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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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商いの極意<会計編>108講 [2011年12月20日(Tue)]
 「経営と会計」のカテゴリーの全面見直し、108講が揃いました。

 「経営と会計」のカテゴリーは、このブログを立ち上げた動機であり、メインコンテンツのはずが、
 未完のまま放置、、、お恥ずかしい限りでした。
 一念発起して全面的に見直し、ブログの立ち上げから2年9ヶ月がかりでようやくゴールです。
 ありがとうございます。

 これまでの道のりを支えてくださった一期一会のご縁に心から感謝です。


 以下、今回の見直しにあたって・・・
  ・カテゴリーを、【商いの極意<会計編>】に変更しました。
    →「商いの極意」は、今年の上方落語協会の台本コンテストに応募した作品の題名です。
  ・108講にしたのは、
    →「経営と会計」を企画したとき、四国遍路の88ヶ寺と別格霊場の20ヶ寺をイメージして
      88の記事(8章×11)と20のコラムを設定していたので、そのまま引き継ぐことにしました。
  ・記述について
    →「経営のための会計」にお役立ちすることを目指して、構成や内容を見直しました。
      色々な機会に学ばれた知識を実践に活用していただくため、「考え方」を重視しています。
      記事の中で紹介した本はいずれも素晴らしい本です。おススメします。
  ・付録について
    → 上方落語協会の台本コンテストに応募して落選した作品です。
      いずれも、噺の材料は108講の中から作っています。(だから噺として面白くない?)


信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく(岡崎嘉平太氏)
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して立ち上げたこのブログ、
これからも、一歩、一歩、歩き続けます足跡
引き続きのご指導よろしくお願いします。

    


三重塔の四隅で軒を支える邪鬼(重要文化財・室町時代)カメラ
岩船寺(木津川市加茂町・京都)
 
(108)ラブストーリーは「永遠」に [2009年07月23日(Thu)]
(最終更新:2011/12)
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 NHKの連続テレビ小説『あすか』を覚えておられますか?

 京都の老舗の和菓子屋「扇屋一心堂」を舞台にしたドラマで、
 主人公は和菓子職人のあすか(竹内結子さん)。
 1999年10月から2000年3月までの半年間の放送でした。

 何がきっかけだったのか思い出せませんが、
 いつしか朝7:30から始まるBS放送を見るようになり、
 語りの有馬稲子さんの「続きはまた明日」を聞いて仕事に出るのが
 毎日の習慣になりました。
 
 印象的なシーンが多く、放送から10年以上経った今でも色々と思い出されます。
 その中でも一番印象深いシーンが・・・

  店が菓子をつくるんやない、菓子が店をつくるんや

 260年続いた老舗の「扇屋一心堂」。

 ジリ貧状態を打開すべく、経営コンサルタントのアドバイスを受けて、
 元禄創業の時から店を支えてきた「おかめ饅頭」に代わる和菓子作りに着手。

 新商品「葛ぽんち」は大ヒット、機械による量産、新しい工場を建設して取り組む。

 しかし、新商品の人気は続かず、更なる新商品「葛とろりん」を開発。
 あすか自らテレビCMに出演してまで新商品を売り出したものの、、、

 金策が尽きて手形を決済できずにあえなく倒産。
 店も、「おかめ饅頭」の商標も、すべてを失い、 残ったのは借金だけ。

 「離れ離れになっても心はひとつやで」とみんなで再起を誓ったものの、
 誰もが日々の暮らしに追われ、再起の夢はいつしか消えていった。

 それから10年。 店は創作料理屋「うまいもんや」に変わっていた。
 店の中はすっかり変わり、かつての工場は厨房に。

 しかし、その壁には扇屋一心堂が掲げていた“一生一品”の額が・・・

 “一生一品”の額を見たあすかは、もう一度やり直そうとみんなに声をかける。
 しかし、誰も動こうとはしない。
 「うちひとりやったら何もできへん」、、、

 「菓子を作っても店がなければ売れん」と言うあすかに、父親の禄太郎は
 「昔な、四条河原町に饅頭屋の屋台が出た。 おかめ饅頭の始まりや。
  祇園のお客さんがぎょうさん買いに来てくれはった。
  たった一代で店をこしらえはった。 たった一つの菓子が扇屋一心堂をおこしたんや」

  店をおこすのはカネやない、たった一つの菓子や! 

 再起の夢を求めて、10年ぶりの菓子作り。
 愛する家族に支えられて、たった一人で再建に踏み出した。

 売る場所のないあすかに、逢坂屋の女将がデザート菓子を依頼。
 10年ぶりに作った新作は、支えてくれる家族への思いを込めた「ピクニック」。

 菓子の評判を聞きつけた客が逢坂屋へ食事に来た。
 「ええもん作れば、店は勝手についてきますがな」

 昔の仲間も、ひとり、ふたりと戻ってきた。

 店の権利を取り戻すために、ライバルと勝負。
 家族や仲間に支えられ、あすかは店をおこす菓子作りに取り組む。
 あすかが情熱を込めた“一生一品”は「あすか」。

 勝負に勝ち、店の権利は戻ってきた。
 
 店の譲渡代金は、300年のローン。
 そこには、「今後300年続く店になってほしい」と願う売り主の思いが込められていた拍手

苦しみつつ、なお働け 安住を求めるな この世は巡礼であるクローバー
―― 山本周五郎さんが生涯を通じて人生の指針としたストリンドペリーの言葉

過去の「成功」や「失敗」にとらわれず、  
一歩、一歩、歩き続ける
足跡

創業者揮毫初心を忘れず/松下幸之助歴史館電球


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(107)「共存共栄」に徹する(持ちつ持たれつ) [2009年07月22日(Wed)]
(最終更新:2011/12)
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共存共栄に徹する(松下幸之助著『実践経営哲学』より)

 企業は社会の公器である。(→別記(100)
 したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない。企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。

 共存共栄ということでなくては、真の発展、繁栄はあり得ない。それが自然の理であり、社会の理法なのである。自然も、人間社会も、共存共栄が本来の姿なのである。

 企業が事業活動をしていくについては、いろいろな関係先がある。そうした関係先の犠牲においてみずからの発展をはかるようなことは許されないことであり、それは結局、自分をも損なうことになる。やはり、すべての関係先との共存共栄を考えていくことが大切であり、それが企業自体を長きにわたって発展させる唯一の道であるといってもいい。

 いずれにしても、共存共栄ということは、相手の立場、相手の利益を十分考えて経営をしていくということである。まず相手の利益を考える、というといささかむずかしいかもしれないが、少なくとも、こちらの利益とともに相手の利益をも同じように考えることである。それが相手のためであると同時に、大きくは自分のためにもなって、結局、双方の利益になるわけである。 

共存共栄に徹すること/松下幸之助著『実践経営哲学』本p.64〜73


互いの自主自立なくして、共存共栄は成り立たない

助け合っていくということは、みなが実力を持つことです。
みなが助け合うということは、お互いが実力を持つことをお互いに助け合うということです。
実力をなくした者を助け合うというようなことじゃない。
実力を持つようにお互い助け合いをする。これが、私は共存共栄だと思うのですね。
これでなくては世の中はうまくいかないと思います。
みんながそれぞれの職責を全うして、自分の仕事をやっていこうという場合にこそ
その実力の上に共存共栄の花が咲くと私は思いますね」

共存共栄の第一歩が自主経営だと思うのです。
自主経営というものは、自らの責任において仕事をするということですね。
もし自主責任経営が行われない場合には、人の力を借りたり、助けてもらうことになるから、
結果として人に迷惑をかけることになり、いずれ破綻することは目に見えている、
それでは、共存共栄にならない。

自主経営というものは相手から与えられるものではありません。
自主経営は自分でやるものです。
その自主性が発揮されたときに、相手の力が生きて働きます
そしてそれが共存共栄に働くのだと、私は思うのです」 


◆なかよし地蔵(高野山・奥之院参道)/2009.5.24

◆なかよし地蔵(須磨寺・参道商店街)/2009.12.20

持ちつ持たれつクローバー


(106)「良医」を求める [2009年07月21日(Tue)]
(最終更新:2011/12)
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なぜ良医が必要か

 人間の業務には盛衰が常ではないとはいうけれど、その盛衰を生じさせる原因は、事物に正しい道理によって対処するか、それともこれに反するかの違いにある。従って一人で事業を独裁する場合は、誤りを犯して正当を失っても、他からこれを批判したり正したりすることができない。このために危害が生じるのである。
 同志が会社を結成し、互いに助け合い互いに是正し合い、これによって正しい道理から外れないよう努めれば、自ら転覆する患いを防ぐことができる。今、同志数人とはかって元金を出し、あるいはその労働を提供して一商店を開き、「丸屋商社」と名づける。その元金を出した人を「元金社中」(株主)と名づけ、その労働を提供する人を「働社中」(従業員)と名づける。

  ――「元金社中」(株主)、「働社中」(従業員)、そして「良医社中」(良きパートナー)


良医に求めるもの

 (1)行動を決断するのは自分

 (2)「良医」に求めるもの・・・専門的能力+使命感+人間性 

    ・ツールなどに頼らず、とことん話を聴く、現場を視る、的を得た問いかけ
    ・「価値観」や「めざす方向性」を共有
    ・一緒に考える(答えを求めず、与えず)
    ・ともに「自主自立」を目指す(代行では自立できない)
    ・虚心坦懐(とらわれない)
    ・大局観(全体像をとらえる)
    ・先見性(過去だけでなく、将来を見据える)
    ・深い問題意識(自分の気づかぬ問題の発見、真因の究明)
    ・補助線を引く(問題解決の糸口を導く)
    ・さまざまな選択肢の中からベストの提案 → 決めるのは自分
    ・ともに歩み、ともに汗を流す(強い信頼)
    ・そして、ともに喜びを分かち合う


三重塔の四隅で軒を支える邪鬼(重要文化財・室町時代)カメラ
岩船寺(木津川市加茂町・京都)


(105)「木偶の坊」を見分ける [2009年07月20日(Mon)]
(最終更新:2011/12)
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映画『雨あがる』より

 主人公の妻(宮崎美子さん)が、城主の名代として来た家老と近習頭を相手に・・・
大切なことは、主人が何をしたかではなく、
    何のためにしたかということではございませんか


 あなたたちのような木偶の坊には
    おわかりいただけないでしょうが・・・

 そして、主人公(寺尾聰さん)に・・・
「 あなたにだけ申し上げます。
 これからは、あなたのお望みなさるとき、いつでも賭け試合をなさってください。そして、
 周りのものみんな、貧しく、頼りのない、気の毒な方たちを喜ばせてあげくださいませ 」


「木偶の坊」を見分ける

     【木偶の坊】……1.人形、あやつり人形 
                2.役に立たない人、気のきかない人、人のいいなりになっている 

 (1)結果の数字を重視する
     「何をしたか」(プロセス)に関心がない
     「何のためにしたか」(動機や目的)にも関心がない
     これまでの履歴(過去)を重視し、「これから」(未来)には関心が低い

 (2)「現場」に関心がない
     現場を確認せず、いきなり書類のチェック
     現場の変化に関心がない

 (3)一緒に考えない
     いきなりツールを利用
     話をよく聞くことなく、一方的に提案

 (4)責任逃れ
     責任を負えないのに提供
        「関連会社および提携会社によりご提供する商品・サービスについて、
         紹介行為を行うのみであり一切の責任を負いかねます」
     保証できないのに記載
        「記載取引の会計上・税務上の取扱等につき保証するものではありません
         ご検討に際しては、必ず税理士等の専門家にご相談下さい」

 (5)提案という名の押し売り
     こちらのビジネスに関係のない商品を提案
     自らの専門外(本業と関係のない)の商品を提案
 
(104)知りながら「害」をなすな [2009年07月19日(Sun)]
(最終更新:2011/12)
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プロフェッショナルの責任(ドラッカー著『マネジメント』より)

 プロフェッショナルの責任は、すでに2500年前、ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかに、
 はっきり表現されている。
 知りながら害をなすなである。
 プロたるものは、医者、弁護士、マネージャーのいすれであろうと、顧客に対して、
 必ずよい結果をもたらすと約束することはできない最善を尽くすことしかできない
 しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない
 顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと信じられなければならない。
 これを信じられなければ何も信じられない。

 たとえば、自らの事業が社会に与えている影響について、業界で不評を買うとの理由から、
 適切な解決策を検討せず、あるいは検討しても実行しないマネジメントは、
 知りながら害をなしていることになる。知りながら癌細胞の増殖を助長している
 そのようなマネジメントは愚かというべきである。
 そのような態度は、自らの企業や産業を傷つけることになる。
 それだけではない。そのような態度は、プロの倫理にはなはだしく反する


なぜ症状の悪化を防げなかったのか

 このメーター(債務償還年数)を算出することは簡単、パソコンなどツールの助けも不要です。
 メーターの数字が意味することも、中小企業の経営を支援する者であれば知っていたはず。
 なのに、なぜ?―― 我々は知りながら、癌細胞の増殖を見過ごして助長していなかったか、、、

 たとえば、キャッシュフローが悪化すると、この症状は金欠病だと判断して銀行へ駆け込む。
これは対症療法である。
 これを、逆に金欠病を治すために顕現した症状と観ずると、まずその症状が出る原因を探る。集金が悪いとか、クレームが増えたとか、経費が増えたとか、在庫が増えたとか、病気の原因はだいたい決まっている。そのへんをコントロールすると金欠病は治る。
 やみくもに銀行から借金をして対症療法を繰り返していたら、いつまでたっても金欠病は治らないのである。
立石一真著『永遠なれベンチャー精神』(昭和60年刊・ダイヤモンド社)本


(103)人間として「正しい」ことを求める [2009年07月18日(Sat)]
(最終更新:2011/12)
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正々堂々と闘う

 「我々はスポーツマンシップに則り、正々堂々と闘うことを誓います」

 運動会をはじめとする様々なスポーツ大会の開会式でお馴染みの選手宣誓です。
 勝ち負けにこだわらないという意味ではなく、
 フェアプレイで正々堂々と全力を尽くして闘う「精神」、
 そして勝敗が決まった後の「品格」にこの宣誓の意義があります。
 勝負に勝つことが目標であっても、そのために何をしてもよいわけではありません。
 目標に向かって弛まぬ努力を積み重ね、正々堂々と全力を尽くして闘う。
 その結果勝ち取った勝利だからこそ、祝杯の美酒も格別なのです。

第1条 スポーツマンは常にルールを守り、仲間に対して不信な行動をしない。
第2条 スポーツマンは、礼儀を重んじ、フェアプレーの精神に徹し、いかなる相手もあなどらず、
    たじろがず、威張らず、不正を憎み、正々堂々と尋常に勝負する。
第3条 スポーツマンは、絶えず自己のベストを尽くし、最後まで戦う。
第4条 スポーツマンは、チームの中の一員として時には犠牲的精神を発揮し、
    チームが最高の勝利を得るために闘わなければならない。そこに信頼する良き友を得る。
第5条 スポーツマンは常に健康に留意し、絶えず練習の体験を積み重ね、人間能力の限界を
    拡大し、いついかなる時でもタイミング良く全力を発揮する習慣を養うことが必要である。
「スポーツマン精神の5か条」鬼塚喜八郎(アシックス・創業者)走る
ころんだら、起きればよい/マイブログ(2011.10.31)メモ


真摯さなくして、組織なし(ドラッカー著『マネジメント<エッセンシャル版>より)

いかに知識があり、聡明であって、上手に仕事をこなしても、
真摯さに欠ける者は組織を破壊する
組織にとって最も重要な資源である人を破壊する。組織の精神を損なう。成果を損なう。

@ 「強み」より弱みに目を向ける者をマネージャーに任命してはならない。
   ―― できないことに気づいても、できることに目のいかない者は、
       やがて組織の精神を低下させる。
A 「何が正しいか」よりも、誰が正しいかに関心を持つ者をマネージャーに任命してはならない。
   ―― 仕事より人を重視することは、一種の堕落であり、やがては組織全体を堕落させる。
B 「真摯さ」よりも、頭のよさを重視する者をマネージャーに任命してはならない。
   ―― そのような者は人として未熟であって、しかもその未熟さは通常なおらない。
C 部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない。
   ―― そのような者は人間として弱い。
D 自らの仕事に高い基準を設定しない者もマネージャーに任命してはならない。
   ―― そのような者をマネージャーにすることは、
       やがてマネジメントと仕事に対するあなどりを生む。


「人間として何が正しいか」で判断する(『稲盛和夫の実学』より)

物事の判断にあたっては、つねにその本質にさかのぼること、
そして人間としての基本的なモラル、良心にもとづいて
何が正しいのかを基準として判断する
ことがもっとも重要である。

何事も、物事の本質にまでさかのぼうろとはせず、ただ常識とされていることにそのまま従えば、
自分の責任で考えて判断する必要はなくなる。
また、とりあえず人と同じことをする方が何かとさしさわりもないであろう。
たいして大きな問題でもないので、ことさら突っ込んで考える必要もないと思うかもしれない。

このような考え方が経営者に少しでもあれば、私の言う原理原則による経営にはならない。

どんな些細なことでも、原理原則までさかのぼって徹底して考える
それは大変な労力と苦しみをともなうかもしれない。しかし、
誰から見ても普遍的に正しいことを判断基準にし続けることによって、
初めて真の意味で筋の通った経営が可能となる


「常識」にとらわれず、本質を見極め正しい判断を積み重ねていくことが、
絶えず変化する経営環境の中では必要
なのである。(同書 p.34)


(102)「責任」−レスポンシビリティとアカウンタビリティ [2009年07月17日(Fri)]
(最終更新:2011/12)
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レスポンシビリティとアカウンタビリティ

 かつて会計を学び始めた頃、会計の役割について「レスポンシビリティ( responsibility )」と「アカウンタビリティ( accountability )」という言葉で教えを受けました。いずれの言葉も「責任」や「責務」と訳されますが、レスポンシビリティが一般的な責任の意味で使用されるのに対し、アカウンタビリティは説明責任の意味で使用されます。

 しかしながら、この二つの責任は決して別々の概念ではなく、他人から依頼を受けた者はその依頼されたことに対して責任(レスポンシビリティ)を持ち、その責任を果たす過程や結果について説明する責任(アカウンタビリティ)を負うというように密接に結びついています。

 隠す、誤魔化す、騙すという行為はアカウンタビリティとは相容れないものですが、形ばかりの説明もアカウンタビリティを果たしているとはいえません。また、おざなりの説明を聞かされて唖然とすることがありますが、それはアカウンタビリティの前提としての責任感(レスポンシビリティ)が欠如していることを意味します。

 アカウンタビリティを果たしたかどうかを判断するのは、あなたではなく、相手です。
 たとえば、新たな資金を調達する場合も、相手によって関心は異なります。銀行であれば融資の回収の確実性、ベンチャービジネスなど株式公開を前提とする直接金融ならビジネスの今後の展開、ソーシャルビジネスなど株式公開を前提としない直接金融なら調達したお金の使われ方が社会的に意義あったことの確認・・・
 相手の関心に応じてアカウンタビリティを的確に果たすことが、信頼関係を深める前提です。


透明性を高める

 企業に関する様々な情報を隠すことはできなくなっています。脅威に感じたり義務として捉えたりするのではなく、強固な信頼関係に基づくファン作りのチャンスとして積極的に活用すべきです。
 見られることが前提となれば、経営の質をさらに高めることにもつながります。
 当然のことながら、相手の関心に応じて開示する内容は異なります。単に決算書だけ開示しても、そこにメッセージ(魂)が込められなければ無意味ですし、実態より良く見せることは逆効果です。


ディスクロージャーとは、
要するに真実をありのままに伝えるという、当たり前のことである。
たとえ「良くない事態」が起きたとしても、勇気を持って社外に対し、
ただちに明らかにすることによって、逆に会社に対する信頼は高まっていく
困難に遭遇したときは、真正面から立ち向かい、打開策を確実に実行していることを、
正直に投資家に対して訴えればよいのである。
このように自社のありのままの姿をつつみ隠さずオープンにするためには 
利益よりも公正さを優先するという確固たる経営哲学が不可欠となる。
『稲盛和夫の実学』(日経ビジネス人文庫)本p.146



(101)お天道様はすべてお見通し―「陰徳善事」 [2009年07月16日(Thu)]
(最終更新:2011/12)
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お天道様(おてんとうさま)が見ている

 ――ウソをついたり騙したり、信頼を裏切ったり、約束を破ったり、人の道に背(そむ)けば地獄行き
    上手いことやったと思うても一時のこと、悪銭身につかず
    それどころか、今までの蓄えまで失う

 社会的存在である企業は、社会の規範を守ることで社会の安定に貢献するため、「お天道様に恥じない」行動をとることが求められます――企業の社会的責任(CSR)
 しかし、お天道さまが見ておられるのは、悪いことばかりではありません。
 良いことも、悪いことも、「すべてお見通し」です。


陰徳善事(いんとくぜんじ)

 CSR(企業の社会的責任)を果たすことの「メリット」として、社会の信頼が得られるとか、企業価値の向上などがあげられています。


 確かにそのとおりでしょうが、社会的責任(SR)は、「自らのメリット」や「お天道さま(世間の目)」を意識して行うことではなく、自らの意思で自発的に行うことに値打ちがあるように思います。

 なお、近江商人の中井源左衛門(初代)は、90歳の時に子孫に書き残した「金持商人一枚起請文(いちまいきしょうもん)」で、陰徳善事しかないと、
見返りを期待する打算的な社会貢献を否定して、人知れず社会に貢献することを説いていますキラキラ


(100)社会の「公器」としての責任(社会的責任) [2009年07月15日(Wed)]
(最終更新:2011/12)
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企業は社会の公器

 オムロンの「社憲」――
われわれの働きで われわれの生活を向上し
よりよい社会をつくりましょう

 オムロンの創業者の立石一真さんが、経営理念の重要性について真剣に考えられ、「企業の公器性」を企業のバックボーンとすべきと悟られて、機会あるごとに社員に語られたものを「社憲」としてまとめられたものです。
 1959(昭和34)年5月10日(創業記念日)に正式に制定・公布され、既に半世紀を越えていますが、オムロングループの存在意義を示すものとして脈々と受け継がれています。

 その意味するところは、
 ★自分たちの日々の働きによって、まず企業を伸ばす
 ★企業を伸ばすことによって、より多く社会に奉仕しよう
   ――地域社会に豊富な雇用を与え、地域社会に対して好ましい隣人となる
      得意先に対しては良い仕入先になり、仕入先に対しては良い得意先になる
      適正な利潤から、国家に対しては税金、社員に対しては高賃金、株主に対しては高配当
      得意先に対しては、研究開発や設備投資を通じて、よい商品をより安く供給
      地域社会に対しては、福祉事業など具体的な社会奉仕、などなど
立石一真著『永遠なれベンチャー精神』(ダイヤモンド社)本

企業は社会に役立ってこそ存在価値があり、
利潤を上げることができ、存続していける


企業の社会的責任とは何か?(松下幸之助著・昭和49年)より

 まず基本として考えなくてはならないのは、企業は社会の公器であるということ。
 企業には大小さまざまあり、そこにはいわゆる個人企業もあれば、多くの株主の出資からなる株式会社もあるが、かたちの上や法律の上からみれば、個人のものやで株主のものであっても、本質的には企業は特定の個人や株主だけのものではなく、その人たちをも含めた社会全体のもの。
 いかなる企業であっても、その仕事を社会が必要とするから成り立っている。よって、自分の意思で始めた自分のものであっても、より高い見地に立って考えれば、社会生活を維持し、文化を向上させるために存在している、いわゆる社会の公器だということになる。

 企業が社会の公器であるとすれば、企業はその活動から、なんらかのプラスを生み出して、社会の向上、共同生活の発展に貢献しなくてはならない。天下の人、天下の金、天下の土地、天下の物資を使って仕事をしている公器としての企業が、その活動からなんらのプラスも生み出さず、なんら社会に寄与、貢献しないとすれば、これは許されないこと。
 そういう責任を企業が負っているのであり、それが企業の社会的責任である。(同書p.10〜15)


社会的責任と自社の利益が一致する「質の高い」経営を目指す

企業は「社会の公器」としての「使命」を自覚し、「社会的責任」を誠実に果たさなくてはならない
――経営者は、まず企業の使命、社会的責任について正しく理解し、
   それを社員の人びとにも訴え、教えつつ、会社をあげてその責任を果たしていく。
   経営者はもちろんのこと、企業に働く社員一人ひとりの自覚と実践があって、
   はじめてその社会的責任というものが果たされる。(同書p.100〜106)


(099)経営理念を確立し、「共有」する [2009年07月14日(Tue)]
(最終更新:2011/12)
★目次に戻る
過度な規制の弊害

 本来、「規制」は、所定の「目的」を達成するための「手段」です。
 ――たとえば、弁護士法も、公認会計士法も、その第一条は「使命」です。
      「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」
      「公認会計士は、・・・、もつて国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする」

 ところが、規制が過ぎると、「規制を守る」ことが目的化して手段と目的を違えてしまい、
 また、詳細なマニュアルや各種のツールなどは「自ら考える」ことを放棄させ、
 その結果、人と組織の劣化をもたらします。(→別記(075)


まず経営理念を確立すること

 松下さんの『実践経営哲学』の第1章は、「まず経営理念を確立すること」です。

 「この経営を何のために行うか、そしてそれをいかに行っていくか」という基本の考え方

 そこで私なりに考えたその使命というものについて、従業員に発表し、以来、それを会社の経営基本方針として事業を営んできたのである。それはまだ戦前の昭和7年のことであったけれども、そのように一つの経営理念というものを明確にもった結果、私自身、それ以前に比べて非常に信念的に強固なものができてきた。
 そして従業員に対しても、また得意先に対しても、言うべきことを言い、なすべきことをなすという力強い経営ができるようになった。また、従業員も私の発表を聞いて非常に感激し、いわば使命感に燃えて仕事に取り組むという姿が生まれてきた。
 一言にしていえば、経営に魂が入ったといってもいいような状態になったわけである。
 そして、それからは、われながら驚くほど事業は休息に発展したのである。
まず経営理念を確立すること/松下幸之助著『実践経営哲学』本p.15〜16

 松下電器(現・パナソニック)が株式会社に改組したのは1935(昭和10)年、
 証券取引所に株式を上場したのは戦後の1949(昭和24)年のこと。
 昭和7(1932)年の松下電器はまだ個人事業でした。
 真使命の自覚を機に飛躍的に発展し、翌昭和8(1933)年には新しい本店・工場を門真に建築…

 正しい経営理念があってこそ、企業の健全な発展もあるといえる。
 刻々に変化する社会情勢の中で、次々と起こってくるいろいろな問題に誤りなく適正に対処していく上で基本のよりどころとなるものは、その企業の経営理念である。
 また、大勢の従業員を擁して、その心と力を合わせた力強い活動を生み出していく基盤となるのも、やはり経営理念である。
まず経営理念を確立すること/松下幸之助著『実践経営哲学』本p.20

 正しい経営理念が確立され、その価値観を全社員で共有して実践できていれば、
 細かい規則は重要ではありません。

 なお、経営理念の「確立」とは、明文化すること意味しません。
 文言に表現されなくとも、共有化された正しい理念や価値観が体現できていればOKまる
 逆に、どんなに美辞麗句でも、共有化されず、実践されなければ、経営理念ではありません。


理念なき経営は海図なき航海
立石一真著『永遠なれベンチャー精神』本

まずは経営者が、
 自らの人格を高める努力を続ける
(『稲盛和夫の実学』より)

 企業というものはつきつめて考えれば人間の集団でしかない。それをたんなる烏合の衆ではなくひとつの生命体としてまとまったものにするには、その集団のリーダー、つまり経営者が社員から信頼され尊敬されていなければならない。そうでなければ経営者が指し示す目標をどんな困難があろうと達成しようという社員がいるはずはないからである。
 このようにすべての社員から尊敬され「この人のためなら」と心から思われるような経営者となるためには、自らの人格を高まる努力を続けていかなくてはならない

 また、そこまで人間ができていなくても、一緒に仕事をしていく社員に、経営者としての誠意は理解してもらなければならない。そのためには、経営者自身が会社や社員のために誰にも負けない努力を重ねていくことが最も大切になる。


(098)100−1=「0」 [2009年07月13日(Mon)]
(最終更新:2011/12)
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不祥事を起こさないために

 不祥事が続発する背景に、市場が成熟化して収益が伸び悩む一方で、原材料などのコストアップによる業績の悪化や顧客ニーズの高度な多様化など、経営環境の厳しさがあげられています。
 しかし、経営効率を重視するあまりに人命や安全、健康が脅かされる事態も生じて、お客さまの信用を失うだけでなく、会社の存続そのものが危機に追い込まれるのです。
 不祥事を起こさないためには、自己本位の内向きの論理で考えるのではなく、お客様や社会など外部の視点で考えること。社会と真正面から向き合い、「誠実」で「正直」であることが求められます。


知らなかったでは済まない

 「100−1=0」の現実に直面した企業は、過去と決別して生まれ変わり、全社一丸となって新たな取組みを構築して実行します。でなければ、社会にとって必要な会社と認められません。
 ところが、世の中には、生じた問題に形ばかりの対応で済ませようとする企業が未だにあります。
 たとえば「現場の勝手な判断に基づくもので、組織ぐるみではない」と説明する企業がありますが、このような責任逃れの体質そのものが社会と向き合っていない証拠です。
 企業は、自らが存立する目的(使命)の達成を目指して理念やビジョンを共有し、同じ行動指針に基づいて所定の目標の達成に全社一丸で取り組んでいるはずなのに、現場の勝手な判断と説明することは、現場に勝手な行動を許していることを自ら認めること。「知らなかったでは済まない」のです。

組織の責任に関する第二の原則は、さらに重要なこととして、
自らのもたらす影響を事前に知り予防することである。
先を見て自らのもたらす問題を検討し、
好ましからざる副産物を防ぐ
ことは組織の社会的責任である。
ドラッカー著『断絶の時代』(1969年)本p.203


信用を失墜するのは一瞬(100−1=0)

 当社の使命は人類にとつて最高食品である牛乳および乳製品を最も衛生的に生産し、豊富に国民に提供して国民の食生活を改善し、日本の食糧問題を解決し、ひいては国民の保健、体位の向上に資することにあるのであり、全従業員またこれに大なる誇りをもつているのである。しかるにこの使命に逆行し、あるいはこれを没却し不良製品を供給するに至つては当社存立の社会的意義は存在しないばかりでなく、社会的な責任から言つても全く申し訳のないことなのである。
 しかしてこの使命達成は決して容易な事ではない。しかし事務と技術の如何を問はず、全社員が真にこの使命観に徹し、全社的立場において物を考え、各々の職責を正しくかつ完全にこれを果し、会社を愛する熱情に燃えて相協力し、他の足らざるところを互に相扶け、相補ない絶えず工夫し研究して時代の進運に遅れないよう努力するならば決して不可能ではない
 当社の事業において唯一人の怠る者があり、責任感に欠ける者がある場合、それが社会的に如何なる重大事件を生じ、社業に致命的影響を与えるものであるかは今回の問題が何より雄弁にこれを物語っておりわれわれは痛切にこれを体験したのである。多数農家の血と汗の結晶である牛乳が多くの資材と労力を費やして製品化されるのであるが、一人の不注意によつてこれを焼却し、あるいは廃棄しなければならぬ結果を生ずるのである。
 わが雪印がこの信用を獲得するためには、今日まで三十年の長きに亘つてあらゆる努力を続けたその結果であるはずである。信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬である。しかして信用は金銭では買うことはできない。これを取戻すためには今までに倍した努力が集積されなければならないのである。
「全社員に告ぐ(昭和30年3月10日)」の一部抜粋
全社員に告ぐ(原文)/CSR浸透のための取組み/雪印メグミルクメモ
(ぜひ「原文」を最後までお読み下さい)


(097)人に「罪」をつくらせない(会社と人を守る) [2009年07月12日(Sun)]
(最終更新:2011/12)
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不正に対する会計の役割(『稲盛和夫の実学』の第一部の一番最後)

 残念なことに人間はつねに完全ではない。いくら立派なことを言っていても、誘惑にかられ、魔が差してしまうかもしれない。不正を犯してしまうかもしれないのである。このことは不祥事を起こした人々を調べればよくわかる。誰も最初から不正や犯罪を犯そうと思っていたわけではない。

 この意味で私は会計の果たす役割はきわめて大きいと考えている。なぜなら会計において万全を期した管理システムが構築されていれば、人をして不正を起こさせないからである。また、万が一不正が発生しても、それを最小限のレベルにとどめることができるからである。

 しかし、そのための管理システムは、決して複雑で最先端のものである必要はない
 人間として普遍的に正しいことを追究するという「経営哲学がベースにあれば、
 一対一の対応」、「ガラス張りの経営」、「ダブルチェックなどの原則に
 もとづくきわめてシンプルでプリミティブなシステムで十分なのである。

 このような会計の考え方やシステムは、不正を防ぐというだけでなく、企業の健全な発展のために不可欠なものであり、逆にこのような会計システムがなければ、いくら立派な技術力があろうと、また十分な資金があろうと、企業を永続的に成長させていくことはできない。

 京セラが順調に発展することができたのも、確固たる経営哲学とそれに完全に合致する会計システムを構築することができたからだと考えている。


不正に対して厳しい社風をつくり上げる(『稲盛和夫の実学』より)

 実際、期末に苦しまぎれに売上を水増しする例もよくあると聞く。取引先に電話を入れて、「今期、売上がどうしても足りない。 これこれの内容で10億円の売上伝票をこちらで立てるが、来期早々に返品を入れてもとに戻すので、よろしく」というような依頼をする。取引先とのつじつまだけ合わせて伝票を上げて、期末の売上を少しでもよく見せようというのである。
 このようなことが一度でもあると社員の感覚が麻痺してしまい、数字は操作できるもの、操作して当然のものと、考えるようになってしまう。その結果、社内の管理は形だけのものとなり、組織のモラルを大きく低下させる。数字はごまかせばいいということになったら、社員は誰もまじめに働かなくなる。そんな会社が発展していくはずがない

 社内に「一対一の対応」を徹底させると、誰も故意に数字をつくることができなくなる。
 この「一対一の対応」における要諦は、原則に「徹する」ことである。事実を曖昧にしたり、隠すことができないガラス張りのシステムを構築し、トップ以下誰もが「一対一対応の原則」を守ることが、不正を防ぎ、社内のモラルを高め、社員一人一人の会社に対する信頼を強くするのである。「一対一対応の原則」は非常にプリミティブな手法に見えるが、それを徹底させることによって社内のモラルを高めると同時に、社内のあらゆる数字を信頼できるものにすることができるのである。


 一見当たり前のことであるが、当たり前のことを確実にも守らせることこそが実際には難しく、それだけに大切にすべきことなのである。ただし、それは指示するだけでは徹底されない。トップ自らが、本当に守られているのかを現場に出向き、ときどきチェックしなくてはならないのである。繰り返し確認していくことによって初めて、制度は社内に定着していく。しかし、その根底には、社員に決して罪をつくらせないという思いやりが、経営者の心の中になくてはならないのである。


 そのような企業では、もしかすると不正処理が行なわれても問題とはされず、そのまま見過ごされていることが多いのではないだろうか。みんなが大なり小なり何らかの問題を持っているため、不正や疑惑の存在に気づいても互いにあえて問題にせず、見過ごしているのではないだろうか。さらに上司の方がより大きな問題を抱えているために、何か不正が見つかっても、あえて隠蔽したままのケースもあるのではないだろうか。

 社員の行動にどこかおかしな様子がある場合、不正に対し厳しい社風があり、周囲の者が清廉潔白であれば、すぐに目立つようになり、必要な処理がなされるであろう。しかし、おかしいと思われることを指摘することが「裏切り」であるかのように思わせる雰囲気が社内にあれば、問題は隠蔽されてしまう。このようにして社内に少しぐらいの不正には目をつぶろうという雰囲気が生まれると、やがて組織全体が膿んでいき、いつか必ず会社の屋台骨を揺るがすほどの問題になる。

 だからこそ、不正をなくすためには
 まず経営者自身が自ら律する厳しい経営哲学を持ち
 それを社員と共有できるようにしなくてはならない
 そして、公正さや正義と言われるものがもっとも尊重されるような社風をつくり上げ
 そのうえでこの一対一の対応のような
 シンプルな原則が確実に守られるような会計システムを構築する
 ようにしなくてはならない。そうすれば企業の不祥事の大半は必ず防げるはずである。
『稲盛和夫の実学』(日経ビジネス人文庫)本p.148〜149


流れる水は腐らないが、淀む水は腐る


(096)「嘘つき」は泥棒の始まり [2009年07月10日(Fri)]
(最終更新:2011/12)
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嘘にウソを重ねて自分を見失う

 「粉飾」とは、決算書を意図的に操作して、実態より良く見せることです。
 決算を粉飾して違法な配当をしたり、銀行や取引先などの第三者に損害を与えたりすると、
 刑事責任や民事責任を問われることがあります。

 粉飾のテクニックについてあれこれ述べたところで意味のないことですが、
 基本的には、資産を膨らます、負債を隠す、売上を増やす、費用を減らす、区分表示を偽るなど。
 自社だけで粉飾するとは限らず、関係会社や取引先とグルになってする場合もあります。

 当たり前のことですが、「粉飾」は問題の解決になりません。
 本来ならば、実態を「直視」して問題解決の課題に取り組むべきところ、
 実態を良く見せることで問題の解決を先送りします。
 以前であれば、先送りしてる間に経営環境が好転することもあったのかもしれません。
 しかし、昨今のご時勢は甘くありません。先送りすれば問題は悪化して手遅れになります。

 結果、嘘に嘘を重ねることになり、抜けられなくなります。
 挙句に、経営者本人も実態がわからなくなって自分を見失い、間違いなく破綻します。

ありのままの現実から逃避をしたり、現実を粉飾してごまかしたりすることは、
その真理に反することになる。 そして真理に反する行為は必ず破綻を招く
『稲盛和夫の実学』(日経ビジネス人文庫)本p.150


意図的でない粉飾(ウソ)

 意図的な操作による粉飾ではないのですが、結果として実態より良く見せるケースがあります。
 このようなケースについても、稲盛さんは厳しく戒めておられます。

「発生している費用を計上せず当面の利益を増やす」というのは、経営の原則にも会計の原則にも反する。そんなことを毎年平然と続けているような会社に、将来などあるはずがない。「法定耐用年数」を使うという慣行に流され、償却とはいったい何であり、それは経営的な判断としてどうあるべきなのか、という本質的な問題が忘れられてしまっているのである。(『実学』p.30〜31)

見えを張れば、ぜい肉ばかりがつき、不要な負担を増すばかりとなる。誰でも、人間は少しでも自分をよく見せたいという気持ちがある。 もしこのような虚栄心が強い経営者であれば、その企業は見せかけだけ飾られた、ぜい肉だらけのものになるだろう。本質的に強い企業にしようというのであれば、経営者が自分や企業を実力以上によく見せようという誘惑に打ち克つ強い意志を持たなければならない。(『実学』p.79〜80)

意図して粉飾決算をしようとするわけではない。しかし、会社や自分の評価を気にして、このような誘惑に負けるようなことがあってはならない。そのためにも、経営者は自らを律する確固たる経営哲学を持っていなくてはならないのである。(『実学』p.86)


 意図的でない粉飾(ウソ)も、経営者に「自覚」があれば、
 自らを律する確固たる経営哲学を確立することで対応できます。
 しかし、経営者に「自覚」症状がなく、周りからも的確な指摘がなければ、、、(→別記(106)


(095)質問D−われわれの計画は何か? [2009年07月09日(Thu)]
(最終更新:2011/12)
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経営者に贈る5つの質問

 「5つの質問」がもたらすものは、行動のための計画である。
 計画とは明日決定するものではない。
 決定することができるのは、つねに今日である。
 明日のための目標は必要である。しかし、問題は明日何をするかではない。
 明日成果を得るために、今日何をするかである。

 何ごとも行動が伴わなければ意味はない
 「5つの質問」は、知識と意図を行動に変える。
 しかも、来年ではなく、明日の朝にはもう変えている。(p.1〜8より)

「5つの質問」は一見シンプルである。だが、そうではない。
くり返し考えていただきたい質問と格闘していただきたい
大急ぎでは読まないでいただきたい。(p.97〜98より)
ドラッカー著『経営者に贈る5つの質問』(The Five Most Importan Questions)本


質問5−われわれの計画は何か?

  「ミッション」を確認する
  ――目的は何か。何のためのものか。つまるところ、何をもって憶えられたいか。

  「ゴール」を絞り込み、「目標」を設定する
  ――目標は具体的かつ評価可能でなければならない。

  「アクションプラン」(ゴールへの道程)を策定する
  ――計画を実行すべき人たちが計画を理解し自らのものとする。
 
  ゴールへの到達と評価可能な目標の実現をモニタリング(評価)
  ――成果をきちんと自己評価する。反省があって改善が可能となる。 


計画どおりにはいかない。計画どおりにいくと思うのは愚かである。
未来は誰にもわからない。
状況が変化したら、計画を修正し、そこから学ぶ。


(094)質問C−われわれにとっての成果は何か? [2009年07月08日(Wed)]
(最終更新:2011/12)
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経営者に贈る5つの質問

 「5つの質問」がもたらすものは、行動のための計画である。
 計画とは明日決定するものではない。
 決定することができるのは、つねに今日である。
 明日のための目標は必要である。しかし、問題は明日何をするかではない。
 明日成果を得るために、今日何をするかである。

 何ごとも行動が伴わなければ意味はない
 「5つの質問」は、知識と意図を行動に変える。
 しかも、来年ではなく、明日の朝にはもう変えている。(p.1〜8より)

「5つの質問」は一見シンプルである。だが、そうではない。
くり返し考えていただきたい質問と格闘していただきたい
大急ぎでは読まないでいただきたい。(p.97〜98より)
ドラッカー著『経営者に贈る5つの質問』(The Five Most Importan Questions)本


質問4−われわれにとっての成果は何か?

  組織が「ミッション」を実現するには、あげるべき「成果」を明確にして、「資源」を集中する。
  ニーズだけでは十分でない。ミッションと、強みと、成果をすり合わせなければならない。


ミッションが責任を規定する。
リーダーたる者は、資源の浪費を防ぎ、
意味ある成果(いかに世の中を変えたか)を確実なものにするために、
何を行うか(強化)、何を行わないか(廃棄)を決定する責任をもつ。


(093)質問B−顧客にとっての価値は何か? [2009年07月07日(Tue)]
(最終更新:2011/12)
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経営者に贈る5つの質問

 「5つの質問」がもたらすものは、行動のための計画である。
 計画とは明日決定するものではない。
 決定することができるのは、つねに今日である。
 明日のための目標は必要である。しかし、問題は明日何をするかではない。
 明日成果を得るために、今日何をするかである。

 何ごとも行動が伴わなければ意味はない
 「5つの質問」は、知識と意図を行動に変える。
 しかも、来年ではなく、明日の朝にはもう変えている。(p.1〜8より)

「5つの質問」は一見シンプルである。だが、そうではない。
くり返し考えていただきたい質問と格闘していただきたい
大急ぎでは読まないでいただきたい。(p.97〜98より)
ドラッカー著『経営者に贈る5つの質問』(The Five Most Importan Questions)本


質問3−顧客にとっての価値は何か?

  何が彼らに影響を与えるか何が彼らを喜ばせるかを「知る」必要がある。
  今日の顧客は、商品の「価値」を買う。
  あなたの成功は、顧客の満足にどれだけ貢献するかによって決まる。

  顧客は何をもって「価値」とするか――顧客本人しか答えられない
  自分たちが勝手に考えたもの(想像)を前提とするのではなく、顧客の声に耳を傾ける
  顧客に直接聞くことで、「決意」と「行動」がもたらされ、顧客にとっての「価値」が生み出される。


顧客が価値とみなすものを、顧客自身に聞いて知る。
顧客にとっての価値を客観的な事実として受け入れ、
彼らの声をあらゆる検討と意思決定の基盤とする


(092)質問A−われわれの顧客は誰か? [2009年07月04日(Sat)]
(最終更新:2011/12)
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経営者に贈る5つの質問

 「5つの質問」がもたらすものは、行動のための計画である。
 計画とは明日決定するものではない。
 決定することができるのは、つねに今日である。
 明日のための目標は必要である。しかし、問題は明日何をするかではない。
 明日成果を得るために、今日何をするかである。

 何ごとも行動が伴わなければ意味はない
 「5つの質問」は、知識と意図を行動に変える。
 しかも、来年ではなく、明日の朝にはもう変えている。(p.1〜8より)

「5つの質問」は一見シンプルである。だが、そうではない。
くり返し考えていただきたい質問と格闘していただきたい
大急ぎでは読まないでいただきたい。(p.97〜98より)
ドラッカー著『経営者に贈る5つの質問』(The Five Most Importan Questions)本


質問2−われわれの顧客は誰か?

  顧客とは、満足させるべき相手(人間以外のものでもOK)。
  組織には2種類の顧客がいる。組織が成果をあげるには活動対象としての顧客に焦点を絞る。
  活動対象としての顧客を識別し、活動の優先順位を定める(選択と集中)。
  顧客は変わる、顧客のニーズも変わる、顧客の変化に応じて自ら変化しなければならなない。


誰をも喜ばせることが大事なのではない。
大事なことは、対象とする顧客を深く喜ばせることである。
まず行うべきは、対象とする顧客の定義である。
そこからすべてが変わる。


(091)質問@−われわれのミッションは何か? [2009年07月03日(Fri)]
(最終更新:2011/12)
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経営者に贈る5つの質問

 「5つの質問」がもたらすものは、行動のための計画である。
 計画とは明日決定するものではない。
 決定することができるのは、つねに今日である。
 明日のための目標は必要である。しかし、問題は明日何をするかではない。
 明日成果を得るために、今日何をするかである。

 何ごとも行動が伴わなければ意味はない
 「5つの質問」は、知識と意図を行動に変える。
 しかも、来年ではなく、明日の朝にはもう変えている。(p.1〜8より)

「5つの質問」は一見シンプルである。だが、そうではない。
くり返し考えていただきたい質問と格闘していただきたい
大急ぎでは読まないでいただきたい。(p.97〜98より)
ドラッカー著『経営者に贈る5つの質問』(The Five Most Importan Questions)本


質問1−われわれのミッションは何か?

  ミッションとは、組織の活動の目的、存在理由。

  ミッションは、何を行うべきかとともに、何を行うべきでないかを教える。
  組織のメンバー全員がミッションを理解し、信条とすることを確実にしなければならない。


重要なのは、言葉の美しさではない
あなたがあげる成果である


(090)労働「分配率」の勘所 [2009年07月02日(Thu)]
(最終更新:2011/12)
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労働分配率

 付加価値に占める人件費の割合

   【労働分配率】(%)=人件費÷付加価値
                          (→別記(089)


労働分配率の視点

 付加価値「生産性」(→別記(089))は高めることが目標ですが、

 労働分配率「適切な」分配が目標です

 付加価値をつくり出す力が弱くなれば、「人件費」は下がらないので「労働分配率」が高まり、
 人件費以外への分配(たとえば「内部留保」)が減ります。

 「雇用の安定」のためには、「土俵の真ん中で相撲をとる」(→別記(047)
 そのためには「内部留保を厚くする」以外に方法はない(→別記(048)

 ともに働く従業員の生活の向上のために「給料のアップ」と「雇用の安定」を両立し、
 企業が「社会の公器」としての「使命」を果たして、健全に持続的な発展を遂げるには、
 付加価値の生産性を高める以外に方法はない(→別記(088)

(一人当たり)「付加価値」の伸び率  (一人当たり)「人件費」の伸び率


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