CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
ようおこし (^_^)
ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
道しるべ★カテゴリー
Google

WWW このブログ
<< 2017年10月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新の記事
最新のコメント
宮 直史
宮ゼミ、本日スタート (06/12) 宮崎 勇気
宮ゼミ、本日スタート (06/11) 宮 直史
フルマラソンデビュー戦、完走! (11/02)
http://blog.canpan.info/miya38ts/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/miya38ts/index2_0.xml
寛容の心で人も物もいっさいを生かす [2017年10月03日(Tue)]
松下幸之助『続・道をひらく』より――
「無限の宝庫」
この世の中に存在するものは、一つとしてムダなものはない。
ムダだと思うのは、その活かし方、使い方を知らないだけ。
活かし方を知らなければ、すべてのものがマイナスになる。

ムダだ、マイナスだと頭をかかえてばかりいたら、
不満に心が暗くなり、せっかくの天与の贈物も猫に小判。

黄金は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝。
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。

無用と思われていたカビのようなものでも、
これを有効に使えば、貴重な働きをすることがわかってきた今日、
この世の中はまさに無限の宝庫である。
すべての物はもちろんのこと、マイナスでしかない人間など
本来この世にあろうはずがない

お互いに、もうすこし謙虚でありたい。
もうすこし勇気をもちたい。
そして、もうすこし寛容の心を持って、
すべての物が、すべての人が、時と処を得て、
その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。


聖書「コリント人への第一の手紙」の12章14節〜26節を『バルバロ訳・聖書』より――
体は一つの肢体で成り立っているのではなく
多くの肢体で成り立っている
足が「私は手ではないから体に属していない」と言っても、
それだから体に属していないわけではない。
耳が「私は目ではないから体に属していない」と言っても、
それだから体に属していないわけではない。
もし全身が目であれば聞くところはどこなのか
全身が聞くところなら嗅ぐところはどこなのか
神は思召しのままに、体にそれぞれの肢体を置かれた
みなが一つの肢体なら体はどうなるのか。肢体は多いが体は一つである。
だから目は手に向かって「おまえは要らぬ」と言えないし、
頭は足に向かって「おまえは要らぬ」とは言えない。

体の中でもっとも弱く見える肢体はかえって必要である
体の中で卑しく思えるところを特に尊び
私たちの美しくないところはことに丁重にするが、
美しいところはその必要がない。
神は劣ったところにことに尊さを与えるように人の体をつくり上げられた
体のうちに切れ目がなく、肢体が互いに相助けるためである。
一つの肢体が苦しめばすべての肢体はともに苦しみ、
一つの肢体が尊ばれればすべての肢体がともに喜ぶ。

排除の論理で「おまえは要らぬ」と言うより、
寛容の心を持って、すべての物が、すべての人が、
時と処を得て、その本来の値打ちが活かされるよう努めたい。

松下幸之助『実践経営哲学』の「素直な心になること」より――
素直な心になれば、物事の実相が見える。それにもとづいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。
なすべきを行い、なすべからざるを行わない真実の勇気
そこから湧いてくる。
さらには、寛容の心、慈悲の心というものも生まれて、
だから人も物もいっさいを生かすような経営ができてくる。
また、どんな情勢の変化に対しても、柔軟に、融通無碍に順応同化し、
日に新たな経営も生み出しやすい。



P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
| 次へ