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2008年03月17日

アメリカはレーガン時代からの負の遺産、精算の秋・・・

    自分の死以外は戦争も国家も社会も一切関心のない哲学者

 主題のような思想を宣言する哲学者がいる。

 敢えて、誰であって、どのような視点に立って、こうした思索をつずけているかは
ともかく、全く自身の死だけが問題であって、他に関心を持たないというのも静かな
瞑想の中から生まれてきた真実の息吹であろうと思う。

 これはこの哲学者だけの命題ではなく、生きとし生けるものの命題でもある筈で
あるが、そうした思索の環境や訓練を受ける機会がなく育って来た無数の人々には
無縁のことのように思われるが、実はきわめて、貴重であり、必要な探究であって、
混迷する社会や、国家、世界にとって、これほど重要なものは他にないかも知れな
い。

 この原点を無視して徒に議論を進めていっても大した探究や結論を得ることはで
きないであろう。

 一見、当面の問題解決に役立ちそうな全国で毎日行われている何らかのフォーラ
ムといったものでも、ほとんど議論が行われても、つきるところ大きな立場から来る
結論がまとまらないのも、多くの議論の参加者が枝葉末節に捕らわれていて、木を
見て森を見ない議論が多いからにほかならない。

 木を見て森を見ないこと自体、森の源流や流れの終着である大海やその先の
生きものやプランクトンの生息、生態、更に地球自体、その他無数の惑星、ニュート
ンの量子力学を超えて、プラズマの世界にまで、思考と希求、幻想と理性との境すら取り払われ、宗教者と自然科学者が、共通の結論に到達するといった、すばらし
い成果を見るところまで来ている。
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