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2006年09月16日

日本は戦争の出来ない国

日本は安倍晋三内閣になりそうで、そうなれば憲法改正が一つの大きな柱になる。

その前に国家財政をどう立て直すかという大問題が控えているが、それは経済の専門家にまかせると言っている。

教育、少子化、多々あるが、日本国民の士気を昂揚させるとか愛国心を持たせる運動や議論が起きているし、とりわけスポーツなどにその勢いが持ち込まれ、○○ジャパンといった言葉が氾濫している。

まあ、スポーツの世界ではいくら士気の鼓吹を計ってもいいが、国策の面でナショナリズムをあおるのは、あまりいいことではないだろう。

ただ、単に平和を求めて已まないというのが国民一人一人が望んでいるところだと思うがもっと積極的に平和の論議をするとして、大体この日本という国は、最近のアメリカ軍やイギリス軍のアフガニスタンやイラクなどの戦争状況を観察していると、空母から飛び立った爆撃機によってたちまちの間に相手方の都市や基地を廃墟同然にしてしまう。

その中を人々は逃げまどい、さまよい歩き避難し、食や水を求め寝泊りするところを探さなければならない。かつて日本は約六十年前に原爆を落とされ各都市は、焼土にされてしまった。

アメリカ軍は日本の軍事拠点を攻撃するだけでなく明らかに木造建築で出来上がっている日本の生活様式に目をつけ、焼夷弾による焼土作戦に打って出た。

家屋の炎焼や倒壊は勿論、寝巻きで逃げて行く住民の衣服や持ち物にも、いったん火がつけば消すことが出来ないといった戦争終結のためには何でもやるという、四面海に囲まれ、湿気の多い日本はどこまで行っても木造家屋を利用せざるを得ないという特徴そのものに目をつけ作戦の転換を計った。

この日本人の生活、建築様式は、マンションなどが多く造られてはいるものの、本質的には少しも変わっていない。

木造建築は日本象徴にも通ずる「美」とも深く関わっている。

【日本の文化遺産は全て木造である】 これは日本の宿命であり、今後も独自の文化であり、生活様式として基本としては変わらないであろう。

人は誰しも住居を欲しい。 既に統計的にも限界を超えているそうだが、ともかく誰だって自分の家に住みたい。

だから、都会には、一坪の土地も空いていない。

このようにして日本人は戦後六十年、平和を前提に「すまい」を築き上げて来た。

口先で憲法をかえればいいとか、集団的自衛権をどうするとかいうが、土台、戦争など出来る国ではない。

あまり国民も政治家も気ずいていないだろうが、法の前にがっちりした生活があるのだ。

よくよく考えてみるといい。
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