えべっさん、本日は「残りえびす」です。
天満の『
繁昌亭』でも、
桂枝三郎師匠が「
商売繁昌で笹もってこい!」と一昨日から3日連続の朝席。
が、繁昌亭でのお楽しみを断ち切って、『
ちとえ藤堂塾』に参加しました。
塾では、その日のテーマについて藤堂先生の講話をお聴きしたあと、先生のお話で得た「
聞慧(もんえ)」を、早速に自分のこととして思考を巡らせ「
思慧(しえ)」に転化します
2010年第1回の本日のテーマは、「
志を立てる」です。
■「志」とは (「夢」、「理想」あるいは「目標」とは違う。) 昨年末、大阪ユースホステル協会主催の『伊勢迄歩講』に参加して「伊勢参り」に出かけました。
縁あって、『
神仏霊場会』の社寺を巡拝しています。 式年遷宮に向かって様々な行事が進行するお伊勢さんにもいずれはお参りしたいと思っていたところ、ふとしたきっかけで『伊勢迄歩講』を知り、そのスタート地点である玉造稲荷神社にお参り…11月1日のことです(
ブログ(2009/11/1)参照)。
旧街道を自分の足で歩き通してお伊勢さんにお参りすることへの「思い」、その一方で体力面での不安や時間の確保などの「現実」、、、
最終的に、「現実」の呪縛を振り切り、参加申込して申込金を支払う。単なる思い付きの憧れだった「思い」が実現に向けて一歩踏み出しました。 「目標」が定まれば、そのための課題も明確になって、あとは行動あるのみ。
「夢」や「理想」は、「現実」と対比されるもの。……どちらに合わせるか?
「現実」に呪縛されている限り、「夢」や「理想」は遠のき、やがて消え去る。
「このまま(現実)ではいけない」との思いがあるなら、「現実」を言い訳にせず、「夢」や「理想」に向かってまず一歩踏み出す。 そうすれば「目標」が見える。 そして、目標のクリアを積み重ねていくことによって、「夢」や「理想」に一歩一歩近づくことができる。
■「多くの人の幸福のために」という志。 「志」は、誰かに指示や命令されるものではなく、自分の意思で抱くもの。
達成するかどうかは問題ではなく、実現の「条件」や「可能性」、実現した「結果」や他人の「評価」は二義的な問題にすぎない。……まず「志」ありき
ならば、「志」は「夢」や「理想」と何が違うのか?……「志」は“生き方”
お伊勢さんに電車やマイカーでお参りすれば2時間ほどで行ける時代に、わざわざ170キロの道程を歩いて3泊5日要してお参りする、それは単に私の「
自己満足」に過ぎません。
どんなにレベルの高い夢でも(たとえば東大合格!プロ野球選手になる!)、自己満足である限りそれはあくまで「夢」に過ぎません。 「志」と称するには、自分以外の第三者のためという思いが込められていることが必要です。
その意味で、「志」の高さは、抱いた夢のスケールの大きさや達成に向けたハードルの高さによるのではなく、自分のため、自分の家族のため、自分の仲間のため、自分とご縁のあった人のため、さらには自分と縁もゆかりもない世のため人のため、世界人類のため、地球のため、、、と、より多くの人や社会への思いが込められるほど「高き志」といえるのでしょう。
夢としてはほんのささやかなものであっても、その夢に「多くの人の幸せ」が込められているなら立派な「志」です。
そして、当初は「自己満足」に過ぎなかった夢も、人生の道中での様々な出逢いや経験をして、多くの“おかげ”に助けられて生かされていることに気づき、自ら学び、そして考えることにより、「志」に転化し、さらにそのレベルを高めていくことができるのです。
■「志」を固める。
松下幸之助さんの『
私の夢・日本の夢 21世紀の日本』。
PHP研究所の創設30周年を記念して、1977年(昭和52年)の元旦に発刊されたこの本には、松下さんが思い描く「30年後の日本のあるべき姿」が描かれています。
2010年、世界の中で最も理想的な国家として圧倒的に一位となったのは日本であった。
思えば、30年あまり前までの日本は、経済的には高度成長を遂げていたが、経済自体にも数々の問題を内蔵していたし、そのほか政治や教育、さらには国民の精神面など多くの点で混乱混迷の状態にあった。
しかし、その日本がこの30年あまりの間に、世界の理想国家とも考えられるようになったのである。このことに興味を寄せた世界各国の要人が国際機関の企画する視察団のメンバーとして来日。そのインタビューに答える形で、松下さんが考えられる「21世紀の日本のあるべき姿」が描かれています。
松下さんは明治27年(1894年)11月のお生まれ。 この本に取り組まれた時には既に80歳を超えておられたのです。(もしご存命であられたら2010年のお正月は115歳!)
歴代の政府も、それなりに国家国民の繁栄、発展を考え、大いに努力もしたのでありますが、ややもすればその時どきの問題を処理することにとらわれ、長期的なビジョンを描くことがうすかったのであります。 そしてその結果、各階各層の国民活動もそれぞれにバラバラに行なわれ、全体としていささか力弱いものに終わってしまい、それが先にも申しましたような各面のゆきづまりを生むことになったのであります。
そういうところから一大反省が起こり、これからはいままでのようなことではいけない、やはり遠い日本の将来を考えつつ、20年後、50年後といった近い将来のあるべき姿を描いて、それに向かって国民が心を合わせてやっていこうという気運が高まってまいりました。 そしてさきほど申し上げましたような過程をへて今日の日本を生み出したわけでございます。 (中略)
この近藤首相の講演は録画によってその晩のテレビで日本全国に放送され、多くの日本人が首相の話に聞き入った。 人びとは改めて21世紀の日本に生まれ合わせたことの幸せを感じた。 そして、それとともに近藤首相の言葉にあったように、今日のこの姿に安住することなく、よりよき日本、よりよき世界をつくりあげていく責務が一人ひとりの日本人に課せられているということを痛感したのであった。(同書「終章」より)
500ページ近いこの本は、「経済」、「企業経営」、「教育、宗教」、「国土と社会」、「政治」の5つの章と序章、終章で構成されていますが、その中にはさまざまなことが論じられています。 たとえば中小企業については、「
中小企業こそ経済、社会生活の根幹をなすもの」と論じておられます。
「そういうことを考えると、むしろ中小企業は弱いどころかある面では大企業よりも強いということにもなりますね。 それを、社会も中小企業は弱いと考え、みずからも弱いと考えたのでは、本来のよさが発揮されずに、ほんとうに弱い姿になってしまうと思うのです。 ですから、中小企業自身も社会全体としても“中小企業は決して弱くない。いちばん強いのが中小企業だ”というような考え方をしっかり持つことが大切ではないでしょうか」
「そうかもしれませんな。 いや私どもでは、そういう点、むしろ“中小企業は弱いものだからこれを保護しなくてはならない”ということばかり考えて、かえって中小企業を弱くしてしまったきらいがあるようです。 これは早速改めなければ……」(同書「力強い中小企業」より)
松下さんが80歳を超えてなお「30年後の日本のあるべき姿」を考えられて、本にまとめ上げられたビジョン。 しかし、2010年の「現実」は……
その意味で、本書をお読みいただいて何か感ずるところをもたれた方は、それぞれのお立場お立場において、国のため人びとのため、あるいは世界人類全体のために大いに世に発言し、提案していっていただきたいと思います。(同書「あとがき」より)
ありがとうございます。

「松下さんが描かれた2010年の日本の社会」の一刻も早い実現 ―― 松下さんの「志」を継がせていただきたいと存じます。(2010年1月11日)
志を立てて以って万事の源と為す
史を読み、古人の行事をみて、志を励ます
計いよいよ違いて、志いよいよ堅し