皆既日食の日 [2009年07月22日(水)]
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■46年ぶりの皆既日食の日
昨日衆議院が解散し、今日は日の丸の象徴の太陽が消えた。 これからの日本の進む方向を暗示しているかのようだ。 ■今日の午後から仙台を日帰り。 東北福祉大学で会議があった。 平成19年度から東北福祉大学が取り組んでいる、文部科学省現代GP「地域資源の総合化による子ども教育の展開」という事業の「地域子ども育みプランナー」育成推進機構委員に今年も委嘱されたので、その会議に出席した。 大学と地域が連携して、地域の教育力を構築し、地域で子どもえお育む様々な取組を行っている。 www.tfu.ac.jp/gp/kodomo 今日は今年度の第1回会議で、様々なプロジェクト担当があるが全委員が集合。 各委員からの意見で、私はこんな発言をした。 「地域の子どもと学生が関わることは意義があると思う。が、数年前から、7月中は大学の授業や試験があり、小学生の夏休みが始まる7月最後の一週間は、学生がキャンプなど小学生と関われる時間がなくなってしまった。以前は、夏休み直後でも学生も夏休みで関わることができた。せっかく学生が子どもと関わりたいのに社会の制度上制限がされている。何とかならないものか?」という内容の発言をした。 このように、政府機関の指導で社会構造が生かされない状況がたくさんあるような気がする。 ■社会構造といえば、この夏に衆議院解散によって、国政選挙の結果で国政が動くことになる。 近年の政治を取り巻く状況をみると、社会構造を変える大きなうねりを感じる。 自民党か民主党かという2大政党ではなく、将来の日本の進むべき方向がどこなのか考えなければならないと思う。 主権を持っている国家として、自立した国になる必要がある。政治家は日本の国益を語り、国家の安全をどのように保障するか語らなければならない。 これまで正面から語られなかった。どうやら、自民党も民主党も自立した安全保障については触れていない。 国政の中心は、国民の幸福と安全保障・・・いわゆる国益。そしてそれをどう守るか?だろう。国民を拉致し、ミサイルを日本へ向けている北朝鮮に対して何もいえない、何もできない国家が主権国家としておかしいと感じている。 政府は、国民の力を規制をするのではなく、国民の力によって推進する政治が必要だと感じている。国民も政府に依存するのではなく、自立する精神が必要でたかり≠フ構図はいただけない。大きな政府ではなく小さな政府で国民の力を生かすべきだと思う。 ■地方自治も同じだと思う。 今、私は自由にできない状況が続いている。震災による栗原市の規制が続いている。 栗原市に住んで、自由が保障されていないということだ。 教育も同じだが、子どもの力を信じないで、何でもかんでも親が手や口を出すと依存性が強い自立できない状況を作り出してしまう。 これまでの政治は、愚民政策なのか、国民の力を信じていないようだ。 国民はそれほどバカではないと思う。 ■今日はこんなことを考える1日だった。 |










