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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


越後 牛の角突き [2005年09月30日(Fri)]
新潟の伝統文化、今年の牛の角突きも残り数場所となりました。古くは滝澤馬琴の南総里見八犬伝にも登場する歴史ある越後の角突き。中越地震復興の起爆剤にもなった牛の角突き。1トンの猛牛のぶつかり合いを仕切るのは現代の犬田子文吾こと「勢子」と言われる若者衆。中越地震へ救援に駆けつけたボランティアの中にも勢子の仲間入りをさせていただいた猛者もいます。牛と牛、人と牛のぶつかり合い、その勇ましさを是非生でご覧あれ。「よしたっ!よしたっ!」(頑張れ!)

小千谷闘牛「北斗会」炎迫力のある画像・映像をご覧下さい

小千谷塩谷の猛牛 大下、紅丸、忠吉、隆政 よしたっ!



宮城北部地震の被災地 [2005年09月25日(Sun)]
中越地震の震源地の川口町。私たちの中越地震での救援活動は縁あって川口町に拠点を構えることができました。その川口町の田麦山地区も壊滅的な打撃をうけ、かの有名な魚沼産コシヒカリの産んできた水田は、その命である水路は断たれ、見るも無残な姿でした。しかし、それでも村人は立ち上がり、この秋の収穫を迎えることができる田んぼがあります。この不屈の精神に改めて土と共に暮らす人の凄さを感じています。

2003年宮城県北部を中心に大きな地震がありました。宮城の米どころを襲った地震。その年は冷害にも悩まされ復興に大きな打撃を与えたのを思い出します。その被災地宮城北部地区はコシヒカリに負けず劣らぬササニシキやひとめぼれの産地。今年はかなりの作柄が見込まれるとのことです。宮城北部がそうであったように、田麦山にも黄金色の田んぼがよみがえる日がきっと訪れることでしょう。

※写真は宮城北部地区のこの秋の刈入れ風景
いろいろな思いが・・・ [2005年09月21日(Wed)]
一人の人が仲間を求め
やがて人と人とが絆となって
多くの人たちが塩谷をめざした
ただ復興を願い
村人ともに汗と涙を流した
先人が成し遂げた偉業を
また一歩から

中越地震で大きな被害のあった集落に小千谷市の一番奥、塩谷があります。この小さな集落に多くののボランティアが訪れていることに住民の一人の方が疑問を投げかけ、そのことへの答えと、さらにエールこめてこの句が瓦礫のモニュメントに刻まれました。

あれからもうじき一年。塩谷に係わったボランティア有志によりこの句のTシャツを作る話が進んでいます。塩谷には古民家を残そうという運動も盛り上がっています。この歴史ある集落を残し、元気になっていただくためいろいろな想いがまた塩谷に向かっていることを感じています。

関連サイト:おやじの塩谷日記

被災地からの報告 [2005年09月20日(Tue)]
台風14号では高知県四万十市でも水位が15mを遥かに超える大きな被害がありました。この地域は昭和38年に大洪水がありそれ以来の被害と地元のお年寄りの方がおっしゃっておりました。発災後はすぐに地元社会福祉協議会などを中心に水害ボランティアセンターが設置され、被災者の救援活動にあたりました。

四万十川がこれだけの災害であったにも関わらず、全国的にはほとんどニュースになることはありませんでした。なぜならば死者が一人も出なかったからです。この流域は昨年の台風23号でも大きな増水がありました。常に川と共に普段の生活があり、川や水の恐さを知りえている人達の知恵が、自分たちの命を守る事につながっていることを感じることができました。

一旦ボランティアセンターは閉鎖されましたが、地元NPOが中心となって、倉庫・作業場・納屋などを中心に被災ゴミの運び出しや家屋の解体など、住民の要望に応えるかたちで連休を利用し、再び救援活動「よみがえれ四万十川流域!!」が開催されました。集まったボランティアの中には遠く関東や関西からも参加がありました。高知98水害以来の災害救援仲間、高知県社協のジャイアン半ちゃんや昨年の新潟豪雨にも駆けつけてくれた土佐清水社協の岡やんも忙しい中、四万十川に駆けつけてくれました。

これまでこの地域は日本のどの町がそうであったように地域助け合いだけで多くの自然災害を克服して来たのだと思います。しかし若者が減り続ける中で、今回ボランティアによる救援活動がなされました。もちろん住民が災害ボランティアを見るのも初めてであり、多くの住民の皆様から感謝の言葉を頂くことができましたが、複雑な思いも感じる四万十川での活動でした。

この活動を企画した「四万十塾」の皆様、本当にお疲れ様でした。こらからも四万十の皆様のためにご活躍されることをお祈りしております。

ひとりごと:
神戸大震災以来の災害救援仲間、四万十塾塾長の木村トール氏、身長190センチを超える偉丈夫ですが、今回はもっともっと大きく見えました。それでも地元のお年寄りと話すときはどこまでもやさしく腰を小さく屈めて・・・。そして水害以来走りぱなしでへろへろなのにカヌーを用意していただき、神戸から来た相棒ノブと2人、トールちゃんのガイドで月夜の四万十川を案内して頂きました。真っ暗闇でも四万十川を知り尽くした男。記憶に残る感動の川旅、ありがとうございました。

参 考:
高知リスポンス協会
朝日新聞
ボランティア活動画像T(HS神戸)
ボランティア活動画像U(やま学校)

お疲れ様でした [2005年09月15日(Thu)]
台風14号で大きな被害のあった宮崎市でのボランティア活動は一つの大きな山を越えたとのことです。県外応援チームとして被災地に入った震災がつなぐ全国ネットワーク派遣の被災地NGO恊働センター(神戸)とレスキューストックヤード(名古屋)の皆さんお疲れ様でした。
リュウタ、中越復興支援を抱えながらも真っ先の宮崎入りお疲れ様でした。
カヨサン、長期に亘りVCを支えていただきお疲れ様でした。
フクチャン、VCサイトのリニューアル毎度さすがです。
待っててくれ! [2005年09月14日(Wed)]
つい先日大暴れした台風14号で被害の大きかった土佐四万十川流域。四万十塾を主宰する木村トールの応援に週末から四万十市に入ります。これだけの災害にどれだけ力になれるかわかりませんが、集まった仲間で知恵を出し合って出来る事から一歩一歩やりましょう。

トールは遠く高知から中越地震の被災地にエコノミー症候群を防ぐ目的でつくられたテント村のため、そこで使用するテント集めに力を注いでくれました。今回少しは恩返しができるかも。

現地活動のための資機材日本財団から18ケース、災害救援仲間の「ふくい災害ネット」から高圧洗浄機、「にいがた災害ネット」から工具類手配済み。日本各地からの熱い思いをひとつに!さあ行くぞ、気合だ炎!!

日本財団宮崎救援チームの皆さんお疲れ様でした。
「大淀に 流れいでたる ボラの汗」

不肖黒沢、遅ればせながらバトンタッチで高知で汗を流してきます。
「四万十の 清さに負けぬ ボラの汗」 
被災地からの報告 [2005年09月12日(Mon)]
高知四万十川でカヌーガイドや環境問題に取り組んでいる四万十塾を主宰する木村トール氏から台風14号で四万十川流域も大きな被害があると連絡があった。トールの神戸元気村当時の仲間のHS神戸の吉村さんは宮崎の調査を終え、高知四万十へ。四万十塾は中越地震でも被災者のため沢山のテントを集め小千谷に送っていただきました。

以下、HS神戸の吉村さんからのレポート(高知四万十から)

【第9報】
四万十の17mの水位は周辺の集落を飲み込んで、住居以外の納屋や小屋を崩し、まだまだやることが多い感じです。社協としては、ボラ派遣は終了ということですが、被災地を廻ると、宮崎と違って、古い家と高齢者の姿が目立ち、ニーズは沢山あります。

四万十塾で、近隣の住民と協力して復興プロジェクトを立ち上げる予定です。何軒か訪問しましたが、中越の山間地と似ていて、遠慮がちですが、やることは沢山ある感じです。宮崎より、報道が少なかった関係で、ボランティアは少ないです。

ここは携帯が届かないので、何かあれば、00まで 3日ぶりに風呂に入れそうです。とーるの家には、近隣で家が流されそうになった方々など避難所にもなっています。

四万十塾はこちらから

四万十川流域の被害状況はこちら




被災地からの報告 [2005年09月12日(Mon)]
HS神戸の吉村さんからのレポートです。

【第8報】
被害の大きい北方町と延岡市の連携が社協間で行われ、県社協もその情報を得ていると北方町社協の担当者は言っていました。1階が水没した北方町城地区の城小学校の先生がこの先のボランティア派遣ついて心配していたことを伝え、了解を取る。また、被災者生活再建支援法についてのアドバイスも行う。
さらに、私に調査してきた椎葉村についての状況を聞かれ、床上7戸と全壊家屋も出ているが地元の消防団や住民で片付けているの点、道路事情の危険性からボランティアは入らないほうが無難とも説明しました。

西郷村から諸塚村の被害状況は深刻ですが、役場の職員、消防団、そして日曜までのボランティアで水没した内部の掃除や運び出しはほとんど終了している。しかし、電化製品や家具、衣類を無くした方々の生活復旧までには、まだ時間がかかるだろう。
西郷村と諸塚村で2つのダムの放流を目の前にしたが、高さ30mほどの落差があるが、水面近くまで土砂が堆積しているのが気になる。このダムが砂防ダムの働きになり、植林地から流出した土砂が長い年月でたまりそのダムから河川を埋めていっているようだ。

それによって、大雨での水を受け止める容量が減った事も考えられる。2つのダムでは、流木がダムの欄干を乗り越えて引っかかっているのが見られ、辺りに堆積している黒砂が、この土地の状況を表している。
これから上流の椎葉村にも大きなダムがあり、その関連もあるだろう。橋や周辺の畑にも根元から流れて来た杉が散らばり、埋め尽くしている。記録的な大雨は理解できるが、受容する川底が上昇していることについては、報道されているのだろうか。
それと反対に、北郷村から門川町に流れている五十鈴川には、ダムが無く、並行する国道388号線に若干の崩落の片側通行があるのみで、近隣の住宅への被害はない。山林の崩落箇所も見当たらなかった。

2日ががりで、宮崎市、高岡町、小林市、須木村、五ヶ瀬町、椎葉村、高千穂町、日之影町、北方町、延岡市、門川町、北郷村、西郷村、諸塚村、東郷町を通っってきたが、近隣住民の助け合いと役場、消防団、そして宮崎県内のボランティアが助け合うことで、かなりの部分が片付けられていた。

週明けからは、県外のボランティアは募集しないという方針も聞いたので、今回、被害を受けている四万十市流域で活動を続けているNPOをサポートに向かうことにする。

以上です。吉村さん長距離走破レポートお疲れ様でした。四国四万十への移動はくれぐれも気をつけて!
画像レポートはこちらを!



被災地からの報告 [2005年09月11日(Sun)]
HS神戸の吉村さんからの報告

【第5報】
高千穂鉄道不通で観光被害が大きい高千穂から川を下る形で北方町にはいる。鉄橋崩落の亀ヶ崎駅近くに城地区があり一階が水没した城小学校には延岡の高校生たちが泥出し作業に追われている。北方町ボラセン担当者によるとニーズ60件に330名以上が入り今日でかなり片付くだろう。延岡方面からも応援をもらっている、との事。
しかし現場では連日の雨と現地の方に疲労が漂っている。名札を付けて作業している人が目立たない。これから延岡方面へ、夕方には宮崎でトノさんに会います。

【第6報】
延岡で給油し門川町から国道388で北郷村、西郷村、南郷村、国道327で東郷町から日向方面回って宮崎へ向かいます。

【第7報】
西郷村に入ると川面から10m以上の水位が集落をのみこんでおり住民はヘトヘトだ。支援は今日まででひと段落で大丈夫とのこと。さらに上流に行くと西郷ダムが放流中だが、台風当日はそのダム上横にも溢れていたようだ。
国道327を進むとさらに別のダムがありその上にある諸塚村は川辺の商店は1階は壊滅的ですでに何も残っていない。この先、椎葉村松尾へは軽自動車と1時間以上の歩きが必要と椎葉に向かうおじさんは言う。ここまでの道も崩落片側通行が多く誰もが来る所ではない。これから道を戻り東郷町から宮崎へ。小雨の中、紅葉が始まる。
《画像はこちらで》

以上です。

災害弱者といわれる人達 [2005年09月11日(Sun)]
 米国でのハリケーン「カトリーナ」による大惨事は規模もさることながら政府の無作為もあり復興の兆しするまったく見えてこない。世界一裕福な国での映像かと目を疑う光景ばかりだ。日本では先日の台風14号が記録的な雨量で、各地に大きな爪あとを残した。被災地に入りいつも感じることは、社会的弱者のことだ。普段はそれほど目立つことなく一見穏やかに生活しているように見えている。しかし災害が起きると社会に潜在している(隠されている)問題が突然吹き出してくるのである。
 阪神大震災においても高齢者・障害者・外国人・被差別地域などさまざまな問題が表面化し、それらを支援するためのボランティアグループが10年経ったいまでも被災地で活動している。大規模な水害を受けた地域では家の中に汚泥が流れ込み、すべての家財道具がゴミとなってしまう。裕福な家庭はテレビや冷蔵庫をすぐさま買い換えることもできるが、そうでない人は被災後数日経っても泥に汚れた布団で生活し、汚れた米を洗って食べていたことを思い出す。行政は災害に乗じて都市計画を見直すこともあり、強制立ち退きなどで行き場を失う人達もいる。被災地が中山間地の場合には集団移転などにより生活の基盤である田畑なども失うことになる。
 昨年は10個の台風が上陸し、その規模も年々大型化しているといわれている。犠牲になるのはいつも高齢者が圧倒的に多い。社会的弱者に避難基準を合わせ、先進国として恥ずかしくない災害への備えができているだろうか。日本各地とも高齢化が進む中、防災計画も毎年の見直しが必要だろう。介護老人を施設に置き去りにして職員が真っ先に避難することのないよう普段から訓練も手を抜くことなく行ってほしいものだ。
 台風シーズンはこれからが正念場。もう一度、身の回りに目をやり、近所に目をやり、防災・減災の意識を強くってもらいたい。

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