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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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給料は空から降ってこない [2017年10月31日(Tue)]
昨日(10/30)の記事「自分は社長!の心意気に燃える」の続きメモ

松翁ある人に次のように言われた。
つねに仕事の主人公になれ。
人から言われることだけをやればよいというような、
安易かつ単純な考えではいけない。
自分は、社員稼業をしているのだ、独立経営体の大将なのだ、
という考えに徹すれば、
想像もできない大きな力と大きな成果が生まれてくる。

松下幸之助『松翁論語』

『稲盛和夫の実学』より――
良い採算制度があるから採算が上がるのではなく
現場の人たちが採算を上げようと思うから上がるのである。
そのためには経営者自身が、
必要なエネルギーを現場の人たちに直接注ぐ
ことが大切となる。
私はそれを「魂を注入する」と呼んでいる。
そうして初めて、社員も心からやる気になってくれる。
経営者が魂を注入しなければ
どんなにすぐれた経営管理システムであっても
社員を動かし、会社を向上させていくことはできない



労働時間に応じて給料を払う時代は終わりつつある
社員に求めるのは、労働時間の提供ではなく、付加価値の提供
付加価値が給料の元と社員が納得すれば、働き方も変わる。

堀場雅夫『おもしろおかしく〜人間本位の経営』

社員を「説得」ではなく、社員が「納得」ぴかぴか(新しい)

20150630.jpg

私たちはお客様の声に耳を傾けます。
しかし、聞くだけでは足りません
心がけるのは何かを生み出すこと
お客様が何を求めているかを予測し、
お客様がそれに気づく前に生み出すのです。
私たちの顧客主義は、
自分たちができることを考えて動くのではなく
お客様が何を求めているかを把握し
その後で、どうやれば提供できるか、考えます

ジェフ・ベゾス(アマゾン・CEO)


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「自分は社長!」の心意気に燃える [2017年10月30日(Mon)]
昨日(10/29)の記事「自分が社長の心意気」の続きメモ

松翁ある人に次のように言われた。
つねに仕事の主人公になれ。
人から言われることだけをやればよいというような、
安易かつ単純な考えではいけない。
自分は、社員稼業をしているのだ、独立経営体の大将なのだ、
という考えに徹すれば、
想像もできない大きな力と大きな成果が生まれてくる。

松下幸之助『松翁論語』

松下幸之助『縁、この不思議なるもの』の
第6話「"自分は社長!"の心意気・坂口保雄さん」より――
ところで、ひるがえって日々の生活を顧みるとき、何か事に取り組むにあたって、
お互いにはたしてこの坂口さんのような心意気に燃えているでしょうか。
坂口さんはそのときまだ課長クラスの人でしたが
自分は一社員ではなく社長だという気がまえで仕事をしていた
それがぼくとの対話のなかで、思わず口に出たということでしょうが、
ぼくは会社の仕事に限らず、何人かの人が協力して事をなそうという場合には
それそれの人が責任者と同じような気がまえ、 心意気に燃えるということが
きわめて大切
だと思うのです。
.
もしそのグループの人たちが
「事がうまくいくかどうかは、リーダーの責任で自分にはかかわりのないことだ。
 だから自分はリーダーの言う通りにしていればいい
というような考えを持っていたならば、
たとえリーダーが非常にすぐれたすばらしい人であっても
なかなかうまくいかないのではないでしょうか。
またそういうことであれば、その人自身にとっても大きなマイナスだと思います。

というのは、そういう受け身の姿勢では、
おそらく自分が取り組んていることに興味も意欲もわかないてしょう。
それては精神的にも肉体的にもすぐ疲れてしまいます。
したがって成果があがらないだけではなく、
その人自身の実力も養われず成長もしない
ということになってしまいます。
それに第一、そういう状態で日々を送っているというのでは
非常に不幸だし、もったいないのではないてしょうか。

やはり、 お互いにとっていちばん幸せなことは、
何と言ってもみずからがなすべきことに興味を持って取り組み、
やり甲斐を感じていける
ということだと思いますが、
その一つの大切な基本となるのが、坂口さんが持っておられたような
自主性あふれる心意気だと思うのです。

職場や学校や家庭、あるいはその他の団体など、
自分が属しているそれそれの立場で、お互いに日ごろ、
どの程度「自分は社長!」の心意気に燃えているでしょうか。


―― これぞ「働き方改革」の一丁目一番地かも

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


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旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自分が社長の心意気 [2017年10月29日(Sun)]
昨日(10/28)の記事「つねに仕事の主人公になる」の続きメモ

松翁ある人に次のように言われた。
つねに仕事の主人公になれ。
人から言われることだけをやればよいというような、
安易かつ単純な考えではいけない。
自分は、社員稼業をしているのだ、独立経営体の大将なのだ、
という考えに徹すれば、
想像もできない大きな力と大きな成果が生まれてくる。

松下幸之助『松翁論語』

「自分が社長の心意気」
Think like an entrepreneur, not like a hired hand.
s-img116.jpg
一社員にすぎないから与えられた仕事さえしていればいい、という考え方では、
力強い活動はできない。
実際には一社員でも、
「自分は社長である」という心意気を持ちたい。

そうした気持ちを持てば、日々新たな意欲も沸くし、
さらなる創意工夫をこらすようにもなる。
ひいては、生きがいも生まれてくる。

松下幸之助・日々のことば「道をひらく」より

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


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この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
つねに仕事の主人公になる [2017年10月28日(Sat)]
昨日(10/27)の記事「いかなる仕事も一つの経営と観念する」の続きメモ

諸君は、各自受け持った仕事を忠実にやるというだけでは十分ではない
必ずその仕事の上に経営意識を働かせなければだめである
いかなる仕事も一つの経営と観念するところに、
適切な工夫もできれば新発見も生まれるものであり、
それが本所業務上、効果大なるのみならず、
もって諸君各自の向上に大いに役立つことを考えられたい。
経営のコツここなりと、気付いた価値は百万両
これは決して誇大な妄語ではなく、真に経営の真髄を悟り得た上は、
十万百万の富を獲得することもさしたる難事ではないと信ずるのである。
(松下さんが昭和9年の年頭に社員にお年玉として贈った言葉)

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「人をつくること」
それとともに大事なのは、思い切って仕事を任せ、
自分の責任と権限において自主性をもった仕事ができるようにしていく
ことである。
人を育てるというのは、結局、経営の分かる人
どんな小さな仕事でも経営的な感覚をもってできる人を育てることである
そのためには、何でもあれこれ命令してやらせるのではいけない。
それでは言われたことしかしない人ばかりになってしまう。
やはり仕事は思い切って任せることである。
そうすることによって、その人は自分でいろいろ考え工夫するようになり、
そのもてる力が十分発揮されて、それたけ成長もしてくる。
私どもの事業部制はいわばそういうことを一つの制度化したものであり、
それによって人が育っという大きな長所があることを私は経験から感じている。
事業部という一つの経営体だけでなく
その中の個々の仕事、いいかえればすべての仕事について
そのような考えをもち、それを訴えてきたのが私の経営である
もちろん、大幅に仕事を任せるといっても、
基本の方針というものはビシッと押さえておかなくてはいけない。

それなしに任せたのでは、それぞれが勝手にやるということになって、
全体がバラバラになってしまう。
あくまで一定の方針にもとづいて権限を与えるのである。
したがって、ここでもやはり、
その会社としての基本の考え、経営理念というものが
きわめて大切になってくる
わけである。
その経営理念に即して、各人が自主的に仕事をしていくということであり、
そういうものがあってはじめて成り立つことだといえよう。

松翁ある人に次のように言われた。
つねに仕事の主人公になれ。
人から言われることだけをやればよいというような、
安易かつ単純な考えではいけない。
自分は、社員稼業をしているのだ、独立経営体の大将なのだ、
という考えに徹すれば、
想像もできない大きな力と大きな成果が生まれてくる。

松下幸之助『松翁論語』


小川守正『実践経営学―松下幸之助に学んだ自主責任経営とは』より――
電子レンジの試作品ができ上がり、松下幸之助社長に見ていただいたところ、
「ここまでできたのなら売ってみよ。
これについて一番よく知っているのは君か。
では君にまかす。君は今日から経営者やで
ということで電子レンジ部が設けられ、部長に任命されました。
「このまま研究を続けていても学問研究に止まる。
売ることによって、お客様や小売店さんからいろいろなクレームや要望がいただける
それを新しいテーマにして
さらに研究改善を繰り返すことによって研究品は商品に成長する

そしてお客様から原価を上回る評価をしていただけるようになったらその分が利益や
部下にしっかり給料払うんやで
と言われました。
そのときは経営の神様の話もえらく簡単だなと思いましたが、
私は今も、これこそ経営の基本だと確信しております。

そして、内部資本金200万円、運転資金400万円を設定され
人員はわずか20名ぐらいでしたが独立採算制の一部門(ミニ事業部)として出発
しかし、それからが大変で・・・

現場を「管理」の場ではなく、経営(独立採算、自主責任)の場にするぴかぴか(新しい)

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横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
いかなる仕事も一つの経営と観念する [2017年10月27日(Fri)]
昨日(10/26)の記事「一業に専念し、どこにも負けない!」の続きメモ

『松下幸之助・経営の真髄』より――
「一人一人が自分の仕事を一つの経営と考える」
われわれはわれわれの仕事を、
いずれも一つの経営と考えねばならない。
どのような小さな仕事もそれを一つの経営なりと考えるときには、
そこにいろいろ改良工夫をめぐらすべき点が発見され、
したがって、その仕事の上に新しい発見が生まれる
ものである。
世間すべての人々が同じように努力しながら、
成功する人はまれであるのは、
いま言うところの経営の観念に欠け、何らの検討工夫をなさず、
ただ仕事に精出しているにすぎないからである。
本所(法人改組前の松下電気器具製作所)
かくのごとき(経営の観念を欠く)人々の集団であるときは、
その将来も危ぶまれる次第である。
一人で世間へ放り出しても立派に独立独歩し、
何をしても一人前にやっていける人びとの集まりとなってこそ、
所期の目的が達せられる
わけであり、
かつ、かく経営者たるの修養を積むことによって、
諸君各自の将来も、いかに力強きものがあるかを考えねばならない
と痛感する次第である。

昭和8年12月16日・松下電器社員への講話

諸君は、各自受け持った仕事を忠実にやるというだけでは十分ではない
必ずその仕事の上に経営意識を働かせなければだめである
いかなる仕事も一つの経営と観念するところに、
適切な工夫もできれば新発見も生まれるものであり、
それが本所業務上、効果大なるのみならず、
もって諸君各自の向上に大いに役立つことを考えられたい。
経営のコツここなりと、気付いた価値は百万両
これは決して誇大な妄語ではなく、真に経営の真髄を悟り得た上は、
十万百万の富を獲得することもさしたる難事ではないと信ずるのである。
(昭和9年の年頭に社員にお年玉として贈った言葉)

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「人をつくること」
人を育てるというのは、結局、経営の分かる人
どんな小さな仕事でも経営的な感覚をもってできる人を育てることである
そのためには、何でもあれこれ命令してやらせるのではいけない。
それでは言われたことしかしない人ばかりになってしまう。
やはり仕事は思い切って任せることである。
そうすることによって、その人は自分でいろいろ考え工夫するようになり、
そのもてる力が十分発揮されて、それたけ成長もしてくる。
私どもの事業部制はいわばそういうことを一つの制度化したものであり、
それによって人が育っという大きな長所があることを私は経験から感じている。
事業部という一つの経営体だけでなく
その中の個々の仕事、いいかえればすべての仕事について
そのような考えをもち、それを訴えてきたのが私の経営である

松翁ある人に次のように言われた。
つねに仕事の主人公になれ。
人から言われることだけをやればよいというような、
安易かつ単純な考えではいけない。
自分は、社員稼業をしているのだ、独立経営体の大将なのだ、
という考えに徹すれば、
想像もできない大きな力と大きな成果が生まれてくる。

松下幸之助『松翁論語』


現場を「管理」の場ではなく、経営(独立採算、自主責任)の場にするぴかぴか(新しい)

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


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旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
一業に専念し、どこにも負けない! [2017年10月26日(Thu)]
昨日(10/25)の記事「多角化より専門化、総合化より細分化」の続きメモ

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「専業に徹すること」
企業経営において、
多角化、総合化という行き方と、専業化という行き方があるが、
私は原則として、多角化よりも専業化をはかっていくべきではないかと考えている
(…)
それぞれの企業がそのもてる経営力、技術力、資金力というものの範囲で
経営を行っていくという場合に、
そうした力を一番効果的に生かすにはどうしたらいいかというと、
その力を分散させるよりも集中的に使った方が
より大きな成果を生むことができる
わけである。
企業経営は常に厳しい競争場裡(じょうり)にさらされている。
そういう中で、もてる力をいくつかの仕事に分散して、
そのそれぞれの分野において他よりすぐれた仕事をしていくということは
よほど抜きんでた力をもっていればともかく、実際にはきわめてむずかしい
しかし、それほど大きな力をもたなくても
すべてを一つの仕事に集中してやっていくならば
そこから他に負けない成果を生み出すこともできやすくなってくる

(…)
多角化し、いくつかの部門をもち、
どこかが業績があがらなくても、他の部門の成果でそれをカバーして、
会社全体としての安定をはかっていくというのも、
それなりに一つの行き方であろうし、
現にそういう姿の企業も多く見られるところである。
だから、そうした行き方をいちがいに否定するものではないが、
ただ、それによって「一つぐらいうまくいかない部門があっても、
他でカバーすればいい」というような安易な考え方に陥ったりすれば、
これはきわめて好ましくないし、またそのような多角化によって、
個々の部門が専業でやる場合ほどに発展し得るかどうかは疑問である。


松翁ある人に次のように言われた。
赤字のツケを他に転嫁してはならない。
別の仕事で吸収できるからというやり方ではなく、
一件ごとに採算を合わせよ。

松下幸之助 『松翁論語』

やはり私は、基本的には、
会社のもてる経営力、技術力、資金力といったものをすべて一つの仕事に集中して
そのかわり、その分野についてはどこにも負けないといった姿をめざしていく
ことがより好ましい
と思う。
そのためには、場合によっては現在二つの仕事をやっているとしても、
その一つをあえてやめて一業に専念することも考えられる。
ただ、そうはいっても、実際の経営においては、
社会の要請からしても、その二つとも続けることが望ましい場合もあろう。
また一つの仕事をやっていても、そこからそれに関連して
次々と新しい仕事が生まれてくるということも起こてくるだろう。
だから、それは大いにやっていっていいと思う。
しかし、そういう場合でも、その個々の仕事については
専業的に独立性の高い姿でやっていくことが大切である。

つまりその一つひとつを独立の会社にするなり、
あるいはそれに近い姿で運営していくということである。
だから、それぞれの部門はあくまで
その分野についてはどこにも負けないという姿をめざさなくてはいけない
一つがうまくいかなくても他でカバーするというのでなく、
すべての分野が独立経営体として成果をあげていくということである。


松翁ある人に次のように言われた。
赤字のツケを他に転嫁してはならない。
別の仕事で吸収できるからというやり方ではなく、
一件ごとに採算を合わせよ。

松下幸之助 『松翁論語』

そうなれば、かりにかたちは総合経営のようであっても、
内容的には専門細分化されて、
あたかも専業の独立会社の集合体のような実態をもっているといえよう。
しかし実際には、そのような総合経営でも、個々の分野では
ほんとうの独立の専業会社ほどにはうまくいかないという姿が往々にして見られる。

だから、よほど独立意識を高め、
経営の主体をそれぞれの部門におく
ということを、
考え方の上でも、実際の経営においても強くもたなくてはならないのである。
--------------------------------
「一業に専念する」一社一業、一人一業(一人ひとりが経営者)
 (※)アメーバ経営・・・小集団独立採算制度による経営管理システム
   「アメーバ経営」とは、
京セラグループの企業哲学を実現していくために創り出された手法で、
会社の組織をアメーバと呼ばれる小集団に分け、
その集団を独立採算で運営する経営システムです。
「アメーバ経営」のもたらす従業員の経営参加意識の高揚、
モチベーションの向上
が、京セラグループの強さの源泉となっています。
また、「アメーバ経営」における小集団は、
効率性が徹底的にチェックされるシステムであると同時に
責任が明確であり、細部にわたる透明性が確保されています。

現場を「管理」の場ではなく、経営(独立採算、自主責任)の場にするぴかぴか(新しい)

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多角化より専門化、総合化より細分化 [2017年10月25日(Wed)]
昨日(10/24)の記事「もうかりますか」「非常にもうかる」の続きメモ

松下幸之助『繁栄のための考え方』の「適正経営という考え方」より――
「多角経営より専門化」
(…)
証券会社の人がお読みになられましたら、おしかりがあるかもしれませんが、
証券界の傾向もどうかといいますと、
「あの会社は多角経営をやっているんだ、
 一つがもうからんでも、一つがもうかったらいい
 多角経営だから、安全性があるから株を買いなさい」というような呼びかけが、
私はあるように思うのです。
ですから、しろうとの人も、あの会社は多角経営だからいいんだ
あの会社は総合経営をしているからいいんだ
だから心配ないというような傾向があると思うのです。
はたして、それを適正経営とみていいかどうかという問題です

松翁ある人に次のように言われた。
赤字のツケを他に転嫁してはならない。
別の仕事で吸収できるからというやり方ではなく、
一件ごとに採算を合わせよ。

松下幸之助 『松翁論語』

一部はそういう傾向に進んでいくということが必要であるとし、
また、それによって成功性があると思いますが、
どちらかといいますと、
やはり専門細分化していくというほうがよくはないか
いままで日本は保護貿易でしたから、国内が主で仕事が小さかったのです。
ですから大きく仕事をしてみたいという人は、
多くの部門をやらなくてはならないということになりましょう。
しかし、国内でいかに多角経営をしても、
そうは資本がいらないと思います。規模が小さいのですから。
しかし今日は、全世界に開放してわれわれが
大いに活動しなければならないような状態になったのですから

とても総合経営にしていてはやり抜けないものが、私は相当にあると思います。
それですから、やり抜けるという性質のもの、
どうしても総合経営ぢなければならないというものは、
これはもちろんそうやるべきですが、
だいたいの産業というものは
個々に分割し、専門化し、そうしてそれを世界的たらしめる
というようにもっていくのがいいのではないか

イス一つにしても、世界を制すれば、大きな事業になってきている。
その実情からしても、非常にそれを痛感するのです。

(昭和39年9月に実業之日本社より刊行、昭和61年1月に文庫本版発刊)


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「もうかりますか」「非常にもうかる」 [2017年10月24日(Tue)]
昨日(10/23)の記事「間口を絞って、奥行きを深めていく」の続きメモ

松下幸之助『繁栄のための考え方』の「適正経営という考え方」より――
「多角経営より専門化」
(…)
そういうことにからんだ一つの例をあげます。
これは最近、私が非常に驚いたものですが、
なるほどやり方によっては、おもしろい経営ができるものだなという実例です。
これは、かねて私もそうでありたいと考えておりましただけに
いっそうその感を深くしたのです
名まえをあげていいと思うのですが、
「宝椅子」というイスを製造している会社があります。
これはイス全部をつくっているわけではありません。
そのイスのうちのごく一部分である
散髪屋さんが使うィスだけをつくっている会社です。
このイスを終始一貫つくっておられるわけて、
明けても暮れても散髪屋さんのイスをよくするということに終始してきて何十年
ついに今日、大成功して、
日本の散髪屋さんのイスの大半は「宝椅子」になったというのです。
それだけでなく「宝椅子」がアメリカに進出して、
アメリカの散髪屋さんのイスを逐次「宝椅子」にかえつつあるということです。
欧州に出て、欧州の床屋さんのイスも、だんだんかえつつあるのです。
そういうことで最近は、運賃の関係もあって、
ベルギーに専門の工場をつくるということになっています。
ですから、わずかに散髪屋さん用のイスだけで経済的に世界に進出して、
直営工場まで持とうというところまできているのです。
「もうかりますか」と尋ねますと、
非常にもうかるということです。
ほとんど自分のつけた値段でみんなが買ってくれるということです。
したがって、集金も非常によろしいから
あまり手形を出さないし、受け取りもしないというような状態で経営しております。
これを適正経営といっていいかどうか、いろいろ問題があるでしょうが、
これも一つの行き方だと思います。
つまりそこに非常な成功があるということは
それが適正な経営をしているということになると思うのです。
(…)
(昭和39年9月に実業之日本社より刊行、昭和61年1月に文庫本版発刊)


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間口を絞って、奥行きを深めていく [2017年10月23日(Mon)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「一品で世界に雄飛を」
業種により、また会社により、
総合化していくほうがいいという場合もあるだろうが、
概していえば、これからの中小企業は
専門化の方向へ進むべきではないか
と思うのである。
現在、二つの仕事をもっているのであれば、
思い切ってそれを整理して一つにしていく。一つは捨ててしまうわけである。
そのかわり残った一つについては、これを徹底的に深めていく
というやり方をとるべきではないかという感じがする。
それによって、人手も技術もそれに集中することができるし
資金のより効率的な運用も可能になってくるであろう。
そこから非常にすぐれた製品、高い成果というものが生み出されてくると思う。

昨今、大企業が中小企業の分野に進出してくるということが、
しばしばあるようであるが、
中小企業のほうがこうい う姿で、一品に徹していくならば
決して競争に後れをとるということはない
自分のほうはこれ専門なのだ
 むこうはいろいろほかにも大きな仕事をやっているのだから
 これに専心できるわけではない
 負けるものか
という信念なり心意気であたれば、心配は要らないと思う。
ところが、ともすれば多少余力があると
二つの仕事を三つにして、業容を大きくしていこうということを考えてしまう
そうなると、かたちの上では立派になっても、内容はかえって弱体化し
競争にも後れをとるということにもなりかねない
業種なり、仕事の性質によって違ってくるだろうが、
やはり間口を絞って、奥行きを深めていくというか、
一品をもって世界に雄飛するのだ、
というような方針で経営を進めていくことが好ましいのではないだろうか。
『オール生活』昭和44年2月号

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よし、やるぞ! [2017年10月22日(Sun)]
雨ニモマケズ、風ニモマケズ

「雨ニモマケズ」の英訳はいくつかあるのですが、
そのどれもが、「マケズ」をそのまま否定形で訳していて、
「ちょっと違うな」と思っていました。
だからぼくの訳は、“Strong in the rain”で始まっています。
「強い」という意味の“Strong”で、
よし、やるぞという感じを出したかったんです。
それは賢治願望であり、祈りでもあったから。
ロジャー・パルバース「私の大好きな宮沢賢治」
/NHK『ラジオ深夜便』 2009年9月号

ロジャー・パルバース『英語で読み解く賢治の世界』
/岩波ジュニア新書


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Why not? [2017年10月21日(Sat)]
われわれは状況の奴隷であってはならない
社会情勢、経済情勢などのために、自分の目標は実現困難であると思い、
簡単にあきらめてしまう人たちがいます。
状況を理解すればするほど、
夢を叶えることは不可能であるという結論に自分を導いていくのです。
状況の奴隷になってしまうと、状況が悪いことを理解し、
自分の夢が非現実的であったという結論をだすだけになってしまいます。
稲盛和夫『成功への情熱―PASSION―』

You see things ; and you say, 'Why?'
But I dream things that never were ; and I say, 'Why not?'
(ケネディ兄弟が演説で引用したバーナード・ショーの言葉)

「2017年版中小企業白書」より――
労働生産性(従業員一人当たり付加価値額)の推移
  2017_1-2-20.jpg
大企業は2003年度から2007年度にかけて緩やかな上昇傾向にあり、
リーマン・ショックの影響もあって2008年度、2009年度と落ち込んだものの、
以降は再び上昇傾向にある。
近年で最も労働生産性の落ち込んだ2009年度と、足元の2015年度を比較すると、
6年間で製造業で+308万円(+30.8%)、非製造業で+216万円(+20.0%)
他方で、中小企業の労働生産性の推移を見ると、
ここ13年間で中小企業はほぼ横ばいの推移となっており、
大企業と中小企業とでは労働生産性の水準には開きがある。
近年で最も労働生産性の落ち込んだ2009年度と、足元の2015年度を比較すると、
6年間で製造業で+48万円(+9.6%)、非製造業で+37万円(+7.1%)

'Why?'
「なぜ中小企業の労働生産性は大企業より低いのか? なぜ横ばいなのか?」
  ⇒ 状況の奴隷で言い訳テンコ盛り、思考停止で何も変わらず問題は放置され悪化


'Why not?'
「なぜ中小企業の労働生産性は大企業より高くないのか?」
「なぜ中小企業の給料は大企業より高くないのか?」
  ⇒ これでいいのか、どうすればできるかと考え抜き、仮説検証を繰り返してやり抜く

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
中小企業の給料は高いのが当たり前だ [2017年10月20日(Fri)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「70の力が150にもなる」
私は中小企業ほど強いものはないと思います。
なぜ中小企業が強いかといいますと、
中小企業というものは、ある程度適性をもった経営者であれば
人を十分に生かすことができると思うのですよ。
今日大企業といわれる会社は、だんだんと官僚的になってきて、
100の力のある人を70にしか使っておりません

これは事実です。
そこの社長が非常に偉い人であっても、やはり限界がありますから、
大会社になればなるほど、一人あたりの力が低下するのが、これはもう原則ですね。
2、30人から2、300人という中小企業であれば、
その主人公の一挙手一投足によって、全部の人が働く<一人ひとりが主人公>
70の力の人が150にもなって働くのですよ。
だから私は中小企業がいちばん強いということを知っている。
というの は、私は極小からズーツと今日まで経営してきましたが、
大企業となった今がいちばんむずかしいと思うからです。(…)
昭和37年11月22日・京都経済同友会

<生産性>
    最大のアウトプット(新たな価値)   
   最小のインプット(資本、人、時間など)

【A】100の力のある人(インプット)→ 70の仕事(アウトプット)
    生産性 ・・・ 70%(70/100)
【B】70の力のある人(インプット)→ 150の仕事(アウトプット)
    生産性 ・・・ 214%(150/70)
【B】の生産性は【A】の3倍(214%÷70%)

『松下幸之助・経営の真髄』より――
「中小企業の月給は高いのが当たり前だ」
中小企業は、大企業の給料が1万円であれば
自分のところは中小企業だから1万2千円出す
そのかわり5千円よけいに働いてもらうことを考えるべきです。
そして、それが可能なんですね
大企業では、組織だとかいろんなものがじゃまをして70%しか仕事をしないが、
こちらはオヤジさんも一緒になって一所懸命働くんだから
2千円多く出しても十分引き合い、もっと儲かる
したがって、中小企業の月給は高いのが当たり前だ
という気にならないといかんのだということですよ。
『経営者会報』昭和38年1月号

松下幸之助『人生談義』の
「中小企業は弱くない」より――
確かに中小企業は、大企業と比べると、規模も小さく、社員も少なくて、
一見、弱くて不利なことばかりのように見えます。しかし実際には、
中小企業だからこそ強い、有利だという点が少なくないのです。
経営者が適切な指導をすれば、
一人ひとりが力を、100%どころか、120%も150%も発揮できて、

大企業以上に高い生産性をあげられる。
そんなことからすれば、
中小企業は本来、決して不利でも弱いものでもない、
むしろ強い
ものだといえる。

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
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中小企業ほど強いものはない [2017年10月19日(Thu)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「70の力が150にもなる」
私は中小企業ほど強いものはないと思います。
なぜ中小企業が強いかといいますと、
中小企業というものは、ある程度適性をもった経営者であれば
人を十分に生かすことができると思うのですよ。
今日大企業といわれる会社は、だんだんと官僚的になってきて、
100の力のある人を70にしか使っておりません
。これは事実です。
そこの社長が非常に偉い人であっても、やはり限界がありますから、
大会社になればなるほど、一人あたりの力が低下するのが、これはもう原則ですね。
2、30人から2、300人という中小企業であれば、
その主人公の一挙手一投足によって、全部の人が働く<一人ひとりが主人公>
70の力の人が150にもなって働くのですよ。
だから私は中小企業がいちばん強いということを知っている。
というの は、私は極小からズーツと今日まで経営してきましたが、
大企業となった今がいちばんむずかしいと思うからです。(…)
昭和37年11月22日・京都経済同友会

「経営の醍醐味が味わえるという中小企業のよさ」
(…)
もちろん中小企業の弱体性というものはあります。
けれども弱体性だけを認識して悲観するのと、
中小企業の長所というものを認識して勇気をもつというのと、2つあるわけです。
前のほうはやっぱりうまくいかない。景気に非常に押されるわけです。
あとのほうはむしろ面白くやっている
だから認識いかんですよ。
昭和40年11月17日・共同通信社記者会見

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
中小企業は社会生活の基盤となるべきもの [2017年10月18日(Wed)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「中小企業は人間の社会生活の基盤である」
わが国の経済なり産業について考えてみた場合、
中小企業の果たしている役割は、まことに大きなものがある。
今日、いかなる大企業といえども、
幾多の中小企業の密接な協力なしには存在しえないといってもよいであろう。
つまり、
中小企業というものは、日本経済の基盤であり、根幹であって、
それが健在であってこそ、
大企業もその持ち味を生かして活動できるし、
経済全体の繁栄も可能になると思うのである。
さらにいうなれば、中小企業は単に経済の根幹というだけでなく、
お互い人間の社会生活の基盤ともなるべきもの
だと思う。
つまり人間というものは、各人それぞれに
それなりの適性、持ち味というものをもっている

その適性、持ち味を、それそれに十分発揮して生きていくところに
人間生活の喜び、幸せというものがあるのだと思う。
そしてそういう姿を実現していくためには、
大企業という一つの大きな花の中で
人々の生活が一色に埋もれてしまうよりも
やはりたくさんの中小企業があって
そこで人々がそれそれの適性に従って色とりどりに花を咲かせている
といった状態のほうがはるかに望ましいと思う。

『PHP』昭和46年5月号

『松下幸之助・一日一話』より――
「中小企業は社会の基盤」9月21日
私は中小企業というものは、日本経済の基盤であり、根幹であると思う。
それが健在であってこそ、
大企業も持ち味を生かすことができるし、経済全体の繁栄も可能になる。
とともに、中小企業は単に経済においてだけでなく、
いわば社会生活の基盤にもなるべきもの
だと思う。
つまり、いろいろな適性を持った人が、それぞれに色とりどりの花を咲かす
そういった社会の姿がより望ましいのであり
そこに人間生活の喜びというものもあるのではないだろうか。
その意味において、たくさんの中小企業が、それぞれにところを得て
さかんな活動をしているというような社会の姿が一番理想的なのではないかと思う。


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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
他を誹謗せず、正々堂々と戦う [2017年10月17日(Tue)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「他を誹謗せずに競争する」
競争は、あくまで正しい意味における業界の発展を願い
それを通じて社会の繁栄に資するということを基礎におかなければならないと、
かように思うのであります。
それをはずれて、行きすぎたり、
また競争に勝ちたいあまりに他を誹謗したりするということは
これは絶対に許されないと思うのでありまして、
したがって、たとえこちらがいかに誹謗されましても
ただちにこれに応ずるというのは、まことに心弱い姿であると申せるのであります。
すなわち、
われわれにほんとうの意味の強さなり、
ほんとうの自覚がありましたならば、
いわばどんなに集中攻撃をされましても、
笑ってこれを迎えるということができるはずであります。
相手を傷つけず、相手を包容しっつ、
われわれはわれわれの分野を行くということが、
十分できるはずなのであります。
競争において他を誹謗するというのは、
まことに世間の狭いこと
でありまして、
そんなかたちでしか仕事ができないということほど
つまらないことはないと信じているのであります。

昭和34年1月10日・松下電器経営方針発表会

他に誹謗されても、
他を批判する必要はございません。


松下幸之助『実践経営哲学』の「素直な心になること」より――
素直な心になれば、物事の実相が見える。それにもとづいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。
なすべきを行い、なすべからざるを行わない真実の勇気
そこから湧いてくる。
さらには、寛容の心、慈悲の心というものも生まれて、
だから人も物もいっさいを生かすような経営ができてくる。
また、どんな情勢の変化に対しても、柔軟に、融通無碍に順応同化し、
日に新たな経営も生み出しやすい。



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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自主経営が共存共栄の第一歩 [2017年10月16日(Mon)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「共存共栄が真の発展に結びつく」
企業は社会の公器である
したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない
企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、
それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、
その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。
また実際に、自分の会社だけが栄えるということは、一時的にはありえても、
そういうものは長続きはしない。
やはり、ともどもに栄えるというか、
いわゆる共存共栄ということでなくては、真の発展、繁栄はありえない
それが自然の理であり、社会の理法なのである。
自然も人間社会も、共存共栄が本来の姿なのである。

「共存共栄に徹すること」/『実践経営哲学』

(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

「自主経営が共存共栄の第一歩である」
私は自主経営と共存共栄とは共通性があると思うんです。
自主経営というものは、みずからの責任において仕事をするということですね。
その「みずからの責任において仕事をする」ということから
どういうことが生まれるかというと、
第一、人に迷惑をかけないということになりますわね。
「人に迷惑をかけない」ということは、非常に好ましいことだと思いますね。
自主経営でない場合には、人の力を借りるとか
何か人から助けてもらうとかいうことになりますから、人に迷惑をかけますね
これは共存共栄にならないわけです、人に迷惑をかけるんですから
だから共存共栄の第一歩が自主経営だと思うんですね。
神奈川ナショナル店会連合会結成記念大会
昭和39年(1964)10月29日
そして、その自主経営の基礎に立って初めて
他を助け、他を導き、他とともにというようなことが起こってくる

のではないかと思うんですね。
(…)
だからやっぱり自主経営というものをはっきり自覚しないと
共存共栄というものは分かりませんな
つまり自主経営のない人は依存経営になりますね。
それでは共存共栄になりませんね。助けられてやるということですな。
助けられてやるということは、いっか破綻が来ますね。

だから助けられないでやるということが建前である。
その上に立ってお互いに力をかしあうというときに
初めてそれがものになるということですね。
(…)
そうでありますから、松下電器が共存共栄したいというても、
自主性のない人と共存共栄するということはできないんです。
自主性をもった人と共存共栄をすれば、お互いに利益があるけれど、
自主性のない人には、松下電器の利益を還元しようとしても、
それは流れてしまうという感じがしたんですね。

自主経営というものは相手から与えられるものやない
自主経営は自分でやるものである。
その自主性というものがあったときに、相手の力が生きて働く。
それが共存共栄に働く
んだと、こう私は思うんですね。
「共存共栄と自主経営」/『松下幸之助の経営問答』

スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より――
「依存」している人は、
  欲しい結果を得るために他人に頼らなければならない
「自立」している人は、
  他人に頼らず、自分の努力によって自分の欲しい結果を得ることができる。
「相互依存」をしている人々は、
  自分の努力と他人の努力を引き合わせて最大の成果を出すのである。

自主経営が共存共栄の第一歩
依存経営(もたれ合い)→ 自主経営 → 共存共栄(持ちつ持たれつ


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共に生き、共に栄える道を求める [2017年10月15日(Sun)]
松下幸之助『思うまま』より――
「睦みあって」
対立や争いのつきないのが人間の過去の歴史であったということから考えて、
人間はそういうような一つの宿命をもっているのかもしれないと言う人もある。
けれども、人間は本来互いにゆるしあい、朧みあって
そして必ずあいともに幸せになり、共存共栄してゆける
ということが原則
なのではないだろうか。

やはりお互い人間としてはそのように考えたいと思うし、
またそのように考えるところから、人間の幸せも生まれてくるように思うのだが。

(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「人心の深淵」
人類が月を歩いたのは、いわゆる科学の偉大な勝利だとも言われているけれど、
その科学を駆御したのは人間で、人間あっての科学だということを考えれば、
つまりこれは人間の、そして人類の偉大な成果だということになる。
どこの国の誰が成功しようとも、それは長い歴史のなかの数知れぬ人間の
ねがいと知恵と体験がつみかさなった結果であって、
そのことを思えば、お互いに人類の一員として、肩を叩いて素直に喜びあい、
人間としての誇りを改めて持ち直してもよいであろう。

そんな偉大な人間が、今もなおはかりかね開発しきれないでいるのが、
わが心の動きである。人の心の深淵である。

ともすれば捉われた心で人を責め、他をののしり
ねたみとうらみに自他ともに傷つく
われさえよければの思いで、
どうして人心の開発がはかられるであろう。


月とともに、わが心、人間の心にもアポロを打ち上げて、
人心の深淵を究めつくし、その開発をはかって、
自他ともに栄えあう真の人の世を生み出したい
人類の、そして一人ひとりのいちばん大事な課題であろう。

「共存共栄」ということは、
相手の立場、相手の利益を十分考えて経営をしていくということである。
まず相手の利益を考える、というといささかむずかしいかもしれないが、
少なくとも、こちらの利益とともに相手の利益をも同じように考える
それが相手のためであると同時に、大きくは自分のためにもなって
結局、双方の利益になるわけである。
共存共栄ということでなくては、
真の発展、繁栄はあり得ない

共存共栄に徹すること/松下幸之助『実践経営哲学』

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あきらめたらあかんのです! [2017年10月14日(Sat)]
雨が上がっていたので自転車で万博公園へ...
お目当ては「みんぱく映画会」です。
本日は、台湾映画鑑賞会「映画から台湾を知る」

入場整理券をゲットして、展示場の言語コーナーへ
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世界各地の言葉に翻訳された絵本「はらぺこあおむし」
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こちらは、点字つきさわる絵本「はらぺこあおむし」
IMG_8899.jpg
上が英語版で、下がアラビア語版です。

てんやく絵本や、点字つきさわる絵本と今まで出会うことなく、初めての体験です。
英語版とアラビア語版では左綴じ、右綴じ(右開き、左開き)の違いだけでなく、
あおむしの向きも違うことも初めて知りました。
IMG_8903.jpg

日本手話版「ももたろう」
IMG_8904.jpg
各地の手話で語られています。
最初の画面では日本語の字幕を選択できず、
二度目のチャレンジで字幕表示を選択できます。
手話を知らないと字幕なしでは難解ですが、
字幕があると字幕に目が行くので肝心の手話に目がお留守になってしまいます。
まさに手話は言語です。

さらに、ビデオテークコーナーでは「手話の世界へようこそ!!」
IMG_8910.jpg
世界各地の手話表現の違いなどが学べます。

同じ英語圏でもイギリスとアメリカでは手話が違うこととも初めて知るなど、
(点字はアルファベットであれば同じ)
色々と初めて知ることが多く、とても有意義でした。

また、エントランスホールでは、点字体験ワークショップをされていました。
s-img126.jpg(みや ただし)

そして映画鑑賞会も、愉快な映画で痛快でしたが、
単におもしろいだけでなく、映画を見終えた後に野林教授の解説があり、
台湾の文化や現代社会について知ることができ、
社会のあり方について考えることができてよかったです。

さすが、梅棹忠夫ワールドです。
軽く気分転換のつもりで久しぶりの民博でしたが、とても充実したオフになりました。ぴかぴか(新しい)

供給が需要を生むんだ。
供給してみい、そうしたら需要がでてくる。


困難はなんぼでも出てくる。
困難は克服されるためにあるんや。


あきらめたらあかんのです!
梅棹忠夫 語る

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No more Hiroshima! [2017年10月13日(Fri)]
中小企業大学校の広島校で3日間の研修を終え、大阪に戻る前に、
今年4月にリニューアルされた平和記念資料館の東館へ...

IMG_8870.jpg
一発の原子爆弾が、無差別に多くの命を奪い、生き残った人びとの人生も変えました。
広島平和記念資料館は、被爆資料や遺品、証言などを通じて、
世界の人々に核兵器の恐怖や非人道性を伝え、ノーモア・ヒロシマと訴えます。

IMG_8877.jpg No more Hiroshima!

IMG_8873.jpg
言葉に表せない、想像を絶する破壊力を持つ兵器を
この地上から廃絶することは、我々人間すべての務めです。
みなさん、どうか全力でこの務めにあたってください。
ダライ・ラマ14世

IMG_8878.jpg
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

2016年5月に広島を訪問したオバマさんのRemarksより――
(…)
That is why we come to this place. We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.

Mere words cannot give voice to such suffering, but we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again. Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6th, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.
(…)

だから私たちはこの場所に来る。私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。われわれは声なき叫びに耳を傾ける。あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。

単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。私たちに変化を促してくれる。

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ドレイを使うように使っている [2017年10月12日(Thu)]
昨日(10/11)、仕事を終えて話題の映画「ドリーム」を鑑賞するため
八丁堀のデパート福屋さんの8階にある映画館、八丁座へ...
IMG_8865.jpg
映画「ドリーム」(HIDDEN FIGURES)も見応えありましたが、
映画館の造作も素晴らしく、満ち足りた気分でゆったり映画を楽しめました。

職場に非白人用のトイレがないため、時間との闘いの中でも
800m離れたトイレに走って通うことを強いられ、そして雨の日にはずぶ濡れに...
人種隔離政策の差別の中で、能力が認められ、貢献し、信頼を得る。
しかしコンピュータの登場で計算係は不要とお払い箱に・・・
が、地球周回のロケットに乗り込む飛行士グレンに
「彼女は? 彼女が数字を確認してOKなら飛ぶ」と絶大な信頼を寄せられて
「キャサリンを探せ」と彼女は再び、現場の第一線に戻って貢献する。

一方、計算手として働く黒人女性たちのリーダー(ドロシー)は、
コンピュータの登場で自分たちの仕事がなくなることを察して、
先手を打って(先見性)コンピュータを使うために必要な勉強をし、
そして自ら学んだことを共に働く仲間たちに教えて導き、
プログラマーとして活躍する場を作り出して仲間の雇用を守る。

本部長「我々は月に行けると思うか?」
キャサリン「もう行っています」ぴかぴか(新しい)

色々と多くの気づきを得て見応えありました。

本田宗一郎『俺の考え』より――
どうして従業員に対して大企業並みの給料が払えないのだろうか
まず私が指摘したいのは、その経営者が、企業全般を私物視していること、
従業員に対しては賃金が安くていいんだという固定観念を持っていること、
そして希望と働く意欲を与えようとしない点である。
ズバリというならばドレイを使うように使っていることである。
ドレイという言葉は行きすぎであろうが人間を私有物視し、
希望も生き甲斐も生み出さぬような環境で働かすことはそれに近いといえるだろう。
そして、そういう環境からは絶対にアイデアは生まれてこない
アイデアが生まれないから企業が発展せず
賃金も上げられずという悪循環が生じてくるのである
私の知っている企業にも、そういう悪循環から、脱しきれないところがある。
その経営者をみていると、外面的には働き者のように見えるし、
率先陣頭指揮のように見えるけれども、
部下のアイデアを開発し、働く気特を起させないために、
肝腎の能率や製品の向上に役立っていない場合がしばしばある。
働くということは決して遮二無二動くということではない
個人の働きというものは知れている、
人をしてその最高の性能を発揮させることが大切な時代なのである
(…)
従業員を大切にし、希望ある仕事を与えることができれば
仕事を前進させるアイデアは自ずとして湧き出し、その成功は期して待つべきである

人間尊重

自立
自立とは、既成概念にとらわれず自由に発想し、
自らの信念にもとづき主体性をもって行動し、
その結果について責任を持つことです。

平等
平等とは、お互いに個人の違いを認め合い尊重することです。
また、意欲のある人には個人の属性
(国籍、性別、学歴など)にかかわりなく、
等しく機会が与えられることでもあります。

信頼
信頼とは、一人ひとりがお互いを認め合い、
足らざるところを補い合い、
誠意を尽くして自らの役割を果たすことから生まれます。
Hondaは、ともに働く一人ひとりが常に
お互いを信頼しあえる関係でありたいと考えます。

「人間は本来、夢や希望を抱いてその実現のために思考し、
創造する自由で個性的な存在である」ととらえ、
「こうした人間が集い、個性を尊重しあい、平等な関係に立ち、信頼し、
持てる力を尽くすことで、ともに喜びを分かちあいたい」という理念。
◆Hondaフィロソフィー/Honda

確かに中小企業は、大企業と比べると、規模も小さく、社員も少なくて、
一見、弱くて不利なことばかりのように見えます。しかし実際には、
中小企業だからこそ強い、有利だという点が少なくないのです。
経営者が適切な指導をすれば
一人ひとりが力を、100%どころか、120%も150%も発揮できて
大企業以上に高い生産性をあげられる
そんなことからすれば、中小企業は本来、
決して不利でも弱いものでもない、むしろ強い
ものだといえる。
松下幸之助『人生談義』


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旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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