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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


水防警報 [2007年05月06日(Sun)]
連休最終日、九州地区で大雨洪水警報が出された。暖冬の年は豪雨が危惧される。水防警報の流れをおさらいしておこう。

◇水防警報の流れ

◇水防警報の段階、時期及び措置




◆国土交通省「リアルタイム・川の防災情報
それでも立ちあがる力 [2007年04月21日(Sat)]
2004年台風23号は兵庫県旧出石町にも大きな爪跡を残しました。この台風直前、オープン間際であった市民農園も壊滅的な被害を受けました。
私達はこの地で10日間ほど救援活動をさせていただき、そのまま中越地震被災地へ。その後偶然にも阪神・淡路大震災以来の災害ボランティア仲間ののぶさんが所属する「まちコミュニケーション」(神戸市長田区)の皆さんが支援に入った事を後で知りました。まちコミの皆さんはその市民農園のお話を聞き、是非とも市民農園の再出発の支援をしたいと出石に通い続け、そしてこの度「出石やすらぎ市民農園」が竣工・開園式がとり行われました。

その模様がのぶさんのブログ「のぶろぐ」で報告されています。当時、自分の家も大打撃を受けながらも、自治会長として被災住民のために駈けずり回っていた広井さんの嬉しそうな顔も。
そして何よりまちコミの宮さん、お疲れ様でした。おめでとうございます拍手。美味しい無農薬の玉ネギを楽しみにしています!
大水害の教訓を [2007年04月19日(Thu)]
04年の台風23号による水害で大きな被害を受けた豊岡市。行政として失敗したこと、上手くいったこと、そして復興に向けてのさまざまな事業への取り組み、それらの全を・・・その教訓を伝えるために水害で陣頭指揮をとられた中貝市宗治市長自らが全国行脚を行っておられます。
この度、その貴重な講演の内容が本になりました。以前にも直接お話が聞く機会がありましたが、中貝市長さんの提唱する「訴えたい三つの備え」をご紹介させていただきます。

【訴えたい三つの備え】
1.物理的な備え
・堤防の整備
・内水対策
・遊水地の確保
・森林の保全
2.制度的な備え
・救助から復旧・復興までの体系的な法制度の整備
・生活再建支援制度の充実
・応急対策・生活再建・産業復興に関する総合支援プログラム
・現場からのノウハウの集大成
3.意識・態度の備え
・地域の自然の特徴を知る
・防災・減災意識の醸成(自助・共助)
・災害・危険情報システムの充実
・リアリズムに徹した災害対策訓練
・政策責任者の危機管理研修

暖冬は大雨になると言われています。行政に関わる方々には、もう一度この「三つの備え」を確認したいものです。

名称:河川文化−河川文化を語る会講演集(その23)
発行:社団法人日本河川協会
定価:1000円
電話:03-3238-9771

台風23号によって決壊した出石川にまつわる有名な写真があります。1960年に撮られた、環境保護活動をしている人たちにはとても有名な写真です。人と牛とコウノトリが共生していた頃の風景の写真です。本の中で、その写真への解説として市長さんは、
「私たちが何を失ってきたのか、何を取り戻そうとしてるのか、この一枚の写真がシンボリックに示しているように思います。そして、あの恐ろしいし水害の写真と重なり合わせて考えるときに、この写真は同時に私たちに対して、”人間はどのように自然と共生できるのか”という深い問いをつきつけているように思います」と結んでおります。

出石川の決壊で濁流被害のあった鳥居地区


円山川の決壊により住宅街もこの状態

コウノトリや牛など動物と人がごく自然に共生していたころの出石川の有名な写真

決壊と欠壊 [2007年02月12日(Mon)]
「決壊」と「欠壊」の違いは? どちらもケッカイとケッカイ。

◇決壊:堤防が決壊すること
◇欠壊:堤防の一部が流出すること

このように行政の用語は一般にはわかり難い。このわかりにくい言葉を沢山使いながら書類を書いたり、会議をすることが如何にも専門家的で凄そうですが、実用的ではないことを受け、洪水等に関する防災用語の見直しが以下の理由で行われました。

・特殊な用語等で、そもそも用語自体が理解できない
・危険のレベルや災害の状況がわからない
・一般的に用いられている言葉でも、送り手の意図が伝わらない
・文字では理解できるが音声では理解できない

災害に関する用語が一般に意味が通じにくいということは、人命に関わることにもなりかねない。この際、わかり難い行政が使う用語をもっと改善してもらいたいです。

防災に関する用語の見直し
http://www.cgr.mlit.go.jp/okakawa/bousai/yougominaosi/bou_yo_menu.html

役所が使う用語はわかりにくくてあかんわ!
今頃気づきおって、ふっ! byトトロナカヤマ

右のHS神戸の助さん、フィリピンレイテ島豪雨水害から一年。今日、神戸の学生とボランティア仲間と一緒に現地に向けて出発します。GOOD LUCK!
続・海山再訪 [2007年02月07日(Wed)]
2004年台風21号の影響を受け三重は豪雨に見舞われました。三重を流れる多くの河川はその降雨量の多さで名高い大台ケ原山系を水源としており、従って普段から河川の管理には十分な配慮が行われているのですが、災害はその想像を超えるために起こるのでしょう。

ボランティアによる救援活動が行われた旧海山町(現紀北町)は船津川と銚子川が同じ所に流れ出る河口にある町です。そのため両河川から溢れ出た泥水は同町の相賀地区を中心に約1600戸の家屋に浸水被害をもたらしました。

尾鷲方面(西側)からの国道は崩れて寸断され、もちろん鉄道は広域に亘って不通。地元社協や駆けつけたボランティアによって災害ボランティアセンターは立ち上げられたものの、大都市から離れた海山町にどのようにして多くのボランティアを投入したらよいかが救援活動のカギだったように思う。

そこで功を奏したのが「ボランティアバス」でした。遠隔地被災地への支援を試みる意味からも早期の段階で三重のボランティアバスへの支援を決めさせていただきました。そして、「震つな」を通じて愛知・兵庫に対してもメールでボランティアバス運行の打診を行ったのを思い出します。沢山の地域外のボランティアの力でこの遠隔地にあった災害VCは閉鎖されるまでに約5000人を超えるボランティアが登録したとあります。そして同年夏に大水害のあった福井からもボランティアバスが・・・・・恩返しとはいえよく来たものです。この福井の行動力の凄さに改めて拍手です。

両河川が流れ込む旧海山町相賀地区

ぞくぞくとやってくるボランティアバス
都市からの遠隔地での災害救援の解決策の一つとなった

当時の災害ボランティアセンター風景
これまで多くの災害ボランティアセンターで活動をさせていただきましたが、中でも最高の条件でのVCだったように思います

自転車で日本一周の途中、海山町で被災?した旅人くん
道路も寸断され、ボランティア活動で汗を流していました
元気でやってるか?上下迷彩服は何かの役にたったか?
海山再訪 [2007年02月05日(Mon)]
2年半ぶりに三重県旧海山町(現紀北町)を訪ねました。04年の台風21号による海山町の被害は河川氾濫型の災害でもあったためか、浸水家屋が多かった割にか決壊型水害と違い倒壊家屋も少なく比較的復興も早かったように思います。しかし住民の皆様は大雨が降ると当時のことを思い出し恐怖を覚えることも多々あり、心の傷跡は未だ癒えないようです。

水害水位の柱の染み跡を指す学習塾を経営している植村さん。消防団活動にも熱心であの水害以降、消防倉庫にはゴムボートを備えるようになったと話してくれました。

当時の災害VCのスタッフとの再会(尾鷲ヤーヤ祭にて)
海山以降も台風23号、中越地震と04救援隊の医療班として一緒に転戦いただいた看護師の小坂さんと読売新聞若手記者の田口さん(泥で汚れた衣類を持ち帰って洗濯をしていただいたのを思い出します)撮影用の脚立を担いだ記者魂は当時の元気と一緒!

家屋の破損状況がひどくボランティアがよく通った松前さんとも再会(左はお姉さん)
豪雨の中、寝たきりの叔母さんを避難させ危機一髪の状況だったと当時を振り返ってくれました。電気配線を夜遅くまでしていただいたMさん、一緒に冷蔵庫を買いにいって値切ってくれたK君、介護ベットを組み立ててくれたHさん、松前さんは元気でいつもの笑顔でした。

2年半前、災害VCが設置された運動広場
街中にこのような空間があると災害VCの設置が最高の条件で立ち上げられると改めて思いました。

当時の物資班の風景、大量の物資は名古屋のレスキューストックヤード様からの提供
観天望気 [2006年10月01日(Sun)]
渓流釣りをしていて、岩魚などの胃から沢山の小石が出てくる事があるそうです。岩魚は大雨になることを察知し体内におもりとして小石を呑み込むと言われています。そんな時、山漁師は鉄砲水から身を守るため、急いで山を降りたり、沢筋から高い所に避難をしたそうです。自然界の不思議さを感じます。

おまけ:渓流魚の燻製作り

塩漬け、塩抜きの後、天日乾燥

美味しく出来上がった(川魚でのチップはナラがよく合います)
秋の収穫 [2006年09月27日(Wed)]
8月の玉ネギに続いてこの秋の収穫物、復興サツマイモが旧出石町鳥居の市民農園から届けられました。勿論無農薬です太陽



販売仲介は

◇阪神・淡路大震災まち支援グループ まち・コミュニケーション
 〒653-0014 兵庫県神戸市長田区御蔵通5-92-2-101
 TEL:078-578-1100 FAX:078-576-7961
 e-mail:m-comi@bj.wakwak.com
出石そば [2006年09月25日(Mon)]
2004年台風23号の大打撃を受けた兵庫県但馬地区を訪ねました
画像は21日に訪ねた旧出石町鳥居地区です

2年が経過し、漸く復興した鳥居地区です
各家ともキレイに修復(新築)され国体選手の受け入れ準備をされていました

《2年前の定点画像》
出石川が決壊し土砂が流れ込んだ鳥居地区です
道路が濁流の水路となり、その勢いで倒壊した家屋(右奥)が見えます
正面の家屋(瓦屋さん)の一階部分からはその水位の高さが想像できます


田畑も想像もつかないほどキレイに

《2年前のやや定点画像》
田畑は泥と土砂と瓦礫の海のようでした
泥に埋まっているのは乗用車


当時の自治会長さんを訪ね、この2年間の苦労話を沢山聞くことが出来ました。

それにしても名物「出石手打ち皿そば」は美味しかった
コウノトリの飛ぶ街 [2006年09月22日(Fri)]
豊岡・出石の水害で思い出に残るのは徹底した被災家庭からでたモノの分別でした。これまでの経験では通常大まかに2〜3種類程度で分けられ、多くは産廃として処分されます。豊岡での搬出作業は、一度トラックに積んだモノを集積場所が細かく違うために、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、慣れるまでは多少面倒な面もありましたが、環境に配慮したこの選択が、後に経費的にも、効率的にも、もちろん環境的にもどれほどのメリットがあったかと市の関係者の方からお聞きすることができました。

一年前、豊岡において人工孵化されたコウノトリが放鳥されるニュースがありました。その折に秋篠宮様・紀子様もご臨席されました。そのコウノトリ効果?かこの度の悠仁親王様のご誕生とコウノトリとまったく無縁なものではないと考えるのはメルヘンチック過ぎるかな・・・。

コウノトリも飛来する出石川の清流

街中コウノトリだらけの豊岡
コウノトリの自動販売機も??

水害処理に携わったボランティアへのお礼の看板も

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