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風鈴亭日乗
起業支援ネット×よのなか×わたし
〜起業支援ネット代表のブログです〜
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「助けて」というチカラ[2015年05月23日(Sat)]
起業の学校11期が本日開校。
11期かぁ。1期が開校したときは、わたしは息子の出産で育休中だったのですが、その息子が小学5年だもんなぁ。光陰矢の如し。

閑話休題。

で、今日の校長講話の中での一節。起業家にとって、卑屈ならずに「助けて」がいえるチカラ、尊大にならずに「ありがとう」がいえるチカラはとても大切なのだ、と。
実は、この話は校長がよくする話で、わたしも何度も聞いていますし、このフレーズを自分が講座でお話するときに使うこともあります。が、やっぱり同じ話でも、そのときそのとき、自分自身が置かれている状況によって、沁み込み具合が違うんですね。今日は改めて沁みた。

校長曰く。
「ここでいう助けて、は、私を助けてではない。わたしの"志"や”目指す未来"のための助けて、なんです。」

性格やふるまいの癖、経験の重ね方にもよるかもしれないので、一概には言えないけれど。
「助けて」と言えない時、そこには、何かしらの私欲があったり、意識が目的ではなく自分自身に向かってしまっていたりするのかもしれない。「助けて」と言ってしまった自分がどう思われるか、とか。
あと、助けてもらうには、自分自身が変わることを求められることも多いんですよね。例えば、いろんな方の相談に乗っていて、一番難しいな、と思うのが、「困っています。何とかしたい」と言いつつも、自分自身が変わるという発想がまるでない場合。そういうときにどう向かい合うかは、こちらの覚悟も問われるわけですが。

覚悟をもってすがすがしく助けてと言って、しっかり助けてもらって、その感謝を胸に恩を送っていく。起業家とはそんな循環を生み出す始点であるのかもしれません。

ここ数日考えていたのが、
◆「本気」と「やる気」は違う問題
◆うまくいかないことの半分は予測が足りないせい、残り半分は覚悟が足りないせい、と思うといろいろすっきりする問題

などなどだったのですが、そこにもつながる話だなぁと改めて思いました。

あぁ、こうやってブログを書きたいときは、書きながら整理したいときだから、相変わらずまとまらないけれど。来週からは福島キャンパスもはじまります!
新しい美容院[2015年05月03日(Sun)]
嵐のような4月があっという間に過ぎてしまい、ブログの更新もままならず、でしたが、このブログは日々起こったことを書くというよりは、整理しておきたい想いをつづるところなので、基本、便りがないのは元気な証拠!と思っていただければ幸いです(^^)
やっと時間ができたので、さて、ブログでも、と思っても、もうすでに4月になにを思い、何に悩んでいたのか、あまり思い出せず(汗)。

今年のゴールデンウィークは、わりとのんびりと過ごしています。なので、ブログに書くのもわりとどうでもいいことです。

昨日は、どうしても髪を切りたくて美容院へ。ただ、いつもの美容室の予約がとれなかったので、ネットで適当に調べたところに新しくいってみました。
そしたら、これがとてもよかった!
接客も、技術も、時間管理もとても気に入ったので、次回からもここにしようと決めました。
特にいいなぁと思ったのは、最初に「今まで美容室で気になったことや、嫌な思いをされたことはありましたか?」と聞いてくれたこと。あと、「新しい美容室に行くのって勇気がいりますよね」と言ってくれたこと。
おばさん街道をまっしぐらに突き進むわたくしですので(おじさん街道かもしれない…)、そんなに勇気はいらなかったのですが(笑)、それでもなんとなくほっとする感じで。
美容室って、特にわたしはこだわりがないので、一度決めてしまうと変えるのが面倒で、そのまま惰性で同じ所に行っていましたが、こんなことならもっと早く変えればよかったなー。でも、なんかきっかけがないと、なかなか変えられないんだよなー。

お店のスタッフさん同士の雰囲気もとてもよくて、それを伝えたところ(でもどうしても「場の雰囲気がいいですね」とか言ってしまうワタシ)、「小さなお店なのでそこしか差別化できるところはないと思って」とのこと。

顧客にちゃんと向き合っているかどうかって、意外と顧客にはちゃんと伝わるってことを改めて再確認したのでした。
小さな変化[2015年04月07日(Tue)]
なんとなく潮目の変わる時ってあると思います。
たぶん、わたしにとって今日もその日。

事務所には、起業の学校福島キャンパスに一緒に取り組むメンバーが登場。
一方、わたしは、三重県多気町で起業して5年目を迎える仲間の新しい取り組みを応援に。

年度末・年度はじめの喧噪、情報量の多さ、小さなタスクの積み重ね…などなどの中、どうしても頭がパツパツになり、重心も上がってしまっていましたが、それがすーっと下がってきたような。

よし、明日からもひとつ、ひとつ。
たくさんのわたし[2015年03月30日(Mon)]
起業の学校福島キャンパス開校について、今日の朝日新聞名古屋版に掲載していただきました。

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私自身の言葉が足りない部分も、言葉が過ぎている部分もあると思いますが(記者さんはとても真摯に取材してくださいました)どうか意が伝わりますように。
そして、掲載自体とてもありがたいことですが、名古屋版なので、福島の方にダイレクトに情報が届くわけではありません。まだまだ福島からの反応は少なく、己の発信力のなさを痛感している次第。どうか、いくつかの縁をたどりながら、この情報が、福島でこの情報を必要としている方のもとに届きますように。

というわけで、今朝はコンビニで朝日新聞を買ってみました。
せっかくなので、他のページも読んでいたら、4月1日から鷲田清一さんの「折々のことば」というコラムがはじまることに伴うインタビュー記事が載っていました。

<備忘録がわりにちょっと引用>
・「ことば」は、今までとは違う自分に変わるための手がかり
・おのれ自身の端緒がたえず更新されていく経験(メルロポンティの言葉)
・本当に糧になるのは、異なる見方に気づかせてくれることば
・ことばの意味がすぐにはわからなくてもいい

今日、ちょうど対人支援をしている友人と話していて、支援におけるヒアリングと取材することの共通点は、聴く側(支援者だったり、インタビュアーだったり)の可塑性みたいなものじゃないか、という話がでました。
相手の興味や、特性や、癖や、その他いろんなことに合わせて、聴く側が変化していく。それが、「おのれの端緒がたえず更新されていく」ということなのかな?
記事にあった言葉は、なんだかそのことと響きあうような気がしました。

そうそう、10年以上前に、イシス編集学校で学んだときに、一番好きだったのが「たくさんのわたし」というお題でした。
「わたしは○○な△△である」という文章をとにかくたくさんつくるというもの。
メタファーなども使ってもよくて、例えば、「わたしは大喰らいなハツカネズミである」とか「わたしはにっこりと微笑む刃物である」とか、夢中になってつくった覚えがあります。
(ちなみに、このお題で松岡正剛校長から「禅機にとんだ回答」と褒められた(←ちょっと自慢)ことが成功体験として刻まれていることも、このお題の印象深さに影響していると思います(単純ですみません)
今にして思えば、これは言葉で自分自身を開放していくプロセスだったのかもしれません。

「わたし」はひとつではなくて、しかも絶えず更新されていくもの。
この感覚が、今でも自分のことを支えてくれている、と心から思います。
優先順位[2015年03月19日(Thu)]
起業支援ネットは、知る人ぞ知る(?)、「夜中まで働かないNPO」で。
周囲のハードワーカーのみなさんにいつも顔向けできない気持ちがある一方で、そうでなかったら、わたし自身、これまで仕事を続けてくることができたかどうかわからないな、とも思います。
(わたしが10余年前、いわゆる民間企業から転職した一番の大きな理由が、「子どもを保育園に自分で迎えに行きたい!」だったので。なので、割と長い間、NPOって、どこもワークライフバランス重視型の働き方をするものという、大いなる誤解をしてました(汗))

なので、わたしは今でも基本定時(=子どもと一緒に夕飯を食べられる時間)に帰りますが、それでもやっぱり夜の講座をご依頼いただいたり、ミーティングが入ったり、遠方での仕事で泊りだったりすることもあります。
子どもが小さい頃は、月1回程度に抑えていましたが、子どもの成長とともに少しずつ頻度も増えて、今は夜遅くなるのは(飲み会なども含めて)週2回まで、というマイルールになっています。

そのために、仕事関係の方にご迷惑をおかけすることもしばしばですが、ご理解くださるみなさんには本当に感謝しております。
と同時に、自分自身でも、そのために逃してしまったお仕事の機会や、学習や交流の機会の多さを思うと、たまになんとも言えない気分になったりします。
(そう、どっちかっていうと、逃してきたのは仕事の機会よりも、学習や交流の機会だと思う。)

夜の仕事も入らないときは入らないんですが、入るときは立て続けに入ったりして。なので、かなり厳密にスケジュール管理してます(手帳は1か月単位の見開きしか使わないとか、これまたマイルールがいろいろと)。

にも拘わらず、うっかり、4日間連続夜の仕事を入れてしまったことに先ほど気づいてびっくり!
しかも、どれもこれも大切なものばかり。非常に優先順位がつけづらい…。
同じ日、同じ時間帯に予定が重なってしまったのであれば、どちらかを選ぶしかないのですが、そういうわけではないので、「わたしが頑張れば」「子どもたちもこうして少しずつ慣れていくはず」とも思ったり、「いやいや、ここで無理をしてその後に響いてはいけない」と思ったり。
ここの判断が難しい。

まぁ、でも、これまでもそんな選択の連続だった気もします。
例えば。
わたしは仕事と家庭のバランスをとるにあたり、義母にめちゃくちゃお世話になっています。昔、定時になんて帰れたためしのなかった会社員時代、毎日長女を保育園まで迎えに行ってくれたのは義母だったし、わたしが遅くなる時は、子どもたちのご飯をつくってもらったり。もう、最敬礼です。そんな協力的な義母から、わたしが出張か何かで子どものことを見てほしい、とお願いしたときに、「その日は習い事の発表会があるからダメなの。ごめんね」と言われたときに、すごくびっくりしたことを覚えています。
今思えば非常に傲慢な、恥ずかしい話ですが、当時のわたしにとっては、「わたしの仕事」のほうが「義母の習い事」よりも、なんというか、格が上、と思い込んでいたんですね。
でもそうじゃない、ということ。誰にでも暮らしがあって、大切なものがあって、優先順位があるという当たり前のことに気づかせてもらったのが、その時でした。

えーと。なんの話だったっけ。
うん、ここまで書いてみて、4日間連続、子どもたちの力を借りて、なんとかやってみようかな、と思えてきました。なんというか、子どもたちとの時間を大切にしたいというのは、子どもたちのため、というよりも、実は自分のためで。非常に感覚的な話なんですが、やっぱりコミュニケーションの時間が減ると、家の中がざらっとした空気感になるんですよね。で、そういう空気になると、自分自身もダメージを受けて、仕事もうまくいかなくなる気がするんです。
でも、子どもたちも、だいぶ大きくなって、言葉で交し合える部分も増えてきたので、うん、なんとかやりくりしてみよう。

あ、もうひとつ思いつきました!
「夜が仕事なら、昼間に休めばいいじゃない!」(←マリーアントワネット風)
そうだ、その頃は春休み。日中の時間を子どもたちと過ごす時間に充てよう。
…でも最近、そんな風に思って必死で家にいる時間を作っても、当の子どもたちは友達と遊びに行ってしまったりして、ひとりでぽつねんと家にいることも増えてきてるんですよね…。

よし。書いていたら何とかなるような気がしてきました。
うん、たぶんきっと、これからもこんなことの繰り返しですね。
起業の学校11期オープンキャンパスのことなど[2015年03月14日(Sat)]
今年の年度末は、どちらかというと「末」というよりは、次年度の準備に時間とエネルギーを注いでいて、それはとてもありがたいことだと感じています。
いろんなことが起こったり、起こらなかったり、起こしたり、起こらないようにしたりと、なんだかそんな日々。

そんな中で、心を動かすから、次へのエネルギーになる。
でも、いろんなことに心を動かしすぎると消耗してしまう。
その、ちょうどいい塩梅を探り探り生きてます。

今日は起業の学校のオープンキャンパスでした。
たくさんの方にご参加いただき、とても雰囲気もよく、ご参加いただいた方、みなさんの前で話をしてくださった卒業生の方に感謝。
わたしたちにとっては11回目の起業の学校。でも、入学する生徒さんにとっては(たぶん)最初で最後の起業の学校。その1回性が、わたしたちをいつでも真新しい気持ちにさせてくれると思うんです。入学を検討されている方とお話したりすると、ついつい「この方は起業の学校を活かしてくださるかどうか」ということについて、心の中で勝手な判断をしてしまうこともあります。でも、そんなわたしの薄っぺらい判断なんて、生徒さんの切実さと生徒さん同士の化学変化が簡単に超えていってしまうことも知っている。

今年はどんな生徒さんに出会えるでしょうか。
心を動かしながら、ときにはちょっとだけ止めながら。
今期も力を尽くしたいと思います。
取材記事を書くということ[2015年03月03日(Tue)]
起業支援ネットでは、「aile」という会報誌を創立以来発行し続けています。
最初は、毎月発行、その後隔月になり、3年前から年4回の発行となりました。数年前までは、イベントや講座などの予定を告知する意味合いも強かったのですが、そういった部分はインターネットやメールでのご案内に移り変わり、現在は、起業家の方への取材記事が中心になっています。ページにすればたった4ページのささやかな会報誌ですが、そのaileの取材記事を書くことは、わたしにとって、とても大切な意味を持つ仕事でした。

もちろん、取材記事なんてそれまで書いたこともなく、誰かに「こうやって書けばいい」と教えてもらったこともなく(文章へのアドバイスなどはいただきましたが)まぁ、見よう見まねで取材して、書く。その繰り返し。その中でちょっとずつ、自分なりの取材記事を書くことへの姿勢とか作法のようなものができてきたかな?と思ってました。

ちなみに、私が書いた記事で「売り上げが上がった」とか「取引先が増えた」という声は一度もいただいたことがありません(笑)。どちらかというと「生き方としての起業」にスポットを当てたいという気持ちも強く、取材したご本人から「初心を思い出せた」「自分自身を振り返ることができた」「親に見せたら泣いた」「いつの間にか家の仏壇に飾ってあった」というような声をいただくことが多かったです。取材の中でその方自身が話したいことをお聞きするというのはもちろんですが、取材を通してその方自身も気づいていないことを一緒に見つけにいきたい、という気持ちもありました。

実は、ここ1年、この大切な仕事に取り組めていませんでした。理由を挙げればすべて言い訳になりますが、あれやこれやに取り紛れているうちに発行が遅れ遅れになり、あぁ、これではいけない、と改めて思ったのが数か月前のこと。
そこで、信頼しているライターさんにaileの編集長をお願いすることにしました。

その彼女が書いてくれたブログ。
◆起業支援ネット「aile」の編集長になりました
http://yoshimi-deluxe.hatenablog.com/entry/2015/03/03/013123

そして一緒に取材に行った時のブログ
◆コレラのない時代の愛
http://yoshimi-deluxe.hatenablog.com/entry/2015/01/21/205300

このブログを読んで、取材して記事を書くという営みの中で「煉獄の火に焼かれてのたうちまわる」ことができる彼女だから、わたしは託そうと思ったんだな、と改めて思ったわけです。

取材って、自分自身を対象の中に投じることとすすっと引いて全体を俯瞰すること、相手に影響を与えることと与えないこと、その両方のバランスが大事だと思っています。相手にとって鏡になると同時に、取材させていただく方やコトが鏡になって自分が映し出されてしまうこともあります。
そして、取材対象の方の目線、読む方の目線2種類(その方を好きで応援している人の目線、その方のことをあまりよく思っていない人の目線)、そしてその取材記事を発行する立場の人(今回なら起業支援ネット)の目線、これらを行ったり来たりしながら、そのどこに軸を置くかを決めていく…。それをしていくうちに、自分の中にたくさんの人のまなざしが宿って、書いている自分の中に変化が起こっていく。それは、編集学校用語でいえば、エディティングモデルの交換、なのではないかな〜。

それが面白くて、楽しくて、苦しくて、辛くて。だからこそやりがいがあるんだと思います。

あぁ、こんなこと書いてたら、またわたしも久しぶりに取材記事が書きたくなってきた(笑)。
でも、やりたいことを任せることのできる幸せも感じています。

あ、ちなみに彼女がブログに書いてくれたように新しい価値をそっと提示もしたいですが、会員にもなってほしいので(笑)、リアルタイムで新編集長のお仕事っぷりを味わいたい方はぜひ賛助会員になってください(webでは、次号を発行したタイミングで前の号の方をアップしています)!

新しいことがはじまるときに[2015年02月28日(Sat)]
「2月は逃げる」とはよく言ったものです。そして、その逃げ足の速いこと!
周りには、本当に忙しい人、仕事量の多い人が多いので、結構家庭の都合なども優先した仕事の仕方をしているわたしなどは、忙しいとは口が裂けても言えないのですが、それでもなんとなくあわただしくなってきました。

今年の4月から新しく始まるプロジェクトはふたつ。

まずは、名古屋で10年続けてきた起業の学校の「福島キャンパス」開校。
http://www.npo-kigyo.net/school-fukushima/
あ、もちろん、入学してくださる方がいなければ開校できないんですが(汗)。
「人」でつながった福島とのご縁を、何とか形にしてくことができればと思っています。
起業支援ネットも、起業の学校も、全く知られていない場所での開校は、ものすごく緊張します。起業支援ネットは、とても小さな団体ですが、活動歴は名古屋のNPOの中でもそれなりに古く、「起業支援」というテーマを掲げていることの珍しさもあってか、名古屋のNPOの中では老舗と呼ばれたりすることもあります。私自身も、その看板に何度も助けられてきたと思っています(看板の重さにつぶれそうになることもありましたけれど(笑))。
そんな看板が通用しない場所での一歩は、本当にいろんなことが試される機会。
福島との縁の深い仲間とともに、現在鋭意準備を進めています。

もうひとつのプロジェクトは、名古屋市子ども・子育て支援センターの運営業務。
こちらは、子ども支援・子育て支援の分野で長く実績を重ねられてきた、こどもNPOさん、まめっこさん、そして起業支援ネットの3団体でのコンソーシアムとして、名古屋市から委託を受け、4月1日から業務にあたります。

起業支援ネットは、ここ数年、コミュニティビジネス・身の丈の起業支援とともに、他の団体との連携で、
名古屋市子ども・若者総合相談センターや、中間的就労などの事業にも取り組んできました。

起業支援という事業に取り組む中で見えてきた、働くこと、生きることの困難さ、居場所と役立ちという課題は、私自身にとっても大きな関心事となっていく中で、この連携事業というひとつの軸が見えてきました。このことは、また改めて書きたいなー。

現場支援の団体との連携は、私たちにとっては社会課題や現場支援の運営上の課題を肌で感じる機会となり、また現場の団体さんにとっては、官の仕事をする際の現場支援以外のあれこれを起業支援ネットが担うことで、現場に集中できるという相乗効果があるのではないかと思っています。
子ども・子育て支援センターの事業も、わたしたちにとってはそんな位置づけですが、新しい分野であり、長く知り合ってはいたものの日常業務を一緒にするのははじめての仲間たちとの協働には、わくわくと同じだけのドキドキがあります。
昨日は、この事業に直接関わるメンバーがはじめて揃い、顔合わせ&研修会。いいキックオフになったと思います。

実はわたし自身はあまり立ち上げとかスタートアップとかって得意じゃないんですよね…(←起業には向いていないんだと思います…)。不確定要素の多さに不安になるタイプなんですが、それでもいくつかの経験を重ねてきて、その不安を引き受けつつ立ち上げの時期の大変さを経験した人しか味わえない喜びとか学びとかがあるらしい、ということはわかってきました。

どうせ大変ならば、その大変さは引き受けていったほうが、結局のところ自分のためにもいいみたい。そんなことを改めて肝に銘じて、明日からは3月です。
魔法使い[2015年02月22日(Sun)]
わたしの周りには、「魔法使い」みたいな人が何人もいて。
人を元気にする魔法とか、安心させる魔法とか、やる気にさせる魔法とか、一歩を踏み出させる魔法とか、物事を大きく動かす魔法とか、いろんな術をもっています。

今日は、そのうちのおひとりと一緒にお仕事。
今日を含めて5回コースの起業講座の、わたしは、初回と本日のみ参加したんですが、いやいや、魔法、炸裂していて、受講生のみなさんはもちろんのこと、主催者のご担当者の変化も素晴らしく、ただただ感じ入るばかり。

これまで何人かの魔法使いを観察した結果、別に魔法使いは万能ではないし、魔法を使うことが楽なことかというとそうでもなさそうです。でも、「これは魔法か!?」と言いたくなるような物事がおきるとき、魔法使いは、魔法をかける相手のことを、とりあえず・ひとまず、絶対的に信じているようです。たとえ、ご本人が自分自身のことをあきらめていたとしても、魔法使いはあきらめていません。
そして、その場、その瞬間に自分のエネルギーを惜しみなく投じつつ、一方でとても冷静です。物事が自分の思うようにならなかったとき、そのこと事態をあまり嘆きません。

魔法使いと接していると、どうやら人は自分で自分を信じて、自分の中にあるものをちょっと外に出してもいいかな?と思うようになるらしい。
そうすると、その人自身も魔法を使えるようになっていくらしい。

たぶん、魔法の種類にもいろいろあって、まだわたしが出会っていない魔法使いも世の中にたくさんいることでしょう。
ちょっと前なら「あぁ、こんな魔法使いにはわたしはなれない…」と落ち込んでいたかもしれないけれど、今はあんまりそうは思わなくて。
きっと実は魔法を使う力は誰もが持っていると思うから。わたしには、わたしにしか使えない魔法もあるかもしれないって思うから。

魔法使いがたくさんいる世の中は、なかなか素敵だと思うのです。

…なんか今日のブログはヘンなブログになってしまった。ま、いっか!
二分の一成人式[2015年02月17日(Tue)]
二分の一成人式ってご存知でしょうか。
小学生のお子さんがいる方はご存知かもしれませんが、小学校4年生、つまり10歳を記念して、将来の夢を発表したり、自分が今頑張っていることを披露したり、これまでの10年を振り返ることを通じて命の大切さを学び、周囲への感謝を伝える…というようなイベント(?)です。

本日、長男(第二子)の二分の一成人式に参加してきました。
4年前の長女のときは、「なにそれ?」という感じだったのですが、近頃は実施する学校も増えてきたみたいです。

それにともない、二分の一成人式批判も展開されていたり。
例えば↓。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150119-00042352/

長女のときは、実は結構感動してしまったんですよ。
あぁ、よくここまで大きくなったなって。
ただ、今年は上記のような批判を読んで、うーん、と唸ってしまっていたところもあり、あまり入り込めなかった、というのが正直なところです。
(それでもところどころはうるっとしてしまうわけですが)

でも、自分自身がその場で感じたことと、じゃ、その行事は本当に必要なのか、やるべきなのか、みたいなことは切り離して考えたほうがいいんだろうな、と思いました。
なんというのか、例えば二分の一成人式を不要だと思っている人も、批判している人も、それはそれでよくて、別に、「わたしが子どもの成長(我が子はもちろんですが、うちのあたりは割と地域のつながりが強いので、他の子の成長にもぐっときたりする)を喜んだり感動したりすること」を批判されているわけではない、ということ。

ここをごちゃごちゃにしてしまうと、議論も成り立たないんだな、と改めて思いました。

ちなみに、わたし自身は、「感謝の気持ちを伝える練習」というのは必要だなとは思います。
「ありがとう」と「ごめんなさい」をきちんとまっすぐに伝えられるというのは、人が生きていくうえでとても大きな力になると思うので。
それが自然な気持ちの発露を促すことになるのか、強制になるのか…。これは難しいところだなぁ…。

あと、将来の夢っていうことで、なりたい職業を一人ひとり発表するんですが、これはあまり好みではないです。たぶん、今日発表した職業につける子は、クラスに一人いるかいないか。
なんていうんだろう…、そう、夢を持つことの大切さを教えるのなら、夢はどんどん更新していってもいいこと、職業は夢のための手段のひとつでしかないこと、たとえ夢が破れたって何も終わらないということ、も、一緒に教えてほしいと思ってしまうんですよね。ま、でもこれはちょっと欲張りすぎか。

うん。子どもたちの成長をみんなで祝う、というのは悪いことじゃない。
余分なあれこれは除いていって、その目的のためだけの式のあり方が広がってほしいなと思います。
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