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東国原知事と「せんたく」の野合[2008年03月04日(Tue)]
東国原知事は、道路族・バラマキ行政のマスコットに変身した。もはや地方自治の「新しい風」では、なくなった。

宮崎県経済のために道路が必要なら、そして経済効果が見込めるなら、県が起債でもなんでもして、道路をつくればよい。生活費全面値上がりが直撃する全国の納税者に関係のある「暫定税率」廃止に口をはさむべきではない。これは国政の問題である。

減税は「暫定」であるからという理由で廃止し、増税は「暫定税率」であっても継続する不公正に、納税者は怒っている。政治家のウソツキ体質をこれほど露骨にしめしたものはない。暫定減税を決定した当時の小渕首相は、「これは暫定という名前がついているけれども、恒久減税です」とはっきり約束したではないか。

この東国原知事を仲間にした「せんたく」も、結局はバラマキ行政に新しいコロモをきせた旧体質の地方行政家と、選挙区対策を主眼とする政治家の野合集団にすぎず、官僚制度の手のひらの上でおどっているメダカの群れである。

北海道の現状をみれば、「せんたく」が掲げる道州制など、とっくに破綻している。

解決方法は、連邦制のみである。
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福岡3児事故死判決[2008年01月09日(Wed)]
昨日発表された3児事故死事件にたいする福岡地裁判決は、飲酒運転撲滅に動く社会通念に著しく反する「誤審」である。
そもそも飲酒運転致死傷罪は、立法時に、社会通念を読み違えた法務官僚、特に内閣法制局担当者の時代遅れの法理論があって、犯罪の認定につき、過度に不適切な制約をくわえられたものであるが、それは社会通念という法源を根拠に、ある程度法解釈でのりこえられるものである。それができなければ、そもそも人間が裁判官である理由がない。
倫理学的に考えると、現代の社会的責任の核心は、「自律と結果責任」にあり、法解釈にあたっては、罰則の重さよりも結果の軽重に重きをおいてハードルの高低を設定しなければならない。
法律は社会的共通主観の変化についていけず、裁判官は法の進化についていけない。福岡地裁の裁判長は、司法不信を社会に広めたという理由で、罪は重い。第一、判決をくだしたあとで「一生かけて償いなさい」などムダグチをきくのは、自ら誤審の疑いをもっていることを、バクロしたようなものではないか。法律家は、法手続きでモノを言うべきで、判決を伝えたのちは、裁判官といえども、ただの中年サラリーマンにすぎないのである。
これだから、裁判員制度が必要とされるのである。
腐敗汚職体質の「防衛省」−改革の方法はあるか?[2007年12月02日(Sun)]
本来軍事予算は、産業側にとって利潤率の高いおいしい仕事であることは、どこの国でもかわりはない。一機20億円の戦闘機の儲けは30%としても何億になるのか、シロウトでも計算可能だ。

日本の特殊事情は、自衛隊は実質アメリカ軍の指揮監督下にあり、アメリカ軍はアメリカの納税者を守ることが使命であって、その下請けの自衛隊はアメリカの納税者を守ることに使われても、日本の納税者を守ることには、必ずしもはたらかないという植民地的現状である。

もともとの性質が売国奴である植民地の傭兵集団に、愛国心や倫理道徳を要求すること事態が、構造的論理矛盾というべきである。

防衛省とは、日本国民が収めた税金を、アメリカの軍需産業の懐に流し込むベルトコンベアーのことである。砂糖にたかるアリのように、甘いおこぼれに群がっているのが、商社や新日鉄や三菱工業など日本の軍需グループである。

このような官庁に4兆8千億円もの予算をつける必要があるだろうか。

北朝鮮に備えるためというならば、北朝鮮のGDPがソックリそのまま軍事予算であると大げさに仮定しても、自衛隊の予算は1兆円で十分である。国土面積に比例して過大な軍事予算を持っているから、歴史認識問題などと称して痛くもない腹を探られることになるのである。

残りの3兆8千億円を、福祉や庶民減税に向けたほうが、よほど愛国心の涵養にも役立ち、国防にも資することになるとおもうのだが。

増税反対[2007年11月20日(Tue)]
福田政権の性格を一言でいえば、財務省手先主導内閣である。消費税増税発言を続ける与謝野前官房長官らの言動が典型である。「保守大連合」構想も、マスコミ大ボスの、消費税引き上げ目的がミエミエだっただけにつぶれた。これが、「官によるムダ使い廃止、大衆減税目的」の大連合であれば、有権者の支持を得て、大成功したであろう。腐りきった日本の官僚権力にたいし、行政改革の必要性が政治的にも経済的のも倫理的にも必要とされている事態は、「守屋次官」の「汚職事件」追求によって、日米政産官コンプレックスが日本の納税者をくいものにしている実態が垣間見られれば、敏感な国民にはよく察知できることになるであろう。
そもそも国土面積からすれば、世界で5本の指に数えられる4兆8千億の防衛予算など、過大すぎる。ドイツやイギリスなみで十二分のはずである。まず防衛予算から1兆をけずって、社会福祉の充実にまわそう。
人口減少による国内市場の縮小は、日本の「国運」上、最大の問題である。大衆課税の引き上げによって、さらに市場をちいさくして、何の得るところがある。日本の企業の強みは、国内市場という基礎的市場にささえられてのうえではなかったか。累進課税(金持ち課税)をもとにもどして強化するのは、よい。資本はグローバリズムの世界であるから、日本人の成金をふやすことは、国民経済上意味がない。日本が有利な投資先になることが先決である。それには日本の日常品市場をみりょくあるものにするしかない。
消費は力である。生産力ではない。腐敗をばらまくODAをやめて、其の分を減税にまわし、途上国からの輸入を拡大すればよいのである。
老後の不安を無くし、消費拡大を導くべきである。
環境問題をとっても、人口問題をとっても、社会の不公平と腐敗をなくすことからしても、今、日本のとるべき道は「大国幻想」からの「持続可能な撤退」である。
吉兆問題[2007年11月19日(Mon)]
吉兆の偽造問題は、みやげ物の偽造にとどまらず、料亭の料理のゴマカシにまで飛び火した。ほんらい、体質の問題とする観点からすれば、主要な犯行は、「本業」であるバカ高いことで有名な料亭でこそ行われたと考えるべきである。ひとり船場吉兆にとどまらず、全グループがうたがわれてしかるべきである。
鑑定能力を持ち合わせず、「高かろう、良かろう」とする成金と、その無知と見栄につけこんだ拝金主義の成れの果てである。言い換えれば、企業としては、倫理リテラシーと、組織としての自浄能力の欠如の結果である。
宗教的伝統が比較的希薄な日本社会においては、倫理すなわち善悪の問題として物事を考える能力が不足し勝ちである。倫理とは、個人や企業をとりまく複雑系環境にたいし、すばやく並列的情報処理をおこなう手法(メトーデ)のことである。
倫理的判断に疎いから、自称「環境専門家」「生物多様性専門家」のあいだにも「環境問題はサービスの問題であって、倫理問題ではない」などと嘯くヤカラもいるのである。これは拝金主義の一変形であって、たとえばゴアが著書「不都合な真実」のなかで、自分がいかにして地球環境問題を倫理問題として捉えるにいたったかを述べている箇所を読むとよい。
成金の無知と見栄につけ込む商売は「浜の真砂」と同じく、今後もあとをたたないであろう。CSRの普及努力もキリがないゆえんである。
小沢民主党代表辞任[2007年11月06日(Tue)]
小沢民主党代表が、福田首相とのさしでの会談のあと、民主党役員会を経て、代表辞任をもうしでた。政治家にはステーツマンとポリティシアンの二つの顔がある。紳士・評論家としての顔と、獣としての顔である。それがわからなければ、この問題のスジは理解できない。

「全役員が賛成したら、その事業方針は採用しない」これは、ごく当たり前の企業家が発する言葉である。民主主義を否定するのではない。だが、民主主義は平凡な発想とイコールであり、競争社会にあっては、これでは競争力をもちえない。したがって日常的には民主主義的な組織形態を維持しながら、いざというとき(ティッピングポイント)にあっては、リーダーシップのもとに統制のとれた非常の行動をとる。これが競争力のある事業組織の能力であり、「なんでも多数決」では実際の世の中に存在価値をはっきすることはできない。どのような社会組織もそうであり、権力闘争が日常である政治の世界においては、ますますもってそうである。

世評に反して、小沢の本質はステーツマンである。だがポリティシアンとしての才能を人一倍兼ね備えている。「大連合」とは、本当の中身は民主党による内閣ののっとりである。小沢が副総理になり、民主党から6人閣僚(自民は10人、公明は1人)が入閣した場合、小沢のリーダーシップに抵抗できる役者は一人もいない。実質的には「小沢内閣」であり「政権奪取」の実現であった。

残念ながらこのような大博打を理解し、これに乗れ役者がも民主党にはいなかったということだ。参議院でも単独では過半数をとれず、来るべき衆院選でもまあ250以上はムリスジと思われる民主党にとって、現在のチャンスをモノにして定着させる方法は、小沢代表一流のマヌーバに乗るしかなかったのだ。

これはマヌーバであるから、あくまで個人芸なのである。すべからく実社会の組織運営というものは、民主主義的な日常を建前として貫きながら、才能ある個人をリーダーとして、いざというときには「非常の手段」を用いる覚悟が必要なのである。その覚悟が民主党にはなかった。

これは戦術であるから、本来ならば代表辞任など必要はなかったはずである。ただここで民主党にあつまった政治家たちの評論家的体質の限界がミエミエになってしまったとすれば、話は別になってしまうのかなあ。
沖縄の「集団自決」[2007年10月05日(Fri)]
太平洋戦争末期、沖縄の「集団自決」は軍部の強制によったものであることは、物的証拠によって明らかである。それは軍部によって配布された手榴弾である。

手榴弾が旧日本軍によって配布されたことはあきらかであるし、まさかこれ一発で米軍戦車と戦うためと強弁するものはおるまい。文科省の役人は、なにをいまさらこんなわかりきったことをもちだすのか。今年度教科書検定は、役人の水準低下と、日本の右翼文化人どもの動脈硬化振りをうかがわせてあまりあるものである。

司法では裁判員制度の準備もすすむなか、教科書検定にも普通の民間人の声を反映する制度改革が必要である。さもないと、社会通念にマッチした行政は、期待できない。
相撲中継をボイコットしよう![2007年10月02日(Tue)]
大相撲がカネまみれの汚い世界であるとは、かつて親しかった作家で横綱審議委員であった児島氏から聞いてはいた。しかし旧帝国軍隊的陰湿なイジメと暴力体質が、ここまでひどいとは思わなかった。大相撲は、日本国と日本人の恥である。もう、国技などとはいってほしくない。

わが国に根強い暴力体質に決別するため、少なくとも、九州場所の観戦はボイコットしよう。

NHKという放送局は、税に見まがう聴取料の強制徴収によってなりたっているのだから、日本人が全体として、相撲界改革に納得するまで、放送をとりやめるべきである。
相撲協会とビルマでの殺人について[2007年10月01日(Mon)]
国家のもっとも基本的な使命は、国民大衆一人一人の生命をまもることであり、これを怠ったら存在理由はない。これに怠慢な国家に、税金をとる正当理由はない。

両事件にたいする福田首相と町村官房長官の反応は、まさにゾンビ内閣の異名にふさわしい、傍観者的なものである。お二人の給料の一部は、時津風部屋でイジメ殺された若者の親や、ビルマで殺された記者から長年にわたって収奪した、税金によってまかなわれていることを、少しは考えてみたらどうか。

相撲協会によるイジメ殺人は、今にはじまったことではない。これを漫然とゆるしていたのは、いじめ教室に対処できない文部行政の怠慢の結果である。暴力団と少しも違わないカネと暴力にまみれた相撲協会に、伝統保持の意味があるからといって、公益法人の資格を付与しつづけることは、民主国家の名にふさわしくない。山口組に公益法人の資格を与えるのと同じである。伝統の名目があれば、吉原も公益法人にするのかい?

ビルマでおきたことは、もしカメラまでとられていたのであれば、軍隊による強盗殺人である。自衛隊ものんびりとインド洋で給油などをやっている場合じゃないでしょう。緊急事態に備えて、ビルマ沖に艦隊を集結させるべきである。政府は直ちに、国交断絶の手続きに入るべきである。ビルマの資源云々など、モノホシそうな顔で、国民の命の問題を混同するものでは、ない。
日本人記者射殺について[2007年09月28日(Fri)]
国号をビルマからミャンマーに変えたのは軍事政権であるから、私は西洋哲学者を学んだものの伝統にのっとって、相対的民主主義者として、ビルマとよばせてもらう。

ビルマの軍事政権の兵隊が、日本人記者を至近距離から胸を狙い撃ちにして殺害した事実は、明白である。

にもかかわらず町村官房長官の会見をTVでみて、あきれかえった。まるで、他人事のようにアメリカや国連の出方をみて対応するというのである。一体彼は、どこの国の政府を代表してモノをいっているのか。殺されたのは、日本の納税者であり、ジャーナリストではないか。

国は納税者の生命財産を守る義務がある。民主国家は、ジャーナリストの生命を保証する義務がある。町村発言は、日本の政治家の無能、無責任ぶりを、絵に描いたように浮き彫りにしている。

このような隷属国家的態度では、日本のジャーナリストは、世界のどこにいっても殺されてしまいかねない。日本の人々が必要な情報を得にくくしてしまう、民主主義の根幹にかかわる発言である。

今後日本は、ビルマの軍事政権を、テロリスト国家として、北朝鮮政府と同様に扱うべきである。経済援助は、人道支援の名目であれなんであれ、ただちに中止すべきである。経済援助の財源はころされた人を含む納税者のおさめた税金であることを、わすれてはならない。

ところでいつぞやのイラクでの日本人ボランティア拉致事件について、日本のマスコミは小泉元首相の尻馬にのり、「自己責任論」を展開してパウエル(元米国務長官)をあきれさせたように、ふたたび殺された記者の「自己責任論」を開陳しますか?日本人記者の殺害に、これほど他人事のような無責任発言を政府にさせたのは、マスコミの不見識にもあったのでは?

反省のないマスコミは、そろそろ世間から見限られようとしていますよ。
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