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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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しかし、久原さんはそうではなかった。 [2017年09月23日(Sat)]
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』の
第17話「経営を改革した倉庫係・久原房之助さん」より――

久原房之助さんといっても若い方々のなかにはご存知ない方が多いと思いますが、
明治、大正、昭和の三代にわたって実業家、政治家として幅広く活躍された方です。
昭和40年に95歳というご高齢で亡くなられたのですが、
その久原さんについて、ぼくが非常に感銘を深くしたことがあります。

久原さんから直接にうかがったのではなく、他の人から聞いた話なのですが、
久原さんが大学を卒業して、ある会社に入ったばかりのころのことです。
まず命じられたのが支店の倉庫係という仕事でした。
新入社員が、倉庫係を命じられるということ自体はよくある例で、
とくにどうということではないのですが、
久原さんの場合は、その仕事ぶりが一味違っていたというのです。

というのは倉庫係の一員になってみると、
倉庫には売れないもののストックとか、
半端なもののストックとかが非常にたくさんあって、
それらが整理されないまま山積みされていました。
……(目の前の事実に「関心」がなければ問題に気づかない)

そういう姿を見て、久原さんは「これはひどい!」と思った。
そこで「どうしてこんなものがあるのですか。おかしいじゃないですか」と
倉庫主任に尋ねてみると、
「これは売れないから放ってあるのだ」という返事です。
……(目の前の事実に「これでいいのか」と問いかけるか否か)

そのときにまだ22、3歳の若い新入社員である久原さんとしては、
おそらく「ああそうですか」とすませてしまうこともできたでしょう。
けれども久原さんはそういう態度をとりませんでした。
どうしたかというと、
売れないから放ってあるというのは一応理屈として通るが
このままでは倉庫が狭くなるばかりだし、会社としても大きな損失ではないかと考え
整理もされないままに放置されたストックの山をいちいち自分で調べました
そして、これはこうしたらいい、あれはああしたらどうかといった具合に
その処分法を自分なりに考えて、それを支店長に提言したというのです。
(…)
しばらくすると、倉庫のなかはすっかり整理され、
ストックはすべて良品という姿になりました。
しかもそこには同時に、
その支店全体の経営精神がすっかり変わって、
ピシッとした仕事が行なわれるという姿も生み出されてきた
というのです。
つまり、支店長をはじめその支店の人びとが
いちばん新前の久原さんの提言によって
何をどう売らなければならないかといったことを
十分吟味して仕事を進めるようになった

その結果一年ほどの間にその支店の成績もすっかり変わってしまったのだそうです。

この話を聞いたとき、ぼくはさすがに久原さんという人は
偉い人だなあという感じがしたものでした。
もし久原さんが新入社員として
ただ単に上司から命じられるままに仕事をするということであったならば
そこには何も生まれてこなかったでしょう
また、これはいかんなと思っても
自分はまだ新前だから口出しする幕ではない、と黙っていたならば
これもやはり支店全体の改革を生むことにはならなかったと思います。

しかし、久原さんはそうではなかった。
考えてみますとこれは非常におもしろいことだと思います。
なぜ久原さんは他の人であれば何気なくみすごしてしまいがちなことに気づき
また、その解決策を敢然と主張し、実行できたのでしょうか

それは、一つにはやはり久原さんが
もともとすぐれた能力を持っておられたということによると思います。
(…)
しかし、いくら立派な素質や才能を持っていたとしても、それだけでは、
一介の倉庫係として支店の経営をすっかり変えてしまうほどの働きをすることは
むずかしいのではないでしょうか。

これはぼくの想像ですが、おそらく久原さんは、
自分の仕事というものに対する非常に強い責任感というか使命感というか
とにかく人一倍の熱心さを持っていたのではないかと思います。
会社の一員となったからには、自分なりに大いに役に立ちたい
という他のだれにもまけない熱意を持っていた

だからこそ、他のだれもが見のがしていたことにも気づき
その解決法を見い出すこともできたのだと思うのです。
(…)
世の中にはよく、自分はそういう地位には立っていないから、
また、そういう権限を持っていないから、
それで仕事ができないんだといったことを口にする人がいます。
たしかにそういうことも一面には言えるでしょう。
(…)
しかし、地位がないから、権限がないから仕事ができないというのは、
やはり熱意のない姿、勇気に欠けている姿だと言わざるを得ない
でしょう。
もし強い熱意というか使命感、責任感があるならば
そこからさまざまな創意工夫が生まれ、力強い説得力も生じてきて
たとえ地位も権限もない新入社員といえども
周囲の人たちの協力を得つつ、かなりの仕事ができる
そのことを久原さんの言動は私たちに示してくれているような気がします。

ぼくは、仕事にかぎらずお互いが何か事をなすにあたっては、
そのような自分の使命、責任の自覚と、
そこから生まれる勇気、熱意を持つということが基本だと思います。

もちろん、その使命感、責任感は、
血気にはやったり自分の利害にとらわれたりして、
何が正しいかということを十分に考えないものであっては困ります。

それでは失敗に終わる場合が多いでしょう。
しかし、そうではなく、
自分の欲望や利害を離れ、もっと広く高い視野からものの道理というものを考えて
これはやはり自分が言うべきことであり行うべきであると思ったならば
確固たる信念を持ってその使命、責任を果たしていく
それができるだけの勇気なり熱意なりを多少なりとも持たないならば、
私たちは何事もなし遂げることはできないと思うのです。

もっとも、いかに正しく強い使命感なり勇気を持っていたとしても、
実際に事を進めるにあたってのやり方もまた大切です。
自分は正しいのだからということだけで行動し、
周囲の反感を買い、協力を得られないというようなことでは、
せっかくの勇気も熱意も死んでしまいます。

そこには、たとえば言葉使いひとつにも、
周囲の人たちの気持ちを汲んだ、礼儀作法にかなったものが求められるわけですが、
ぼくはお互いが、ほんとうに私心のない高い使命感なり責任感を持ったならば
そこからは周囲の人への心くばりが行き届いた言動も
おのずと生まれてくる
ように思います。
自分の大切な責任を果たすために本当に一生懸命になるならば
その時々に必要な言動がかなり適切に考えだせるようになるでしょうし、
かりにそれが不十分であっても、
熱心で誠意ある私心のない態度は、
おのずと周囲の人びとの心に響いて、
それなりの協力を得られるのではないかと思います。

久原さんという方は、そんな態度を新入社員の時代から、
十分に発揮されたということではないでしょうか。
ぼくは、そういうところに久原さんの人並みはずれた偉大さがあるように思うのですが、
お互いに日々の生活のなかで、久原さんのような境地で
事にあたることが少しでもできるよう、努めていきたいものだと思います


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阪急宝塚線の山本駅(2017.9.21)
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旧豊郷小学校
横や後ろを見ず、前を見て一歩一歩力強く進む足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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