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月別アーカイブ
岩手宮城内陸地震16 [2008年06月16日(Mon)]
ヘリコプターの中
〓豊志
岩手宮城内陸地震15 [2008年06月16日(Mon)]
ヘリコプターから
〓豊志
岩手宮城内陸地震14 [2008年06月16日(Mon)]
以前お知らせした私の携帯電話番号が間違っていたようだ。正しくは09027397455です。今夕4人が残っていたが自然学校から自衛隊のヘリコプターで栗駒岩ケ崎に降りてきた。市役所から数日後の震度6程度の余震がくる確率が90%だという。4時過ぎに聞かされ6時集合の指示。急ぎ家畜に餌をやり戸締まりをし、犬6匹と一緒にヘリに乗った。ヘリコプターが降りたのは栗駒球場、私の息子がいつも野球の試合している場所だ。こんな形でここに来るとは思わなかった。テレビ取材のカメラがすごい。バスに乗って町の避難場所に入った。犬の係留場所を確保し義父の車で実家に。スタッフ8名、寄宿生6名14名が再会した。塾生4名は帰宅。久しぶりの畳の上での食事。明日から山村留学の中学生はここから学校に通う。義父の実家はインターネットの環境がないので明日は自宅でチェックする。
岩手宮城内陸地震13 [2008年06月16日(Mon)]
16日16時耕英地区全住民避難命令。18時まで。ヘリコプターで下山します。スタッフ4名犬6匹。ウサギ・ニワトリは置いて行く。数日後上がれる。
〓豊志
岩手宮城内陸地震K [2008年06月16日(Mon)]
発電機でテレビのニュースを見た。いつもカヌーをしてる荒砥沢(あらとざわ)ダムの土砂崩れといつもお世話にになっている駒の湯の惨状に唖然とした。唯一私の携帯からのやりとりのみ。皆さんから私のブログへのコメントが読めない。 災害ダイヤル171もつながり悪い。緊急のかたは私の携帯に直接下さい。09027397544
〓豊志 くりこま高原自然学校
岩手宮城内陸地震J [2008年06月16日(Mon)]
三日目朝。昨日までの快晴から雲一面曇天。早くから余震とヘリコプターで起こされる。焚火をしてお茶を飲む。昨日栗原市役所にお願いした救援助質のガソリン・軽油・電池が届いた。カップ麺も届いた。ても誰も手をつけない。意外に自然学校の避難食事は贅沢だ。停電になり冷蔵・冷凍庫から出た食材を使った普段にない豪華なメニューが続いている。今日自然学校にいる寄宿生・スタッフ12人がヘリコプターで下山予定。みな怪我もなく体調を崩した者もなく元気に下山できることに感謝したい。
〓豊志
岩手宮城内陸地震H [2008年06月16日(Mon)]
12名はヘリコプターで下山し無事家内の実家についた。自然学校がある耕英は戦後満州からの引き揚げ者が入植して拓かれた開拓地区で現在30数戸の農家があり100名あまりが住んでいる。地震が発生した14日に高齢者を優先して25km離れた栗原市栗駒岩ケ崎(この町に私の自宅と妻の実家がある)に避難した。今日現在地区住民は私を含めた4名の自然学校スタッフを合わせて40名が山に残っている。先ほど栗原市役所の担当者が来て地区民と話が合いがされた。市役所からは一方的に出された今日中の全住民の避難勧告に対して強い異論。イチゴや大根・生花の栽培農家が離れてられない。道路の復旧のメドが立たない苦しい現実がある。地域全体的の死活にかかわる厳しい状況だ。〓豊志
岩手宮城内陸地震G [2008年06月16日(Mon)]
くりこま高原自然学校に残っている16人。夕食後の振り返り。16人16様の思いがあった。百年に一度の大地震に遭遇しこの現実を受け止めいろいろな思いがあった。駒の湯温泉に不幸な結果になったがくりこま高原自然学校の私たちは不幸中の幸だった。日が長いこの時期・梅雨入り前で天気も良く。これが雪がある冬だったらと思うとぞっとした。マキストーブで火災がある可能性もあった。またこれが仙台や東京のような大都市だったら・・・と思うとまたぞっとした。今回の地震で亡くなられ方々のご冥福をお祈りし、不幸中の幸だった私たちがこれからどんな生き方をしなければならない教訓をそれぞれが得たようだ。
〓豊志
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