鐘つき堂のある薬師堂
[2011年09月03日(Sat)]
鐘つき堂のある薬師堂
安沢地区は久保と安沢に分かれていて、30メートル位の高さの小森山によって区分されています。とて急峻な階段を上っていくもので、もし、中途で足を踏み外したら恐らく最下段まで滑って落ちてくる程、急な参道です。


この神社は、当地区の豪農が江戸の末期に田を鋤き込んでいた時に、土の中から見つけたもので、薬師如来と刻まれている文字が読み取れたそうであります。多分、平安中期か鎌倉時代もしくは室町の戦乱で逃げ回っている最中に落としていったものなのか、あるいは、一時埋めてそのままになってのであろうか、定かな説はないのである。
冶兵衛家(現当主 星川治司氏)の治郎作が仏の導きによって掘り当て、何世紀ぶりかに日のあたる場所に出現した13仏様なので、自家の仏壇で夕な朝なにお供え拝んだものなのです。そのころ家族で病のために目の見えなかった目が、信心を重ねるうちに見えるようになりましたそうです。
冶兵衛家は地区きっての篤農家で、自家だけでなく地区の人々にも良いことがあるようにと、現在地に地区の守り神・目の神様として建立し、広く信仰されているものであります。明治の中頃に梵鐘と石段が整備され善男善女で賑わったと伝えられています。

金山町内でも梵鐘がある神社はこの薬師堂だけであると思います。今でも親しまれています。安沢地区のすごさはここにも見つけることができました。
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