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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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平沢保治さんのお話し会 [2015年09月21日(Mon)]
素晴らしい秋日和の昨日(9/20)、国立ハンセン病資料館に寄せていただき、
ハンセン病問題の語り部、平沢保治さんのお話し会に参加してきました。

私とハンセン病との出会いは去年のゴールデンウィークのこと――
障害者雇用に関心をもって読んだ「ヤマト福祉財団ニュース」のバックナンバーで、
ヤマト運輸の小倉昌男さんとハンセン病回復者で語り部の平沢保治さんの対談を読み、
不条理にも苦難を強いられた過去、そして今も残る社会の偏見や差別を知りました。
yamato2004.jpg(ヤマト福祉財団ニュース・2004春)

この記事を読む前も、ニュースや本などを通じて
ハンセン病のことを知っている「つもり」でしたが、
実のところは何も知らず(無知)、自ら知ろうとしませんでした(無関心)。

この記事を読んだのをきっかけに、昨年の7月に長島愛生園に寄せていただき、
8月には東京出張の機会に国立ハンセン病資料館にお伺いしました。
そして、10月には邑久光明園・長島愛生園のフィールドワークに参加して
邑久光明園の入所者の望月拓郎さんにご案内いただき、色々お話をお聴きしました。
参加者との質疑応答で「偏見は人間がつくったもの」と望月さんが語られた言葉に、
同じ人間であることを見失ってはならない」と受け止めました。

そして今年6月、NHKの「ハートネット」や「探検バクモン」で
元患者の森元さんや平沢さんのお話をお聴きするとともに、
映画『あん』を観ました。

すべては「知る」ことから始まる。
そして、過去(歴史)に学ぶ。二度と過ちを繰り返さないために
「自分になにができるか」
――なすべきことはなにか、なすべからざることはなにか

国立ハンセン病資料館では、原則として原則第3日曜日に
ガイダンスビデオと平沢保治さんのお話し会」を開催しておられます。
今回の東京出張の機会に資料館を再訪し、お話し会に参加させていただきました。

平沢さんは1927年(昭和2)生まれの88歳。
14歳の時、1年で無料で治してくれるということで多摩全生園に入所。
その後74年間のご自身の人生を語られる魂の言葉が私の心を揺さぶります。

長年の人権回復運動が認められてご出身の茨城県から「いばらき大使」に任命されても
未だに親のお墓参りも叶いません。
それでも「生きることに価値がある」と力強く語られる平沢さんの言葉に励まされ、
生かされていることをありがたく感謝し、今を生きる」と受け止めました。

お話の中で「不自由な手でも役に立つ」と何度も繰り返し言われていた平沢さんと
講演後に握手を求めさせていただき、名刺を頂戴しました。
20150920.jpg

講演では平沢さんの魂が込められた厳しいお話が続きましたが、
握手の求めに応じて「どちらから来られたの?」と言葉をかけてくださり、
幸せに満ちた表情がとても印象的で、講演のお話とともに心に深く残りました。
ありがとうございます。お身体をお大事になされて元気でお達者にお過ごしくださいるんるん

「知ったあなたは、次にどうしますか?」 [2015年06月11日(Thu)]
昨夜(6/10)のNHK・探検バクモンは「ハンセン病を知っていますか」

今回の放送で爆笑問題の二人が訪れたのは国立ハンセン病資料館と多磨全生園。
私も昨年8月に寄せていただきました。
P1020800.jpg
資料館の入り口に立つ遍路姿の母子像
――子供の肩にまわした母の手を握る子供、二人の姿に胸が痛みます。

P1020806.jpg
納骨堂建立のことば/多磨全生園

「無知が偏見を生む」
 ――番組で案内役の黒尾さん(ハンセン病資料館・学芸部長)が言われていましたが、
私自身、ニュースや本などを通じてハンセン病のことを知っている「つもり」が、
実のところは何も知らず(無知)、自ら知ろうとしませんでした(無関心)。

「知る」ことから始まる。

「知ったあなたは、次にどうしますか?」

以下、ご参考までに
■NHK・探検バクモン「ハンセン病を知っていますか」
http://www.nhk.or.jp/bakumon/prevtime/20150610.html
再放送 来週16日(火)16:25〜

■ヤマト福祉財団ニュース(第二号)2004年春号
http://www.yamato-fukushi.jp/aboutus/publication/pdf/20040520.pdf
番組に登場された平沢保治さんとクロネコの小倉昌男さんとの対談

■NHK-Eテレ・ハートネット「ハンセン病の戦後 ―人間回復への道―」
http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2015-06/04.html
再放送 本日(6/11)13:05〜

■映画『あん
site-id.png

■映画『あん』の原作本(ドリアン助川『あん』/ポプラ文庫
978-4-591-14489-3.jpg

■ハンセン病/ハートネットTVブログ・NHK
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/700/714/


「この世にあるものすべては言葉を持っていると私は信じています。
どんなものでも、商店街を通る人たちはもちろんのこと、生きているものなら、
いえ、陽射しや風に対してでさえ、
耳をすますことができるのではないかと思うのです」
(ドリアン助川『あん』/ポプラ文庫)

美しい社会であり続けるために四つ葉
 
「おいしいよね〜」 [2015年06月10日(Wed)]
昨日(6/9)に続いて、映画『あん
site-id.png

昨日ご紹介した予告編とは別の特別映像
――徳江さんが耳をすまして小豆たちの言葉を聴き、心をこめて小豆をおもてなし
  「がんばりなさいよぉ〜」
  (…)
  「おいしいよね〜」



「この世にあるものは、すべて言葉をもっている、
と私は信じています」
(徳江さんから千太郎宛の手紙)


この続きはまた明日四つ葉
 
「どら焼き、いかがですか」 [2015年06月09日(Tue)]
先日(6/7)の記事で振り返ったように、
昨年8月、東京出張の機会にハンセン病資料館に寄せていただきました。

資料館の常設展示場の出口に掲げられたメッセージに心打たれました。
 あなたの「やさしさ」を信じて
この世とのあらゆるつながりを捨てさせられた哀しみ、悔しさ、辛さを心に隠して、
ほろ付きの荷車で療養所に連れて来られた初老の男の人の、表情を失った顔。

両親の近況を知りたい、自分の今を知ってほしい、それだけの思いで、
寺子屋風の寒ざむとした部屋で、必死に学ぶ子どもたち。

すべての肉親から引き離され、この世でたったひとつ、
ようやく手に入れたつながりである夫を亡くし、
棺にしがみついて泣く、年老いた女の人。

それらの写真に、はっと胸を突かれる一瞬があったことと思います。

この場所を訪れた記憶とともに、その思いをどうか大切にしてください。
そしてぜひ、再び足を運んでいただけますよう願っております。
その時にもあなたは、
家族を、そして自分の大切なつながりをすべて奪われた人びとの思いに
共感されることでしょう。
あなたのそのやさしさが、きっと誰かのなぐさめになり、
支えになると期待しております。
-------------------------

公開中の映画『あん』を観て、胸を打たれました。
site-id.png




あんを炊きながら、耳をすまして、小豆たちが語る物語を聴き取り、
そして「がんばりなさいよぉ〜」と声をかかける

小豆を水にひたしてひと晩漬け、おてんと様が顔を出すとともにあんをつくり、
練り、そしてどら焼きに、、、「心」をこめて

「この世にあるものは、すべて言葉をもっている、
と私は信じています」
(徳江さんから千太郎宛の手紙)

春、夏、秋、冬と季節はめぐり、再び春へ
ラストシーンの千太郎がとても印象的でした。「どら焼き、いかがですかぁ〜」

きっと今ごろは、あじさいが美しい花を咲かせているのではないでしょうか

ajisai-1.jpg

ajisai-2.jpg

この続きはまた明日四つ葉
 
ハンセン病を知る [2015年06月07日(Sun)]
先週木曜日(6/4)にNHKのEテレ「ハートネット」で放送の番組を録画で見ました。

ニュースや本などを通じてハンセン病のことを知っているつもりでしたが、
回復者が自ら語られる言葉を初めて読んだのは去年のゴールデンウィークのことです。
障害者雇用に関心をもって読んだ「ヤマト福祉財団ニュース」のバックナンバーで、
ヤマト運輸の小倉昌男さんとハンセン病回復者で語り部の平沢保治さんの対談が、
偶然、目に留まりました。<ヤマト福祉財団ニュース(第二号)2004.5

知っているつもりでしたが、実のところは何も知らなかったことを認識し、
自ら知ろうとしなかったことを自省しました。

7月に大阪で映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』を観て
その週末に長島愛生園に寄せていただきました。
また、8月には東京出張の機会に国立ハンセン病資料館にお伺いしました。
そして、10月には邑久光明園・長島愛生園のフィールドワークに参加しました。

邑久光明園では入所者の望月拓郎さんにご案内いただき、お話をお聴きしました。
望月さんが「偏見は人間がつくったもの」と語られたのが心に深く沁みましたが、
今回のテレビ番組に出演された元患者の森元さんのお話をお聴きして、
本末を誤まって同じ過ちを繰り返さぬためにもっと知り、
自分の問題として考えなければならないと強く感じました。

今週11日(木)の13:05〜、再放送あります。
◆ハンセン病の戦後 ―人間回復への道―/ハートネット・NHK

また、今週のNHK「探検バクモン」では元患者の平沢保治さんのお話を聴けるようです。
10日(水)22:55〜、再放送 16日(火)16:25〜
◆ハンセン病を知っていますか/探検バクモン・NHK

そして、公開中の映画『あん』もぜひ・・・
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以下、ハンセン病資料館の常設展示場の出口に掲げられたメッセージメモ

あなたの「やさしさ」を信じて
この世とのあらゆるつながりを捨てさせられた哀しみ、悔しさ、辛さを心に隠して、
ほろ付きの荷車で療養所に連れて来られた初老の男の人の、表情を失った顔。

両親の近況を知りたい、自分の今を知ってほしい、それだけの思いで、
寺子屋風の寒ざむとした部屋で、必死に学ぶ子どもたち。

すべての肉親から引き離され、この世でたったひとつ、
ようやく手に入れたつながりである夫を亡くし、
棺にしがみついて泣く、年老いた女の人。

それらの写真に、はっと胸を突かれる一瞬があったことと思います。

この場所を訪れた記憶とともに、その思いをどうか大切にしてください。
そしてぜひ、再び足を運んでいただけますよう願っております。
その時にもあなたは、
家族を、そして自分の大切なつながりをすべて奪われた人びとの思いに
共感されることでしょう。
あなたのそのやさしさが、きっと誰かのなぐさめになり、
支えになると期待しております。

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「希望の碑」新良田教室の跡・長島愛生園


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「納骨堂建立のことば」多摩全生園


「知る」ことから始まる四つ葉
 
課題山積なれど [2015年05月24日(Sun)]
平成21年11月6日、天皇皇后両陛下の記者会見から天皇陛下のお言葉――
今日,日本では高齢化が進み,厳しい経済情勢とあいまって,人々の暮らしが深く案じられます。そのような中で,高齢者や介護を必要とする人々のことを心に掛け,支えていこうという人々が多くなってきているように感じられ,心強く思っています。皆が支え合う社会が築かれていくことを願っています。
同じく、皇后陛下のお言葉――
高齢化・少子化・医師不足も近年大きな問題として取り上げられており,いずれも深く案じられますが,高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本では還暦,古希など,その年ごとにこれを祝い,また,近年では減塩運動や検診が奨励され,長寿社会の実現を目指していたはずでした。高齢化社会への対応は様々に検討され,きめ細かになされていくことを願いますが,同時に90歳,100歳と生きていらした方々を皆して寿(ことほ)ぐ気持ちも失いたくないと思います。

長寿を寿ぐ気持ちを失わぬにはどうすればいいか?
(1)現実を直視する
(2)問いかけに創意工夫と行動で答えを出す

今日のお昼前、たまたま見たNHKのテレビ番組で
――人口減少が日本で最も早く進む秋田県、
2040年(25年後)には人口が70万人を割ると推計され、現在の2/3に。
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人口ピラミッドは90歳以上の女性が最多に!
mv02.jpg
結果、高齢化率は高まり(二人に一人が65歳以上の高齢者)
労働人口は減少して労働力が不足し、産業の生産額は大幅に減少。
子供の数が40〜50%減少し、学校の統廃合が進む。
安心して地域に暮らし続けるインフラをどうやって維持するか、、、
「課題」山積

本日の朝日新聞の「日曜に想う」
――「バス停にバスの来ない国」
今どきバスが明日も必ず来るという保証はない。
現に栃木県では前触れもなく路線バスが廃業する騒ぎがあった。
塩谷町役場によると、昨年5月の水曜の朝のことだ。
住民がいつも通りバス停に行くと、時刻表に「運休」の貼り紙が。
事前の告知はなかった。(…)

が、同じく、本日の朝日新聞の「日曜に想う」、その後半
――沖縄・久米島町が力を入れるのは自走車である。

えっ、自走車(自動車ではない)exclamation×2


課題山積なれど、
――長寿を寿ぐ気持ちを失わぬために、
  人生が時々刻々と出す問いかけに「今」を生き、
  創意工夫と行動で答えを出して「未来」を拓く。
会計は算術ではなく、思想である位置情報
この続きはまた明日四つ葉
 
心のぬくもり [2014年11月15日(Sat)]

 心のぬくもり
人の心は暖かくもなれば冷たくもなる。
手にとってその暖かみ、冷たさをはかるわけにはいかないけれど、
心の冷暖は温度計ではかる以上の正確さで、人から人につたわっていく。
そのつたわり方は、口先でもなければジェスチュアでもない。
心と心のジカのふれあいである。

それにしてもきょうこのごろの世の中、心のぬくもりの何とうすくなったことか。

頭がよくて、口先が巧みで、理が立って、
それでなお寒々とした心の気配しかつたわらない人の何と多いことか。
そうした人と人との交わり。そこには、ジーンと胸にひびく感動もなければ、
互いに募い寄る情感も生まれてこない

感謝の心がないのである。
ありがたく思う心がうすれたのである。米一粒にも天地の恩を感じ、
人の情けに涙したあの日本人の心のぬくもりはどこへ行ったのであろう。

音もなく崩れゆくこの日本人の心を、慄然とした思いで省みたい。
このままでよいのかと問いかえしてみたい。
他人事ではない。自分のことなのである。
松下幸之助著『続・道をひらく』より

20141115.jpg
落ち葉もゴミにあらず...カメラ

昨日(11/14)の朝日新聞の「天声人語」で、
殺処分寸前の捨て犬だった夢之丞(ゆめのすけ)くんが、救助犬として訓練を受け、
今年8月の広島土砂災害の救助現場で泥まみれになって活躍したことを知りました。

そして、同じ「天声人語」の後半に紹介されていた青森県・三本木農業高校の
動物科学科愛玩動物研究室の取り組みに興味を持ち、
いのちの花』を買って読みました。
inochi.jpg
人間の骨はお墓に入れてもらえるが、
動物の骨は事業系廃棄物、つまりゴミとして扱われるのだそうだ。
しかも、ある程度量がたまってゴミ収集車が引き取りに来るまで何ヶ月も放置される。
そのことをその時初めて知り、自然に涙が浮かんできた。
(…)
こんな理不尽なことがあるだろうか?
生きたくても生きられず、
そんなことを考えてもみない人間に命を奪われるなんて、
こんなくやしいことがあるだろうか?
(同書より抜書き)
◆命の花プロジェクト/青森県立三本木農業高等学校
◆殺処分された動物の骨に咲く花/今井尚・ハフィントンポスト

ありがとうございます。二つの話に「心のぬくもり」を受け取りました四つ葉
他人事ではなく、自分のこととして大切にします。
 
邑久光明園・長島愛生園フィールドワーク [2014年10月25日(Sat)]
岡山市主催の「邑久光明園・長島愛生園フィールドワーク」に参加しました。
okayama_jinken.jpg
今年の7月、映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』を観たのをきっかけに、長島愛生園を訪れました。
ボランティアガイドさんの案内で歴史館や歴史回廊を見学させていただき、色々と学びや気づきを得られましたが、駅に戻るバスの中で本日のフィールドワークの開催案内パンフレットをいただいたので早速に申し込んで参加させていただいた次第です。

本日のフィールドワークをご案内いただくのは横田廣太郎さん。日本で唯一ハンセン病療養所内に設けられた高校(新良田(にいらだ)教室)で昭和38年から閉校された昭和62年まで教員をされていました。
早速、岡山駅から長島に向かうバスの中で、配布資料をもとにハンセン病や新良田教室について教えていただきました。

長島にはハンセン病療養所が二つありますが、
まずは邑久光明園を訪れ、入所者の望月拓郎さんにご案内いただきました。
P1030194.jpg

そして、望月さんから邑久光明園の歴史と現況についてお話をお聴きしました。
講演後の質疑応答の中で「偏見は人間がつくったもの」と答えられましたが、
同じ人間であることを見失ってはならないと受け止めました。

午後からは長島愛生園をフィールドワーク
新良田教室の跡地、卒業生の皆さんの寄付で建立された「希望の碑」
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横田先生のご案内で二つの療養所を歩いて回らせていただいたおかげで、資料館など見学施設を巡るだけでなく、入所者の暮らしにも接することができました。心から感謝です。

アンプティサッカー観戦 [2014年09月21日(Sun)]
アンプティサッカーサッカーをご存知ですか?

先日、家に帰って偶然つけたテレビで「アンプティサッカー」が紹介されていたのですが、
思わず見入ってしまいました。

アンプティとは切断者という意味で、
事故などで上肢や下肢に切断障がいを負った人が行うサッカーです。
フィールドプレーヤーは足を切断した選手がクラッチという医療用の杖を使ってプレーし、
腕を切断した選手はゴールキーパーとしてプレーします。

ちょうど1ヶ月前の8月21日には、
「ブラインドサッカー」の体験プログラムに参加しましたが、

「アンプティサッカー」にも興味を持ち、ネットで検索すると、
本日(9/21)、日本アンプティサッカー選手権大会の西日本ラウンドが
関西医療大学グランド(大阪・熊取町)で開催されるとのこと。

JRとバスを乗り継ぎ、会場の関西医療大学グランドへ...
P1020929.jpg

ゲーム開始前の練習から魅せられました。
見事なパス回し、豪快なシュート、そしてキーパーの華麗なセービング
テレビを見て片足を失った人が義足を脱いで片足だけでプレーすると思い込んでいたら、
両足とも義足のフィールドプレーヤーや両腕を失ったゴールキーパーもおられて、
けど、皆さん、障がいを感じさせないハツラツした動きです。

第1試合、キックオフ
P1020963.jpg
前半、川合裕人選手の見事なフリーキックが決まり、関西セッチエストレーラスが先制

P1020967.jpg
後半に3ゴールを奪った川西健太選手のドリブル突破

P1020978.jpg

引き続き、第2試合、第3試合も観戦したかったのですが、
午後から予定があったので、後ろ髪引かれながら会場を後に...

JAFA.jpg
日本アンプティサッカー協会

 
災害時帰宅困難者体験訓練に参加 [2014年09月06日(Sat)]
昨日(9/5)、出張から大阪に戻って
平成26年度 災害時帰宅困難者体験訓練 新御堂筋線沿道」に参加...足跡
平成24年度に開催されて今年で3回目とのこと、私は初参加です。

「歩いて家に帰れますか?」という問いかけに、
どのぐらい時間を要するかはともかく、歩いて帰れると思っていましたが、、、

スタートは新大阪、
ゴールは自宅近くの桃山台(上新田交差点)まででエントリー

新大阪の受付ポイントでガイドマップを受け取り、
協賛のリポビタンDを飲み、
淀川区役所の災害救助用乾パンをポケットに入れてスタート

さすがに革靴で歩き通すのは厳しいかと思ってスニーカーに履き替え、
カバンも手持ちではなくザックに

江坂あたりでお腹が空きだし、歩きながら乾パンを、、、
道すがら、コンビニの誘惑と闘いながら、ゴール後のビールを楽しみに前へ、前へあせあせ(飛び散る汗)
緑地公園駅のポイントで、ちょうど新大阪駅から1時間ぴかぴか(新しい)
スタバさんの緑地公園店がアイスコーヒーを無料でご提供、格別に美味しかったです。

そこからさらに30分あせあせ(飛び散る汗)、私のゴール桃山台(上新田交差点)に到着です。
P1020813.jpg
ゴールポイントでは協賛各社からご提供いただいた品を頂戴しました。

新大阪駅から90分、夜でも明るいし、コンビにもあるしと思って歩いていましたが、
ゴールポイントでお世話いただいている皆さんとお話して自分の認識の甘さを痛感パンチ
コンビニにはお客さんが殺到して品切れでしょうし、停電になれば・・・

新御堂筋沿いの歩道のアスファルト舗装に
「徒歩帰宅者支援ルート」の表示が填め込まれていることは気づいていましたが、
R423.jpg
車道との境目に青く光るライトの意味は知りませんでした。
P1020814.jpg
停電の時も光り続ける青いライト
こちらは、ソーラー付き青白色LED照明灯 ひらめき
P1020816.jpg
来週8日(月)は中秋の名月満月

いずれも、大規模災害時に停電した真っ暗闇でも、
帰宅困難者の夜間誘導の役割を果たしてくれる頼もしい存在です。

いのちを守る/映画『架け橋 きこえなかった3.11』 [2014年08月31日(Sun)]
今週の月曜日(8/25)、東京トーマツ会(トーマツ東京のOB・OG会)から
トーマツCSR推進室が主催する映画の上映会の案内メールが届きました。

命にかかわる情報に格差があってはならない
津波警報が聞こえなかった――kakehashi_omote.jpg
命を守る情報に格差があってはならない


映画の公式サイトを拝見して
メッセージに心惹かれたので
9月19日の上映会に参加したかったのですが、
残念ながら当日は東京に出かける予定なし。
そこで、ほかの上映会を確認して
本日、大阪で観ました。

「目で聴く映画」に多くの気づきを得て、
自分の問題として深く考えさせられました。

一人ひとりの命を守る情報の「架け橋」四つ葉
相手の立場にたって言葉を掛け合い、
情報を共有して共に生きる、
今日から明日への希望の架け橋


「架け橋 きこえなかった3.11」公式サイト
 
ブラインドサッカーに学ぶ(2) [2014年08月28日(Thu)]
昨日の記事(ブラインドサッカーに学ぶ(1))の続きメモ

先週の木曜日(8/21)の夜、東京出張の機会に
目隠しでサッカーする「ブラインドサッカー」の体験プログラムに参加しましたサッカー
f2txflgkpwkytgmobay3.jpg

まずは準備運動から
二人一組でペアになり、一人がアイマスクをして、
もう一人が本日のインストラクターであるハジさんの動きを見て伝える――
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ハジさんも登場の「TEDxTokyo」のプレゼンテーションでも
会場の皆さんがやっておられましたが、
ペアの相手は初対面で、今まで縁のなかった人にどう伝えれば伝わるか……


次に、全員がアイマスクで目隠しして3つのワーク
まず「白い靴か、色のついた靴かで2つのグループに分かれる」位置情報
次に「血液型が同じ者で集まる」位置情報
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集まったら人数をカウント、1,2,3,4,5...5人!
そして最後に「背の順に壁に沿って一列に並ぶ」位置情報
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背の順に並んだものの、壁までの距離はまだまだたっぷり...(^^ゞ

お互いに目が見えない状態ですから、自分が言葉を発しなければ置いてきぼり。
また、一方的に声を発するだけでなく、相手の声をちゃんと聞くこと。
そして、互いに声を掛け合うタイミングが大切です。
@言葉を発すること、A聞くこと、B声を掛け合うタイミング
この3つのポイントを「体験」から学びました。
やはり、自分でやってみて初めてわかり、納得できます

この後、鈴が入って「シャカシャカ」と音の鳴るボールを使って
チームに分かれてゲーム形式のプログラムが続き、
時間を忘れて熱が入りましたが、
チームのメンバーが知恵を絞り、互いに声を掛け合って支えあうことなど、
色々と多くの学びや気づきを得ました。
offtime-image (1).jpg

たっぶり汗をかき、身も心も満ち足りた有意義な2時間で、その後のビールも美味しく、
飲む値段で、飲む以上の楽しさ!」の看板に偽りなしです。

この続きはまたいつか四つ葉
 
ブラインドサッカーに学ぶ(1) [2014年08月27日(Wed)]
先週の木曜日(8/21)の夜、東京出張の機会に
目隠しでサッカーする「ブラインドサッカー」の体験プログラムに参加しましたサッカー
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サッカーボールを蹴るのは高校以来、久しぶりです。
目隠ししなくてもまともに蹴れるかどうか、ましてや目隠ししてなんて・・・
が、何ごともやってみなければわかりません。
年齢もわきまえず無分別かと思いましたが、挑戦です。

あくまで体験プログラムで、サッカーの試合をするわけではありませんが、
準備運動から始まる様々なワークを通じて、たっぷり汗をかくと共に、
楽しみながら色々と多くの学びや気づきを得ました。
(ワークを通じて学んだことは明日あらためてご報告します)

2時間近いプログラムを終えて、ご一緒に参加した皆さんとカメラ
offtime-image.jpg
前列中央はご指導いただいた寺西一さん(ハジさん)、日本代表強化指定選手ですぴかぴか(新しい)

寺西さんは中学の時に光を完全に失われたとのことですが、
スピード感あふれるドリブル、そしてシュート!
目に障がいがあることを感じません。
むしろ、「シャカシャカ」と音の鳴るボールを追う時、
私たちのように耳で追っかけるのではなく、
アイマスク越しに目で追っかけているかのようです。
そして、目標を定めてピシッとパス!
こちらは・・・、ご覧のようなありさまで、
右や左や斜めやと言われてもどっちがどっちかわからなくなり、
手を叩かれて手の鳴る方にパスしたつもりが、、、(^^ゞ
offtime-image (2).jpg

offtime-image (3).jpg

また、本日の最後のプログラム、壁に向かって歩くワークで、
ハジさんはまるで足に目があるかのように、壁際でピタッと停止。
こちらは、最初は壁にぶつかって停止、
ハジさんのアドバイスを受けて再チャレンジするも少し手前で停止です。
offtime-image (4).jpg

目隠しによって自分の思い通りにならない不自由さを実感するとともに、
だからこそ、互いの信頼声を掛け合うコミュニケーションの大切さを学びました。

と、学んでわかったつもりでしたが、
プログラムを終えて懇親会場に向かう道すがら、ハジさんに
「お上手ですね。やはり一人でもずいぶん練習しておられるんですよね」とお尋ねすると
「いやぁ〜、一人で練習してボールを蹴り損ねてもボールを探せないんで…」
確かに、、、相手の立場にたって考えることを学んだはずが、お粗末なことですパンチ

そんなこんなで、ブラインドサッカー初体験、とても有意義でした。

ブラインドサッカーサッカーは、
視覚に障がいのある人がプレイできるように考案された5人制サッカー。
ゴールキーパー以外の4人の選手はアイマスクを着用し、
鈴が入って「シャカシャカ」と音が鳴る専用のボールを使います。
同じく音が鳴るボールを使う「ゴールボール」とは違い、あくまでサッカーです。
ご興味あれば、日本ブラインドサッカー協会のサイトで
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今年11月には、4年に一度の世界選手権が渋谷で開催です。
http://blind-football.com/

この続きはまた明日四つ葉
◆ブラインドサッカーに学ぶ(2)

ハジさんも登場の「TEDxTokyo」のプレゼンテーション、ぜひご覧くださいひらめき

 
自らの生きる姿勢を問い質す [2014年08月26日(Tue)]
私が小笠原登博士のことを知ったのは、先月、長島愛生園に出かけた時。
歴史館の展示で初めて知りました。
生涯にわたっての絶対隔離を推進する国家と学会の主流派に抗して、
京都大学皮膚科学科の助教授だった小笠原登博士は
「癩は遺伝病でも不治の病でもなく、また感染力も微弱であるから、
患者らへの迫害を止めるべき」と主張するも、らい学会で糾弾される。
――昭和16年(1941)のことです。

小笠原博士の生き様に興味を持ち、展示されていたブックレットをネットで検索。
買い求めて、先週、ハンセン病資料館を見学する機会に読みました。
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らい予防法が改されて強制隔離が始まった昭和6年(1931)に博士が発表した『らいに関する三つの迷信』も掲載。
不治の病、遺伝病、強烈な伝染病の3つを「迷信」と断じて、
その迷信が起こった理由を示し、
これら迷信を脱却して適切に治療すれば治癒する病であると
論旨は明解です。その最後の部分――
以上3つの迷信はらい患者及びその一族に対して甚しき苦痛を与えている。これらの迷信に基づいて計画せられるらいの対策は徒らに患者を苦痛の中に陥れるに止まる。(…) もし将来らいの対策が企図せられるならば以上の諸迷信を脱却して正しき見解の上に設定せらなければならぬ。

小笠原博士の明解な警鐘にも関わらず、
医師や宗教家は迷信を脱却することなく強制隔離を推進する国家に加担し、
また民衆も疑うことなく結果的に国策を支えて罪を犯しました。
らい予防法が廃止されるのは平成8年(1996)、
博士の『三つの迷信』から65年も要したのはなぜか
そして、私自身がハンセン病問題について本当に知ったといえるのはこの数ヶ月のこと。
らい予防法の廃止や国家賠償、黒川温泉の問題などニュースでは知っていましたが・・・

小笠原博士の診察を受けられた方へのインタビューを読むと、
常に患者さんの立場にたって心から親身で丁寧に診察されるとともに、
単に病院での治療のみならず、患者や家族の心の平安のために
患者や家族の人生とも向き合ってこられたのが伝わります。
また、看護婦さんも朝晩働きづめで何度も倒れながらも、
親兄弟でもできないような患者さんのお世話を日常的に親身にされていたとのこと。
先生や看護婦さんの信念と献身的な生き様に比して、
自分に甘く、惰眠を貪る私自身の「生きる姿勢」を厳しく問い質しました。

「らい患者が多き事はそれ自体何の恥辱でもないのであるが、
 らい患者が多からしめるが如き文化程度が低いことが
 国家、社会の恥辱になるのである。我ら国民は本末を誤ってはならぬ
昭和14年(1939)発表の小笠原博士の論文「らいと体質」の最後の結び

◆絵本「ハンセン病と小笠原登博士」/愛知県

共に生きる美しい社会をつくるために四つ葉
――だからどうする
 
ひとりの人間を見失うということ [2014年08月25日(Mon)]

相手の人間性を無視すれば
自らも人間でなくなっていく
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――東本願寺出版部の『人間回復への道』の扉のメッセージです。
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先週、東京出張の機会に、国立ハンセン病資料館に行きました。
◆ハンセン病資料館/マイブログ(2014.8.17)

大阪から資料館に向かう車中に読んだのですが、
ハンセン病問題を自分の問題として深く考えることができました。

先月、長島愛生園に出かけた時に小笠原登博士のことを知り、
歴史館に展示されていたブックレットをネットで検索し、
小笠原 登−ハンセン病強制隔離に抗した生涯』と併せて
買い求めたのですが、この小冊子と出会えたことに心から感謝です。

「ひとりの人間を見失うということ」より抜書き――
(…)
しかし、隔離された人々の悲しみや苦しみは少しも見えていないのです。
そしてただ「私たちがしていることには間違いがない」
「私たちは善いことをしている」という意識のまま、
真面目にハンセン病のことを考え、真面目に国家に協力し、
真面目に過ちを犯してしまった。
その真面目に犯してしまったいちばん大きな過ちというのが、
「ひとりの人間を見失ってきた」ということではないかと思います。
真面目に、ひとりの人間を見失ってきてしまった。
これが、私たちの先輩が残してくれた大きな課題だと思います。
その課題を担い、超えていくことがなければ、
私たちはいつまでも同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと考えます。

「かわいそうな人に何かをしてあげる」というとき、
人は知らず知らずのうちに、
「私がかわいそうな人を救ってあげる」という立場に立ってしまいます。
それによって見失われてしまうのは、同じ人間であるという水平の関係なのでしょう。


私に求められることは、
与えられた情報で固定化された偏見を持つことでも、同情や憐憫でもなく、
自分の問題として私自身の「民衆の罪」を反省し、同じ過ちを繰り返さないことです。

この続きはまた明日四つ葉
◆自らの生きる姿勢を問い質す


大阪のニコンサロンで
大島・ハンセン病療養所の写真展が開催中(〜8/27)
溶融の時(ハンセン病療養所 大島)
10:30〜18:30(最終日は15:00まで)
 
ハンセン病資料館 [2014年08月17日(Sun)]
明日からの東京での仕事に備えて東京へ新幹線
お盆休暇のUターンラッシュを避けて朝早く移動し、国立ハンセン病資料館

私とハンセン病との出会いは今年のゴールデンウィークのこと――
ニュースなどを通じてハンセン病のことは知っている「つもり」でしたが、
不条理にも苦難を強いられた回復者の皆さんが語られる言葉を初めて読みました。
ヤマト運輸の小倉昌男さんとハンセン病回復者で語り部の平沢保治さんの対談です。

そして、先月、映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』を観て
その週末に長島愛生園に寄せていただきました。

遅ればせながら、映画や長島愛生園の見学で過去の事実を知りましたが、
ハンセン病問題について他人事ではなく自分の問題として学ぶ必要を感じました。
そこで、東京出張の機会に、国立ハンセン病資料館にお伺いすることに...
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入り口に立つ遍路姿の母子像
――子供の肩にまわした母の手を握る子供、二人の姿に胸が痛みます。

かつて四国遍路を区切り打ちで巡っていた時のことです。
阿波踊りが終わった徳島から歩き始めて、18番札所の恩山寺に登る坂の途中で
坂を下る車をわざわざ停めて降りられ、パンと牛乳のもてなしを受けました。
助手席には奥様が乗っておられたのでご夫婦連れの巡礼かと思ったら、
後部座席に障がいのあるお子さんがおられてご一緒に巡礼されているとのこと。
私にとって初めてのお接待で、手を合わせてご家族のお車を見送るとともに、
お参りしたお寺でご家族のお幸せをお祈りしたことを思い出しました。
1回目の区切り打ち(1〜17番)は自分が歩くことで精一杯でしたが、
この出来事をきっかけに私の四国巡礼の旅は変わりました。
2007年の夏、一期一会の出逢いに心から感謝です。


資料館ではたっぷり3時間、常設展示の資料から学ばせていただきました。
時間の関係で証言コーナーをじっくり聞けなかったのが心残り、
また学びに寄せていただきます。

それにしても不思議です。
全ての患者の強制隔離を目指す「らい予防法」が成立したのが昭和6年(1931)
その前年の1930年に国際連盟のらい委員会報告が
「治療なくして予防なし」と感染源となる患者だけの隔離を提唱していたのに・・・
また、わが国にも全患者の強制隔離に反対した医者もおられたのに・・・
そして、わが国の「らい予防法」が廃止されるのは65年後の平成8年(1996)
――他人事ではなく、自分の問題として反省し学ばねばなりません。


常設展示場の出口に掲げられたメッセージ、心に深く沁みます。

 あなたの「やさしさ」を信じて
この世とのあらゆるつながりを捨てさせられた哀しみ、悔しさ、辛さを心に隠して、
ほろ付きの荷車で療養所に連れて来られた初老の男の人の、表情を失った顔。

両親の近況を知りたい、自分の今を知ってほしい、それだけの思いで、
寺子屋風の寒ざむとした部屋で、必死に学ぶ子どもたち。

すべての肉親から引き離され、この世でたったひとつ、
ようやく手に入れたつながりである夫を亡くし、
棺にしがみついて泣く、年老いた女の人。

それらの写真に、はっと胸を突かれる一瞬があったことと思います。

この場所を訪れた記憶とともに、その思いをどうか大切にしてください。
そしてぜひ、再び足を運んでいただけますよう願っております。
その時にもあなたは、
家族を、そして自分の大切なつながりをすべて奪われた人びとの思いに
共感されることでしょう。
あなたのそのやさしさが、きっと誰かのなぐさめになり、
支えになると期待しております。

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納骨堂にお参りして誓いました。
「過ちは繰返しません」
 
Do the Right Thing [2014年08月09日(Sat)]
台風の接近でお天気が気がかりでしたが、
朝から電車を乗り継ぎ、さらにバスを乗り継いで岐阜県の八百津町へ

本日のお目当ては、杉原千畝記念館です。
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杉原さんについて「日本のシンドラー」と称されている程度のことは知っていましたが、
今年5月に西宮の「アンネのバラの教会」でバラを見に行ったときに開催されていた
アンネ・フランク展「希望の未来」で展示されていた「命のビザ」をきっかけに、
杉原幸子著『六千人の命のビザ』を読み、杉原千畝さんの生き様に魅せられました。

サバイバーの皆さんが八百津町に寄贈された「杉原ビザ」のレプリカを拝見し、
杉原さんの「信念」と「決断」、
そして杉原さんのビザで救われた皆さんの「感謝」の気持ちに
胸が熱くなりました。――Do the Right Thing
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自治三訣
人のお世話にならぬよう
人のお世話をするよう
そしてむくいを求めぬよう

大正14年4月7日 日露協会学校の開校にあたって
初代校長 後藤新平
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記憶せよ、忘るるなかれ
/杉原千畝生誕100周年記念事業

 
過ちを繰返さない! [2014年07月26日(Sat)]
本日(7/26)、長島愛生園に行ってきました。
きっかけは、先日(7/20)観た映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』です。

長島愛生園の公式サイトを拝見すると、先週から、毎週土曜日に施設見学のシャトルバスを運行しておられるとのこと。早速申し込んで出かけることにしました。
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長島愛生園歴史館 (aiseirekishikan) on Twitter


邑久(おく)駅から長島愛生園まではバスで30分、
バスの車中では、DVD『人間回復の橋心のかけ橋となれ』を見て理解を深めます。
29分のDVDの前半部分がYouTube にアップされています映画

/岡山県広報チャンネル

◆岡山県ハンセン病啓発ホームページ
〜みんなで描くひとつの道


長島愛生園では、ハンセンボランティア「ゆいの会」の方が案内してくださいます。

歴史館の展示で私が特に衝撃を受けた二つの事実
1.小笠原登博士のこと
生涯にわたっての絶対隔離を推進する国家と学会の主流派に抗して、京都大学皮膚科学科の助教授だった小笠原登博士が「癩は遺伝病でも不治の病でもなく、また感染力も微弱であるから、患者らへの迫害を止めるべき」と主張するも、らい学会で糾弾される。
――昭和16年(1941)のことです。
「らい予防法」廃止はそれから55年後の平成8年(1996)、いったいなぜ?

2.宿泊拒否された元患者さんに送られたハガキ
  生々しい肉筆の2通が展示されていましたが、いったいなぜ?

その後、ボランティアガイドのご案内で歴史回廊を巡りましたが、胸が痛みます。
なぜ、どうして、、、

最後に納骨堂にお参り
「もういいかい お骨になっても まあだだよ」

持参した花を納骨堂に捧げて誓いました。
「過ちは繰返しません」
 
映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』 [2014年07月20日(Sun)]
何も知りませんでした。
いや、何も知ろうとしなかったというべきです。

ニュースなどを通じてハンセン病のことは知っている「つもり」でしたが、
不条理にも苦難を強いられた回復者の皆さんが語られる言葉を、
私が初めて読んだのは今年のゴールデンウィークのこと――
ヤマト福祉財団の季刊誌のバックナンバーで、
創刊第一号の「緊急掲載」と
第二号の「対談」(クロネコヤマトの小倉さんと回復者で語り部の平沢さん)です。

2001年5月、政策見直しを怠ったとして国が全面敗訴した地裁判決に対して、当時の小泉首相の政治決断で控訴を断念し、翌6月には衆参両院で謝罪決議。

そして、2003年1月には厚生労働省が中学生向けの啓発パンフレット「わたしたちにできること〜ハンセン病を知り、差別や偏見をなくそう〜」を作成しておられます。

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厚生労働省「わたしたちにできること」より

にもかかわらず、今まで自ら知ろうとせず、
「自分に何ができるか」考えることはありませんでした。申し訳ございません。

映画『もういいかい〜ハンセン病と三つの法律〜』が、
大阪でアンコール上映されていることを知り、本日、観てきました。
書かれたものを読むのとは違うインパクトがあります。
143分の上映時間を意識することなく、深く考えさせられました。
希望の未来(アンネのバラの教会) [2014年05月22日(Thu)]
西宮・甲陽園の「アンネのバラの教会
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バラの開花時期に合わせて、
アンネ・フランク展「希望の未来」開催中(〜5/25)
なぜ人間は おたがいに仲良くできないのだろう
 
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