■摂氏3度。
寒さに耐える伝統が生き続けている?今、標高614mの耕英から標高50mの松倉に下りて再生している。
耕英は既に積雪が始まっているが松倉はまだ積雪もなく、木漏れ日も差す穏やかな今日だ。
が、・・・・しかし。
■13年のくりこま高原自然学校の歴史は冬を抜きには語れない。
「そんなにここの自然がイイなら、冬にここに住んでみろ!」と私は、13年前に地元のある地区民に言われた。
積雪2m、気温マイナス10度以下にさがり、さらに猛烈な風が抜ける。建物が揺れ、粉雪が室内にはいり、室内で雪が積もる。
開校からの3年間は、冬越しをしたスタッフがいなかった。
厳しい冬を越えた者こそが、自然学校のスタッフとして認められ、耕英地区住民受け入れられる条件かもしれない。
冬いう季節を乗り越えるスタッフが誰になるのか話題にもなったことを思い出した。
■今年の冬は厳しい耕英の冬から免れると思いきや、なんと松倉の民家の事務所に使っている環境がまた凄いことになっている。
耕英に比べると、松倉ははるかに風も弱く、晴天率も高いと思う。しかし事務所がある場所が建物の北側で日中一切日が差さない。さらに大家さんはこの部屋を物置に使用していたようで、床も壁も薄く隙間だらけ・・・・山では薪ストーブで暖をとりことができたが、松倉の民家はまだまきストーブを設置できる状態でないため石油ファンヒーターに頼っている。
■持続可能な暮らし・・・・を考えて石油エネルギーは極力使用しない方針で山の暮らしを創造してきたが、ここ松倉では石油エネルギーに頼らざるを得ない。
■スタッフも灯油を使う事に躊躇いもあり、ついつい寒さの我慢大会になってしまう。
4年ほど前に廃材建築の5丁目に初めて事務所を移したことを思うとまだまだだ。
その時は隙間も十分に埋めず、薪ストーブの設置場所が悪く煙突の吸い込みが悪く、日本一寒い事務所だった。朝の室温がマイナス5度、ストーブをたいてもプラス5度までしか上がらず、よくみんな耐えたと思う。翌年からは、ストーブの位置を変え、煙突も真直ぐ上げ吸い込みもよく快適な事務所に変貌した。
■今年になって、また事務所の寒さとの戦いが再来した。
毎朝、事務所の室温が冷蔵庫以下からはじまる。