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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

 岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
 『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
 ・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です


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■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

 岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

 (私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが) 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。 また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。 1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と、岡崎さんも特別招待を受けられました。

 岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。 先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。 しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。 記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

 記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。 まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。 何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。 確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

 自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。
 『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。その最後の部分をご紹介します。

 そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。しかもたて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。
 信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

 岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。 たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。 そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

 ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。 確かに一理あります。 一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。 また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。 そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

♪目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず
人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい♪

『時代おくれ』(河島英五/詞:阿久悠/曲:森田公一)☆YouTube

 遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが・・・)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。

皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して・・・
2009年3月吉日

情報をいかに収集、管理、活用するか [2012年02月06日(月)]

人はだれも自分が必要とされているということを知り、
感じなければならない。
人はだれも一人の人間として扱われたいと望んでいる。
責任を負う自由を与えれば、
人は内に秘めている能力を発揮する。
情報をもたない者は責任を負うことができないが、
情報を与えられれば責任を負わざるを得ない。



 確かにほとんどの企業は優秀な社員を抱えている。
 ほとんどの企業が顧客に密着しようと努めている。
 ほどんどの組織のどこかに、
 良質で役に立つデータが存在している。
 だが、情報が流れることによってはじめて、
 あなたは社員の力を最大限に引き出し、
 顧客から学ぶことができる。
 「良質」な情報の「迅速」な流れこそ、
 あなたの会社の命運を握るカギなのだ。

ビル・ゲイツ著『思考スピードの経営』(日本経済新聞社)p.15

情報をいかに収集、管理、活用するか―
(同書p.14)
 
「できる、できない」ではなく、 [2012年02月05日(日)]
 できる、できないを考える前に、すべきかどうかを考える

 映画『普通に生きる』を観たのをきっかけに、障害のある方が地域で「普通に生きる」ための手段として、働くことを通じて誇りをもって自立した生活を送ることの意義をあらためて考えました。


 シャープ創業者の早川徳次さんによる「シャープ特選工業」(1950年創業)、オムロン創業者の立石一真さんによる「オムロン太陽」(1972年設立)、ホンダ創業者の本田宗一郎さんによる「ホンダ太陽」(1981年設立)、クロネコヤマトの宅急便の小倉昌男さんによる「スワンベーカリー」などなど
 大企業ばかりではありません。
 私がこのブログのタイトル「信はたていと、愛はよこ糸」と出会うきっかけは、中小企業大学校の関西校でご縁をいただいたオーニックさん(岡山・吉備中央町/83年設立)。働く能力があって働く意志のある障害者に就労の機会を提供することで新たな社会的価値の創出を目指しておられます。


 厳しい経済状況が続くなかで掲げた「志」を育てることは何かと大変かと思いますが、
 皆さんが力を合わせて難局を乗り越えられることを心から願っています。

 一方、自分に何ができるか・・・
 この週末、小倉昌男さんの『福祉を変える経営』、そして『経営学』を読み直して考えました。
 ―― Just do it!
 「できる、できない」ではなく、「やる!何としてもやり抜く!」という強い決意(覚悟)
 そして、「そのために何をしなければならないか」を考え抜き、速やかに行動!
映画『普通に生きる』 [2012年02月01日(水)]

 先週(1/26・木曜)の朝日新聞の論壇時評で、作家の高橋源一郎さんのオピニオンを読んでこの映画を知り、映画の公式サイトを拝見しました。

 障害者のこと、特に、重症心身障害者のことを、あまり知らない人たちに、この映画を見ていただきたい。
 また、わが子のことを考えて、地域での支援の施設が欲しいと思いながらも、実現の困難さから、あきらめてしまった障害者の家族にも見てもらいたい。(浅野史郎先生の推薦文より抜粋)

 そして、本日、シネヌーヴォ(九条/大阪)で公開中の映画を観ました。

 私は「障害者のこと、特に、重症心身障害者のことを、あまり知らない人たち」の一人ですが、映画の感想を言葉に表すことはできません。「ありがとう、心からありがとう」、ただそれだけです。
 自分のこととしてしっかり受け止めました。

 大阪の『シネ・ヌーヴォ』では今月17日まで上映の予定です。
 また、各地で自主上映会が開かれるとのこと。機会があればぜひご覧下さい。
 上映会場で販売されている公式パンフレット、内側の「わが子に寄せて」は読み応えあります。

「クレッシェンドに生きる!」(日野原重明) [2012年01月30日(月)]
以下、『日野原重明 100歳』(NHK出版)より

 私はただ漠然と夢みるだけでなく、今日に全力投球しているのです。
 目が覚めたら、今日を精一杯生きる
 その気持ちが生きがいになり、なんでもやってみようという気持ちで行動ができます。
 体は少しずつ衰えていくでしょうし、いろいろ不具合も起こるかもしれません。
 それでも、心は若く、「これからもクレッシェンド!」というスピリットで過ごしています。

 未知の世界があるというのは、楽しいことです。
 未知の世界はこれからもどんどん開けてくるし、世の中も変わっていくでしょう。
 しかし、そんなふうになっても、「私の生き方」をすればいいだけのこと
 「一生懸命」という言葉があるように、一生に命を懸けるのです。(同書p.13〜14)


 いのちは目に見えない。みなさんが持っている時間も目に見えない。
 みなさんが持って使える時間こそがいのちだから、
 どういうふうに時間を使うかが大切。(同書p.29)


 「福井くん、この患者さんは何階に住んでますか?」(同書p.42)


 私が医師として彼らに一番伝えたいのは、いつも患者さんの側に立って考えるということです。
 正面から威圧的に向き合うのではなく、
 隣にそっと座り、ソフトな言葉で流れるように会話をしてほしい
 患者さんが言葉を見つけられず、少し時間がかかるようなときには
 次の言葉を静かに待っていられるような関係で患者さんに接してほしいのです。
 それから少しずつ、患者さんの抱える問題をどう解決していくのがよいのかを
 科学的に考えていくのがプロの医師なのではないかと思います。
 ふっと見たときに感じる直感的な感じ方を大切にしながら、核心に少しずつ迫っていくのです。

 医師の言葉のかけ方や振る舞いによって、患者さんが心を開くかどうかは違ってくるのです。
 医師の多くは、どういう病名なのかをすぐに探りたくなってしまう。
 体調についてのチェックリストを問いただしてしまう。
 これは充分に気をつけなければなりません。
 目の前に「病気がある」のではなく、「病む人間がいる」
 そういう考えを根本に持ち、若い医師はこれから日々学び、実感してほしいと思います。
 医師と患者という関係だけでなく、医師である前にひとりの人間として
 患者さんに寄り添わなければなりません。(同書p.51〜52)


人は始めることさえ忘れなければ、いつまでも若い
マルティン・ブーバー(哲学者)/(同書p.127)


55歳の誕生日を迎えた若輩に
100歳の日野原先生からのプレゼント心から感謝です

 

目標にむかって共に進む [2012年01月27日(金)]
厳しい寒さが続きますが、お変わりないですか?
おからだに気をつけて、ご自愛ください。

昨日の合氣道の朝稽古で、
先月の審査(2011/12/1)の合格証書をいただきました。
次の目標に向かって励みになります。
――次の審査は3月5日(月)〜11日(日)

日々の雑事にかまけながらも今まで続けてこられたのは、
良き師、そして共に進む仲間のおかげです。
引き続きよろしくお願いします。
 
無から有を生じるために [2012年01月26日(木)]
 ――そのうち女房らは、私が遊んでばかりいていつまでたっても本気で事業にかからないのを見て
    心配しはじめた。私が敗戦ボケでふ抜けになってしまったのではないかと思ったらしい。
    しかし、私としては遊んでいても、ただ遊んでいただけではなかった。
    次に何をやろうかと絶えず心ひそかに考えていた。(本田宗一郎著『夢を力に』p.53)

 ホンダの創業は1946(昭和21)年9月、
 その2年後の1948(昭和23)年9月24日に法人化、
 さらに1年後の1949年8月、本田宗一郎さんと藤澤武夫さんが初めて対面、意気投合・・・
 
 「販路なく、土地なく、家なく、機械なし、金もなければ、人も少なし」の六無斎ながらも、
 物真似ではなく、思いもよらぬ独創的なアイデアで「無」から「有」を創りだす
 そして創りだした「有」を活用して、、、

 今週月曜日(1/23)の朝日新聞の天声人語をきっかけに(マイブログ(2012/1/23)参照)、
 久々に、本田さんの『夢を力に』(日経ビジネス人文庫)を読みましたが、
 本田さんが日経新聞で『私の履歴書』を連載されたのは1962(昭和37)年8月で、まだ55歳。
 しかも、ホンダの4輪はまだ開発の段階で、販売する前だったのですね。

 本田さんが55歳から社長を辞任される65歳までの10年間の物語にも、
 私自身がまもなく55歳の誕生日を迎えることもあって、あらためて魂が揺さぶられました。

(↓)YouTubeで見つけた本田さんの講演(素晴らしいお話、音声もクリア)

http://youtu.be/2J1Z4XpbqJQYouTube

Honda friends cafe
有用な情報の数々に多くの学びを得られました(↑)
心からお礼を申し上げます
 
◆『語り継ぎたいこと チャレンジの50年』(1998年)
/ホンダ(HONDA)

 
必要なものは「アイデア」 [2012年01月25日(水)]

1952年3月、今から60年前、本田宗一郎さんが語ったことば――

 社会の進歩する速度が緩慢な時代には、事業経営は一つに経済的資本にかかっているということは、事業経営の最も根本的な要求であった。
 たとえば、味噌とか、醤油とかのように、その製造に一定の期間を要するものは、一応の資本力を持つものでなければできない事業である。味噌や醤油屋の多くが地方の財産家であるのはこの故である。

 しかるに現在のように過去における10年、20年の進歩を、1年とか半年に縮めて行なう時代においては、事業経営の根本は、資本力よりも事業経営のアイデアにある

 地主によって代表せられるように、封建時代においては所持している土地を持ち続けることによって、その地位を保つことができた。また、第二次大戦前は経済的資本力のあるものは、資本そのものにものを言わせて、その地位を保つことができたが、現在のように世界を挙げて目まぐるしく進歩する時代においては、資本力は事業経営における重要さの度合をアイデアに譲った

 時代に魁(さきが)けるアイデアが経営を繁栄に導くのである。
 よいアイデアがなければ、いかに金貨の袋を抱いていても、時代のバスに乗り遅れて敗残者となるのである。

 資本がないから事業が思わしくないとの声をよく聞くが、これは資本がないからでなく、アイデアがないからである。現に資本は乏しくても新しいアイデアによって、隆々と発展している会社がある。反面、豊富な資本の整備した工場で、多くの人間を擁しながら、事業不振で赤字を出している会社の少なくないことによっても明らかである。

 時代の急激な進歩は、事業経営における資本とアイデアとの重要度を転倒させた
「資本とアイデア」(1952年3月)/同書p.218〜219
60年を経た「現在」でも、そのまま通じる
――ということは、「真理」
 
「逆境は飛躍発展の鍵」(松下幸之助) [2012年01月24日(火)]
日経新聞Web刊に連載の永守重信さん(日本電産・社長)の経営者ブログより
――本当に強い人間やリーダーというものは、
能力が優れているかどうかだけではない。挫折の数と深さだ。
京セラ創業者の稲盛和夫さんは若い時に、重い病気を患ったり、進学や就職でも思うように行かないなど、大変な苦労を経験されてきた。ソフトバンクの孫正義さんは、少年時代に想像を絶するほど困窮した生活を経験し、そこからはい上がってこられた。
稲盛さんや孫さんが、何があっても動じない心を持っているのは、乗り越えてきた挫折や困難が計り知れないほど大きいからだ。

 日本電産がまだ駆け出しのベンチャー企業だったころ、永守さんが経営者として最も尊敬し私淑されていたのが、オムロン創業者の立石一真さん。
 その立石一真さんの本に紹介されていた寺田寅彦が昭和8年に発表した『KからQまで』の一節…
   健康な人には病気になる心配があるが、
      病人には恢復するという楽しみがある


 優れた知恵や力は厳しい試練の中から
 生まれることが多い。
 また、偉大な成功を収めた人は、
 必ずといっていいほど
 幾つもの試練を乗り越えている。
 やはり逆境は飛躍発展の鍵である。
 そう考えれば、順境はもちろん結構、
 けれども逆境も
 また大いに結構と言えよう。

Good fortune is fine,
but adversity is even better.

松下幸之助日々のことば「道をひらく」より
「PHP友の会」★卓上日めくり
 
「引くときのスピードが大切」(本田宗一郎) [2012年01月23日(月)]
 今朝(1/23)の朝日新聞の天声人語に、本田宗一郎さんのことばが引用されています。
 この土・日(1/21〜22)に合氣道の稽古で剣と杖を学んだところだったので目に留まったのか、
 それとも、先週の東京出張の帰りに本田さんの『俺の考え』(新潮文庫)を再読したせいか・・・

 以下、本田宗一郎さんの『夢を力に』(日経ビジネス人文庫)より写経

 昔から言われているように、ヤリの名人は突くより引くときのスピードが大切である。でないと次の的に対する万全の構えができない。
 景気調整でもメンツにこだわるから機敏な措置がとりにくいのだ。どんづまりになってやむをえず方向転換をするのでは遅すぎる

 いなかの財産家がつぶれるときのやりかたがちょうどこれに似ている。まず蔵の中の物を人目につかないように売る。次に遠くの田畑を売る。最後の段階になっても家屋敷は人目につくので手放す前にこれを担保にして借金をする。
 だから生産がともなわない借金の利子を払っていよいよお手上げのときには、家財産はおろか残るものは借金だけというバカなことになる。

 こういう愚劣なことをしている経営者が多いようだ。ふだんは経営者と従業員は一心同体だなどとおだてておいて、困ってくると旧軍隊のように転進とかなんとか言ってごまかし通そうする。
 私はつねづね従業員は全員経営者である、だから経営に参加する権利と義務があると言っている。生産調整をしなくてはならぬようなときにも、はっきり実情と今後の対策を明示して全社員がいっしょに困難を克服することにしている。こういう姿が真の労働一体というのではないかと思う。(同書 p.100〜101)
 
「明日の可能性」のために今日どう取り組むか [2012年01月20日(金)]
変化の激しい時代に明日を生き抜くため、明日売れるものを探し求める。
大きなリスクを伴いながらも覚悟を決めて「挑む。失敗に次ぐ失敗。走り続ける」信念

オリジナルこそが「明日の可能性」を生む
――「賃仕事で得た100万円の利益」より「自社製品で得た10円の利益」の方が価値が高い
   お客さまの依頼でお客さまのお金で開発したものは、お客さまのマーケットでお客さまのもの
   自らのアイデアで企画・開発した独自製品を発信して創りだしたマーケットは、自分のもの

媚びない、群れない、属さない、やめない、諦めない

昨年12月に放映されたNHK『プロフェッショナル』の再放送より
闘う町工場経営者・竹内宏/NHK
 
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