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四季折々の雑記

 05年夏まで在籍したマスコミの世界は極力、主観を排した客観報道を原則とした。しかし真の意味で「客観」を実現するのは報道の現場に限らず難しい。ブログと言うには程遠いが、忘れない程度に自分の想い、時に意見をささやかに書いていくつもりです。


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歴史問題 中韓の攻撃を前に [2014年03月30日(Sun)]
速に相手のペースに乗るな
冷静な対応で世界の支持を!


 安倍晋三首相と朴槿恵韓国大統領の初会談が3月25日、日韓関係の悪化を懸念するオバマ米大統領が仲介・同席する形でようやく実現した。場所は核安全保障サミットが開催されたオランダ・ハーグの米大使公邸。オバマ大統領を真ん中に日韓のトップが両側に並んだTVニュ―スの画面を見る限り、韓国語で「お会いできてうれしい」と語りかける安倍首相に対し、朴大統領は視線も合わさず、最後まで固い表情を崩さなかった。

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昨年末からのシクラメンの向こうにサクラが開花した

 メディアの論調の多くは日韓和解、両国首脳会談に向けた第一歩といった論調が多いが、果たしてどうか。オバマ大統領の顔を立てる点では一致していても、当の2人にそうした気配はない。朴大統領は成果の当てがない首脳会談に一貫して消極的だったし、安倍首相も「ドアはいつでも開いている」との言葉とは裏腹に、朴大統領との会談に左程の意義を感じているようには見えなかった。

 そもそも三国首脳会談における朴大統領の表情の固さは何を意味しているのか。「会談に出席したのは本意にあらず」と韓国国民に伝えるのが狙いなのか、それとも反日で異例の共闘を組む中国の習近平国家主席への配慮か、あるいはオバマ大統領がセットした会談そのものに対する不満の表明か、よく分からない。

 現在の日韓に、双方の本音を伝え合うパイプはないようだ。朴大統領には、躍進する韓国の基礎を築きながら“親日体質”が今も問題にされる父・朴正煕元大統領の娘として“反日”は崩せない一線といった事情もあろう。自ら煽ってきた反日の高まりに縛られ、対日軟化に舵を切るのが難しいといった状況があるかもしれない。

 加えて米中両国との関係。朴大統領は「日米韓」による安全保障より「米中韓」の枠組を重視しているように見える。この場合、米、中のどちらに重きを置いているのか。昨年6月の習国家書記との会談で要請した中国黒龍江省・ハルビン駅への安重根記念碑建設(13年8月21付け本ブログ「中国は当面“沈黙”か」参照)は今年1月、記念碑よりも規模の大きな記念館として完成。3国首脳会談2日前の会談では、「私が建設を指示した」と語る習国家主席と反日共闘の強化を確認し合ったと報道されている。

 1909年、ハルビン駅で伊藤博文・初代韓国統監を殺害した安重根の記念碑について地元政府関係者は、「党中央が決める問題」としながらも、日中関係への悪影響や要人テロの賛美につながりかねない碑の性格からも「認められる可能性は極めて低い」との見解を示していた。記念館建設を指示した習政権の対日姿勢は、かつての江沢民政権と同様、日本人が考えているよりはるかに強硬と見るのが正しいようだ。

韓国を取り込むことで日米韓の結束を崩し、日本を孤立させることが、中国の覇権につながるといった読みであろう。背景には中国を世界の中心とする伝統的な華夷思想もある。共産主義と資本主義という体制の違いを韓国がどう乗り越えるか、中国と朝鮮半島の長い歴史をみるまでもなく複雑な問題が付きまとう。

朴大統領の中国接近は、こうした点も織り込んだ上での決断であろう。習政権は今後も朴政権に秋波を送り、誇り高い韓国国民がこれにどう反応するか、北朝鮮との関係もあり、見通せない部分が多いが、少なくとも中韓両国の日本攻撃が今後、一層激しさを増すのは間違いなかろう。

である以上、日本は両国との拙速な関係改善を求めるのではなく、言うべきは言い、反論すべきは反論し、中韓両国以外の国々の理解と支持を得るよう努力する以外に道はない。中韓両国の日本攻撃を加速させる結果になった靖国参拝はともかく、安倍首相の言う「積極的平和主義」も平和に慣れ切ったこの国の現状からいえば、“軍国主義の復活”、“右傾化”といった批判には程遠く、”普通の国“を目指す以上の意味はない。

中韓両国は「日本は戦後の国際秩序を破壊しようとしている」と批判する。これに対し日本は「軍事的に膨張する中国こそ、法の正義が支配する国際秩序を崩そうとしている」と反論、世界の大勢はむしろ中国に対する警戒感の方が強くなりつつある。

最近、中国で評判になった老兵東雷氏もブログ「現代日本を怪物化した対日外交は失敗」で「平和憲法に洗脳され、平和な環境の中で私権や自由を享受している日本人がどうやって軍国主義に向かうのか」と指摘している。

中韓両国の攻撃に対し、日本でも最近、無用な過激なナショナリズムの高揚が見られる。“売り言葉に買い言葉”で相手のペースに巻き込まれることなく、冷静に対応していく姿勢こそ世界の支持につながる。(了)

ソチ五輪に思う [2014年02月26日(Wed)]
語り継がれる「真央」の名
沙羅は“小休止”して羽ばたけ


ソチ冬季五輪が閉幕した。スピードスケートでメダルを独占するオランダへの驚きや相変わらず分かりにくい判定競技の在り方など、テレビ中継を見ているだけでも様々な思いがあった。中でも印象が残った浅田真央(23)、高梨沙羅(17)両選手について素人の感想を記す。

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朝陽に輝く妙高

▼浅田真央

団体戦だけでなく個人のショートプログラム(SP)ですべてのジャンプを失敗、呆然とした姿に多くの人が翌日の演技は無理ではないかと感じた。しかしフリーでは逆に代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を含め6種類の3回転ジャンプをすべて成功させ、その涙に多くの人が感動した。浅田真央はメダル以上の“価値ある何か”を手にし、その名は長く語り継がれよう。

そんな姿に1972年、札幌冬季五輪で「銀番の妖精」と呼ばれ、世界を魅了したジャネット・リンを思い出した。本番で尻餅をつき、優勝候補と言われながら3位に終わったが、終始、笑顔で金髪をなびかせながら軽やかに滑る姿に世界が賛辞を贈った。ジャネット・リンの名は記憶していても、金メダリスト、銀メダリストの名を記憶する人はほとんどいないと思う。浅田真央に寄せられた感動はこれに勝るとも劣らない。

ただし女子フィギュアについては、これほどジャンプにこだわる必要があるのか、かねて疑問に思う。浅田真央はフリーでトリプルアクセルを2度跳ぶ決意を示し、最終的にコーチの説得で1回になったと報道されている。失敗すれば大きな減点につながるトリプルアクセルを「跳べるのは自分しかいない」とこだわり、果敢に挑戦する姿勢は称賛されていい。

しかし、ジャンプの加点が大きければ大きいほど、採点競技の宿命として、その技は高難度になる。フィギュアスケート、特に女子の魅力はその演技の美しさにある。ジャンプのすごさがすべてではない。滑らかなステップやスピンの美しさこそ重視されるべきである。ジャンプの高さや回転数ばかりが重視されたのでは、アクロバット性ばかりが強まり、この競技が持つ本来の美しさを失いかねない。暴論かもしれないが素人としての率直な感想である。

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妙高の青い空

▼高梨沙羅

正直言って日本選手団で金メダルの可能性が一番高いのは彼女だと思っていた。多くの人の思いも同じだと思う。ただし個人としては、ワールドカップのシーズン最多勝記録を更新するなど圧倒的な強さを誇った高梨沙羅が、昨年末から年明けにかけ優勝を逃すケースが何度かあり、連戦の疲労が蓄積しているのではないか、そんな不安を感じていた。

結果的に4位に終わったのは単に「世界にはそれだけ強い選手がたくさんいた」ということかもしれないし、報道されているように「ソチのジャンプ台が高梨に合わなかった」、「追い風が吹く不運に見舞われた」などの不利が重なったのかもしれない。五輪独特の重圧もあっただろう。

しかし、それでもなお連戦による疲労蓄積にあえて敗因を求めたい。同様の疑問は夏の五輪でもしばしば感じる。選手のコンディションが本番前にピークを迎え肝心の本番で持てる力を十分に発揮できない、本番に向けたコンディション作りに問題があるのではないか、ということだ。だから高梨沙羅にも、五輪を目前にした1月には一呼吸を置いて気力、体力を一新し、その上で本番に臨んでほしいと思っていた。

報道を見ると、高梨は五輪帰国後、早くも2月22日から始まった第69回国体冬季スキー競技会「やまがた樹氷国体」のジャンプ競技でテストジャンプ(試技)を披露している。出場は本人の希望かもしれないし,ウインタースポーツ本番、出ざるを得ない事情があるのかもしれない。

高梨沙羅は多感な17歳、これからの選手である。その才能を末永く活かし、さらに大きく羽ばたくためにも、まずは彼女なりにソチ五輪を総括し、少なくとも精神的には小休止してリニューアル、オーバーホールしてほしいと思う。それが世界のノルディックスキー・ジャンプの第一人者である高梨沙羅の大成につながる。(了)
消費税増税に思う [2014年01月29日(Wed)]
負担増に正面から向き合う勇気
破たん寸前の国家財政、直視を


4月から消費税が現行の5%から8%に上がる。70歳を目前に生産現場から遠ざかりつつある身としては “ささやかでも参加できる社会貢献”として賛成する。ただし増税をめぐる議論が、増収分の使途に偏っている点には異論がある。3%増税により約4兆5000億円の増収となるが、それでも来年度予算の赤字国債発行額は41兆円に上り、財務省見通しでは2014年度末の国の借金は1140兆円、国民一人当たり900万円に膨らむ。増税を機に何よりも議論すべきは破綻寸前の国家財政の現状であるはずだ。

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ビルの谷間に束の間の虹が見えた
(2013年11月、東京・虎ノ門で)

昨年末、閣議決定された来年度予算案の一般会計は過去最大の98兆9000億円。税収は景気回復と消費税増税により13年度当初予算より7兆円多い50兆円が見込まれ、新規に発行される赤字国債と建設国債は1兆6000億円減る。それでも総額で41兆円、公債依存度は43%に上り、14年度の国債の償還・利払い費は23兆円、歳出の約4分の1を占める。

家計に例えれば、月収50万円の家庭が1億円もの借金を抱え、月23万円を借金返済に充てる一方で、新たに41万円を借り99万円の生活を送ることになる。収入の2倍に当たる生活は本来あり得ない。にも関わらず、それを続けてきた結果、日本の債務残高(借金)は税収の23年分、GDP(国内総生産)の2倍を突破。何故、財政破綻しないのか、専門家が「世界の7不思議のひとつ」に数える異常な事態に陥っている。

この理由としては@わが国の消費税がひとケタ台で20%を超す欧米に比べ余力があるA国内の国債消化率が90%を超え、海外が60〜40%に上るギリシャ、イタリアなどに比べ安定しているーなどが挙げられている。

しかし消費税1%で得られる税収は約1兆5000億円、来年10月に予定通り10%に引き上げられたとして税収増は7兆5千億円にとどまる。財政の健全性を示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)も来年度予算は18兆円の赤字で、専門家の試算では消費税を30%に引き上げて初めて財政の健全化が可能になるという。

さらに国内で国債を消化する現状を何時まで維持できるか。支えとなる家計金融資産は1400兆円前後と推計されているが、うち200兆円は住宅ローンなどの負債。債務残高がこれを超えれば、金融機関の国際購買力はなくなる。その分、海外資金への依存度が高まればギリシャなどと同様、金融不安が高まる。中国が大量に買えば、日中間の新たな波乱要因にもなる。さらに厄介なのが景気回復と国債の利回りの関係。景気が上昇した場合、税収も増えるが、国財政に疎い筆者には正直、見当もつかない。

しかし「入」を増やし「出」を減らさない限り、財政の健全化はあり得ないことは間違いない。消費税のさらなる引き上げなど増税と、社会保障、医療費などサービスの縮小・削減である。誰も歓迎しないのは分かるが、それができない以上、この国の財政破綻は避けられない。

われわれの社会は高齢化に伴う社会保障費や医療費の伸びに合わせ、これを賄うだけの税を徴収する必要があったのに、赤字国債という借金に依存して、増税や社会保障の切り下げを見送ってきた結果、現在の窮地を招いた。誰にも「支払った税金に見合ったサービスは受けていない」といった不満があると思うが、財政の現状を見る限り、「負担を超えるサービスを受けてきた」のが現実である。

もちろん国や自治体の無駄を見直す必要もあろう。支出の増大が高齢化による対象者の増加にあり、サービス内容が強化された訳ではない。「縮小されれば生きていけない」といった批判もあろう。そうした中で何よりも必要なのは、財政の現状を説明した上で、負担増とサービスの削減を求める勇気である。とりわけ選挙用を意識するあまり、耳当たりのいい公約を乱発してきた政治家には、ポピュリズムと決別してもらう必要がある。

少子高齢化が進む日本は今後、15〜64歳の人口が減少し、ただでさえ生産年齢人口一人当たりの負担は増える。そんな中で1000兆円も超える付けを子ども世代・孫世代に負わせることが許されるのかー。乱暴かもしれないが、負担が着実に増える未来に正面から向き合う姿勢こそ必要である。(了)
歴史認識 [2014年01月14日(Tue)]
“内向きの時代は終わった”
積極的な発言こそ国を守る


日本の歴史認識に対する欧米各国の目線が厳しくなっている。安倍晋三首相の「戦後レジームからの脱却」に対する警戒感があるのかもしれない。しかし一番の原因は中国、韓国との情報戦に大きな後れを取っている点にある。内向きの時代は終わった。前回触れた安倍首相の靖国参拝も、結果だけを見れば中韓両国に日本攻撃の口実を与える“オウンゴール”のような気がするが、日本の考えを内外に伝えようとする積極的な姿勢そのものは評価したい。

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新春の霞が関


欧米の主要メディアの中には安倍首相を「ナショナリスト」、「歴史を美化する修正主義者」と批判する向きがある。戦後レジームからの脱却を、第2次大戦後、連合国側が作った国際秩序に対する挑戦と見る警戒感の表れとみていい。A級戦犯が合祀されているのを理由に、首相の靖国参拝を「日本の戦前回帰」、「軍国主義の肯定」とする批判も同じ流れにある。

中韓両国の日本攻撃には戦後の国際秩序、即ち第2次大戦での「戦勝国―敗戦国」の図式の維持を訴える限り、連合国メンバーだった国々は付き合わざるを得ない、といった強かな計算がある。ロシアが中国の呼び掛けを受け、「日本の一部勢力は、第2次大戦の結果をめぐり、世界の共通理解に反する評価をしている」と“遺憾の意”を表明したのも、この一環だ。

しかし仮に誰かが望もうと、日本の戦前への回帰や軍国主義の復活は有り得ない。中国人、韓国人に限らず、日本に来て、直にこの国を見たことのある人なら、そうした批判が程遠い現状を実感しているはずだ。自由と民主主義、豊かさに慣れ、責任・義務感が希薄になったこの国の国民、さらに政治家に軍国主義を鼓吹し、受け入れるような気概や土壌はない。笛吹けど踊らず、である。

しかし内外メディアの報道を見ると、「国家の指導者としての責務を果たした」(産経新聞)、「(靖国問題で)自らを被害者だと位置付ける中韓の主張は一面的な見解だ」(インドネシア・コンパス)といったいくつかの記事を除くと、「日本の右傾化と軍国主義の台頭に関する米国の懸念に決定的に油を注ぐ」、「日本のリスキーなナショナリズム」、「日中韓3国の関係改善を促していた米政府の努力を無にする行為」など概ね、批判・懸念を表明する論調が多数を占めるようだ。
 
中には、「安倍首相が“靖国参拝で中国との関係が悪化すれば尖閣をめぐる緊張が増し、集団自衛権の行使や憲法改正に追い風になる”と考えている」、「安倍首相が日米同盟を試しにかかっている」などと分析した記事も目に付いた。

これらの論調は言葉の上で一理あるとしても、日本の現状を考えれば絵空事でしかない。一度、自由で豊かな社会を知った国が、個人の自由を奪い、国家への奉仕を強制する社会に逆戻りするのは難しい。希望的な観測と言われるかもしれないが、筆者はそう考える。

日本の平和主義はもっと声高に主張されなければならない。中国や韓国が日本を封じ込め、外交上の譲歩を引き出す強力な武器でもある歴史認識問題を止めることは有り得ない。沈黙を守れば、国民の不満が増し、それこそナショナリズムの高揚、右傾化の危険が出てくる。

日本財団の仕事でインドや東南アジア諸国を訪れ、「独立できたのは日本のお陰」といった声とともに、「発言しないから誤解される」、「日本として、もっとメッセージを出すべきだ」といった指摘を何度も受けた。積極的な発言こそ、この国を守る最大の武器である。(了)
首相の靖国参拝に思う [2013年12月29日(Sun)]
「失望」の裏に戦勝国の論理
新たな追悼施設造るしか・・


安倍晋三首相の靖国参拝が大きな反響を呼んでいる。メディアを交え今後もホット議論が続こう。ここでは在日大使館を通じて公式に「失望」を表明した米国との関係に絞って、私見を記しておきたいと思う。

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戦没者を悼むのは国、時代を超え当然の感情であり、どう追悼するかは一重にその国の国内問題であり、本来、他国の干渉は許されない。にもかかわらず首相の靖国参拝が問題となるのは、A級戦犯とされた東条英機元首相ら戦争指導者14人が合祀されている点にある。

1978年、当時の宮司の判断で合祀され、分祀はできないとされているようだが、この点に関しては論ずる知識は持たない。ただし、A級戦犯も合祀されている靖国神社に首相が参拝すれば、“日本の戦争犯罪”を裁いた極東軍事裁判、さらに戦勝国・米国を中心とした戦後の国際秩序との兼ね合いで、日本の国内問題と言い切れない面が出てくる。

戦後の国際秩序は、敗れた枢軸3国を「悪」、勝利した連合国側を「正義」とすることで成り立っている。この点で日本と戦った中国は米国と価値を共有し、米国がいかに戦後の日米同盟を重視しようとも、中国から「A級戦犯が祭られた神社への参拝は侵略戦争を正当化する行為」、「わが国とともに日本軍国主義と戦った米国がそれを見過ごしていいのか」と問われれば無視はできない。中国や韓国が米国に対し執拗なまでに“日本批判”を展開するのも、この点を意識してのことだ。

10月に訪日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、無宗教の国立施設である千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花したのも、選挙で靖国参拝を公約し、第一次政権で靖国参拝を見送ったことを「痛恨の極み」と公言する安倍首相に対し、靖国参拝の見送りを求める米国の精一杯のメッセージだった。

衰えが目立つとは言え引き続き世界のリーダーを自認する米国にとって、安倍首相の靖国参拝は“日本の右傾化に対抗する”として軍事力膨張に奔走する中国に格好の口実を与えるだけでなく、アジア重視政策、とりわけ北朝鮮政策を進める上で重視せざるを得ない韓国との関係を考える上でも、これ以上、亀裂が深刻になるのは好ましくない、といった判断もある。

「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」との声明には、「米国の難しい立場を何故、理解してくれないのか」との思いとともに「日本は敗戦国であることを忘れるべきではない」との警告が込められている。

中国や韓国が対日攻撃の材料として「歴史問題」を捨てることは有り得ない。戦後体制が続く限り、日本の動きを「戦勝国が作った国際秩序に対する挑戦」として封じ込め、外交上の譲歩を引き出すのに、これほど有効な“武器”はないからだ。

以上、日本人の立場から感想を述べた。中韓両国に言わせれば、「侵略戦争を受けた」、「殖民地として支配された」歴史こそ重要であろう。日本で”戦争”が風化すればするほど、両国の反日愛国教育は激しさを増し、結果、双方で危険なナショナリズムが高揚する。

どこかで、この流れに歯止めないと危険である。中韓両国に冷静さと良識を求めるのは当然として、A級戦犯の分祀ができないのなら、わが国にも靖国神社に変わる国立の追悼施設建設など、別の選択肢があってもいいのではないかー。反対、批判は当然あろうが、ほかに有効な提案は思いつかない。(了)
日韓関係を憂慮する [2013年11月19日(Tue)]
韓国大統領に“危うさ”
国民リードする冷静な姿勢こそ


 朴槿恵韓国大統領の日本批判がとどまるところを知らない。韓国を指す言葉として「反日民族主義」という表現があるが、これでは日本側の「嫌韓」も高まるばかり。年明けには戦時中に日本に徴用された韓国人(徴用工)が日本企業に損害賠償を求めた訴訟の最高裁判決もある。

 最高裁では、原告側の請求を認めた高裁判決が維持されるとの見方が強いようだが、日韓間の賠償請求権問題は1965年の日韓基本条約に伴って締結された日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に解決された」と明記され、特に徴用工の補償問題は従軍慰安婦などを協定の対象外とした慮武鉉政権も協定に含まれる、としていた。

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清々しさ増す冬景色の富士

 仮に個人への賠償を命じたソウル高裁、釜山高裁判決が確定し、賠償金支払い、あるいは被告の新日鉄住金、三菱重工業の資産が差し押さえられる事態となれば、悪化した日韓関係を修復するのは不可能に近い。

 日本は日韓請求権・経済協力協定で無償供与3億j、政府借款2億jの経済協力と3億j以上の民間信用供与を行い、現大統領の父親である朴正煕元大統領はこれを基に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を実現した。個人補償はある意味で、鉄道やダムなど社会基盤の整備を何よりも優先させた朴元大統領の施策に対する不満の表明かもしれない。しかし、それはあくまで韓国の内政問題である。

条約や協定が簡単に反故にされるのでは、国と国の関係は成り立たない。そんなことは韓国も承知であろうし、国際的な理解も得られまい。むしろ注目したいのは、それでもなお、「反日」にこだわらざるを得ない韓国側の事情である。

背景に「植民地として韓国国民を凌辱した日本に対しては何を言っても許される」という被害者意識、一貫して続けてきた反日政策を転換するのは世論対策上も困難、さらには経済・軍事大国化が目覚ましい中国と組んだ方が得策といった打算があるのかもしれない。事実、朴大統領の言動には「日米韓」より「米中韓」による東アジアの秩序、つまり“日本はずし”を意識した面も多分に目立つ。

しかし体制の違う両国が、中国が強く意識する華夷秩序の中で、どこまで未来志向の関係を築けるか、傍から見るといささか危うさを感じる。いずれにしても最終的に決めるのは韓国国民である。

むしろ、ここで気になるのは朴大統領の姿勢だ。韓国は近年の経済発展で先進国の仲間入りをした。大統領の職責は、この国を健全に発展させていくことにある。反日民族主義にこだわり過ぎるのは、この国の将来にとって不幸であり、視野が狭すぎるのではないか。国民に反日を煽るより、「世界の韓国」へリードしていく冷静な姿勢こそ国のリーダーに求められる姿である。訪問先の国々で日本批判を展開する朴大統領の姿勢に、権威よりもひ弱さを感じるのは、果たして筆者だけかー。

過去の歴史に起因しているとは言え、手を携えて未来志向の関係を築くべき日本にとっても不幸な事態である。「“親日”の烙印を押されたら、売国奴とまでののしられ一切の発言権を失う」と嘆く韓国の知識人、さらには大統領の行きすぎを指摘するメディアの論調を散見するに連れ、果てしない“泥沼”に落ち込んだ日韓関係を憂慮せざるを得ない。(了)
中国・大気汚染 [2013年10月31日(Thu)]
それにつけても北京の空は!
環境問題に国境なし


 10月中旬の4日間、中国・北京を訪れ、到着した19日にこの街で久し振りに“青い空”を見た。この2年間で7、8回、北京を訪れているが、いつも霧がかかったように薄暗く、梅原龍三郎の「北京秋天」にあるような青く澄みきった秋の空は最早、無縁と思っていただけに、正直、意外でもあった。

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霧にかすむ北京の空

 直前の雨と風で上空に淀んでいた空気が一掃されたのが原因で、たまたま翌日、3万人が出場する北京国際マラソンの開催が予定されていたこともあって、同行の中国人女性も「天の助け」と歓喜の声を上げた。しかし1日ごとに空は明るさを失い、色合いも青から灰色に。帰国した22日朝は霧が掛ったようないつもの光景に変わり、スモッグで光を失った太陽は鈍いオレンジ色、直視しても陽光の眩しさはなかった。

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太陽も光を失い鈍いオレンジ色

 帰国後、事態はさらに深刻に。外電によると27、28両日は大気1平方b当たりの微小粒子状物質「PM2・5」の値が中国の基準値(1立方b当たりの1日平均75マイクログラム=μg)の3倍強を記録、6段階の予報の最悪「厳重注意」となった。

 大気汚染は工場のばい煙、車の排ガス、工場や家庭での石炭燃焼、ほこりなどが複合して発生し、暖房のため石炭消費が増える冬場に最も深刻化するが、今年は早くも10月から深刻な汚染が始まり、黒竜江省の省都ハルビンでは21日、PM2・5が1000μgを突破、観測不能となり、空や鉄道のダイヤが乱れる騒ぎとなった。

 大気汚染はどこまで深刻化するのか。青い空が見えた19日でさえ、ホテルへ帰るとワイシャツの襟は黒く汚れ、鼻の調子も悪い。上空の風が弱く汚染物質が拡散しにくい地形的特徴もあるようだが、かつての日本と同様、環境を二の次にした高度成長策が原因であるのは間違いない。

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この時は比較的遠方まで見えた

 駆け出しの新聞記者だった1970年初頭の3年間、四日市と並ぶ公害の街・川崎で支局記者として公害問題を担当した。気管支ぜんそくの発作で子どもが窒息死するなど大気汚染の悲惨な実態は今も鮮明な記憶として残る。手元に比較データはないが、最近の北京やハルビン、さらにモンゴルの首都ウランバートルの大気汚染の深刻さは、恐らく当時の川崎や四日市の比ではあるまい。当時の川崎で20b先が見えない、などということはなかったし、これでは同行の女性が「もう北京には住めない」と嘆くのも無理はない。

 帰国後、以前からの予定で長野県の八ヶ岳山麓に出掛けた。澄み切った空気の中、赤や黄色の染まった木々の葉が真っ青な空とコントラストを描き、言語に絶する美しさ。感動とともに、自然に恵まれたこの国に住む幸せを実感した。

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八ヶ岳山麓の紅葉 絶景の一語

 中国政府も4月、北京で開催された日中大気汚染対策セミナーで「環境問題に国境はない」と日本の協力に期待を寄せているが、尖閣諸島や歴史認識問題の陰でどこまで真剣な取り組みが行われているのか、はっきりしない。仮に北京に青い空が戻るとして、その実現には10年、20年の時間が必要となろう。

 尖閣諸島や歴史認識問題で中国の対日強硬姿勢ばかりが目立つが、環境改善や食の安全こそ庶民が願う「政治課題」であり、こうした問題の解決に日中が協力して取り組む態勢ができた時、初めて未来志向の両国関係も視野に入ってくる。中国政府の対応を見守りたいと思う。(了)
虎頭要塞を訪ねて [2013年09月23日(Mon)]
本当の終戦は8月26日
玉砕の地、虎頭要塞


中国では第2次世界大戦の終結を1945年の8月26日としているそうだ。関東軍がソ満国境に築いた「虎頭要塞」を舞台にした旧ソ連軍と日本軍の攻防が終結したのが、この日だからだ。17日前の8月9日、突然、対日戦に参戦した旧ソ連軍は高度の兵器を装備した2個師団2万人、対する日本側は第15国境守備隊の兵員約1500人と開拓団員約1400人。兵員ばかりか武器の多くも南方戦線に送られ、日本軍は文字通り玉砕、生存者はわずかに53人だったとされている。

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第二次世界大戦終結地記念園

▼生存者はわずか53人
8月初旬、現地を訪れると、主陣地があった猛虎山一帯は黒龍江省の重要文化財として「第二次世界大戦終結地記念園」に整備され、「侵華日軍 虎頭要塞遺址博物館」と名付けられた地下要塞には観光客があふれていた。旧満州へのソ連軍の進行を阻止し、ウスリー江対岸のシベリア鉄道の遮断を目的に地下40bまで掘り下げられたという要塞は未発掘の部分も多く、遺骨も残されたまま。地下道を進むうち“無念”の声が聞こえてくるようで、先の敗戦をどう“総括”すべきか、いつもながらの戸惑いを覚えた。

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「8・26が対日最後一戦」の記述

今回、中ロ国境地帯を訪れるまでは、かつて関東軍が旧ソ連に対抗するため旧満州国の国境沿いの何ヶ所かに防衛用の軍事要塞を築いた、といった知識しかなかった。関連資料も、学徒兵として虎頭要塞に転属され、ハバロスクでの抑留生活を経て復員した岡崎哲夫氏の「秘録 北満永久要塞 関東軍の最期」(1964年・秋田書店)、2005〜07年にかけて行われた日中共同学術調査の日本側調査報告書「第二次世界大戦最期の激戦地 ソ満国境の地下に眠る関東軍の巨大軍事要塞」(発行・虎頭要塞日本側研究センター)など限られているようで、フリー百科事典・ウィキペディアの記述も少ない。

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41_榴弾砲の巨大な砲座跡

兵員、装備は南方戦線に

これらによると虎頭要塞は中ソ国境を流れるウスリー江沿いの猛虎山、虎北山、虎東山、虎西山、虎嘯山の5つの山の要塞からなり、1935年前後から建設が始まった。主陣地猛虎山でみると、鉄筋コンクリートで固められた地下要塞には銃眼や弾薬庫、通信司令室、戦闘司令室、発電所、食糧庫、井戸、調理室などが備えられ、1万人の兵員を3ヶ月養える食糧、被服、弾薬、燃料を蓄え、周辺には東洋最大といわれた口径41aの榴弾砲をはじめ各種要塞銃砲、対空高射砲、対戦車速射砲などが備えられていた。

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現在も頑丈な地下要塞

国境守備隊1個師団1万2千人が配備された。しかし、その後、南方戦線の悪化で兵員、軽砲など主要な武器・弾薬は南方に移され1945年春には国境守備隊も解体、ソ連軍参戦直前に第15国境守備隊が再編成されたが、その数は1500人弱、周辺から避難した開拓団員の中には女性や子供も多く、戦車、ロケット砲、戦闘機を装備したソ連軍の前になすすべもなく玉砕した。

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近くには虎園も

▼使者を斬殺

絶望的な戦いが進められる中、守備隊も8月15日の無条件降伏の玉音放送を聞いた。しかし戦闘司令官の大尉は謀略放送として信じず、3日後にソ連軍の軍使として訪れた日本人を斬殺した。岡崎氏は書籍の中で「玉音放送はうまく聞き取れず、それまで天皇がマイクロフォンの前に立つというようなことはなかったのだから、真偽の判断に迷ったのも無理はない」と記している。

第二次世界大戦終結地記念園を訪れると、整備された園内には中国語と英文を記述した掲示板が何本も立てられ、中国人の若者がはしゃぎながら記念写真を取っていた。虎頭要塞遺址博物館の地下道は大人が立って歩けるほどの大きさで、穀物庫や風呂の跡もあり、極めて堅牢なつくり。裏手に回ると、41a榴弾砲の巨大なコンクリート製の砲座跡が残されていた。

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虎林市繁華街 以前訪れたハバロスクの街並みとそっくりだった


船でウスリー江を溯ると、対岸のロシア側、さらに中国側にも監視塔があり、カメラの望遠レンズを通して見る限り、ロシア側に人影はなく、中国側は無人、中年の女性が床にロシア製のみやげ物を並べていた。

ウスリー江はアムール川の支流。中州である珍宝島(ロシア名・ダマンスキー島)の帰属など中国と旧ソ連の間で国境紛争が続いた当時の緊張感はなく、北3分の1が中国領、南3分の2がロシア領となっている興凱湖(ロシア名ハンカ湖)の中国側湖畔は海水浴場として賑わっていた。

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ウスリー江両岸に立つロシア(上)、中国(下)の監視塔

先の大戦の日本軍ゆかりの地を訪ねると、いつも思うことがある。あの大戦にどのような大儀があろうと、戦勝国が作った戦後の国際秩序の中で敗戦国が主張できる余地は極めて少なく、時には沈黙を余儀なくされるということだ。虎頭要塞に関しても、ロシアの南進を防ぐのが目的だったといっても中国人に理解されることはない。残された“不の遺産”のあまりの重みに言葉もない。(了)

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興凱湖畔は海水浴場になっていた


(追)今回の中ロ国境訪問は日本財団の事業に伴う出張の一環で、黒龍江省社会科学院のお世話になった。また「秘録 北満永久要塞 関東軍の最期」に関しては、出版から半世紀近くも経った今も秋田書店に4冊が保存されており、うち1冊を提供いただいた。著者の岡崎氏は1955年に起きた森永ヒ素ミルク中毒事件で長女が被災、全国被災者同盟協議会の委員長を務められたことも本書で初めて知った。
ハルビン 安重根記念碑建設 [2013年08月21日(Wed)]
中国は当面“沈黙”か?
安重根記念碑、建設問題


8月上旬、中国黒龍江省を訪れ、省都ハルビンで朝鮮民族芸術館内にある「安重根義士記念館」を見学した。1909年、初代韓国統監の伊藤博文元首相を暗殺した安重根は韓国にとって「抗日の英雄」。6月末に行われた中韓首脳会談では朴槿恵大統領が習近平国家主席に対し、ハルビン駅への安重根の記念碑建設に協力を求めた。

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ハルビンにある朝鮮民族芸術館

省政府の関係者は「あくまで中央が決めること」と戸惑いを隠さないが、習政権が直ちに結論を出す可能性は低いのではないか。“沈黙”を守ることで韓国を引き付け、日本を牽制する材料に使うことができるからだ。

▼出口見えない日韓関係

一方で碑の建設問題は新たな歴史問題になる可能性すらある。日本を「重要な隣国」とする韓国大統領が首脳会談で持ち出すのに相応しいテーマであったのか。激しさを増す韓国の日本攻撃と盛り上がる「反日」、「嫌韓」・・。出口の見えない日韓関係の将来に暗然たる思いがする。

安重根義士記念館はハルビン駅西方1`ほどの繁華街に立つ7階建の朝鮮民族芸術館2階にあった。8月2日の昼過ぎに訪れると、7月中旬から改修工事中とのことで閉館中。1階受付にいた女性に「日本からきた」と言うと入れてくれ、資料室などは片付けられていたが、展示室正面には2b大の安重根の銅像が置かれ、壁面には安重根が処刑を前に旅順の刑務所で書いた書の写しなどが飾られていた。

しばらくすると幹部らしい女性が現れ、「事件を知らない若者が増え、夏休みには研修会を開いている」、「安重根の書は、当時の日本人刑務所長の親切な計らいで残すことができた」などと丁寧に説明。碑建設の話を聞くと「まだ何の連絡も受けていない」、「どこに建てるのかも聞いていない」と答えた。

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「安重根義士像」

暗殺現場となったハルビン駅周辺は、新幹線開通に伴って建てられた巨大な駅舎で大きく様変わりしているが、旧駅はそのまま残されている。黒竜江省に住む韓国系朝鮮人は約50万人、ちなみに北系朝鮮人の多くは吉林省に住む。碑の建設は彼らの悲願で、7年前に地元の韓国人企業家らが近くの公園広場に碑を建てたが、省政府によって撤去された経過がある。

▼反日愛国教育の拠点

これに対し韓国側は、ハルビン駅だけでなく安重根が活動した上海や処刑地・旅順などにも碑を建てる計画を持っている。全体をネット化して中韓両国の反日愛国教育の拠点とすれば、歴史認識を軸にした中韓連携―日本追い落としに利用できるとの読みがあるようだ。

省政府関係者に感想を求めると、「個人としては歓迎しない」としながらも、首脳会談でトップが「(関係機関に)検討するよう指示する、と答えた以上、中央の問題」として、それ以上のコメントを避けた。多分に対日戦略上の問題でもあるが、伊藤博文暗殺は基本的にテロであり、多くの少数民族問題を抱える中国政府にとって悩ましい面もある。現時点では“沈黙”がベストと判断すると見る。

問題は韓国である。李明博前大統領の竹島強行上陸、ソウルの日本大使館前や米カリフォルニアでの慰安婦像の設置に続き、7月にはソウルと釜山の高裁が、戦時中に強制徴用された元労働者への賠償金支払いを日本企業に命ずる判決を出した。

請求権に関しては1965年、日韓基本条約とともに締結された日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決した」と確認され、日本は有償、無償合わせ計5億jの経済協力資金と3億jの民間借款を供与した。当時の韓国の国家予算の約2倍に当たり、朴大統領の御父君である朴正熙元大統領時代の高度経済成長「漢江の奇跡」につながった。

その後、盧武鉉元大統領時代に請求権協定の見直しが行われ、従軍慰安婦や原爆被害者等を協定の対象外としたが、元徴用工に関しては「請求権協定の範囲内にあり、補償義務は韓国政府が負う」との見解が示されている。

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大きく変わったハルビン駅

国と国の間の条約や協定を一方的に見直すのは国際信義の上からも問題があるのに、国際間の問題で政権と司法が異なる見解を出だしたのでは相手国は対応できない。そうでなくとも個人補償問題は元々、朴元大統領が日本からの巨額の資金を、対日債権を有する個人への支給ではなく国の経済基盤整備に充てたところから派生しており、韓国の内政問題である。

▼「重要な隣国」と言うが・・

朴大統領は日本の植民地支配からの解放記念日に当たる光復節式典で「日本は北東アジアの平和と繁栄をともに築いていく重要な隣国」とした上で、「歴史問題を巡る最近の状況が韓日両国の未来を暗くしている」と語っている。

東アジアの安定に日韓友好が欠かせないのは言うまでもない。ただし友好を実現するには、双方が真摯に話し合い、意見を交換できる場が必要である。世界に向け一方的な日本批判を展開し、日本側の説明に一切、耳を貸そうとしない韓国の姿勢にこそ、この問題の難しさを感じる。(了)
吉永祐介という人 [2013年07月07日(Sun)]
守りを固めながら果敢に攻める」
  ミスター検察・吉永氏死去


多くの政界・経済事件を指揮し”特捜の鬼”、”ミスター検察”と評された吉永祐介・元検事総長が6月23日、81歳で亡くなった。田中角栄元首相が5億円の受託収賄罪に問われたロッキード事件の初公判(1977年1月)から83年10月の一審判決まで司法記者クラブに在籍し、以後も司法クラブキャップなどとして長い間、取材させてもらった。30年を超す記者生活の中で最も印象に残る人物の一人である。

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氏については新聞、雑誌、テレビを通じて、あまりに多くが語られており、詳細は触れないが、とにかく「事件を大切にする人」だった。「結果がすべて」ということだったかもしれない。内偵中の事件や捜査中の事件で前触れ記事を書かれるのを極端に嫌い、書けば怒鳴られ出入り禁止となった。

「マスコミにサービスする義務も責任もない」と言いながら、事件がどう報道されるか、常に気にする人でもあった。主任検事を務めたロッキード事件は言うに及ばず、東京地検特捜部長時代のダグラス・グラマン事件、東京地検検事正時代のリクルート事件など、いずれも,その帰趨が政局を左右する局面が続いただけに当然でもあった。

結果、報道する側としても記事を出すタイミングに悩まされた。「事件をつぶす気か」と言われ、同僚記者と総力を挙げた「取材結果」の出稿を見送るケースもあった。忘れた頃にその間の事情をさり気なく語り了解を求める気配りもあった。そうした配慮が多くの記者の信頼を得た一因と思う。

当然、捜査の指揮も厳しかった。ロッキード事件では元首相秘書や贈賄側の丸紅幹部らの取調べ結果を一手に握り、その内容を知らせないまま各検事に取り調べを進めさせた。少しでも新しい事実を聞き出すのと、各被告の自白調書に対し公判で予想される「検事の誘導」といった弁護側の反論を封じるのが狙いで、それが本来の形とはいえ各検事の苦労も半端ではなかったようだ。しばしば苦労談を聞いた。

ロッキード裁判は自民党最大派閥の領袖、政界の第一人者として君臨した田中元首相と検察のどちらが生き残るか、まさに死闘となり、約6年間の一審公判中、弁護側が主張したアリバイ崩しなど補充捜査が併行して進められる異例の展開となった。

吉永氏を「強気の人」とする評価に異を唱えるつもりはないが、自分が見るところ「守りを固めながら果敢に攻める人」であった。記者クラブの旅行会だったか、一夜、麻雀を共にしたことがある。金を賭けない座興のせいもあろうが、「対々(トイトイ)和」を目指して「ポン」を繰り返し、挙句の果てに安全パイをなくして振り込む姿に別人を見る思いをした記憶がある。

ロッキード事件は検察側の完勝であった。密室の犯罪である贈収賄事件で、これほど豊富な証拠が揃ったケースは珍しく、“田中追い落とし”に向けたアメリカの陰謀説などがあるが、それは今なお謎が残る事件の発覚経過などに言い得る余地があるとしても、ロッキード社から元首相に5億円が流れた事実は揺るがない。この点はいずれ改めて触れたく思う。

近年、東京地検や大阪地検の特捜部は捜査報告書の虚偽記載や証拠改ざん事件で、かつての「最強の捜査機関」の面影を失った。「吉永検察」によって醸成された「検察の正義」とそれに対する社会の期待が一人歩きした結果、「格好良く有罪を獲得することだけを自己目的化」する気風が特捜の現場に広がり、一から証拠を積み上げる本来の姿が希薄になったのではないかと推察する。

検事総長退任後、弁護士に転進した吉永氏は、相変わらず口は堅いながら、そんな検察の将来に対する懸念も語っていた。その後、体調を崩され訪問を遠慮するうち、足も遠のいた。最後までお付き合いを願うべきだったと後悔している。訃報を受け共同通信社の社会部長から「評伝」執筆の依頼を受けたが、そんな忸怩たる思いもあり辞退させてもらった。吉永氏のご冥福をお祈りする。(了)
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