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特定非営利活動法人せんだい・みやぎNPOセンターのブログ
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【仙山線関山街道フォーラム協議会】土木遺産「作並駅転車台」見学会を実施!【まち・むすび助成金情報】[2015年11月12日(Thu)]

平成26年度選奨土木遺産に認定された「仙山線鉄道施設群」の一つとして知られる「作並駅転車台」の見学会が、抜けるような秋晴れに恵まれた2015年11月5日(木)に、錦繍の鎌倉山を望む「JR作並駅」で開催されました。

「新聞の告知で開催を知り、急遽会社を休んで参加した」という鉄道ファンを含む約20名の老若男女が作並駅に集合し、「紅葉がきれい」「日差しが暖かくて良かった」などと和やかに談笑が交わされる中、「関山街道フォーラム協議会 鉄の道部会」の加藤栄一さんから開会のご挨拶を頂きました。

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一通りの説明を受けた後、参加者は車に分乗して転車台まで移動することになったのですが、国道48号線を山形方面へと少し進み、地元の方々が使用される生活道路を上ったところで下車。5分ほど砂利道を歩くと、なぜか眼下に作並駅が見えてきます。その理由は簡単で、転車台は集合場所の作並駅から線路を挟んで向かい側にあったのですが、横断することができないため、ぐるっと回り道をしたという訳です。

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細い私道を抜けると、開けた場所に保安柵に囲まれた転車台と、転車台を掘り起こした際の残土を盛土し、防水シートで覆って作られたという見学台が見えてきます。どちらもJR東日本のご好意により制作されたものだそうです。その見学台に参加者全員が上ったところで、再び加藤さんが登場し、本日のメインイベントである「転車台についての解説」が始まりました。

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歴史に詳しい方はご存知かと思いますが、作並駅は「交流電化発祥の地」として、日本の鉄道史にその名を刻んでいます。

抄出しますと、『1892年(明治25年)に開発が始まった仙山線は、標高35mの仙台駅から標高130mの山形駅までを結び、その途中、標高450mの面白山高原駅、標高230mの国見駅を経る』ことから、文字通り「山あり谷あり」の路線と言えます。

開通当初の蒸気機関車は、仙台〜作並、山寺〜山形と、各区間ごとなら走ることはできましたが、作並〜山寺の区間となると、全長5361mの仙山トンネルを通り抜ける力が足りなかったため、電気機関車が必要となったそうです。この電気機関車が導入されるまで、仙台から来た蒸気機関車をターンさせるために用いられたのが、この作並駅の転車台ということになります。

ちなみに、この転車台は電気で動いていたそうですが、停電した時には、国鉄社員の皆さんが人力で回したそうで、直径10mはあろうかという転車台の上に、鉄の塊である蒸気機関車を載せた重さは想像を絶するものがあります。

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話を交流電化に戻しますと、当時の電気は「直流」でしたが、これをそのまま電気機関車に使用した場合、一定区間に変電所を建設する必要性や、膨大な送電ロスなどの問題があり、長距離走行を想定すると、コスト面で現実的ではなかったため、エネルギー効率が良く、設備も大きくなり過ぎない「交流」の開発が進みました。

その結果、1955年(昭和30年)に日本で初めて交流電源を用いた鉄道走行が作並〜山寺間で行われました。ここで得られたデータを元に、日本各地の鉄道でも交流電化が進み、新幹線を開発する際にも重要な役割を果たしたことから、世界に誇る日本の鉄道技術の基礎は「実は作並の地で作られた」というお話を、加藤さんと当時の技術者の方からも頂きましたが、その説明が終わるや否や、参加者から次々と質問が投げかけられ、熱い鉄道談義に花が咲きました。

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最後に加藤さんから「作並駅の転車台周辺に、利府にある交流電化の試験車両を運び、資料館も敷設して、作並地区の活性化に協力したい」との抱負が語られ、継いで、関山街道フォーラム協議会の澤村さんからは、「ちょっとしたアイデアでも構わないので、作並地区の活性化につながるようなことを思いついたら書いて下さい」と、参加者全員にA4サイズの企画書が配られました。市民の声を集めながらの地域づくりを目指す関山街道フォーラム協議会の熱意が伝わります。

ところで、私達が見学台にいた約1時間半の間、ホームの端に立って転車台への道を探す女性や、転車台の噂を聞いて駅周辺を散策しているという旅行者などの姿を見かけましたので、跨線橋や案内板があればいいなと考えておりましたが、跨線橋や踏切はJRの一存で作れるものではなく、仙台市の許可が必要になるとのことでした。また、その仙台市を動かす為には、「市民からの要望」も不可欠とのことでしたので、「市民の声を如何に纏め伝えるか」ということも、中間支援に該当するのではないかと考えさせられました。

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ご覧の通り、現在は野ざらしの転車台に錆が見られます。折角の土木遺産が朽ちてしまわないように、この記事をご覧になっている皆様におかれましても、一人ひとりができることを考え、できる範囲の行動をして頂きたいと心から願います。




折しも、政府が訪日観光客2000万人の目標を掲げました。東北全域でも観光地の整備は喫緊の課題かと思いますが、それに先立って、作並地区周辺を、景観以上に「歴史・文化・技術」を知的に楽しめる地域とするためには、『古学都・広瀬区』などのテーマを掲げ、広域連携して取り組むことが重要ではないかと考えます。

仙台と山形を繋ぐ関山街道の歴史や文化の保存にも取り組まれる関山街道フォーラム協議会ですが、今回の取材を通じて、プロジェクトの遂行には行政、企業、学校の協力が不可欠であり、その連携を促すためにも、私達NPOや市民の声も不可欠であることを学びました。

「誰かがやってくれる」「行政や企業がやってくれる」ではなく「私達はこの部分に協力する」と言えるような社会、自発的に動きたい人が動ける社会を作るため、当センターでもスタッフ一丸となり、日々の業務に反映させたいと思います。
※古学び(いにしえ‐まなび)…古代の事跡や古道を研究すること。古学 (こがく) 。
(文責:大町事務局 高荷)

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