「見る前に跳ばされた」20代のありがたさ[2008年01月11日(金)]
もちろん、私の大学生時代を思い返せば、
似たような「ためらい」や「恥じらい」もありました。
たとえ将来のこと、自分のこと、そして世界のことを
自分なりに考えてはいたとしても....
わざわざ言葉にして発表して、
社会人と本音で交流することなど思いもしませんでした。
しかし幸運なことに、厳しくも優しい生涯の恩師に出会って
「なぜ?」「あなたの言いたいことを一言で言うと?」と
毎回毎回、問い詰められました。
今思えば、参考書丸暗記、コピーペースト型の私を
「自分の頭で考え自分の言葉で発言できる」ように
鍛えていただいていたのです。
また、社会に出てからもベンチャー企業と大企業の両方で
「見る前に跳ばされる」修羅場の数々に遭遇しました。
その前例なき窮状の中で、上司やお客様にも恵まれたおかげで、
私もいつしか「見る前に跳ぶこと」が苦にならなくなりました。
そして、今となっては、跳ばされて....跳んで良かったと
しみじみ思うのです。
だからでしょうか。
学生たちの発表で「もったいないタメライ」が見られた時には、
無意識のうちに背中を押したくなるのです。
似たような「ためらい」や「恥じらい」もありました。
たとえ将来のこと、自分のこと、そして世界のことを
自分なりに考えてはいたとしても....
わざわざ言葉にして発表して、
社会人と本音で交流することなど思いもしませんでした。
しかし幸運なことに、厳しくも優しい生涯の恩師に出会って
「なぜ?」「あなたの言いたいことを一言で言うと?」と
毎回毎回、問い詰められました。
今思えば、参考書丸暗記、コピーペースト型の私を
「自分の頭で考え自分の言葉で発言できる」ように
鍛えていただいていたのです。
また、社会に出てからもベンチャー企業と大企業の両方で
「見る前に跳ばされる」修羅場の数々に遭遇しました。
その前例なき窮状の中で、上司やお客様にも恵まれたおかげで、
私もいつしか「見る前に跳ぶこと」が苦にならなくなりました。
そして、今となっては、跳ばされて....跳んで良かったと
しみじみ思うのです。
だからでしょうか。
学生たちの発表で「もったいないタメライ」が見られた時には、
無意識のうちに背中を押したくなるのです。
Posted by 久米 信行 at 00:46 | まえがき | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)



