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まきばの日記
まきばフリースクールの、不登校・ひきこもり・家庭で生活することができない等により、生き辛さを抱えた子ども・若者たちの回復と成長の日記です。
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震度6強[2011年04月09日(Sat)]
7日深夜、大きな地震があった。
私は石巻にいた。
津波警報が出たので、
高台の神社に避難した。
幸い津波は大丈夫だったが、
水と電気はストップした。
3月11日からの日々が脳裏をよぎる。
給水に並んで、
暗い店に並んで、
ガソリンが入れられない。
またあれをやれというのか。

みんなそう思ったのだろう。
8日は店や開いているスタンドに長蛇の列が戻ってきた。
ただ午後には河北は電気がついた。
今回の復旧は早そうだ。
心を落ち着けて、ゆるやかにぼちぼちと。
4月4日[2011年04月04日(Mon)]
アマゴ届きました!ありがとうございます。
今日はこころの相談開始のつめや、
必要物資情報の更新などを行なう。
私たちはNPO法人で、委託事業も行なっていたため、
その報告等の事務仕事も行なう。
あんなに手に入らなかったガソリンが、
今日は突然並ばずに買えた。
これが当たり前なのか
昨日までの混乱が当たり前だったのか分からなくなった。
明日明後日は泊まりで石巻へ行く予定。
4月3日[2011年04月03日(Sun)]
スタッフとメンバー有志4名に石巻に行ってもらい、
ニーズ調査を行なってきた。
必要な物資には、
浸水した家屋等から泥を出したりする作業に使うものがあった。
明日まとめてブログに載せる予定。
必要な物資は変わってきているが、
ものも人手も必要なことに変わりはないよう。
震災後初めて沿岸部に行ったメンバーは
いろいろ感じることがあったようだ。
以下その声。

今日石巻に来て
思った事がある。
古川とわ比べもんにならない。
ゴミわ燃えないゴミばっかだからそこらへんに捨ててあるし
あちこち津波が来たあとがある。
匂いも凄い。
車もあちこちに
置いてある。
こんなにも津波が凄い事だとわ思わなかった。
古川わ地割れが凄い。でも石巻わ津波が
はんぱない。
道路も泥だらけ。
本当に凄かった。
今石巻に必要な物わやはり食べ物。
ご飯.ぱん.麺類あるらしい。
でも野菜.お肉がない。
毎日同じ物ばかりでさすがに飽きてきたそうだ。
可哀想。私わ何も出来ない。
本当に申し訳なく思う。
一部わ電気も水もガスもついてない。
店も開いてない。
早く復旧してほしいとあらためて思った。

これからもボランティアしたいと言ってくれた。
その意志がうれしい。心強い。
何度もボランティアに行って知るといい。
沿岸部の人たちは可哀想なだけではない。
私たちは何もできないわけじゃない。

支え合うとはどういうことなのか。
3月28日[2011年03月28日(Mon)]

午前中、明日からフリースクールを再開するためのミーティング。
高清水は水がまだでないし、ガソリンもないから送迎ができないため、
古川荒谷の寮1階を使って仮の居場所とする。
月〜金の9時〜15時でオープンする。
役割分担や復興支援について共有した。
その後市内を自転車で走っていると、偶然メンバーと会う。
「明日から再開するんでしょ!」
ここから、またスタートだ。


午後から、以前まきばで働いていた青年と
仙台市泉区の物資集積所に行く。
彼らはここから沿岸部に物資を運んでいる。
まきばの今後の支援にもありがたく使わせていただく。
陸前高田市や網地島で必要なものを調査している。
必要なものがあれば、
青年たちの力をかりて、運ぶ予定にしている。
3月27日[2011年03月27日(Sun)]

岩出山にあるまきばが借りている建物を見に行った。

窓ガラスが割れていたり、食器が割れて散乱していた。
けれど電気と水道は使えた。
片付けを行なう。ここもこれからの復興支援に使う予定にしている。

片付けの最中に雪が降ってきた。
3月も終わろうとしているが、春はまだ少し先。
いつもの年は春が待ち遠しい。
けれど今年はほっとする。
春の風は海から陸に吹く。
そうしたら放射能は陸に流れる。
冬が長い東北に暮らす私たちが、
春にまだ来てほしくない。
それがどれほど辛いことか。
3月25日[2011年03月26日(Sat)]
訪問調査3日目。
今日が最終日のようだ。保健師の皆さんも疲労の中がんばっている。
考えてみればみんな被災者だ。
生き辛さを抱えながら、誰かの生き辛さを支えている。
私たちがずっとやってきたことだ。
まきばにできることが見えてきた。
3月24日[2011年03月26日(Sat)]
訪問健康調査2日目。
兵庫県の豊岡市からも役場の方々が応援に来ている。
コウノトリとガンカモの縁だそうだ。
ついこの間までは、杏林大の医師の方がボランティアに来て、
臨時の診療所を開設していたそうだ。
こんな大変なときに、他人のことを考えている人たちもたくさんいる。
妻と娘が大坂の実家に戻るため、家を離れた。
決して愛想をつかされたわけではない。
3人目がお腹の中にいて、つわりがひどく、
保育園も再開しないなか、水道が復旧しないからお風呂にも入れない。
原発の事故も一向に収まらないで、放射能が不安な毎日だった。
大坂でゆっくり休んでほしい。
そしてまたここで、一緒に笑顔で暮らそう。
と言っていたら夕方水が出た。
一人でお風呂に入る。
一日早かったらなあ。
3月23日[2011年03月26日(Sat)]
今日から3日間、大崎市の訪問健康調査に協力する。
古川地域の各戸をまわり、健康状態を調査すると共に、
非常時の連絡先等を周知するのがねらいのようだ。
あまり詳しく書けないが、
健康上の不安や今後の生活への不安を抱える人もいる。
沿岸部よりましだから、と過度にガマンしてしまう人がいる。
沿岸部ばかり取り上げられて、自分たちは見捨てられるのかと不安な人もいる。
デマやうわさも流行している。
まきばに何ができるだろうか。

3月22日[2011年03月26日(Sat)]
来週からフリースクールを、
寮の1階を使って再開することにした。
同時に、震災復興支援も行なっていくことを武田さんと共有し、
その準備を進める。
3月21日[2011年03月26日(Sat)]
ガソリンを確保したスタッフが来てくれた。
これで震災後休んでいないスタッフに休みを取ってもらえる。
ほっとした。
古川はライフラインも復旧し、ものも手に入りやすくなってきている。
フリースクール再開に向けて動けるようになってきた。
高清水と田尻は、まだ水が出ない。
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