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(特非)NPOみなと しほがま 光源氏が愛したまち『塩竈』より

 「紫式部の著した源氏物語」 塩釜(塩竈)は、東北で最も長い歴史を積み重ねてきた町です。そして古来より、美しいものの代名詞・歌枕として多くの歌に詠まれている地でもあります。源融(みなもとのとおる)は、「源氏物語」の主人公「光源氏」のモデルの一人といわれ、今から千年以上も前に、千賀ノ浦(塩釜湾)の風光明媚な風景をこよなく愛したといわれています。この塩釜の地から、「海、みなとに育まれてきたまち塩竈の歴史、文化を発掘し、広く市民等への普及を図り、そして郷土への愛着心を育み、海、みなとを生かした活気あるまちづくりを進める特定非営利活動団体のブログです。
 なお、「塩釜」と「塩竈」どちらも同じ「しおがま」です。


「新釈・奥鹽地名集」が毎日新聞に掲載されました。

[2011年01月09日(Sun)]
 12月25日の毎日新聞宮城県版に「江戸期の地誌を現代語訳」として新釈・奥鹽地名集を紹介する記事が掲載されました。

         斎藤善之教授を囲み出版を祝う古文書部会のメンバー

奥鹽地名集:江戸期の地誌を現代語訳 塩釜のNPOが発刊、勉強会を6年重ね /宮城 
◇勉強会を6年重ねた労作
 塩釜市の歴史と文化の普及活動を続ける「NPOみなとしほがま」(三升正直理事長)が、江戸時代の塩釜の地誌を現代語訳し「新釈 奥鹽(おうえん)地名集」を出版した。23日には同市内のホテルで、監修者の斎藤善之・東北学院大教授の記念講演会を開き、出版を祝った。約6年の勉強会を重ねた労作で、市販するほか市内の学校や公共施設に寄贈し、郷土史の学習に役立ててもらう。

 「奥鹽地名集」は1792(寛政4)年、当時の塩釜の検断(町民の代表)を務めた鈴木三郎治宜見(さぶろうじよしちか)(1741〜1820)が、地名▽名所旧跡▽産業産物などの由来や言い伝えを記した地誌。市文化財に指定され、原本は市図書館で保存・展示している。博識、頑健で「塩釜の奇老」と呼ばれた宜見だけに、自分で歩き調べあげた記述は正確で詳細を極め、郷土への熱い思いが伝わる名文だ。

 歴史をまちづくりに生かそうと03年に設立された「みなとしほがま」では、「地元住民の視点で書かれた貴重な記録」として古文書部会の7人を中心に復刊に取り組んだ。

 斎藤教授の指導でほぼ毎週、約2時間の勉強会を開いた。回数は約250回にのぼった。勉強会ではまず、写真版の原文を読み下して解読(翻刻)。それを分かりやすく現代語訳した。併せて現地調査の考証を重ねた。メンバーの熱意でタイトルの「奥鹽」に関する新資料を発見。また、「名石九ツ」に挙げられた「おつむきの石」「波よけの石」などの所在を突き止めたり、御釜神社に祭られた鉄釜の伝説を推理し、その成果を「解説」欄に結実させた。

 現代との対比を重視して写真や古絵図、古地図などの史料は市内外から苦労して収集。約200万円の本の制作費用は、個人や団体から協賛金を募って出版にこぎつけた。

 講演会で斎藤教授は「平成版の塩釜地誌を編む意気込みで取り組んだ。埋もれた歴史を新たに確認したことも多く、後代にきちんとつなげていきたい」と強調した。一方、メンバーは「日常の風景や事物が全然違って見えてきた」と口々に話し、早くも次の地元古文書の解読に着手している。

 本はカラーのA4判、236ページ。1000部発行、1部2100円で販売する。問い合わせは「海商の館・亀井邸」(022・364・0686)。【渡辺豊】

※毎日新聞宮城県版 2010年12月25日 記事より
Posted by NPOみなとしおがま at 00:33 | 古文書部会 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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