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情報 [2011年05月11日(Wed)]
東京の教員をやっている高校の後輩が、派遣教員として気仙沼のある小学校に1年の期間限定で赴任されたとのこと。そのTさんを直接は知らなかったのですが、知っている後輩につないでもらい、連絡をとらせていただきました。
連休明けの赴任でまだ様子がわからないのですが…と控えめな口調ながら、最初の仕事は有り余るほど届きすぎた救援物資の仕分けとか。受け取る側の方々が黙々と仕分けされていたのは、やはり全国から届いた善意を無にしてはならないという思いからでしょうけれど、届けた側に近い自分としては疑問符をたくさん感じました、と率直な感想をこぼしてくださいました。
うーん。うなってしまいました。東京から派遣していただいた先生のお仕事は物資の仕分け?

別の、やはり高校時代の同期や後輩が復興関係の仕事で宮城県入りしており、昨日はミニ同窓会。そちらの情報によると、大きな避難所ではやはり物資は山積みの状態、でも電気が来ていないところに電子レンジを使う食品が大量にあったりするのはどうか、とも。今後に使えるものなのでしょうけれど…

本当に求められていることをきちんと把握してから、的確な支援が必要だと感じます。そのためには、やはりその場に行って顔をあわせて話をし、先を見越した支援内容をしっかりと検討する必要があると思いました。

情報源が東京での高校のネットワーク、というのも何か不思議な感じ。ありがたいです。
Posted by chomo at 10:38
様々な支援の形 [2011年05月09日(Mon)]
Kyleがフジテレビ系列でインタビューを受け、連休中に放映されました。
また、Gregが毎日新聞でインタビューを受け(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110423-00000005-maip-soci)、Teachers For Japanのことが掲載されたことで、全国から支援の声が届いています。
福島からは、以前原発関連企業で仕事をされていた方から文具が、また東京からはお母様と娘さんから、縫い物用の布とお嬢さんのバイト先である本屋で使う販促用のポスターなどを、またシカゴからは、アメリカ生まれの日本人のお嬢さんが通う学校で千羽鶴を売って寄付金にしてくださったなどなど。

いろいろな支援の形があり、それは被災地を応援する声でもあり、私たちを応援してくださる声でもあります。うれしいですね。

私たち日本人スタッフもですが、GregとKyleも学校での授業がはじまっており、仕事をしながらだと平日をなかなか支援活動にとることが難しくなっていますが、前々回でも書き込みしましたように、学校に当面のあいだは物資が豊富に届きますが、今後がわかりません。先生方の教具や教材・文具や、来年のための物資が足りなくなるのでは…という心配が徐々に現実になってくることは必至で、先を見越した支援をしていきたいと思っています。

再来週になりますが、南三陸から移って、登米の廃校を利用して学校を再開している戸倉小・中へ再度行って校長先生にお会いする予定です。
Posted by chomo at 14:33
南三陸町 [2011年05月05日(Thu)]
昨日みーさ理事長もブログで報告していましたが、5月4日に理事3人で南三陸町に出向き、津波で完全に流されてしまった「戸倉中学校」が隣接する登米市の学校を間借りして学校を
再開するにあたって、何か自分たちにできる支援ができないものかと考えていました。
「戸倉中学校」の入学式始業式は連休明けの11日ということで、学校生活が始まってから
必要な教材・教具などが出てくると思われるので、その時にはぜひお役にたてればと思って
います。

個人的な話ですが、私は石巻の日和山で生まれ、ずっと海のそばで育っています。
三陸の透き通る美しい海が大好きで、夏には家族でよく遊びに出掛けていました。
今回自衛隊が設置した簡易の橋を渡って完全にがれきしか残っていない南三陸町の町に入ってその惨状を目の当たりにして言葉を失い・・・高台に戻って見た海はまるで何事もなかったかのように穏やかで美しくて・・・それがとても悲しく映りました。
Posted by rinko at 23:22
メディアの訂正 [2011年05月05日(Thu)]
Teachers for Japan で活躍しているALTの活動を取り上げるテレビ局の訂正です。
TBS系列ではなく「フジテレビ系列」のお昼放送になりますので、お時間のある方は
ぜひご覧下さい。
Posted by rinko at 22:39
メディアに、Teachers for Japan [2011年05月05日(Thu)]
Teachers for Japan を提案したALTの方がメデァアに取り上げられています。
4月23日、毎日新聞

5月6日 TBS系列 お昼の放送

是非、ご覧ください。

母国に帰らず、日本の子ども達を支援するALTの皆さんには、感謝、感謝です。

Posted by at 15:47
被災地、その実情2 [2011年05月05日(Thu)]
5月3日東京のNPOと震災を受けた若者支援の打ち合わせ。

5月4日南三陸町へ
南三陸町は志津川といった方が馴染みがあります。
ここで被災をうけた中学校、戸倉中学校の校長先生は、小学校(14名の同級生)と中学校の同級生。5月から登米市の旧小学校跡地で開校するとのことだったので、一路開校予定地へ。
校長と話すことが出来ました。
文具などの生徒用の物資は届いているが、先生用が足りないように感じる。いずれにしても学校が始まらないと本当に不足している物が何か見当もつかない。とのことでした。

そうだろうと思っていました。
文具などの物資は、全国から提供があり豊富にある様子は聞いておりました。
しかし、指導要領の変更や学区撤廃など、ここ数年の教育環境の変化から、教材や教具などの不足が生じるのでは、と思っておりましたがその通りだと実感しました。

私たちみーさは、息の長い支援をしていきたいと考えています。
来年度も、震災を受けた児童生徒への文具などの提供はもちろんのこと、先生達が使用する教材教具も提供していきたいと思っています。

文具については、ペンケースやコンパス、定規などはもちろんですが、シャープペンの芯、消しゴム、ノートといった消耗品を多く提供し続けたいと考えています。

児童生徒や先生の目線で、実情にあった支援を心がけたい思います。
Posted by chomo at 15:29
被災地、その実情1 [2011年05月05日(Thu)]
4月29日まで生徒指導を行い、4月30日からは被災地に入って物資の届けとその実情を見てきました。

1.気仙沼市本吉町小泉地区
気仙沼市大谷地区から45号線経由では、小泉大橋が復旧していないため、津谷地区から山間を由抜けて現地へ入りました。
小泉地区では、私の叔父と叔母の家族が被災。叔母は小泉中学校で避難所暮らておりました。叔父は病気の対応が気仙沼市では難しいとのことで、北海道の病院で入院中とのこと。お二人の住まいは跡形もなく、土台すらどこか見当もつかない状況に唖然。
皆さんから送られてきた古着や新品の下着などを届けました。

2.気仙沼市本吉町蔵内地区
小泉中学校を出て45号線を南下し、父の実家のある蔵内地区へ向かいました。途中、二十一浜の橋には仮橋が架かっており、無事蔵内地区へはいいることが出来ました。
父の実家は、浜に向かってかなりの高台にありますが、やはり津波を受け、辛うじて家の形があるぐらいです。叔父が一人で後片付けに追われていましたが、父の実家より低地にある家は跡形もなく、何人か無くなったと聞き、震災のすさまじさを改めて実感しました。
実家の隣に辛うじて住める状況の家あり、就学前の子どもがおり洋服などの支援物資を提供してきました。

3.気仙沼市鹿折地区
ようやく鹿折地区に少し入ることができ、様子を見てきました。焼け跡がそのままで、言葉になりません。
Posted by at 15:06
物資支援ありがとうございます [2011年04月30日(Sat)]
先日、Greg、Kyleとみーさメンバーの3名で集まり、ミーティング。
話し合ったことは下記のいくつかについてです。

1.現在、日本国内および世界各国から寄付が集まってきていることと金額の確認。
  ことに、日本の教育関係の方々から大変多くの支援をいただき、感謝です。

2.寄付や卸値以下の安い金額での協力などで、文具(シャーペン、ペンケース、消しゴム、  定規・コンパスセット、ノートなど)約350人分が集まってきています。
  まだ物資の提供をいただけることになっており、それに要したコストの報告、提供先について話し合いました。
  なお、ご協力いただいた団体、個人は下記の方々です。ご協力ありがとうございました!  文具の他に、子どもの本なども提供もいただきました。

    iropen.com http://iropen.com/
  株式会社第一プログレス http://www.ichipro.co.jp/
  星槎(せいさ)国際高等学校 http://www.seisa.ed.jp/
  長田恵理様(栃木県)

  なお、提供いただいた物資の写真をサイトに掲載してあります。ご覧下さい。
  こちらです。⇒http://www.flickr.com/photos/61019928@N04/

また報告します。

Posted by chomo at 11:12
無力を感じる [2011年04月25日(Mon)]
 今日は予定では南三陸へ向かうはずでした。でも、昨日のあらしのような天気で道路状況が不安だったことと、全国からの支援ボランティアと残念ながら見物車両も含めてあらゆる地域のナンバープレートの車が走っていて、三陸道や東部道路、45号線はどこもかしこも大渋滞だったことと、先日石巻へ行ったときにその大渋滞の中で緊急車両(特に自衛隊車両)が身動きとれずにいるのを見て、なんだか邪魔になっていたのではないかと気が気ではなかったからです。(後で納得したのですが、石原軍団の炊き出しが原因だったかも…)

 石巻は、外海の津波にさらされた地域と、多賀城のように湾の津波にやられた地域との違いを如実に物語っていました。道路標識の青いプレートがなぎ倒されているのを見たときは、いったい何メートルの津波が襲ったのかと思いました。そして、やはりここでも想定外の津波だったのでしょう、にぎやかなはずの商店街の奥の方にまで浸水があったようで、町はすっかり休止状態でした。今回向かった目的地は一緒に活動をしているSさんと交流関係のあった英語教室兼保育所で、何度電話してもどうしても連絡のつかないそこへ直接訪ねていって、石巻の様子を伺ってみようと考えていたからでした。が、たどりついたその場所を含む周辺にはすでに生活する人はほとんどおらず、仙台で言えばいまだ地震直後のような様子でさえありました。
 途中、まだ水道さえ復旧していない様子で、給水を待つ人々の列がありました。まだここでは文具や教材の出番はない…無力を感じて帰ってきました。

 すべてのこどもたちや学校を助けられるわけではない。そうしたくても、私たちだけでそれができるわけではない。私たちは、誰をどのように支援するべきなのか。
 数日後にそれをあらためてメンバーで話し合う予定になっています。

 また報告します。
Posted by chomo at 01:18
自分たちにできる支援 [2011年04月18日(Mon)]
昨日、仙台近辺の被災地を見て回りました。
荒井、荒浜、閖上、名取、仙台空港付近、多賀城、七ヶ浜などです。

大きな避難所には、有り余るほどの大量の物資がその日もたくさん届けられており、
行政やボランティアはその仕分けに追われている様子でした。
また、学校の方も被災の大変なところは、
先生方も仕分けにかり出されていて、対応できるどころではないといった感じです。

そして、町の中も少しずつですが瓦礫や廃車の撤去
(というより脇にどけて集めてあるという感じでしたが)が進み、
郊外型大型店などはフロアの一部だけで再開など、たくましくも頼もしく、
復旧が少しずつ進んできているのを感じました。

しかし一方では、地震直後から全く手のつけられていないような地区もまだまだ…
いまだに水のひかない中に取り残された無残な損壊状態の家々、
分断された道路、なぎ倒された木々、堤防、フェンス、放置された車、車、車。

復旧と放置のギャップが広がっているのを感じました。
町全体の復旧には、まだまだ時間がかかるということです。

それはもしかしたら被災者にも言えるのかもしれません。
大きな避難所で物資も豊かにあり、最低限の必要の満たされつつある人がいる一方で、
私たちが行くことさえかなわない、または見つけられないでいる避難所で、
いまだにライフラインを閉ざされ、物資の届かぬ中で耐えている人々がたぶんいる。

すべての支援をできるわけではない自分たちに、
やはりもどかしい思いはあります。
でも、必ずどの人々もどのこどもたちも救いだして欲しい。

そして、学校、こどもたちの学業継続や学校復興を
私たちができる形で支援したい。
顔の見える、声の届く、息の長い支援を。
自分たちこそができる支援を。
Posted by chomo at 12:36
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