命と夢と希望 [2009年07月20日(Mon)]
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■また、ひとり命を絶った。
■夢と希望があれば生きる力が、生きる勇気が湧き、生きがいを感じる糧となる・・・・と私は、いつも思っている。 地震で命を落としあるいは家屋敷を失い、多くの人が夢と希望を失ってしまったかもしれない。 耕英地区にある自然学校も施設が壊れ、震災前のように事業をする希望を奪われている。 でも、今、何とか夢と希望を必死に絞り出している。自助努力の精神≠セ。 松倉で里山の自然学校をはじめ、盛岡で北上川自然学校も始める。 ヤギを飼いはじめ、明日は馬がやってくる。 「自然と共生し持続可能な創造的な豊かな暮らしを実践する」という夢と希望は失っていない。 ■夢と希望を失ったとき、生きる意味を見失い、自ら命を絶つ人もいる。 生きることがつらい、生きることから逃れる訳は計り知れないけれど、自殺する勇気があれば何でもできると私は思っている。 ■全国の自殺者数は年間に3万人に及ぶという、交通事故死の約3倍にもなる。 驚きの数字だ。 都道府県別では、人口比で秋田県が一番多いと聞いたことがある。 そして、市町村別だと、ここ栗原市が多いとも聞く。 私も栗駒に来て14年になるが、その間にも多くの知人が自ら命を絶っている。 つい数日前も一人、命を絶ってしまった。 何故だ!何なんだ!何故自ら命を絶つのか! ■そんなに、この栗駒、栗原市という町には夢と希望がないのか! 栗駒山麓の自然豊かな地域が夢と希望が溢れ、生きがいが溢れる町になるためにはどうしたらよいのだろうか? この町の生きることがつらい理由をもう一度見直してみたい。 毎日がわくわくした生きがいある暮らしを創造できない理由は何なのか? ■私は、自然学校の役割に、わくわくした暮らしを創造し、新しいライフスタイルを提案し、実践していくこともあると思っている。 全国から集まってきたくりこま高原自然学校の若いスタッフは、この栗駒を選んで、ここでの暮らしを楽しみながら創造している。 地域の資源を掘り起こせば、無限にわくわくする材料がある。 今、松倉に来て地域の中で生きる新たな努力をしている。 地域とともに生きる共助≠フ精神だ。 ■自らわくわく・どきどきしながら暮らしを創造すること。 与えられた暮らしではなく、自ら関わる創造的な暮らしが報われる社会が必要だ。 市政はまさにそんな社会を創る公助≠ェ使命の中心だろうと感じる。 何とかしたいSTOP 自殺 |






