CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
ようおこし (^_^)
ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
道しるべ★カテゴリー
Google

WWW このブログ
<< 2017年03月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最新の記事
最新のコメント
宮 直史
宮ゼミ、本日スタート (06/12) 宮崎 勇気
宮ゼミ、本日スタート (06/11) 宮 直史
フルマラソンデビュー戦、完走! (11/02)
http://blog.canpan.info/miya38ts/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/miya38ts/index2_0.xml
■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが、 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と岡崎さんも特別招待を受けられました。

岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。
その最後の部分をご紹介します。

そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。
しかも、たて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。確かに一理あります。一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して…位置情報
2009年3月吉日
 
虚心坦懐、すべてに学び、すべてを力に変える [2017年03月30日(Thu)]

「日に新た」であるためには、
いつも「なぜ」と問わねばならぬ。
そしてその答を、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく、熱心で一生懸命ならば、
「なぜ」と問うタネは随処にある。
それを見失って、
きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、
十年一日の如き形式に堕したとき、
その人の進歩はとまる。社会の進歩もとまる。
繁栄は「なぜ」と問うところから生まれてくるのである。

松下幸之助『道をひらく』

「虚心坦懐」
 ―― 常識や過去の経験など先入観に囚われず、「素直な心」ですべてに学ぶぴかぴか(新しい)

私たちはすべてのことから学べる。
悪からも善からも、実からも虚からもおそらく学べる。 
狭い見方が敵なのである。

曽野綾子『それぞれの山頂物語』


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
挑み続ける [2017年03月29日(Wed)]

次の目標は105〜109歳の部で新たな世界記録を出すこと。
「もちろん、その時まで泳ぐね。生きちょったらな」。おちゃめに笑った。

2014年に放映されたNHKの番組(為せば成る−挑み続ける“100歳スイマー”)で、
当時100歳の長岡さんの挑み続ける姿に感動しました。
生まれて初めてプールに入ったのが80歳
見よう見まねの背泳ぎで25m泳げるようになるまで1年、
84歳で日本記録を出し、87歳から2年に一度の世界大会に出場。
90歳になる年に銀メダル3個を取るも
「金を取りたい」と翌年からコーチの指導を受け、
95歳になる年に200m背泳ぎで自身初の世界記録を達成。
100歳で1500mを世界初の完泳

そして今、102歳で更なる高みを目指して挑み続けておられる。
先日(3/22)の朝日新聞で長岡さんの記事を読み、言い訳てんこ盛りのわが身を反省です。

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない

――坂村真民さんが好きなゲーテの言葉――

mampo.jpg

「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もあるせまい時もあるのぼりもあればくだりもある
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道
ともかくもこの道を休まず歩むことである
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ
心を定め、懸命に歩まねばならぬ


それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる
深い喜びも生まれてくる

s-20110415.jpg
松下さんの創業の地・大開/2011.4.15

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
すべてを力に変える [2017年03月28日(Tue)]
先日の日曜日(3/26)、淀川国際ハーフマラソンに出走あせあせ(飛び散る汗)
20170326-1.jpg

有森裕子さん代表の国際協力NPOハート・オブ・ゴールド(HEART OF GOLD)を支援する大会
20170326-2.jpg

20170326-3.jpg
高石ともやさん(理事)、有森裕子さん(代表理事)

私にとって3年連続の出走、
スロージョギングと出逢って走り始めて4年経ちませんから皆勤賞ですぴかぴか(新しい)

走り終えた自分へのご褒美るんるん
20170326.jpg「すべてを力に」

有森さんのように「自分をほめる」努力をしていないわが身を反省し、
いつの日か「自分をほめる」ために努力し続けるエネルギー源ですひらめき

一昨年(2015.3.21)
P1030730.jpg
淀川国際ハーフマラソン、完走♪/2015.3.21

この年、走り終えて有森さんのサイン会に並んだ時に
伴走犬クレアちゃんとの出逢いがきっかけで「伴走」に関心を持ちました。
P1030724.jpg


そしてフルマラソンを完走したのを機に「長居わーわーず」の伴走練習会に参加し、
昨年のこの大会(2016.3.20)で伴走デビューぴかぴか(新しい)
20160320.jpg
伴走デビュー♪/2016.3.20

ご縁に感謝exclamation×2
「すべてを力に」(有森裕子)


この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
心を定め、休まず歩き続ける [2017年03月27日(Mon)]
(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

助け合っていくということは、みなが実力を持つことです。
みなが助け合うということは、
お互いが実力を持つことをお互いに助け合うということです。
実力をなくした者を助け合うというようなことじゃない。
実力を持つようにお互い助け合いをする
これが、私は「共存共栄」だと思うのですね。
これでなくては世の中はうまくいかないと思います。
みんながそれぞれの職責を全うして、自分の仕事をやっていこうという場合にこそ
その実力の上に共存共栄の花が咲くと私は思いますね。
松下幸之助・1964(昭和39)年

ビジネスの役割は利益をあげることだと言うのは、
人間の役割は食事や呼吸をすることだと言うのと同じく無意味です。
損失を出す会社と同様、食事をとらない人間は死を迎えます
だからといって、人生の目的は食べることだということにはなりません
利益は生存に必要な条件ですが、
企業の目的は社会全体の利益に貢献することです。
『ダライ・ラマのビジネス入門』

<世間八法>
誰かに批判されて悩む
誰かに賞賛されて有頂天になる

失敗して落ち込む
成功して喜ぶ

貧しくなって失意の底に沈む。
財をなしてしあわせだと思う。

人に認められてもらえずに鬱々とする。
名を立てて満足する。

これに対して、ダライ・ラマ法王は
――四つの対句はいずれも自然なことに思えます。
しかし、心の訓練を積んだ人にとって、これらは間違った反応です
賞賛されても、批判されても、感情を交えずに、その真の意味を評価するべきです。
正しい目的または動機は、批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから
『ダライ・ラマのビジネス入門』“THE LEADER'S WAY”

matsushita_13.jpg
 自分では確かにこの道が正しいと
 思ったことなのに、
 なお「他の人に何か言われはしないか」と
 気に病んで、
 足踏みしていることはないか。
 むろん独断に陥ってはならないが、
 一方で、他人の眼にとらわれず、
 自らの信じた道を歩む強さを持ちたい。


  Ask advice,
 but do what you think is right.


松下幸之助日々のことば「道をひらく」より

松下幸之助『道をひらく』より――
「素直に生きる」
逆境――それはその人に与えられた尊い試練であり、
この境涯に鍛えられてきた人はまことに強靭である。
古来、偉大なる人は、逆境にもまれながらも、
不屈の精神で生き抜いてきた経験を数多く持っている。

まことに逆境は尊い。だか、これを尊ぶあまりに、これにとらわれ、
逆境でなければ人間が完成しないと思い込むことは、一種の偏見ではなかろうか。
逆境は尊い。しかしまた順境も尊い。
要は逆境であれ、順境であれ、
その与えられた境涯に素直に生きることである。
謙虚の心を忘れぬことである。

素直さを失ったとき、逆境は卑屈を生み、順境は自惚れを生む。
逆境、順境そのいずれをも問わぬ
それはそのときのその人に与えられた一つの運命である
ただその境涯に素直に生きるがよい

素直さは人を強く正しく聡明にする
逆境に素直に生き抜いてきた人、順境に素直に伸びてきた人
その道程は異なっても、同じ強さと正しさと聡明さを持つ
おたがいに、とらわれることなく、甘えることなく
素直にその境涯に生きてゆきたいものである


「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もあるせまい時もあるのぼりもあればくだりもある
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道
ともかくもこの道を休まず歩むことである
自分だけしか歩めない大事な道ではないか
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか

他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、
道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ
心を定め、懸命に歩まねばならぬ

それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる
深い喜びも生まれてくる
s-20110415.jpg
松下さんの創業の地・大開/2011.4.15

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
自分は正しい道を行く [2017年03月26日(Sun)]
中之島の公会堂(大阪市中央公会堂)
20170319_2.jpg
2017.3.19
s-20110917.jpg
2011.9.17
―― 1911年、北浜の株式仲買人だった岩本栄之助さんが、
父親の遺産50万円に自分の手持ち財産を加えた100万円を大阪市に寄付。
今の価値なら数十億円という多額の寄附の使い道について、
母親の「誰にでも使ってもらえるものを」というアドバイスにより、
この公会堂の建設が選ばれました。

中之島の最寄り駅「淀屋橋」
20170319_1.jpg 淀屋の屋敷跡/2017.3.19

吹けば飛ぶよ〜な 将棋の駒に、賭けた命を 笑わば笑え
うまれ浪花の 八百八橋、月も知ってる 俺らの意気地
るんるん
(『王将』作詞:西條八十、作曲:船村徹、唱:村田英雄)

―― 浪華の八百八橋
江戸時代の大坂には200橋ほど架けられていましたが、
そのうち幕府が架けた橋(公儀橋)はわずか12(江戸は350橋のうち半分が公儀橋)。
大坂の街に架かる橋のほとんどは、橋近隣の町人や力ある商人(あきんど)たちが、
自分たちの暮らしや商いのために身銭を切って架けたもの(町橋)でした。

大阪の橋といえば、忘れてはならないのが「梅田の歩道橋」(梅田新歩道橋)
JR大阪駅と阪急、阪神の2つの百貨店をL字型で結ぶ大阪駅前の歩道橋は、
東京オリンピックの時に交通事故防止を願う松下幸之助さんの寄進で架けられたものです。

今は残っていませんが、かつて大阪駅の西口にも歩道橋がありました(梅田歩道橋)。
松下さんが寄付された前年の1963年に、大和ハウスさんの寄附で架けられました。

お上に頼らず、お上を当てにせず、「自主自立」こそが大阪の商人の心意気ぴかぴか(新しい)
そして誇りだったはずなのに……何か違う、何かおかしい……これでいいのかパンチ


(まこと)の商人は、
先も立ち、我も立つことを思うなり

(石田梅岩)

助け合っていくということは、みなが実力を持つことです。
みなが助け合うということは、
お互いが実力を持つことをお互いに助け合うということです。
実力をなくした者を助け合うというようなことじゃない。
実力を持つようにお互い助け合いをする
これが、私は「共存共栄」だと思うのですね。
これでなくては世の中はうまくいかないと思います。
みんながそれぞれの職責を全うして、自分の仕事をやっていこうという場合にこそ
その実力の上に共存共栄の花が咲くと私は思いますね。
松下幸之助・1964(昭和39)年

ビジネスの役割は利益をあげることだと言うのは、
人間の役割は食事や呼吸をすることだと言うのと同じく無意味です。
損失を出す会社と同様、食事をとらない人間は死を迎えます
だからといって、人生の目的は食べることだということにはなりません
利益は生存に必要な条件ですが、
企業の目的は社会全体の利益に貢献することです。
『ダライ・ラマのビジネス入門』

<世間八法>
誰かに批判されて悩む
誰かに賞賛されて有頂天になる

失敗して落ち込む
成功して喜ぶ

貧しくなって失意の底に沈む。
財をなしてしあわせだと思う。

人に認められてもらえずに鬱々とする。
名を立てて満足する。

これに対して、ダライ・ラマ法王は
――四つの対句はいずれも自然なことに思えます。
しかし、心の訓練を積んだ人にとって、これらは間違った反応です
賞賛されても、批判されても、感情を交えずに、その真の意味を評価するべきです。
正しい目的または動機は、批判や賞賛を避けたりはしません
正しいことをするのが目的なのですから
『ダライ・ラマのビジネス入門』“THE LEADER'S WAY”

matsushita_13.jpg
 自分では確かにこの道が正しいと
 思ったことなのに、
 なお「他の人に何か言われはしないか」と
 気に病んで、
 足踏みしていることはないか。
 むろん独断に陥ってはならないが、
 一方で、他人の眼にとらわれず、
 自らの信じた道を歩む強さを持ちたい。


  Ask advice,
 but do what you think is right.


松下幸之助日々のことば「道をひらく」より

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
遍路姿のかかし(神山町阿川地区) [2017年03月25日(Sat)]
先週の遍路の道中足跡
12番札所の焼山寺から玉ヶ峠越えで神山町阿川地区に下ると、街のあちらこちらにかかし。
かかしは皆それぞれによくできているのですが、
その佇まいがあまりにリアルすぎて、街の中に人の気配を感じないのが気になりました。

街を通り過ぎ、再び遍路道を歩いていると、畑の横で休んでおられる遍路姿の親子連れ。
挨拶して通り過ぎようと思ったら、、、かかしでしたるんるん
20170317_2.jpg

ほんまによくできてて、菅笠に白衣、頭陀袋、輪袈裟、
さらに靴はアシックスだし、パンツはもしかしてモンベルかも?
見事なかかしに思わず微笑んで足を止め、私も一息入れて元気復活ですぴかぴか(新しい)

この遍路姿のかかし、歩いている時には親子連れの遍路と思っていましたが、
もしかすると、しんちゃん(私が勝手に名づけ)は遍路姿でないので
お遍路さんにお接待しているのかもしれません。
昨日のブログの記事を書いているときに気づきました。

しんちゃんが、お遍路さんに缶入り飲料をお接待して、
お遍路さんと缶入り飲料を分かち合っている?
「親子連れのお遍路さん」ではなく「お接待を受けるお遍路さん」かもです。

そして、この案山子のおかげで一休みして元気復活したのですから
私も、このかかしにお接待していただいたということで、
となると、このかかしの主役は、お接待しているしんちゃんかも(と勝手な憶測です)
――「喜びのタネまき」で「分かち合う」

May I help you?(お接待させてください)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
喜びのタネをまき続け、分かち合う [2017年03月24日(Fri)]

一日一日と今日こそは
あなたの人生が(わたしの人生が)
新しく生まれ変わるチャンスです

自分に対しては
損と得とあらば損の道をゆくこと

他人に対しては
喜びのタネまきをすること

我も他も(わたしもあなたも)
物心共に豊かになり(物も心も豊かになり)
生きがいのある世の中にすること


合掌
ありがとうございました


May I help you?(お接待させてください)

20170317_2.jpg 喜びのタネをまき、分かち合うるんるん
遍路姿のかかし(神山町阿川地区)
20170316_4.jpg 20170318_2.jpg
三日間の歩き遍路、色々とお接待を受けましたぴかぴか(新しい)
20170318_3.jpg
恩山寺(18番札所)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
四国遍路のお接待 [2017年03月23日(Thu)]
先週は木曜から土曜まで四国巡礼の旅(3/16〜18)
3日間で1番札所から18番札所まで歩き遍路、
別格霊場2ヶ寺を含む20ヶ寺をお参りさせていただきました。

遍路の道中、手渡しのお接待を受けました。
初日、5番札所の地蔵寺から別格霊場1番札所の大山寺に向かって歩いていると、
クルマに乗ったおじいさんがわざわざ車を停めてお菓子を手渡ししてくださいました。
20170316_4.jpg

遍路の道中でのお接待は、私に対するものではなく、
「同行二人」のお大師様へのお接待と解していますので、
次の札所の大師堂でお供えしてご報告させていただいてから
一期一会の出逢いに心から感謝して頂戴するようにしています。

別格霊場1番札所の大山寺の納経所では、
「歩きですか?」と尋ねられてオロナミンを頂戴しました。
20170316_5.jpgお心づくしのお接待で元気ハツラツるんるん

通りすがりに出逢う人たちや自転車で通学する子どもたちからの
「頑張ってください」のお声がけも有難いものです。

3日目、18番札所の恩山寺に向かうため徳島市内の園瀬川の堤防を歩いていたとき、
自転車に乗ったおじさん(おそらく私より年上)がわざわざ自転車を停めて
「道わかりますか?」と親切に道を教えてくださった上に、飴を頂戴しました。
20170318_2.jpg
次の札所の恩山寺で大師堂にお供えさせていただいてから有難く頂戴しました。

10年前の前回(私にとって初めての歩き遍路)で初めて手渡しのお接待を受けたのが、
この恩山寺に向かう登り坂でした。
区切り打ちの第二幕(2007.8)、阿波踊りが終わった徳島から歩いてきたのですが、
お寺の駐車場から下りてきた車を下り坂でわざわざ停めて降りられ、
後方の扉を開けてパンと牛乳を出して「頑張ってください」とお接待くださいました。
助手席には奥様が乗っておられたのでご夫婦で巡礼かと思ったら、
後部座席に障がいをお持ちのお子さんがおられてご一緒に巡礼されているとのこと。
私にとって初めての手渡しのお接待で、手を合わせてご家族のお車を見送るとともに、
次の札所の恩山寺でご家族のお幸せを心からお祈りさせていただきました。
前回の区切り打ちの第一幕(1〜17番)では自分が歩くことで精一杯でしたが、
この出来事をきっかけに私の四国巡礼の旅は変わりました

そんなこともあって、今回の区切り打ちの第一幕は18番の恩山寺が目標でした。
お接待との一期一会の出逢いに私の心は洗われ、生きる力を頂戴し、心から感謝ですぴかぴか(新しい)

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
ただ歩く。四国遍路(2-1) [2017年03月22日(Wed)]
先週水曜日(3/15)、所得税確定申告の仕事に区切りをつけてバスで徳島へ...

「同行二人」の四国巡礼の旅、私にとって二度目です。
前回は50歳を機に区切り打ちで歩き遍路を始め(2007年2月)、
翌年のお盆に結願しました(2008年8月)。
あれから10年、還暦を迎えて再び歩いてみようと...足跡

3/16(木)
20170316_1.jpg
徳島駅の2番線(6:11発)
20170316_2.jpg

20170316_3.jpg
板東駅(6:29着)
20170316_6.jpg
大山寺(別格霊場1番札所)
今回は八十八ヶ寺とともに別格二十霊場に巡礼
20170316_7.jpg
熊谷寺(8番札所)の参道
hajimeteno_henro.jpg
「初めての歩き遍路」

金泉寺(3番札所)の納経所で頂戴した歩き遍路ハンドブック、
今宵の宿の選択など遍路の道中でとても有用でした。
3/17(金)
20170317_1.jpg
鴨島の遍路道、昇る朝日に鶏も鳴きます。
20170317_2.jpg
遍路姿のかかし(神山町阿川地区)
20170317_3.jpg
童学寺(別格霊場2番札所)の山門
3/18(土)
20170318_1.jpg
常楽寺(14番札所)の境内
20170316_4.jpg 20170318_2.jpg
三日間の歩き遍路、色々とお接待を受けました。
20170318_3.jpg
恩山寺(18番札所)

10年前の前回(私にとって初めての歩き遍路)と比べて
―― 10年前の私に走る選択はありませんでしたし、
札所では周りを気にして、お経を唱えるのもぼそぼそ、もぐもぐで心ここにあらず。
あれから10年が経ち、札所では周りを気にすることなくお経を唱え、
そして札所と札所の間はスロージョギングで季節の風を感じながらマラニックるんるん

一期一会の出逢いに私の心は洗われ、生きる力を頂戴した3日間の歩き遍路でしたぴかぴか(新しい)

(3/16)1〜2〜3〜4〜5〜@〜6〜7〜8〜9〜10〜チャンネルカンさんに宿泊
(3/17)〜11〜12〜A〜松の家旅館さんに宿泊
(3/18)〜17〜16〜15〜14〜13〜18
次回はGWあたりで、一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
正しく反省して努力を積み重ね、待つ [2017年03月21日(Tue)]
matsushita_20.jpg
 いい考えを持ち、
 真剣に努力を重ねても、
 なかなか世間に認められないときがある。
 そんなときには、ともすると
 世間は間違っている、冷たいと思いがち。
 しかしそれでは、みずからの向上は望めない。
 世間は長い目で見れば正しく暖かい。
 そう肝に銘じつつ、
 精一杯の努力を重ねたい。


  The public knows what it wants.

松下幸之助日々のことば「道をひらく」より

本田宗一郎『俺の考え』より――
「失敗は成功のもと」というたとえがあるが、
ほんとうに失敗を成功のもとにする人は何人あるか。
これは正しい理論を用いて反省する人にのみ与えられたる権利だと思う。
ただ単に進退伺いを出したりするような人には
絶対に、失敗が成功のもとになる資格はないはずだと私は心得ている。
「果報は寝て待て」ということわざがあるが、
あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ。
いくら反省しても運賦天賦ということがあるが、
よく反省して待つことがわれわれの問題だと思う。

松下幸之助『商売心得帖』より――
「世間は正しい」
日々の商売を力強く進めていくために大事なことの一つは、
いわゆる世間というものを信頼することだと思います。
世間とはいったいどういうものであるかということについては、
人によっていろいろの見方がありましょうが、
私は、それは基本的にいって、いつも正しいものであり、
世間の見るところは常に健全だと考えています。
もし、世間の目が誤っているということであれば、
たとえ自分がいかに正しいことをしていても、
受け入れてもらえないかもしれません。
それでは商売を進めていくについていろいろ不安が生まれてくるでしょうし、
思い切って商売に打ち込むということもできなくなってきます。
しかし、ありがたいことに、世の中というものは、
こちらが間違ったこと、見当はずれのことをやらないかぎり、
必ず受け入れ、支持してくださるものだといえましょう。
このことは、私自身、
これまでのさまざまな体験を通じて、身にしみて味わってきました。
だから正しいことさえしていれば、ということで、基本的には安心しています。
つまり
「正しい仕事をしておれば悩みは起こらない。
 悩みがあれば自分のやり方を変えればよい。
 世間の見方は正しいのだ。
 だからこの正しい世間とともに懸命に仕事をしていこう」

と考えているわけです。
そこにおのずと力強さというものが加わってくるような気がするのです。
もちろん、個々の場合について見れば
誤った判断、誤った処遇をされることがあると思います。
いい考えをもち、真剣な努力を重ねても、
なかなかこれが世間に認められないときもありましよう。
しかし、長い目でみれば、やはり世間は正しく、
信頼を寄せるべきもの
だと考えていいと思います。
そう考えるところに、大きな安心感が生まれ
いたずらに動揺することなく
日々の商売に力いっぱい打ち込んでいける
のではないかと思うのです。
これは規模の大小を問わず、
商売を営む場合すべてに共通して言えることだと思いますが、いかがでしょうか。

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります

「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

感性的な悩みをしない
「六つの精進」/稲盛和夫


20170320_1.jpg 2017.3.20カメラ

20170320_2.jpg

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
その日その日のつとめを堅実に果たす [2017年03月15日(Wed)]
img201.jpg
楽に、しかも早く成功したいと考えるのは
人情の一面であろう。
しかし、ありそうで滅多にないのが
「濡れ手で粟」ということである。
やはり、一歩一歩、慌てず怠らず、
日々努力を重ねていく
ことが、
結局は大きな成果に結びつく

物事をなし遂げるのに
安易な道はない
のである。


 The road to success is
 traveled one step at a time.


松下幸之助日々のことば「道をひらく」より


The first story is about connecting the dots.
(…)
You can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something ― your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.

まずは、点と点をつなげる、ということです。
(…)
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々は
いまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶと信じるしかない

運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。

Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.

「ハングリーであれ。愚か者であれ」ジョブズ氏スピーチ全訳メモ
米スタンフォード大卒業式(2005年6月)にて

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります

「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

いうまでもなく運命というのは、人間の意志や力を超えた力です。
裕福な家に生まれるか貧しい家に生まれるか、といったことは
自分で選べることではありません。
しかし、運命として与えられたものについては
すべて人間の力ではどうにもならないかというと必ずしもそうではない
そこが運命の妙味というか、不思議なところなのではないでしょうか。
つまり人事を尽くして天命を待つということばがありますが、
お互いの生き方次第で
自分に与えられた運命をより生かし活用する余地が残されている
その余地というのは、ぼくなりに考えてみると10%から20%くらいかと思うのですが、
その中での人事の尽くし方いかんで、
あとの80%なり90%の運命がどれだけ光彩を放つことになるかが決まってくる
のではないかと思います。
そう考えれば、大切なことは、やはりどのような境遇にいようとも、
精いっぱい人事を尽くす
ことではないでしょうか。
自分の人生にはどうにもならない面もあるということを知った上で
信念を持って、自分自身の歩みを力強く進めていく
そうすれば大きな成功をおさめても有頂天にならないし、失敗しても落胆しない
あくまで淡々となすべきことをなしていけるのではないか

運命というと若い方がたにはピンとこないかもしれませんが、
ぼくの人生に照らしあわせてそんなことを考えているのです。
「運命を生かす」/人事を尽くして…/松下幸之助『人生談義』

六つの精進
――文字にしてしまえば平凡すぎるほどの、このような当たり前の心がけを、日々の暮らしに溶かし込むように、少しずつでいいから堅実に実践していくこと。大仰な教訓を額縁に入れて飾るばかりでなく、やはりふだんの生活のうちに実行していくことが肝要なのです。
心を磨くために必要な「六つの精進」/稲盛和夫『生き方』

 1.だれにも負けない努力をする
あきないは真剣勝負――心労のあまり血の小便が出るぐらい努力したのか!
「誠実な熱意」が周囲の人を引きつけ、周囲の情勢も大きく動かしていく
目に見えない磁石の力が、自然に鉄を引きつけるように……

 2.謙虚にして驕らず
「素直な心」になれば、物事の実相、真実の姿を正しくとらえられる
それに基づいて、何をなすべきか、何をなさざるべきかを正しく判断できる
なすべきを行い、なすべからざるを行わない「真実の勇気」もそこから湧いてくる

 3.反省ある日々を送る
きょう一日を振り返れば、反省すべきこと(課題)がいくらでもある
その反省に徹したとき、あらゆる面に革新が生まれてくる――「進歩無限」
成功と失敗のどちらからも「学ぶ」ことで成長できる――反省の目的は進歩・発展

 4.生きていることに感謝する
目に見えない力強い縁で繋がり、この世に生かされている
ご縁とお陰に支えられて生かされていることへの感謝――「おかげさま」
そして、その気持をを行動で示す――見返りを期待せずに「陰徳善事」

 5.善行、利他行を積む
「因果一如」――結果は必ず原因のなかにあり、原因は必ず結果のなかにある
  未来の果を知らんと欲せば、現在の因を見よ。
  過去の因を知らんと欲せば、現在の果を見よ。
まかぬ種は生えぬ――原因なくして結果なし、まず相手を喜ばす(サービスが先)

 6.感性的な悩みをしない
「一日の苦労は一日にて足れり」――明日は明日の運命が開ける
そのためには、今この瞬間を「ど真剣」に生き抜かねばならない
「脚下照顧」で一歩一歩脚もとを踏みしめ、
「一期一会」の覚悟で全身全霊を打ち込む
今この瞬間を完全に生き抜くことで、
新たな一日を力強く踏み出し、道が開ける


歩々是道場.....一歩、一歩、もう一歩足跡

この続きはまた来週四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
今なすべきことを断行する [2017年03月14日(Tue)]
img200.jpg
不安や焦り、あるいは恐れにとらわれて、
自分を見失ってはいないか。
一発逆転の妙手策ばかりを追いかけて、
今ここでなすべきことを
おろそかにしてはいないか。

困難にあればこそなお勇気をもって
なすべきことをなすべきときに
きっちりとなしていく

そのたゆみない歩みこそが
着実に成果を高め
成功にいたる道ではないか

 Do what you know needs
 to be done.


松下幸之助 日々のことば「道をひらく」より

松下幸之助『実践経営哲学』の
「自然の理法に従うこと」より――
私は自分の経営の秘訣というようなことについて質問を受けることがあるが、
そういうときに「別にこれといったものはないが、
強いていえば、“天地自然の理法”に従って仕事をしていることだ」
という意味のことを答える場合がある。

天地自然の理法に従った経営などというと、いかにもむずかしそうだが、
たとえていえば、雨が降れば傘をさすというようなことである。
雨が降ってきたら傘をさすというのはだれでもやっている極めて当然なことである。
もしも、雨が降ってきても傘をささなければ、ぬれてしまう。
これまた当然のことである。
そのように当然のことを当然にやっていくというのが
私の経営についての行き方、考え方である。

そのように、私のいう“天地自然の理に従った経営”というのは、
当然なすべきことをなすということである。
それに尽きるといってもいいかもしれない。
そのなすべきことをキチンとなしていれば、
経営というものは必ずうまくいく
ものである。
その意味では、経営はきわめて簡単なのである。

ところが実際の経営となると、そのとおりやらない場合も出てくる
そういう例が世間には実際少なくない
要するに、なすべきことをなしていない姿であり、
それはすなわち、天地自然の理に反した姿である。
経営の失敗というのは
すべてそういうところから出ているといってもいいであろう

私自身についていえば、そういう点で、
なすべきことをなし、なすべからざることをしない
ようにということを心がけて、ずっと仕事をしてきた。
時として判断を誤って
なすべきことをしなかったり、なすべきでないことをしたりしたこともあった
しかし、心がまえとしては
なすべきことをなし、なすべからざることをしない
ということに極力、努めてきたつもりである

あれも、これも、の「分散」ではなく、
あれか、これか、の「優先順位」でもなく、
あれ(なすべからざること)をやめる決断を下し、これ(今なすべきこと)を断行するひらめき
―― 自分以外の誰かに「価値」を届けて
心から満足していただけるサービスを提供するのが「プロの仕事」。
サービスによる「貢献」が大きくなれば、その報酬としての「利益」も多くなるが、
心から満足していただけるサービスを提供するキャパシティーには限りがある。
ならば、求める成果につながらない「なすべからざること」はやめる決断を下し、
求める成果につながる「今なすべきこと」を徹底して断行する。

「今なすべきこと」は何か?
「なすべからざること」は何か?
 ―― 自分の都合ではなく、「天地自然の理法」に従って決断し、断行するパンチ

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
水漏れしたバケツの穴をなくす [2017年03月13日(Mon)]
『カルロス・ゴーン 経営を語る』より――
経営陣は数字を知りませんでした。また、業績も知りませんでした。
数値的な目標を掲げることもありませんでした。
その車が利益をあげるのか、それとも損失をもたらすのか
よく知らないままに車を売っていたのです

経営陣の中で数字を知っていたのはごく一部の人だけ。
その数字もきちんとしたものではなく
おおざっぱなデータに基づいたものでした
そんな状態ですから、たとえ誰かが収益性の話をしたとしても、
“会社の収益性をあげる”といったことではありませんでした。
もし“利益の追求”が会社の基本的な目的となっていないのであれば
利益がもたらされるというのは偶然の結果でしかありえません
利益をあげようと努力しないで、
どうやって利益を得ることができるのでしょう?
魔法でも使わないかぎり、そんなことはできません

――後に正確なコスト分析を行ったところ、
99年に日産が売り出していた43車種のうち
わずか4車種しか黒字を計上していなかった
ことがわかったのだ!

ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』の
第9章「数字が意味するもの」より――
ある事業部のひとつの要素を表すものと仮定して、
「4」という数字に彼がぶつかったと仮定しよう。
その「4」を分析した結果、
それは2十2あるいは3+1を表しているのではないことを発見するかもしれない。
ビジネスにおいて「4」という数は
「プラス12とマイナス8の和」を表していることがしばしばある。
→(12+▲8
プラス12という数字にはすこし掛け値があるかもしれない、と彼は思うが、
それよりもまず「マイナス8」のほうに注意を集中し、
それが「プラス5とマイナス13」から成り立っていることを発見する

→(12+▲8)→(12+5+▲13
それから彼は「マイナス13」を掘り下げて(……)
13の損失をセーブすることができ、
その結果をその事業部の総和の「4」という数字に適用すると、
新しい総和は「17」となり、それは新しい体制の健全な利得となる。
→(12+▲8)→(12+5+▲13)→(12+5+0)→ 17
つまり彼は数字の背後にあるものを変えたのである

「数字が強いる苦行は自由への過程である」
数字自体は何をなすべきかを教えてはくれない
企業の経営において肝要なのは、
そうした数字の背後で起こっていることを突きとめることだ。
ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』

松翁ある人に次のように言われた。
赤字のツケを他に転嫁してはならない
別の仕事で吸収できるからというやり方ではなく、
一件ごとに採算を合わせよ

松下幸之助 『松翁論語』

金銀は儲けがたくて減りやすし。
朝夕、十露盤(そろばん)油断する事なかれ
ひらめき
井原西鶴『日本永代蔵』

そろばん地蔵/西教寺・大津市坂本

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
数字のシグナルをおろそかにすると [2017年03月12日(Sun)]
 20170311.jpg

売上2倍、しかし赤字幅も2倍……んな、あほなexclamation&question
『キヤノン 高収益復活の秘密』より――
会社は何のためにあるかというと、
「従業員の生活の安定」
「株主への利益還元」
「社会への貢献」それから
「次への投資をするための余剰資金(存続への先行投資)」
この4つをきちっとやるために存在しており
それができなければ存在価値はない
この4つをやるためには、何が何でも利益がいる
利益がないとこの四つはできないから
まず利益を追求しろと社内て皆に強く言った
会社は第一義的には利益追求機関だと規定した。
したがって、利益を生まない事業は全部やめようと決めた。
――米国のパソコン事業拠点からの撤収を皮切りにした撤退作戦を実行。
これが社内に改革の強烈な印象を与えるショック療法となった。
撤退したのはパソコン、FLCディスプレー、電子タイプライター、光カード。
不採算事業の撤退により
「水漏れしたバケツの穴をなくした」と判断した御手洗は、
第二期工事に着手した。
今度はキャノンの体質や文化を根本から変える改革である。

『カルロス・ゴーン 経営を語る』より――
経営陣は数字を知りませんでした。また、業績も知りませんでした。
数値的な目標を掲げることもありませんでした。
その車が利益をあげるのか、それとも損失をもたらすのか
よく知らないままに車を売っていたのです
経営陣の中で数字を知っていたのはごく一部の人だけ。
その数字もきちんとしたものではなく
おおざっぱなデータに基づいたものでした
そんな状態ですから、たとえ誰かが収益性の話をしたとしても、
“会社の収益性をあげる”といったことではありませんでした。
もし“利益の追求”が会社の基本的な目的となっていないのであれば
利益がもたらされるというのは偶然の結果でしかありえません
利益をあげようと努力しないで、
どうやって利益を得ることができるのでしょう?
魔法でも使わないかぎり、そんなことはできません

――後に正確なコスト分析を行ったところ、
99年に日産が売り出していた43車種のうち
わずか4車種しか黒字を計上していなかったことがわかったのだ!

利益なき拡大……末路哀れ爆弾

よく管理されている会社とあまりよく管理されていない会社との差は
数字に対して払われている注意の程度である
数字を十分に真剣に取り上げない企業が少なくない
彼らは数字が上がったり下がったりした真の理由を知らず
数字のシグナルをおろそかにすることは
有効な処置をとるのに間に合わなくなることにつながる
そうなると、やることが支離滅裂になって
重大な危機を招きかねない

ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナルマネジャー』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
利益なき拡大の末路哀れ [2017年03月11日(Sat)]
日経ビジネスオンラインの「記者の眼」記事より――
  (…)
 「ヤマトが今後、引き受ける宅配便の量を抑えれば、
  溢れた分が2位以下に回ってくるのでは」――。
業界ではそんな観測も浮上している。
ただ、佐川急便はいち早く米アマゾン・ドット・コムの宅配から手を引いているだけに、
ヤマトが引き受けなかった荷物を吸収するとは考えにくい。
となると、業界3位がどう動くかに、がぜん注目が集まる。
日本郵便はコスト度外視の営業姿勢で知られてきたからだ。
それを象徴的するのが、
同社の「ゆうパック」などを含む荷物事業の2014年3月期の収支だ。
売上高に相当する営業収益が前の期の2008億円から倍増して4139億円に急成長したが、
無理にシェアを取りに行ったためコストがかさんだ。
その結果、営業損益は前の期の146億円の赤字から倍増し、
332億円の赤字を計上することとなった。シェアを上げて収益率を高めるどころか
売上高を2倍にして赤字幅も2倍にしてしまった格好だ
20170311.jpg

売上2倍、しかし赤字幅も2倍……んな、あほなexclamation&question

事業活動から得た「利益」こそがキャッシュの大きな源泉であり(『実学』p.63)
経営者は誰でも「利益」を追求する(『実学』p.35)というのに・・・

『カルロス・ゴーン 経営を語る』より――
 「経営陣は数字を知りませんでした。また、業績も知りませんでした。
数値的な目標を掲げることもありませんでした。
その車が利益をあげるのか、それとも損失をもたらすのか
よく知らないままに車を売っていたのです
経営陣の中で数字を知っていたのはごく一部の人だけ。
その数字もきちんとしたものではなく
おおざっぱなデータに基づいたものでした
そんな状態ですから、たとえ誰かが収益性の話をしたとしても、
“会社の収益性をあげる”といったことではありませんでした。
もし“利益の追求”が会社の基本的な目的となっていないのであれば
利益がもたらされるというのは偶然の結果でしかありえません
利益をあげようと努力しないで、
どうやって利益を得ることができるのでしょう?
魔法でも使わないかぎり、そんなことはできません

――後に正確なコスト分析を行ったところ、
99年に日産が売り出していた43車種のうち
わずか4車種しか黒字を計上していなかったことがわかったのだ!

利益なき拡大……末路哀れ爆弾

経営者は誰でも利益を追求するのだが、
多くの経営者が売上を増加させようとすると当然経費も増えるものと思っている
これがいわゆる経営の常識なのである
しかし、「売上を最大に、経費を最小に」ということを
経営の原点とするならば、
売上を増やしていきながら、経費を増やすのではなく
経費は同じか、できれば減少させるべきだということになる
そういう経営がもっとも道理にかなっていることに
そのとき私は気づいたのである。
売上を増やしながらも経費を減らすというのは、
生半可なことでは達成できることではない
そのためには、智恵と創意工夫と努力が必要となる。
利益とはその結果生まれるものでしかない。
『稲盛和夫の実学』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
利益ある成長のために [2017年03月10日(Fri)]

まず相手を喜ばすことが
自分の発展につながっている。

松下幸之助『人生談義』

松翁ある人に次のように言われた
「商いの原点は、どうしたら売れるか儲かるかではなく、
どうしたら人びとに心から喜んでもらえるかである」
松下幸之助・述 『松翁論語』

無理に売るな、客の好むものも売るな、
客のためになるものを売れ

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

お客様のお困りごとはなにか
お客様が本当に望んでおられるのはなにか
お客様になにを売り、どのような「価値」を届けるのか
そして、お客様に心から満足していただけるサービスを提供できているのか
――「利益ある成長」のためにひらめき

自分以外の誰かに「価値」を届けるためにやる。
これが「仕事」の基本中の基本です。

楠木建『好きなようにしてください』

shigoto.jpg

お客様の番頭になる。
お得意先の仕入係になる。

(松下幸之助)

商売は世の為、人の為の奉仕にして、
利益はその当然の報酬なり

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

最もよく人を幸せにする人が 
最もよく幸せになる。

立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
君のとこは何を売ってんのや [2017年03月09日(Thu)]

よそが1万円のものを、場合によっては、10,500円で売る。
すると、お客さんは「なぜよそより高いのか」と聞かれる。そんなとき、
同じ製品ですが、私の方はお添え物があるのです
「何を添えてくれるのか?」
「魂をお添えするのです」
といったことが言えるかどうか。
そのくらい、自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
松下幸之助『人生談義』

松下幸之助歴史館の2008年メモリアルウィーク、
創業90周年記念特別展の展示パネルより――
「君ら、商品を売っているか」
昭和40年代後半のこと、創業者が特機営業所長会議に顔を出した。
当時は、特機の商品といえば、
配電盤や汎用モータ、バッテリーと業界をリードするような商品は少なく、
会議では結局、拡売費が多いとか少ないという話になっていた
出席者の話をじっと聞いていた創業者は、2、3人の営業所長に聞いた。
ちょっと聞くけどな、君のとこは何を売ってんのや

質問の意図がわからず、返答に困っていると、創業者は言った。
「君たちは、物を販売しているんやないやろうな
物に、お添え物をせんとあかんで
お添え物、それはプラスα や。
お添え物をプラスして初めて商品になるんや
物には値段がつく。しかし、商品には価値がある。
だから、商品の値段は価格と言うんだ。値段と価格は違う
そのお添え物、プラスαというのは、
この魂を君らは物に添えて売ってるか!
商品を売ってるか!
君たちは物だけを売っているんやないやろうな
商品を売るから、商売というものがあるんだ」

創業者は続けた。
「プラスαというものには、5つの添え物がある。
その一つ目は松下電器の経営の考え方や。
君らは、経営理念を添えて売っているか」

次に2番目について、
「お客さんは品質、性能、機能、効能というものをお買い求めになる。
物を買われるんじゃない。
君たちは、お使いになるお客様の先生と言われるほど商品知識を勉強しているか。
商品知識というのは、何よりも商人の必須条件や」

そして
「3番目は、その人自身の人格、人柄だな。人間的魅力を販売しているか。
一つ一つの商品は、販売される人によってみんなオリジナルの商品になる
だから、君らは、人格、人間的魅力というものを絶えず磨いて
それを商品にお添えして売らんとあかんで」

そして
「4番目は信用。信頼性というのは、商人には一番大事なことや
 だから、一生懸命これに励まんとあかん」

それから最後の5番目として創業者は、
「君らな、相撲でも心・技・体という言葉があるわな。
サービスでもな、心・技・体のサービスがあるで。
そのサービス、奉仕を添えて売らんといかん」と言った。

さらに続けて、
そういう商品というものをつくり上げるのは、工場だけじゃないんや
販売する側においても、プラス αというものをお添えすることによって、
一品一品がみんな違ったオリジナルの商品になる
だから、Aという販売店さん、Bという販売店さん、Cという販売店さんが
それぞれ同じ物を売っておられても、
それはみんな違う商品や

だから君らは、販売してくれる人に、
そういうことをちゃんと理解してもらって、
商品を売ってもらうようにしてや」
……[拡売費が多いとか少ないという話やない]ひらめき


「価格」は見えますが、
「価値」は見える人にしか見えません。

福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』


自分以外の誰かに「価値」を届けるためにやる。
これが「仕事」の基本中の基本です。

楠木建『好きなようにしてください』

shigoto.jpg

お客様の番頭になる。
お得意先の仕入係になる。

(松下幸之助)

商売は世の為、人の為の奉仕にして、
利益はその当然の報酬なり

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

最もよく人を幸せにする人が 
最もよく幸せになる。

立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
魂をお添えする [2017年03月08日(Wed)]

よそが1万円のものを、場合によっては、10,500円で売る。
すると、お客さんは「なぜよそより高いのか」と聞かれる。そんなとき、
同じ製品ですが、私の方はお添え物があるのです
「何を添えてくれるのか?」
「魂をお添えするのです」
といったことが言えるかどうか。
そのくらい、自分が商売をする心の価値に自信を持ちたいものですね。
松下幸之助『人生談義』

君たちは、物を販売しているんやないやろうな。
物に、お添え物をせんとあかんで。
お添え物、それはプラスα や。
お添え物をプラスして初めて商品になるんや。
物には値段がつく。しかし、商品には価値がある。
だから、商品の値段は価格と言うんだ。値段と価格は違う。
そのお添え物、プラスαというのは、や。
この魂を君らは物に添えて売ってるか!
商品を売ってるか!
君たちは物だけを売っているんやないやろうな。

商品を売るから、商売というものがあるんだ。
(松下幸之助)

自分以外の誰かに「価値」を届けるためにやる。
これが「仕事」の基本中の基本です。

楠木建『好きなようにしてください』

shigoto.jpg

お客様の番頭になる。
お得意先の仕入係になる。

(松下幸之助)

商売は世の為、人の為の奉仕にして、
利益はその当然の報酬なり

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

最もよく人を幸せにする人が 
最もよく幸せになる。

立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
自分以外の誰かに価値を届ける [2017年03月07日(Tue)]

自分以外の誰かに「価値」を届けるためにやる。
これが「仕事」の基本中の基本です。

楠木建『好きなようにしてください』

shigoto.jpg

お客様の番頭になる。
お得意先の仕入係になる。

(松下幸之助)

商売は世の為、人の為の奉仕にして、
利益はその当然の報酬なり

松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

最もよく人を幸せにする人が 
最もよく幸せになる。

立石一真『人を幸せにする人が幸せになる』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
 
変わることを恐れず、最善をつくす [2017年03月06日(Mon)]
北御堂さんの今月の言葉
20170307_1.jpg
変わらぬものがあるからこそ
変わることを恐れなくていい

20170306_2.jpg
沼田記念館に展示の「創業者 沼田惠範 語録』より
一日一日に最善をつくすひらめき

会計は算術ではなく、思想である位置情報
この続きはまた明日四つ葉
 
| 次へ