インターンDay9[2006年08月31日(木)]
9日目
朝は9:15にロビーに集合。久しぶりにのんびりした朝
・・・のはずでしたが、アジアからの参加者の一人が、歯が痛いと言っているということではありませんか。実はその日の明け方というか、前の日の夜遅くというかにも緊急に病院に行ったと
慌てて朝ごはんも食べずに病院にお手伝いに行きました。結果は急性歯隋炎ということ。詰め物をしてある歯の内側が炎症を起こしているというというはなし。やはり、旅行先で歯が痛くなるのは嫌なものでしょう。う〜ん。
もともと海上保安大学校へ行くという予定に少し遅れて参加し、日本財団が助成してできた操船シュミレーター、校内、寮、船「こじま」を見せていただいて、昼ごはん。大学校は断水中でした。水はどこからか長〜〜〜いホースを引っ張ってきて学生は生活していたのです。
学校には数名のアジアからの留学生がいて、そのうちのタイからいらした留学生は知識も豊かで優秀である上、日本語がまたうまい!日本にはもう6年いるということでしたが、日本語は半年で習って、1年でもうOKだったそう。脳みそのできが違うとしか考えようが無いです。
彼から学んだことで、海岸線から12マイル以内の海上で起こった暴力にまつわる事件は武装強盗というそうです。だから、海域の狭いマラッカ海峡はどこで起こっても武装強盗になってしまうわけです。しかし、一般的にはあの海峡では海賊問題だという名称がついているんですね。
学校見学の後、大和ミュージアム見学。あんな船が実在していたなんて。コンセプトは、良い悪いというような感情的な部分は一切展示、提示されておらず、見たままを自分で分析するというところでした。あのミュージアムは、船に興味が無くてもお勧めです。
この後また新幹線に乗り、電車の中で躍起になってプレゼンテーションの準備をするも、まとまらず、それぞれ帰路につき、Connieと私にとって長い夜の始まりとなりました。
続きはまた明日
朝は9:15にロビーに集合。久しぶりにのんびりした朝
・・・のはずでしたが、アジアからの参加者の一人が、歯が痛いと言っているということではありませんか。実はその日の明け方というか、前の日の夜遅くというかにも緊急に病院に行ったと
慌てて朝ごはんも食べずに病院にお手伝いに行きました。結果は急性歯隋炎ということ。詰め物をしてある歯の内側が炎症を起こしているというというはなし。やはり、旅行先で歯が痛くなるのは嫌なものでしょう。う〜ん。もともと海上保安大学校へ行くという予定に少し遅れて参加し、日本財団が助成してできた操船シュミレーター、校内、寮、船「こじま」を見せていただいて、昼ごはん。大学校は断水中でした。水はどこからか長〜〜〜いホースを引っ張ってきて学生は生活していたのです。
学校には数名のアジアからの留学生がいて、そのうちのタイからいらした留学生は知識も豊かで優秀である上、日本語がまたうまい!日本にはもう6年いるということでしたが、日本語は半年で習って、1年でもうOKだったそう。脳みそのできが違うとしか考えようが無いです。
彼から学んだことで、海岸線から12マイル以内の海上で起こった暴力にまつわる事件は武装強盗というそうです。だから、海域の狭いマラッカ海峡はどこで起こっても武装強盗になってしまうわけです。しかし、一般的にはあの海峡では海賊問題だという名称がついているんですね。
学校見学の後、大和ミュージアム見学。あんな船が実在していたなんて。コンセプトは、良い悪いというような感情的な部分は一切展示、提示されておらず、見たままを自分で分析するというところでした。あのミュージアムは、船に興味が無くてもお勧めです。
この後また新幹線に乗り、電車の中で躍起になってプレゼンテーションの準備をするも、まとまらず、それぞれ帰路につき、Connieと私にとって長い夜の始まりとなりました。
続きはまた明日




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午前中にそれぞれの国のカントリーレポート、そして国際海賊対策についてのセミナー。
。なんというか、私も皆さんのことを海上保安関係者というかんじではなく、一人一人の「人」というふうに見えてくるようになりました。
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横浜防災基地は、まさに海猿のすみか。実は海猿を見てからここの施設に来るはずだったのですが、私はまだ見ていません。予習はできなかったのですが、このインターンが終わってから見れば、これも感慨深く見ることができるかもしれません。今回の見学は、広報部のインターンの人々と一緒に行き、普段はあまり関わる事のできない彼女たちとも少し話すことができました。表敬が終わったあと、災害が起こったときに使われる大会議場や、10mもある潜水訓練場や、風、波の起こるプール型訓練場で実際の訓練を見学し、北朝鮮の工作船を見てこの日が終了しました。訓練のプールでは、ヘリコプターで現場に駆けつけたことを想定して、天井から風が出るようになっていました。水面の細かい皺のよりかたや、音がまるで本当の海のようでした。
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。日本に密入国する中国人、銃や、違法薬剤の密輸・・・かなり断定した名前がでてきて、なぜでしょうか、私が悪いことしているみたいに緊張しました。確かにあったことは事実なのかもしれないけれど、この気持ちはなんなんでしょうか。ビデオが終わると、すかさず意見がありました。「海上保安庁の地図には
、イスラム教の方は食べられず、他二人も好きなものがなかったようで下のスワンでパンを買ってきていました。しかし、イスラムの方はそれも甘すぎるといって口に合わなかったようです。日本は食べ物がおいしいといっても、日本人好みの味というのがあるので、きっと嫌いな人は嫌いなんですね。
。これは、何より楽しかったです。ああいった場で人の前に立って話すのはやはり緊張します。ステレオタイプではあんなにでしゃばりなアメリカ人でも一番怖いものはスピーチ。私にとって怖くないわけがありません。でも人の前で話すことは本当に大切です。今は下手でもこうやって練習するのはたいへん貴重な経験でした。
今日の始めは、来週一週間の自分達、そして招聘者達のスケジュールの確認をざっとして、まだ細かいことがうる覚えのまま会議室で海上保安庁の方と打ち合わせをしました。私と、パートナーのconnieとでスケジュールを読みあわせをしたのですが、まあ私のその下手なこと。自分が嫌になりました。どこまで細かく言ったらいいのか、どれくらい早く進めばいいのか、どんな言葉を使って説明したらいいのか、なにに重点をおいて言ったらいいのか、簡単そうでそういうことが分からずうまくできませんでした。
打ち合わせが終わって海上保安庁の方が帰られた後、グループリーダーの方からお話をしていただきました。今やっているプロジェクトの予算はいくらだと思うか。お金の振り分け方にも、しめるところは何十円、何円まで締めて、しかし膨らませられる可能性があるプロジェクトは何千万円の予算だったのが億に変わることもあるということがあることを教えていただきました。その中で、お金が一千万円あったらあなたならどんなプロジェクトをしますかという質問にパッと答えられることが何も無くて、愕然としました。日本財団には想像力の無い職員はいませんといわれて、自分では普段は考えたことも無かったので悲しくなりました。あのときから、あれこれ考えるようにしています。
その後、書類の整理や作成をして、中間発表会をして今回のインターンの皆さんたちの意見を聞くことができました。皆のしている仕事の内容がまったく分かっていなかったので、聞けて楽しかったです。
午後はこれから横浜に現物を見学にいくので、工作船のビデオを見ました。長時間にわたって迫力のある画像でした。
そして、相撲部屋へ30日に見学に行くので力士の方々へのお土産をそろえたり、その説明が事前にできるよう調べて、原稿を書いたり、いよいよ月曜日に迫った招聘者を迎え入れる最終準備をしたり、忙しく一日が終わりました。
新宿、渋谷、浅草・・・そんなところならいろいろ出てくるのですが、日本の素顔をそのまま見てもらいたいと思い、ホームレスがいるところがいいとか変な雰囲気漂う秋葉原がいい、問屋街がいい、市場がいいやらいろいろ出てきましたが、ピンとくるところがなかなか出てきませんでした。外国から来た人が日本で見たら何が面白いだろうと考えても、アメリカの視点からは見れてもそれ以外はなかなかできません。特に身分や年齢が自分と離れているとまたこれも思ったよりずっと難しいことでした。
午後は発表のための準備、いろいろな会場の下見、皆様がいらっしゃったときの昼食のメニューの英訳。はっぽうさーい、にっくまーんと叫びながらどうにか訳していきました。隣で作業していた方は「海洋グループなのに、なぜ・・・・」とつぶやいていらっしゃいました。
今日の昼食は財団の近くの
午後は招聘のプログラムを共同で行なう海上保安庁へ行き、海上保安庁での仕事の概要を説明していただき、招聘のプログラムについての打ち合わせをしました。
軍では戦争に繋がる可能性が出てきてしまいます。その中で海上保安庁のような機関は重要な所なんだというのが、よく納得した点でした。
ボーー〜〜っという船の汽笛がお台場のビルに囲まれて響いたのは「船の科学館」。朝一番目に見学をして、美しい船や、その他もろもろを十分に見て、連れて行っていただいた方のチャーミングな写真もたくさんとり、レポートを書き、この船の科学館に次回訪れるときの打ち合わせをした後、海洋政策研究財団から近日出版されるへぇ〜連続の、



