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来客の会話で思ったこと [2008年12月10日(水)]


■今日は来客が多かった。
これからのことについて、様々な視点で話が及んだ。

■朝、地すべりを研究しているT大学のM教授が訪ねてきた。
今回の震災の調査もし、荒砥沢ダムや冷沢の大崩落や地すべりの調査にも入っている方で、今回調査された論文も頂いた。
ここ数年大地震が続いている能登から新潟、東北にかけたエリアは地質学的にみても地べりが多い地帯で過去に様々な地すべりなど地形の変化がいたる所に見られるという。
災害として考えると、目の前の数年単位の目先の利害だけに視点を置くと近代土木技術で人口的な力で何とかしようという事が当たり前になっているが、数万、数千年という単位の自然の摂理に視点を置けば、地球規模の自然のサイクル、その自然とどのように共生していく事が重要なのか考える事ができる。
◆M教授が、くりこま高原自然学校を訪ねてきた理由が、これまで研究し関わってきたことが、単なる現象の分析、土木技術の進歩にはつながってきたが、それだけではなく、大規模に変化した自然が意味するものをもっと別な形で多くの人、社会へ伝える事ができるのでないかという思いで来られたという。その役割を担う新しい業態として自然学校があるのではないかということだった。
お話を伺い、私も全くも同思いであることを伝えた。
震災直後、4回の震災応援エコツアーを実施した。自然の変化をどのように受け止めなければならないのか?単に災害とだけ見るのではなく、自然と共生するという知恵を紡ぎ出すことが必要であると感じている。
◆人間の都合ばかりでことが進むと“競争”の論理が展開する。競争によって様々なものが進歩、発展してきた事は事実だが、自然の摂理を無視した競争は破綻をすることがようやく分かってきたと思う。まだ気がつかない人が多いようだが、今の世界の経済構造がそうである。
そこで競争ではなく“共生”という世界が見直されつつある。これからは“競争”と“共生”のこの2つの世界のせめぎ合いなのかもしれない。
◆私が住む栗原市栗駒岩ケ崎の町には以前、軽部川という400年前にこの町が作られた時の掘割があった。私が始めてこの町に来た時に、凄いと思った。いい町の資源が残っていると思っていたが、95年にきた時にこの軽部川はコンクリートで埋められていた。
400年という歴史のサイクル、数千年という自然のサイクルを無視した目の前の利害だけでことが進むことが本当にいいのだろうかと感じる。

■昼前に岩ケ崎の義父とA氏がやってきた。
ニワトリをくれるという事でやってきたが、お茶をしながら農業の話、町の行政の話などいろいろと話が及んだ。
M教授と入れ替わりだったので、軽部川の話もした。先日岩ケ崎で火事があった、その時にポンプ車がたくさん来たが軽部川から水を汲む事ができず4軒が焼け落ちたという。昔は火事のときは軽部川からいくらでも水を取れたという。又、ある農業用水路に関しても行政が整備をしたが十分な機能を持たないまま設置知るということもあり水が溢れることもあったという。
最近感じる栗駒の政治、土建屋と政治家の利害だけで進めるこの大きな過ちをこれ以上させてはダメだと感じている。
そして、来年行われる、栗原市の市長選挙、市議会議員選挙にも話が及んだ。
来年の議員選挙で議員定数は現在の45名から30名になる。30名でもまだ多いと思うが・・・・
岩ケ崎にすむA氏は、栗原市の会議員は5名でも十分で仕事をしない議員は要らないと言っている。その代わり報酬を上げしっかり、能力と見識が深い、そして仕事ができる議員5名いればいいと言い切った。
私は、百歩譲って30名でもいいが、議員は無報酬でいいと思う。欧米のように昼間に仕事をして議会は夜開くことで十分だと思う。
さて、来年の議員選挙をしっかり見るとする。

■午後には、ある新聞記者が約束どおり訪ねてきた。
午前中は、市役所で被災住民が市長に申し入れをすることを取材してきたという。
いろいろと私からもその様子を聞いた。
住民の声を十分に聞く事から地方自治は始まると思う。
20分の限られた時間でどれだけ住民に話をさせたのだろうか?
ほとんどの時間は市長が一方的に持論を展開したという。
来年の市長選挙に出馬することを昨日表明した事と、多くのメディアが入ったのでそのような意識をしたのだろうか?
被災した住民は弱者であるが、遠慮なく行政に意見をできる町にしなければならないと思う。
必要以上に遠慮しすぎていると感じている。

■来年の選挙は注目したい。
来年から遠慮なく、このブログで自分の考えを発信していくつもりだ。