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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
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■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが、 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と岡崎さんも特別招待を受けられました。

岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。
その最後の部分をご紹介します。

そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。
しかも、たて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。確かに一理あります。一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して…位置情報
2009年3月吉日
 
丹後ウルトラまで1ヶ月 [2018年08月15日(Wed)]
先週金曜日(8/10)当初の予定が変わったので思い立ってクルマで丹後へ。
来月16日に開催の丹後ウルトラ100キロのコースを下見です。

今さら何を言っても仕方ないですが、甘かったです。
長い、ひたすら長い、クルマで走っても長い・・・
しかも、コース後半に半端ない登りが待ちうけているのは覚悟していましたが、
前半の海岸沿いのコースもキツイ峠越えでアップダウンあって往復するし、
後半の半端ない登りを下った後も、延々と走り続けなければゴールにたどりつけない・・・
IMG_1449.jpg

14時間あれば何とかなるという発想がそもそも間違いでした。
今までフルを超えたのは2回、
2年前の9月に開催された高野龍神スカイラインウルトラの50キロ、
そして今年4月に開催された水都大阪ウルトラマラニックの70キロの伴走

その延長で「14時間、100キロ」を考えていましたが、
力あるランナーならいざ知らず、私のような走力のないランナーにとって、
気合(根性)だけで完走できるほどヤワなコースではないことがよくわかりました。

4時半にスタートして、レース終了は夕方6時半。
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走る力も経験も乏しい私が、もし活路を見い出すなら、レース中は、
まだ○○とか、やっと○○とか、あと○○とか、そんな余計なことを一切思わないで、
ただ走る、一歩一歩もう一歩と走り続ける、それに尽きるように思いました。
時間との戦いも、距離との戦いも関係なく「ただ、今を走る」で挑みます。

今が本番、今日が本番
明日がある、あさってがあると思っているようでは、
何にもありはしない。
かんじんのさえないんだから。(東井義雄)

スタートポイントから20キロを越えた地点、
イギリス人の杜氏で有名な清酒玉川の看板を見つけてお立ち寄り、
ソフトクリームをいただきました。
無事に完走を果たしたら、美酒でカンパイするぞひらめき
IMG_1439.jpg

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坂村真民「愛のまなざし」
すべては
愛である


どん底に
落ちたひとを
救いあげるのも
愛のまなざし

千里万里を
飛びゆく
鳥たちの
あのまなざしを
見つめよう

強くあれ
優しくあれ
清らかであれ


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太陽は 夜が明けるのを待って 昇るのではない
太陽が昇るから 夜が明けるのだ(東井義雄)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
毛虫だって一生けんめい生きている [2018年08月14日(Tue)]
私が東井義雄先生の言葉と初めて出会ったのは、
北御堂さんの正面階段横の掲示板に掲げられた今月のことば(2012/7)――

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえ
ないんだから。(東井義雄)

今を真剣に生きずして明日はない」と受け止めました。ひらめき

そして先日(8/10)丹後に出かけた帰りに、
豊岡市但東町にある「東井義雄記念館」に立ち寄りました。
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一番はもちろん尊い
しかし 一番よりも尊いビリだってある(東井義雄)


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自分は自分の主人公
世界でただひとりの自分をつくる責任者(東井義雄)


そしてこの日、私の魂をもっとも揺さぶった言葉、
販売品の色紙を買い求めました。
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太陽は 夜が明けるのを待って 昇るのではない
太陽が昇るから 夜が明けるのだ(東井義雄)

そして、もう一つ

自分のために一生けんめい生きるというだけなら
毛虫だって一生けんめい生きている
(東井義雄)

東井義雄『私を私に育てる責任者は私』より――
「大きい人と小さい人」
人間には大きい人と、小さい人がある。
自分のことしか考えない、これを小さい人間という
僕は体が小さいからといって、恥ずかしいと思っている人はいませんか。
体の小さいことは、恥ずかしいことではない。
性根の小さいことが恥ずかしいんです
B君を慰めに行った中学生A君、僕だけ通ってしまってごめんね。
自分の力で通ったんですから、誰に恥じる必要もないのに、
落ちた仲間の胸の痛みが自分の痛みになってくる。
これをね、大きい人間というんです。
どうか皆さんも、体の小さいことなんかは気にしないでもいいが、
自分のことしか考えないような、ケチなことが
恥ずかしいこと
だと考えていただきたい。
そして、不しあわせな仲間の胸の痛みが、
ちゃんと自分の胸の痛みになるような、大きさを求めていただきたい。
(…)
自分のことさえも他人ごとになる、これを小さいという
どうかそういう小さいことが、恥ずかしいことだと考えていただきたいですね。
大きさを求めてほしい
家の仕事なんかしなくてもいいとおっしゃっても、
だって私の家の仕事だもん、そんな呟き方で、
家や学校が皆さんの中に入りこんでしまうくらいな大きさを求めてほしい。

―― 自分のことしか考えない、これを小さいソロバンという。
さらには、自分のことなのに他人ごとになり、人に頼ったり、人のせいにしたり・・・
自分のことは自分でやる。
そして、大きいソロバンで考えて行動する。


「忘己利他」己を忘れて他を利するは慈悲の極みなりひらめき

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「拝まない者も おがまれている 拝まないときも おがまれている」
/東光寺(東井義雄先生のご生家)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
太陽が昇るから夜が明けるのだ [2018年08月13日(Mon)]
私が東井義雄先生の言葉と初めて出会ったのは、
北御堂さんの正面階段横の掲示板に掲げられた今月のことば(2012/7)――

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえ
ないんだから。(東井義雄)

今を真剣に生きずして明日はない」と受け止めました。ひらめき

そして先日(8/10)丹後に出かけた帰りに、
豊岡市但東町にある「東井義雄記念館」に立ち寄りました。
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一番はもちろん尊い
しかし 一番よりも尊いビリだってある(東井義雄)


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自分は自分の主人公
世界でただひとりの自分をつくる責任者(東井義雄)


そしてこの日、私の魂をもっとも揺さぶった言葉、
販売品の色紙を買い求めました。
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太陽は 夜が明けるのを待って 昇るのではない
太陽が昇るから 夜が明けるのだ(東井義雄)

「朝の来ない夜はない」とか「止まない雨はない」とか「冬来たりなば春遠からじ」とか
いずれも、来るべき時に備えて周到に準備して時を待つ、というイメージですが、
東井先生のこの言葉にはもっと力強いインパクトを受け止めました。
逆に言えば、これらの似た言葉も、その真意は、ここにあるのではないか・・・
―― 夜が明けるのを待つのではなく、夜明けを求めるのでもなく、自らが夜明けとなるひらめき

坂村真民「鳥は飛ばねばならぬ」
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
怒涛の海を
飛びゆく鳥のように
混沌の世を
生きねばならぬ
鳥は本能的に
暗黒を突破すれば
光明の島に着くことを
知っている
そのように人も
一寸先は
闇ではなく
光である
ことを
知らねばならぬ
新しい年を迎えた日の朝
わたしに与えられた命題
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
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あなたがたは世の光である
山の上にある町は、隠れることができない。
また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。
そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい
人々が、あなたがたの立派な行いを見て、
あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。(マタイ 5:14〜16)
(C) 共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(C) 日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

この子らこそ「世の光」であり、
「世の光」たらしめるべく、私たちは努力しなければなりません
。(糸賀一雄)
――『この子らを世の光に』と『この子らに世の光を』の違いについてひらめき
糸賀一雄「この子らを世の光に」/滋賀県


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「拝まない者も おがまれている 拝まないときも おがまれている」
/東光寺(東井義雄先生のご生家)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自分で自分の心のスイッチを入れる [2018年08月12日(Sun)]
私が東井義雄先生の言葉と初めて出会ったのは、
北御堂さんの正面階段横の掲示板に掲げられた今月のことば(2012/7)――

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえ
ないんだから。(東井義雄)

今を真剣に生きずして明日はない」と受け止めました。ひらめき

そして先日(8/10)丹後に出かけた帰りに、
豊岡市但東町にある「東井義雄記念館」に立ち寄りました。
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一番はもちろん尊い
しかし 一番よりも尊いビリだってある(東井義雄)


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自分は自分の主人公
世界でただひとりの自分をつくる責任者(東井義雄)

東井義雄『心のスイッチ』
人間の目は ふしぎな目
見ようという心がないと
見ていても 見えない

人間の耳は 不思議な耳
聞こうという心がなかいと
聞いていても 聞こえない

頭だってそうだ
心が眠っていると 頭の働きをしてくれない
まるで 電灯のスイッチみたいだ
仕組みはどんなに立派でも
スイッチを入れなければ
光は放てない


「目をあけて眠っている人」私も、その一人でした。

「目をあけて眠っている人でなく、
自分で自分の心のスイッチを入れる」と受け止めました。ひらめき

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「拝まない者も おがまれている 拝まないときも おがまれている」
/東光寺(東井義雄先生のご生家)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ビリを恥じるな、ビリでも懸命に走れ [2018年08月11日(Sat)]
私が東井義雄先生の言葉と初めて出会ったのは、
北御堂さんの正面階段横の掲示板に掲げられた今月のことば(2012/7)――

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえ
ないんだから。(東井義雄)

今を真剣に生きずして明日はない」と受け止めました。ひらめき

そして先日(8/10)丹後に出かけた帰りに、
豊岡市但東町にある「東井義雄記念館」に立ち寄りました。
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一番はもちろん尊い
しかし 一番よりも尊いビリだってある(東井義雄)

『東井義雄「こころ」の教え』より――
「堂々とビリを走りなさい」
ビリであることは、ちっともはずかしいことではない。
なまけることのほうが、よっぽどはずかしいことだ。

走ることに限らず、生きていく間には、
いろいろなことでビリを走らなければならないことがあります。

しかしそのとき、どうか日本一立派なビリであることができるよう、
こころがけてほしいと思います。
堂々としたビリであってほしいと思います。
これは、なかなか難しいことです。
ビリになると、どうしてもひくつになり、はずかしくなり、
こころまで貧乏になりやすいからです。
ですが、ビリの味がわかる人間でなければ、
困っている人、弱い人、貧しい人の気持ちなんか、絶対にわかるものではありません。
とにかく、ビリになっているときは、
その人にとって得がたい勉強の機会をあたえられているときだと思います。

お金はいちばんたくさん持っている。体はいちばん達者。勉強もいちばん出来る。
姿、形もいちばん美しい。何ごとにつけてもビリなんかとったことがない。
そういう人が、もしあったら、それはたいへん不幸な人だと思います。
ビリの味のわからない人は、人生の味を知らないのと同じだと言ってもいいでしょう。

とにかく、兼平君の『走ることがおそい』というねうちを、
兼平君のすべてのすぐれたところにも活かしてほしい
と思います。
一番も、二番も、三番もビリのおかげで一番や二番や三番になれているのです。

とにかく、堂々とビリを走ることができるようになりましょう。

「ビリを恥じるな、たとえビリでも懸命に走れ!
懸命に真剣に走らねばビリの値打ちはない」と受け止めました。ひらめき

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「拝まない者も おがまれている 拝まないときも おがまれている」
/東光寺(東井義雄先生のご生家)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
プロフェッショナルの責任 [2018年08月07日(Tue)]
私事ですが、昨日、母が退院しました。
先々週、出張先の東京にメールで連絡があり、緊急入院したとのこと。

大阪に戻って実家に行くと近くの開業医が処方した薬袋があったので尋ねると、
朝、犬を連れての散歩から帰って水を飲むとお腹が激しく痛んだので
近くのかかりつけ医に診ていただくと「特に問題ない」とのこと。
医師から当初は薬の処方もなかったようですが、
母が求めたところ念のために胃炎、胃潰瘍の薬を処方していただいたそうで、
「日射病、熱中症にご注意ください」と言われて帰ってきたそうです。

しかし母の様子がただ事でないこともあって別の病院で検査していただくと、
胆石が胆管に嵌頓して肝機能障害、膵炎を起こしているとのこと。
医師から「今日は帰れませんよ」と言われたので、
別の病院に紹介状を書いて検査データを送っていただき、
緊急入院することになりました。

緊急入院した病院では、夜にも関わらず待機して、
応急で直ちに内視鏡で胆汁を排出するチューブを入れていただき、
その後、入院治療を受けて膵炎の症状が落ち着くのを待ち、
先週、内視鏡で胆管の胆石を取る手術を受けました。
その後の経過もよく、当初の予定通り2週間で退院できることになりました。

厳しい暑さが続くのでしばらく入院した方が快適と思うのですが、
元気を取り戻した本人は病院暮らしが退屈なようです。
88歳でも気丈で達者なのはありがたい限りですが、
もし最初の診察に委ねていたなら母の生命に危険が及んでいたかと思うと、
ご縁いただいた方々の「適切な判断」「的確な対応」に心から感謝です。

今回の件で、プロフェッショナルの責任について
自分自身の問題として考えさせられました。

ドラッカー『マネジメント』より――
プロフェッショナルの責任は、すでに2500年前、
ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかに、はっきり表現されている。
「知りながら害をなすな」である。
プロたるものは、医者、弁護士、マネージャーのいすれであろうと、
顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない
最善を尽くすことしかできない
しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない
顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと
信じられなければならない
。これを信じられなければ何も信じられない。

仕事に対する責任感は、能力の問題でなく、意識の問題ひらめき

人間としての豊かさをあらわす一つの姿として、
それぞれが自分なりの責任というものをどれだけ強く感じているか
ということがあると思いますね。
責任感の強い人には、やはりまわりから信頼が集まるわけです。
古今東西を通じて、
自分の責任を自覚することも、果たすこともなしに、
自分も幸せになり、世の中も向上せしめたという人はない
と思います。
(…)
お互いがそれぞれの立場で自分の責任を強く自覚し
真の自主独立の精神に立った上で他とも協力し行動する
それがその人の生きがいにも通じ、世の中を豊かにする基本だと思いますね。
「責任ということ」/松下幸之助『人生談義』

それぞれの立場で、自らの責任を強く自覚して果たすひらめき

すべてを他人のせいにしてしまいたいのは、人間の常であろうけれども、
それは実は勇気なき姿である。心弱き姿である。
そんな人びとばかりの社会には、自他とも真の繁栄も真の平和も生まれない。
おたがいに一人前の社会人として、責任を知る深い反省心と大きな勇気を持ちたい
「わが身につながる」/松下幸之助『道をひらく』

リーダーとは、重荷を人に押しつけるのではなく、自ら重荷を担う人のことだ。
マックス・デプリー『リーダーシップの真髄』

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「ひとりの仕事でありながら ひとりの仕事でない仕事」
河井寛次郎『いのちの窓』/2018.7.25

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
私たち人間がやること [2018年08月05日(Sun)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
---------------------------------

ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』

私たちの商売は、どんどん新しい魅力のある商品を売り場に投入していくことであって、
その入れた商品のなかでお客様に評価されずに売れないでいる「死に筋」商品を 
排除するためにPOSデータはあります。
POSを使ったデータだけに頼って商品を発注すると、
商売が縮小均衡になってしまう

『鈴木敏文 考える原則』

POSやコンピュータのデータは、答えを教えてくれません
単なる機械にすぎません。
問題は、これを使いこなせるかどうかです。
POSデータから何かを学びとろうと期待するのが間違いなのです。
自分たちがどういう考え方で作業や行動をしたか、つまり、
どういう仮説を立てて行動を起こしたのか、その結果を 
数字で表すだけのものなのです。
『鈴木敏文 考える原則』

仕事の第一は仮説・検証をすることであり、
これからの経営は、仮説・検証がポイントになります。
仮説・検証をちゃんとやっていけば、仕事はおもしろくなります。
仕事はゲーム
なのです。
そして、その結果として、業績に変化が表れるのです。
仮説を持って仕事に取り組み、そこで仕事に変化が与えられたら、
否が応でも結果がどうなったかの検証のためのデータを見たくなる
ものです。
データを見ているかいないかは、すべて関心の度合いの問題なのです。
『鈴木敏文 考える原則』

データを紙にしなければわからない人は
仮説を持たないで、結果としての数字だけを知ろうとする人です。
関心を持っていることであれば、
人に聞かれた場合、コピーしたデータがなくても説明ができるはずです。
POSのデータは単に仮説・検証のためにしか使えない。
データが私たちの仕事を動かしているわけではありません
仮説を持たないで仕事をした結果のデータは
それをした人間には何も伝えてくれない
本末転倒になってはいけないのです。
『鈴木敏文 考える原則』

『鈴木敏文 考える原則』より――
POSシステムは計算や送信が速く、すぐグラフの表示など部分的なことはできます。
しかし、すべてを人間に代わってできるものではありません
私たちはこれを道具として使い
そこに人間の知恵を加えるということでなければならないのです。

ところが、システムどおりにやれば、全部同じ結果が出てくる。あるいは、
POSのデータを見れば、すぐ答えが出てくるという錯覚を起こしている人が多いのです。

お客様の消費の行動、動機は、いろいろな要素が入り組んでいます。
その動機がどう絡み合って
どんな結果を生むのかというプロセス(因果関係)をつかんでおかないで
いくらデータを見たからといって、答えは導き出されるものではありません
(…)仮説のうえに立って、データによって検証してみるのです。
その結果から、品揃えは当然変わらざるをえません。
この仮説・検証における仮説設定は、POSにはできないのです。
私たち人間がやることです。

POSは、人間がさまざまなファクターのなかから導き出した仮説を、検証する道具です。
もちろん、POSがなくても一つひとつ手作業で検証できますが
大変な手間と時間がかかるから、私たちはPOSという優れた道具を使うのです。

「数字が強いる苦行は自由への過程である」
数字自体は何をなすべきかを教えてはくれない。
それは行動へのシグナル、思考への引き金にすぎない。

企業の経営において肝要なのは、
そうした数字の背後で起こっていることを突きとめることだ。
ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』

人が機械に使われる、機械にベースを合わせるというのでは、
何のための仕事かといこうとになる。
人間がより人間らしく仕事をしてゆくために
ロボットを使いこなす
んだという、はっきりした思想がなくてはならない。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

機械にできることは機械に任せ、
人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである。
立石一真(オムロン・創業者)

先に新鋭機を入れちゃうと、改善能力のない連中だと、
結局、機械に使われちゃうだけなんだ。
改善を進めるには順番がある
大野耐一『トヨタ生産方式の原点』

良い採算制度があるから採算が上がるのではなく
現場の人たちが採算を上げようと思うから上がるのである
そのためには経営者自身が、
必要なエネルギーを現場の人たちに直接注ぐことが大切となる。
私はそれを「魂を注入する」と呼んでいる。
そうして初めて、社員も心からやる気になってくれる。
経営者が「魂を注入」しなければ、
どんなにすぐれた経営管理システムであっても、
社員を動かし、会社を向上させていくことはできない。

稲盛和夫『稲盛和夫の実学』

確かに中小企業は、大企業と比べると、規模も小さく、社員も少なくて、
一見、弱くて不利なことばかりのように見えます。しかし実際には、
中小企業だからこそ強い、有利だという点が少なくないのです。
経営者が適切な指導をすれば、
一人ひとりが力を、100%どころか、120%も150%も発揮できて、
大企業以上に高い生産性をあげられる。
そんなことからすれば、
中小企業は本来、決して不利でも弱いものでもない、
むしろ強い
ものだといえる。
「中小企業は弱くない」/松下幸之助『人生談義』

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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
知識もデータも使うためにある [2018年08月04日(Sat)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
---------------------------------

ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』

私たちの商売は、どんどん新しい魅力のある商品を売り場に投入していくことであって、
その入れた商品のなかでお客様に評価されずに売れないでいる「死に筋」商品を 
排除するためにPOSデータはあります。
POSを使ったデータだけに頼って商品を発注すると、
商売が縮小均衡になってしまう

『鈴木敏文 考える原則』

POSやコンピュータのデータは、答えを教えてくれません
単なる機械にすぎません。
問題は、これを使いこなせるかどうかです。
POSデータから何かを学びとろうと期待するのが間違いなのです。
自分たちがどういう考え方で作業や行動をしたか、つまり、
どういう仮説を立てて行動を起こしたのか、その結果を 
数字で表すだけのものなのです。
『鈴木敏文 考える原則』

仕事の第一は仮説・検証をすることであり、
これからの経営は、仮説・検証がポイントになります。
仮説・検証をちゃんとやっていけば、仕事はおもしろくなります。
仕事はゲーム
なのです。
そして、その結果として、業績に変化が表れるのです。
仮説を持って仕事に取り組み、そこで仕事に変化が与えられたら、
否が応でも結果がどうなったかの検証のためのデータを見たくなる
ものです。
データを見ているかいないかは、すべて関心の度合いの問題なのです。
『鈴木敏文 考える原則』
『鈴木敏文 考える原則』より――
情報システムの整備が進み、POS情報をはじめとしてさまざまなデータが、
いつでも、どこでもパソコンで見られるようになりました。
しかし、データは紙で持っていることが多いようです。
私は役員会の席上で、データを紙で出さないように指示しました。
意識して仕事していれば、いちいちデータを紙で持っている必要はないからです。
(…)
たくさん参考書や辞書を持っていれば、勉強できるわけではありません。
メモもそうです。
要点だけでいいのに、細部まですべてメモをとることが仕事になっている人がいます。
もちろん、メモをとらずにボーっとしていて、
あとで何の話かわからなかったというのは論外ですが、
すべてメモしても、仕事に活かせなければ意味はありません

これと同じで、POSデータはどう利用するかを考える必要があります。
そのためには、常に仮説を持ち
その検証のためにデータを役立てるという仕事の姿勢でなければなりません。
そうであれば、データはすべて頭のなかに入ってくるはずです。
ある仮説に立って、この商品を何個売りたいのかという踏み込みをしていれば、
何個売れたか、何時に売り切れたかをデータで確認すれば、
次のアクションを起こすための検証はできるのです。
データを紙にしなければわからない人は、
仮説を持たないで、結果としての数字だけを知ろうとする人
です。

普段から意図と意志を持って仮説を立てた仕事をしていれば
結果のデータを見た瞬間にたくさんのことが読み取れます
そのような踏み込んだ仕事をしていない人は、
何か聞かれたときに困るので、データをコピーして持とうとする
のです。
関心を持っていることであれば、
人に聞かれた場合、コピーしたデータがなくても説明ができるはずです。

私の持論として一貫して言い続けているころですが、
POSのデータは単に仮説・検証のためにしか使えない。
データが私たちの仕事を動かしているわけではありません
仮説を持たないで仕事をした結果のデータは
それをした人間には何も伝えてくれない
本末転倒になってはいけないのです。

柳井さんが説かれるように「会計士の仕事が本質的に経営者と同じで、
経営者と一緒に考え、実行するパートナー」であるなら、
関心度の高いデータはすべて頭のなかに入っている(はずだ)から
何か説明するのに端末やプリントした紙でデータを確認する必要ない(はず)
―― 会計士に限らず、中小企業の経営のサポートに取り組むものはみな同じ(はず)

数字の意味するところを理解し、
実行した結果やその過程の数字を記録して、
数字との対話(因果関係を探求)を重ねることで数字は記憶され、
自分のもの(身体の一部)になる。

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』

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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
なぜ重要度ナンバーワンの仕事をおろそかにするか [2018年08月03日(Fri)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
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ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』

私たちの商売は、どんどん新しい魅力のある商品を売り場に投入していくことであって、
その入れた商品のなかでお客様に評価されずに売れないでいる「死に筋」商品を 
排除するためにPOSデータはあります。
POSを使ったデータだけに頼って商品を発注すると、
商売が縮小均衡になってしまう

『鈴木敏文 考える原則』

POSやコンピュータのデータは、答えを教えてくれません
単なる機械にすぎません。
問題は、これを使いこなせるかどうかです。
POSデータから何かを学びとろうと期待するのが間違いなのです。
自分たちがどういう考え方で作業や行動をしたか、つまり、
どういう仮説を立てて行動を起こしたのか、その結果を 
数字で表すだけのものなのです。
『鈴木敏文 考える原則』

『鈴木敏文 考える原則』より――
いまのような買い手市場のときには、
仮説・検証をベースにしなければ、仕事はできません。
データを見て、何が売れ、何が売れないかを確認し、
こういう考え方で、このように行動した結果、
合っているのか間違っているのかを、データによって検証します。

仕事が忙しいからデータを見られないのでは、
「食事する時間がもったいないから、食事をしないで働きます」というのと同じです。
重要度ナンバーツー、ナンバースリーの仕事をして、
どうしてナンバーワンの仕事をおろそかにするのでしょうか
それは意識の問題なのです。

仕事の第一は仮説・検証をすることであり、
これからの経営は、仮説・検証がポイントになります。
データは仮説を設けて結果を検証する
つまり仮説が正しかったかどうかを見るためにあるのです。

仮説・検証をちゃんとやっていけば、仕事はおもしろくなります
仕事はゲームなのです。
そして、その結果として、業績に変化が表れるのです。
一番大きいのが発注の仕事ですが、
それ以外のすべての仕事にもこの考え方は活かされていなければなりません

仮説を持って仕事に取り組み、そこで仕事に変化が与えられたら
否が応でも結果がどうなったかの検証のためのデータを見たくなるものです。
(…)
データを見ているかいないかは、すべて関心の度合いの問題なのです。
仕事に対して興味が持てるかどうかはすべて関心度の問題なのです。

仕事に変化が与えられたら(他人が変化を与えるのはなく自分が変化を与える)、
否が応でも結果を確認するためデータを見たくなる。
―― 仕事に変化を与えようと思わず、自らの成長の機会を否定して、
十年一日の如き形式に堕せば、
日に新たな仮説を立てる必要もなく、
仮説がないから実行結果を検証する必要もなく、
データに対する関心は低く、仕事や社会に対する関心も低く、
自分で自分の可能性を閉ざす。―― それでいいのかパンチ

すべて「関心度」の問題 ⇒ なにごとも「真剣」で「本気」で「全力」か否か

今日を完全に生きれば明日が見える。
今日を懸命に生きる/稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』

今日一日が真剣勝負であり、毎日が瀬戸際の気持ちで自分を追い込んでいく。
そうすれば自分のやるべきことが必ず見えてきます。
そして、自分の能力いっぱいの力を尽くして、結果として転んでしまったら、
反省してまた挑戦すればいい。後悔することはありません。
本気で仕事に取り組み、挑戦する人にはまた必ずチャンスが到来します。
鈴木敏文『朝礼暮改の発想』

仕事というものは勝負である。一刻一瞬が勝負である。
だがおたがいに、勝負する気迫をもって、
日々の仕事をすすめているかどうか。
「仕事というものは」/松下幸之助『道をひらく』

「何ごとも全力じゃなければ、反省できない」
(福本伸也)

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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
数字の役割 [2018年08月02日(Thu)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
---------------------------------

ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』

私たちの商売は、どんどん新しい魅力のある商品を売り場に投入していくことであって、
その入れた商品のなかでお客様に評価されずに売れないでいる「死に筋」商品を 
排除するためにPOSデータはあります。
POSを使ったデータだけに頼って商品を発注すると、
商売が縮小均衡になってしまう

『鈴木敏文 考える原則』

『鈴木敏文 考える原則』より――
POSやコンピュータのデータは、答えを教えてくれません
単なる機械にすぎません。
問題は、これを使いこなせるかどうかです。
わかりやすくいえば、何秒で走れたかを測るストップウォッチと同じ。
どんな精巧なストップウォッチを使っても、遅い人の足が速くなることはありません
POSデータから何かを学びとろうと期待するのが間違いなのです。
自分たちがどういう考え方で作業や行動をしたか、つまり
どういう仮説を立てて行動を起こしたのか
その結果を数字で表すだけのものなのです。
小売業においては、面倒でも単品管理を行い、仮説・検証のプロセスによって
発注をきちんとやっていくという習慣を身につけなければいけません

データ(過去の実績)は、仮説を立てて行動した結果(答えではない
―― 検証して、答えではなく「問い」を求め、考え抜き、新たな仮説を立てるひらめき

「過去は変えられない」
 ―― だから自省する(正しく反省し、失敗からも成功からも学ぶ)
同じ失敗を繰り返さないために
成功を高めて再生産するために

一日のケジメをおろそかにし、
焼芋屋ででも行なわれるような毎日の反省と検討を怠って、
どうしてきょうよりあすへの発展向上が望まれよう。

何でもないことだが、
この何でもないことが何でもなくやれるには、
やはりかなりの修練が要るのである。
平凡が非凡に通ずるというのも、
この何でもないと思われることを、
何でもなく平凡に積み重ねてゆくところから、
生まれてくるのではなかろうか。
「何でもないこと」/松下幸之助『道をひらく』

朝に発意、昼に実行、夕べに反省。
日々のそうした地道な活動の積み重ねが商売繁盛につながっていく。
松下幸之助「商いの心得十カ条」第十条

デービッド・A・ガービン『アクション・ラーニング』より――
驚くべきことに、時間をかけて自らの経験を反省し
将来のための教訓をまとめようとする企業はほとんどない
繰り返される活動を経験曲線によって把握するだけで、
反省と検証という作業がなおざりにされてしまう場合もある。
「反省と検証」/第4章 経験/『アクション・ラーニング』

アメリカ陸軍のAAR(After Action Review)アフター・アクション・レビュー、
司令部から末端の現場に至るまで行動後に必ず実施
【1】我々はやろうとしたのは何か?
    作戦の内容・目的・求めた成果(満たすべき基準)を再確認
【2】実際には何が起きたのか?
    記録や証言を多角的に検証して事実(実際のパフォーマンス)を確認
【3】なぜそうなったのか?
    責任追及せず、地位に関係なく平等に発言して原因を究明(因果関係を探求
【4】次回なすべきことは何か?<だからどうする
    成功のために維持すべき活動改善すべき活動を見極め、その対策を導き出す

陸軍のガイドラインでは、AARに費やされる時間のうち約25%を最初の二つの質問に、
約25%を三番目の質問に、そして約50%を四番目の質問に注ぐべきだとしている。
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――現実には【2】のみ、しかも、実行の過程を検証せず、
  結果の数字だけで判断して結果責任を追及するケースが少なくないのでは?

失敗のときだけの反省会ではなく、日常業務(習慣)化する。
――活動終了後に直ちにAARを行うよう、あらかじめ予定を組む

生産性は機械よりはむしろ機械を使う人間で決まる
武藤山治(鐘紡の中興の祖)
藤本隆宏『現場主義の競争戦略―次代への日本産業論―』

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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
発注業務の自動化は絶対にしない [2018年08月01日(Wed)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
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ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

実行した個々の内容を具体的に分析し、
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには、
徹底分析した経験の蓄積が必要となる。
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには、
しっかりと「記憶」することも大切だ。
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。
ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』
『鈴木敏文 考える原則』より――
売れ筋商品は、私たちが売っていない商品の中にあります。
POSからは売っている商品のデータは出ますが、
お客様が買いたいという商品が入っていません。
POSのデータをいくら見ても、何も商売に役立つ情報は得られません。
私たちの商売は、どんどん新しい魅力のある商品を売り場に投入していくことであって、
その入れた商品のなかでお客様に評価されずに売れないでいる「死に筋」商品を
排除するためにPOSデータはあります

POSを使ったデータだけに頼って商品を発注すると、
商売が縮小均衡になってしまう


今日の販売データはすでに過去の実績なのに、その延長線で発注する
・「売れた実績」はわかるが、なぜ売れたのか、なぜ売れなかったのか
・「売れ逃し」の機会ロス(あればもっと売れたのに)
・「売れ残り」の廃棄ロス
品ぞろえの精度をあげるために「仮説→実行→検証」で単品管理

コンピューターが自動的に発注数量を決めるのではなく
従業員自ら考え、売りたい数量を決めるのである。
高度な情報システムで知られるセブン-イレブンなら、
自動的に発注数量をきめる仕組みぐらいできそうなものだが、
発注業務の自動化は絶対にしない
田中陽『セブン-イレブン終わりなき革新』

手間ひまかけてメリットやコストを計算するのはやめてほしい
それよりも、サービスを向上するためにどうしたらよいか、
それだけを考え、実行してほしい――。私は皆にそう訴えた。
そこで「サービスが先、利益は後」のモットーを作ったわけである。
『小倉昌男 経営学』

手間ひまかけて「計算」するのではなく、
自分の頭で考えて「仮説」を立て、「実行」した結果を「検証」

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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
情報は記憶するためにあり、記憶は実行するためにある [2018年07月31日(Tue)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
---------------------------------

ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

黄金「数字」は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿であろう。
松下幸之助『続・道をひらく』

『松下幸之助・経営の真髄』より――
昭和10(1935)年に、松下電器は株式会社になったが、
私は、創業間もないころから(創業は1918年、今から100年前)
店の会計はいわゆる家計とは全く別にして月々決算を行ない、
その結果を毎月社員――といっても当初は数名の社員にすぎなかったが――に
報告するようにしていた。いわゆるガラス張り経営を実践していたわけである。
が、株式会社になったのを機会に、
経理の制度についてもそれにふさわしいものに充実強化していくことを考えた。
そのときに私は、「経理というものは単に会社の会計係ではなく
企業経営全体の羅針盤の役割を果たす
いわゆる経営管理、経営経理でなければならない」という日ごろの考えを述べて、
その経営管理ができる経理制度を確立してほしい、と担当者に要望したのである。

『稲盛和夫の実学』より――
私は27歳の時に京セラを創業し、ゼロから経営を学んでいく過程で、
会計は「現代経営の中枢」をなすものであると考えるようになった。
企業を長期的に発展させるためには、
企業活動の実態が正確に把握されなければならないことに気づいたのである。
真剣に経営に取り組もうとするならば、経営に関する数字は、
経営の実態をあらわす唯一の真実を示すものでなければならない。
損益計算書や貸借対照表のすべての科目とその細目の数字も、
誰から見ても、ひとつの間違いのない完璧なもの、
会社の実態を100%正しくあらわすものでなければならない。
なぜなら、これらの数字は、
飛行機の操縦席にあるコックピットのメーターの数値に匹敵するものであり、
経営者をして目標にまで正しく到達させるためのインジケーターの役割を
果たさなくてはならないからである。
このような考え方にもとづき、私は経理部に経営資料を作成してもらい、
その数字をもとに経営してきた。

経営者がまさに自分で会社を経営しようとするなら、
そのために必要な会計資料を経営に役立つようなものにしなければならない。
それができるようになるためにも、経営者自身が会計を十分よく理解し、
決算書を経営の状況、問題点が浮き彫りとなるものにしなければならない。
経営者が会計を十分理解し、日頃から経理を指導するくらい努力して初めて、
経営者は真の経営を行うことができる
のである。
「会計がわからんで経営ができるか」

ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』の巻末の
柳井さんによる解説「7つの法則」より――
数字を見続け、読み解くことはひどく退屈な作業であるが、
僕は経営者が絶対にやらなければいけないことだと思う。
ところが、その作業を怠っている経営者が多い。
数字を見るのは
経理や財務、あるいは経営企画室や経営計画室のようなスタッフ部門で、
社長は報告を聞くだけでよいと思っている
これは危険な考え方だ
報告者が数字の意味を理解していないと、
間違った情報で判断してしまうことになる。
重要な数字は経営者が自分でチェックしなければ、
数字の背後にある意味も決して理解できない。

ユニクロの23条の経営理念/柳井正『一勝九敗』より――
第12条「成功・失敗の情報を具体的に徹底分析し、記憶し、次の実行の参考にする経営」
ほとんどの人は、成功した時も失敗した時も分析しない。
何かボヤッと「成功してよかった」あるいは「失敗してまずかったなあ」
としか考えない。
実行した個々の内容を具体的に分析し
因果関係がはっきりとわかるまで考え抜くことが必要だ。
抽象論ではなく、具体論で考える必要がある。
また、次の段階で成功するには
徹底分析した経験の蓄積が必要となる
分析したあらゆる情報を、次の実行のために役立てるには
しっかりと「記憶」することも大切だ。
(…)
情報というのは記憶するためにあり、記憶は実行するためにあるのだ。

IMG_1329.jpg
「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
猫に小判 [2018年07月30日(Mon)]
先週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの
本質を突いた厳しい叱咤激励に魂を揺さぶられました。

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある
」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」
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大須賀正孝『日本一を目指す物流会社のすごい社員勉強会』より――
収支日計表の目的は「数字をつける」ことではない。
「数字をいじる」ことでもない。
数字を読んで行動する」ことだ。
大事なことは、数字を読んでから「何をするか」だ
毎日の収支を「勝ち」「負け」で追いかけ、今日、問題を見つけたら、明日、手を打つ。


数字をつける(記録・記帳)ことも、数字をいじる(分析資料の作成)ことも、
手段にすぎず、それ自体が新たな価値を生むことはない
「何のための記録か」「何のための資料か」「その資料でいいのか」自ら問いただす。
手間ひまかけて作成した資料も、自分以外の誰かに影響を与えず、
行動の変化をもたらさないなら「ムダ」

経理や財務の仕事、あるいは人事の仕事をやっていても、
すべてはお客様のために仕事をやっているということ。
お客様にとって効果がまったく無い仕事は無意味だと思う。
「23条の経営理念」/柳井正『一勝九敗』

徹底的にムダを排除しなければならない。
しかし口で言うほどムダを探すのは簡単ではない。
ウチはこのムダ探しとムダの始末が他社よりも上手だから業績がいいんだと思う。
大須賀正孝『やらまいか!』

ところが日本では、それほど重要な会計というものが、
経営者や経営幹部の方々から軽視されている。
会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、
集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
『稲盛和夫の実学』

この世の中に存在するものは、一つとしてムダなものはない。
ムダだと思うのは、その活かし方、使い方を知らないだけ
松下幸之助『続・道をひらく』

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「無限の宝庫」
この世の中に存在するものは、一つとしてムダなものはない。
ムダだと思うのは、その活かし方、使い方を知らないだけ
活かし方を知らなければ、すべてのものがマイナスになる。
ムダだ、マイナスだと頭をかかえてばかりいたら、
不満に心が暗くなり、せっかくの天与の贈物も猫に小判

黄金は、猫にとっては何の役に立たない無用の物かもしれないが、
その活かし方を知っている人間にとっては、天下の大宝。
その価値を知らぬ猫の愚を笑いたくもなるが、
笑ってばかりもいられないのがお互いの姿
であろう。

無用と思われていたカビのようなものでも、
これを有効に使えば、貴重な働きをすることがわかってきた今日、
この世の中はまさに無限の宝庫である。
すべての物はもちろんのこと、マイナスでしかない人間など、
本来この世にあろうはずがない


お互いに、もうすこし謙虚でありたい。
もうすこし勇気をもちたい。
そして、もうすこし寛容の心を持って、
すべての物が、すべての人が、時と処を得て、
その本来の値打ちが活かされるようつとめたいものである。


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「何もない ― 見ればある」/河井寛次郎『いのちの窓』
/2018.7.25


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
会計士が世界を変える、その条件 [2018年07月27日(Fri)]
今週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの本質を突いた厳しい叱咤激励に
魂を揺さぶられました(「会計士が世界を変える」/2018.7.24)。

多くの気づきと学びを得ましたが、
その中の一つ ――「自前でつくる

柳井さんは「決算書は経営者の成績表であり、自前でつくらねばならず、
社員にもそれを要求している」と説かれましたが、
その意味するところは、
単に、会計事務所などに任せないで自分でつくること(自計化)ではなく、
自らが主体的に「自分の意志でつくる」と受け止めました。
――「経営者とは成果をあげる人であり、
成果として約束したことを実行して実現して(やり遂げて成し遂げて)
初めて社会から信頼され、会社は存続できる」
――「非常識なくらい高い目標を掲げ、実現できる方法を考えて、実行する」


この「自前でつくる」は「自主自立」の徹底として貫かれているひらめき
「自分たちができることをやる」のではなく、
「自分たちがやらねばならないことを主体的に判断し、必要な努力を積み重ねる」

――「業務を整理し、業務プロセスの標準化、最適化、最新化、明確化に取り組む。
その前提がなければ、RPAやAIを導入しても、
業績は改善するどころか、悪化するおそれがある」(機械に使われない)
――「RPAやAIの時代になると、数字はすべて自動的に計算される。
単純計算や分析、整理、資料作成などでなく、
計算された数字をどう見て、何を考え、何を実現するか」(自分の頭で考える)
――「何をどうすればよいかは、人に教えてもらうものではなく、
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す。(国や行政に頼ってばかりいない)
そういう自立した個人、自立した企業が集まってこそ、強い国ができる」

そして私にとって何より大きなインパクトは、
我われ公認会計士に対して「本当にこれでいいのでしょうか」と
二度繰り返して問いかけられたこと。
――「公認会計士の仕事は本質的に経営者と同じであり、
経営者と一体になって経営に取り組む公認会計士は会社経営に必要不可欠な存在。
が、公認会計士は帳簿をチェックする人のイメージがあり、
制度に乗っかってお墨付きを出す人、ハンコを押す人になっている。
本当にこれでいいのでしょうか? 本当にこれでいいのでしょうか?と問いたい」

――「経営者と一緒に考え、実行するパートナー」としての会計士が
「良い経営は、良い経営者と良い会計士がつくる」の心意気(信念)で
「経営者マインドを持って仕事をする」ことにより
「会社や社会をより良い方向に変えていく」<会計士が世界を変える
「公認会計士のみなさまの斬新な発想、果敢な挑戦を強く強く期待します。
 ぜひ一緒に、日本を、世界をより良い方向に変えるためがんばりましょうexclamation×2

自主経営ということは、経営のあらゆる面にわたって
自力を中心としてやっていく
ということである。
そういう考え、姿勢を基本にもちつつ、
その上で必要な他力を大いに活用するならば、
それは非常に生きてくるだろう。
また、そのように自力を中心でやっていく姿には、
それだけ外部の信用も生まれ、
求めずして他力が集まってくるということもある。
これはいわば理外の理ともいうべきものかもしれないが、
そういうものが世間の一つの姿なのである。
「自主経営を心がけること」/松下幸之助『実践経営哲学』

助け合っていくということは、みなが実力を持つこと。
みなが助け合うということは、お互いが実力を持つことをお互いに助け合うということ。
実力をなくした者を助け合うというようなことじゃない。
実力を持つようにお互い助け合いをする。これが、私は共存共栄だと思う。
これでなくては世の中はうまくいかないと思います。
みんながそれぞれの職責を全うして、自分の仕事をやっていこうという場合にこそ、
その実力の上に共存共栄の花が咲く。(松下幸之助・1964年)

「随処作主 立処皆真」
(ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり)

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自前でつくる [2018年07月26日(Thu)]
今週月曜(7/23)の公認会計士制度70周年の記念講演で
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井さんの本質を突いた厳しい叱咤激励に
魂を揺さぶられました(「会計士が世界を変える」/2018.7.24)。

多くの気づきと学びを得ましたが、
その中の一つ ――「自前でつくる

柳井さんは「決算書は経営者の成績表であり、自前でつくらねばならず、
社員にもそれを要求している」と説かれましたが、
その意味するところは、
単に、会計事務所などに任せないで自分でつくること(自計化)ではなく、
自らが主体的に「自分の意志でつくる」と受け止めました。
――「経営者とは成果をあげる人であり、
成果として約束したことを実行して実現して(やり遂げて成し遂げて)
初めて社会から信頼され、会社は存続できる」
――「非常識なくらい高い目標を掲げ、実現できる方法を考えて、実行する」ひらめき

稲盛和夫『京セラフィロソフィ』より――
「日々採算をつくる
経営というものは、月末に出てくる採算表を見て行うのではありません。
細かい数字の集積であり、
毎日の売上や経費の積み上げで月次の採算表がつくられるのですから、
日々採算をつくっているのだという意識をもって
経営にあたらなければなりません

毎日の数字を見ないで経営を行うのは、
計器を見ないで飛行機を操縦することと同じです。
これでは飛行機はどこへ飛んでいき、どこに着陸するのか、
わからなくなってしまいます。
同様に日々の経営から目を離したら、目標には決して到達できません。
採算表は一人一人の毎日の生きざまが累積した結果である
ということを忘れてはなりません。
―― この項目では「採算をつくる」という表現をしています。
採算をつくるということは、
聞きようによっては粉飾決算みたいに響きますが、
これは「採算は自分の意志でつくる」ということなのです。
採算というのは本来、事業活動を一生懸命にやった結果、
自ずから生まれてくるものです。
それなのに、なぜ、あえて「つくる」と言うのか
経営というのは、毎日の動きを追っていかなければなりませんが、
そうするとどうしてもただひたすらがんばって一日を過ごし、
その成り行きで採算が出てくるという状態になりかねません。
経営者として一生懸命にがんばっているのはわかるのですが、
採算がただ成り行きの数字だとすると
そこからは経営者の意思が伝わってきません
経営というのは、経営者の意志で行っていくものです。
お豆腐屋さんを例にすると、
(…)
そういう意味で、
採算というのはつくることが可能なのです。
決して自分勝手にでたらめな数字を並べるという意味ではなく、
売上を増やすことも、経費を抑えることも、
経営者の意思で可能になるのです。
経営を行っていく上で、これは非常に大事なことです
例えば「先月は大変悪い決算で利益が出ませんでした」というような場合は、
利益が出ないような経営を経営者自身がやったのです。
「いえ、私は努力したのですが、なぜかこうなったのです」
というようなことは通りません。
採算というのは、良かれ悪しかれすべて経営者の意思の表れなのです。
数字というものを目の前にしたとき
経営者は自分自身に対して絶対に言い訳できないものなのです。

朝に発意、昼に実行、夕べに反省。
日々のそうした地道な活動の積み重ねが商売繁盛につながっていく。
松下幸之助「商いの心得十カ条」第十条

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
河井寛次郎『いのちの窓』 [2018年07月25日(Wed)]
東京出張の機会に、
汐留のパナソニックミュージアムで開催中の「河井ェ次郎展」へ

毎週火曜は河井寛次郎のことばをおみくじにした「寛次郎みくじ」を引けます。
私が引いたおみくじは「何もない ―― 見ればある」
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会場内では、寛次郎の『いのちの窓』より選ばれた14の詩句が展示され、
スライドショーで紹介されていました。
以下、14の詩句からさらに半分の7つ、私の心に留まったものをご紹介――
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「何もない ―― 見ればある」
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「助からないと思つても 助かつて居る」
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「新しい自分が見たいのだ ―― 仕事する」
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「ひとりの仕事でありながら ひとりの仕事でない仕事」
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「道を歩かない人 歩いたあとが道になる人」
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「何といふ今だ 今こそ永遠」
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「自分は過去を無限の過去を生きて来た
 自分は未来を無限の未来を見るものだ」

そして、会場の最後には松下電器のラジオが展示されていました。
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松下幸之助さんが、河井ェ次郎さんを文化勲章に推薦した際に、
手土産として当時の最新機種のラジオを持参したところ、
河井ェ次郎さんは文化勲章を辞退されましたが、
ラジオは「これが私の文化勲章だ」と喜んで受け取られたとのこと。
実際に松下さんが贈られたラジオはこれの白色バージョンだったそうです。

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
会計士が世界を変える [2018年07月24日(Tue)]
公認会計士法が1948年7月6日に制定されて70年になります。
1983年9月に公認会計士2次試験に合格した私は、
まもなく合格35周年を迎えるので、
70年の半分をこの世界でお世話になっています。

昨日(7/23)、公認会計士制度70周年の記念式典と記念講演会が
東京国際フォーラムで開催され、私も会場で参加しました。
記念講演の講師はファーストリテイリングの会長兼社長の柳井さんで
ご講演の演題は「会計士が世界を変える」。
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柳井さんの本質を突いた厳しい「叱咤激励」に魂を揺さぶられました。

1. 公認会計士と私
2. 経営とは何か
3. 公認会計士と経営
4. グローバル化する世界、そして日本
5. 会計士が世界を変える

以下、私のメモから――

まず「1. 公認会計士と私」――
・『熱闘株式公開』読む人の立場に立って書かれていた(専門用語なし)
・社会に認められる会社になる(社長がいなくても組織で動ける)
・上場に向けて改革に着手
あらゆることをゼロから洗い直す、標準化
・決算書は経営者の成績表であり、
・「自前でつくる」もの(すべての社員に要求)
・経営理念23カ条

「2. 経営とは何か」――
・「経営」とは成果をあげること(経営者とは成果をあげる人)
・「成果」とは社会に約束したこと
・成果として約束したことを実行して実現して初めて社会から信頼され、
・会社は存続できる
非常識なくらい高い目標を持ち、実現できる方法を考えて、実行する
・「本気」が数々のイノベーションを生む

服を変え、常識を変え、世界を変えていく
Statement/FAST RETAILING WAY

・2018年8月期の売上は2兆円突破し、海外が国内を超える
・海外進出は苦難の連続
・2001年にロンドン出店するも、毎日失敗、悪戦苦闘
・2005年の香港からようやく…
・山口県宇部の小さな商店にできて、できないことはない(はず)
失敗しても、失敗しても、挑戦し続ける

「3. 公認会計士と経営」――
・会社は「自ら変化し続ける」ことが存続の条件、そのための継続的努力が必須
公認会計士の仕事は本質的に経営者と同じで「会社経営に不可欠な存在」
・しかし残念ながら、日本の中小企業は元気がない
・また、公認会計士は帳簿をチェックするイメージ
・制度に乗っかってお墨付きを出す人、ハンコを押す人
・「本当にこれでいいのでしょうか」(二度繰り返して問いかけられました)
・経営者と一緒になって内側から指導する
・「業務の整理」「プロセスの標準化」に取り組むことが肝要
それなくしてRPAやAIを導入しても業績は改善するどころか悪化するおそれあり
・「数字をどう見て、何を考え、何を実現するか
今これを深く考えないといけない(もっとも重要)
・「超公認会計士」「非公認会計士」… 既存の仕組み(枠)を超える

「4. グローバル化する世界、そして日本」――
・内向きなる日本、ゼロ金利どころかマイナス金利、企業のモラルは崩壊
・ジョン・F・ケネディの大統領就任演説
・国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるか
自分で自分に問いかけ、自分で答えを出す(自立した個人、自立した企業)
会計士にできることはいくらでもある

最後に「5. 会計士が世界を変える」――
・「経営者と一緒に考え、実行するパートナー」
・公認会計士から「公認」を取る!(制度に乗っからない)
日本全体の会計のレベルを上げる
・「経営者マインドを持って仕事をする」
・会計だけに生きる必要なく、
会計を武器に、より幅広く、より深く貢献する
良い経営は、良い経営者と良い会計士がつくる
行政や政治に指導されるのではなく、行政や政治を指導する
・「志」
会社や社会をより良い方向に変えていく
自分たちこそが世界を変えられる
ビジネスの原点に立ち返って、あらゆる産業を成功させる
・「Now's the time」時は来た!
・制度は過去の常識
現在の仕組みを自分たちでつくり、制度そのものを変える
斬新な発想、果敢な挑戦を強く強く期待します


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
五代五兵衛さんのお墓にお参り [2018年07月23日(Mon)]
週末の土曜日(7/21)、高野山で大人の林間学校。
楽しい仲間と一緒に走った後、お風呂に入って汗を流し、
積もる話を肴にビールやカクテルを飲み、精進ランチを美味しくいただき、
歌って、笑って、気分は晴れ晴れ、楽しい一日を過ごしました。

お開きのあと、一緒に参加した小山さんと二人で再び奥の院に出かけて、
大阪盲唖学校創設者の五代五兵衛さんのお墓にお参り。
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五代五兵衛さんは盲人の身でありながら商いで財産を築き、
その私財を投じて、明治33(1900)年に大阪盲唖院を開設。
そして、1907年、自らが創設した学校を大阪市に無償で譲渡されました。
現在の大阪府立大阪北視覚支援学校(旧大阪市立盲学校)と
大阪府立中央聴覚支援学校(旧大阪市立聾唖学校)の源流です。

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左手奥に5代目の五代五兵衛さんのお墓があります。
大阪市立盲学校長、宮島茂次郎さんの碑文
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お墓の中央には大阪市立盲学校長、宮島茂次郎さんが詠まれたうたの石碑
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そして、5代目 五代五兵衛さんのお墓の手前には、
五兵衛さんの弟で、松下幸之助さんが丁稚奉公された五代自転車商会のご主人である
五代音吉さん(6代目 五代五兵衛)のお墓があります。
合掌

この五代さんの兄弟はみな立派な人で、
特に長兄の五兵衛さんは17歳で盲目になりながら弟妹を養い
土地、家屋の周旋までして
ついに大阪で初めての盲唖学校を私力で創立した人だ
とにかく盲目の身で、一度家へ入るとその値打ちや古さが分かり、
周旋屋で大変な信用を得たというのだから大したものだ。
◆小僧時代/松下幸之助『夢を育てる』
/私の履歴書/日経biz


松下幸之助『縁、この不思議なるもの』の
第二話「盲目の口入・五代五兵衛さん」より――
(※)第一話は松下さんが丁稚奉公されたお店のご主人の五代音吉さんで、
第二話は音吉さんのお兄さんの五代五兵衛さん。

  (…)というようなことから始まって、
ご自分の苦心談などをそれとなく話してくれました。
それをぼくは、子ども心に尊敬の念を覚えつつ聞いていたわけですが、
そのころはただ何気なく聞いていた話でも、あとになってみて
「ほんとうにその通りだな」と感じたことが実に数多くありました


そのなかでも、とくに強く感じたことの一つは、やはり何をするのでも、
結局は誠実な熱意がものをいう
ということです。

お互いの仕事でも何でも、
それに臨む心がまえとして大事なことはいろいろありましょうが、
いちばん肝心なのは、やはり誠意あふれる熱意だと思います。
知識も大事、才能も大事であるには違いありませんが、
それらは、なければどうしても仕事ができないというものではありません。
たとえ知識が乏しく才能が十分でなくても、
なんとかしてこの仕事をやり遂げよう、なんとしてでもこの仕事をやり遂げたい、
そういう誠実な熱意にあふれていたならば、
そこから必ずいい仕事が生まれてきます。
その人自身の手によって直接できなくても、
その人の誠実な熱意が目に見えない力となって、
自然に周囲の人を引きつけます。
目に見えない磁石の力が、自然に鉄を引きつけるように、
誠実な熱意は、思わぬ加勢を引き寄せ、
事が成就するということが多いと思うのです。 

これはお互いが人生を生き抜くうえにもあてはまることで、
これを文字通り身をもって実践されたのが、五代五兵衛さんだった。
そうぼくは思うのです。

五兵衛さんが活躍された時代は、今から80年以上も前の明治2,30年代、
自の見えない方が生きていく環境としては、
今日よりはるかにむずかしいものがあったと思います。
そうしたなかで五兵衛さんは、
多くの弟妹を養い、ふつうの人でもむずかしい口入の仕事を成功させ、
さらには当時としてはきわめて少なかった私立の盲啞院を
設立するということまでしておられる。
そのために五兵衛さんが払われた熱意なり努力というものは
ほんとうは話を聞いただけでわかるというようなものではなく
ご自身の全身全霊を込めた命がけのものであったのではないでしょうか
そうした誠実な熱意が、周囲の人びとに通じて、
むずかしい環境のなかでも道がひらけたのだと思います。

ぼく自身も、これまでの人生において、
さまざまな困難にいくたびも直面してきましたが、
その都度、ぼくの意識のなかには、
「五兵衛さんにくらべれば、まだずっと恵まれている。もっと努力しなければ・・・」
といったことがあって、
それがぼくを支える大きな力になっていたような気がします。

誠実な熱意というものは
時代を超えていつもきわめて大切なもので
お互いにそれを持ち続けているかぎり
人生を生き抜く道は、いわば無限にあると言ってもいいように思うのです。

いかに才能があっても、知識があっても、
熱意の乏しい人は画ける餅に等しい。

「松下幸之助 一日一話」1月7日


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
周到に準備、なすべきをなし、素直に反省 [2018年07月22日(Sun)]
昨日の記事「一日のケジメをおろそかにしない」の続き――

一日のケジメをおろそかにし、
焼芋屋ででも行なわれるような毎日の反省と検討を怠って、
どうしてきょうよりあすへの発展向上が望まれよう。

何でもないことだが、
この何でもないことが何でもなくやれるには、
やはりかなりの修練が要るのである。
平凡が非凡に通ずるというのも、
この何でもないと思われることを、
何でもなく平凡に積み重ねてゆくところから、
生まれてくるのではなかろうか。
「何でもないこと」/松下幸之助『道をひらく』

「過去は変えられない」
 ―― だから自省する(正しく反省し、失敗からも成功からも学ぶ)
同じ失敗を繰り返さないために
成功を高めて再生産するために

朝に発意、昼に実行、夕べに反省。
日々のそうした地道な活動の積み重ねが商売繁盛につながっていく。
松下幸之助「商いの心得十カ条」第十条

デービッド・A・ガービン『アクション・ラーニング』より――
驚くべきことに、時間をかけて自らの経験を反省し
将来のための教訓をまとめようとする企業はほとんどない
繰り返される活動を経験曲線によって把握するだけで、
反省と検証という作業がなおざりにされてしまう場合もある。
「反省と検証」/第4章 経験/『アクション・ラーニング』

アメリカ陸軍のAAR(After Action Review)アフター・アクション・レビュー、
司令部から末端の現場に至るまで行動後に必ず実施
【1】我々はやろうとしたのは何か?
    作戦の内容・目的・求めた成果(満たすべき基準)を再確認
【2】実際には何が起きたのか?
    記録や証言を多角的に検証して事実(実際のパフォーマンス)を確認
【3】なぜそうなったのか?
    責任追及せず、地位に関係なく平等に発言して原因を究明(因果関係を探求
【4】次回なすべきことは何か?<だからどうする
    成功のために維持すべき活動改善すべき活動を見極め、その対策を導き出す

陸軍のガイドラインでは、AARに費やされる時間のうち約25%を最初の二つの質問に、
約25%を三番目の質問に、そして約50%を四番目の質問に注ぐべきだとしている。
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――現実には【2】のみ、しかも、実行の過程を検証せず、
  結果の数字だけで判断して結果責任を追及するケースが少なくないのでは?

失敗のときだけの反省会ではなく、日常業務化する。
――活動終了後に直ちにAARを行うよう、あらかじめ予定を組む

同じ失敗を繰り返さず、成功を再生産するために
過去に正しく学び、前向きに進む


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生死事大、光陰可惜、無常迅速、慎勿放逸

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
一日のケジメをおろそかにしない [2018年07月20日(Fri)]
昨日の記事「勝つべき相手は昨日の自分」の続き――

仕事というものは勝負である。一刻一瞬が勝負である。
だがおたがいに、勝負する気迫をもって、
日々の仕事をすすめているかどうか。
「仕事というものは」/松下幸之助『道をひらく』

世間ではよくあの会社とこの会社はライバル同士≠セとか、
あそこが勝った。ここが負けた≠ネどと興味本位で言ったりする。しかし、
商売はスポーツとか戦争のように勝ち負けを争うものではないはずである。
需要家の便宜を考え、業界共通の繁栄をも考えて、
常に共存共栄を図っていく、それが商売というものだと思うのだが……。
「勝負ではない」/松下幸之助『思うまま』

毎日が真剣勝負(負ければ明日はない)
―― 勝ち負けを争うものではなく、
自分との戦い(昨日より今日、今日より明日へと、自分を高め続ける)

失敗すれば十分に反省し、原因を見極めて改めるべきを改める。
うまくいったときには、もっと成果をあげる方法はなかったかと見直してみる。
さらに、平穏無事な生活の中にも、謙虚な気持ちで常に反省を加える。
日々のそうした自省の積み重ねが、
昨日より今日、今日より明日へと、着実にみずからを高めていく
大きな力となる
のです。
「自省」松下幸之助/月刊PHP(2013/7)の見返し

僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、
達成規準のバーを少しずつ高く上げ、それをクリアすることによって
自分を高めていった
少なくとも高めようと志し、そのために日々努めていた
僕はもちろんたいしたランナーではない。
走り手としてはきわめて平凡な――むしろ凡庸というべきだろう――レベルだ。
しかしそれはまったく重要な問題ではない
昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、
それが何より重要
なのだ。
長距離走において勝つべき相手がいるとすれば
それは過去の自分自身なのだから
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

放棄耕作地、放置山林、シャッター商店街、そして、、、
廃れてからでは遅い爆弾
20170510.jpg(2015年版中小企業白書)
―― 昨日の自分にずっと連戦連敗、、、
負けグセ?、否、そもそも「仕事を勝負」と心得ないパンチ

平穏無事なときには、これでも日はすごせるが、しかしいつもそうはまいらない。
わが国の情勢は、世界の動きとともに今や刻々と変わりつつある。
一刻の油断もならぬ状態におかれている。
このときにこそ、勝負する大勇気をもって仕事にあたらねば、
それこそ真の繁栄は生まれないであろう。
仕事を勝負と心得る人と心得ない人とのちがいが、
ハッキリとあらわれてくるときではなかろうか。

「仕事というものは」/松下幸之助『道をひらく』

何事においても反省検討の必要なことは、今さらいうまでもないが、
商売においては、特にこれが大事である。
焼芋屋のような簡単な商売でも、
一日の商いが終われば、いくらの売り上げがあったのか、やっぱりキチンと計算し、
売れれば売れたでその成果を、売れなければなぜ売れないかを、
いろいろと検討してみる。
そして、仕入れを吟味し、焼き方をくふうし、サービスの欠陥を反省して、
あすへの新しい意欲を盛り上げる。
これが焼芋屋繁盛の秘訣というものであろう。
まして、たくさんの商品を扱い、たくさんのお客に接する商売においては、
こうした一日のケジメをおろそかにし
焼芋屋ででも行なわれるような毎日の反省と検討を怠って
どうしてきょうよりあすへの発展向上が望まれよう
何でもないことだが、
この何でもないことが何でもなくやれるには、
やはりかなりの修練が要るのである。
平凡が非凡に通ずるというのも、
この何でもないと思われることを、
何でもなく平凡に積み重ねてゆくところから、
生まれてくるのではなかろうか。
「何でもないこと」/松下幸之助『道をひらく』

「過去は変えられない」
 ―― だから自省する(正しく反省し、失敗からも成功からも学ぶ)
同じ失敗を繰り返さないために
成功を高めて再生産するために

朝に発意、昼に実行、夕べに反省。
日々のそうした地道な活動の積み重ねが商売繁盛につながっていく。
松下幸之助「商いの心得十カ条」第十条

P1030315.jpg
生死事大、光陰可惜、無常迅速、慎勿放逸

この続きはまた明日四つ葉
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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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