CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

(特非)NPOみなと しほがま 光源氏が愛したまち『塩竈』より

 「紫式部の著した源氏物語」 塩釜(塩竈)は、東北で最も長い歴史を積み重ねてきた町です。そして古来より、美しいものの代名詞・歌枕として多くの歌に詠まれている地でもあります。源融(みなもとのとおる)は、「源氏物語」の主人公「光源氏」のモデルの一人といわれ、今から千年以上も前に、千賀ノ浦(塩釜湾)の風光明媚な風景をこよなく愛したといわれています。この塩釜の地から、「海、みなとに育まれてきたまち塩竈の歴史、文化を発掘し、広く市民等への普及を図り、そして郷土への愛着心を育み、海、みなとを生かした活気あるまちづくりを進める特定非営利活動団体のブログです。
 なお、「塩釜」と「塩竈」どちらも同じ「しおがま」です。


旧えびや旅館の保存活用について その後

[2015年10月30日(Fri)]
しばらくぶりの更新となります。
皆様にご支援をお願いしております。
旧えびや旅館(前松亀園)の保存活用については、市民の皆様による後押しにより、金融機関からの融資により土地建物を当NPOが取得し保存いたしました。。
 その後、保存活用のための様々な活動により、国(経済産業省)及び宮城県のご支援により現在建物の改修を行っております。
 活用方法としては、取得後に開催した市民有志によるお掃除会や車座会議により提案された「 塩釜のお菓子の情報発信やワンディシェフによるコミュニティカフェと塩釜の様々な歴史文化をご紹介する施設、まちかどトイレ」として活用することになりました。
 現在その改修中の様子をフェイスブックでご紹介中ですのでご覧下さい。
みなとしほがま えびやはれま フェイスブック
https://www.facebook.com/%E5%A1%A9%E9%87%9C%E3%82%91%E3%81%B3%E3%82%84%E3%81%88%E3%81%B3%E3%82%84%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%81%AF%E3%82%8C%E3%81%BE-390085501186074/photos

また、塩竈では現在「しおがま夢博」を10月末まで開催中です。
そのファイナルイベントとして旧えびや旅館の改修中の建物内部の見学会を下記の日時で開催します。
 ご案内は、みなとしほがまのメンバーでもある建築士の改修設計者がご案内します。
ただし、見学料は無料ですが、建物のスペース並びに改修中であることを踏まえ、各開催時間、先着15名の方々に限らせていただきます。整理券を発行致します。
 受付は、旧えびや旅館隣の総合案内所で受付配布となります。
なお、詳しくは、塩釜商工会議所(TEL 022-367- 5111)にお問い合わせください。

                  記

 しおがまみなと夢博 ファイナルイベント 旧えびや旅館プレオープン見学会
          日時 平成27年10月31日 (土)
11:00〜 12:00〜 13:00〜 14:00〜  各定員15名まで

 旧えびや旅館所在地 塩竈地名発祥の地 お釜神社前(住所・宮城県塩竈市本町9−3)

 引き続き、土地建物の取得や改修工事に要した費用の募金活動を行っています。
皆様の暖かいご支援お待ちしています。
 
 PS NPOみなとしほがま 観光ボランティアガイドの会 フェイスブックは下記をご覧下さい。
   https://www.facebook.com/minatoshiogamaguide 


 







 
Posted by NPOみなとしおがま at 00:26 | 歴史的建造物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

緊急のご寄付のお願い 歴史と文化を愛する全国の皆様へ 宮城県塩竈市・御釜神社前松亀園(旧えびや旅館)保存活用始めます。

[2012年12月30日(Sun)]
東日本大震災からの復興」にご支援ください。
歴史と文化を愛する全国の皆様 へ 
 「地域の伝統的建造物の修復、活用で、歴史の記憶を残し伝える試み」にご支援をお願いします。  
   「NPOみなとしほがま」からの緊急の報告とお願いを申し上げます。

御釜神社前に建つ松亀園(旧えびや旅館)
「塩竈地名発祥の地」の御釜神社(奥)と松亀園(旧えびや旅館)

ふるさと宮城県塩竈も東日本大震災により、大きな被災を受けました。
 市内中心部は、壊滅的な被害はまぬがれましたが、全壊、大規模半壊、半壊以上で危険な建物は、公費による解体が行われており、この流れにより、修復可能と思われる歴史的建造物も人知れず次々と解体さています。
 皆様にご支援をお願する、松亀園(旧えびや旅館)は、「塩竈地名発祥の地」である御釜神社前に建ち、慶応3年(1867年)、当時の家屋数約400戸のうち約300戸の家屋が焼失するという塩竈の歴史に残る大火ののち、その復興の中で明治初期に建てられた建物とみられており、明治19年以前の最古の写真にも、その姿が確認できます。
 私たちは、明治三陸大津波、昭和三陸大津波、チリ地震津波、宮城県沖地震など、数々の大きな災害を経験しながらも、その健老な姿で町を見守り、そして町の歴史を物語ることができる松亀園(旧えびや旅館)を「塩竈の歴史と文化を愛する市民の宝」として、そして「東日本大震災の復興まちづくりのシンボル」として、後世に継承することが、今回の大震災を経験し、残された私たちが行うべき大きな使命との結論に至りました。
 今回の活動にあたっては、公費による解体のため、関係者の皆様のご理解とご協力により、1ヶ月間の猶予をいただくことができましたが、この流れを食い止め、まちの歴史遺産消滅後に待つ記憶喪失という深刻な自体を防ぐためにも、全国の歴史と文化を愛する皆様に、ご理解とご支援お願いするものです。
                     (特非)NPOみなとしほがま 会員一同

※募金案内チラシ 松亀園基金チラシ.pdf (募金のご案内と松亀園(旧えびや旅館)の建物所見が記載されています。)

■しほがま松亀園(旧えびや旅館)保存活用支援基金
     目標額(当面の建物保存のために) 1,000万円
■運営主体 (特非)NPOみなとしほがま 歴史的建造物保存活用部会
■振込先 ゆうちょ銀行 振替口座 18180-1−9192111
      上記振込先名 トクヒ)エヌピーオーミナトシホガマ
■直接募金受付 上記の振込のほか、海商の館・亀井邸にて直接募金受付もしております。
■お問合せ 〒985−0051 宮城県塩竈市宮町5−5
TEL 022−364−0686(海商の館・亀井邸)
      9:00から16:00(水・木定休日)
      携帯 080‐1833−3710
      Eメール minat-s@castie.ocn.ne.jp(事務局)

 なお、新春緊急講演会「松亀園(旧えびや旅館)保存活用にあたって(仮題)」を、下記のとおり開催します。新年早々ですが皆様のご参加をお待ちしております。
               記
1.日時:平成25年1月3日(木)14:00〜15:00(終了)
2.場所:海商の館・亀井邸2階
3.講演:NPOみなとしほがま新春緊急講演会
     塩竈御釜神社前・松亀園(旧えびや旅館)の
                   保存活用にあたって(仮題)
4.講師:東北学院大学経営学部経営学科教授 斎藤善之
5.主催:(特非)NPOみなとしほがま
6.協力:ぱそとも倶楽部

 ※緊急放映決定(マリネット 葛{城ケーブルテレビ)
 マリネットさんのご協力により、東北工業大学工学部建築学科の高橋恒夫教授が行なった松亀園(旧えびや旅館)の緊急建物調査の報告がなされたNPOみなとしほがま総会記念シンポジウム「東日本大震災で被災した塩竈の伝統的町屋建築をめぐって」の緊急放映が決定しました。
 本日12月30日(日)及び31日(月)に放映されます。
 午前7:00〜8:00、午前10:00〜11:00 その他の時間については、マリネットHPでご確認ください。


※関連ブログ
 海商の館・亀井邸 塩竈(塩釜)の地域情報・館内でのイベント案内を行なっています。ご覧ください。 
Posted by NPOみなとしおがま at 07:43 | 歴史的建造物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

シンポジウム「東日本大震災で被災した塩竈の伝統的町屋建築(仲忠鈴木家)をめぐって」を開催します。

[2012年12月08日(Sat)]
NPOみなとしほがま2012総会記念シンポジウム」
東日本大震災で被災した
         塩竈の伝統的町屋建築(仲忠鈴木家)をめぐって  

を次のとおり開催します。
 東日本大震災によりふるさと塩竈も大きな被害を受けました。
長きにわたり、景観の一部として親しまれ、まちの歴史を物語っていた歴史的建造物が次々と消しています。
 このシンポジウムでは、解体を余儀なくされた江戸時代から昭和時代まで魚問屋として塩竈の発展に尽くした「仲忠鈴木家」の建物調査とその歴史について、各専門の方々をお招きし、歴史的建造物の復興まちづくりへの活用を考えます。
 年末のお忙しい時期ですが、まちづくりや歴史的建造物の保存活用に関心がある方、そしてふるさと「塩竈」を愛し、復興を応援いただける方々の参加をお待ちしています。なお、入場は無料です。

               記

1.日時 平成24年1222日(土)15:30開始〔終了予定18:00〕

2.場所 マリンゲート塩竈2階 ベイサイドルーム
     (塩竈市港町一丁目4番1号)

3.入場料 無料

4.内容 【講演】
        「被災した塩竈の伝統的町屋建築の調査から(仮題)」
            東北工業大学工学部建築学科教授  高橋恒夫氏

        「仲忠鈴木家の歴史-ご当主の聞き取りから-」
            東北学院大学経営学部経営学科   斎藤善之氏
     
     【シンポジウム】
      パネラー
            東北工業大学工学部建築学科教授  高橋恒夫氏

            NPOみなとしほがま
                歴史的建造物保存活用部会 大和田庄治氏

      コーディネーター
            東北学院大学経営学部経営学科   斎藤善之氏

主催:(特非)NPOみなとしほがま  後援:塩竈市・塩竈市教育委員会

問合せ 塩竈市宮町5−5 海商の館・亀井邸 022-364-0686

※追伸
 歴史的建造物保存部会では、これまでにも本堂の新築に伴い解体処分が予定されていた江戸時代の建築である「鹽竈神社別当法蓮寺向拝」を「浦霞醸造元轄イ浦事務所玄関」への移築や、解体が予定されていた大正時代の和洋併置式住宅「潟Jメィ(旧亀井商店)初代社長宅」を「海商の館・亀井邸」として、塩竈市、企業、市民団体そして市民の方々のご協力により保存活用を行ってきました。
 塩竈市では、津波により壊滅的な被害をまぬがれた地域でも、価値が判明しないまま解体を余義なくされた歴史的建造物が数多くあります。
 解体は、現在も進行中です。シンポジウムでは現在価値は判明しているが、解体を予定している歴史的建造物(幕末か明治初期に建築されたと思われる旅篭屋)がありますので、そのご紹介と、今後の保存活用ついて、皆様のご意見をいただきたいと思います。
 塩竈市民の皆さんの参加を願っています。

※会員の皆様へ
 先にご案内のとおり、講演会に先立ち同日、同場所14時から総会を開催します。都合によりご欠席の方は、委任状の提出をよろしくお願いいたします。

nakatyuu tirasi1201.jpg
Posted by NPOみなとしおがま at 10:35 | 歴史的建造物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

丹六園さんのご紹介(塩竈の歴史的建造物 1)

[2009年11月14日(Sat)]
 本日は、塩竈の歴史的景観を作っている歴史的建造物の調査、保存等の活動を行っている「歴史的建造物保存部会」から、これまでの活動の一端をご紹介します。
  
第1回目となる今回は、宮町にある丹六園さんと塩竈の銘菓「志ほがま」等の由来などをご紹介したいと思います。

 丹六園を営む丹野家は、古い由緒を持つ菓子商「古梅園」の分家で、200年くらい前までは白坂(現、本町公民館入口付近)で五十集屋(海産物商)を営んでいたとされます。
 その後、宮町の現在地に移転し、幕末には塩竈を代表する商家のひとつとなりました。
 明治以後は肥料商も営み、戦後は茶舗として、また塩竈の銘菓「志ほがま」を製造販売しています。
現当主で11代目となり代々「丹野六右衛門」を襲名、当地では丹六さんと呼ばれ親しまれています。
 銘菓「志ほがま」は、和菓子の世界では軟落雁を「しおがま」と総称し、今では全国で製造されておりますが、もとは江戸時代の塩竈の土産品であった南京糖に由来するといわれています。丹野家によれば仙台藩主の塩竈神社参拝の折、古梅園の「志ほがま」がお茶うけとして出されていたと伝わっています。
 当時の地誌「奥鹽地名集」では、塩竈の産物として南京糖を上げ、西町の越後屋(三井家)が製造していたと記しています。
 銘菓「志ほがま」は通信販売も行っていますので、「軟落雁」発祥地の味を堪能してみたい方は直接「丹六園」さんにお問い合わせください。

 江戸時代、五十集(いさば)問屋で廻船問屋でもあった丹野家には、百余点もの古文書が残されています。仙台湾で獲れた魚が塩竈に一手に水揚げされ、馬の背に積まれて仙台城下に向かった「肴の道」の歴史や、江戸や三陸との交易の歴史を今日に伝えいます。
 また、丹六園さんの建物は、大正3(1914)年に建てられました。材料のほとんどは江戸時代の建物の材料を再利用したとされ、建物には塩竈の町屋建築の特徴とされる軒下の出桁(だしげた)がみられます。
 丹六さんへの道順は、右側の関連ブログ「海商の館・亀井邸」の道順「本塩釜駅からのルート」上にありますので、そちらをご覧ください
 今後も、折を見て市内にある歴史的建造物をご紹介したいと思います。

※出桁・・・・壁にとりついた腕木の上に出桁と呼ばれる軒先の桁を支え、その出桁が屋根の垂木(たるき)を受ける構成となっています。本来は、軒を深くするための構造でしたが、建物正面から見たときに、梁の木口・桁が整然と並び、美しいことから町屋の外観として普及しました。

関連HP みやぎ食材王国
     http://www.foodkingdom-miyagi.jp/tokusan/02_14/tanroku.html 

Posted by NPOみなとしおがま at 17:06 | 歴史的建造物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
プロフィール

NPOみなとしほがまさんの画像
リンク集
http://blog.canpan.info/minatoshiogama/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/minatoshiogama/index2_0.xml