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四季折々の雑記

 05年夏まで在籍したマスコミの世界は極力、主観を排した客観報道を原則とした。しかし真の意味で「客観」を実現するのは報道の現場に限らず難しい。ブログと言うには程遠いが、忘れない程度に自分の想い、時に意見をささやかに書いていくつもりです。


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文楽の保存に思う [2014年07月27日(Sun)]

古き芸能」と見るのは“食べず嫌い”か
 迫力満点の人形浄瑠璃文楽


過日、大阪の国立文楽劇場で文楽を見た。佐渡の人形芝居や淡路人形浄瑠璃を観た記憶はあるが、人形浄瑠璃文楽を直に観るのはこれが初めてのような気がする。演目は近松門左衛門作の世話物「女殺油地獄」。太夫と三味線、人形が一体となった“迫力”に圧倒され、“古き伝統芸能”と軽く考えてきたのは「食べず嫌い」だったかもしれないと考えさせられる思いがした。

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大阪城天守閣

劇場で舞い求めたハンドブックなどによると、文楽は太夫の語りと三味線、人形遣いの3業が心を合わせてひとつの舞台をつくる総合芸術で、江戸時代に大阪で生まれた。世界各国に伝わる人形劇の中でも極めて高い芸術性を持ち、2009年にはユネスコの世界無形文化遺産にも登録された。しかし近年、観客数が伸び悩み、橋下徹・大阪市長が公益財団法人文楽協会に対する補助金の見直しを打ち出すなど厳しい経営環境に直面しているーなどと解説されている。

訪れた日は国立文楽劇場開場30周年を記念した特別公演中で、午前は親子劇場、午後は名作劇場と銘打って西遊記や平家女護島などが上演され、女殺油地獄は午後6時開演のサマーレイトショーに組まれていた。全4段、途中15分の休憩を挟み2時間を超えた。

まず意外だったのは舞台の大きさ。昔見たテレビ中継の影響か、舞台も人形ももっと小型なイメージを持っていたが、ともに大きく、例えば三人遣いの人形が5体、登場すれば計15人が舞台で同時に演じることになるが、手狭な感じは全くなかった。200席程度でないと後方の観客には舞台がよく見えない、といった思いもあったが、753席ある国立文楽劇場の最後尾でも特段の支障はないようだった。

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堀も立派

次に義太夫。太くて低い三味線の音色と一体となった太夫の語りはテンポも速く迫力がある。開演に先立ち劇場1階の資料展示室で見た床本は江戸時代の言葉が毛筆で記され、義太夫を聞いても、どこまで意味が分かるか、疑問を感じたが、公演では舞台上段に字幕が表示されていたほかイヤホンガイドサービスもあり、これらを利用すれば中学生にも十分理解できると感じられた。

次いで人形。劇場でもらった冊子の座談会で桐竹勘十郎氏は「人間に出来て人形に出来ない動きはありません」と言い切っているが、人形の首(かしら)と右手を動かす主遣い、左手を担当する左遣い、足を動かす足遣いが一体となった動きは驚くほど滑らかで絶妙。演目の女殺油地獄の「豊島屋油店の段」では、河内屋の「与兵衛」が借金の申し入れを断った油屋のおかみ「お吉」を脇差で殺害するクライマックスシーンでは、二つの人形が血と油の中で激しく争う姿が迫力満点に演じられ目を見張った。

娯楽の多様化が能や狂言、文楽が苦境に立つ一因といわれるが、文楽の面白さは現代も十分通用する、とうのが率直な感想だ。古典芸能といった思い込みが強すぎ、観客が遠のいた結果、文楽そのものが”奥の院”に入り込み、観客がさらに減る悪循環に陥っているのではないか。後継者育成のための研修制度が実効を上げつつあるほか、驚いたことに漫才などと同様、新作も盛んに作られており、「古典」というより、現在もなお”大衆芸能”と位置付けた方が文楽の将来に発展性があるような気がする。

今回は、アドバイザーをしている日本財団が、ささやかでも何か支援できないか具体策を検討するということで、担当者に同行し劇場を訪れた。文楽は300年間、民に支えられ、庶民の娯楽として生き抜いてきた。今後も民の力で後世に伝えていく必要がある。誰もが気さくに楽しんだ本来の姿を確認できるような場の設営など、アイデアはいろいろあるような気がする(了)
中国の今 [2014年06月26日(Thu)]
習国家主席はどこまで権力を掌握しているのか?
疑問ばかりが膨らむ中国情勢


 最近、仕事の関係もあって、中国関係の記事を読んだり中国を訪問する機会が増えた。結果、この国がますます分からなくなってきている。

 ひとつはこの国の権力構造。議会制民主主義、議院内閣制の日本では、国会の多数を制した勢力の代表が内閣を組織し首相となる。選挙に伴う勢力の変化、世論の支持率の低下で政権基盤は流動し、ここ数代では最も安定している安倍晋三首相にしても、長期政権が担保されているわけではない。

 これに対し中国は国名に「人民共和国」の名を冠しているものの共産党の独裁国家である。中国共産党中央委員会総書記、国家主席、中央軍事委員会主席を兼務する習近平氏は党、国家、軍のトップにあり、5年間の任期が保障されている。近代国家のリーダーというより、歴代王朝の皇帝をイメージした方が分かりやすい。

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国宝彦根城の堀

 それでは習国家主席は中国政府の政策をどこまで自分で決めているのか。そのあたりは分からない。例えば外交政策。中国は尖閣諸島に限らず南シナ海のスカボロー礁(黄岩島)、パラセル諸島(西砂)でも領有権をめぐりフィリピン、ベトナムと激しく争っており、パラセル諸島では中国の国有企業が5月、石油の掘削作業を開始、抗議するベトナム船に中国船が体当たりや放水を繰り返すなど衝突が続いている。

 カンボジアなど一部を除き周辺のASEAN各国は中国に反発を強め、中国政府でも李克強首相らは強硬路線に消極的とされるが、一方で保守派や軍の強硬派が習主席を突き上げている、との報道もあり真相は不明だ。

 傍から見れば、ここまで世界の反発を受けながら、石油の掘削作業を強行するだけの価値があるのか、といった疑問もある。13億人を超す人口を抱える中国にとってエネルギーの確保が重要問題であるのは分かるが、ベトナムと軍事的にも睨み合ったままの掘削作業はコスト面からも割に合うと思えず、当然、別の狙いが込められていると思われる。

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見事な城壁

 習主席が使う言葉に「中華民族の偉大な復興という中国の夢」がある。周辺国を中華の“属国”とする王朝時代の朝貢外交が念頭にあるのかもしれない。最もこの場合、中国は軍事的な力だけではなく、政治的にも文化的にも尊敬され一目置かれる存在でなければならない。

 このあたりを日本との関係で見ると、どうなるか。日本には、唐王朝時代がピークだろうか、中国文化にあこがれ、評価する精神的土壌が今もある。日中国交回復後の中国ブームも、このあたりが受け皿になっていた。戦争という過去の負い目が中国批判を極力控える力になっていた面もある。
 

 こうした点は中国も当然、理解している。「戦争の責任は当時の日本軍部にあり日本人民は無関係」とする日本人民無罪論も、多分にこれを意識した対日融和策であろう。歴史認識や尖閣諸島問題で激しい日本攻撃を展開する現在の中国政府の姿勢は、正反対と言ってもいい。

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前方の小山に石田三成で知られる佐和山城があった
 

 結果、日本では「嫌中」、「反中」が90%に上る異常状態となり、ナショナリズムが高揚する結果になっている。中国が敵視する安倍首相の人気も、かなりの部分を中国の対日強硬策によって支えられている。繰り返えせば、中国には織り込み済みの結果であるはずで、そうなると「中国の偉大な復興」とは何なのか、中国に異を唱える国を力で屈服させる覇権外交がその本質なのか、再び新たな疑問が出てくる。

 尖閣諸島海域での不測の事態回避に向け5月、笹川平和財団と北京大学国際関係学院が東京で開催したシンポジウムで中国側座長の朱鋒・北京大学教授はこうした点について@
この30年間の中国の発展は早すぎ、現在は乗り物酔いの状態にあるAナショナリズムの高揚で外国には強硬と見える対応も、中国国民には弱腰に映り、政府もそうした民意に縛られているB中国は陸と海で多くの国に接し、どう調整していくか模索している段階。日本は成熟した国になったが中国はまだ18歳ぐらいーなどと語った。

 多分にリップサービスもあろうが、そのまま読めば、中国国内の動きは決して一枚岩ではなく、揺れ動いている状態、ということになる。そうなると習国家主席がどこまで権力を掌握しているのか、再び冒頭の疑問に行き着き、事態は一層分からなくなる。(了)
中韓めぐる思い [2014年05月29日(Thu)]
元寇、朝貢外交とは何か
透けて見える華夷思想


最近、Net上の2つの記事に興味を持った。ひとつは中国共産党の機関紙・人民日報系の環球時報が掲載した笹川陽平日本財団会長のインタビュー記事に対しネット上に寄せられた「声」、もうひとつは韓国・朝鮮日報の日本語サイトに掲載された同社政治部次長の「中国の朝貢論と日本の嫌韓論」と題するコラムだ。

▼夫婦の関係

環球時報のインタビューで笹川会長は「日本と中国は今後どう付き合うべきか」との問いに「数千年に及ぶ日中交流の歴史の中で緊張関係にあったのは2、3度。元寇で中国は日本を攻撃し、日本も中国の人たちに大きな傷を与えました」、「(長い歴史で見れば)日本と中国のような友好的な隣国関係はとても珍しい」とするとともに「日本と中国は夫婦の関係。夫婦げんかは仲直りできます」との見解を披露している。

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新緑の伊勢神宮

発言はネットに掲載され、「Record China」は「中国のネットが猛反発している」として「先に米国に浮気したのは日本じゃないか」、「夫婦のようだって? 即離婚だ。話し合う余地なし!」、「日中友好? なら伺いますが、日本人はこの言葉を信じているのでしょうか?」などの意見を紹介、元寇に関しては「モンゴル人が統治していた元朝で、漢民族は第2次大戦時よりもっとひどく虐げられていたはずだ」、「漢民族の多くは、モンゴル人に支配され家を失い迫害を受けた。日本が現在の中国に対し元寇を持ち出すのは筋違い」との反論も寄せられている。

元軍の編成は1274年の文永の役がモンゴル(元)と高麗軍、1281年の弘安の役が元に滅ぼされた南宋の降軍を含めた連合軍とされるが、攻撃を受けた日本から見れば、どちらも中国に王朝をたてた「元」の軍隊に変わりはなく、被害者と加害者の感覚の違いということか。付言すれば、10世紀以降に限っても中国には「遼」や「元」、「清」といった征服王朝があったが、「明」に滅ぼされ草原に去った元を除けば、どの征服民族も圧倒的な数の漢民族に飲み込まれ同化しており区別は難しい。

島国に住む日本人にとって “大陸の興亡”は言葉で理解できても、自らの歴史と重ね合わせて実感できない部分がある。習近平政権が掲げる「中華民族の偉大な復興」についても同じことが言えるのではないか。ネット上の書き込みを見ながら、そんな思いがした。

▼宗主国対属国の関係

一方、朝鮮日報のコラムの筆者はぺ・ソンギュ政治部次長。コラムによると、朝貢外交の話が出たのは、韓中両国の政府関係者による定期交流行事の席で、中国の当局者が韓国政府の関係者に対し「朝貢外交に戻ったらどうか」と探りを入れる発言をしたという。「昨年、中国の一部学者が主張し始めた『朝貢外交復活論』を中国の当局者が口にしたのは初めて」とも記している。

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東大寺の偉容

その上でコラムは「公式な発言ではないとしても、当局者が口にする言葉としてはあまりにも不適切。中国が伝統的な韓米日3ヵ国の協力体制を壊すために躍起になっているという意味でもあり、周辺国との外交戦略に『中華的覇権主義』が見え隠れしていることを示す証拠でもある」と不快感を表明。中国への輸出が韓国の輸出全体の25%を占めるなど中国への経済依存度が高まり、北朝鮮の核問題など安全保障戦略でも中国の影響力が高まっている現状から、「北朝鮮情勢が急変し、親中派政権が発足した場合には統一がより困難になり、韓半島(朝鮮半島)全体が中国の辺境の地になり下がる危険がある」とも指摘している。

朝貢は中国の皇帝が朝貢をしてきた周辺諸国の君主に官号や爵位を与えて君臣関係を結びその統治を認める制度(冊封)。双方の関係は宗主国対属国といった従属的な関係となる。日本も遣隋使や遣唐使の時代はそうであり、朝鮮半島は古代からこの制度に組み込まれていた。

中国を世界の中心とする「中華思想」、あるいは他民族を低く見る「華夷思想」の現れであり、中国政府の当局者が韓国政府の当局者に“属国となるよう”求めたとすれば驚くしかないが、中国に傾斜する朴槿恵・韓国大統領の最近の姿を見ると、なんとなく納得できる部分がないわけではない。

例えば今年1月、中国黒竜江省のハルビン駅に完成した安重根の記念館。1909年、同駅で初代韓国統監伊藤博文を暗殺した安重根に関しては朴大統領が昨年6月、中国の習近平国家主席に祈念碑の建設に協力を求め、習主席が「碑を祈念館に格上げする形」でこれに応えた。

韓国の対中接近はそのまま中国の対日攻撃の強化、さらに日米韓3ヶ国の関係にくさびを打ち込む結果となり、記念碑の建設は、中国への傾斜という朴大統領の“朝貢”に対する習主席の精一杯の“答礼”のようにも見える。第一義的には韓国民がどう考えるかの問題だが、もう少し今後の動きを見守りたい。

このほかコラムは「日本で高まる嫌韓論が日本の一般国民の韓国に対する認識を急速に否定的なものにしている」、「韓米関係にも悪影響を与えている」としているが、実態は逆ではないかー。筆者に言わせれば、韓流ブームなどで盛り上がりを見せていた「親韓」ムードに水を差し「嫌韓」に拍車を掛けているのは、慰安婦問題などを通じた韓国の執拗で感情的、時には根拠を欠く対日批判に、より大きな原因がある。結果、日本でも「偏狭なナショナリズムの高揚」という好ましくない現象が起きている。

こういう言い方をすれば当然、反論もあろう。ただし現在のような冷え込んだ関係が日本にとっても中韓両国にとっても利益がないことははっきりしている。誰もが、そろそろ冷静になるべき時ではないかー。(了)
雲南省に援蒋ルートを見る [2014年04月21日(Mon)]
拉孟、騰越両守備隊の悲劇
国家に共通する危うさ


 過日、中国出張の途中でミャンマー国境地帯にある雲南省の「拉孟(ラモウ)」を訪れる機会があった。第2次大戦中、「援蒋ルート」遮断のため旧日本軍がこの地と北東約60`の「騰越(トウエツ)」に配置した守備隊は1944年9月、圧倒的な国民党軍と米軍の前に玉砕した。跡地は昨年夏に訪れた中ロ国境近くの黒龍江省「虎頭要塞」と同様、歴史教育施設としての整備が進んでいた。

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拉孟陣地の跡に展示される当時の写真

 先の大戦は戦後70年を経た現在、中国・韓国の「反日外交」の切り札になりつつあり、今後、日本を背負って立つ世代にも「大きな負の遺産」として重く圧し掛かる。「国のため」に戦い散った兵士にとって、これほどの無念はなく、中国全土からASEAN(東南アジア諸国連合)にまで延び切った戦跡を訪れるにつけ、いかなる理由・経過があったにせよ”無謀な戦略”、”無謀な戦争”であったとの思いを禁じ得ない。国家の利益、威信とは何なのかー。近年、「中華民族の偉大な復興」を掲げ、覇権主義とも見える強硬策をひた走る中国・習近平政権に対しても、何か共通する危うさを感じる。

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マルコ・ポーロも立ち寄った大理の町

 援蒋ルートは、対英米戦開始後、日本が仏領インドシナなど欧米の植民地を相次いで占領する中、連合国側にとって中国国民党の対日抗戦力をいかに維持・拡大させるかが急務となり、当時、重慶にあった蒋介石政権の臨時首都に支援物資を送るために設けられた。Wikipediaなどによると、香港や当時仏領だったベトナム・ハイフォン港を経由するルートなど複数のルートがあったようだが、拉孟に関係するのは当時、英国の植民地だったビルマ(現ミャンマー)ルート。兵器工場などが集中する後方基地・昆明(雲南省の省都)に大量の軍需品やガソリンが送り込まれた。

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池に映える唐・宋時代の崇聖寺三塔

 これに対し日本軍は1942年5月、ルートの要である拉孟、騰越に守備隊を置き、補給阻止に乗り出した。うち拉孟陣地は現地で「松山」と呼ばれる標高約2000bの山頂にあり、1991年から保存が進められ、2年前に地元政府が歴史施設として大幅改修した。日本とよく似た気候の中、木製の階段を登り切ると、谷を隔てた正面に大きな山があり、ガイド役の少女は「中腹の山肌を細く走るのが援蒋ルート。陣地からの距離は7・9`」と説明してくれた。右手にはミャンマーを経てマルダバン湾に至る大河サルウィン河(中国名・怒川)が鈍く光って見えた。

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伊豆・大室山に似た火山観光ー名前も「大室山」だった

 
陣地跡には激しい銃弾で幹が大きく傷ついた老木や兵士が掘った壕、さらに国民党軍が地下トンネルを掘って爆破した司令部跡などなどが残され、ところどころに米軍の従軍カメラマンが撮影した当時の現場写真と説明板が用意されている。


 英米軍を中心とした連合国側は援蒋ルートの回復に向け、蒋介石指揮下の精鋭部隊を鍛え上げ、質・量とも最強の「雲南遠征軍」20万人を組織、1943年から拉孟、騰越両地区に対する攻撃を強化し、44年春前後には、それぞれ約5万人の兵力で総攻撃を開始した。対する日本軍守備隊は拉孟、騰越ともピーク時の半分の約1300人、うち300人は傷病兵だった。火器、弾薬も乏しく、周囲に城壁がめぐらされた城郭都市・騰越では壮烈な市街戦も行われたが、同9月には2,3人の連絡員を残し全滅した、とされている。


 訪れた拉孟陣地跡では観光客の姿も見られ、ガイドの少女は「愛国教育が強化され見学客も年間6万にふえた。でも外国人はほとんど見ない。日本人に関しては案内しないよう上から指示されている」と語った。

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大理・洱海(じかい)沿岸の街並み、琵琶湖と姉妹湖という

中国共産党はこの戦争に参加しておらず、後に内戦を戦った国民党の“手柄”でもある一連の戦いについて触れるのを避けてきた経過があるが、その後、台湾に移った国民党が近年、台湾独立を目指す民進党と対立する立場にあることもあって、歴史教育でも取り上げるようになったようだ。同行した中国関係者も「共産党と国民党の思惑が一致した結果かもしれない。いずれにしても中国の歴史教育の中での新しい動きだ」としている。(了)
歴史問題 中韓の攻撃を前に [2014年03月30日(Sun)]
速に相手のペースに乗るな
冷静な対応で世界の支持を!


 安倍晋三首相と朴槿恵韓国大統領の初会談が3月25日、日韓関係の悪化を懸念するオバマ米大統領が仲介・同席する形でようやく実現した。場所は核安全保障サミットが開催されたオランダ・ハーグの米大使公邸。オバマ大統領を真ん中に日韓のトップが両側に並んだTVニュ―スの画面を見る限り、韓国語で「お会いできてうれしい」と語りかける安倍首相に対し、朴大統領は視線も合わさず、最後まで固い表情を崩さなかった。

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昨年末からのシクラメンの向こうにサクラが開花した

 メディアの論調の多くは日韓和解、両国首脳会談に向けた第一歩といった論調が多いが、果たしてどうか。オバマ大統領の顔を立てる点では一致していても、当の2人にそうした気配はない。朴大統領は成果の当てがない首脳会談に一貫して消極的だったし、安倍首相も「ドアはいつでも開いている」との言葉とは裏腹に、朴大統領との会談に左程の意義を感じているようには見えなかった。

 そもそも三国首脳会談における朴大統領の表情の固さは何を意味しているのか。「会談に出席したのは本意にあらず」と韓国国民に伝えるのが狙いなのか、それとも反日で異例の共闘を組む中国の習近平国家主席への配慮か、あるいはオバマ大統領がセットした会談そのものに対する不満の表明か、よく分からない。

 現在の日韓に、双方の本音を伝え合うパイプはないようだ。朴大統領には、躍進する韓国の基礎を築きながら“親日体質”が今も問題にされる父・朴正煕元大統領の娘として“反日”は崩せない一線といった事情もあろう。自ら煽ってきた反日の高まりに縛られ、対日軟化に舵を切るのが難しいといった状況があるかもしれない。

 加えて米中両国との関係。朴大統領は「日米韓」による安全保障より「米中韓」の枠組を重視しているように見える。この場合、米、中のどちらに重きを置いているのか。昨年6月の習国家書記との会談で要請した中国黒龍江省・ハルビン駅への安重根記念碑建設(13年8月21付け本ブログ「中国は当面“沈黙”か」参照)は今年1月、記念碑よりも規模の大きな記念館として完成。3国首脳会談2日前の会談では、「私が建設を指示した」と語る習国家主席と反日共闘の強化を確認し合ったと報道されている。

 1909年、ハルビン駅で伊藤博文・初代韓国統監を殺害した安重根の記念碑について地元政府関係者は、「党中央が決める問題」としながらも、日中関係への悪影響や要人テロの賛美につながりかねない碑の性格からも「認められる可能性は極めて低い」との見解を示していた。記念館建設を指示した習政権の対日姿勢は、かつての江沢民政権と同様、日本人が考えているよりはるかに強硬と見るのが正しいようだ。

韓国を取り込むことで日米韓の結束を崩し、日本を孤立させることが、中国の覇権につながるといった読みであろう。背景には中国を世界の中心とする伝統的な華夷思想もある。共産主義と資本主義という体制の違いを韓国がどう乗り越えるか、中国と朝鮮半島の長い歴史をみるまでもなく複雑な問題が付きまとう。

朴大統領の中国接近は、こうした点も織り込んだ上での決断であろう。習政権は今後も朴政権に秋波を送り、誇り高い韓国国民がこれにどう反応するか、北朝鮮との関係もあり、見通せない部分が多いが、少なくとも中韓両国の日本攻撃が今後、一層激しさを増すのは間違いなかろう。

である以上、日本は両国との拙速な関係改善を求めるのではなく、言うべきは言い、反論すべきは反論し、中韓両国以外の国々の理解と支持を得るよう努力する以外に道はない。中韓両国の日本攻撃を加速させる結果になった靖国参拝はともかく、安倍首相の言う「積極的平和主義」も平和に慣れ切ったこの国の現状からいえば、“軍国主義の復活”、“右傾化”といった批判には程遠く、”普通の国“を目指す以上の意味はない。

中韓両国は「日本は戦後の国際秩序を破壊しようとしている」と批判する。これに対し日本は「軍事的に膨張する中国こそ、法の正義が支配する国際秩序を崩そうとしている」と反論、世界の大勢はむしろ中国に対する警戒感の方が強くなりつつある。

最近、中国で評判になった老兵東雷氏もブログ「現代日本を怪物化した対日外交は失敗」で「平和憲法に洗脳され、平和な環境の中で私権や自由を享受している日本人がどうやって軍国主義に向かうのか」と指摘している。

中韓両国の攻撃に対し、日本でも最近、無用な過激なナショナリズムの高揚が見られる。“売り言葉に買い言葉”で相手のペースに巻き込まれることなく、冷静に対応していく姿勢こそ世界の支持につながる。(了)

ソチ五輪に思う [2014年02月26日(Wed)]
語り継がれる「真央」の名
沙羅は“小休止”して羽ばたけ


ソチ冬季五輪が閉幕した。スピードスケートでメダルを独占するオランダへの驚きや相変わらず分かりにくい判定競技の在り方など、テレビ中継を見ているだけでも様々な思いがあった。中でも印象が残った浅田真央(23)、高梨沙羅(17)両選手について素人の感想を記す。

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朝陽に輝く妙高

▼浅田真央

団体戦だけでなく個人のショートプログラム(SP)ですべてのジャンプを失敗、呆然とした姿に多くの人が翌日の演技は無理ではないかと感じた。しかしフリーでは逆に代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を含め6種類の3回転ジャンプをすべて成功させ、その涙に多くの人が感動した。浅田真央はメダル以上の“価値ある何か”を手にし、その名は長く語り継がれよう。

そんな姿に1972年、札幌冬季五輪で「銀番の妖精」と呼ばれ、世界を魅了したジャネット・リンを思い出した。本番で尻餅をつき、優勝候補と言われながら3位に終わったが、終始、笑顔で金髪をなびかせながら軽やかに滑る姿に世界が賛辞を贈った。ジャネット・リンの名は記憶していても、金メダリスト、銀メダリストの名を記憶する人はほとんどいないと思う。浅田真央に寄せられた感動はこれに勝るとも劣らない。

ただし女子フィギュアについては、これほどジャンプにこだわる必要があるのか、かねて疑問に思う。浅田真央はフリーでトリプルアクセルを2度跳ぶ決意を示し、最終的にコーチの説得で1回になったと報道されている。失敗すれば大きな減点につながるトリプルアクセルを「跳べるのは自分しかいない」とこだわり、果敢に挑戦する姿勢は称賛されていい。

しかし、ジャンプの加点が大きければ大きいほど、採点競技の宿命として、その技は高難度になる。フィギュアスケート、特に女子の魅力はその演技の美しさにある。ジャンプのすごさがすべてではない。滑らかなステップやスピンの美しさこそ重視されるべきである。ジャンプの高さや回転数ばかりが重視されたのでは、アクロバット性ばかりが強まり、この競技が持つ本来の美しさを失いかねない。暴論かもしれないが素人としての率直な感想である。

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妙高の青い空

▼高梨沙羅

正直言って日本選手団で金メダルの可能性が一番高いのは彼女だと思っていた。多くの人の思いも同じだと思う。ただし個人としては、ワールドカップのシーズン最多勝記録を更新するなど圧倒的な強さを誇った高梨沙羅が、昨年末から年明けにかけ優勝を逃すケースが何度かあり、連戦の疲労が蓄積しているのではないか、そんな不安を感じていた。

結果的に4位に終わったのは単に「世界にはそれだけ強い選手がたくさんいた」ということかもしれないし、報道されているように「ソチのジャンプ台が高梨に合わなかった」、「追い風が吹く不運に見舞われた」などの不利が重なったのかもしれない。五輪独特の重圧もあっただろう。

しかし、それでもなお連戦による疲労蓄積にあえて敗因を求めたい。同様の疑問は夏の五輪でもしばしば感じる。選手のコンディションが本番前にピークを迎え肝心の本番で持てる力を十分に発揮できない、本番に向けたコンディション作りに問題があるのではないか、ということだ。だから高梨沙羅にも、五輪を目前にした1月には一呼吸を置いて気力、体力を一新し、その上で本番に臨んでほしいと思っていた。

報道を見ると、高梨は五輪帰国後、早くも2月22日から始まった第69回国体冬季スキー競技会「やまがた樹氷国体」のジャンプ競技でテストジャンプ(試技)を披露している。出場は本人の希望かもしれないし,ウインタースポーツ本番、出ざるを得ない事情があるのかもしれない。

高梨沙羅は多感な17歳、これからの選手である。その才能を末永く活かし、さらに大きく羽ばたくためにも、まずは彼女なりにソチ五輪を総括し、少なくとも精神的には小休止してリニューアル、オーバーホールしてほしいと思う。それが世界のノルディックスキー・ジャンプの第一人者である高梨沙羅の大成につながる。(了)
消費税増税に思う [2014年01月29日(Wed)]
負担増に正面から向き合う勇気
破たん寸前の国家財政、直視を


4月から消費税が現行の5%から8%に上がる。70歳を目前に生産現場から遠ざかりつつある身としては “ささやかでも参加できる社会貢献”として賛成する。ただし増税をめぐる議論が、増収分の使途に偏っている点には異論がある。3%増税により約4兆5000億円の増収となるが、それでも来年度予算の赤字国債発行額は41兆円に上り、財務省見通しでは2014年度末の国の借金は1140兆円、国民一人当たり900万円に膨らむ。増税を機に何よりも議論すべきは破綻寸前の国家財政の現状であるはずだ。

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ビルの谷間に束の間の虹が見えた
(2013年11月、東京・虎ノ門で)

昨年末、閣議決定された来年度予算案の一般会計は過去最大の98兆9000億円。税収は景気回復と消費税増税により13年度当初予算より7兆円多い50兆円が見込まれ、新規に発行される赤字国債と建設国債は1兆6000億円減る。それでも総額で41兆円、公債依存度は43%に上り、14年度の国債の償還・利払い費は23兆円、歳出の約4分の1を占める。

家計に例えれば、月収50万円の家庭が1億円もの借金を抱え、月23万円を借金返済に充てる一方で、新たに41万円を借り99万円の生活を送ることになる。収入の2倍に当たる生活は本来あり得ない。にも関わらず、それを続けてきた結果、日本の債務残高(借金)は税収の23年分、GDP(国内総生産)の2倍を突破。何故、財政破綻しないのか、専門家が「世界の7不思議のひとつ」に数える異常な事態に陥っている。

この理由としては@わが国の消費税がひとケタ台で20%を超す欧米に比べ余力があるA国内の国債消化率が90%を超え、海外が60〜40%に上るギリシャ、イタリアなどに比べ安定しているーなどが挙げられている。

しかし消費税1%で得られる税収は約1兆5000億円、来年10月に予定通り10%に引き上げられたとして税収増は7兆5千億円にとどまる。財政の健全性を示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)も来年度予算は18兆円の赤字で、専門家の試算では消費税を30%に引き上げて初めて財政の健全化が可能になるという。

さらに国内で国債を消化する現状を何時まで維持できるか。支えとなる家計金融資産は1400兆円前後と推計されているが、うち200兆円は住宅ローンなどの負債。債務残高がこれを超えれば、金融機関の国際購買力はなくなる。その分、海外資金への依存度が高まればギリシャなどと同様、金融不安が高まる。中国が大量に買えば、日中間の新たな波乱要因にもなる。さらに厄介なのが景気回復と国債の利回りの関係。景気が上昇した場合、税収も増えるが、国財政に疎い筆者には正直、見当もつかない。

しかし「入」を増やし「出」を減らさない限り、財政の健全化はあり得ないことは間違いない。消費税のさらなる引き上げなど増税と、社会保障、医療費などサービスの縮小・削減である。誰も歓迎しないのは分かるが、それができない以上、この国の財政破綻は避けられない。

われわれの社会は高齢化に伴う社会保障費や医療費の伸びに合わせ、これを賄うだけの税を徴収する必要があったのに、赤字国債という借金に依存して、増税や社会保障の切り下げを見送ってきた結果、現在の窮地を招いた。誰にも「支払った税金に見合ったサービスは受けていない」といった不満があると思うが、財政の現状を見る限り、「負担を超えるサービスを受けてきた」のが現実である。

もちろん国や自治体の無駄を見直す必要もあろう。支出の増大が高齢化による対象者の増加にあり、サービス内容が強化された訳ではない。「縮小されれば生きていけない」といった批判もあろう。そうした中で何よりも必要なのは、財政の現状を説明した上で、負担増とサービスの削減を求める勇気である。とりわけ選挙用を意識するあまり、耳当たりのいい公約を乱発してきた政治家には、ポピュリズムと決別してもらう必要がある。

少子高齢化が進む日本は今後、15〜64歳の人口が減少し、ただでさえ生産年齢人口一人当たりの負担は増える。そんな中で1000兆円も超える付けを子ども世代・孫世代に負わせることが許されるのかー。乱暴かもしれないが、負担が着実に増える未来に正面から向き合う姿勢こそ必要である。(了)
歴史認識 [2014年01月14日(Tue)]
“内向きの時代は終わった”
積極的な発言こそ国を守る


日本の歴史認識に対する欧米各国の目線が厳しくなっている。安倍晋三首相の「戦後レジームからの脱却」に対する警戒感があるのかもしれない。しかし一番の原因は中国、韓国との情報戦に大きな後れを取っている点にある。内向きの時代は終わった。前回触れた安倍首相の靖国参拝も、結果だけを見れば中韓両国に日本攻撃の口実を与える“オウンゴール”のような気がするが、日本の考えを内外に伝えようとする積極的な姿勢そのものは評価したい。

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新春の霞が関


欧米の主要メディアの中には安倍首相を「ナショナリスト」、「歴史を美化する修正主義者」と批判する向きがある。戦後レジームからの脱却を、第2次大戦後、連合国側が作った国際秩序に対する挑戦と見る警戒感の表れとみていい。A級戦犯が合祀されているのを理由に、首相の靖国参拝を「日本の戦前回帰」、「軍国主義の肯定」とする批判も同じ流れにある。

中韓両国の日本攻撃には戦後の国際秩序、即ち第2次大戦での「戦勝国―敗戦国」の図式の維持を訴える限り、連合国メンバーだった国々は付き合わざるを得ない、といった強かな計算がある。ロシアが中国の呼び掛けを受け、「日本の一部勢力は、第2次大戦の結果をめぐり、世界の共通理解に反する評価をしている」と“遺憾の意”を表明したのも、この一環だ。

しかし仮に誰かが望もうと、日本の戦前への回帰や軍国主義の復活は有り得ない。中国人、韓国人に限らず、日本に来て、直にこの国を見たことのある人なら、そうした批判が程遠い現状を実感しているはずだ。自由と民主主義、豊かさに慣れ、責任・義務感が希薄になったこの国の国民、さらに政治家に軍国主義を鼓吹し、受け入れるような気概や土壌はない。笛吹けど踊らず、である。

しかし内外メディアの報道を見ると、「国家の指導者としての責務を果たした」(産経新聞)、「(靖国問題で)自らを被害者だと位置付ける中韓の主張は一面的な見解だ」(インドネシア・コンパス)といったいくつかの記事を除くと、「日本の右傾化と軍国主義の台頭に関する米国の懸念に決定的に油を注ぐ」、「日本のリスキーなナショナリズム」、「日中韓3国の関係改善を促していた米政府の努力を無にする行為」など概ね、批判・懸念を表明する論調が多数を占めるようだ。
 
中には、「安倍首相が“靖国参拝で中国との関係が悪化すれば尖閣をめぐる緊張が増し、集団自衛権の行使や憲法改正に追い風になる”と考えている」、「安倍首相が日米同盟を試しにかかっている」などと分析した記事も目に付いた。

これらの論調は言葉の上で一理あるとしても、日本の現状を考えれば絵空事でしかない。一度、自由で豊かな社会を知った国が、個人の自由を奪い、国家への奉仕を強制する社会に逆戻りするのは難しい。希望的な観測と言われるかもしれないが、筆者はそう考える。

日本の平和主義はもっと声高に主張されなければならない。中国や韓国が日本を封じ込め、外交上の譲歩を引き出す強力な武器でもある歴史認識問題を止めることは有り得ない。沈黙を守れば、国民の不満が増し、それこそナショナリズムの高揚、右傾化の危険が出てくる。

日本財団の仕事でインドや東南アジア諸国を訪れ、「独立できたのは日本のお陰」といった声とともに、「発言しないから誤解される」、「日本として、もっとメッセージを出すべきだ」といった指摘を何度も受けた。積極的な発言こそ、この国を守る最大の武器である。(了)
首相の靖国参拝に思う [2013年12月29日(Sun)]
「失望」の裏に戦勝国の論理
新たな追悼施設造るしか・・


安倍晋三首相の靖国参拝が大きな反響を呼んでいる。メディアを交え今後もホット議論が続こう。ここでは在日大使館を通じて公式に「失望」を表明した米国との関係に絞って、私見を記しておきたいと思う。

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戦没者を悼むのは国、時代を超え当然の感情であり、どう追悼するかは一重にその国の国内問題であり、本来、他国の干渉は許されない。にもかかわらず首相の靖国参拝が問題となるのは、A級戦犯とされた東条英機元首相ら戦争指導者14人が合祀されている点にある。

1978年、当時の宮司の判断で合祀され、分祀はできないとされているようだが、この点に関しては論ずる知識は持たない。ただし、A級戦犯も合祀されている靖国神社に首相が参拝すれば、“日本の戦争犯罪”を裁いた極東軍事裁判、さらに戦勝国・米国を中心とした戦後の国際秩序との兼ね合いで、日本の国内問題と言い切れない面が出てくる。

戦後の国際秩序は、敗れた枢軸3国を「悪」、勝利した連合国側を「正義」とすることで成り立っている。この点で日本と戦った中国は米国と価値を共有し、米国がいかに戦後の日米同盟を重視しようとも、中国から「A級戦犯が祭られた神社への参拝は侵略戦争を正当化する行為」、「わが国とともに日本軍国主義と戦った米国がそれを見過ごしていいのか」と問われれば無視はできない。中国や韓国が米国に対し執拗なまでに“日本批判”を展開するのも、この点を意識してのことだ。

10月に訪日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官が、無宗教の国立施設である千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花したのも、選挙で靖国参拝を公約し、第一次政権で靖国参拝を見送ったことを「痛恨の極み」と公言する安倍首相に対し、靖国参拝の見送りを求める米国の精一杯のメッセージだった。

衰えが目立つとは言え引き続き世界のリーダーを自認する米国にとって、安倍首相の靖国参拝は“日本の右傾化に対抗する”として軍事力膨張に奔走する中国に格好の口実を与えるだけでなく、アジア重視政策、とりわけ北朝鮮政策を進める上で重視せざるを得ない韓国との関係を考える上でも、これ以上、亀裂が深刻になるのは好ましくない、といった判断もある。

「近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに米国政府は失望している」との声明には、「米国の難しい立場を何故、理解してくれないのか」との思いとともに「日本は敗戦国であることを忘れるべきではない」との警告が込められている。

中国や韓国が対日攻撃の材料として「歴史問題」を捨てることは有り得ない。戦後体制が続く限り、日本の動きを「戦勝国が作った国際秩序に対する挑戦」として封じ込め、外交上の譲歩を引き出すのに、これほど有効な“武器”はないからだ。

以上、日本人の立場から感想を述べた。中韓両国に言わせれば、「侵略戦争を受けた」、「殖民地として支配された」歴史こそ重要であろう。日本で”戦争”が風化すればするほど、両国の反日愛国教育は激しさを増し、結果、双方で危険なナショナリズムが高揚する。

どこかで、この流れに歯止めないと危険である。中韓両国に冷静さと良識を求めるのは当然として、A級戦犯の分祀ができないのなら、わが国にも靖国神社に変わる国立の追悼施設建設など、別の選択肢があってもいいのではないかー。反対、批判は当然あろうが、ほかに有効な提案は思いつかない。(了)
日韓関係を憂慮する [2013年11月19日(Tue)]
韓国大統領に“危うさ”
国民リードする冷静な姿勢こそ


 朴槿恵韓国大統領の日本批判がとどまるところを知らない。韓国を指す言葉として「反日民族主義」という表現があるが、これでは日本側の「嫌韓」も高まるばかり。年明けには戦時中に日本に徴用された韓国人(徴用工)が日本企業に損害賠償を求めた訴訟の最高裁判決もある。

 最高裁では、原告側の請求を認めた高裁判決が維持されるとの見方が強いようだが、日韓間の賠償請求権問題は1965年の日韓基本条約に伴って締結された日韓請求権・経済協力協定で「完全かつ最終的に解決された」と明記され、特に徴用工の補償問題は従軍慰安婦などを協定の対象外とした慮武鉉政権も協定に含まれる、としていた。

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清々しさ増す冬景色の富士

 仮に個人への賠償を命じたソウル高裁、釜山高裁判決が確定し、賠償金支払い、あるいは被告の新日鉄住金、三菱重工業の資産が差し押さえられる事態となれば、悪化した日韓関係を修復するのは不可能に近い。

 日本は日韓請求権・経済協力協定で無償供与3億j、政府借款2億jの経済協力と3億j以上の民間信用供与を行い、現大統領の父親である朴正煕元大統領はこれを基に「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を実現した。個人補償はある意味で、鉄道やダムなど社会基盤の整備を何よりも優先させた朴元大統領の施策に対する不満の表明かもしれない。しかし、それはあくまで韓国の内政問題である。

条約や協定が簡単に反故にされるのでは、国と国の関係は成り立たない。そんなことは韓国も承知であろうし、国際的な理解も得られまい。むしろ注目したいのは、それでもなお、「反日」にこだわらざるを得ない韓国側の事情である。

背景に「植民地として韓国国民を凌辱した日本に対しては何を言っても許される」という被害者意識、一貫して続けてきた反日政策を転換するのは世論対策上も困難、さらには経済・軍事大国化が目覚ましい中国と組んだ方が得策といった打算があるのかもしれない。事実、朴大統領の言動には「日米韓」より「米中韓」による東アジアの秩序、つまり“日本はずし”を意識した面も多分に目立つ。

しかし体制の違う両国が、中国が強く意識する華夷秩序の中で、どこまで未来志向の関係を築けるか、傍から見るといささか危うさを感じる。いずれにしても最終的に決めるのは韓国国民である。

むしろ、ここで気になるのは朴大統領の姿勢だ。韓国は近年の経済発展で先進国の仲間入りをした。大統領の職責は、この国を健全に発展させていくことにある。反日民族主義にこだわり過ぎるのは、この国の将来にとって不幸であり、視野が狭すぎるのではないか。国民に反日を煽るより、「世界の韓国」へリードしていく冷静な姿勢こそ国のリーダーに求められる姿である。訪問先の国々で日本批判を展開する朴大統領の姿勢に、権威よりもひ弱さを感じるのは、果たして筆者だけかー。

過去の歴史に起因しているとは言え、手を携えて未来志向の関係を築くべき日本にとっても不幸な事態である。「“親日”の烙印を押されたら、売国奴とまでののしられ一切の発言権を失う」と嘆く韓国の知識人、さらには大統領の行きすぎを指摘するメディアの論調を散見するに連れ、果てしない“泥沼”に落ち込んだ日韓関係を憂慮せざるを得ない。(了)
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