昨日の記事「
長い距離を伴走するということ(1)」の続き――
先日の朝日新聞(4/21)、松井彰彦先生の「経済季評」から――
(…)
市場は、見知らぬ人同士が出会う場である。
しかし、
いったん出会った後は、顔の見える人間関係が生まれる。
顔の見える関係はありとあらゆるところで生まれ、育まれていく。
そこでは、単なる私利ではなく、
信義に基づいた関係の構築が大切なことは言うまでもない。
そして、
人間関係の基本は、
相手の立場に立って、ものを見ることと言ってもよい。
(…)
私たちは出会いの場としての市場の本質を見誤ることなく、
市場とうまくつき合っていかなくてはならない。
みなさんにも、よい出会いがありますように。
走ることに出会って人生が変わり、伴走と出会ってさらに変わり、
そしてウルトラと出会って・・・、その他もろもろ素晴らしい出会いに心から感謝です。
水都大阪ウルトラマラニックの運営委員長の佐田さんのブログから――
「
長い距離を走るということ」
(…)
自分のためならいくらでも諦められる。
でも・・・きつい場面で思い浮かぶ人の顔が多ければ多いほど
諦められないですよね。
その時に、
ウルトラは走れたらそれでいいんじゃないなって思いました。
いかに日ごろから丁寧に生きているか。
人間性そのものを問われているのが
ウルトラだなって思うようになりました。
人を裏切らず、丁寧に生きること。
それが、きつい場面を乗越える力になると・・・
我慢強くなりました。
我慢強いことが、マイナスになることも正直多いですけど(笑)
(…)
でね、今回初めてウルトラに挑戦する人へ。
まずは、きついのは当然なんですよ。
私は、いつも笑顔で走っていたらしく、
「さたさん楽しそう!」って言われたのですが・・・
そんなねえ250キロとか48時間とか走って楽しいわけが無いのですよ。
でもね、笑っているんです・・・
めったとつらい顔をしたことはありません・・・
それってね、心配させたくない、一心かな。
だから、思うんです。
自分で辛い、しんどいにハマッてはいけない。
辛い中でも笑う努力。
応援ありがとー、エイドありがとー、ゴールで待っててくれてありがとー
そう頭の中で辛いより苦しいより、最優先に組み替えるんです。
ボランティアの方って、
本当にボランティアでまるまる一日支えてくれてるんですよね。
オリンピック選手でもプロでもない自分のために、
無償でやってくれている、
そういうところに意識を持っていけば
ふててる場合じゃ無いですよね。
(…)
共感です。
私にとってフルを越えるレースの出走は今回で3度目になります。
最初は一昨年のGWのユリカモメで70キロに挑むもDNF(Did Not Finish)、
二度目は一昨年9月の高野龍神スカイラインで50キロに挑んで制限時間内にゴール。
そして、今回は再び70キロに挑戦、
しかも私にとって「はじめてのウルトラ伴走」です。
そんな練習でもレースでもまだ70キロを走った経験のない私をガイドに選んでくれたのは、
昨年11月に「フル伴走デビュー」の機会を与えてくれた小山さんです。
小山さんもウルトラは初めての挑戦。
しかもロードでフルを走られたのも昨年11月の初挑戦の一度だけ。
走力も経験も乏しい者がペアを組んでどないすんねんというところですが、
お互い怖いもの知らず、向こう見ずに「初初ペア」で挑戦することになりました。
実は、小山さんと初めて出会ったのは、
2年前のこの水都大阪ウルトラマラニックの大会でした。
長居わーわーずの伴走練習会に参加したのも同じ頃だったようですが、
それまでご縁がなく、2年前のこの大会で
マッサージのボランティアをされる皆さんのお手伝いとして参加した時に、
ボランティアを終えて会場から帰るとき、
地下鉄の乗り換え駅までご一緒させていただきました。
自分たちとは別世界のレースにペアを組んで出るとは夢にも思わず、
運命の「出会い」に心から感謝です。
70キロを走るのは私にとっても未知の世界ですが、
自分ひとりでなく「伴走で出走するプレッシャー」を力に、
走る限りは「制限時間内の完走」を目指して、
互いに励まし合って、格別の達成感で喜びを分かち合いたい。
そんな思いで年明けから練習を始めましたが、
4月になっても自分たちが思い描いた成果は出ず、不安が募りました。
しかし、本番10日前(4/12)の午後に長居公園で伴走練習を行い、
2.8キロの周回コースを6周走って、
本番を想定して2周ごとに歩きながら水分補給し、
これらの時間も含めて17キロをキロ7分で走ることができました。
曇天で日差しこそありませんでしたが、走り終えた時点の気温は20.3度。
互いに伴走ロープを意識せずストレスなく走ることもでき、
レースでは前半40キロをキロ8分を想定していたので、
本番に向けて一緒に練習する最後の機会を
最高の形でしめくくることができたとお互い喜んだ、のですが・・・
結果は、制限時間の11時間をわずかにクリアできず、
完走メダルに手が届きませんでしたが、
ゴールを果たすことができました。
が、64キロの毛馬エイドで休んだ後、
毛馬の堤防を下りてから大阪城公園に戻るまでの最後の走りは、
あの日一番の走りができただけに、
もうちょっと何とかならんかったのかと悔やまれます。
ランナーとしてガイドとして、わが身の力不足、経験不足を痛感しました。
前日の受付をご一緒したNさんに、
明日は暑くなるので関門通過できたら昼寝してもいいよとアドバイスいただいたけど、
カメが昼寝してどうすると暑い日差しの中を歩き続けました。
関門通過時点で30分も余裕があったのだから、昼寝して休む勇気が私にあれば
もっと余裕をもって楽しいレース運びができたかもです。
また、レース前半は、我ら初初ペアの無謀な挑戦を
長居わーわーずのAちゃんが一緒に走って元気な声で力強くサポートしてくれたのですが、
関門通過後は別のサポートに回られたこともあって私自身の走りに余裕がなくなり、
小山さんに無用な負担をかけて体力を消耗させてしまいました。
が、しかし、お天気があんなに暑くなければ、
最後までサポートしていただきながら一緒に走れたら、
なんて「たられば」ではなく、
お天気が暑く「ても」、途中からサポートがなく「ても」、
そしてゴールの制限時間クリアが厳しいことはわかってい「ても」、
最後まであきらめずにゴールを目指して走り続けた自分たちを誇りに思い、
自分たちをほめたいと心の底から(負け惜しみでなく)思っています。
長居わーわーずの皆さんには
日頃から色々アドバイスいただくとともに
力強く応援していただき、励みになりました。ありがとうございます。
あの厳しい暑さの中を共に走るわーわーずの仲間とすれ違っては
力強くエールを交わして互いに励まし合い、
またエイドや沿道からは力強い声援をいただいて励まされ、
そしてゴールではみんなが待ってくれている、
そうでなかったら、自分に言い訳して諦め、走り続けていなかったでしょう。
心から感謝しています。ありがとうございました。
そして何より、初めての大切なレースの伴走者にこんな木偶の坊の私を選び、
それなりの伴走者として育ててくれた小山さんには心の底から感謝です。
長居わーわーずの仲間からスタート前にいただいた「完踏」のお守り
共に励まし合って完走を果たしたものの、ゴールに忘れ物をしました。
大事な忘れ物を引き取りに、自分を高めて再び挑戦します。
走ることと出会って人生が変わりましたが、
伴走と出会ってさらに変わりました。
伴走に支えられているのは私の方で、心から感謝です。
精進して自分を高めていきますので、
引き続きのご指導、よろしくお願いします。
この続きはまた明日
会計は算術ではなく、思想である
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。