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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが、 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と岡崎さんも特別招待を受けられました。

岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。
その最後の部分をご紹介します。

そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。
しかも、たて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。確かに一理あります。一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して…位置情報
2009年3月吉日
 
仕事をしている以上プロ [2018年05月22日(Tue)]
昨日の記事「仕事をきちんと認めてくださるのが嬉しい」の続き――

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

新津春子『世界一清潔な空港の清掃人』の序文より――
「新津さんのこと」
「プロフェッショナル仕事の流儀」はこれまで、
さまざまな分野で活躍中のまさに一流のプロの方にご出演頂いてきました。
一流と呼ばれる人の多くはすでにメディアに注目され、
社会的に高い評価を受けておられる方も少なくありません。
でも今回改めて感じたのは、
プロ中のプロは地位や名誉とは別の所にもいるということ。
気づかないだけで実はもっと身近にいらっしゃるのかもしれません。
そしてそういう方々が、人知れず誰かのために全力を尽くしている姿にこそ、
私をはじめ、多くの人が心動かされる
のではないでしょうか。
新津さんに密着した1カ月、私も取材者としての姿勢を見つめ直し、
まるで心が洗われていくような、充実した時間を過ごさせて頂きました。
築山卓観(NHKプロフェッショナル仕事の流儀・ディレクター)

「清掃の仕事は確かにきついです。
3Kって言われてる。まだ社会的地位も低いと思う。
でも、だから何?
私は気にしてない、だって私はこの仕事が大好きだから」

仕事をしている以上プロですよね。プロである以上そこまでやんないと。
気持ち。気持ち。別に誰に言われてるわけでもないけど。
でもこうすると全体がきれいに見えるでしょ。
やっぱり、全体をきれいにすると気持ちいいじゃないですか」

心を込める、ということです。
心とは、自分の優しい気持ちですね。
清掃をするものや、それを使う人を思いやる気持ちです。
心を込めないと本当の意味で、きれいにできないんですね。
そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃しています。
心をこめればいろんなことも思いつくし
自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのね」

人に評価されるからやってるわけではないんですよね。
そこまで私は思ってないんです。
自分がどこまでやれるか、自分を清掃の職人だと思っているんです。
あくまでそれをやった上で
人がこう感じました、喜ばれたというのが人の評価ですから
すべてが人に褒められるということを目的にしていないんです」

「今日も、お客さまにとって幸せな一日になるといいね」

あなたにとってプロフェショナルとは――
「目標を持って、日々努力し、
どんな仕事でも心を込めることができる人が、
プロフェッショナルだと思います」


niituharuko.jpg
新津春子『世界一清潔な空港の清掃人』


天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
仕事をきちんと認めてくださるのが嬉しい [2018年05月21日(Mon)]
昨日の記事「力を尽くして自分なりに納得を積み上げる」の続き――

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

新津春子『世界一清潔な空港の清掃人』より――
「私たちも人間なんですよ。」
それよりも、社会の価値観そのものを変えていきたいと思うのです。
そのためには、私たち清掃員がいい仕事をするしかありません
自分の仕事に誇りを持って、納得できるまできちんとやり遂げること。
それを続けていれば、気づいてくれる人は必ず現れます。
「ここのトイレはいつもきれいですね。ありがとう。きれいに使わなくちゃね」
羽田空港でトイレ清掃の現場に入っていたときに、
利用者の男性から言われた言葉ですが、こういう言葉を聞くと本当にうれしい。
自分が褒められたからうれしいのではなく、
清掃の仕事をきちんと認めてくださっているのがうれしいのです。


私の喜びは何かをやり遂げること。
そして、清掃の仕事が大好き
このふたつが、私にとって大事なことです。
自分にとって大事なことがはっきりしていれば
誰が何を言っても、左右されることはありません

niituharuko.jpg
新津春子『世界一清潔な空港の清掃人』

新津さんの言葉は、ジョブズのメッセージに通じる。

仕事は人生の一大事です。
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、
すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。
the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work.
そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。
the only way to do great work is to love what you do.
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

清掃の仕事なんて「こんなもん」、ではないパンチ
中小企業なんて「こんなもん」、ではないパンチ

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

自分で自分をほめるとでも言いますか
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者であるという感じがいたします。
私はそういう心境のもてる人は、
必ずその仕事に、小は小なりに大は大なりに
立派な成果があがる
ものだと思います。
松下幸之助「自分で自分をほめられるか」


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
力を尽くして自分なりに納得を積み上げる [2018年05月20日(Sun)]
昨日の記事「自分の心をごまかすことはできない」の続き――

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

仕事は人生の一大事です。
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、
すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。
the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work.
そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。
the only way to do great work is to love what you do.
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

自分で自分をほめるとでも言いますか
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者であるという感じがいたします。
私はそういう心境のもてる人は、
必ずその仕事に、小は小なりに大は大なりに
立派な成果があがる
ものだと思います。
松下幸之助「自分で自分をほめられるか」

走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか、
それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。
同じことが仕事についても言える。
自分の設定した基準に到達できているかいないかというのが
何よりも大事になってくるし、
それは簡単には言い訳のきかないことだ。
他人に対しては何とでも適当に説明できるだろう。
しかし自分自身の心をごまかすことはできない。
モチベーションは自らの中に静かに確実に存在するものであって
外部にかたちや基準を求めるべきではない
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より――
走ることは僕にとっては有益なエクササイズであると同時に、
有効なメタファーでもあった。
僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、
達成規準
(基準でなく規準)のバーを少しずつ高く上げ、それをクリアすることによって、
自分を高めていった。
少なくとも高めようと志し、そのために日々努めていた。

僕はもちろんたいしたランナーではない。
走り手としてはきわめて平凡な――むしろ凡庸というべきだろう――レベルだ。
しかしそれはまったく重要な問題ではない。
昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それが何より重要なのだ
長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから

個々のタイムも順位も、見かけも、人がどのように評価するかも、
すべてあくまで副次元的なことでしかない。
僕のようなランナーにとってまず重要なことは、
ひとつひとつのゴールを自分の脚で確実に走り抜けていくことだ
尽くすべき力は尽くした、耐えるべきは耐えたと、自分なりに納得することである
そこにある失敗や喜びから、
具体的な――どんなに些細なことでもいいから、なるたけ具体的な――教訓を
学び取っていくことである。
そして時間をかけ歳月をかけ、そのようなレースをひとつずつ積み上げていって
最終的にどこか得心のいく場所に到達することである
あるいは、たとえわずかでもそれらしき場所に接近することだ
(うん、おそらくこちらの方がより適切な表現であろう)。

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない

(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

なによりも大切にすべきは、ただ生きることではなく、
より良く生きることである
。(ソクラテス)
ただ走ることではなく、より良く走るひらめき
ただ働くことではなく、より良く働く
―― 自らの人生を豊かに美しくぴかぴか(新しい)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自分の心をごまかすことはできない [2018年05月19日(Sat)]
昨日の記事「仕事を終えて自分に誇りを持てるかどうか」の続き――

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

仕事は人生の一大事です。
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、
すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。
the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work.
そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。
the only way to do great work is to love what you do.
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

自分で自分をほめるとでも言いますか
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者であるという感じがいたします。
私はそういう心境のもてる人は、
必ずその仕事に、小は小なりに大は大なりに
立派な成果があがる
ものだと思います。
松下幸之助「自分で自分をほめられるか」

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より――
フル・マラソンを走ってみればわかるが、
レースで特定の誰かに勝っても負けても、
そんなことはランナーにとってとくに問題にはならない。
もちろん優勝を目指すようなトップ・ランナーになれば、
目の前のライバルを凌駕することは重要な課題になるわけだが、
一般の市民ランナーにとっては、個人的な勝ち負けは大きなトピックではない
「あいつに負けたくない」というようなモチベーションで走る人も
中にはいるかもしれないし、それはそれで練習の励みにはなるだろう。
しかしもし仮に特定のライバルが何かの事情でそのレースに参加できなくなり、
その結果レースを走るためのモチベーションが消滅(あるいは半減)してしまった、
というのではランナーとして長くはやっていけない。

一般的なランナーの多くは「今回はこれくらいのタイムで走ろう」と
あらかじめ個人的目標を決めてレースに挑む
そのタイム内で走ることができれば、彼/彼女は「何かを達成した」ことになるし、
もし走れなければ、「何かが達成できなかった」ことになる。
もしタイム内で走れなかったとしても
やれる限りのことはやったという満足感なり、
次につながっていくポジティブな手応えがあれば、
また何かしらの大きな発見のようなものがあれば、
たぶんそれはひとつの達成になるだろう。言い換えれば、
走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか
それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる

同じことが仕事についても言える。
小説家という職業に――少なくとも僕にとってはということだけれど――
勝ち負けはない。
発行部数や、文学賞や、批評の良し悪しは達成のひとつの目安になるかもしれないが、
本質的な問題とは言えない。
書いたものが自分の設定した基準に到達できているかいないかというのが
何よりも大事になってくるし

それは簡単には言い訳のきかないことだ
他人に対しては何とでも適当に説明できるだろう。
しかし自分自身の心をごまかすことはできない。
そういう意味では小説を書くことは、フル・マラソンを走るのに似ている。
基本的なことを言えば、創作者にとって、
そのモチベーションは自らの中に静かに確実に存在するものであって
外部にかたちや基準を求めるべきではない

走ることは僕にとっては有益なエクササイズであると同時に、
有効なメタファーでもあった。
僕は日々走りながら、あるいはレースを積み重ねながら、
達成規準
(基準でなく規準)のバーを少しずつ高く上げ、それをクリアすることによって、
自分を高めていった。
少なくとも高めようと志し、そのために日々努めていた。

僕はもちろんたいしたランナーではない。
走り手としてはきわめて平凡な――むしろ凡庸というべきだろう――レベルだ。
しかしそれはまったく重要な問題ではない。
昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それが何より重要なのだ
長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
仕事を終えて自分に誇りを持てるかどうか [2018年05月18日(Fri)]
昨日の記事「生産性を高める唯一の方法」の続き――

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

ダン・アリエリーのTED Talks(2012.10)
What makes us feel good about our work?


自分の仕事の「意義」ひらめき

仕事は人生の一大事です。
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、
すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。
the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work.
そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。
the only way to do great work is to love what you do.
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

松下幸之助発言集・第7巻の「誇りうる仕事の達人になろう」より――
「自分で自分をほめられるか」
私は、今も覚えておりますが、
ちょうど5、6人で仕事をしておりました時分に、
夏でしたから、仕事を終わって行水をいたします。
風呂もないことはありませんが、その当時は湯を沸かしまして、
たらいで行水をするということが、広い習慣になっておりました。
私は日いっぱい働いて、それから行水で汗を流すわけです。
その行水をしたときにふっと
きょうは、朝から自分ながらよくやったな
という感じがしたことを覚えておりますが、
そのときには非常に満ち足りた気分を味わったように思います。
私はそのときに
「ああ、きょうは自分ながらよくやったなあ」と、
自分で自分の仕事をたたえるような気分になって行水をつかっておった
そのときの心持ちというものは、
今も忘れることのできないうれしいもの
です。

人から評価してもらうということも、
むろんそれによっていろいろ感慨もありますけれども、
それよりも
自分で自分をほめるとでも言いますか
そういうような心境がずっと続いたならば
その人はいわゆる世の成功者である
という感じがいたします。
仕事の量ですとか、そういうものは第二にいたしまして、
どんな仕事でありましても、
私はそういう心境のもてる人は、
必ずその仕事に、
小は小なりに大は大なりに
立派な成果があがる
ものだと思います。

一般的なランナーの多くは「今回はこれくらいのタイムで走ろう」と
あらかじめ個人的目標を決めてレースに挑む。
そのタイム内で走ることができれば、彼/彼女は「何かを達成した」ことになるし、
もし走れなければ、「何かが達成できなかった」ことになる。
もしタイム内で走れなかったとしても、
やれる限りのことはやったという満足感なり、
次につながっていくポジティブな手応えがあれば、
また何かしらの大きな発見のようなものがあれば、
たぶんそれはひとつの達成になるだろう。言い換えれば、
走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか
それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。
同じことが仕事についても言える。
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
生産性を高める唯一の方法 [2018年05月17日(Thu)]
<生産性>…最小のインプットで、最大のアウトプットの創造
    最大のアウトプット(新たな価値)   
   最小のインプット(資本、人、時間など)

―― 結果(新たな価値の創造)につながらない「なすべからざること」は止めて
結果(新たな価値の創造)につながる「なすべきこと」に注力する

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

良い採算制度があるから採算が上がるのではなく、
現場の人たちが採算を上げようと思うから上がるのである。
そのためには経営者自身が、
必要なエネルギーを現場の人たちに直接注ぐことが大切となる。
私はそれを「魂を注入する」と呼んでいる。
そうして初めて、社員も心からやる気になってくれる
経営者が魂を注入しなければ、
どんなにすぐれた経営管理システムであっても、
社員を動かし、会社を向上させていくことはできない。
『稲盛和夫の実学』

ダン・アリエリーのTED Talks(2012.10)
What makes us feel good about our work?


自分の仕事の「意義」ひらめき

仕事は人生の一大事です。
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、
すばらしい仕事だと心底思えることをやることです。
the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work.
そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は、仕事を愛することでしょう。
the only way to do great work is to love what you do.
スティーブ・ジョブズ「ハングリーであれ。愚か者であれ」

松下幸之助『道をひらく』より――
「自分の仕事」
どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、
世の中の人びとが求めているのでなければ、
その仕事は成り立つのではない。
人びとが街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、
靴磨きの商売も成り立つので、
さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。

だから、自分の仕事は、
自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、
ほんとうは世の中にやらせてもらっている世の中の仕事なのである。
ここに仕事の意義がある

自分の仕事をああもしたい、こうもしたいと思うのは、
その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、
自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、
それはとらわれた野心となり小さな自己満足となる。


仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる。
世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。

大切なことは、
世の中にやらせてもらっているこの仕事を、
誠実に、謙虚に、そして熱心にやることである。
世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。

おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである

仕事は自分のものではない。
世の中にやらせてもらっている仕事である。
そう考えてこそ、責任感と使命感と謙虚で力強い活動が生まれてくる
松下幸之助『松翁論語』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
末路あわれ [2018年05月16日(Wed)]
商売でもね、物が動いて、お金が動いて、それで一応は成り立つんです。
しかし、もう一つ根本的に大事なことは、
物や金と共に、
人の心もまたこれに乗って、
移り動いていかなければならない
ということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り、
そしてお金と共に心をいただく、

つまり物や金が通いあうだけでなく
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
「物と心」/松下幸之助『人生談義』より
------------
シェアハウス投資でトラブルが続出し、社会問題化していました。

単にカネを貸し、投資物件を用立て、そしてお金を得ているというだけなら、
単に投資物件を作り、投資物件を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
単にカネを借り、投資物件を買い、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいますよ。
(※)さくばく・・・心を慰めるものもなくさびしいさま(三省堂 大辞林)
そうじゃないのですな、ほんとうは。
物とあわせて心をつくり、物と共に心を売り、
そしてお金と共に心をいただく、
つまり物や金が通いあうだけでなく、
お互いの心というものがお客様との間に通い合うことが
きわめて大切なのです。
そこに真の商売の喜びや味わいと言うものがあるのですね。
自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。

昨日(5/15)、スルガ銀行が決算発表の席で公式に謝罪しました。

まさに「さくばく」パンチ
―― そのカネの貸し借り、投資物件の売り買いに「互いの心の通い合い」はなく、
そこに「真の商売の喜びや味わい」は存在せず、
自分が商売をする「心の価値」に自信など生まれなかったはず・・・
なんとも粗末の極み、愚かなことです。

さらには、
地銀の多くが人口減で貸し出し減に苦しむ中、
「異色の地銀」として注目された。
金融庁の森信親長官は昨年5月の講演で、
全国の地銀の収益率を並べたグラフで一つだけ飛び抜けた銀行を指し、
「これはスルガ銀行。他行が貸さないところに
 データ分析をして貸す
という特異なビジネスモデル。
 継続して高い収益率だ」と高く評価した。
森長官は講演の中で、
一部地銀の有価証券運用について苦言を呈した。
地銀の中には、運用体制がぜい弱で、投信を百億円単位で購入しても、
担当者が個別の投信について詳細を説明できないケースがあると指摘。
商品性を十分に理解しないまま投信を購入する背景には、
地銀と販売会社が接待などを通じて友好的な関係を築いていることがあるとし、
「(販売会社に)接待してもらって投信を購入することが、
 本当に預金者のためになっているか」と述べ、
運用体制の見直しが必要であるとの姿勢を示した。
スルガ銀行のように
戦略を工夫することで連続最高益を計上
する地銀も出てきている。
業界内では再編や大胆な提携が増えてきた。
あらゆる選択肢を視野に、生き残りの方策を模索する時期だ。

数字の背後にあるものを読み解かずに、結果の数字(高い収益率)を見て褒め称える爆弾
―― 他人の振り見て我が振り直せパンチ

じゃあ秘密を教えるよ。とてもかんたんなことだ。
ものごとはね、
心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは、目に見えない。

きみのバラをかけがえのないものにしたのは
きみが、バラのために費やした時間だったんだ
人間たちは、こういう真理を忘れてしまった。
でも、きみは忘れちゃいけない。
きみは、なつかせたもの、絆を結んだものには、永遠に責任を持つんだ。
きみは、きみのバラに、責任がある……
サン=テグジュペリ『星の王子さま』(河野万里子訳)

松下幸之助『道をひらく』より――
「自分の仕事」
どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、
世の中の人びとが求めているのでなければ、
その仕事は成り立つのではない。
人びとが街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、
靴磨きの商売も成り立つので、
さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。

だから、自分の仕事は、
自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、
ほんとうは世の中にやらせてもらっている世の中の仕事なのである。
ここに仕事の意義がある。

自分の仕事をああもしたい、こうもしたいと思うのは、
その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、
自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、
それはとらわれた野心となり小さな自己満足となる。


仕事が伸びるか伸びないかは、世の中が決めてくれる。
世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。

大切なことは、
世の中にやらせてもらっているこの仕事を、
誠実に、謙虚に、そして熱心にやることである。
世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。

おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
5千人の従業員に人事部は2人 [2018年05月15日(Tue)]
リカルド・セムラーのTED Talks(2014.10)
How to run a company with (almost) no rules


(06:12)And more,
even when we had thousands of people, 5,000 people,
we had two people in the H.R. department,
and thankfully one of them has retired. (Laughter)
And so,
the question we were asking was, how can we be taking care of people?
People are the only thing we have.
We can't have a department that runs after people and looks after people.

我が社は従業員が5千人いますが、
人事部は2人です
しかもありがたいことに、1人は定年退職しました。(笑)
従業員をどのようにケアすべきか検討しました。
人材はわが社の唯一の資産です。
従業員を追いかけまわして世話を焼く部署は置かないことにしました

(16:50)And so,
what we've done all of these years is very simple, is use the little tool,
which is ask three whys in a row.
Because the first why you always have a good answer for.
The second why, it starts getting difficult.
By the third why, you don't really know why you're doing what you're doing.

我われがやってきたことはとてもシンプルで、
続けて3回「なぜ」と問います
1回目のなぜには良い答えを出せるものです。
が、2回目のなぜから難しくなりはじめ、
3回目になると「自分がなぜそんなことをしているのか」わからなくなります。

―― たとえば、「なぜ」そのルール(規則による管理・監視)が必要なのか?
3回続けて問う「なぜ」「なぜ」「なぜ」
(※)常に「なぜ」と問い、しかも1回のなぜで「わかったつもり」にならない

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』より――
われわれの成功の秘訣は何か?
もし、われわれの活動の根底に戦略があるとすれば、それは、
どうしてなのか、その理由を問うことです。
常に質問する
いつでも、毎日、特定のことについて、連続して3回は質問するようにしています。
(…)
社員が絶えず質問を投げかけることで、
経営者サイドが脅威を感じる場合もあるでしょう。
しかし、質問することは、
アイデアの硬直や、丸暗記の回答をすべて捨てさせることにつながります。
社員は、自由に質問し、分析し、調査できなければなりません。
そして、会社側は、
社員の意見をしっかり聞く柔軟な態度を持たなければならないのです。
こうした習慣こそが、会社が長期に存続し、成長を遂げ、利益を生む秘訣です

「どうして?」と問うことは、子供がそうするように純粋なものであり、
本来あるべき姿なのです。
4歳の子供に何かを話して、その子供が「どうして?」と聞くと、
わたしは、おとなとしての回答をします。
すると、また子供は2回目の「どうして?」を投げかけます。
するとこちらは、少し返答に困ります。
そして3回目の「どうして?」をやられるときには、
その子にアイスクリームでも買い与える以外に、手立てがなくなってしまいます。
セムコ社のミーティングは、この「どうして?」を基本にしています。
われわれは、同じテーマについて、何度も何度も話し合いします

社員自らが働くことに価値を見出し
朝起きて仕事に出かけようとする意欲を持つことが、
唯一生産性を高める方法なのです。

リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

幸運は、努力と成功を追い求めた結果、訪れるものです。
重要なのは、その前の準備です。
そして、幸運が訪れたときに、すぐにそれをつかむことです。

宝くじは幸運とは違います。宝くじに当たるのは単なる偶然にすぎません
リカルド・セムラー『奇跡の経営(The Seven-Day Weekend)』

「毎日が週末」は、気楽なパラダイスとは次元が異なるひらめき
一人ひとりの社員が自律して(依存することなく)主となり、自他共に生きる

「随処作 立処皆真」臨済禅師
(ずいしょにしゅとなれば りっしょみなしんなり)

君が言うような数値目標を与えてアウト、セーフ等と言うのは
管理とは言わん。
そう言う行為は日本語では『監視』と言うんだ。
そういうくだらん事をせんでも
皆が目標に向かって
自発的に走るように仕組んでいく
事が
管理の本質だ。わかるか。

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
with (almost) no rules [2018年05月14日(Mon)]
週明け月曜の朝に晴れ

リカルド・セムラーのTED Talks(2014.10)
How to run a company with (almost) no rules


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
今も昔も変わらぬ普遍の真理を追究する [2018年05月12日(Sat)]
昨日の記事「素直な心で「なぜ」と問う」の続き――

大人もまた同じである。
日に新たであるためには、
いつも「なぜ」と問わねばならぬ
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、
「なぜ」と問うタネは随所にある。

それを見失って、
きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、
十年一日の如き形式に堕したとき、
その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる。
繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである。
「なぜ」/松下幸之助『道をひらく』

『稲盛和夫の実学』より――
「本質追究の原則」(追求や追及でなく「追究」)
物事の判断にあたっては、
つねにその本質にさかのぼること、
そして人間としての基本的なモラル、良心にもとづいて
何が正しいのかを基準として判断をする
ことがもっとも重要である。
27歳で初めて会社経営というものに直面して以来、現在に至るまで、
私はこのような考え方で経営を行ってきた。
(…)
経営の場において私はいわゆる戦略・戦術を考える前に
このように「人間として何が正しいのか」ということを判断のベースとして
まず考えるようにしているのである。

何事においても、
物事の本質にまでさかのぼろうとはせず、ただ常識とされていることにそのまま従えば
自分の責任で考えて判断する必要はなくなる
また、とりあえず人と同じことをする方が何かとさしさわりもないであろう。
たいして大きな問題でもないので、
ことさら突っ込んで考える必要もないと思うかもしれない。
しかし、このような考え方が経営者に少しでもあれば、
私の言う原理原則による経営にはならない。
どんな些細なことでも、原理原則までさかのぼって徹底して考える
それは大変な労力と苦しみをともなうかもしれない。しかし
誰から見ても普遍的に正しいことを判断基準にし続けることによって、
初めて真の意味で筋の通った経営が可能となる。


世間の「今こそ××」に惑わされることなく、「今も昔も変わらぬ普遍の真理」を追究ひらめき
―― その結果、世間の「今こそ××」に反応することなく「何を今さら××?」に

正常であれば、必ず成長する。
逆に成長していないのなら、何かがおかしい。

その言葉を私たちは重く受け止めるべきではないか。
柳井正『現実を視よ』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた来週四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
素直な心で「なぜ」と問う [2018年05月11日(Fri)]
昨日の記事「好奇心に蓋をせず、常に求めて踏み出す」の続き――

好奇心なくしたら 年取るだけ
魂はいつまでも 悪戯盛りと
誰かが 話しかける 草臥れた体に
若さは時間じゃなく 憧れる心
今 語りたいのは 過去のことより
たった今を生きてる 熱い生命のこと

HAPPY、HAPPY BIRTHDAY TO YOU
時よ 美しくあれ
HAPPY、HAPPY BIRTHDAY TO YOU
毎日が誕生日

BIRTHDAY (都はるみ)るんるん
歌詞 : 歌ネット


img38.jpg
毎日が新しく、毎日が門出、毎日が誕生日ひらめき
Every day is a new beginning.

常識や先入観に囚われて「自縄自縛」「無縄自縛」で否定(できない、やらない)
好奇心をなくして「無関心」で気づき得られず(最大の敵は隣人への無関心)
深く考えず「ご意見番、コメンテーター」でわかったつもり(実はわかってない)

隣人を自分と同じように愛せよ。
「マルコによる福音書」12章31節(バルバロ訳・聖書)

私たちの敵は無関心です(マザー・テレサ)
/ACジャパン


松下幸之助『道をひらく』より――
「なぜ」
こどもの心は素直である。
だからわからぬことがあればすぐに問う。「なぜ、なぜ」と。
こどもは一生懸命である。熱心である。
だから与えられた答えを、自分でも懸命に考える。
考えて納得がゆかなければ、どこまでも問いかえす。「なぜ、なぜ」と。
こどもの心には私心がないとらわれがない
いいものはいいし、わるいものはわるい。
だから思わぬものごとの本質をつくことがしばしばある。
こどもはこうして成長する。
「なぜ」と問うて、それを教えられて、
その教えを素直に自分で考えて、さらに「なぜ」と問いかえして、
そして日一日と成長してゆくのである。

大人もまた同じである。
日に新たであるためには、
いつも「なぜ」と問わねばならぬ
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、
「なぜ」と問うタネは随所にある。

それを見失って、
きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、
十年一日の如き形式に堕したとき、
その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる。

繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである

「素直な心」のない場合の弊害10ヶ条(松下幸之助)ひらめき
第1条 衆知が集まらない
第2条 固定停滞
第3条 目先の利害にとらわれる
第4条 感情にとらわれる
第5条 一面のみを見る
第6条 無理が生じやすい
第7条 治安の悪化
第8条 意思疎通が不十分
第9条 独善に陥りやすい
第10条 生産性が低下する
お互いが素直な心をもっていない場合には、
いろいろとムダや非能率な姿が多くなり、
生産性の向上というものは得がたくなるというか
むしろ逆に生産性の低下といった好ましくない姿も生じてくる
◆素直な心のない場合の弊害10ヶ条ひらめき
/PHP研究所


正常であれば、必ず成長する。
逆に成長していないのなら、何かがおかしい。

その言葉を私たちは重く受け止めるべきではないか。
柳井正『現実を視よ』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
好奇心に蓋をせず、常に求めて踏み出す [2018年05月10日(Thu)]
昨日の記事「決してくりかえしではない」の続き――

毎日が同じことのくりかえしのように思えることがある。
しかし、きのうよりはきょうの方が、
それだけの体験を深め、それだけ賢くなっているのである。
人生には、日とともに高まりはあっても、くりかえしはない。
くりかえしと思ったとき、進歩への道をみずから閉ざす。

くりかえしはないのである。
「春がきた」/松下幸之助『続・道をひらく』

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松下幸之助『思うまま』より――
「若さ」
若さとは、
常に何ものかを求めている姿をいうのだと思う。
自分の仕事の上で、
あるいは日常の生活の上で、
常に新しいものを求めてゆく、
そういう考え方なり態度が若さを生むというか、
ある意味では
それが若さそのものだといってもよいと思う。

年齢がたとえ百歳になったとしても、
常に求めるという考え方なり態度を失わないかぎり
若さもまた失われないと思うのである。


問われるのは、経営の生きる姿勢、人生の生きる姿勢、仕事の生きる姿勢、、、
守りに入ることなく攻める姿勢で「日に新た」に挑んでいるか
若さを失うことなく好奇心をもって常に何ものかを求めているか

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若宮正子『60歳を過ぎると、人生はどんどんおもしろくなります。』本の帯の裏面

好奇心なくしたら 年取るだけ
魂はいつまでも 悪戯盛りと
誰かが 話しかける 草臥れた体に
若さは時間じゃなく 憧れる心
今 語りたいのは 過去のことより
たった今を生きてる 熱い生命のこと

HAPPY、HAPPY BIRTHDAY TO YOU
時よ 美しくあれ
HAPPY、HAPPY BIRTHDAY TO YOU
毎日が誕生日

BIRTHDAY (都はるみ)るんるん
歌詞 : 歌ネット


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毎日が新しく、毎日が門出、毎日が誕生日ひらめき
Every day is a new beginning.

世間の常識や勝手な思い込みにとらわれて(自分で)自分の可能性を閉ざさない
 ――「自縄自縛」や「無縄自縛」から解き放す
物語は偶然の出逢いから始まる
 ――「無関心」では気づきは得られず、常日頃から高い関心をもつ(前向きな好奇心)
常に何ものかを求めて、一歩踏み出す
 ――「ご意見番、コメンテーター」では何も始まらず、何も変わらず、年取るだけ〜♪

正常であれば、必ず成長する。
逆に成長していないのなら、何かがおかしい。

その言葉を私たちは重く受け止めるべきではないか。
柳井正『現実を視よ』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
決してくりかえしではない [2018年05月09日(Wed)]
昨日の記事「フィボナッチ数列」の続き――

刻々に新しい考えを生み出し、
刻々に新しいやり方で事に処していく。
それが自然の理法に則した生成発展への道というものであり、
そこに人間としての真の歓喜というものがある。
その歓喜が失われたとき、
人の成長はとまり、社会の生成発展もとまる。
とまるだけならよいけれど、
とまるということはジリジリと崩壊するということである。
人にとっても社会にとっても、まさに危機と言えよう。
今まで通りではいけないのである。今まで通りに安住してはいけないのである。
思いを一新しなければならぬ。やり方を一変しなければならぬ。

「転機」/松下幸之助『続・道をひらく』

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「春がきた」
春がきた。
夏がきて秋がきて、冬がきてまた春がきた。
同じことのくりかえしのようにも見えるけれど
樹々は一まわり大きくなった。それぞれに、それだけ生長している
決して同じではない。くりかえしではない。

山にのぼる道が、ぐるりぐるりと山をまわっている。
東に行ったら西に行って、また同じ東の景が見えてきて、
同じところをぐるぐる回っているように思えるけれど
ぐるりとまわったら、一段も二段も高くなっている
決して同じ道のくりかえしではない。

毎日が同じことのくりかえしのように思えることがある。
しかし、きのうよりはきょうの方が
それだけの体験を深め、それだけ賢くなっているのである。
人生には、日とともに高まりはあっても、くりかえしはない。

世界の動きが、また同じくりかえしのように見えることがある。
しかし決してくりかえしではない。
さまざまの歴史の体験を経て
人類は一段一段、賢くなっているのである。
くりかえしと思ったとき、進歩への道をみずから閉ざす。
くりかえしはないのである。


くりかえしと思ったとき、進歩への道をみずから閉ざす。
くりかえしはないのである。


(※)フィボナッチ数列 ・・・ F0 = 0,F1 = 1,Fn+2 = Fn + Fn+1
0,1,1(0+1),2(1+1),3(1+2),5(2+3),8(3+5),13(5+8),
21(8+13),34(13+21),55(21+34),89(34+55),・・・
Fibonacci.jpg(別ウィンドウで表示)

201804.jpg
松下幸之助『思うまま』より――
「若さ」
若さとは、
常に何ものかを求めている姿をいうのだと思う。
自分の仕事の上で、
あるいは日常の生活の上で、
常に新しいものを求めてゆく、
そういう考え方なり態度が若さを生むというか、
ある意味では
それが若さそのものだといってもよいと思う。

年齢がたとえ百歳になったとしても、
常に求めるという考え方なり態度を失わないかぎり
若さもまた失われないと思うのである。


問われるのは、経営の生きる姿勢、人生の生きる姿勢、仕事の生きる姿勢、、、
守りに入ることなく、攻める姿勢で「日に新た」に挑んでいるか、
若さを失うことなく、好奇心をもって常に何ものかを求めているか、

正常であれば、必ず成長する。
逆に成長していないのなら、何かがおかしい。

その言葉を私たちは重く受け止めるべきではないか。
柳井正『現実を視よ』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
フィボナッチ数列 [2018年05月08日(Tue)]
昨日の記事「自社の採算向上を支える」の続き――

企業の会計にとって 
自社の採算向上を支えることは、
もっとも重大な使命である。

「使命」… 与えられた重大な任務。
土俵際に追いつめられてから勝負に出るのではなくて
まだ土俵までの余裕のあるうちに背水の陣を敷いて
採算の向上日夜努めてきました。

『稲盛和夫の実学』

「売上」や「利益」ではなく「採算」ひらめき
「集計」や「分析」ではなく「向上」ひらめき
「毎年」や「毎月」ではなく「日夜」ひらめき
20150420.jpg
日夜努めた採算向上の「成果」を「直線」でなく「指数曲線」にするひらめき

すでに過去のものとなった事実に対してこれからのアクションはとれない。
経営はあくまで「リアルタイム」で眼前の事実と渡りあわなければならない
(…)
だから、会計というものは、
経営の結果をあとから追いかけるためだけのものであってはならない。
いかに正確な決算処理がなされたとしても、遅すぎては何の手も打てなくなる。
会計データは現在の経営状態をシンプルにまたリアルタイムで伝えるものでなければ
経営者にとっては何の意味もないのである
『稲盛和夫の実学』

「前月」や「直近」ではなく「現在」ひらめき
「結果の後追い」ではなく「眼前の事実と渡り合う」ひらめき

松下幸之助『続・道をひらく』より――
「転機」
今までの考え通りで、
今までのやり方通りで、
それで事がすむならばよいけれど、
天地は日に新たであり、
人の営みもまた日に新たである。

だからほんとうは、
昨日の考えは、きょうは一新されていなければならないし、
きょうのやり方は、明日にはもう一変していなければならない

刻々に新しい考えを生み出し、
刻々に新しいやり方で事に処していく。

それが自然の理法に則した生成発展への道というものであり、
そこに人間としての真の歓喜というものがある

その歓喜が失われたとき、
人の成長はとまり、
社会の生成発展もとまる。
とまるだけならよいけれど、
とまるということはジリジリと崩壊するということである。
人にとっても社会にとっても、まさに危機と言えよう。

今まで通りではいけないのである。
今まで通りに安住してはいけないのである。
思いを一新しなければならぬ
やり方を一変しなければならぬ
日本も世界も、今日ただいまはそういうときなのである。
そういうきびしい転機に立っているのである。

危機とは転機の自覚のないことをいうのである。

危機感なきところ、成長なし。
松下幸之助『松翁論語』

昔ながらの考え、やり方を「十年一日」の如く守る
(→)人の成長はとまり、社会の生成発展もとまり、ジリジリと崩壊...末路哀れ爆弾

昨日より今日、今日より明日へと、考えを「一新」し、やり方を「一変」し、
常によりよきものを「新たに生み出す」生成発展ぴかぴか(新しい)

(※)フィボナッチ数列 ・・・ F0 = 0,F1 = 1,Fn+2 = Fn + Fn+1
0,1,1(0+1),2(1+1),3(1+2),5(2+3),8(3+5),13(5+8),
21(8+13),34(13+21),55(21+34),89(34+55),・・・
Fibonacci.jpg(別ウィンドウで表示)

正常であれば、必ず成長する。
逆に成長していないのなら、何かがおかしい。

その言葉を私たちは重く受け止めるべきではないか。
柳井正『現実を視よ』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
自社の採算向上を支える [2018年05月07日(Mon)]
企業の会計にとって 
自社の採算向上を支えることは、
もっとも重大な使命である。

『稲盛和夫の実学』
「使命」… 与えられた重大な任務。
「売上」や「利益」ではなく「採算」ひらめき
「集計」や「分析」ではなく「向上」ひらめき

土俵際に追いつめられてから勝負に出るのではなくて、
まだ土俵までの余裕のあるうちに背水の陣を敷いて、
採算の向上日夜努めてきました。

『稲盛和夫の実学』

「毎年」や「毎月」ではなく「日夜」ひらめき

毎日0.01の改善を30日積み重ねると、
1ヵ月後には
1+0.01+0.01+0.01+・・・+0.01=1+0.01×30日=1.30
そして月間の改善累計は
0.01+0.02+0.03+・・・+0.29+0.30=4.65月間0.30改善の15.5倍
20150420_2.jpg
さらに365日、毎日0.01の改善を積み重ねると、
1年後には
1+0.01+0.01+0.01+・・・+0.01=1+0.01×365日=4.65
そして年間の改善累計は
0.01+0.02+0.03+・・・+3.64+3.65=667.95年間3.65の改善の183倍


さらに、毎日0.01の改善の積み重ねを「足し算」でなく「累乗」で考えると、
1年後には
1×1.01×1.01×・・・×1.01 = (1×1.01)^365日=37.78になり、
足し算の1年後の 4.65に比して8倍ぴかぴか(新しい)
20150420.jpg
そして年間の改善累計は
0.01+0.0201+0.0303+・・・+36.41+36.78=3,350.13になり、
足し算の年間改善累計の667.95に比して5倍年間3.65の改善の918倍ぴかぴか(新しい)

ちなみに2年後には
(1×1.01)^365日^2年=1,427.58
3年後には
(1×1.01)^365日^3年=53,939.17

日夜努めた採算向上の「成果」を「直線」でなく「指数曲線」にするひらめき

すでに過去のものとなった事実に対してこれからのアクションはとれない。
経営はあくまで「リアルタイム」で眼前の事実と渡りあわなければならない
(…)
だから、会計というものは、
経営の結果をあとから追いかけるためだけのものであってはならない。
いかに正確な決算処理がなされたとしても、遅すぎては何の手も打てなくなる。
会計データは現在の経営状態をシンプルにまたリアルタイムで伝えるものでなければ
経営者にとっては何の意味もないのである
『稲盛和夫の実学』

「前月」や「直近」ではなく「現在」ひらめき
「結果の後追い」ではなく「眼前の事実と渡り合う」ひらめき

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
守りに入らず、攻める [2018年05月06日(Sun)]
昨日の記事「価格以上の値打ちを出して認めていただく」の続き――

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません

福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

人々が物をある価格で買うのは、
その品物にその価格以上の価値を認めるからである。
たとえば100円の価格の物なら
110円なり、120円の価値を認めるから、
100円の代金を支払って買う。
それを逆に物を供給している側から見れば、
110円なり120円の価値のある品物を100円で売るわけで
そこに奉仕ともいうべきものがあり
その奉仕に対する報酬として利益が与えられる
松下幸之助『実践経営哲学』

僕らは「安くしよう」と思っているわけではない。
僕らの頭にあるのは、
いつでも値打ちを出そうということ。
安さだけを追求していたら、いちばん大切な継続ができなくなって、
どこかで頭打ちになってしまう。そうなったら、どんどん質が下がってしまうし、
お客さんに喜んでもらえなくなり、社会に貢献できる企業ではなくなってしまう。
正垣泰彦/『40歳の教科書 親が子どものためにできること』より

【付加価値】商品にラブストーリーをつけることです。
小山昇『仕事ができる人の心得』

一生懸命モテる努力をせよ。
沢山の人間が喜んでくれるものを作る、これこそが売れる商品の根本。
横井軍平(伝説の開発者

大手に比べて、お金はないかもしれません。
仕入れ力も劣るかもしれません。顧客の数でもかないません。
では、顧客との関係ではどうでしょうか。
顧客一人ひとりの顔が見えること。より深く顧客を理解できること
小さな会社ならではの強さも、ちゃんとあるのです
顧客とのつながりだけは、大手にも負けていない。
それだけを拠り所にして、
ヤマグチは価格競争をやめました
価格は高いかもしれないけど、それだけしっかりサービスする。
この営業方針を理解してくれる顧客と付き合って
絆をどんどん深めていく
山口勉『なぜこの店では、テレビが2倍の値段でも売れるのか?』

無理に売るな、客の好むものも売るな、
客の為になるものを売れ

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

「無理に売る」・・・ サービスに非ず(押し売り)
「客の好むものを売る」・・・ 普通のサービス(かゆいところに手が届く)
「客の為になるものを売る」・・・ 攻めのサービス(かゆくなる前に手が届く)
―― 値段の差(価格)ではなく、サービスの違い(価値)を創り出す努力が利益を生むひらめき

私たちはお客様の声に耳を傾けます。しかし、聞くだけでは足りません。
心がけるのは何かを生み出すこと、
お客様が何を求めているかを予測し、
お客様がそれに気づく前に生み出すのです。
私たちの顧客主義は、自分たちができることを考えて動くのではなく、
お客様が何を求めているかを把握し、
その後で、どうやれば提供できるか、考えます。

ジェフ・ベゾス(アマゾン・CEO)

例えば、経理や財務の仕事、あるいは人事の仕事をやっていても
お客様と商品と売場、これがどういう関係になっているのか、
商品や売場は現状認識としてどうなっているのか、将来どうあるべきなのか、
また、自分としでは商品や売場にどのように貢献できるのか
ということを考えてもらわないと、その仕事はうまくいくはずがない。
つまり、全てはお客様のために仕事をやっているということ。
「23条の経営理念」/柳井正『一勝九敗』

サービスは相手を喜ばせるものであり、
そしてまたこちらにも喜びが生まれてこなければならないものである。
喜び喜ばれる姿の中にこそ真のサービスがあるといえよう。
お互いに、喜びをもってサービスにあたりたい。
躍動する心でサービスに専心したい。
真の商売がそこから芽生えてくる。
『松下幸之助・経営の真髄』

どうすれば心から喜んでもらえるか…「攻めの姿勢」で相手と向き合って仕事に取り組むひらめき

その企業が供給する物資なりサービスの中に含まれている
そうした(価格以上の値打ちを出して認めていただく)努力、奉仕が多ければ多いほど、
需要者や社会に対する貢献(企業の使命達成)の度合も大きく、
したがってまたその報酬としての利益も多いというのが原則だといえる。
松下幸之助『実践経営哲学』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
価格以上の値打ちを出して認めていただく [2018年05月05日(Sat)]
昨日の記事「価格以上の価値を認めていただく」の続き――

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません

福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

「労働時間」は見えるが、
その成果(アウトプット)である「仕事の価値」は見える人にしか見えない。
―― だから、どうする?

日本中、いや世界中の人々が、
本物の価値を見失って久しいように思えてならないのである。
なぜそうなったか。
それは、価値と価格の関係を混同してしまったからだ。
価値が高いから価格が高いのか。価格が高いから価値が高いのか。
そこには本末転倒が起きているのだ。
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

価格が安いから価値が低いのか、価値が低いから価格が安いのか、
一方で、価格が安くても価値が高い(価値は高いけど価格が安い)ものがあれば、
逆に、価格が高いけど価値は低い(価値は低いのに価格が高い)ものもある。
さらに、値段がつかない(つけられない)けど価値が高いものも(愛、幸せ、平和、…)

人々が物をある価格で買うのは、
その品物にその価格以上の価値を認めるからである。
たとえば100円の価格の物なら
110円なり、120円の価値を認めるから、
100円の代金を支払って買う。
それを逆に物を供給している側から見れば、
110円なり120円の価値のある品物を100円で売るわけで、
そこに奉仕ともいうべきものがあり、
その奉仕に対する報酬として利益が与えられる。
松下幸之助『実践経営哲学』

「おねだん以上」の価値ニトリ

僕らは「安くしよう」と思っているわけではない。
僕らの頭にあるのは、
いつでも「値打ちを出そう」ということ。
安さだけを追求していたら、いちばん大切な継続ができなくなって、
どこかで頭打ちになってしまう
そうなったら、どんどん質が下がってしまうし、
お客さんに喜んでもらえなくなり、社会に貢献できる企業ではなくなってしまう

正垣泰彦/『40歳の教科書 親が子どものためにできること』より

君たちは、物を販売しているんやないやろうな。
物に、お添え物をせんとあかんで。お添え物、それはプラスα や。
お添え物をプラスして初めて商品になるんや
物には値段がつく。しかし、商品には価値がある
だから、商品の値段は価格と言うんだ。値段と価格は違う。
そのお添え物、プラスαというのは、魂や。
この魂を君らは物に添えて売ってるか!
商品を売ってるか!
君たちは物だけを売っているんやないやろうな
商品を売るから、商売というものがあるんだ
(松下幸之助)

【付加価値】商品にラブストーリーをつけることです。
小山昇『仕事ができる人の心得』

その企業が供給する物資なりサービスの中に含まれている
そうした(価格以上の値打ちを出して認めていただく)努力、奉仕が多ければ多いほど、
需要者や社会に対する貢献(企業の使命達成)の度合も大きく、
したがってまたその報酬としての利益も多いというのが原則だといえる。
松下幸之助『実践経営哲学』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
「お、ねだん以上。」の価値を。 [2018年05月04日(Fri)]
昨日の記事「価値は見える人にしか見えない」の続き――

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません

福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

「労働時間」は見えるが、
その成果(アウトプット)である「仕事の価値」は見える人にしか見えない。
―― だから、どうする?

日本中、いや世界中の人々が、
本物の価値を見失って久しいように思えてならないのである。
なぜそうなったか。
それは、価値と価格の関係を混同してしまったからだ。
価値が高いから価格が高いのか。価格が高いから価値が高いのか。
そこには本末転倒が起きているのだ。
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

価格が安いから価値が低いのか、価値が低いから価格が安いのか、
一方で、価格が安くても価値が高い(価値は高いけど価格が安い)ものがあれば、
逆に、価格が高いけど価値は低い(価値は低いのに価格が高い)ものもある。
さらに、値段がつかない(つけられない)けど価値が高いものも(愛、幸せ、平和、…)

北御堂さんの今月のことば――
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形によらねばわからぬが
形だけをみていては本当のことを見失う

形を価格に変えて
価格によらねばわからぬが
価格だけをみていては本当の価値を見失う

松下幸之助『実践経営哲学』の「利益は報酬であること」より――
企業の利益というと、
それを何か好ましくないもののように考える傾向が一部にある。
しかし、そういう考え方は正しくない。
もちろん、利益追求をもって企業の至上の目的と考えて、
そのために本来の使命を見忘れ、
目的のためには手段を選ばないというような姿があれば、
それは許されないことである。

けれども、その事業を通じて社会に貢献するという使命と
適正な利益というものは決して相反するものではない

そうでなく、その使命を遂行し
社会に貢献した報酬として社会から与えられるのが
適正利益
だと考えられるのである。

それはこういうことである。
人々が物をある価格で買うのは
その品物にその価格以上の価値を認めるからである

たとえば100円の価格の物なら110円なり、120円の価値を認めるから
100円の代金を支払って買うのであって、
80円なり90円の価値しかない物に100円を出すということは、
特別な事情でもあればともかく、原則としてはしないものである。
それを逆に物を供給している側から見れば、
110円なり120円の価値のある品物を100円で売るわけで
そこに奉仕ともいうべきものがあるといえる。
その奉仕に対する報酬として利益が与えられるのである。
120円の価値のある製品をいろいろ努力して90円の原価でつくり、
それを100円で供給する。そういう努力、奉仕に対する報酬がこの場合、
10円の利益として買手から与えられるということである。
だから、その企業が供給する物資なりサービスの中に含まれている
そうした努力、奉仕が多ければ多いほど、
需要者や社会に対する貢献の度合も大きく、
したがってまたその報酬としての利益も多い
というのが原則だといえる。
(…)
本質的には利益というものは
企業の使命達成に対する報酬としてこれを見なくてはならない。
だから 「利益なき経営」はそれだけ社会に対する貢献が少なく
その本来の使命を果たし得ていないという見方もできるといえよう。

「おねだん以上」の価値ニトリ

課長、部長、社長も、包丁、盲腸、脱腸と同じだ。
要するに符丁なんだ。
命令系統をハッキリさせるために符丁があるんで、
人間の価値とはまったく関係ない。
人間の偉さというのは、
いかに世の中に奉仕したかということだ。
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
価値は見える人にしか見えない [2018年05月03日(Thu)]
昨日の記事「昼間の星は見えない」の続き――

北御堂さんの今月のことば――
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形によらねばわからぬが
形だけをみていては本当のことを見失う

形を数字に変えて
数字によらねばわからぬが
数字だけをみていては本当のことを見失う

――「目に見えない世界」の存在
そして見失う「本当のこと」とは?

「昼間の星」は見えなくとも、
だからといって存在しないわけではなく、確かにそこにある。
数字やデータに表れない情報、世界の本質に
もっと目を向けるべきなのだ
みんなはデータにできるいくつかの指標を後生大事に、
忙しい中それだけを見ている。
世の中にはデータにできない大切なことがいっぱいある。
データに換算できない、見えないものを見る力が求められている
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

数字やデータに「見える化」して、見えないものが見えたつもりで経営の舵取り爆弾
―― まるでアンデルセン童話の「はだかの王様」

一つひとつの「数字」について、その背後や相互のつながりを意識するようになると、
世の中には数値化(見える化)できない大切なものが多くあることに気づかされる。

「想像」… ここにあるものを手がかりに、ここにないものを想うこと(鷲田清一)
現実を直視し(目をそらさず、真正面から向き合い)、
目に見えないものを見る。耳をすまし、耳を傾けて、声なき声を聴く

「砂漠って、美しいね」
王子さまが、ぽつりと言いたした。
そしてそれは、ほんとうだった。僕はずっと、砂漠が好きだった。
なだらかな砂の丘にすわれば、
あたり一面、なにも見えない。なにも聞こえない
それでもその静寂のなかで、なにかがひっそり光っている……
こうして今見ているものも、表面の部分でしかないんだ。
いちばん大事なものは、目には見えない
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません

福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

「労働時間」は見えるが、
その成果(アウトプット)である「仕事の価値」は見える人にしか見えない。
―― だから、どうする?

日本中、いや世界中の人々が、
本物の価値を見失って久しいように思えてならないのである。
なぜそうなったか。
それは、価値と価格の関係を混同してしまったからだ。
価値が高いから価格が高いのか。価格が高いから価値が高いのか。
そこには本末転倒が起きているのだ。
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

価格が安いから価値が低いのか、価値が低いから価格が安いのか、
一方で、価格が安くても価値が高い(価値は高いけど価格が安い)ものがあれば、
逆に、価格が高いけど価値は低い(価値は低いのに価格が高い)ものもある。
さらに、値段がつかない(つけられない)けど価値が高いものも(愛、幸せ、平和、…)

形を価格に変えて
価格によらねばわからぬが
価格だけをみていては本当の価値を見失う

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
昼間の星は見えない [2018年05月02日(Wed)]
北御堂さんの今月のことば――
IMG_0215.jpg
形によらねばわからぬが
形だけをみていては本当のことを見失う

形を数字に変えて
数字によらねばわからぬが
数字だけをみていては本当のことを見失う

――「目に見えない世界」の存在
そして見失う「本当のこと」とは?

福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』より――
あるとき、会社の物故者の法要のために出向いたお寺の掲示板で、
「昼間の星は見えない」
という言葉を見つけ、心に響いた。
(…)
昼間の星は見えなくとも、
だからといって存在しないわけではなく、確かにそこにある。

経済活動においても、見えない存在があることを
つねに念頭に置いていることが大切ではないだろうか
数字やデータに表れない情報、世界の本質に、
私たちは、もっと目を向けるべきなのだ。

みんなはデータにできるいくつかの指標を後生大事に
忙しい中それだけを見ている
しかし世の中には
データにできない大切なことがいっぱいある
のだ。
人生にも、データに換算できない、見えないものを見る力が求められている
そして、美しさ、美意識のようなものも求められている
これからの時代、
100メートルをいかに速く走るかよりも、
いかに美しく走るかが重要になってくるのだ。

その意識は、社会のサステナビリティにもつながる

数字やデータに「見える化」して、見えないものが見えたつもりで経営の舵取り爆弾
―― まるでアンデルセン童話の「はだかの王様」

いかに美しく走るか、いかに美しく生きるか、
美しい走り、美しい合気道、美しい人生、美しい経営、、、風の中のすばる〜るんるん

サン=テグジュペリ『星の王子さま』(河野万里子・訳)より――
「きみはごちゃ混ぜにしている……
 大事なこともそうでないことも、いっしょくたにしてる!
王子さまは、本気で怒っていた。
「ぼく、まっ赤な顔のおじさんがいる星に、行ったことがある。
おじさんは、一度も花の香りをかいだことがなかった。
星を見たこともなかった。誰も愛したことがなかった。
たし算以外は、なにもしたことがなかった。
一日じゅう、きみみたいにくり返してた。
『大事なことで忙しい! 私は有能な人間だから!』
そうしてふんぞり返ってた。
でもそんなのは人間じゃない。キノコだ!

求められるのは、見えないものを数字やデータで「見える化」することではなく、
見えないものを「見る力」―― 数字やデータの背後を読み解く知恵や感性

ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは、目に見えない。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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