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岩手宮城内陸地震26地震からの復興 [2008年06月18日(水)]
家庭がある。自然学校がある。耕英と言う地域がある。それぞれにそれぞれの支援か欲しい。昨日までは自然学校をどうすればいいかだったが、今日からは自然学校がある耕英地区のこれからが気になる。が避難所の状態がまだまだ混沌としている。避難民内の情報共有化と栗原市との情報の一元化が急務だと痛感。 〓豊志
岩手宮城内陸地震25栗駒地震 [2008年06月18日(水)]
自然学校がある栗駒の耕英地区は戦後満州からの引き揚げ者が拓いた本物のパイオニアスピリッツがある。養殖は不可能と言われたイワナの養殖に日本で初めて成功してた場合だ。40軒ほどある開拓農家はブナの森を拓き炭焼きから始めナメコ栽培、イチゴ、大根、近年は生花栽培と時代を追って様々な課題を解決してきた。イチゴは今から7上旬が出荷時期。なんとかしたい。イワナもなんとか運び出したい。頑張ろう耕英!イワナイチゴ搬出プロジェクトを進めたい。耕英を支援して欲しい。イワナとイチゴを搬出してイワナとイチゴを買って欲しい。不可能だろうか?
岩手宮城内陸地震24栗原地震 [2008年06月18日(水)]
午前中に車が4台届いた。車を運んでくれた方々と実家の前でのんびり話ができた。久しぶりにクールダウンできた。葛巻町から2台、高橋さんから1台、ヒューマンシールド神戸の吉村さんから。皆さんから元気を頂いた。ありがとうございます。さらに吉村さんからはいろいろな前向きな力も頂いた。午後に早速避難所に車を運んだ。耕英地区の方々が避難所に移り2日が過ぎ、これからの事を考える時間も取れるようになっただろうか?耕英に帰る強い気持が持続することが大切だ。まだ諦めるに訳には行かない。豊志
岩手宮城内陸地震23 [2008年06月18日(水)]
仮設住宅の申請が始まった。今日福田総理が栗原市に入るらしい。今日も一次帰宅で耕英地区民の9名ほどヘリで上がった。

〓豊志
岩手宮城内陸地震22 [2008年06月18日(水)]
実家での生活が長期化する気配。昨夜のミーティングで通学中学生達も私の義父義母と関わりながら生活の役割分担も確認した。地震あった岩手県南・宮城県北は実は餅の文化圏。私は国内で一番餅の消費量が多いと思う。義父は年がら年中餅を食べる。今朝の朝ごはんは餅だ!
〓豊志
岩手宮城内陸地震21実家で [2008年06月18日(水)]
夕食の新たな風景。
〓豊志
岩手宮城内陸地震20避難所にて [2008年06月18日(水)]
栗原市役所と話し合い。
〓豊志
岩手宮城内陸地震19 [2008年06月18日(水)]
耕英寮の中学生が帰宅した。3人の山村留学の中学生は元気に通学した。事務所機能を失った自然学校は実家の居間が唯一のデスク。栗駒出身のスタッフの実家の旅館には報道陣がいる。これまでのブログを印刷してもらった。皆さんからのメッセージをはじめて読んだ。涙があふれた。本当に嬉しかった。まだ避難したばかりで何もかも整理がつかない。ブログで支援をしてもらいたい物を書いたら早速返事が届いた。明日車が都合4台届く。日本財団の黒沢さんを通じて長野の吉村さん。葛巻町鈴木町長を通じてくずまき高原牧場から。キャンプに参加している雄勝町の高橋さん。感謝します。夕方ヘリが山から戻り避難所に犬が増えた。犬を入れるゲージが用意され、1匹ずつ入れた。避難所はまだ混沌している。夕方ホールアースの広瀬さんから助言を頂き今から自然学校ができる役割か見えてきた。耕英地区から避難してきた人のほとんどは自然学校同様に山に車を残してきた。避難所に来て足がない。明日届けられる車で自然学校スタッフで送迎サービスをやろうと思う。“頑張ろう耕
英”とボディに書いて。夜、栗原市役所から収入役が来て耕英地区の避難民との話し合いがあった。市側の説明では明るい材料はなかった。道路復旧は未だメドが立たない。地区民の要望も確認された。私から混沌とした現状を改善するし情報を共有して一元化するための避難所本部デスクの設置を要望した。明日からどう動いくか見守る。支援される側の要望と支援する側の一元化した共有情報で対応して欲しい。行政の支援限界がある。行政ができないところは別な支援の方法があはずだ。自然学校の役割は行政ができない事に違いない。皆さんからも支援して欲しい事をお知らせくださいとメールや電話がきている。今度、自然学校の他に耕英地区の復活のための支援の内容や要望事項をまとめようと思う。復活には時間がかかる。諦めずにいつか耕英に帰る思いを持っている人が確実いる。