CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
ようおこし (^_^)
ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
道しるべ★カテゴリー
Google

WWW このブログ
<< 2017年10月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
最新の記事
最新のコメント
宮 直史
宮ゼミ、本日スタート (06/12) 宮崎 勇気
宮ゼミ、本日スタート (06/11) 宮 直史
フルマラソンデビュー戦、完走! (11/02)
http://blog.canpan.info/miya38ts/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/miya38ts/index2_0.xml
よし、やるぞ! [2017年10月22日(Sun)]
雨ニモマケズ、風ニモマケズ

「雨ニモマケズ」の英訳はいくつかあるのですが、
そのどれもが、「マケズ」をそのまま否定形で訳していて、
「ちょっと違うな」と思っていました。
だからぼくの訳は、“Strong in the rain”で始まっています。
「強い」という意味の“Strong”で、
よし、やるぞという感じを出したかったんです。
それは賢治願望であり、祈りでもあったから。
ロジャー・パルバース「私の大好きな宮沢賢治」
/NHK『ラジオ深夜便』 2009年9月号

ロジャー・パルバース『英語で読み解く賢治の世界』
/岩波ジュニア新書


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Why not? [2017年10月21日(Sat)]
われわれは状況の奴隷であってはならない
社会情勢、経済情勢などのために、自分の目標は実現困難であると思い、
簡単にあきらめてしまう人たちがいます。
状況を理解すればするほど、
夢を叶えることは不可能であるという結論に自分を導いていくのです。
状況の奴隷になってしまうと、状況が悪いことを理解し、
自分の夢が非現実的であったという結論をだすだけになってしまいます。
稲盛和夫『成功への情熱―PASSION―』

You see things ; and you say, 'Why?'
But I dream things that never were ; and I say, 'Why not?'
(ケネディ兄弟が演説で引用したバーナード・ショーの言葉)

「2017年版中小企業白書」より――
労働生産性(従業員一人当たり付加価値額)の推移
  2017_1-2-20.jpg
大企業は2003年度から2007年度にかけて緩やかな上昇傾向にあり、
リーマン・ショックの影響もあって2008年度、2009年度と落ち込んだものの、
以降は再び上昇傾向にある。
近年で最も労働生産性の落ち込んだ2009年度と、足元の2015年度を比較すると、
6年間で製造業で+308万円(+30.8%)、非製造業で+216万円(+20.0%)
他方で、中小企業の労働生産性の推移を見ると、
ここ13年間で中小企業はほぼ横ばいの推移となっており、
大企業と中小企業とでは労働生産性の水準には開きがある。
近年で最も労働生産性の落ち込んだ2009年度と、足元の2015年度を比較すると、
6年間で製造業で+48万円(+9.6%)、非製造業で+37万円(+7.1%)

'Why?'
「なぜ中小企業の労働生産性は大企業より低いのか? なぜ横ばいなのか?」
  ⇒ 状況の奴隷で言い訳テンコ盛り、思考停止で何も変わらず問題は放置され悪化


'Why not?'
「なぜ中小企業の労働生産性は大企業より高くないのか?」
「なぜ中小企業の給料は大企業より高くないのか?」
  ⇒ これでいいのか、どうすればできるかと考え抜き、仮説検証を繰り返してやり抜く

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
中小企業の給料は高いのが当たり前だ [2017年10月20日(Fri)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「70の力が150にもなる」
私は中小企業ほど強いものはないと思います。
なぜ中小企業が強いかといいますと、
中小企業というものは、ある程度適性をもった経営者であれば
人を十分に生かすことができると思うのですよ。
今日大企業といわれる会社は、だんだんと官僚的になってきて、
100の力のある人を70にしか使っておりません

これは事実です。
そこの社長が非常に偉い人であっても、やはり限界がありますから、
大会社になればなるほど、一人あたりの力が低下するのが、これはもう原則ですね。
2、30人から2、300人という中小企業であれば、
その主人公の一挙手一投足によって、全部の人が働く<一人ひとりが主人公>
70の力の人が150にもなって働くのですよ。
だから私は中小企業がいちばん強いということを知っている。
というの は、私は極小からズーツと今日まで経営してきましたが、
大企業となった今がいちばんむずかしいと思うからです。(…)
昭和37年11月22日・京都経済同友会

<生産性>
    最大のアウトプット(新たな価値)   
   最小のインプット(資本、人、時間など)

【A】100の力のある人(インプット)→ 70の仕事(アウトプット)
    生産性 ・・・ 70%(70/100)
【B】70の力のある人(インプット)→ 150の仕事(アウトプット)
    生産性 ・・・ 214%(150/70)
【B】の生産性は【A】の3倍(214%÷70%)

『松下幸之助・経営の真髄』より――
「中小企業の月給は高いのが当たり前だ」
中小企業は、大企業の給料が1万円であれば
自分のところは中小企業だから1万2千円出す
そのかわり5千円よけいに働いてもらうことを考えるべきです。
そして、それが可能なんですね
大企業では、組織だとかいろんなものがじゃまをして70%しか仕事をしないが、
こちらはオヤジさんも一緒になって一所懸命働くんだから
2千円多く出しても十分引き合い、もっと儲かる
したがって、中小企業の月給は高いのが当たり前だ
という気にならないといかんのだということですよ。
『経営者会報』昭和38年1月号

松下幸之助『人生談義』の
「中小企業は弱くない」より――
確かに中小企業は、大企業と比べると、規模も小さく、社員も少なくて、
一見、弱くて不利なことばかりのように見えます。しかし実際には、
中小企業だからこそ強い、有利だという点が少なくないのです。
経営者が適切な指導をすれば、
一人ひとりが力を、100%どころか、120%も150%も発揮できて、

大企業以上に高い生産性をあげられる。
そんなことからすれば、
中小企業は本来、決して不利でも弱いものでもない、
むしろ強い
ものだといえる。

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
中小企業ほど強いものはない [2017年10月19日(Thu)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「70の力が150にもなる」
私は中小企業ほど強いものはないと思います。
なぜ中小企業が強いかといいますと、
中小企業というものは、ある程度適性をもった経営者であれば
人を十分に生かすことができると思うのですよ。
今日大企業といわれる会社は、だんだんと官僚的になってきて、
100の力のある人を70にしか使っておりません
。これは事実です。
そこの社長が非常に偉い人であっても、やはり限界がありますから、
大会社になればなるほど、一人あたりの力が低下するのが、これはもう原則ですね。
2、30人から2、300人という中小企業であれば、
その主人公の一挙手一投足によって、全部の人が働く<一人ひとりが主人公>
70の力の人が150にもなって働くのですよ。
だから私は中小企業がいちばん強いということを知っている。
というの は、私は極小からズーツと今日まで経営してきましたが、
大企業となった今がいちばんむずかしいと思うからです。(…)
昭和37年11月22日・京都経済同友会

「経営の醍醐味が味わえるという中小企業のよさ」
(…)
もちろん中小企業の弱体性というものはあります。
けれども弱体性だけを認識して悲観するのと、
中小企業の長所というものを認識して勇気をもつというのと、2つあるわけです。
前のほうはやっぱりうまくいかない。景気に非常に押されるわけです。
あとのほうはむしろ面白くやっている
だから認識いかんですよ。
昭和40年11月17日・共同通信社記者会見

松下幸之助『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』より――
「力強い中小企業」
「そういうことを考えると、むしろ
中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。
それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは
本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。
ですから、中小企業自身も、社会全体としても、
中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ
というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。いや私どもでは、そういう点、むしろ
中小企業は弱いものだから保護しなくてはならない」ということばかり考えて、
かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。
これは早速改めなければ・・・」

――「中小企業は弱い」と考えるか 「中小企業は強い」と考えるか、認識いかんぴかぴか(新しい)
「弱い」と考えれば「守る、保護する」ことが主眼になって「横並び」
「強い」と考えれば「どうしたら強くなれるか」が主眼で「可能性を見い出し、伸ばす」

本来「中小企業ほど強いものはない」「いちばん強いのが中小企業だ」
もし弱いとすれば、潜在的な強みを発揮できていないから
どうすれば強みを発揮して強くなれるかを考えて、日々努力を積み重ねる。
―― 誤った認識で中小企業はこんなものと自助努力を怠り、惰眠を貪って明日はあるか爆弾

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
中小企業は社会生活の基盤となるべきもの [2017年10月18日(Wed)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「中小企業は人間の社会生活の基盤である」
わが国の経済なり産業について考えてみた場合、
中小企業の果たしている役割は、まことに大きなものがある。
今日、いかなる大企業といえども、
幾多の中小企業の密接な協力なしには存在しえないといってもよいであろう。
つまり、
中小企業というものは、日本経済の基盤であり、根幹であって、
それが健在であってこそ、
大企業もその持ち味を生かして活動できるし、
経済全体の繁栄も可能になると思うのである。
さらにいうなれば、中小企業は単に経済の根幹というだけでなく、
お互い人間の社会生活の基盤ともなるべきもの
だと思う。
つまり人間というものは、各人それぞれに
それなりの適性、持ち味というものをもっている

その適性、持ち味を、それそれに十分発揮して生きていくところに
人間生活の喜び、幸せというものがあるのだと思う。
そしてそういう姿を実現していくためには、
大企業という一つの大きな花の中で
人々の生活が一色に埋もれてしまうよりも
やはりたくさんの中小企業があって
そこで人々がそれそれの適性に従って色とりどりに花を咲かせている
といった状態のほうがはるかに望ましいと思う。

『PHP』昭和46年5月号

『松下幸之助・一日一話』より――
「中小企業は社会の基盤」9月21日
私は中小企業というものは、日本経済の基盤であり、根幹であると思う。
それが健在であってこそ、
大企業も持ち味を生かすことができるし、経済全体の繁栄も可能になる。
とともに、中小企業は単に経済においてだけでなく、
いわば社会生活の基盤にもなるべきもの
だと思う。
つまり、いろいろな適性を持った人が、それぞれに色とりどりの花を咲かす
そういった社会の姿がより望ましいのであり
そこに人間生活の喜びというものもあるのではないだろうか。
その意味において、たくさんの中小企業が、それぞれにところを得て
さかんな活動をしているというような社会の姿が一番理想的なのではないかと思う。


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
他を誹謗せず、正々堂々と戦う [2017年10月17日(Tue)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「他を誹謗せずに競争する」
競争は、あくまで正しい意味における業界の発展を願い
それを通じて社会の繁栄に資するということを基礎におかなければならないと、
かように思うのであります。
それをはずれて、行きすぎたり、
また競争に勝ちたいあまりに他を誹謗したりするということは
これは絶対に許されないと思うのでありまして、
したがって、たとえこちらがいかに誹謗されましても
ただちにこれに応ずるというのは、まことに心弱い姿であると申せるのであります。
すなわち、
われわれにほんとうの意味の強さなり、
ほんとうの自覚がありましたならば、
いわばどんなに集中攻撃をされましても、
笑ってこれを迎えるということができるはずであります。
相手を傷つけず、相手を包容しっつ、
われわれはわれわれの分野を行くということが、
十分できるはずなのであります。
競争において他を誹謗するというのは、
まことに世間の狭いこと
でありまして、
そんなかたちでしか仕事ができないということほど
つまらないことはないと信じているのであります。

昭和34年1月10日・松下電器経営方針発表会

他に誹謗されても、
他を批判する必要はございません。


松下幸之助『実践経営哲学』の「素直な心になること」より――
素直な心になれば、物事の実相が見える。それにもとづいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。
なすべきを行い、なすべからざるを行わない真実の勇気
そこから湧いてくる。
さらには、寛容の心、慈悲の心というものも生まれて、
だから人も物もいっさいを生かすような経営ができてくる。
また、どんな情勢の変化に対しても、柔軟に、融通無碍に順応同化し、
日に新たな経営も生み出しやすい。



P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自主経営が共存共栄の第一歩 [2017年10月16日(Mon)]
『松下幸之助・経営の真髄』より――
「共存共栄が真の発展に結びつく」
企業は社会の公器である
したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない
企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、
それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、
その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。
また実際に、自分の会社だけが栄えるということは、一時的にはありえても、
そういうものは長続きはしない。
やはり、ともどもに栄えるというか、
いわゆる共存共栄ということでなくては、真の発展、繁栄はありえない
それが自然の理であり、社会の理法なのである。
自然も人間社会も、共存共栄が本来の姿なのである。

「共存共栄に徹すること」/『実践経営哲学』

(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

「自主経営が共存共栄の第一歩である」
私は自主経営と共存共栄とは共通性があると思うんです。
自主経営というものは、みずからの責任において仕事をするということですね。
その「みずからの責任において仕事をする」ということから
どういうことが生まれるかというと、
第一、人に迷惑をかけないということになりますわね。
「人に迷惑をかけない」ということは、非常に好ましいことだと思いますね。
自主経営でない場合には、人の力を借りるとか
何か人から助けてもらうとかいうことになりますから、人に迷惑をかけますね
これは共存共栄にならないわけです、人に迷惑をかけるんですから
だから共存共栄の第一歩が自主経営だと思うんですね。
神奈川ナショナル店会連合会結成記念大会
昭和39年(1964)10月29日
そして、その自主経営の基礎に立って初めて
他を助け、他を導き、他とともにというようなことが起こってくる

のではないかと思うんですね。
(…)
だからやっぱり自主経営というものをはっきり自覚しないと
共存共栄というものは分かりませんな
つまり自主経営のない人は依存経営になりますね。
それでは共存共栄になりませんね。助けられてやるということですな。
助けられてやるということは、いっか破綻が来ますね。

だから助けられないでやるということが建前である。
その上に立ってお互いに力をかしあうというときに
初めてそれがものになるということですね。
(…)
そうでありますから、松下電器が共存共栄したいというても、
自主性のない人と共存共栄するということはできないんです。
自主性をもった人と共存共栄をすれば、お互いに利益があるけれど、
自主性のない人には、松下電器の利益を還元しようとしても、
それは流れてしまうという感じがしたんですね。

自主経営というものは相手から与えられるものやない
自主経営は自分でやるものである。
その自主性というものがあったときに、相手の力が生きて働く。
それが共存共栄に働く
んだと、こう私は思うんですね。
「共存共栄と自主経営」/『松下幸之助の経営問答』

スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』より――
「依存」している人は、
  欲しい結果を得るために他人に頼らなければならない
「自立」している人は、
  他人に頼らず、自分の努力によって自分の欲しい結果を得ることができる。
「相互依存」をしている人々は、
  自分の努力と他人の努力を引き合わせて最大の成果を出すのである。

自主経営が共存共栄の第一歩
依存経営(もたれ合い)→ 自主経営 → 共存共栄(持ちつ持たれつ


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
共に生き、共に栄える道を求める [2017年10月15日(Sun)]
松下幸之助『思うまま』より――
「睦みあって」
対立や争いのつきないのが人間の過去の歴史であったということから考えて、
人間はそういうような一つの宿命をもっているのかもしれないと言う人もある。
けれども、人間は本来互いにゆるしあい、朧みあって
そして必ずあいともに幸せになり、共存共栄してゆける
ということが原則
なのではないだろうか。

やはりお互い人間としてはそのように考えたいと思うし、
またそのように考えるところから、人間の幸せも生まれてくるように思うのだが。

(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「人心の深淵」
人類が月を歩いたのは、いわゆる科学の偉大な勝利だとも言われているけれど、
その科学を駆御したのは人間で、人間あっての科学だということを考えれば、
つまりこれは人間の、そして人類の偉大な成果だということになる。
どこの国の誰が成功しようとも、それは長い歴史のなかの数知れぬ人間の
ねがいと知恵と体験がつみかさなった結果であって、
そのことを思えば、お互いに人類の一員として、肩を叩いて素直に喜びあい、
人間としての誇りを改めて持ち直してもよいであろう。

そんな偉大な人間が、今もなおはかりかね開発しきれないでいるのが、
わが心の動きである。人の心の深淵である。

ともすれば捉われた心で人を責め、他をののしり
ねたみとうらみに自他ともに傷つく
われさえよければの思いで、
どうして人心の開発がはかられるであろう。


月とともに、わが心、人間の心にもアポロを打ち上げて、
人心の深淵を究めつくし、その開発をはかって、
自他ともに栄えあう真の人の世を生み出したい
人類の、そして一人ひとりのいちばん大事な課題であろう。

「共存共栄」ということは、
相手の立場、相手の利益を十分考えて経営をしていくということである。
まず相手の利益を考える、というといささかむずかしいかもしれないが、
少なくとも、こちらの利益とともに相手の利益をも同じように考える
それが相手のためであると同時に、大きくは自分のためにもなって
結局、双方の利益になるわけである。
共存共栄ということでなくては、
真の発展、繁栄はあり得ない

共存共栄に徹すること/松下幸之助『実践経営哲学』

20150927.jpg

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
あきらめたらあかんのです! [2017年10月14日(Sat)]
雨が上がっていたので自転車で万博公園へ...
お目当ては「みんぱく映画会」です。
本日は、台湾映画鑑賞会「映画から台湾を知る」

入場整理券をゲットして、展示場の言語コーナーへ
IMG_8908.jpg

世界各地の言葉に翻訳された絵本「はらぺこあおむし」
IMG_8894.jpg

こちらは、点字つきさわる絵本「はらぺこあおむし」
IMG_8899.jpg
上が英語版で、下がアラビア語版です。

てんやく絵本や、点字つきさわる絵本と今まで出会うことなく、初めての体験です。
英語版とアラビア語版では左綴じ、右綴じ(右開き、左開き)の違いだけでなく、
あおむしの向きも違うことも初めて知りました。
IMG_8903.jpg

日本手話版「ももたろう」
IMG_8904.jpg
各地の手話で語られています。
最初の画面では日本語の字幕を選択できず、
二度目のチャレンジで字幕表示を選択できます。
手話を知らないと字幕なしでは難解ですが、
字幕があると字幕に目が行くので肝心の手話に目がお留守になってしまいます。
まさに手話は言語です。

さらに、ビデオテークコーナーでは「手話の世界へようこそ!!」
IMG_8910.jpg
世界各地の手話表現の違いなどが学べます。

同じ英語圏でもイギリスとアメリカでは手話が違うこととも初めて知るなど、
(点字はアルファベットであれば同じ)
色々と初めて知ることが多く、とても有意義でした。

また、エントランスホールでは、点字体験ワークショップをされていました。
s-img126.jpg(みや ただし)

そして映画鑑賞会も、愉快な映画で痛快でしたが、
単におもしろいだけでなく、映画を見終えた後に野林教授の解説があり、
台湾の文化や現代社会について知ることができ、
社会のあり方について考えることができてよかったです。

さすが、梅棹忠夫ワールドです。
軽く気分転換のつもりで久しぶりの民博でしたが、とても充実したオフになりました。ぴかぴか(新しい)

供給が需要を生むんだ。
供給してみい、そうしたら需要がでてくる。


困難はなんぼでも出てくる。
困難は克服されるためにあるんや。


あきらめたらあかんのです!
梅棹忠夫 語る

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
No more Hiroshima! [2017年10月13日(Fri)]
中小企業大学校の広島校で3日間の研修を終え、大阪に戻る前に、
今年4月にリニューアルされた平和記念資料館の東館へ...

IMG_8870.jpg
一発の原子爆弾が、無差別に多くの命を奪い、生き残った人びとの人生も変えました。
広島平和記念資料館は、被爆資料や遺品、証言などを通じて、
世界の人々に核兵器の恐怖や非人道性を伝え、ノーモア・ヒロシマと訴えます。

IMG_8877.jpg No more Hiroshima!

IMG_8873.jpg
言葉に表せない、想像を絶する破壊力を持つ兵器を
この地上から廃絶することは、我々人間すべての務めです。
みなさん、どうか全力でこの務めにあたってください。
ダライ・ラマ14世

IMG_8878.jpg
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

2016年5月に広島を訪問したオバマさんのRemarksより――
(…)
That is why we come to this place. We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.

Mere words cannot give voice to such suffering, but we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again. Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6th, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.
(…)

だから私たちはこの場所に来る。私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。われわれは声なき叫びに耳を傾ける。あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。

単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。私たちに変化を促してくれる。

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ドレイを使うように使っている [2017年10月12日(Thu)]
昨日(10/11)、仕事を終えて話題の映画「ドリーム」を鑑賞するため
八丁堀のデパート福屋さんの8階にある映画館、八丁座へ...
IMG_8865.jpg
映画「ドリーム」(HIDDEN FIGURES)も見応えありましたが、
映画館の造作も素晴らしく、満ち足りた気分でゆったり映画を楽しめました。

職場に非白人用のトイレがないため、時間との闘いの中でも
800m離れたトイレに走って通うことを強いられ、そして雨の日にはずぶ濡れに...
人種隔離政策の差別の中で、能力が認められ、貢献し、信頼を得る。
しかしコンピュータの登場で計算係は不要とお払い箱に・・・
が、地球周回のロケットに乗り込む飛行士グレンに
「彼女は? 彼女が数字を確認してOKなら飛ぶ」と絶大な信頼を寄せられて
「キャサリンを探せ」と彼女は再び、現場の第一線に戻って貢献する。

一方、計算手として働く黒人女性たちのリーダー(ドロシー)は、
コンピュータの登場で自分たちの仕事がなくなることを察して、
先手を打って(先見性)コンピュータを使うために必要な勉強をし、
そして自ら学んだことを共に働く仲間たちに教えて導き、
プログラマーとして活躍する場を作り出して仲間の雇用を守る。

本部長「我々は月に行けると思うか?」
キャサリン「もう行っています」ぴかぴか(新しい)

色々と多くの気づきを得て見応えありました。

本田宗一郎『俺の考え』より――
どうして従業員に対して大企業並みの給料が払えないのだろうか
まず私が指摘したいのは、その経営者が、企業全般を私物視していること、
従業員に対しては賃金が安くていいんだという固定観念を持っていること、
そして希望と働く意欲を与えようとしない点である。
ズバリというならばドレイを使うように使っていることである。
ドレイという言葉は行きすぎであろうが人間を私有物視し、
希望も生き甲斐も生み出さぬような環境で働かすことはそれに近いといえるだろう。
そして、そういう環境からは絶対にアイデアは生まれてこない
アイデアが生まれないから企業が発展せず
賃金も上げられずという悪循環が生じてくるのである
私の知っている企業にも、そういう悪循環から、脱しきれないところがある。
その経営者をみていると、外面的には働き者のように見えるし、
率先陣頭指揮のように見えるけれども、
部下のアイデアを開発し、働く気特を起させないために、
肝腎の能率や製品の向上に役立っていない場合がしばしばある。
働くということは決して遮二無二動くということではない
個人の働きというものは知れている、
人をしてその最高の性能を発揮させることが大切な時代なのである
(…)
従業員を大切にし、希望ある仕事を与えることができれば
仕事を前進させるアイデアは自ずとして湧き出し、その成功は期して待つべきである

人間尊重

自立
自立とは、既成概念にとらわれず自由に発想し、
自らの信念にもとづき主体性をもって行動し、
その結果について責任を持つことです。

平等
平等とは、お互いに個人の違いを認め合い尊重することです。
また、意欲のある人には個人の属性
(国籍、性別、学歴など)にかかわりなく、
等しく機会が与えられることでもあります。

信頼
信頼とは、一人ひとりがお互いを認め合い、
足らざるところを補い合い、
誠意を尽くして自らの役割を果たすことから生まれます。
Hondaは、ともに働く一人ひとりが常に
お互いを信頼しあえる関係でありたいと考えます。

「人間は本来、夢や希望を抱いてその実現のために思考し、
創造する自由で個性的な存在である」ととらえ、
「こうした人間が集い、個性を尊重しあい、平等な関係に立ち、信頼し、
持てる力を尽くすことで、ともに喜びを分かちあいたい」という理念。
◆Hondaフィロソフィー/Honda

確かに中小企業は、大企業と比べると、規模も小さく、社員も少なくて、
一見、弱くて不利なことばかりのように見えます。しかし実際には、
中小企業だからこそ強い、有利だという点が少なくないのです。
経営者が適切な指導をすれば
一人ひとりが力を、100%どころか、120%も150%も発揮できて
大企業以上に高い生産性をあげられる
そんなことからすれば、中小企業は本来、
決して不利でも弱いものでもない、むしろ強い
ものだといえる。
松下幸之助『人生談義』


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
困難が多いからこそ生きがいのある時代 [2017年10月11日(Wed)]
松下幸之助『思うまま』より――
「千載一遇の好機」
これまでの歴史の中で、困難な時代というのは幾度もあったろう。
しかし、ある意味では今日ほど、むずかしい、たいへんな時代はないのではなかろうか。
(…)
だから、今日に生きるわれわれは文字どおり一寸先はヤミとでもいう状態である。
平穏無事の世の中なら、安心してそれぞれの仕事に専心し、
自分の畑だけをたがやしていればそれでいい。
ところが、社会の姿がこのように流動し、変転きわまりなくては、
せっかくの自分の働きなり努力も十分な成果を生みえないかもしれないし、
その成果すらも一瞬にして無に帰しかねない。
考えてみれば、実に頼りないというか心もとない気がする。
こういう状況では、だれしも不安を感じ、動揺するのは一面当然すぎるほど当然である。

だが、しかし、ここで考え方を変えてみたい。
「こんな時代に生まれあわせたことはまことに幸せではないか」と。
困難であり、不安定な時代である。
それだけにこれと対決し、事をなしてゆくということは、非常にむずかしいけれども、
それはまた実におもしろい、やりがいのあることではないだろうか。
見方によっては、われわれはいま千載一隅の好機に恵まれている。
困難が多いからこそまことに生きがいのある時代なのだ。
そういうところに思いを定めて、
これに対処してゆくことが大切なのではないだろうか。

松下幸之助『道をひらく』より――
「困っても困らない」
ひろい世間である。長い人生である。
その世間、その人生には、
困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。
程度の差こそあれだれにでもある。自分だけではない。

そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、
それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かがきまるといえる。
困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、そう考え出せば、
心が次第にせまくなり、せっかくの出る知恵も出なくなる。
今まで楽々と考えておったことでも、
それがなかなか思いつかなくなってくるのである。
とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、
不満で心が暗くなり、不平でわが身を傷つける。

断じて行えば、鬼神でもこれを避けるという。
困難を困難とせず、思いを新たに、決意をかたく歩めば、
困難がかえって飛躍の土台石となる
のである。
要は考え方である。決意である。困っても困らないことである。

人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。
その自在な心で、困難なときにこそ、
かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。

天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.

IMG_8852.jpg
今朝の鯉城(広島城)

P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
過ちは繰り返さない [2017年10月10日(Tue)]
今朝の平和記念公園(広島)
IMG_8850.jpg
安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから

IMG_8841.jpg


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ただペダル踏む。四国遍路(2-4) [2017年10月09日(Mon)]
「同行二人」の四国巡礼の旅、私にとって二度目です。
前回は50歳を機に区切り打ちで歩き遍路を始め(2007年2月)、
翌年のお盆に結願しました(2008年8月)。
あれから10年、還暦を迎えて再び歩いてみようと...足跡
10/9(月)
前泊で広島に出張する機会にちょっと寄り道して松山へ
駅前でレンタサイクルをお借りして(2-2)の続き
IMG_8815.jpg(50番札所・繁多寺)

50番、51番(石手寺)とお参りした後、道後から宝巌寺へ...
IMG_8822.jpg

IMG_8825.jpg
「色里や 十歩はなれて 秋の風」子規
IMG_8827.jpg
坂村真民さんのお墓にお参り
IMG_8828.jpg「念ずれば花ひらく」

IMG_8834.jpg(52番札所・太山寺)

IMG_8835.jpg
スーパージェット(松山〜呉〜広島)

(10/9)50〜51〜宝巌寺〜52

「苦しみつつなお働け、安住を求めるな、人生は巡礼である」
高倉健さんが著書『旅の途中で』に引用された
山本周五郎さんが深い感銘を受けたストリンドペリーの言葉

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
大阪マラソンまで7週間♪ [2017年10月08日(Sun)]
本日(10/8)の長居公園、銀杏の葉は色づいていますが、
朝から陽射しは厳しく夏を思わせる陽気晴れ
IMG_8794.jpg

久々に参加の長居わーわーずの練習会は、マラソンシーズンに向けて4時間走。
われらも1ヶ月後の淀川市民マラソン(11/5)に向けて、
キロ7分半のイーブンペースで走り続けて30キロ走破を目標にスタートしたものの、
途中でアクシデント発生。大事には至りませんでしたが、
ご一緒した皆さんにご心配やご迷惑をおかけしましたことを心からお詫びします。

予兆というか、前兆というか、後から思えば兆しはありました。
ガイドとしてその兆しに対する判断が甘かった。
いや、判断の適否の問題以前に、ガイドの使命や責任に対する認識が甘かったです。

本番のレースでの完走を目指して、その都度の目標を掲げて練習を積み重ね、
一歩一歩前に進めてそれなりの成果を得て喜びを感じていましたが、
前に進むことに心が向きすぎて、変化への対応がお留守になっていました。

多様なリスクを回避し、チャンスの前髪をつかんで逃がさないためにも、
その日のお天気やコースコンディション、そして体調の変化など兆しを注意深く捉え、
的確に判断して主体的に導いて行動しなければなりません。
そして、状況によっては「やめる」決断も・・・(とても勇気のいることですが)

伴走をなめていたわけではありませんが、事故が起きてからでは遅いです。
走力のみならず、ガイドの使命や技能も含めてもっと精進せねば・・・。
大事に至らなかったこと、そして共に走る仲間の力強い存在に心から感謝です。


淀川市民マラソンの伴走(11/5)まで4週間位置情報
大阪マラソン(11/26)まで残り7週間位置情報


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
店をおこすのはカネやない [2017年10月07日(Sat)]
毎週木曜日の夜にテレビ東京系列で放送の「カンブリア宮殿」
今週は、北海道土産の定番のお菓子「夕張メロンピュアゼリー」のホリさん。

多くの気づきを得ましたが、あえて一言で要約すると「心を通わす」ぴかぴか(新しい)
(番組に登場した順で)
お菓子をお買い求めいただくお客様と「心を通わす」
お菓子の原料の作り手である北海道各地の産地の生産者と「心を通わす」
親子、兄弟、家族が共に「心を通わす」
共に働く正社員、パート社員が互いに「心を通わす」

心が通い合えば、
互いに「おかげさまで」「ありがたい」と心からの感謝の言葉がでるし、
そして、心からの「笑顔」が生まれ、共に幸せを分かち合える。

かつて炭鉱で栄えた北海道の砂川でお父さまが始められた煎餅屋さんが、
子どもに店の後を継がせられないと薬大に行かせて薬剤師の資格をとらせたものの、
炭鉱閉山が相次いで店が経営難になるや息子たちは会社を辞めて砂川に戻り、
親子3人が力を合わせて商品づくり。
そして札幌や帯広の有力な菓子メーカーを相手に、
人口わずか1万7千人の砂川のホリさんが年商100億円に...

まさに「店が菓子をつくるんやない、菓子が店をつくるんや」、
お菓子にこめられた「心意気」に魂を揺さぶられました。
------------------------------------------
NHKの朝の連続テレビ小説『あすか』を覚えておられますでしょうか?

京都の老舗の和菓子屋「扇屋一心堂」を舞台にしたドラマで、
主人公は和菓子職人のあすか(竹内結子さん)。
1999年10月から2000年3月までの半年間の放送でした。

何がきっかけだったのか思い出せませんが、
いつしか朝7:30から始まるBSでの放送を見るようになり、
エンディングで語りの有馬稲子さんの「続きはまた明日」を聞いて
仕事に出るのが毎日の習慣になりました。

印象的なシーンが多く、放送から16年以上経った今でも色々と思い出されます。
その中でも一番印象深いシーンが、
「店が菓子をつくるんやない、菓子が店をつくるんや」

260年続いた京都の老舗の和菓子屋「扇屋一心堂」。

ジリ貧状態を打開すべく、経営コンサルタントのアドバイスを受けて、
元禄創業の時から店を支えてきた「おかめ饅頭」に代わる和菓子作りに着手。
新商品「葛ぽんち」は大ヒット、機械による量産、新しい工場を建設して取り組む。
しかし、「葛ぽんち」の人気は続かず、更なる新商品「葛とろりん」を開発。

あすか自らテレビCMに出演して「葛とろりん」を売り出したものの、
金策が尽きて手形を決済できずにあえなく倒産。
店も、おかめ饅頭の商標も、すべてを失って、 残ったのは借金だけ。

「離れ離れになっても心はひとつやで」とみんなで再起を誓ったものの、
誰もが日々の暮らしに追われ、再起の夢はいつしか消えていった。

それから10年。店は創作料理屋「うまいもんや」に変わっていた。
店の中はすっかり変わり、かつての工場は厨房に。
しかし、その壁には扇屋一心堂が掲げていた「一生一品」の額が……

「一生一品」の額を見たあすかは、もう一度やり直そうとみんなに声をかける。
しかし、誰も動こうとはしない。
「うちひとりやったら何もできへん」

「菓子を作っても店がなければ売れん」と言うあすかに、
父親の禄太郎はさとす。
「昔な、四条河原町に饅頭屋の屋台が出た。おかめ饅頭の始まりや。
 祇園のお客さんがぎょうさん買いに来てくれはった。
 たった一代で店をこしらえはった。
 たった一つの菓子が扇屋一心堂をおこしたんや」
「店をおこすのはカネやない、たった一つの菓子や!」 

再起の夢を求めて、10年ぶりの菓子作り。
愛する家族に支えられ、たった一人で再建に踏み出した。

売る場所のないあすかに、逢坂屋の女将がデザート菓子を依頼。
10年ぶりに作った新作は、支えてくれる家族への思いを込めた「ピクニック」。

菓子の評判を聞きつけた客が逢坂屋へ食事に来た。
「ええもん作れば、店は勝手についてきますがな」

昔の仲間も、ひとり、ふたりと戻ってきた。

店の権利を取り戻すために、ライバルと勝負。
家族や仲間に支えられ、あすかは店をおこす菓子作りに取り組む。
あすかが情熱を込めた一生一品は「あすか」。

勝負に勝ち、店の権利は戻ってきた。
店の譲渡代金は300年のローン。
そこには「今後300年続く店になってほしい」と願う売り主の思いが込められていた。
------------------------------------------
201710.jpg
「PHP友の会」のカレンダー(2017/10)

松下幸之助『人生談義』の「物と心」より――
商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは
物や金と共に、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということです

単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り
そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切なのです

そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね


自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
心を通わす [2017年10月06日(Fri)]
PHP友の会のカレンダー、今月(2017/10)のメッセージは
松下さんの『道をひらく』から「心を通わす」の抜書き
201710.jpg

松下幸之助『道をひらく』より――
「心を通わす」
古人曰く、人生はあざなえる縄の如し。
まことにこの世の中、長い人の歩みのなかには、よいこともあればわるいこともある。
うれしいこともあれば悲しいこともある。
そして、よいと思ったことが実はわるくて、わるいと思ったことが実はよくて、
つまりはあれこれと思いまどうことは何もなくて、
はじめから素直謙虚に歩んでおればそれでよかった
と、
人の知恵の浅はかさに、いまさらのように胸打たれることがしばしばある

はじめからしまいまで徹底的にわるいということもなければ、
また徹底的によいということもないのである。
それでもなお人は、わるいと思うときには自分で自分の心を閉ざし、
よいと思うときにはまたおごりの心で人をへだてる。
心を閉ざし、人をへだて、心と心とが通い合わぬ姿からは
おたがいに協力も助け合いも生まれてはこない

心ひらかぬ孤独の人びとばかりになるであろう。

有為転変のこの世の中、よいときにもわるいときにも、
いかなるときにも素直謙虚に、おたがいに心を通わし
思いを相通じて、協力し合っていきたいものである


松下幸之助『人生談義』の「物と心」より――
商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは
物や金と共に、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということです

単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り
そしてお金と共に心をいただく
つまり物や金が通いあうだけでなく
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切なのです

そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね


それに、商品の価格にしても、
サービスとかいろいろな便宜とか、
そうした心の面をも総合した価値判断で決めるベきで、
単によそがいくらだからウチはいくらにするというようでは
ほんとうの商売はできませんね
たとえば、よそが1万円のものを、場合によっては、10,500円で売る。
すると、お客さんは「なぜよそより高いのか」と聞かれる。
そんなとき、「同じ製品ですが、私の方はお添え物があるのです」
「何を添えてくれるのか」「魂をお添えするのです」といったことが言えるかどうか。
そのくらい、自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
真剣ならば「転んでもただ起きぬ」 [2017年10月05日(Thu)]
北御堂さんの今月の言葉
IMG_8778.jpg
「たとえ つまずき転んでも そこは大地の上」

松下幸之助『道をひらく』より――
「転んでも」
「七転び八起き」ということわざがある。
何度失敗しても、これに屈せずふるい立つ姿をいったものである。
人生は長い。世の中は広い。だから失敗もする。悲観もする。
そんなとき、このことわざはありがたい。

だが、七度転んでも八度目に起きればよい、などと呑気に考えるならば
これはいささか愚である
一度転んで気がつかなければ、七度転んでも同じこと。
一度で気のつく人間になりたい。


そのためには転んでもただ起きぬ心がまえが大切。
このことわざは、意地きたないことの代名詞のように使われているが、
先哲諸聖の中で、転んでそこに悟りをひらいた人は数多くいる。
転んでもただ起きなかったのである。
意地きたないのではない。真剣だったのである

失敗する事を恐れるよりも
真剣でない事を恐れたほうがいい
真剣ならば、たとえ失敗しても、
ただは起きぬだけの充分な心がまえが出来てくる。
お互いに「転んでもただ起きぬ」よう真剣になりたい
ものです。

本田宗一郎『俺の考え』より――
「失敗は成功のもと」というたとえがあるが、
ほんとうに失敗を成功のもとにする人は何人あるか。
これは正しい理論を用いて反省する人にのみ与えられたる権利だと思う。
ただ単に進退伺いを出したりするような人には
絶対に、失敗が成功のもとになる資格はないはずだと私は心得ている。
「果報は寝て待て」ということわざがあるが、
あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ。
いくら反省しても運否天賦ということがあるが、
よく反省して待つことがわれわれの問題だと思う。

P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
互いに生かし合って進歩と調和を生み出す [2017年10月04日(Wed)]
松下幸之助『続・道をひらく』より――
「たしかめる」
自分の目で見、自分の手でたしかめる――これほどたしかなことはないけれど、
ともすればお互いに、自分の目のとどく範囲、手に触れる範囲のたしかさにとらわれて
これがすべてなり、これがまさに"世界"なりと速断しがちである

目で見、手でたしかめるたしかさにはまちがいがない。
しかし、自分の目のとどかないところ、手にふれえないところにも
さまざまの人がいてさまざまの考えを持ち
さまざまのものがあって、さまざまの働きをしている
これもまたまちがいのない"世界"なのである。

そうとすれば、お互いに今すこし謙虚でありたい
すくなくとも、自分の目と手のワクを超えた"世界"に対して、
謙虚に耳を傾け、これを吸収する柔軟な心を持ちたい。
これがすなわち自分をひらくことで、同時にまた
人をひらき、国をひらき、世界をひらく道にも通じてくる
のである。

果てしない対立に激動する昨今、
真の進歩と調和を生み出すために、
お互いに"たしか"と思っていることを、
もう一度たしかめあってみたいものである。


『松下幸之助の哲学』より――
「調和の思想」
平和を乱し、貧困を招くのは、
お互いが個々の思想や主義にとらわれているからであります。
個々のものは真理の一面を語っていますが
これを真理の全体としてとることは誤りであります

個々のものをそれぞれに生かし
高き秩序に従ってその力を活用するところに調和があり、
これによって真理が全面に働いてまいります

お互いの自覚と努力とによって、
すべてが調和される社会がつくられます。
その中におのずから繁栄、平和、幸福が醸成されてまいります。


“Peace and Happiness through Prosperity”(繁栄によって平和と幸福を)


P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
寛容の心で人も物もいっさいを生かす [2017年10月03日(Tue)]
松下幸之助『続・道をひらく』より――
「無限の宝庫」
この世の中に存在するものは、一つとしてムダなものはない。
ムダだと思うのは、その活かし方、使い方を知らないだけ。
活かし方を知らなければ、すべてのものがマイナスになる。

ムダだ、マイナスだと頭をかかえてばかりいたら、
不満に心が暗くなり、せっかくの天与の贈物も猫に小判。

黄金は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝。
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。

無用と思われていたカビのようなものでも、
これを有効に使えば、貴重な働きをすることがわかってきた今日、
この世の中はまさに無限の宝庫である。
すべての物はもちろんのこと、マイナスでしかない人間など
本来この世にあろうはずがない

お互いに、もうすこし謙虚でありたい。
もうすこし勇気をもちたい。
そして、もうすこし寛容の心を持って、
すべての物が、すべての人が、時と処を得て、
その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。


聖書「コリント人への第一の手紙」の12章14節〜26節を『バルバロ訳・聖書』より――
体は一つの肢体で成り立っているのではなく
多くの肢体で成り立っている
足が「私は手ではないから体に属していない」と言っても、
それだから体に属していないわけではない。
耳が「私は目ではないから体に属していない」と言っても、
それだから体に属していないわけではない。
もし全身が目であれば聞くところはどこなのか
全身が聞くところなら嗅ぐところはどこなのか
神は思召しのままに、体にそれぞれの肢体を置かれた
みなが一つの肢体なら体はどうなるのか。肢体は多いが体は一つである。
だから目は手に向かって「おまえは要らぬ」と言えないし、
頭は足に向かって「おまえは要らぬ」とは言えない。

体の中でもっとも弱く見える肢体はかえって必要である
体の中で卑しく思えるところを特に尊び
私たちの美しくないところはことに丁重にするが、
美しいところはその必要がない。
神は劣ったところにことに尊さを与えるように人の体をつくり上げられた
体のうちに切れ目がなく、肢体が互いに相助けるためである。
一つの肢体が苦しめばすべての肢体はともに苦しみ、
一つの肢体が尊ばれればすべての肢体がともに喜ぶ。

排除の論理で「おまえは要らぬ」と言うより、
寛容の心を持って、すべての物が、すべての人が、
時と処を得て、その本来の値打ちが活かされるよう努めたい。

松下幸之助『実践経営哲学』の「素直な心になること」より――
素直な心になれば、物事の実相が見える。それにもとづいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。
なすべきを行い、なすべからざるを行わない真実の勇気
そこから湧いてくる。
さらには、寛容の心、慈悲の心というものも生まれて、
だから人も物もいっさいを生かすような経営ができてくる。
また、どんな情勢の変化に対しても、柔軟に、融通無碍に順応同化し、
日に新たな経営も生み出しやすい。



P1010032.JPG
旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
| 次へ