ノーベル賞受賞は終着駅でなく出発進行であるべき為のもの!!
湯川博士をここに出して来たのは外でもない、つい先日誕生百年を迎えたことと、
かつてアインシュタインと湯川氏の結びつきはとても深く、アインシュタインは原爆の理論を完成し、
それを戦時中、アメリカが日本に落とすという決定に徹底して反対し、それを止められなかったことに深い悔いを残し、生涯心の傷を負っていた。
湯川氏はアインシュタインの心を学び、終生非核の思想を持ち続け、京都大学における研究費の削減等のいやがらせに悩みながら、
平和のために心を砕いて生涯を終わったのである。
ローン安高先生の心はノーベル賞をけなすつもりはない。
そうではなく、ノーベル賞が最高の栄誉であるならば、この受賞者はこれを売り物にして事足れりではなく、
これをきっかけに真の人類の幸せの為に、荊の道であろうと何であっても、人々の為にその実力を遺憾なく発揮してもらいたいということなのである。
賞は終着駅ではなく、大いなる発進の場であって欲しいのである。
年に一度や二度のアピールを出すだけでなく、人を殺す政治家や財界人と対決してほしいのである。
講演料をほしいままにして、権力者とうまくやっていくというのでは情けない話ではないか。
世界の人の心に止ることが肝要なのだ。
ローン安高は朝、暗いうちに起き門の外の郵便受けまで新聞を取りに行かなければならない。
運動不足になり勝ちな彼は努めて歩いたり時には竹箒で表の道路に落ちた松葉や松笠、せんだんの実などを傍らに掃き寄せたりもする。
娘が子供を学校まで電車で一時間かけて送って行くので、二階から降りて来て「あの、すみません、この特殊ゴミ○○さんの前に網がかかっていますから、お願いね」
「お、」
大きな網はすぐ降りたがプラスチックなどの透明の袋がうまくくるまない。
寒いから外套を着け帽子までかぶっている。
近くの家に一軒だけオートバイで新聞をほり込み、彼が何をしているのか、後から様子を見ていたとうだが、
どうやら町内の住人だと見定めたらしく、そのまま、勢いよくオートバイで立ち去った。
ついこの間、斜め向かいの家に泥棒が入ったから警戒して欲しいなどと物騒な話になっている。
ローン安高先生は相当深いところに問題のあることを感じ取っている。
俳優blogger(ブロガー)高橋和勧の後述をちょぃ、今、夕張市をはじめとする日本の街が泣いている。ぼくの仲間からも真剣なメッセージを戴いている。勿論、外交問題が大事なのだが、どうにかぁ民間力で団結し併行して廃れゆく街の再出発は出来ないのだろうかぁ。いやぁ!可能な法は必ずあると考えてます。5Sの笹川陽平会長の言葉からぁ閃きかけてはいるのだがぁ。俺に力がありもっともっと沢山の意見を集め持ってゆきたぃ!!



