなど一部を除き周辺のASEAN各国は中国に反発を強め、中国政府でも李克強首相らは強硬路線に消極的とされるが、一方で保守派や軍の強硬派が習主席を突き上げている、との報道もあり真相は不明だ。

 傍から見れば、ここまで世界の反発を受けながら、石油の掘削作業を強行するだけの価値があるのか、といった疑問もある。13億人を超す人口を抱える中国にとってエネルギーの確保が重要問題であるのは分かるが、ベトナムと軍事的にも睨み合ったままの掘削作業はコスト面からも割に合うと思えず、当然、別の狙いが込められていると思われる。

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見事な城壁

 習主席が使う言葉に「中華民族の偉大な復興という中国の夢」がある。周辺国を中華の“属国”とする王朝時代の朝貢外交が念頭にあるのかもしれない。最もこの場合、中国は軍事的な力だけではなく、政治的にも文化的にも尊敬され一目置かれる存在でなければならない。

 このあたりを日本との関係で見ると、どうなるか。日本には、唐王朝時代がピークだろうか、中国文化にあこがれ、評価する精神的土壌が今もある。日中国交回復後の中国ブームも、このあたりが受け皿になっていた。戦争という過去の負い目が中国批判を極力控える力になっていた面もある。
 

 こうした点は中国も当然、理解している。「戦争の責任は当時の日本軍部にあり日本人民は無関係」とする日本人民無罪論も、多分にこれを意識した対日融和策であろう。歴史認識や尖閣諸島問題で激しい日本攻撃を展開する現在の中国政府の姿勢は、正反対と言ってもいい。

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前方の小山に石田三成で知られる佐和山城があった
 

 結果、日本では「嫌中」、「反中」が90%に上る異常状態となり、ナショナリズムが高揚する結果になっている。中国が敵視する安倍首相の人気も、かなりの部分を中国の対日強硬策によって支えられている。繰り返えせば、中国には織り込み済みの結果であるはずで、そうなると「中国の偉大な復興」とは何なのか、中国に異を唱える国を力で屈服させる覇権外交がその本質なのか、再び新たな疑問が出てくる。

 尖閣諸島海域での不測の事態回避に向け5月、笹川平和財団と北京大学国際関係学院が東京で開催したシンポジウムで中国側座長の朱鋒・北京大学教授はこうした点について@
この30年間の中国の発展は早すぎ、現在は乗り物酔いの状態にあるAナショナリズムの高揚で外国には強硬と見える対応も、中国国民には弱腰に映り、政府もそうした民意に縛られているB中国は陸と海で多くの国に接し、どう調整していくか模索している段階。日本は成熟した国になったが中国はまだ18歳ぐらいーなどと語った。

 多分にリップサービスもあろうが、そのまま読めば、中国国内の動きは決して一枚岩ではなく、揺れ動いている状態、ということになる。そうなると習国家主席がどこまで権力を掌握しているのか、再び冒頭の疑問に行き着き、事態は一層分からなくなる。(了)
中韓めぐる思い [2014年05月29日(Thu)]
元寇、朝貢外交とは何か
透けて見える華夷思想


最近、Net上の2つの記事に興味を持った。ひとつは中国共産党の機関紙・人民日報系の環球時報が掲載した笹川陽平日本財団会長のインタビュー記事に対しネット上に寄せられた「声」、もうひとつは韓国・朝鮮日報の日本語サイトに掲載された同社政治部次長の「中国の朝貢論と日本の嫌韓論」と題するコラムだ。

▼夫婦の関係

環球時報のインタビューで笹川会長は「日本と中国は今後どう付き合うべきか」との問いに「数千年に及ぶ日中交流の歴史の中で緊張関係にあったのは2、3度。元寇で中国は日本を攻撃し、日本も中国の人たちに大きな傷を与えました」、「(長い歴史で見れば)日本と中国のような友好的な隣国関係はとても珍しい」とするとともに「日本と中国は夫婦の関係。夫婦げんかは仲直りできます」との見解を披露している。

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新緑の伊勢神宮

発言はネットに掲載され、「Record China」は「中国のネットが猛反発している」として「先に米国に浮気したのは日本じゃないか」、「夫婦のようだって? 即離婚だ。話し合う余地なし!」、「日中友好? なら伺いますが、日本人はこの言葉を信じているのでしょうか?」などの意見を紹介、元寇に関しては「モンゴル人が統治していた元朝で、漢民族は第2次大戦時よりもっとひどく虐げられていたはずだ」、「漢民族の多くは、モンゴル人に支配され家を失い迫害を受けた。日本が現在の中国に対し元寇を持ち出すのは筋違い」との反論も寄せられている。

元軍の編成は1274年の文永の役がモンゴル(元)と高麗軍、1281年の弘安の役が元に滅ぼされた南宋の降軍を含めた連合軍とされるが、攻撃を受けた日本から見れば、どちらも中国に王朝をたてた「元」の軍隊に変わりはなく、被害者と加害者の感覚の違いということか。付言すれば、10世紀以降に限っても中国には「遼」や「元」、「清」といった征服王朝があったが、「明」に滅ぼされ草原に去った元を除けば、どの征服民族も圧倒的な数の漢民族に飲み込まれ同化しており区別は難しい。

島国に住む日本人にとって “大陸の興亡”は言葉で理解できても、自らの歴史と重ね合わせて実感できない部分がある。習近平政権が掲げる「中華民族の偉大な復興」についても同じことが言えるのではないか。ネット上の書き込みを見ながら、そんな思いがした。

▼宗主国対属国の関係

一方、朝鮮日報のコラムの筆者はぺ・ソンギュ政治部次長。コラムによると、朝貢外交の話が出たのは、韓中両国の政府関係者による定期交流行事の席で、中国の当局者が韓国政府の関係者に対し「朝貢外交に戻ったらどうか」と探りを入れる発言をしたという。「昨年、中国の一部学者が主張し始めた『朝貢外交復活論』を中国の当局者が口にしたのは初めて」とも記している。

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東大寺の偉容

その上でコラムは「公式な発言ではないとしても、当局者が口にする言葉としてはあまりにも不適切。中国が伝統的な韓米日3ヵ国の協力体制を壊すために躍起になっているという意味でもあり、周辺国との外交戦略に『中華的覇権主義』が見え隠れしていることを示す証拠でもある」と不快感を表明。中国への輸出が韓国の輸出全体の25%を占めるなど中国への経済依存度が高まり、北朝鮮の核問題など安全保障戦略でも中国の影響力が高まっている現状から、「北朝鮮情勢が急変し、親中派政権が発足した場合には統一がより困難になり、韓半島(朝鮮半島)全体が中国の辺境の地になり下がる危険がある」とも指摘している。

朝貢は中国の皇帝が朝貢をしてきた周辺諸国の君主に官号や爵位を与えて君臣関係を結びその統治を認める制度(冊封)。双方の関係は宗主国対属国といった従属的な関係となる。日本も遣隋使や遣唐使の時代はそうであり、朝鮮半島は古代からこの制度に組み込まれていた。

中国を世界の中心とする「中華思想」、あるいは他民族を低く見る「華夷思想」の現れであり、中国政府の当局者が韓国政府の当局者に“属国となるよう”求めたとすれば驚くしかないが、中国に傾斜する朴槿恵・韓国大統領の最近の姿を見ると、なんとなく納得できる部分がないわけではない。

例えば今年1月、中国黒竜江省のハルビン駅に完成した安重根の記念館。1909年、同駅で初代韓国統監伊藤博文を暗殺した安重根に関しては朴大統領が昨年6月、中国の習近平国家主席に祈念碑の建設に協力を求め、習主席が「碑を祈念館に格上げする形」でこれに応えた。

韓国の対中接近はそのまま中国の対日攻撃の強化、さらに日米韓3ヶ国の関係にくさびを打ち込む結果となり、記念碑の建設は、中国への傾斜という朴大統領の“朝貢”に対する習主席の精一杯の“答礼”のようにも見える。第一義的には韓国民がどう考えるかの問題だが、もう少し今後の動きを見守りたい。

このほかコラムは「日本で高まる嫌韓論が日本の一般国民の韓国に対する認識を急速に否定的なものにしている」、「韓米関係にも悪影響を与えている」としているが、実態は逆ではないかー。筆者に言わせれば、韓流ブームなどで盛り上がりを見せていた「親韓」ムードに水を差し「嫌韓」に拍車を掛けているのは、慰安婦問題などを通じた韓国の執拗で感情的、時には根拠を欠く対日批判に、より大きな原因がある。結果、日本でも「偏狭なナショナリズムの高揚」という好ましくない現象が起きている。

こういう言い方をすれば当然、反論もあろう。ただし現在のような冷え込んだ関係が日本にとっても中韓両国にとっても利益がないことははっきりしている。誰もが、そろそろ冷静になるべき時ではないかー。(了)
雲南省に援蒋ルートを見る [2014年04月21日(Mon)]
拉孟、騰越両守備隊の悲劇
国家に共通する危うさ


 過日、中国出張の途中でミャンマー国境地帯にある雲南省の「拉孟(ラモウ)」を訪れる機会があった。第2次大戦中、「援蒋ルート」遮断のため旧日本軍がこの地と北東約60`の「騰越(トウエツ)」に配置した守備隊は1944年9月、圧倒的な国民党軍と米軍の前に玉砕した。跡地は昨年夏に訪れた中ロ国境近くの黒龍江省「虎頭要塞」と同様、歴史教育施設としての整備が進んでいた。

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拉孟陣地の跡に展示される当時の写真

 先の大戦は戦後70年を経た現在、中国・韓国の「反日外交」の切り札になりつつあり、今後、日本を背負って立つ世代にも「大きな負の遺産」として重く圧し掛かる。「国のため」に戦い散った兵士にとって、これほどの無念はなく、中国全土からASEAN(東南アジア諸国連合)にまで延び切った戦跡を訪れるにつけ、いかなる理由・経過があったにせよ”無謀な戦略”、”無謀な戦争”であったとの思いを禁じ得ない。国家の利益、威信とは何なのかー。近年、「中華民族の偉大な復興」を掲げ、覇権主義とも見える強硬策をひた走る中国・習近平政権に対しても、何か共通する危うさを感じる。

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マルコ・ポーロも立ち寄った大理の町

 援蒋ルートは、対英米戦開始後、日本が仏領インドシナなど欧米の植民地を相次いで占領する中、連合国側にとって中国国民党の対日抗戦力をいかに維持・拡大させるかが急務となり、当時、重慶にあった蒋介石政権の臨時首都に支援物資を送るために設けられた。Wikipediaなどによると、香港や当時仏領だったベトナム・ハイフォン港を経由するルートなど複数のルートがあったようだが、拉孟に関係するのは当時、英国の植民地だったビルマ(現ミャンマー)ルート。兵器工場などが集中する後方基地・昆明(雲南省の省都)に大量の軍需品やガソリンが送り込まれた。

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池に映える唐・宋時代の崇聖寺三塔

 これに対し日本軍は1942年5月、ルートの要である拉孟、騰越に守備隊を置き、補給阻止に乗り出した。うち拉孟陣地は現地で「松山」と呼ばれる標高約2000bの山頂にあり、1991年から保存が進められ、2年前に地元政府が歴史施設として大幅改修した。日本とよく似た気候の中、木製の階段を登り切ると、谷を隔てた正面に大きな山があり、ガイド役の少女は「中腹の山肌を細く走るのが援蒋ルート。陣地からの距離は7・9`」と説明してくれた。右手にはミャンマーを経てマルダバン湾に至る大河サルウィン河(中国名・怒川)が鈍く光って見えた。

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伊豆・大室山に似た火山観光ー名前も「大室山」だった

 
陣地跡には激しい銃弾で幹が大きく傷ついた老木や兵士が掘った壕、さらに国民党軍が地下トンネルを掘って爆破した司令部跡などなどが残され、ところどころに米軍の従軍カメラマンが撮影した当時の現場写真と説明板が用意されている。


 英米軍を中心とした連合国側は援蒋ルートの回復に向け、蒋介石指揮下の精鋭部隊を鍛え上げ、質・量とも最強の「雲南遠征軍」20万人を組織、1943年から拉孟、騰越両地区に対する攻撃を強化し、44年春前後には、それぞれ約5万人の兵力で総攻撃を開始した。対する日本軍守備隊は拉孟、騰越ともピーク時の半分の約1300人、うち300人は傷病兵だった。火器、弾薬も乏しく、周囲に城壁がめぐらされた城郭都市・騰越では壮烈な市街戦も行われたが、同9月には2,3人の連絡員を残し全滅した、とされている。


 訪れた拉孟陣地跡では観光客の姿も見られ、ガイドの少女は「愛国教育が強化され見学客も年間6万にふえた。でも外国人はほとんど見ない。日本人に関しては案内しないよう上から指示されている」と語った。

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大理・洱海(じかい)沿岸の街並み、琵琶湖と姉妹湖という

中国共産党はこの戦争に参加しておらず、後に内戦を戦った国民党の“手柄”でもある一連の戦いについて触れるのを避けてきた経過があるが、その後、台湾に移った国民党が近年、台湾独立を目指す民進党と対立する立場にあることもあって、歴史教育でも取り上げるようになったようだ。同行した中国関係者も「共産党と国民党の思惑が一致した結果かもしれない。いずれにしても中国の歴史教育の中での新しい動きだ」としている。(了)
歴史問題 中韓の攻撃を前に [2014年03月30日(Sun)]
速に相手のペースに乗るな
冷静な対応で世界の支持を!


 安倍晋三首相と朴槿恵韓国大統領の初会談が3月25日、日韓関係の悪化を懸念するオバマ米大統領が仲介・同席する形でようやく実現した。場所は核安全保障サミットが開催されたオランダ・ハーグの米大使公邸。オバマ大統領を真ん中に日韓のトップが両側に並んだTVニュ―スの画面を見る限り、韓国語で「お会いできてうれしい」と語りかける安倍首相に対し、朴大統領は視線も合わさず、最後まで固い表情を崩さなかった。

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昨年末からのシクラメンの向こうにサクラが開花した

 メディアの論調の多くは日韓和解、両国首脳会談に向けた第一歩といった論調が多いが、果たしてどうか。オバマ大統領の顔を立てる点では一致していても、当の2人にそうした気配はない。朴大統領は成果の当てがない首脳会談に一貫して消極的だったし、安倍首相も「ドアはいつでも開いている」との言葉とは裏腹に、朴大統領との会談に左程の意義を感じているようには見えなかった。

 そもそも三国首脳会談における朴大統領の表情の固さは何を意味しているのか。「会談に出席したのは本意にあらず」と韓国国民に伝えるのが狙いなのか、それとも反日で異例の共闘を組む中国の習近平国家主席への配慮か、あるいはオバマ大統領がセットした会談そのものに対する不満の表明か、よく分からない。

 現在の日韓に、双方の本音を伝え合うパイプはないようだ。朴大統領には、躍進する韓国の基礎を築きながら“親日体質”が今も問題にされる父・朴正煕元大統領の娘として“反日”は崩せない一線といった事情もあろう。自ら煽ってきた反日の高まりに縛られ、対日軟化に舵を切るのが難しいといった状況があるかもしれない。

 加えて米中両国との関係。朴大統領は「日米韓」による安全保障より「米中韓」の枠組を重視しているように見える。この場合、米、中のどちらに重きを置いているのか。昨年6月の習国家書記との会談で要請した中国黒龍江省・ハルビン駅への安重根記念碑建設(13年8月21付け本ブログ「中国は当面“沈黙”か」参照)は今年1月、記念碑よりも規模の大きな記念館として完成。3国首脳会談2日前の会談では、「私が建設を指示した」と語る習国家主席と反日共闘の強化を確認し合ったと報道されている。

 1909年、ハルビン駅で伊藤博文・初代韓国統監を殺害した安重根の記念碑について地元政府関係者は、「党中央が決める問題」としながらも、日中関係への悪影響や要人テロの賛美につながりかねない碑の性格からも「認められる可能性は極めて低い」との見解を示していた。記念館建設を指示した習政権の対日姿勢は、かつての江沢民政権と同様、日本人が考えているよりはるかに強硬と見るのが正しいようだ。

韓国を取り込むことで日米韓の結束を崩し、日本を孤立させることが、中国の覇権につながるといった読みであろう。背景には中国を世界の中心とする伝統的な華夷思想もある。共産主義と資本主義という体制の違いを韓国がどう乗り越えるか、中国と朝鮮半島の長い歴史をみるまでもなく複雑な問題が付きまとう。

朴大統領の中国接近は、こうした点も織り込んだ上での決断であろう。習政権は今後も朴政権に秋波を送り、誇り高い韓国国民がこれにどう反応するか、北朝鮮との関係もあり、見通せない部分が多いが、少なくとも中韓両国の日本攻撃が今後、一層激しさを増すのは間違いなかろう。

である以上、日本は両国との拙速な関係改善を求めるのではなく、言うべきは言い、反論すべきは反論し、中韓両国以外の国々の理解と支持を得るよう努力する以外に道はない。中韓両国の日本攻撃を加速させる結果になった靖国参拝はともかく、安倍首相の言う「積極的平和主義」も平和に慣れ切ったこの国の現状からいえば、“軍国主義の復活”、“右傾化”といった批判には程遠く、”普通の国“を目指す以上の意味はない。

中韓両国は「日本は戦後の国際秩序を破壊しようとしている」と批判する。これに対し日本は「軍事的に膨張する中国こそ、法の正義が支配する国際秩序を崩そうとしている」と反論、世界の大勢はむしろ中国に対する警戒感の方が強くなりつつある。

最近、中国で評判になった老兵東雷氏もブログ「現代日本を怪物化した対日外交は失敗」で「平和憲法に洗脳され、平和な環境の中で私権や自由を享受している日本人がどうやって軍国主義に向かうのか」と指摘している。

中韓両国の攻撃に対し、日本でも最近、無用な過激なナショナリズムの高揚が見られる。“売り言葉に買い言葉”で相手のペースに巻き込まれることなく、冷静に対応していく姿勢こそ世界の支持につながる。(了)

ソチ五輪に思う [2014年02月26日(Wed)]
語り継がれる「真央」の名
沙羅は“小休止”して羽ばたけ


ソチ冬季五輪が閉幕した。スピードスケートでメダルを独占するオランダへの驚きや相変わらず分かりにくい判定競技の在り方など、テレビ中継を見ているだけでも様々な思いがあった。中でも印象が残った浅田真央(23)、高梨沙羅(17)両選手について素人の感想を記す。

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朝陽に輝く妙高

▼浅田真央

団体戦だけでなく個人のショートプログラム(SP)ですべてのジャンプを失敗、呆然とした姿に多くの人が翌日の演技は無理ではないかと感じた。しかしフリーでは逆に代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を含め6種類の3回転ジャンプをすべて成功させ、その涙に多くの人が感動した。浅田真央はメダル以上の“価値ある何か”を手にし、その名は長く語り継がれよう。

そんな姿に1972年、札幌冬季五輪で「銀番の妖精」と呼ばれ、世界を魅了したジャネット・リンを思い出した。本番で尻餅をつき、優勝候補と言われながら3位に終わったが、終始、笑顔で金髪をなびかせながら軽やかに滑る姿に世界が賛辞を贈った。ジャネット・リンの名は記憶していても、金メダリスト、銀メダリストの名を記憶する人はほとんどいないと思う。浅田真央に寄せられた感動はこれに勝るとも劣らない。

ただし女子フィギュアについては、これほどジャンプにこだわる必要があるのか、かねて疑問に思う。浅田真央はフリーでトリプルアクセルを2度跳ぶ決意を示し、最終的にコーチの説得で1回になったと報道されている。失敗すれば大きな減点につながるトリプルアクセルを「跳べるのは自分しかいない」とこだわり、果敢に挑戦する姿勢は称賛されていい。

しかし、ジャンプの加点が大きければ大きいほど、採点競技の宿命として、その技は高難度になる。フィギュアスケート、特に女子の魅力はその演技の美しさにある。ジャンプのすごさがすべてではない。滑らかなステップやスピンの美しさこそ重視されるべきである。ジャンプの高さや回転数ばかりが重視されたのでは、アクロバット性ばかりが強まり、この競技が持つ本来の美しさを失いかねない。暴論かもしれないが素人としての率直な感想である。

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妙高の青い空

▼高梨沙羅

正直言って日本選手団で金メダルの可能性が一番高いのは彼女だと思っていた。多くの人の思いも同じだと思う。ただし個人としては、ワールドカップのシーズン最多勝記録を更新するなど圧倒的な強さを誇った高梨沙羅が、昨年末から年明けにかけ優勝を逃すケースが何度かあり、連戦の疲労が蓄積しているのではないか、そんな不安を感じていた。

結果的に4位に終わったのは単に「世界にはそれだけ強い選手がたくさんいた」ということかもしれないし、報道されているように「ソチのジャンプ台が高梨に合わなかった」、「追い風が吹く不運に見舞われた」などの不利が重なったのかもしれない。五輪独特の重圧もあっただろう。

しかし、それでもなお連戦による疲労蓄積にあえて敗因を求めたい。同様の疑問は夏の五輪でもしばしば感じる。選手のコンディションが本番前にピークを迎え肝心の本番で持てる力を十分に発揮できない、本番に向けたコンディション作りに問題があるのではないか、ということだ。だから高梨沙羅にも、五輪を目前にした1月には一呼吸を置いて気力、体力を一新し、その上で本番に臨んでほしいと思っていた。

報道を見ると、高梨は五輪帰国後、早くも2月22日から始まった第69回国体冬季スキー競技会「やまがた樹氷国体」のジャンプ競技でテストジャンプ(試技)を披露している。出場は本人の希望かもしれないし,ウインタースポーツ本番、出ざるを得ない事情があるのかもしれない。

高梨沙羅は多感な17歳、これからの選手である。その才能を末永く活かし、さらに大きく羽ばたくためにも、まずは彼女なりにソチ五輪を総括し、少なくとも精神的には小休止してリニューアル、オーバーホールしてほしいと思う。それが世界のノルディックスキー・ジャンプの第一人者である高梨沙羅の大成につながる。(了)
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