CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
★経営のための会計★
ようおこし (^_^)
ようこそお越しくださいました。ありがとうございます。
「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
道しるべ★カテゴリー
Google

WWW このブログ
<< 2019年04月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
最新の記事
最新のコメント
宮 直史
自分たちの会社は自分たちで守る (11/09) 清水 洋一郎
自分たちの会社は自分たちで守る (11/09) 宮 直史
宮ゼミ、本日スタート (06/12)
http://blog.canpan.info/miya38ts/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/miya38ts/index2_0.xml
■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが、 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と岡崎さんも特別招待を受けられました。

岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。
その最後の部分をご紹介します。

そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。
しかも、たて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。確かに一理あります。一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して…位置情報
2009年3月吉日
 
大阪ウルトラ参戦、昨年の雪辱を果たす [2019年04月23日(Tue)]
4月21日開催の第11回水都大阪ウルトラマラニック(大阪ウルトラ)の70キロに
昨年に続いて2度目の挑戦。

昨年は制限時間の11時間をわずかにクリアできず、
完走メダルに手が届きませんでした。
IMG_0195.JPG(2018.4.22)

70キロ完踏という自分たちの実力以上の結果に達成感1000%exclamation×2でしたが、
やはり完走証と完走メダルを勝ち取れなかったのはちょっと残念(悔しい)...
そこで、去年の忘れ物を引き取るため、一年越しの再挑戦ですexclamation

昨年(2018)の初挑戦のとき、私にとってフルを越えるレースは
2016年秋の高野龍神スカイラインウルトラマラソン(50キロ)以来2度目で、
まだ70キロを単独で走り切ったこともないのに、いきなりウルトラ伴走。
ランナーの小山さんは前年(2017)の秋にフルに初挑戦されて完走されましたが、
ロードレースを走られた経験はその一回だけなのに、いきなりウルトラ出走

昨年はお互い怖いもの知らず、向こう見ずに「初初ペア」で挑戦でしたが、
この一年間、お互い、それなりに成長して、
小山さんはフルを2回完走されて今年2月に5時間に迫るタイムを出されたし、
私も昨年9月の丹後ウルトラ100キロに挑戦してを完走し、
そして今年3月の篠山では目標としていたサブフォー(4時間切り)を達成。
伸び盛り?の62歳の二人が再びペアを組んで挑戦です。

昨年に比べてそれなりの経験を積んだこともあって、
雪辱戦に向けて勝算はあったのですが(甘い認識でした)、
今年から70キロにも設定されたアーリースタートでエントリー。

本来のスタートより20分早いアーリースタートで制限時間は11時間20分。
伴走仲間のコッシーさん秘伝の区間ラップをアレンジしてシミュレーション
20190421.jpg
キロ7分30秒のペースで走り、16ヵ所のエイドで5分リフレッシュすると
7.5分×70キロ+5分×16ヵ所=605分(10時間5分)

決して取らぬ狸の皮算用でなく、先月末から今月にかけて一緒に練習させていただき、
それなりに自信もあってソロバンをはじいて、
心密かに、サブ10(10時間切り)も狙えると野望を抱きました。

20190413.jpg(2019.4.13)
スタート&ゴール地点の大阪城公園の教育塔、
大会一週間前の4月13日はまだ桜が咲いていました。

が、その後の天気予報で大会当日は暑さが厳しくなるとのこと、
区間ラップのシュミレーションを見直してレース後半の大幅な失速を織り込み、
制限時間内の完走」に目標を変更です。

そして、もう一つ掲げた目標は「楽しく走る」こと。
「楽しく走って制限時間内に完走」を願って、17日のモーニングランは服部天神へ
20190417-1.jpg

20190417-2.jpg

20190417-3.jpg

楽しく走って制限時間内に完走ぴかぴか(新しい)
20190421_1.jpg
6時10分、大阪城公園の教育塔の前をスタート
伴走練習会仲間のAさんの健康を祈願して100キロにエントリーしたBさんとともに、
Aさんが大好きな「ひまわり」を帽子や胸につけて応援ランるんるん

スタートから一緒だった伴走練習会仲間Cさんが私も応援したいと言ってくれたので、
私の胸のひまわりはCさんに...
20190421-4.jpg

「楽しく走って制限時間内に完走」の目標を掲げてスタートしたものの、
暑さと強い向かい風の厳しいコンディションで徐々にペースダウン。
それでも、38キロの関門で関門閉鎖に1時間の余裕あり、
50キロを越えた豊里エイドに2時過ぎに到着と、
ゴール制限時間の5時半には何とか間に合うだろうとソロバンをはじきましたが、
豊里エイドから毛馬エイドまでの4キロで大幅な失速。

このペースでは目標達成は厳しいとソロバンをはじいて
小山さんに「あきらめる?」と尋ねたら(伴走者失格)、
小山さんから「そんなこと言わんと行けるとこまで行こうや」と言われ、
豊里まで戻った方が地下鉄の駅も近いしとソロバンをはじいて(伴走者失格)、
毛馬エイドから再び豊里エイドへ...

結果的に、ここがターニングポイント、勝負どころでした。
私の無責任な「あきらめる?」に発奮したのか、小山さんが再び走り出し、
そして毛馬エイドから城北大橋まで黙々と走り続けた小山さんに
「ネバーギブアップ」の心意気を受け止め、
なんとしても制限時間内に完走を果たしたいと思いました。

完走できるかできないかでなく、何としても完走する、ただそれだけでした。
再びソロバンをはじき直してゴールまで逆算。
豊里エイドから毛馬エイドの再びの折り返しは強烈な向かい風だから走らずに早歩き、
そして毛馬の堤防を越えてから川崎橋までの大川沿いはジョグペースで走り続けて、
川崎橋から京阪電車のガードを潜って大阪城に向かう陸橋は走るのは禁止だし、
大阪城に戻っても天守閣に向かう坂を走る余力ないし、
歩いてもいいけど足を止めたら終わりだし、足をつるとかアクシデントもありだし、
とにかく前へ前へ。

エイドの休憩もそこそこにゴールに向かって先を急ぐ小山さんですが、
気持ちとは裏腹に足は思うように前に進まない。
「もう限界や」の声に「うつむかんと顔を上げて前を向け」「腰が落ちてる」、
「○○さんはどうやろ?」には「人のことなんか関係ない」、
「あと何キロ?」には「余計なこと考えんとただ前に進むんや」なんて調子で
無茶を承知でハッパをかけ、強引に引っ張り続けました(伴走者失格)。

ランナーの安全が最優先であるべき伴走者として
またランナーが求める情報を提供すべき伴走者として許されないことで
ゴール後には伴走練習会の仲間から厳しいお叱りや教育的指導を受けましたが、
行ける!と思ったら、残りの時間や距離とか余計なことは一切考えずに
自分を信じてひたすら前を向いて走り続ける

私が篠山でサブフォー達成できた一番のポイントやと小山さんに伝えて走り続けました。

大阪城の門を下りてゴールが見えた時、
ひまわりが大好きなAさんが我われを出迎えてくれていて、
声をかけてもらい、最後まであきらめずに走ってきて本当によかったと思いました。

ネバーギブアップの大逆転劇でゴールexclamation×2
20190421_2.jpg
タイムは去年より少し遅かったのですが、
アーリースタートの恩恵で制限時間内の完走を果たし、
胸には「去年の忘れ物」ぴかぴか(新しい)
自分たちの汗と努力で勝ち取ったメダルは格別です。

20190421_3.jpg
頑張ったご褒美に、小山さんが完走メダルをかけてくれました。
小山さん、ありがとう!私は幸せ者です。

目標としていた「楽しく走って制限時間内に完走」のうち
「制限時間内に完走」の目標は達成できたものの、
もう一つの目標「楽しく走る」は私の伴走者としての力不足で最後まで貫けず、
小山さんに相当の負担をかけてしまって申し訳なかったです。

ゴールを果たした後、我われに最初に握手を求めてこられたランナーがいました。
100キロのランナーだったと思うのですが、私たち二人のことが心配だったのでしょう、
私たちの後をずっと見守って並走してください、ゴール後に握手を求めてくださいました。
普通に走っておられたら早いタイムでゴールできたはずなのにありがたいことです。
そのほかにも共に走る多くのランナーから励ましのエールで力強く支えていただきました。
ありがとうございます。無事にゴールできたことに心から感謝です。

今年もこのような素晴らしい経験をさせていただいたのも、
大会の主催者やボランティアの皆さん、沿道で応援してくださった皆さん、
多くの方々に温かく支えていただいたおかげです。本当にありがとうございました。
長居わーわーずの皆さんには日頃から色々アドバイスいただくとともに
力強く応援していただき、励みになりました。心から感謝です。

素晴らしい出会いに心から感謝でするんるん

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
なにごとも行動でなきゃいかん [2019年04月20日(Sat)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「帆待十日」より――
祈りは行動でなきゃいかん〕と、そのときぴんときた。
〔滝壺で、寺の本堂で、両手を胸の前に組み、
数珠玉ばかりいじくっていてもだめだ。
目の前のひとり、それを自分の力で救え。御仏たちが黙っていなさるのは、
実際にそのために動こうとしない自分に呆れていなさるからではあるまいか。 
念仏宗徒には叱られるかも知れぬが、わたしはそういう小悟を得た。
まず目の前にいる人間を救え。でないとわしは一生、救われぬ〕とな。

「福井くん、この患者さんは何階に住んでますか?」
(…)
目の前に「病気がある」のではなく、「病む人間がいる」
そういう考えを根本に持ち、
若い医師はこれから日々学び、実感してほしいと思います。
医師と患者という関係だけでなく、
医師である前にひとりの人間として
患者さんに寄り添わなければなりません
『日野原重明 100歳』

何ごとも行動が伴わなければ意味はない。
ドラッカー『経営者に贈る5つの質問』

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
すでに在るものを取り出す [2019年04月19日(Fri)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「帆待十日」より――
「それにしても、よくもまあ、そのように手早くお彫りになりますな。」
「私は仏像を彫っているのでない、取り出しているのだ。
 材木のなかから観音や薬師の姿を取り出しておる」
「どうもよくわかりませんが」
余分なものを削り落としているんだよ。これでわかったかな」
「さあて」
材木のなかに、観音なら観音が、薬師なら薬師がすでに在るのだな。
だからわたしはこの鉈で、材木の余計な部分を削り落とし、
すでに在る観音のお姿を取り出すにすぎない

喋々している間にも老僧の鉈は忙しく動いている。
ついさっきまで一本の、短い丸太に過ぎなかったものが
いまや明らかに人の形に変容しつつあった。
「これを逆に申さば、材木のなかに観音の姿がみえてこぬうちは
観音像を彫ろうといくら鉈をふっても無駄ということ。
さらに言えば、材木のなかに猿が見えたときは猿を、
猫が見えたときは猫を取り出すがよい」

あるとき、会社の物故者の法要のために出向いたお寺の掲示板で、
昼間の星は見えない」という言葉を見つけ、心に響いた。 
(…)
昼間の星は見えなくとも、
だからといって存在しないわけではなく、確かにそこにある。
経済活動においても、見えない存在があることを、
つねに念頭に置いていることが大切ではないだろうか。
数字やデータに表れない情報、世界の本質に、
私たちは、もっと目を向けるべきなのだ。
みんなはデータにできるいくつかの指標を後生大事に、
忙しい中それだけを見ている。しかし
世の中にはデータにできない大切なことがいっぱいあるのだ。
人生にも、データに換算できない、見えないものを見る力が求められている。
そして、美しさ、美意識のようなものも求められている。
これからの時代、
100メートルをいかに速く走るかよりも、
いかに美しく走るかが重要になってくるのだ。
その意識は、社会のサステナビリティにもつながる。
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

「価格」は見えますが、「価値」は見える人にしか見えません
福原義春『私は変わった 変わるように努力したのだ』

ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは、目に見えない
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
鏡になり切る [2019年04月18日(Thu)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「盛岡八景」より――
行雲流水にだけ執着し、あとのことには一切執着すまい。
これが一生を旅空の下で過ごそうと決めたときに、自分に課した座右の銘でした。
一切のことに拘泥せず、自分をいわば鏡にして、
その鏡に映る北国の景物や人びとの暮らしぶりをひたすら書きとどめておこう。
書きとめた文字が大切なのではない、書きとめる行為そのものが大事
つまりどこまで鏡になり切れるか、その一点に自分は一生を賭けたのです。
しかし、所詮は凡夫、旅を続けているうちに、目的と方法がひっくり返ってしまった
鏡になり切ることを忘れ、鏡に映ったものを書きとめた日誌にとらわれはじめた

大事なことは、
他人の評価もさることながら、
まず自分で自分を評価するということである。
自分のしたことが、
本当に正しかったかどうか、
その考え、そのふるまいにほんとうに誤りがなかったかどうか、
素直に正しく自己評価するということである。
そのためには、
素直な自問自答を、くりかえし行わねばならない
みずからに問いつつ、みずから答える。
これは決して容易ではない。
安易な心がまえで、できることではないのである。
しかし、そこから真の勇気がわく。真の知恵もわいてくる。
もう一度、自問自答してみたい。
もう一度、みずからに問い、みずからに答えたい。
「自問自答」/松下幸之助『道をひらく』

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
失敗から何を学び、何をどう変えるか [2019年04月17日(Wed)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「奥州仙台札の辻」より――
「そこで大名貸しは一時、敬遠されました。
そして商人たちは別の途を見つけた。
三井の大坂江戸間の大公儀の公金輸送がそうです。
それから鴻池は新田の開発をはじめました。
では後発の、升屋のような新しい商人はどう利殖の道を講じて行ったか、
わたしどもはもう一度、大名貸しに着目しました
ただし、以前のやり方をそのまま踏襲したのではまた踏み倒されてしまう
金を貸したらあとは寝っころがって期限のくるのを待つ、
期限になると起きあがって貸金と利息とを取り立てる、というのでは
両替屋善六の二の舞をくり返すだけである。小右衛門はここで語調に力をこめて、
「そこで殿様の懐中が破綻を生じないように、
わたしどもがそのお家の財政を見てさしあげようというのが、
升屋の見つけた新法でした」と言った。
「お家の無駄を省き出費を切りつめる一方、
ご領内でとれる米をできるだけ上手に売り捌いてさしあげる。
ほかにも領内に新しい仕事を興すお手伝いをして、その新しい物産を
江戸や大坂へ持って行って売る。
そうやって殿様の懐中を富ませておき、貸金と利息が取れるようにする。
これが升屋のやり方なのですよ」
そのためには領内の様子を深いところまで知っておく必要がある
と小右衛門はつづけた。
領内の百姓や町人がいまなにを考えているか、
今年の秋の収穫はどうなのか、独自に調べておかなくてはいけない
「三年前の丁巳の年(寛政九年)の春に、わたしはこの仙台を訪れたことがありますが、
そのときは仙台様のご家中が毎晩のようにわたしどもを宴席へ呼び出してくださいましてな、
ご領内の様子を探るどころではなかった。
ご家中にたずねてもいいことずくめのことしかおっしゃいませんし、
そこで今回はこうやってこっそりと」

いちばん大切なのは、
成功から何を学んだか、失敗から何を学んだかです。
『私は変わった変わるように努力したのだ〜福原義春の言葉』

「不満」を解消したからといって「満足」にはならない。
「失敗」から学べるのは失敗しないことであって「成功」への道は学べない。
どうすれば「満足」していただけるか、どうすれば「成功」できるか、真剣に考え抜くひらめき

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
それを矛盾としては駄目 [2019年04月16日(Tue)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「佐原行」より――
計算通りに人心が動いて行く。その計算はまったく間違うことがない
ちがう答が出て落胆することもなければ、
正しい答が出たからといってよろこぶこともない。ただ、冷めた表情で
世の中を操作するだけです。そんな毎日のいったいどこが楽しいのでしょうか。
そこへ行くとわたしどもの毎日は滅茶苦茶です。
時空を超えて光を届けてくる星を観察しながら、
同時に恋をし、糞をひり、泣き喚き、笑い転げる。
ところがあの御方にはその矛盾がないのです。
すべてを人心掌握という一本の物指で計ってしまおうとなさっている。
おっと他人の批判はつつしみましょう。
あの御方はわたしではなく、わたしはあの御方ではない。
他人の批判は一切しない、そのかわり他人の批評には目をくれるな

これが麻田剛立先生の教えでした」

Where others see only the wall, I see doors.
他の人たちには壁(障害や制約)しか見えない場所に、
私はドア(可能性)を見る。(O.P.ジンダル)

mampo.jpg(万歩)足跡

「一歩一歩の積み重ね」と「高い目標を掲げなさい」というのは、
一見矛盾しているようですが、そうではありません。
矛盾しているように見えても、それを矛盾としては駄目なのです。
あくまでも高い目標を立てながらも
一歩一歩、足元を見ながら堅実に歩くことが肝心なのです
「高い目標をもつ」/稲盛和夫『京セラフィロソフィ』

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
他人に教えるということ [2019年04月15日(Mon)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「佐原行」より――
「自分の学問をより確かなものになさりたければ他人に教えることです。
あなたの学問がもうすこし進んだらぜひ弟子をおとりなさい。
他人に教える段になってはじめてはたと自分の知識が、学問が
いかにあやふやなものであったかに気付かされる
ものでしてな。
学問を志すものはだれでも少なくとも一度か二度は、
このときの苦い気持ちを味わっておくべきでしょう。
加えて他人に教えることによって自分の学問の基礎がかたまります。これは
間違えたことを教えてはならぬと思い、基本から再吟味するせいでしょう。
さらに、向上心に燃える弟子と共に基本に戻ると、
自分がその学問をはじめたころの情熱を思い出されてくる
つまり労なくして初心に戻れるわけで、初心を取り戻すことによって
現在の研究に対するいっそうの気迫が得られる。それからまだあります。
よろしいですか、その学問の最先端を行く新発見は、往々にして
基本をたしかめるところがら発想されることが多いのです。つまるところ、
教えるとはじつは教えられることの異名でしてな、
そんなわけですからいつかぜひ門下生をとりなさい」

mampo.jpg(万歩)足跡

世阿弥『花鏡』奧段より――
(…)
しかれば、当流に、万能一徳の一句あり。
  初心不可忘。
此句、三ヶ条の口伝在。
  是非初心不可忘。
  時々初心不可忘。
  老後初心不可忘。
此三、能々口伝可為。
一、是非初心を忘るべからずとは、
  若年の初心を忘れずして、身に持ちて在れば、老後にさまざまのコあり。
  「前々の非を知るを、後々の是とす」と言へり。
  (…)
一、時々の初心を忘るべからずとは、
  是は、初心より、年盛りの頃、老後に至るまで、
  其時分時分の芸曲の、似合ひたる風体をたしなみしは、時々の初心也。
  (…)
一、老後の初心を忘るべからずとは、
  命には終りあり、能には果てあるべからず
  その時分時分の一体一体を習ひわたりて、又老後の風体に似合ふ事を習ふは、
  老後の初心也。
  (…)
さるほどに、一期初心を忘れずして過ぐれば、
上がる位を入舞にして、終に能下がらず。
しかれば、能の奥を見せずして生涯を暮らすを、
当流の奥義、子孫庭訓の秘伝とす。
此心底を伝ふるを、初心重代相伝の芸安とす。
初心を忘るれば、初心子孫に伝はるべからず。
初心を忘れずして、初心を重代すべし


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
よいものはよいものと認識して受けとめる [2019年04月14日(Sun)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「佐原行」より――
「まったくもって下らぬ心配事ばかりで、
腹の立つのを通り越して呆れてしまいました。
元百姓が作成しようが、大学者が作成しようが
地図の値打ちを決めるのはその精度であってほかのなにものでもありません
わたしはあなたの能力を信じております。
あなたはよい地図を作ることができる人です。
ばかな役人どもの言などに振りまわされないでください」

素直な心になったならば、物事の本当の姿を見る、物事の実相を見る、
ということもできるようになるわけですが、
物事の実相を見るということは、やはり一つには、
よいものはよいものと認識し、価値あるものはその価値を正しく認める
といったことにもなるだろう思います。だから、
よいものはよいものと認識し受けとめるというような態度は
結局のところ、その根本は
素直な心の働きのあらわれの一つということになるのではないか
と思うのです。
「第9条 価値を知る」/素直な心の内容10ヵ条/松下幸之助『素直な心になるために

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
常識にとらわれず、真理を追究する [2019年04月13日(Sat)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「佐原行」より――
いま在るものをすべて疑いなさい
ひとつひとつのことがらを、どんな偉い人がそれを言っていようと、
まずほんとうかどうか疑いなさい。決してものごとを鵜のみにせず、
ひとつひとつを自分の頭で考えなさい、考えてたしかめなさい。

これが学問の正道、ほかに道はありません
またどんなばかげたことがらでも、
ばかげているという理由だけで斥けてはいけない。

ばかげたことがらのうちに往々にして真理がひそんでいることがあるからです。

私は常識とされていることをとにかく頭から否定すべきだと言っているのではない。
問題は、本来限定的にしかあてはまらない「常識」を、
まるでつねに成立するものと勘違いして鵜呑みにしてしまうことである。
このような「常識」にとらわれず、本質を見極め、
正しい判断を積み重ねていく
ことが、
絶えず変化する経営環境の中では大切なのである。
『稲盛和夫の実学』

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
ここでまた米の飯に縋りつくか [2019年04月12日(Fri)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「星学者たち」より――
(わたしの場合、学問はいつも米の飯の反対側にあった。
そしてわたしは常に米の飯にしがみついてきた
学者でなかったのだから、学問が米櫃と直接に結びつかぬのは当り前だが、
ここでまた米の飯に縋りつくようでは、
8歳のときに流した自分の涙に、
12歳のあの向上心に、18歳のあの向上心に申し訳が立たぬぞ
。よし……)
忠孝は座り直して師の作左衛門を見た。
「浅草先生、蝦夷まで参りましょう。
 江戸で死ぬのも一生、蝦夷で果てるのも一生です」
「よく決心なされた」
mampo.jpg(万歩)足跡

松下幸之助 『道をひらく』より――
「道」
自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。
どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。
自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。
広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。
坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。
なぐさめを求めたくなる時もあろう。
しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

あきらめろと言うのではない。
いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、
ともかくもこの道を休まず歩むことである。
自分だけしか歩めない大事な道ではないか。
自分だけに与えられているかけがいのないこの道ではないか。

他人の道に心をうばわれ、
思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。
道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。
心を定め、懸命に歩まねばならぬ。


それがたとえ遠い道のように思えても、
休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。
「創業の地」大開

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
そこに宝の山ありと言われれば [2019年04月11日(Thu)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「星学者たち」より――
(…)
「そんなわけですから子午線一度の長さの実測はまだ先のことになりましょう」
忠孝は作左衛門からこのことを聞いたときから子午線実測の虜になった。
出が商人なので、そこに宝の山がありますよ、と言われれば
黙って引っ込んではいられない
のである。
星学者としての功名心もあった。
晩学であっためにこの功名心に焦りも加わった

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
金のなる柿の木を根元から断ち切る [2019年04月10日(Wed)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「星学者たち」より――
「そのなかでも忘れられないのは庭の柿の木のことで、
そう、ずいぶん大きな柿の木が庭の隅に生えておりましてね、
毎年、秋になるといい実がびっしりと生る。
その実がまたいい値で売れる、まさにわが家にとっては金のなる木だった。
しかし、実が生りだすとこっちはおちおち星の観測もできない。というのは、
近所の悪たれどもが夜になるとこの柿の実を狙ってこっそり忍び込んでくるからで、
毎夜、屋根に登っても、天文の勉強のために登るのやら
柿盗人を見張るために登るのやらわけがわからなくなってしまった。
(…)
ところがある日のこと、仕事から帰って庭をひょいとみると
柿の木が根元から切られて横倒しになっている
『いったいだれが切ってしまったのだ』と訊くと、志勉がこう答えた。
『わたしが切らせました。
あなたは学問をなさらなければならないお人ですのに、
あの柿の木を気になさってこのごろは柿の番人に堕ちてしまわれました。
たしかにあの柿の木はお金を生らせてくれます。
けれどそのようなお金よりもあなたの学問の方がよほど大切でございます。

差し出がましいことをしたとは思ってはおりますが、
どうか今夜からは心をお乱しになることなく、学問にお打ち込みくださいまし』
それからですよ、わたしが死にものぐるいで勉強をはじめたのは
おかげでわたしはいま、こうやってどうやら天文学で身を立てることが
できるようになった。しかもそのいま、
志勉があんなにも希っていたことが実現したいま、
皮肉なことに当の志勉はこの世にいない。五人の子を生み身体をくたくたに疲れさせ、
一度も新しい着物に袖を通すというたのしみも知らず、
ただただわたしに気を配ってくれ、そして不意に逝ってしまった。
その志勉のことを憶うととても……」

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
愚直に一歩一歩、四千万歩 [2019年04月09日(Tue)]
井上ひさし『四千万歩の男(一)』の「お読みいただく前に」より――
50歳(数え年)で隠居するまでは下総佐原村の名家の旦那。
隠居と同時に本格的に星学暦学の勉強をはじめ、56歳から72歳までの16年間、
「二歩で一間」の歩幅で日本国の海岸線を歩き回り歩きつくして、
実測による日本地図を完成。この間に彼の歩いた距離はざっと35,000キロ、
里に換算すれば8,900里、歩数にして約4,000万歩
(…)
「二歩で一間」の忠孝の歩み、その一歩一歩はまことに平凡である。
だが、その平凡な一歩を支えているのは感動的なほど愚直な意志である
第二の人生を歩くことで全うしようと覚悟した、高貴さにまで高められた愚直な精神
彼の足を運ばしめているのである


一身にして二生を経(ふ)

mampo.jpg(万歩)足跡

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
最後の最後まで諦めない [2019年04月08日(Mon)]
松下幸之助「一日一話」より――
「成功するまで続ける」
何事によらず、志を立てて事を始めたら、
少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで
簡単に諦めてしまってはいけないと思う。
一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、
ほんとうに物事を成し遂げていくことはできない。
世の中は常に変化し、流動しているものである。
一度は失敗し、志を得なくても、
それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、
周囲の情勢が有利に転換して、新たな道が開けてくるということもあろう。
世に言う失敗の多くは
成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。
最後の最後まで諦めてはいけないのである。

img425.jpg
(PHP友の会カレンダー2019/4)

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
お困りごとに向き合い、行動する [2019年04月07日(Sun)]
先月18日のGoogle検索画面のロゴが「点字ブロック」に変わるまで、
点字ブロックが日本人による発明とは知りませんでした。
Google_Miyake.png
「三宅精一を称えて」

点字ブロックの誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
岩橋英行さんが書かれた『白浪に向いて』を中之島図書館で借りて読みました。
点字ブロックの発明者である三宅精一さんの一周忌を前に執筆された本です。
s-img423.jpg

岩橋英行『白浪に向いて/三宅精一を語る』の
「第四部 敷設3,000キロメートル」より――
このように、日本の主要都市・主要駅に敷設された点字ブロックなり点字プレートは、
これを発明した人の名も知れずに、その敷設距離をどんどん延長していった。
精一はそれでも嬉しかった。
しかし長年の過労と心労は、徐々に彼の体をむしばみつつあったのである。
(…)
昭和57(1982)年7月10日、けたたましい電話のベルに受話器をとると、
そこに友・精一の逝去を伝える声があった。(…)
思えば、昭和36(1961)年、セントバーナード⽝を媒体として結ばれてから、
良き盲⼈への理解者となり、⾃⽴する盲⼈、前進する盲⼈のために
可能な知恵をふりしぼって参加してくれたこの⼈に
こうべを深く垂れ、安らかな眠りをと祈らざるを得なかった
(…)
確実に利益を追求し、その利益をもって、公益事業に参加する事は、
なんとすばらしい事であろうか。
金のみを尺度とし、物欲・営利のみに走る昨今の社会にあって、
法人をあげて世界・日本社会に対し、ひとこと申さんとの心意気は、
まことにたのもしい。(…)
思えば、敷設3000キロメートル、北海道の北の果てから鹿児島の南端に至っている。
日本列島縦断の途方もない壮挙が、三宅精一という人によって達成されたのである。
しかもそれは、盲人の自立、社会への完全なる参加を目指す盲人が
胸を張って歩く道としてつくられたのである。
それは、万里の長城にも勝る大事業であり、
スエズ運河にも匹敵する偉大な博愛の事業として、
後世に永くたたえられるべきではなかろうか。
彼の霊前に、もっともふさわしい手向けの言葉、
あなたのランプの灯を、今少し高く掲げて下さい。
 見えぬ方々の行く手を照らすために。ヘレン・ケラー





友人の「お困りごと」と向き合い、事業を通じて社会に貢献するひらめき
そして、社会に貢献した報酬として与えられた利益で、公益事業に参加する

事業を通じて社会に貢献するという使命と
適正な利益というものは決して相反するものではない。
使命を遂行し、社会に貢献した報酬として
社会から与えられるのが適正利益だと考えられるのである。
利益は報酬であること/松下幸之助『実践経営哲学』

商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり
松下幸之助『商売戦術三十ヶ條』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
白浪に向かいて [2019年04月06日(Sat)]
先月18日のGoogle検索画面のロゴが「点字ブロック」に変わるまで、
点字ブロックが日本人による発明とは知りませんでした。
Google_Miyake.png
「三宅精一を称えて」

点字ブロックの誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
岩橋英行さんが書かれた『白浪に向いて』を中之島図書館で借りて読みました。
点字ブロックの発明者である三宅精一さんの一周忌を前に執筆された本です。
s-img423.jpg

岩橋英行『白浪に向いて/三宅精一を語る』の
「第四部 敷設3,000キロメートル」より――
さて、世の中は、実に⾒苦しいものである
精⼀が苦しみ、悩み、まさに破産⼨前まで追い込まれた時は、
誰ひとり点字ブ ロックに耳を傾け、注⽬しようとはしなかった。
それがこうして全国に普及し、主要都市に敷きつめられて、
盲⼈の単独歩⾏と交通安全、社会参加への⾃⽴が叫ばれだすや、
いかがわしい類似品が姿をあらわし始めたのである。
まさに盲人をダシにした金もうけ主義の台頭である。
利益追求のためならば、なりふりかまわず、という業者も出現した。
たとえば、突起物を千⿃に配列してみたり、山の頭を削ってみたり、
健常者⽤に開発されたノンスリップを⽬的としたものを、
盲⼈⽤に流⽤するなどが駅などに⾒られるようになった。
注文する⽅は、いかなる経過により、これが作られたかは知らない。
まして、この点字ブロックが世界的背景を持ち、
盲⼈の⼈間宣⾔という確固たる哲学の延⻑上に⽣まれてきたゆえんも熟知しない
この誕⽣こそ、「盲⼈たりと⾔えども⼈間である。
⼈間である限り、⾃由なる⾏動と職業選択の⾃由がほしい
」といったテーマに基き、
世界の盲⼈関係者たちが衆知を集め、検討し、これを凝縮して、
精⼀と三郎によりつくられた36点の⼭を持つ点字ブロックこそが、
真に盲⼈の歩⾏を助ける唯⼀のものである事を、
為政者も製造者も利⽤者も確認しておいてもらいたい。
(…)
何でもよいから、敷いておけ
敷いておきさえすれば文句や責任は問われまい、といった考え方では困る
一枚の点字ブロックにも、温かさと、細かい配慮がほしいものである。




経営は論理の積み重ねである。
常に論理的に考え、攻める姿勢が必要なのだ。
自分の頭で考えないで他人の真似をするのが、経営者として一番危険な人なのである。
論理的に考える人は、その結論を導き出した経緯について筋道立てて説明できる。
また説明をしているうちに考え方を論理的に整理することもある。
他に対して説明する能力も経営者にとって大事な資質である。
『小倉昌男 経営学』

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
石の上にも6年 [2019年04月05日(Fri)]
先月18日のGoogle検索画面のロゴが「点字ブロック」に変わるまで、
点字ブロックが日本人による発明とは知りませんでした。
Google_Miyake.png
「三宅精一を称えて」

点字ブロックの誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
岩橋英行さんが書かれた『白浪に向いて』を中之島図書館で借りて読みました。
点字ブロックの発明者である三宅精一さんの一周忌を前に執筆された本です。
s-img423.jpg

岩橋英行『白浪に向いて/三宅精一を語る』の
「第四部 敷設3,000キロメートル」より――
日の目をやっとみるようになったと感激はしたものの、
昭和46年、この年は、もっともどん底の年であったとも言える。
PR文書を全国の福祉事務所、府県の民生部等に発送し、かつ、箱山は
点字ブロックを持参して土木部、ライオンズクラブ等関係があると思われるところに、
こまねずみのように歩きまわり、普及につとめた。
毎日、毎日、机の前で照会の電話の鳴るのを、精一は今か今かと待ったけれども、
1週間、2週間たってもベルはならなかった。
精一は考えた。「石の上には6年目とは、今年も入るのか」。
ものが悪く悪く回転し出すと、妄想が頭をよぎるものである。
三郎と夜遅くまで、電話をはさんで、毎日同じような対話が続いた。
三郎と箱山に向かって、「もうこの仕事はやめようか。
私財を投げ出してここまでやって来たが、もはや金も底をついた。
忍耐にも限界がきた。旅館事業でいこうと思うが……」
これに対して二人は、「今少し頑張ろう。ここまでやって来たのだから、
必ずいい日が来るはずです」と激励している。
グチを言うことが、案外、気持ちを晴らすこともある。
毎月、何回、同じような会話がかわされたことであろう。
旅館の建物もすでに10年は経っていた。雨もりはひどく、建物もガタガタである。
精一はますますあせった。専業にもどるか、点字ブロックにとことんつき合うか、
キェルケゴールではないが、あれかこれかの決断を迫られたのである。
底知れぬ深い谷間を見下ろしながら、あの石に足をかけるべきか、
こちらの石に一切を委ねるべきかといった限界状況の中で、
悶々のうちに月日は過ぎて行った

精一が、これほどに私財を投入して、なおかつ何の芽も出ない姿を見るにつけ
箱山は、暗たんたるものがあった。しかし持ち前の負けず嫌いの根性から
今ここで折れてなるものかと、から元気を出しつつ、精一を励ましている
「冬来たりなば、春遠からじ」である。夜こそ、朝への、もっとも近道なのである。
もうそこに夜明けが近づいていようとは、夢想だにしなかった。


昭和45年、「石の上にも6年」の年。
国鉄が点字ブロックを公認して3月に阪和線の我孫子町駅のプラットホームに敷設され、
9月には当時の皇太子殿下と妃殿下が日本ライトハウスをご訪問された時に
殿下が点字ブロックや蝕知式信号機にかなり興味を示されてご質問をいただき、
「6年目にして、やっと太陽があたりました」と……
ところが昭和46年、「この年は、もっともどん底の年であったとも言える」。
そして昭和47年、「この年は精一にとって、またこの事業所にとっても、
もっとも記録すべき、喜びの年である」。




この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
人の目を開かせるもの [2019年04月04日(Thu)]
先月18日のGoogle検索画面のロゴが「点字ブロック」に変わるまで、
点字ブロックが日本人による発明とは知りませんでした。
Google_Miyake.png
「三宅精一を称えて」

点字ブロックの誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
岩橋英行さんが書かれた『白浪に向いて』を中之島図書館で借りて読みました。
点字ブロックの発明者である三宅精一さんの一周忌を前に執筆された本です。
s-img423.jpg

岩橋英行『白浪に向いて/三宅精一を語る』の
序文「三宅精一氏の目を開かせたもの」藤田真一(朝日新聞編集委員)より――
人にとって愛とはいったい何でしょうかと問われたとき。
マザー・テレサは
それはまず立ち止まって、5分間よく聞いてみることから始まるものです
と答えたことがあります。
原題偉人があまりにも忙しすぎて、たったの5分間、ひとつの物事の前に立ち止まり、
話を聞くゆとりさえ失っている事実を指摘し、
そんなことで愛というものを理解できるはずがないでしょう、
と言ったのではないかと思います。
三宅精一氏が岩橋英行・日本ライトハウス理事長を知ったのは、
もとはというと、犬がとりもつ仲であったと聞きました。
それがやがて岩橋さんの失明ということになり、
三宅さんは初めて、目が見えないとはいったいどういうことかに、
目を開いていったのです。
それも並大抵の関心度ではありません
具体的に、深い注意力をもって
岩橋さんの話をよく聞き、よく消化していったのでした。
ちょっとできそうに思えて、じつは、なかなかできることではありません
晴眼者時代の岩橋さんと交際のあった人びとで、
失明後いつとはなく遠ざかった人がどれだけいたことかと思います。
そういう人たちとは逆に、三宅精一氏は
視力を失った岩橋さんにますます近づいていきました
そして「盲」とは何かについて目を開いたのです。
それを具体化したあかしが、点字ブロックの考案であったことは言うまでもありません。
言いかえると、三宅さんの岩橋さんに対する愛のあかし
また、ひとりの晴眼者からひとりの盲人へ贈る愛のあかし
それが点字ブロックという形をとって表現されたのだと思います。
(…)
私たち日本人は、戦後、たしかにお金持ちになりました。
国際競争力が強くなり、消費生活は世界最高のぜいたく水準に達しています。
けれども半面、だれもが、心の底に深く満たされない飢餓感を抱いていることも
否定できない事実でしょう。
その飢餓感は、いくら所得が増えても、また競争に勝っても、
満たされることを知りません。
さて、この私にとって心の飢えを満たしてくれるものが「愛」への道だとすれば、
その道しるべのひとつとして、三宅精一氏の小伝に出会えたことを、
心の底からありがたいと思っています。(1983年4月12日・記)

―― 同感です。
Google検索画面のロゴをきっかけに、
点字ブロックの誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
本書と出会えたことに心の底から感謝です。




この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
幸せの黄色い道 [2019年04月03日(Wed)]
先月18日のGoogle検索画面のロゴが、点字ブロックに変わっていました。
Google_Miyake.png
「三宅精一を称えて」

点字ブロックが日本人による発明とは知りませんでした。
その誕生物語と普及のご苦労に心惹かれ、
岩橋英行さんが書かれた『白浪に向いて』を中之島図書館で借りて読みました。
点字ブロックの発明者である三宅精一さんの一周忌を前に執筆された本です。
s-img423.jpg

三宅さんと岩橋さんはセントバーナード犬がとりもつ縁で出会われましたが、
岩橋さんが視力が減退して失明に向かう姿に心を痛め、
盲人たちが自由に歩けることができないかという三宅さんの思いが
点字ブロックの考案につながったようです。

失明途上の岩橋さんとの出会いから
点字ブロックが考案開発されたのが昭和40(1965)年1月。
当初は盲人のためと称して金もうけを企んでいると誤解されるも、
三宅さんの人柄や点字ブロックの価値が評価されて、
昭和42(1967)年3月に点字ブロック第一号が三宅さんの寄贈によって敷設されました。

その後も試作して寄付の連続で三宅さん個人の財布は赤字で大ピンチでしたが、
三宅さんは「点字ブロック」で交差点がわかっても信号の色がわからないからと
「振動触知式の信号機」を開発され、
さらに横断歩道の両サイドがわからないからと「点字道路鋲」を開発されてました。

石の上にも6年、
昭和45(1970)年3月に国鉄の我孫子町駅のプラットホームに点字ブロックが敷設。
千里で万博が開幕した時です。

ようやく日の目を見るようになりましたが、
同年9月に当時の皇太子殿下と妃殿下が日本ライトハウスをご訪問された時に
殿下が点字ブロックや蝕知式信号機にかなり興味を示されて色々とご質問いただき、
「点字ブロックや信号機が大阪の何ヶ所で敷設されていますか」と尋ねられても、
知事や市長はまだ一つも敷設されてなかったので答えられずに困ったそうです。

友人が視力減退で失明していく中で考案された点字ブロックが、
私財を破綻寸前に追い込まれるまでつぎ込んで普及された過程に深く感銘を受け、
魂を揺さぶられました。

前日(3/17)のマラニックでご一緒した京都から来られたブラインドランナーの方が、
夜7時を過ぎると盲人用信号機の音が鳴らなくなると言われたのに
私は「なんで?」「それはお困りですね」「7時に間に合いますかね」と会話するだけで
終わってしまいました。三宅さんに比べてお粗末なことです。




この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
春のそよ風のように [2019年04月02日(Tue)]
松下幸之助「一日一話」より――
「春を楽しむ心」
草木は芽を出し、蕾はほころびて伸び伸びと成長する春の季節。
春はまさに万物成長のときと言えるでしょう。
私たちもこんな春を迎えて、
大いにこれを楽しみ、大いに成長していかなければならないと思います。
春を楽しむ心は、人生を楽しむ心に通じます。
長い人生には、ときには不愉快なこともあり、面白くないときもありますが、
春を楽しむように人生を楽しむ心があるならば、
やがてまた春のそよ風のように、心もやわらいで、生きがいも感じられてきます

そして野山の木々が一年一年と年輪を加えていく如く、
お互いの心も、去年より今年、今年よりも来年と
一年一年成長していくと思うのです。

img424.jpg
(PHP友の会カレンダー2019/3)

今年もツバメたちが巣作りに励んでいました(阪急箕面駅 2019/3/31)
s-IMG_3962.jpg

s-IMG_3961.jpg

s-IMG_3965.jpg

人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩のあゆみ」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
| 次へ